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責任とらぬオルデンドルフ 周防大島町の1ヶ月断水 外資との揉め事の先例に
https://www.chosyu-journal.jp/yamaguchi/10484
山口県2019年4月16日
へっぴり腰が際立つ「保守王国」 このままではやられ損
昨年10月、山口県周防大島町と本土を結ぶ大島大橋にドイツの海運会社オルデンドルフ・キャリアーズが所有する貨物船が衝突し、橋や送水管等を破損させた事故の発生から半年を迎える。1カ月にわたる全町断水は終わり、住民たちの生活は元の状態に戻ったものの、現在も続く水道管や橋の復旧にかかる費用や損害賠償をめぐり、オルデンドルフ社が賠償上限を設定して最低限果たすべき加害者の責任を回避していることが問題になっている。前代未聞のずさんな航行によって約1万6000人の生活を1カ月にわたって麻痺させながら、被害者側の「やられ損」で終わるのかどうか、全国的に例がない重大事故だけにその成り行きに注目が集まっている。事故発生からの経過を振り返り、周防大島の現状について取材するなかで聞いた船員関係者の意見もあわせて記者座談会で論議した。
大島大橋の復旧工事(昨年11月)
A 貨物船の衝突によって破損した大島大橋と送水管は現在、本復旧工事がおこなわれている。事故以降、破損した橋と送水管の本復旧工事を県が業者に依頼し、急ピッチで進めてきた。4月末までに完了する予定だったが、県は6月末まで工期を延長すると発表した。橋の本復旧完了が2カ月遅れた原因は、破損した箇所を補強する鋼材をつなぐボルトが東京オリンピックの関係で全国的に不足しており、調達困難になっているためだという。
現在、40dをこえる車両は通行できないが、それ以外は日中の通行に支障がない状態まで復旧している。工事は夜間に集中的におこなうため、21時から翌朝5時までは片側交互通行となっている。破損した送水管については、現在直径300_の仮設管を歩道に布設している。本復旧では、事故前と同じ橋梁下部に直径450_の送水管を添架し、仮設管は撤去する予定だ。
B 橋や送水管の復旧工事にかかる費用は現時点で総額30億円を上回るとみられている。また、給水活動の経費や断水期間中(2カ月分)の水道代など計2億2800万円は周防大島町が町財政から捻出して肩代わりしている。
C 事故によって、周防大島町では40日間全島約9000世帯で断水し、島民約1万6000人の生活に被害が及んだ。井戸水が使える家庭もあったが、それ以外の住民たちは島内に設置された臨時給水所まで毎日水くみに通う生活をよぎなくされた。周辺市町から給水車や人員を投入して給水活動がおこなわれたが、橋が損傷しているため重量規制により給水車が通行できず、柳井港から出るフェリーに給水車を積んで水を確保しなければならない厳しい状況が続き、給水所には連日長蛇の列ができた。
島は65歳以上の人口比率が50%を占める。一人暮らしや自動車を持たない高齢者が給水所までポリタンクをみずから運んで、水を家まで持ち帰る作業を毎日くり返すことなどできない。水くみが負担となり腰や背骨を圧迫骨折したり、入院する高齢者も続出した。気遣いの毎日に精神的な疲労をため込む住民も少なくなかった。
また、橋の通行規制により観光客の流入が激減し、島内の宿泊施設や飲食店、観光施設の多くが休業や営業制限等の対応を余儀なくされた。出荷最盛期だった特産品のミカンも出荷制限せざるをえず、島の産業全体に大きな被害が及んだ。経済的な打撃を受けたこれらの民間業者や個人までの損害額がどれほどの額になるかは今のところ分かっていないが、相当額にふくれあがることは必至だ。
A ところがオルデンドルフ社は橋や水道管の復旧工事も終わらない2月7日、「船主制限責任法」による責任制限の手続きを広島地裁に申し立て、広島地裁は2月15日に同社の主張を認め、損害賠償の上限額を約24億5500万円とする責任制限手続きの開始を決定した。橋と水道管の復旧費用にも満たない金額だ。一企業の無謀な事故によって被った損害が「限度があるから仕方ない」で済まされていいはずがないが、法を逆手にとり、被害を受けた周防大島町の準備が整う前に先手を打った形だ。
C オルデンドルフ社の事故後からこれまでの対応は極めて不誠実なものだった。事故が起きた4日後の10月26日に山口県庁と大島町役場に広報担当取締役が訪れて「住民と地域産業に多大な影響を与えてしまった」などと謝罪した。その後12月10日に町の口座に振り込まれたのはわずか500万円。それも支援金という名目だ。それからはほとんど県や町に対してコンタクトはなかった。そして先手逃げ切りで責任制限手続を開始し、示談交渉にも応じない強気の構えを見せている。
