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金正恩は予測不能のトランプに恐れおののいている
2019.2.27(水) 古森 義久
米朝首脳会談を前に前大統領補佐官が語る米国側の狙い
トランプ氏、ベトナムへ出発 米朝首脳会談へ
米メリーランド州のアンドルーズ空軍基地で、ベトナム・ハノイに向かう米大統領専用機エアフォースワンに搭乗するドナルド・トランプ大統領(2019年2月25日撮影)。(c)SAUL LOEB / AFP〔AFPBB News〕
(古森 義久:産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授)
第2回目の米朝首脳会談が2月27、28の両日、ベトナムの首都ハノイで開かれる。この会談では何が合意されるのか。米国のトランプ政権はどんな政策でこの会談に臨み、最大目標である北朝鮮の完全な非核化をどう進めるのか。北朝鮮の朝鮮労働党の金正恩委員長はどう対応するのか。
この一連の疑問について、トランプ政権の中枢で最近まで北朝鮮非核化に関与してきたフレッド・フライツ前大統領補佐官(現「安全保障政策センター」所長)にインタビューした。米国では米朝問題に関して多くの専門家たちが多様な報告や論評を発表しているが、トランプ政権の内側にいた人物の見解表明は珍しい。
フレッド・フライツ氏は米国歴代政権の中央情報局(CIA)やNSCで、北朝鮮やイランなどの秘密の核開発阻止を中心とする大量破壊兵器の拡散防止を専門としてきた。2018年5月にトランプ大統領の補佐官となり、大統領直属の国家安全保障会議(NSC)で首席のボルトン補佐官に次ぐ次席となった。同年11月には民間の「安全保障政策センター」の所長に就任するため、政権を離れた。著書に『迫りくる北朝鮮の核の悪夢』などがある。
フレッド・フライツ前大統領補佐官(現「安全保障政策センター」所長)
インタビューでフライツ氏は、トランプ大統領が一貫して北朝鮮の核兵器の完全廃棄を目指していることと、米側の要求の一部を軟化させることで金正恩委員長から北朝鮮側の核とミサイル施設への査察の合意を取りつけられるだろうという見通しを強調した。
フライツ氏はトランプ政権の基本姿勢について、「核武装した北朝鮮は絶対に許容しない。北朝鮮の防衛には核兵器も長距離弾道ミサイルも不要な攻撃用兵器であり、国際社会にとっても受け入れ難い」と述べ、北の完全非核化実現策が揺らいでいないことを力説した。そのうえで、トランプ大統領が今回の首脳会談で、北朝鮮の完全非核化に向かってかなり実質的な前進を果たすだろうと総括した。
インタビューは2月21日、ワシントンのホワイトハウスに近い安全保障政策センターの所長室で行った。以下、その内容の骨子をお届けする。
譲歩を重ねてきた米国政権
──今回の米朝首脳会談では、まずどんな成果を期待しますか。
フレッド・フライツ氏(以下、敬称略) 金正恩委員長は昨年(2018年)6月にシンガポールで非核化を誓約しました。その誓約を履行させ、核兵器など大量破壊兵器計画の実態を開示させることが、米側にとっての今回の首脳会談の狙いです。その開示はまだできていませんが、今回の会談で、国内の核実験拠点とミサイル実験拠点への査察を北朝鮮に認めさせることができると思います。その結果、うまくいけば核施設の中心地である寧辺(ニョンビョン)への集中的査察への北側の合意が得られるだろうと思います。
以前は、北朝鮮が核とミサイルの開発計画について完全で正確な開示をしない限り、2度目の米朝首脳会談は行わないというのが了解事項でした。北朝鮮はまだその開示をしていませんが、それでも米朝双方が2回目の首脳会談を開くことに合意したのです。
