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台湾をめぐって何かが起きるかもしれない
ほとんど恫喝、習近平の危うい台湾政策
2019.1.24(木) 福島 香織
武力行使になれば台湾独立支持派は「戦犯」、中国軍幹部が警告
台湾旗(資料写真)。(c)MARVIN RECINOS / AFP〔AFPBB News〕
(福島 香織:ジャーナリスト)
習近平が2019年初頭の「台湾同胞に告げる書」40周年記念行事で発表した台湾政策がかなり激しい。恫喝を交えながら一国二制度による「平和統一」を台湾政府に迫る内容だった。
もちろん、江沢民の台湾政策(江八点)の方が、武力統一を強調していたという意見はあろう。だが、江沢民は「できるだけ早く」といった抽象的な期限しかいっていない。一方、習近平の演説には、あきらかに自分の代で台湾との統一を実現するという強い意思が感じられ、しかもそれをやりかねない中国内外の情勢も見てとれるので、怖いのだ。
この脅迫めいた呼びかけに蔡英文はきっぱりと反論。はっきり「92年コンセンサス」(中台が「一つの中国」原則を確認するという合意)を認めない立場を強調した。昨年(2018年)の統一地方選の惨敗で、党内外から批判を受けていた蔡英文は、その対応により支持率が盛り返した。やはり恫喝は台湾人の反感しか呼び起こさない。
だが、蔡英文政権の支持が上がると、中国との対立姿勢がなおさら先鋭化してくるだろう。しかも米国も台湾に急接近。今年、台湾をめぐって何かが起きるかもしれない、という予感に満ちている。
習氏、中台統一で軍事力行使を排除せず 「一国二制度」も迫る
中国・北京の人民大会堂で開催された、中国が台湾に平和統一を呼び掛けた「台湾同胞に告げる書」の発表40年を記念する行事で、演説する習近平国家主席(2019年1月2日撮影)。(c)Mark Schiefelbein / POOL / AFP〔AFPBB News〕
歴代指導者が発表してきた台湾政策
習近平の台湾政策とはどういったものか。その前に、習近平が大晦日に行った恒例の「新年のあいさつ」で、必ず冒頭に入れていた香港、マカオ、台湾同胞および海外華僑同胞への祝賀が入ってなかったので、おやっ? と思った人も多かっただろう。一部では、香港、マカオはもはや取りたてて挨拶するほど特別な存在ではない中国の一地方都市に成り下がったからだ、と囁かれた。では、台湾も無視していいほど中国化が進んでいると思っているのか。昨年の台湾統一地方選では与党民進党が惨敗で、蔡英文は党首を引責辞任、行政院長の頼清徳も辞任しており、蔡英文政権など相手にせずともいい、と思ったのか、などと話題になった。
だが年明け1月2日、習近平は「台湾同胞に告げる書」40周年記念行事で台湾に対する強烈なメッセージを発する。
「台湾同胞に告げる書」は1979年1月にケ小平が発表した国共内戦後初めて中華民国に対し軍事的対峙を終結させ平和統一を呼びかけた文書である。その後、歴代指導者は必ず任期中に自分なりの台湾政策を発表してきた。1981年全人代常務委員長だった葉剣英が発表した「台湾平和統一に関する九条方針政策」(葉九条)や、83年にケ小平の6つの主張(ケ六条)、1995年江沢民が発表した「祖国統一大事業促進を完成し奮闘を継続する」ための8項目(江八点)、2008年暮れに胡錦濤が発表した「手を取り合って両岸の平和的発展を推進し、中華民族の偉大なる復興を一緒に実現する」ための6項目(胡六点)だ。
江沢民の江八点は武力行使を放棄しないことを強調。だが当時の台湾総統・李登輝が両岸の政治分離の現実や民主促進など6つの主張を含む反論(李六点)を発表し、これに怒った江沢民が武力威嚇姿勢を打ち出して台湾海峡危機を引き起こした。
一方、胡錦濤は胡六点で両岸の平和的発展に重点を置き、台湾の現実を考慮した対話や融和政策を呼びかけた。もちろん胡錦濤政権は台湾が独立を宣言した場合に非平和的手段を取ることを合法化する「反国家分裂法」(2005年)を制定し、それをもって対台湾強硬派とみなす人もいるだろうが、これは当時の陳水扁政権に独立宣言をさせないことを目的としており、本当の狙いは現状維持であったと見られている。だが、結果的に親中派の馬英九政権を誕生させ、胡錦濤政権時代が一番台湾人民の心を中国に引き寄せ、中台統一に一番現実味が出た時期でもあった。
「習五条」から伝わる習近平の野望
さて習近平は台湾政策として5項目(習五条)を挙げた。簡単に内容をまとめると、以下のようになる。
(1)平和統一の実現が目標。台湾同胞はみな正々堂々とした中国人であり、ともに「中国の夢」を共有できる。台湾問題は民族の弱さが生んだもので「民族復興」によって終結する。
(2)一国二制度の台湾版を模索。92コンセンサスと台湾独立反対という共同の政治基礎の上で、各政党各界の代表者と話し合いたい。
(3)一つの中国原則を堅持。中国人は中国人を攻撃しない。だが武力行使放棄は約束しない。外部勢力の干渉と少数の台湾独立派に対しては一切の必要な選択肢を留保する。
(4)経済融合を加速させる。両岸共同の市場、インフラ融合を進める。特に馬祖・金門島のインフラ一体化を推進する。
(5)台湾同胞との心の絆を強化。台湾青年が祖国で夢を追い実現することを熱烈歓迎。