臨時給水所に並ぶ周防大島町民たち(昨年10月)
一方的な船主責任制限 広島地裁が認める
B 事故後ほとんど音沙汰のない状態でオルデンドルフ社がおこなった責任制限手続開始の申し立てに、県や町当局は面食らった。同社はもともと、ただちに申し立てをおこなう考えはなく、賠償の対象となる被害者たちの損害額等を見極めたうえで判断するとしていた。まるで被害者を心配するような表面と実際の行動はまったく逆であり、見方によってはだまし討ちだ。
広島地裁がオルデンドルフの申し立てを認めたことによって、被害を受けた大島町民や島内の事業者、生産者たちの損害額の裁判所への届け出は6月14日が締め切りとなり、債権者の特定すらできていないのが現状だ。また、事故直後に同社の役員が謝罪に訪れたさい「速やかに事故の調査結果を報告する」としていたが、いまだに報告書も提出されていない。というより報告する気がないようだ。事前の知らせもないまま唐突かつ一方的な責任制限手続開始の申し立ては「不誠実であり、誠に遺憾である」として3月18日に山口県知事、周防大島町長、柳井地域広域水道企業団企業長が連名で抗議文を発表した。
さらに3月末には「島内の観光業、農業、漁業、商工業等が受けた甚大な被害については、船会社がすべて損害賠償すべきもの」とする県、町、企業団は広島地裁がオルデンドルフ社の損害賠償額を24億5500万円と定めたことを不服として広島高裁に即時抗告した。今月14日までに提出された即時抗告の理由書を受け、広島高裁が広島地裁の責任制限手続き開始決定が正当かどうか判断する。
A 現在、町民や事業者には、裁判所に損害額請求に参加するための「参加届出書」が配布されている。6月14日の締め切り日までに、断水期間中に出費を証明する領収書や書類の写しを添付して裁判所に提出しなければならない。あくまで個人的な債権であるため、町がまとめて請求することはできない。届出書は個人で準備し、裁判所に郵送するなりしなければならないが、煩雑であるため手続きを断念した住民も多い。各総合支所に記入するさいの補助をする窓口を設置しているものの、訪ねてくる住民はごくわずかだという。県弁護士会による無料相談会が12日から始まっているが、被害額が大きな商工業者や農漁業者、宿泊施設等の具体的な手続きの相談が中心になると見られている。
C 県や町は被害額の総額や債権者の特定が終わっていない状態で手続きに入るわけにはいかない。今は手続きを引き延ばしながら対策を立てていくしかないようだ。裁判所や弁護士と手続きを進めている町の関係者が「海外の大企業相手で初めてのことだが、日本で通じる道理や義理というものがまったく通用しない。例えわずかな賠償額でも“法律にのっとって賠償しました”で済ませるのが彼らの常套手段なのだろう」と話していた。これがまかり通るなら、今後さらに外資が国内市場に乗り込んできて、企業が事故やトラブル等住民に対して損害を与えた場合でも、同じような泣き寝入りの事例が増え、行政や国は指をくわえて甘受するしかないということになる。
オルデンドルフは世界の海運業界では、COSCO(中国)、日本郵船、商船三井、APM―Maersk(デンマーク)に次ぐ船隊規模を誇る最大級の海運会社だ。ドライバルク(バラ積み貨物船)では世界最大で年商5000億円の大企業でありながら、支援金がわずか500万円というのもふざけた話だ。そして個人の賠償どころか、公共物や社会インフラの復旧費用すら弁償せずに開き直っているのだから驚く。
B 責任制限手続きがはじまると、6月14日以降、広島地裁が届け出をもとに賠償金の債権者を特定し、分配額を決めることになる。しかも賠償額が橋と水道管の30億円にも満たない金額では民間には行き渡らない。不服がある場合、訴訟をしてそれぞれが賠償を求めていくことになるが、住民個人では裁判費用や労力を考えると訴訟まで持ち込むことは現実的に考えて不可能だ。もし「あなたは債権者に該当しません」と裁判所にいわれればそこまでだ。橋や送水管等「直接的な被害」のみに賠償対象を絞る可能性もあるという。県や町は、賠償問題の決着について複数年かかるとの見方を示している。個人で争うには限界があり、国際問題として県なり国が前面に出てかかわらなければ到底争えるものではない。
橋の高さ確認せず航行 海図の推奨航路無視