──その説明だと、米国側がより譲歩をしたという感じもしますが。
フライツ 目的は、交渉を軌道に乗せて、金委員長に非核化への具体的な『取りうる措置』の実行に合意させることです。この『取りうる措置』というのは、トランプ政権の北朝鮮担当特別代表であるスティーブ・ビーガン氏が最近使っている表現です。ビーガン氏は私の長年の友人で、今もよく話をします。
米側は査察などについて金委員長から原則的な約束は得たと思います。ただ、金委員長の側近には、そう捉えていない人たちも多数いると思います。
北朝鮮側には、「米国はこれまでこの種の交渉に入ると、具体的な成果を北側より強く切望するために、かなりの譲歩をしてきた」という認識があります。米側は実際には何も達成していないのに「達成した」と宣言したいがために譲歩する、というわけです。北朝鮮は米側の譲歩の結果をポケットにしまい、見返りはなにも出さず、しばらくすると核とミサイルの開発計画をまた再開するのです。
トランプ政権では、この繰り返しを避けようと、ジョン・ボルトン国家安全保障担当大統領補佐官とマイク・ポンペオ国務長官らが新たな手法を進めてきました。ボルトン氏らは、北朝鮮に譲歩をさせず誓約の履行をさせないままに合意を成立させようとする米側のキャリア外交官たちの動きを抑えつけています。
北朝鮮の核武装は絶対に許容しない
──「あくまで北朝鮮の完全な非核化を目指す」というトランプ政権の基本政策に揺らぎはないのですか。北の核兵器保有をある程度許し、軍備管理という見地からその脅威に対応していくべきだという案も、米側の一部の専門家から提示されています。
フライツ それはありません。米国は核武装した北朝鮮を絶対に許容しません。するべきではない。
核兵器も長距離弾道ミサイルも、北朝鮮の防衛には不要な攻撃用兵器です。米国が北朝鮮に侵略することはありません。よって、現状では北朝鮮は核兵器をまったく必要としないのです。これがトランプ政権の基本政策です。
北朝鮮は究極的には、朝鮮半島から米国を追い出し、アジアの近隣諸国を恫喝するために核兵器を使う、という計画だったのでしょう。でも、核兵器やICBM(大陸間弾道ミサイル)は米国の東海岸を攻撃するための完全な攻撃用兵器であり、北朝鮮の防衛にはまったく必要がない。米国は、北朝鮮がそんな攻撃用兵器を保有することは認めません。
──トランプ政権はその許容できないという意思を北朝鮮に伝えたわけですね。
フライツ そうです。北朝鮮がこれまでのように、地域的にも国際的にも受け入れられない軍事増強を続けていれば、必ず米国などとの間で軍事対決が起きます。その対決は北朝鮮の国家自体に破壊をもたらすことになるでしょう。なにしろ北朝鮮は国民が飢餓に苦しむ一方、国家の資産のほとんどを高度兵器の開発に投入しているのです。北朝鮮の軍事増強がどんな結果に至るのかをトランプ政権は明確なメッセージとして伝えたのです。
北朝鮮を変身させたのは「恐怖」だった
──しかし自国の憲法にまで核兵器保有を明記していた北朝鮮が、国家の基本方針を180度転換して核兵器廃棄に同意したのはなぜでしょうか。金委員長がトランプ大統領に会いたいという意向を強く表明したことも、従来の反米政策からの大転換です。
フライツ 北朝鮮が年来の政策を一転させて非核化の協議に応じたのは、トランプ大統領が2017年の国連演説で発した北の「完全破壊」という言葉が最大の理由でしょう。米国大統領が国連総会で、北朝鮮がもし今の核武装の道を進むならば、北朝鮮自体を破壊してしまうという強力なメッセージを発したことは、米国の同盟諸国、国連ウォッチャー、そして北朝鮮当局者をぞっとさせたはずです。
