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世界潮流を読む 岡崎研究所論評集
「ポピュリズムの波は退潮しているのか?」支払った対価に気づく時
2019/03/05
岡崎研究所
2月4日付のProject Syndicateは、ハーバード大学のジョセフ・ナイ教授の「ポピュリズムの波は退潮しているのか?」と題する論説を掲載している。
(cundra/Nosyrevy/iStock)
大変興味深い論説である。ナイ教授の主張を敢えて要約すれば、(1)ポピュリズムという曖昧な用語でここ数年の英国のEU離脱やトランプ現象等を長期的趨勢として理解しようとするのはおかしい。ましてやリベラルな国際秩序反対として、余りに多くの要素が関係している、(2)米国の歴史上、文化を背景とする移民排斥等の感情、運動が起きた例は多数ある、グローバリゼーション等がなくても「ポピュリズム」の現象は続く可能性がある、(3)しかし種々の調査を見ると、米国民が今深く孤立主義に陥っている訳ではない、ということになる。
ナイ教授は、提言もしている。第1に、政治エリートは経済格差や経済の悪影響をうける者にもっと注意を払うべきであり、第2に、国境を跨ぐ経済、文化上の問題を旨く「管理」していくべきだという。どちらも重要なことである。
ナイ教授は、経済的背景よりも文化的背景を重視しているように見える。移民等を巡り政治運動が起きた米国の歴史を辿っているが、KKK等改めてその根深さに驚く。同時に1960〜1970 年代の公民権運動、女性解放運動に対する年配の白人男性層の反感もトランプ支持の背景にあったと言う。その時代を朧気乍ら覚えている者には良く分かる指摘である。更に、部外者から見れば、その後マイノリティー出身ながら米国最高の教育を受けたオバマ大統領の出現とその余りに礼儀正しい、リベラルな政治姿勢は彼らに大きな衝撃を与えたに違いない。オバマのリベラリズムは米国の力を示すものだが、オバマ登場が少し早すぎ、政策も速度が速すぎたのかもしれない。その証拠にトランプはオバマのやったことを悉くひっくり返そうとしている。しかし、人種のるつぼこそが米国の成功、力であることは今や圧倒的に多くの米国民が受け入れていると思う。
中間選挙も終わり、米国はこれから大統領選挙に入る。2月6日に行われたトランプ大統領の一般教書演説は超党派融和の政治を打ち出したように見えるが、それは恐らく選挙戦術か、必要に迫られての姿勢であろう。壁建設については脅迫に近い決意を見せ、「社会主義」への批判は今後の選挙戦でのトランプの言説の伏線のように見えた。
先日大統領選立候補表明をした民主党のウォーレンに対して、共和党は「社会主義的」な政策だと早速批判している。民主党が左傾化せず、翼を広げ中間層を大事にすることが望まれる。有権者の再考もあるだろう。米国が正統な政治に戻ることが期待される。
英国でもポピュリズムについて考えている人がいる。フィナンシャル・タイムズ紙のギデオン・ラックマンが「トランプ時代は30年続くか」と題する2月4日付記事で、ポピュリズムの時代は英国のEU離脱を問う国民投票とトランプの米国大統領選挙の勝利という2つのことが起きた2016年に始まったと述べた上で、(1)歴史経験上1つの政治サイクルは平均30年続くといわれる、戦後政治の第1サイクルは西側の成長時代、第2はサッチャーやレーガン等のネオ・リベラルの時代、そして第3がポピュリズムの時代であり、それに従えばトランプの時代は30年続くかもしれない、(2)しかし、政治は選挙を超えて結果が問われる、今英国は深刻な問題を抱え、トランプはもがいている、ポピュリストが目に見える結果を達成できなければ新しい時代は早期に終わるだろうと述べている。
ナイもラックマンも同じことを考えているように見える。今後一層多くの有権者がポピュリズムの問題と支払った代価に気づくのではないだろうか。
http://wedge.ismedia.jp/articles/print/15488
Washington Files
「非常識」を常識化させたトランピズムの現実
2019/03/04
斎藤 彰 (ジャーナリスト、元読売新聞アメリカ総局長)
(iStock.com/flySnow/Purestock)
憲法無視の「国家非常事態宣言」、独裁国家北朝鮮最高指導者との“相思相愛”関係、執拗な西側同盟諸国批判、後を絶たないセックス・スキャンダル、底深いロシア疑惑……就任以来2年以上が経過し、国内のみならず世界中を振り回し続けるトランプ大統領。だが、今やそうした「非常識」を当たり前のことのように受け止める空気が広がり始めている。「常識化したトランプ主義(Trumpism)」と言えよう。
