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2019年4月11日 田岡俊次 :軍事ジャーナリスト
「令和」がトランプファーストによる「冷たい平和」の時代に始まる皮肉
ゴラン高原について、イスラエルの主権を公式に認める文書に署名したトランプ大統領
3月25日、シリア南西部のゴラン高原について、イスラエルの主権を公式に認める文書に署名したトランプ大統領?写真:ユニフォトプレス
1947年3月、トルーマン米大統領が共産勢力の封じ込めを図る「トルーマン・ドクトリン」を宣言して以後、1989年11月にベルリンの壁が撤去されるまで、東西の「冷戦」の時代が42年間、続いた。
その時代に成長し、その間、防衛・安全保障問題を注視し続けてきた私には、新元号の「令和」は、つい「冷和」(冷たい平和)を思わせる。
世界の情勢は、東西両陣営が全面核戦争の危険をはらんで対立した「冷たい戦争」の時代とは違い、各国の利害関係は複雑化し、自国第一主義が公然と唱えられ、各国内でも民族対立が表面化してきた。
冷戦期と違い人類の滅亡を招くような大戦争に至る兆候はないが、対立と反目は頻発し「冷たい平和」の時代に入りそうな気配だ。
ゴラン高原の主権を認めた
“国連無視”の親イスラエル政策
3月25日、トランプ米大統領がシリア南西部のゴラン高原について、イスラエルの主権を公式に認める文書に署名したのは、その顕著な例として世界史に残るだろう。
1967年6月5〜10日の第3次中東戦争(6日間戦争)で、イスラエルは南のエジプト空軍基地を奇襲攻撃して航空戦力を奪い、シナイ半島とヨルダン河西岸を制圧。イスラエル軍は、9日に北のシリアに攻め込み、10日までにゴラン高原を占領した。この戦争でイスラエルの支配地域は、一時、戦争前の4倍に拡大した。
国連安全保障理事会は同年11月、決議242号でイスラエル軍の即時撤退と占領地の返還を求めたが、イスラエルはそれに従わず、ゴラン高原などの占拠を続けてきた。
ゴラン高原南部は、東西13kmのガリラヤ湖を隔てイスラエルを見おろす地形で、かつてシリアの砲兵陣地があったし、イスラエルの水源ヨルダン川の源流地帯でもある。
だから、イスラエルは1150平方km(東京都の約半分)の占領地を手放さないできた。1981年にはイスラエルが一方的に併合宣言をしたが、国連安保理は決議497で「併合は国際法上無効」とした。
隣国の領土に侵攻し、国連決議に反して52年間も占領を続けるイスラエルに対し、米国がゴラン高原の領有権を認めるのは言語道断だ。
1991年の湾岸戦争では、イラク軍がクウェートを占領、国連安保理が撤退を求めたのに従わなかったから、まず経済制裁が課され、さらに米軍54万人を中核とする28ヵ国の多国籍軍78万人がイラク軍をクウェートから駆逐した。
イスラエルが国連決議に逆らってゴラン高原の占領を続けているのはイラクのクウェート占領と同様だが、米国はイスラエルに2019年度からの10年間で380億ドル(約4.2兆円)の軍事援助を約束している。
トランプ大統領は、ゴラン高原の主権を認める前にも、2017年12月、イスラエルが1967年の「6日間戦争」以来、国連決議を無視して市の全域を占領しているエルサレムをイスラエルの首都と認める決定をし、昨年5月に米大使館をテルアビブからエルサレムに移転した。
苦境のネタニヤフ首相を支援
再選を狙いユダヤ人の支持意識
ゴラン高原をイスラエル領土と認めたり、エルサレムをイスラエルの首都と宣言することは、明らかに国連を無視するものだから、アラブ諸国だけでなく、国際社会のほぼ全てから非難が出た。
外交で対米追随を常とする日本もさすがに大使館は移さず、ゴラン高原の併合に対しては、菅官房長官が3月26日、「我が国はイスラエルによるゴラン高原併合は認めない立場であり、変更はない」と記者会見で表明している。
だが一方で安倍首相は昨年5月2日、エルサレムでネタニヤフ首相と会談し、安全保障やサイバー防衛面でイスラエルと協力を強化することで合意した。