北朝鮮当局はそれ以後の数カ月をかけて、それまでの政策の変更を決定したとみられます。トランプ大統領が国連で演説したあと、北朝鮮が2017年の終わり近くにもう一度、長距離ミサイルの発射実験をしていますが、それ以降の2018年は態度がすっかり変わったわけです。
──北朝鮮を変身させたのは「恐怖」だということですね。
フライツ そうです。恐怖です。このまま進めば、自分たちが滅ぼされるという恐怖ですね。そもそも北朝鮮のような無法国家は力を畏怖します。そんな国に対して、米側の前政権のような「戦略的忍耐」というような対処法をとるのは愚かです。
北朝鮮側にしてみると、「核兵器を開発しても長距離ミサイルを配備しても、米国はなにもしてこない。譲歩をするだけだ」、そんな考えのもと、核武装を続けたのです。しかし、トランプ政権はまったく異なる対処法を選びました。
──その結果が、今度の米朝首脳会談で、北朝鮮側が核関連施設の査察を認めるという展望となったというわけですね。
フライツ はい、私は慎重な楽観主義という立場から予測すれば、今回の首脳会談で「北朝鮮の核とミサイルの基地への米側による査察」について合意が成立すると思います。寧辺への査察が合意されるならば、大きな前進です。北側の大きな譲歩だともいえます。
北朝鮮との交渉の成果はすでに出ている
──その場合、北朝鮮に対する現在の制裁措置はどうなるのですか。緩和されるという見通しも語られていますが。
フライツ いや、緩和はないでしょう。なぜなら北朝鮮側は大量破壊兵器とミサイルの計画の完全で正確な開示をまだしていないからです。今回の会談ではすぐにその成果は得られないかもしれませんが、北側はその全面開示に向けての動きをとることを約束するでしょう。
──しかし現状では、トランプ政権が北朝鮮との交渉で得たことはまだ少ないという批判もあります。
フライツ いえ、トランプ大統領はすでに非常に多くのことを達成しました。オバマ前政権の時代、北朝鮮のミサイル発射実験は80回近くに達しました。トランプ政権になってからは合計20回ですが、2017年12月からは1回もありません。核実験も同年9月からはゼロです。その結果、アジア地域、そして全世界が安定するようになりました。
トランプ大統領による新政策が始まる前は、北朝鮮が大気圏で水爆実験をする可能性までがありました。万が一、そうなれば、日本、韓国、中国などに放射能が広がる危険性があります。中国当局も深刻に懸念し、北朝鮮の2017年9月の核実験の後は中朝国境地域での非常事態訓練を実施していました。こんな状況が変わったのは、トランプ大統領の行動の成果といえるでしょう。
朝鮮戦争の終戦は宣言されるのか
──今度の首脳会談で、米側は米朝双方の連絡事務所の開設や朝鮮戦争の終結宣言に応じるだろうという観測もあります。これらはトランプ政権にとって譲歩のしすぎとはなりませんか。
フライツ 北朝鮮が誓約した「完全な非核化を実行する」という大前提の下で、トランプ政権がその種の措置に同意することはありうると思います。きわめて小さな代償だけで北側の面子を立てて、非核化の推進に寄与できる措置だと思います。
連絡事務所としては、北朝鮮がすでにニューヨークに国連の代表事務所を有していますが、米側が平壌に事務所を開くことによって米国の外交的な存在を強化できるわけで、非核化を推進するためにはコストが低い措置だといえます。
朝鮮戦争の終戦宣言は、非核化に難色を示す人民軍の将軍たちを金委員長が説得する材料になるならば、米国としては大きな代償を払わないで済みます。米国にとっては、小さな柔軟性を示して北朝鮮の大きな譲歩を勝ち取る手法だといえます。
──朝鮮戦争の終戦が宣言されると、在韓米軍の存在の理由が少なくなり、米韓同盟が揺らぐという懸念も表明されています。