3月1日、 Conservative Political Action Conferenceに出席したトランプ大統領(AP/AFLO)
米下院本会議は先月26日、メキシコ国境の壁建設予算ねん出を目的としてトランプ大統領が先に宣言した「国家非常事態宣言」について「議会の意思を無視する憲法違反行為」だとして、これを否認する異例の決議案を賛成245、反対182の大差で採択した。しかし、大半の与党共和党議員は反対に回った。
大統領の宣言した「国家非常事態」が否定されるのは、1976年「国家非常事態法」
(NEA)成立以来、初めてであり、上院も数週間中に、同様趣旨の決案審議を予定しているものの、ここでも共和党議員のほとんどが民主党と袂を分かつとみられている。
翌27日には、マイケル・コーエン元大統領顧問弁護士が、同じ下院監視・改革委員会に喚問され、トランプ氏のセックス・スキャンダルもみ消し事件、ロシアとの疑惑のビジネス取引、税務処理などについて初めて衝撃的な証言を行ったほか、かつての上司だった大統領に対し公然と批判を浴びせた。
同日、太平洋をまたいだベトナムの首都ハノイでは、トランプ大統領と金正恩北朝鮮労働党委員長との2回目の首脳会談が、当初は和気あいあいとした雰囲気の中で始まった。しかし翌日には、対北朝鮮経済制裁の全面解除をめぐり双方の折り合いがつかず、何の成果も挙げられないまま物別れに終わった。
過去数日のうちに伝えられたこうした一連の出来事はいずれも、トランプ氏が主人公であり、アメリカの主要メディアも、めまぐるしい情勢展開に振り回され続けている。
その一方で、就任前からの型破りの言動、常識外れの内外政策推進、気ままなツイーター偏重の政治スタイルなどに象徴される「トランピズム」について、すべてを自然のなりゆきのように受け止める冷めた空気が広がっている。
その象徴が、共和党主流派の反応だ。直近の動きを改めて振り返ってみよう。
非常事態宣言
トランプ大統領は先月15日、メキシコ国境に壁を建設する事を目的とした「国家非常事態」を宣言した。しかし現実には、「国家非常事態法」が宣言の前提として規定した「アメリカ合衆国全体あるいは国外の主要部分に起源する国家安全保障、外交政策または経済に対する尋常ならざる、とてつもない脅威」はどこにも存在せず、たんに壁建設費用を政府予算の中から転用させるのが目的であると説明された。
しかしこれは、予算権限を持つ議会の意思を無視し、憲法が保証する「三権分立」の精神に抵触する行為であることに疑念の余地はあまりない。各種世論調査でも、65%近くが大統領宣言に「不支持」を表明、「支持」は30%前後と、是非は歴然だ。
しかも、共和党主流はつい数年前のオバマ民主党政権当時、大統領に集中する行政権拡大に対し、ことあるごとに警告を発し、「連邦議会の権限と尊厳」の重視を強く求めてきた。
ところが今回、民主党議員から下院本会議に提出された「非常事態宣言無効」決議案に対し、共和党は支持に回った13人以外の全員が反対票を投じた。多くの共和党議員は反対理由について言葉を濁し、明確な説明を避けたままだ。
2020年大統領選とともに実施される議会選挙を意識し、トランピズムにあえてタテつくことを避けたとみられている。非常識の常識化を意味している。
異例の議会聴聞会
「大うそつき」「ペテン師」「人種差別主義者」……同月27日、大勢の報道陣が詰めかけ異様な雰囲気の中で開催された注目の下院監視・改革委員会公聴会は、証人として出席したマイケル・コーエン元大統領顧問弁護士が、激しい口調でトランプ大統領を非難する冒頭の陳述書読み上げからスタートした。
2007年以来、10年以上もトランプ氏の個人弁護士かつ腹心として仕えてきたコーエン氏は解任されて以来、ロシア疑惑、セックス・スキャンダル、大統領就任前までのトランプ氏のビジネス取引などを捜査中の検察当局との司法取引を受け入れ、度重なる事情聴取に応じてきた。
その彼が今回、トランプ氏のこれまでの行状について、初めて歯に衣着せず証言した。側近中の側近とみられていた人物が公の場で、現職大統領に対し、容赦ない批判に回ること自体、きわめて異例の事態であり、詰めかけた全米のテレビ、ラジオ局はもちろん、新聞主要紙までオンラインで一部始終を実況するほどの異常な盛り上がりを見せた。
コーエン氏はとくにこの中で、
トランプ氏は自らの不倫問題についてうその証言をするよう命じた
ロシアによる2016年米大統領選への介入について大統領は事前に知っていた
トランプ氏は大統領選期間中を通じ、自分が大統領になっても国を率いる望みも意思もなく、個人的な富と権力拡大のためだけに出馬した
長男ドナルド・トランプ・ジュニア氏らトランプ陣営幹部とロシア人関係者との秘密会合を本人も熟知していた
など、核心に触れる証言をした。さらに延々7時間に及んだ公聴会の終わりに、コーエン氏はトランプ氏について次のような過去の“罪状”を本人向けにテレビカメラを通じて喚起する異常ともいえる証言で締めくくった:
「あなた(トランプ大統領)は自分の得にならない場合でも真実を語りなさい。メディアを批判するだけでなく、自分自身のの数知れない汚れた行いについて責任をとりなさい。アメリカでのより良き暮らしを求めてやってくる移民と家族を引き離し冒毒することはやめなさい。同盟諸国の犠牲の下に敵対国に媚を売ることは慎みなさい。最後に、自らの選挙支持基盤のご機嫌取りのためにクリスマスからお正月にかけて政府閉鎖の挙に出るようなことはやめてほしい。こうした振る舞いはがさつで野卑であり、大統領職を汚し、非アメリカ的というべきだ」
しかし、公聴会に同席した共和党議員らは、開始前から声明やテレビインタビューなどを通じ、逆にコーエン証言の信用を貶める発言を繰り返しただけでなく、同氏の証言途中にも何度か議事進行を妨げる場面まであった。
共和党側は証言終了後も、コーエン氏が問題提起した、新たな大統領疑惑の真相究明には何ら触れることなく、公聴会自体について「フェイク証言」だとして大統領援護に回った。
米朝首脳会談のめり込み
アメリカの大統領で外交上、最近まで米国務省の「テロ支援国家」にリストアップされ、自らも「ならず者国家」呼ばわりしてきた独裁国家との関係強化にこれほどまでに熱心に取り組んできたのは、トランプ氏のほかに例を見ない。中でも、2度の首脳会談や十数回にわたる個人書簡のやりとりなどを通じ、金正恩氏に対して示した並みはずれた思い入れは外交常識を打ち破るものだった。
大統領は昨年9月、ウェストバージニアでの政治集会で聴衆に向かって、過去に何度も個人書簡の交換があったことを引き合いに「われわれ2人は恋に落ちた」と公言してはばからず、訪米した安倍首相にその書簡のうちの1通原本を誇らしげに披露しながら「この中身は米朝関係に突破口を開くものだ」と絶賛した。今年にはいってからも1月初め、ホワイトハウス閣議の場で、金氏から寄せられた手紙を閣僚たちにかざしながら「諸君らの誰にもこれほど美しい手紙は書けないだろう」などとコメントしたことなども、新聞、テレビではごく普通のことのように報じられてきた。
今回の第2回首脳会談についても、大統領は直前まで、記者会見や重要演説などの場で「事前協議はうまくいっている」「素晴らしい結果が得られるだろう」などと楽観的見通しを披露してきた。しかし結果は、何の成果も引き出せないままハノイから手ぶらで帰国の途に就かざるを得なかった。
双方物別れに終わった理由として、大統領は、「北朝鮮側がただちに経済制裁の全面解除を求めたこと」を挙げたが、会談終了後、北朝鮮側代表団は「一部制裁緩和を求めたが全面解除は提起しなかった」と説明、米側との主張の食い違いを露呈させた。
ただ、トランプ大統領が最初から成果を急ぎ、十分な事前の情報収集と局面打開の確証も得られないまま会談にのめり込みになっていたそしりはまぬかれない。
それでも共和党幹部たちの受け止め方は、「悪い取引をするなら、むしろしない方がまし」(マルコ・ルビオ上院議員)として、大統領の今回の対応を評価する姿勢さえ見せている。これもトランピズムの一環というわけだ。
こうしたトランプ大統領と共和党の奇妙な関係について、ニューヨーク・タイムズ・マガジンが最近共和党重鎮の一人、リンゼイ・グラハム上院議員との興味あるインタビュー記事を掲載している。同議員はかつて、トランプ氏を徹底して批判、2016年大統領選挙予備選の段階で「トランプだけはわが党の指名候補にしてはならない。彼は狂人(kook)であり、大統領になる資格はない」などと党員たちに呼びかけていた一人だった。
その彼がつい最近、態度を180度豹変させ、大統領擁護姿勢を明確に打ち出した。なぜそうしたかについて、次にように答えている。
「要は、政治家として意味があるかどうかということだ。政治はつまり、欲する結果をもたらす芸術にほかならず、私が上院議員としているかぎり、大統領と仕事をし国のために良い結果をもたらすことができる」
同議員はさらに、インタビューを通じ、トランプ大統領に対する自分の従来の考えを変えたわけではなく、あえて2020年選挙を意識して大統領擁護に回っていることを認めたという。
もしグラハム議員のこうした主張が共和党主流はじめトランプ支持派の代表的受け止め方であるとすれば、大統領が今後もいかに常道を逸脱した政策決定や言動を続けたとしても、「常識の範囲」として容認されていくことになる。
ただ問題は、トランプ大統領が来年の選挙で再選を果たせず、1期だけで終わった場合、よりまともな政治に戻るかどうかだ。
http://wedge.ismedia.jp/articles/print/15530
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