A 船主責任制限法は、船舶所有者が故意に被害を起こした場合と、損害の発生のおそれがあることを認識しながら「無謀な行為」によって生じた損害に関しては「責任を制限することができない」と定めている。広島地裁は今回の事故はこれに該当しないと判断して、オルデンドルフの主張を認めた。これは妥当といえるのかだ。
B これまでに明らかになっている事故の経過を見ると「無謀な行為」としかいいようがないものだ。事故の調査をおこなってきた国交省運輸安全委員会は3月28日、「船舶事故調査の経過報告」を公表したが、いかにずさんな航海計画であり、危機管理体制が乏しいかが分かる。
報告書によると、事故を起こした貨物船「エルナ・オルデンドルフ」には、船長(インドネシア人)のほかに20人(インドネシア人11人、フィリピン人4人、ロシア人2人、トルコ人、インド人、ガーナ人が各1人)が乗船し、6300dのアルミナ(酸化アルミニウム)を積み、韓国オンサン港から広島県呉港沖を経由し、江田島港を目指す予定だった。大島大橋がかかる大畠の瀬戸を通航するのに備えて、船長が船橋に上ってみずから操船指揮を執り、航海士を見張りに付け、甲板手を操舵にそれぞれ配置して航行していた。
貨物船のエアドラフト(水面から最頂部までの高さ)が42bあるのに対し、事故当時、海面から大島大橋までの高さはもっとも高い場所で33bしかなかった。船長と航海士は前日に航海計画を確認して大島大橋の存在を確認していたものの、橋の高さについては確認していなかった。航行中に不安を感じた船長が航海士に橋の高さを調べるよう指示し、航海士は水路誌から調べようとしたが記載箇所を見つけられなかった。
大島大橋に衝突した貨物船「エルナ・オルデンドルフ」
船長及び航海士は「大島大橋の橋梁灯を視認し、同橋が少し低いと感じたものの、周囲が暗く同橋の高さをはっきりと確認できずに航行を続け」、さらに「減速を考えたものの、西方に向かう潮流により本船が圧迫されることが懸念されたので、半速力前進で東進を続け」、航海士が衝突の危険を感じて「右舵一杯」と叫んだのは橋の直前で全容が見えたときだったという。橋には4本のクレーンとマストが立て続けに衝突した。その後、船長は関門海峡通行時に利用した代理店に電話連絡し海上保安庁への通報を依頼したが、代理店担当者は内容を聞きとることができず、海上保安庁に通報はされなかった。そのまま船は航行を続け、広島県呉港沖に投錨した。
電子海図の記録には、周防大島を大回りして目的地である広島県江田島市の私設バースへ入港する推奨ルートが示され、橋の高さが24bと表示されていたにもかかわらず、船長らは最短距離となる大畠瀬戸の航行を決断したことが判明している。この航海計画は、一等航海士が作成し、船長が確認したうえで10月20日付で両人の署名がされている。2人とも大畠瀬戸を航行するのは今回が初めてだが、安全航行のために必要なパイロット(水先案内人)も乗船させていなかった。海図の確認という基本的な手順を怠ったうえに起きた事故であり、「無謀」としかいいようのない運行だ。そのような船長に危険な瀬戸内海での操船を任せ、水先案内人も付けなかった船会社の責任は免れようがないものだ。広島地裁はこの報告書が出る前に、「船主責任制限」を認めている。何を判断材料にしたのだろうか。極めて不可解だ。
無謀な運航に至る背景 船員関係者らが指摘
C 船員関係者にも話を聞いてきた。賠償額については「事故が起きたときから賠償額はこれくらいだろうと思っていた」という冷静な見方もあるが、「なぜ県などの行政がもっと早く手を打たなかったのか」という意見もある。この事故の中身を知れば知るほど同業者として理解できない点があまりにも多いことをみなが共通して指摘している。
外航船の元船長の男性は「テレビで賠償額を聞いたときに“これ以上額が上がることはないな”と思った。本来大回りして通らないといけないのに狭いところを通った。船のマストの高さを考えたら誰が見ても通れないのは分かる。この船長が船と橋の高さを認識していなかったということだ。船長として当然すべきことを怠ったという事実を追及していかないといけない。“橋の存在は知っていたが橋の高さを確認していなかった”というのはいい逃れにすぎない。この世界では橋=橋の高さだ。これは常識。普通に起きる海難事故とは次元が違うひどい事故だ」と話していた。