フライツ その理屈には賛成しません。東西冷戦が終わってもドイツには米軍が駐留し続けていますね。トランプ大統領に、韓国から米軍を撤退させる意図はまったくありません。
金正恩は非核化を誓約した、米国は実効を迫るだけ
──ビーガン氏(トランプ政権の北朝鮮担当特別代表)の最近の演説の内容から、トランプ政権が北朝鮮への姿勢を和らげ、制裁も段階的な緩和を考えていると解釈する向きもあります。
フライツ 北朝鮮が完全な非核化への具体的な行動を明確にしない限り、経済制裁の一部の緩和、あるいは段階的な撤回はないでしょう。ビーガン氏の演説がそういう緩和を意味したという見解には、私は同意しません。
──「北朝鮮は結局は非核化には応じないのではないか」という悲観的な見方が、米国政府の情報機関代表をも含めて各方面から表明されていますが。
フライツ 金正恩委員長自身が核兵器を放棄すると誓約したのです。米側としてはその言葉の責任を追及し、実行を迫るだけです。確かに北朝鮮は過去に公約を破り、米側をだましてきました。だからといって、米国側が北に誓約の履行を迫るべきではない、ということにはなりません。
トランプ大統領は、これまでとはまったく異なる方法で北朝鮮問題に取り組みました。選挙キャンペーン中にトランプ氏が金委員長との会談案を語ると、すべての専門家が反対し、あざけりました。しかし今ではほとんどの専門家が米朝首脳会談は有効な方法だと認めているでしょう。トランプ大統領が北朝鮮に関して何も達成していないと断言する専門家はまずいないでしょう。緊張が緩和されたことはあまりに明白だからです。
トランプ大統領は、北朝鮮の脅威に対処するために多数の国を連帯させることに成功しました。中国に対しては北朝鮮への制裁を真剣に実施するように圧力をかけました。これまでの米国の政権にはみられなかった動きです。こうした動きも北朝鮮に対して巨大な効果がありました。
──そうした動きが北朝鮮を恐れさせる効果を生んだということなのですね。
フライツ はい、北朝鮮側はトランプ大統領が一体何をするのか分からなくなり、懸念を深めるようになったのだと思います。予測不能の米国大統領というわけです。このことが北朝鮮にトランプ大統領との直接の交渉への関心を深めさせたといえます。トランプ大統領の方から北朝鮮に何かを頼みこんだ、ということはまったくありませんでした。この点がオバマ政権との根本的な違いです。外部への対応も、オバマ政権はいつも弱かった。米国が弱くなるとグローバル秩序は乱れます。強ければ安定と安全が高まるのです。
トランプ大統領は拉致問題を提起するだろう
──米朝間のこうした動きの日本への意味は?
フライツ 北朝鮮がミサイル発射を続けている間、日本は不安と懸念を深めていましたから、今のところ現状は望ましいでしょう。核もミサイルも、実験が止まったのですから。
日本は、韓国が北朝鮮に対して過剰な譲歩をするのではないかと心配しています。だからトランプ政権が韓国のそうした動きを抑えていることには賛成でしょう。トランプ政権があくまで北の完全非核化を求めることも、日本は歓迎するでしょう。
──日本人の北朝鮮による拉致問題はどうでしょうか。
フライツ トランプ大統領も、ジョン・ボルトン国家安全保障会議首席補佐官も、拉致問題解決への協力にはきわめて熱心です。北朝鮮政府は、なんの罪もない日本人男女を誘拐して、長年拘束したままにするという、おぞましい犯罪を行いました。米国政府は全力でその解決に助力すべきです。この点、トランプ政権はきわめて積極的です。今回の米朝会談でも、大統領は必ずこの問題を再び提起するでしょう。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/55601