極端な親イスラエル路線をとるトランプ政権への忖度かと思われるが、すご腕のイスラエル情報機関と協力して指導を受ければ、日本の持つ機密情報を取られたり、情報を操作されたりしないか、との懸念も感じる。
トランプ氏が、国連決議や国際世論に逆らってイスラエルに肩入れするのは、強硬な右派であるネタニヤフ首相が苦境にあることがある。
収賄容疑で起訴されることが決まっていて、4月9日のイスラエル国会の総選挙では苦しい立場にあったため、米国は支持を鮮明にしてネタニヤフ氏を援護しようとしたと思われる。
さらに米国でのトランプ支持層には親イスラエル派が多いため、強硬な行動をとることによりトランプ再選への支持を固める狙いもある、とされる。その効果も一因か、総選挙でネタニヤフ氏は右派連立政権を保ちうる情勢となったようだ。
このような「トランプファースト」の対外政策は、各国の反感、軽蔑を招き、米国の影響力を低下させるから、米国議会で野党が厳しく批判しそうなものだが、実はそうならない。
民主党を率いるペロシ下院議長は3月26日に、親イスラエルの団体で「米議会のイスラエルへの強固な支援は超党派だ」と演説して拍手を浴びている。
米国内のユダヤ人は513万人で人口の1.7%にすぎないが、キリスト教福音派などと連携し、きわめて強い影響力を持っているからだ。
少数のユダヤ人が米国政治を動かす影響力を持つ様は、西部開拓の時代、数人のカウボーイが何百頭の牛の群を誘導して、食肉工場に向かう列車に乗せたCattle Drive(牛追い)を思わせる。
「トランプファースト」の政策で
対立やあつれきが頻発
「トランプファースト」の暴挙はイスラエル支援だけに止まらない。
地球温暖化防止のための「パリ協定」からの離脱や、「TPP」からの脱退、議会の否決を押し切ってメキシコ国境に壁を造る予算の流用など、枚挙にいとまがない。
ほかにも、米国も賛同していた「イラン核合意」からの離脱や、中国からの輸入品に25%の追加関税表明、英国のEU離脱支持(のち態度変更)がある。NATOの諸国とも、防衛費増大要求などで対立している。
北朝鮮とは核・弾道ミサイル実験を控えさせる代わりに、大規模な米韓合同演習を行わないことで当面の軍事衝突の可能性は低下した。
だが米国が掲げる「完全な核、生物・化学兵器の廃絶」には、北朝鮮全土で軍の弾薬庫、倉庫、工場、病院などの抜き打ち査察を行う必要がある。北朝鮮がそれをのむとは考え難い。戦争にはならなくても経済制裁は続き、米朝関係は「冷たい平和」となりそうだ。
中国との貿易戦争では米国への打撃も大きい。本来、貿易は互いに利益があってこそ行われているものだから、輸出入の減少は米中双方に打撃となる。
IMF(国際通貨基金)の試算では、「双方が25%の追加関税を実行すれば、両国の貿易は70%減となる」とみられる。
すでにGMが中国から輸入する鋼板の値上がりで国内の自動車工場を閉鎖するなど、深刻な損害が生じている。結局、トランプ氏も振り上げた拳を徐々に下ろして、25%追加関税実施の「無期限延期」を言い、何らかの妥協を図らざるを得ない形勢になりつつある。
米国の昨年の貿易赤字は過去最大の8787億ドル(約98兆円)に達し、うち中国に対する赤字が4192億ドル(約46兆円)だ。今後、米中協議で不均衡是正が図られ、米国の貿易赤字が減少しても抜本的な赤字の解消にまでは至らず、米国側には不満が残り、経済・技術の覇権を中国に奪われかねない焦りから反中国感情は残る。
だが、経済関係を断絶するわけにもいかず、結局、米中関係も「冷たい平和」の状況になる公算が大だろう。
「自国の利益」追求の世界
「冷戦」時代の発想を捨てる必要
こうした「トランプファースト」の政策は、同盟国とのあつれきを強めることにもなる。
米国が5G(第5世代の移動通信技術)など、コンピューターネットワークでの技術的優位を保とうとし、華為(ファーウェイ)など中国企業の排除を同盟国に求めても、独、仏などは同調せず、英も慎重だ。
米国が従来、盗聴やコンピューターへの侵入など「エシュロン」による情報収集を同盟国に対しても行い、ドイツのメルケル首相などの電話も傍受していたことはEUの調査で明白になっている。日本に対しても同様のことを以前から行っていたことも分かっている。