B 外航船の元一等航海士の男性は「国民性によって感覚のずれがある。島民が被った被害から考えると、繊細な日本では許されないことだが、今回のような海外の企業の場合、“謝罪したし、決められた賠償額を払えばいいじゃないか”という感覚なのではないか。一番気になるのは、船長が事故を起こしたあとに代理店に電話して通報を依頼したことだ。代理店が聞きとれず、通報がなされなかったというが、海上保安庁の電話番号は水路誌に書いてある。船長として各機関との連携がまったくとれないというのは話にならない。いつでも自分で電話はできたはずだ。水路誌は1週間に1回、年間50巻刊行され、海図の変更が記載されている。電子海図が一般的になる前は、二等航海士が変更点を海図に書き写していた。船長が航海士に大島大橋の高さを水路誌を見て確認させたというのもおかしい。本来なら航海士が航路の海図を揃えておかなければならない。きちんと仕事をしておけば船長がその場で知ることができるはずだ。その時になって“調べろ”といっていることもおかしいし、その場で水路誌を開いていることもおかしい。普通の航海では起きるはずのない事故で、一等航海士の経験がどれほどのものだったのかも疑問だ。韓国から大畠瀬戸までの近ささえも理解していたのかさえも危うい。どこを通るからどの海図を用意しておかなければならないのかも分かっていない。常識的に考えてもありえないことが多すぎる」と唖然としていた。
C 外航船の元機関長の男性は「事故自体は油も漏れていないし、死者も出ていないので、世界的なルールで見れば“軽微な事故”とされる。ただ、船主責任制限法で24億と賠償額が決められても、船主側の姿勢として“もう20億円上乗せするから堪忍してもらえないか”というのがあっていい。日本の海運大手企業なら間違いなくそうするはずだ。もし海運大国のイギリスでオルデンドルフ社が事故をおこしていたら間違いなく被害額相応の賠償をするはずだ。“日本という離れた場所で起きた小さな事故”として納められればいいという考えが働いている」と指摘していた。
また、「船長は出港前に航行するルートを頭に入れておかなければならない。大畠瀬戸を通るのなら橋の高さを認識しておくのは当たり前のことだ。どう考えても起こりようがない事故だが、このようなミスを起こす船員を雇った船主やその船会社を使う荷主まで責任が問われなければならない。自分が外航船に乗っていた頃は日本人とフィリピン人の船員では給料に4倍の差があった。今でも2倍は差があるだろう。船主が少しでも利益を上げるために、船長を含め安い船員を雇うようになり、まともな知識や常識がない人間が配置されていることが問題だ」と、雇用主としての船主の責任を問うていた。
A 同時に当初から「大手海運業者ほど訴訟慣れしており、賠償額を低くするように手を打ってくる。後手になると裁判費用もかかり、負担が増す。事故直後に人権問題として国際社会に訴え、橋の復旧費や住民の医療費に至るまで被害弁済について加害者ととり決めをするなどの手を打つべきだ」との声もあがっていた。無謀な運行で公共物を破壊し、1万人以上の生活を麻痺させる大事故を起こしながら原状復帰も賠償もしないのなら、国として「航行禁止措置」を取るくらいの強気の対応が必要だ。そうでなければ改善もされないし、事故もなくならないというのが、海外の事例を知る海運関係者の共通した意見だった。
B 今回のような外国船籍の貨物船によるインフラ破壊を来す事故は誰もが初めて経験することであったとはいえ、県当局をはじめ初動対応が遅れたことや、国がまったく周防大島町の救済に動かなかったこと、大手メディアがほとんど事故や断水状況に触れなかったことは、多くの住民が疑問に感じていた。
ある島民は「事故が起きた直後の断水下の大島は完全に孤立していたし、県が乗り込んで救済する雰囲気は乏しかった。幕府が長州征伐に乗り出したとき、幕府の命を受けた松山藩が周防大島を攻略するため出兵したが、最初長州藩は“占領されても影響はない”と大島を棄てて援軍を送らなかった。後に高杉晋作の奇襲によって救われることになった−−というエピソードがあるが、断水のときも大島はまた棄てられてしまうのか…と不安になった」と被災時の心境を語っていた。
いずれにせよ一私企業の過失によって住民生活にとって必要不可欠な公共インフラが破壊され、1万6000人もの住民の日常生活が麻痺し、経済活動にも深刻なダメージを被った。これに対して、相手が世界大手の海運会社であるからといって「やられ損」を決め込むことなど許されない。行政が動かなければ損失は住民がみな被らなければならない。日頃から「邦人保護」や「安全保障」を声高に叫ぶ国が無関心というのも問題であり、住民の前面に立って賠償交渉に本腰を入れることが求められている。
(転写終了)
- 全額補償させたナホトカ号事件の例(長周新聞) こーるてん 2019/4/23 14:46:44
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