戦わずして北朝鮮の勝利か、第2回米朝会談
ベトナムに学べ:北朝鮮がベトナム開催を選んだ強かな理由
2019.2.27(水) 末永 恵
経済急成長の活気であふれるハノイの街並み。最大投資国の日本のホンダやヤマハが寡占するバイク市場、日本が出資するベトナム初の都市鉄道計画など、町のいたるところに日系ブランドが目立つ(筆者撮影。ベトナム・ハノイ、2019年2月)
ガラス張りのモダンなレストランが人目を惹く。
ベトナムの首都・ハノイの旧市街地から車で20分ほどにある、北朝鮮直営の北朝鮮レストラン・ハノイ店。通称、「北レス」と呼ばれる。
北の重要な外貨獲得“在外基地”で知られる。
筆者も以前、訪れたことがある。北朝鮮名物、牛骨スープベースの平壌冷麺(ピョンヤン・レンミョン)が一番人気だ。
容姿端麗なウエイトレスは、ベトナムでも人気が高い。その写真はネット上に拡散されており、韓国ではまさにアイドル並みの人気を誇っている。
一方、このレストランは北の諜報活動や強制売春の舞台となっていることが、最近脱北した北朝鮮女性のウエイトレスによって暴露され始めている。
そうしたレストランの数は、中国などアジア諸国を中心に今でも80か所ほどで経営されているという。
このハノイのレストランに2017年、衝撃が走った。
ベトナム政府が突然、北レスの賃貸契約延長を認めないと一方的に北朝鮮政府に申し送り、レストランは撤退を余儀なくされたからだ。
ことの発端は、2年前の2月13日午前9時頃、混雑極めるマレーシアのクアラルンプール国際空港で大胆不敵にも、金正恩・朝鮮労働党委員長の異母兄、金正男氏が暗殺された事件。
正男氏の遺体からは猛毒の神経剤「VX」が検出された。
事件では、ベトナム人のドアン・ティ・フオン被告(今夏以降、殺人罪に問われている実行犯の同被告とインドネシア人女性被告の第1審判決が言い渡される見通し)らが北朝鮮国籍の男4人と共謀し、正男氏の顔に液体を塗りつけて殺害したとしてマレーシアで起訴されている。
マレーシア当局によると、事件直後に国外逃亡した北朝鮮国籍の男4人のうち、リ・ジヒョン容疑者は北朝鮮のリ・ホン元駐ベトナム大使の息子で、フオン被告を犯行に引き入れた張本人とされている。
ベトナム政府は、北朝鮮の駐ベトナム前職大使の息子が事件に関与し、ベトナム国民を包摂して起きた殺人事件を強く糾弾。北朝鮮に公式謝罪を要求した上、「国交断絶」の意思を伝えた。
ベトナム政府は北朝鮮に制裁を科し、「外交官を除く北朝鮮国籍者のビザの延長、さらには北朝鮮レストランの賃貸契約延長の拒否」を断行した。
それだけではない。事件直後にはもっと強硬な制裁が実施されていた。
「北朝鮮外交官のビザ発給を全面停止し、北朝鮮大使館(ハノイ)の事実上縮小に追い込もうとした」
「さらに、(スパイと見られる)ベトナムにあるIT産業で働く朝鮮人労働者に対しても、国外追放や滞在ビザの長期延長拒否といった措置を出していた」(西側外交筋)
ベトナム政府はマレーシアで起きた事件に北朝鮮のベトナム大使が関係していたことに怒り心頭だったのだ。
事件に関し、米国、マレーシア両国政府が金正男氏殺害の責任は北朝鮮にあると断定している一方、これまで北朝鮮は頑なに同事件への関与を強く否定してきた。
しかし、ベトナムの強硬な外交圧力に、北朝鮮は昨年12月、「ベトナムに非公式に謝罪した」(韓国メディア)と報道された。
ベトナム政府筋もその事実をほぼ認めている。ASEAN地域フォーラム(ARF)への北朝鮮参加を強く促すなど、アジア屈指の長年の友好国、ベトナムの後ろ盾を失う危機感が北朝鮮の異例の謝罪を引き出したともいえる。