華為など中国の5G通信技術が普及すれば、米国による世界的な通信情報収集が困難になるから、それを米国が排除するよう求めても、他国が従わないのは、過去の苦い経験があるから、当然と思われる。
中国が目指す新シルクロード「一帯一路」構想についても、安倍首相は2017年6月の講演で協力の意向を表明、は昨年10月26日の日中首脳会談で52の案件での協力に合意し、東欧、中欧諸国も参加。イタリアも今年3月23日協力覚書に署名した。
米国は「一帯一路」を批判するが、どの国も自国の利益を考えて米国に従わない。中国主導の「アジア・インフラ投資銀行」への加盟国は93ヵ国・地域に達している。
ドイツはロシアからバルト海の海底を通る1200キロの天然ガスのパイプライン「ノルド・ストリーム2」を露・仏・英・蘭石油企業の出資も得て建設中だ。米国は経済制裁をちらつかせて阻止を図ったが無視され、今年中に完成の予定だ。
トランプ氏が近視眼的な「米国第一」を唱え、現実的で穏健な将軍や経済人などを次々と政権から排除し、専横な対外政策を取るほど、他の諸国も「自国の利益」を追求し、米国は孤立、世界は「冷たい平和」に向かうのは必然だ。
日本も近く始まる米国との「物品貿易協定」交渉や、今後、核ミサイル搭載を再開することになっている米軍艦の日本への寄港、配備などを巡り、安易に米国に追随し難しい状況に面する可能性がある。
米国を含む近隣諸国との「冷和」をできる限り避け、平和を尊ぶ真の「令和」を実現するためには、30年前に終わった冷戦時代の世界観から脱却した巧妙な外交が必要だろう。
(軍事ジャーナリスト 田岡俊次)
https://diamond.jp/articles/-/199388
中東を読み解く
第2のアパルトヘイトに現実味、イスラエル総選挙、与党続投へ
2019/04/11
佐々木伸 (星槎大学大学院教授)
9日のイスラエル総選挙はネタニヤフ首相率いる右派「リクード」と中道連合「青と白」が大接戦を繰り広げたが、連立協議の枠組みは右派勢力が優位に立ち、首相の続投が濃厚となった。首相はパレスチナ自治区の入植地併合など強硬方針を表明。イスラエルとパレスチナの「2国家共存」は絶望的となり、パレスチナ人が“二級市民”となるアパルトヘイト化が現実味を帯びてきた。
(REUTERS/AFLO)
首相在任、史上最長に
選挙は即日開票され、10日未明の段階で、「リクード」とガンツ元軍参謀長率いる「青と白」がともに35議席を獲得。単独で過半数(61議席)を獲得する政党がないため、水面下で連立協議が加速。首相が極右や宗教政党を取り込み、最終的に65議席程度を確保し、連立政権を発足させる運びだ。大統領が2、3日中に正式に首相に組閣を要請する。
ネタニヤフ氏の在任期間はこれまで通算4期、13年に渡っており、続投が確定すれば、今夏に建国の父ベングリオンを超えて史上最長となる。文字通り、歴史に名を残す指導者となるだろう。首相は大勢判明後、「国民はまたも私を信頼してくれた」と勝利宣言をした。
首相が連立交渉をうまく運んだのは、右派に向けて大盤振る舞いをしたからだ。首相は選挙直前の6日、新政権を発足させたあかつきには、ヨルダン川西岸のパレスチナ自治区の入植地をイスラエルに併合するという方針を発表した。パレスチナ側は強く反発し、西岸全域の併合につながると懸念を表明した。
1993年の「オスロ合意」で確定したパレスチナ自治区の西岸には、パレスチナ人約260万人が居住。ガザ地区と合わせれば450万人のパレスチナ人が自治区で暮らしている。イスラエルはこの間、国際社会の批判を無視して西岸への入植活動を推進、現在は40万人のユダヤ人が住むまでになっている。
しかし、この入植地拡大は中東和平交渉にとっては大きな障害だ。国際的に認知されている和平の方式はイスラエルとパレスチナによる「2国家共存」だ。だが、ユダヤ人入植地は将来のパレスチナ国家の建設地である西岸一帯に拡大しており、いざ国家を樹立しようとしても、ユダヤ入植者を他の場所に移す必要に迫られるなど極めて困難な状況になってしまう。