正式謝罪は殺害を北朝鮮が公式に認めることになることから、「非公式」という形式でベトナムは譲歩する形となったようだ。
とはいえ、決して大国とは言えないベトナムが、悪の枢軸、独裁国家の金政権から前代未聞の「謝罪を引き出した」わけで、日本や国際社会では、驚きをもって受け止められた。
一方、筆者の知人の米外交筋によると、「謝罪の具体的時点は実際不明だが、金正男氏暗殺から半年以上経った、北朝鮮政権樹立70周年を記念した9・9節行事前後を機に、両国の外交関係は修復に向かった」という。
そして、昨年6月の第1回米朝首脳会談でも開催国候補として名乗りを上げていたベトナムは、今週27〜28日に行われる第2回米朝首脳会議の舞台になる。
今回、ベトナムは北朝鮮だけでなく、米国との交渉・準備段階から、ホスト国として外交手腕を発揮。
共産主義国でありながら1986年の改革開放路線「ドイモイ政策」後、農業国からアジアを代表する経済成長国に躍り出て、外交舞台で国際社会に、政治的にも経済的にもその存在感を示すことに成功したといえるだろう。
米国のバラク・オバマ大統領(当時)は、2016年のG7開催前に、ベトナムへの歴史的訪問を実現。
ベトナムは約半世紀ぶりになる米国からの全面的な武器輸出解禁合意で、「昨日の敵は、今日の友となった」(チャン・ダイ・クアン国家主席)と、アジアの小国でありながら「米越同舟」を巧みに演出、中国への牽制を国際社会にアピールした。
ベトナムは、ドナルド・トランプ政権直後にホワイトハウスで米国と首脳会談を開いているが、実はASEAN(東南アジア諸国連合)で初めてのことだった。
今回、米朝2回目の首脳会談開催国にベトナムが選ばれたのには、米国の狙いも見え隠れする。
ベトナム戦争で米国と戦った、北朝鮮と同じ共産国家のベトナムが、安全保障と経済分野などで、米国と強い2国間関係を構築した結果、経済成長を果たした――。
このことを北朝鮮の金正恩氏に具体的な形で知らしめようというわけだ。
昨年7月には、米国のマイク・ポンペオ国務長官が「ベトナムが経験した『経済的奇跡』と米国との関係改善に、北朝鮮は学ぶことができるだろう」とも語っている。
北朝鮮問題の専門家は「ベトナムは、食料安全保障や私有財産制度問題などですでに対応策を図り、経済特区設置などによる海外投資誘致の戦略も熟知している」と言う。
しかし、ベトナムのような改革開放路線を金正恩政権が「最善」と認識しているかどうかは、疑い深い部分もある。
「経済の自由化は、独裁国家の北朝鮮が、私有財産制を認可し、国内で海外からのニュースや情報も拡散することになる。金正恩政権にとっては、『北朝鮮版ドイモイ』は、火中の栗を拾う政権崩壊の混乱を招くことにもつながる」(米国の北朝鮮問題専門家)と危惧する声もある。
韓国に亡命した北朝鮮の太永浩(テ・ヨンホ)元駐英公使も欧米メディアの取材などで「金政権が、政治的な改革開放につながる経済自由化路線を走るとは思えない。経済開放は観光産業や開城工業団地の再開など、限定的だろう」とみている。
経済的モデルであれば、むしろ、開発独裁で世界の金融センターに成長したシンガポールの方が、今の独裁政権を維持しながら、理想の形として見ている可能性は大きいのではないか。
今回、金正恩委員長は第2回米朝首脳会談をベトナム開催にこだわったとされる。その理由は、「改革開放の師匠」に見習うこととは別にあるようだ。
金正男氏暗殺事件で冷え切ったかつての兄弟国家ベトナムに、国際舞台での外交デビューという経済や投資拡大の絶好の檜舞台をお膳立てする見返りに、大国相手にしたたかに振る舞う手法の伝授を受けたかったからではないだろうか。
「ズル賢い」「二枚舌」「したたか」――。
中国のみならず、米国、ロシア、フランスにそう言わしめるアジアの小国・ベトナムの「大国操縦法」の例に見合う国は地球広しといえどもほかにはない。
1000年にもわたる中国の侵略や支配、フランスによる約70年の植民地支配に屈せず、さらには20年に及ぶ米国とのベトナム戦争に勝利した。
その後の中越戦争でも、「中国の力は再三、ベトナムという岩の上で砕け散ってきた」(「China and Vietnam: The Politics of Asymmetry」著者の米国の中国政治外交専門家、ブラントリー・ウォマック博士)と分析されるように、ベトナム戦争でロシア軍や米軍が置きざりにした戦闘車や兵器などを駆使し、中国に勝利した。
ベトナムの強さの秘訣は、強靭な忍耐力と精神力に裏づけられたべトコン戦術の「硬」と、朝貢外交で至れり尽くせりの「軟」を、まるで1枚のコインのように裏表を巧みに使い分けながら、超大国を翻弄する戦略にある。
さらには、戦争で大国と戦う一方で、同時に別の大国を引き込むしたたかな戦術も強さの秘訣だ。
ベトナム戦争では、中国と旧ソ連の超大国を激突させ、一方で米国との闘いのための後ろ盾として両国の支援をを引き出した。
中国と陸続きのベトナムは、南シナ海に面した南北に長い約3000キロの海岸線を持ち、多くの港湾を抱え、主要な海洋ルートの交差点にある。
そのため、経済や安全保障などの観点から、他のアジアの国より、対中戦略において、米国にとっても最も重要な拠点となり得る。
また、ベトナムはASEANの中でロシアの最大の貿易相手国でもある。
2015年5月、ASEANで初めて、ロシア、ベラルーシ、カザフスタンなどが加盟するユーラシア経済連合(EEU)ともFTAを締結。結果、両国の2020年の貿易額は、2014年比で約3倍の100億ドルに達すると予測されている。
対中依存からの脱却を目指し、ロシアとの経済面での連携を拡大させ、安全保障の基盤強化を急ピッチで進めている。
ベトナムは武器輸出解禁を条件に、米軍がベトナム戦争時、後には2002年にロシア軍が撤退するまで使った東西冷戦時代の要衝で、長年閉鎖されていた南シナ海軍事防衛の戦略的最重要拠点、カムラン湾への米海軍寄港を認めたとみられる。
米国と軍事連携を進めることで中国に対抗姿勢を示す一方、社会主義体制を続ける中、かつての最大支援国で友好国のロシアにも再接近するという、「遠交近攻」を用意周到に進めている。
膨大な貿易黒字を稼ぐ最大の輸出相手国「米国」、慢性的な貿易赤字に悩まされる最大の輸入相手国「中国」、さらには、保有武器約100%を調達する最大の軍事武器供与大国「ロシア」の複雑な3大国の狭間に立つベトナム。
ラストリゾート(最後の命綱)をいずれの超大国にも依存しないことを固く誓う、誇り高き共産国家で北朝鮮が理想とする国家像を描いているともいえるだろう。
言い換えれば、「古くからの兄弟国家との蜜月関係は、北朝鮮にとって有利に働く。北朝鮮は困ったときでも旧友からの助けでサバイバルできる」と米国を牽制できる。
そんなメッセージは、北朝鮮にとっては極めて魅力的に映るに違いない。
ベトナムにとっても、対北朝鮮交渉で日本、中国、韓国以上に、効果的な交渉を発揮できる国として国際社会に誇示できる。
こうみると、北朝鮮による前代未聞のベトナムに対する謝罪は、”名を捨ててでも実を取る”、言わば大国を手玉に取る「最大の防御にして、最強の秘策」だったと言えるのかもしれない。
(取材・文・撮影 末永 恵)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/55585
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