しかも、ネタニヤフ首相の入植地の併合方針は、入植地をなし崩し的にイスラエルの領土にしてしまうということに他ならず、事実上「2国家共存」の否定である。このままでは、最終的にすべての自治区をイスラエルに併合し、1つの国家「大イスラエル」の中で両民族が共存していくという形に近づく。
“緩慢な併合”
しかし、この方式は大きな問題を抱えている。選挙権などユダヤ人と同等の基本的権利をパレスチナ人に与えるのか、という問題だ。権利が付与されなければ、パレスチナ人はかつての南アフリカのアパルトヘイト(人種隔離)と同様、差別された“二級市民”に成り下がってしまう。支配者と被支配者に分断されれば、抵抗と抑圧が生まれ、暴力の連鎖よる治安悪化は避けられない。
そしてイスラエルは名実共に民主国家の地位を捨てなければならなくなるだろう。だが、パレスチナ人に平等の権利を付与すれば、出生率の違いなどから、パレスチナ市民の人口が増え「ユダヤ国家が事実上、乗っ取られてしまう」(ベイルート筋)。ネタニヤフ氏もこうしたジレンマを十分に認識しているはずだ。
ネタニヤフ氏がやろうとしているのは「“緩慢な併合”による領土拡張の既成事実化ではないか」(同)。つまりは、和平交渉を停滞したままに放置する一方で、徐々に入植活動を推進。パレスチナ人を「平和でも戦争でもない」環境に置いておき、問題を顕在化させずに併合を思い通りにできるというわけだ。
だが、こうしたイスラエルの身勝手な振る舞いが続くと考えるのはあまりに楽観主義的すぎるだろう。「平和でも戦争でもない」環境は、怒りと不満が充満すれば、すぐに爆発してしまう。抑圧された西岸の若者たちがより過激化した原理主義組織ハマスにこぞって合流しかねない。長期的なイスラエルの安全保障にとって大きな脅威になりかねないリスクをはらんでいる。
トランプ、プーチン氏利用し挽回
ネタニヤフ氏が今回の選挙戦序盤で苦戦を強いられたのは検察当局が3月、収賄など3件の容疑で首相を起訴する方針を発表し、批判が高まったからだ。主な容疑は同国の通信大手ベゼクに便宜を図った見返りに、同社傘下のニュースサイトで同氏を好意的に報道するよう要求したというものだった。だが、首相はトランプ米大統領、プーチン・ロシア大統領との親密な関係を誇示して劣勢を挽回した。
特に首相の勝利はトランプ大統領のおかげと言っても過言ではない。大統領自身も、首相やイスラエルに肩入れすることが自らの再選につながると判断したのは間違いあるまい。大票田の大統領の支持基盤、キリスト教福音派が強くイスラエルを支持しているからだ。大統領はネタニヤフ氏の要請に応え、手始めにイスラエルが嫌っていたイラン核合意から離脱した。
次いで係争の聖地エルサレムをイスラエルの永遠の首都と認め、昨年5月米大使館を同地に移転。この3月25日には、イスラエル占領下のシリア領ゴラン高原のイスラエルの主権を認める文書に署名した。一方で、パレスチナ自治政府に対しては厳しく接し、ワシントンの自治政府事務所の閉鎖、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)に対する資金拠出停止に踏み切った。
こうした2人の言動はまるで双子のように似通っている。トランプ氏がロシア疑惑で追及を受け、「政治的魔女狩りだ。ロシアとの共謀はない」と主張してきたのに対し、首相も「魔女狩りだ。(収賄など)ないものはない」と否定、両者がメディアを「フェイクニュース」と罵るところも同じだ。
トランプ政権は選挙の熱気が沈静化するのを待って新たな中東和平提案を発表する見通しだ。トランプ氏の娘婿クシュナー上級顧問が中心となって策定した提案だが、イスラエルの主張をそのまま反映した内容にはならないと見られ、ネタニヤフ氏が米国の提案に従うのか、注目されるところだ。
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/15896
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