武力行使放棄を約束しないという恫喝表現はじめ、江八点でも使われている表現が多いが、江八点よりも激しく感じられるのは、全体の文脈ににじみ出る、自分が権力の座にいるうちに何としても台湾を併合してみせるという意欲だろう。
たとえば前言で両岸関係を振り返るにあたって「70年来」つまり建国以来という表現を5回以上繰り返し、過去の指導者の台湾政策の流れにほとんど触れず、自分の意志を強調し、いかにも自分こそが建国以来の中国人民の願いであった台湾統一を実現する当事者たらんという文脈で「祖国統一は必須で必然」と強く訴えている。しかも、習近平が2049年までに実現すると掲げている「中華民族の偉大なる復興」プロセスで台湾同胞は欠くことができない、としている。「中華民族の偉大なる復興」は習近平個人独裁確立とセットでタイムテーブルが設定されていることを考えれば、そこに自分の任期中に台湾統一を実現させたいという野望が見て取れるだろう。
また「一国二制度」を台湾に適用する考えはケ小平から続いているものだが、ケ小平時代の「一国二制度」と今の「一国二制度」が指す状況は全く違うだろう。「一国二制度」は今の香港の現状をみれば、決して2つの違う政治・経済システムが1つの国家の中で運用されているという意味にはなっていない。香港はほとんど完全に中国化され、司法の独立も経済の自由も「共産党の指導の下」という枠組みの制限がついている。共産党が許す範囲の司法の独立であり、経済の自由であり、自治である。もはや特別行政区の「一国二制度」は中国国内の自治区の自治と同じで、完全に意味のないものになっている。なので、習近平がいくら「統一後の台湾同胞の私有財産や宗教信仰、合法権益は十分に保障する」と言っても、それが嘘であることは香港を見ればわかるのである。
また江沢民も使った「中国人は中国人を攻撃しない」という表現も、台湾人自身の過半数から8割前後が「自分は台湾人であって中国人ではない」というアイデンティティを持っている現状では、台湾にとって何の安全の担保にはならない。むしろ中国人は中国人を攻撃しないが、台湾人ならば攻撃する、というニュアンスすら感じる。習近平が打ち出した台湾政策は、表現こそ江八点と共通点が多いが、全体の文脈としては、台湾に対する恫喝度合いはずっと強い印象を受けるわけだ。
さらに言えば、江八点が発表されたときの台湾は、稀代の老獪な政治家と呼ばれた李登輝が国民党現役総統の時代であった。李登輝 VS 江沢民であれば、政治家の力量とすれば間違いなく李登輝が上だろう。台湾海峡危機が起きたとき、堂々と張りあえた李登輝政権の台湾と比較すれば、政権としての力量は各段に劣る今の民進党・蔡英文政権が、江沢民時代よりずっと軍事的にも経済規模としても強大になった中国からの恫喝を交えた圧力に対抗し続けられるか、という部分もあろう。
蔡英文政権は毅然と反論
もちろん、この習五条に対して即日、蔡英文政権は毅然と反論し、明確に「一国二制度は絶対に受け入れられないことは台湾の共通認識」と拒否し、92年コンセンサスについて「終始認めたことはない」との立場を久々に言明した。
さらに台湾の人材、資本を大陸に吸収するような中国利益のための経済統合に反対し、台湾ファーストの経済路線を主張。国際企業に「台湾」名称を使うなと圧力をかけたり、台湾の友好国に札束で断交をせまるやり方を批判し、どの口で台湾同胞と心の絆とかいうのかと言わんばかりの拒絶を示した。
また「民主的価値は台湾人民が非常に大切にしている価値と生活様式」「大陸も民主の一歩を勇気をもって踏み出したらどうか」と呼びかけ、中国が民主化しない限り統一はありえない、という姿勢をはっきりさせた。
蔡英文は今までは現状維持を心掛けるあまり、中国に対する姿勢は慎重になりすぎた傾向があり、そのせいもあって昨年の台湾統一地方選挙で与党惨敗の結果を招いたとして党首職を引責辞任した。今回は習近平の恫喝的な台湾政策にきっちり反論できたおかげで、多少は失地を挽回できたわけだが、それでも2020年に総統再選の目はほとんどなく、民進党内の団結も揺らいでいる。
「9」がつく年には乱が起きる?
習近平は習五条を発表した2日後の中央軍事工作会議では「軍事闘争準備」を呼び掛けており、あたかも台湾武力侵攻への準備を固めているような印象も与えている。蔡英文の反論を受けて中国世論には台湾武力統一論が再び盛り上がってきた。
実際に、中国が台湾に対して武力統一を行使する能力があるかどうか、といえば、米国が台湾の民主主義と独立性守ることが自国の利益であると考えている以上、台湾に手を出せば米中戦争に発展しかねず、中国に今、米国と本気で戦える意思や能力があるかといえば「ない」とほとんどの人が思うだろう。可能性としては非常に低い。
だが、ペンタゴンが発表した「2019年中国軍事パワー」リポートでは、「中国の巡行ミサイルなど打撃兵器はすでに米国など西側先進国と同水準」「中国の兵器システムの一部の領域は世界最先端水準」「解放軍は自軍の戦闘能力に自信を深めており、最終的には中国指導部に部分戦争を発動するリスクを侵させうる」といった分析を出している。この場合の「部分戦争」として一番想定されるのが台湾と一般にはみられている。
このリポートに関してペンタゴン関係者がAFPなどに寄せたコメントの中には「最大の心配は、中国が技術的成熟や軍制改革の実施を行い、解放軍の実力を理解してきたとき、中国が1つの臨界点に達すれば、軍事力の使用で地域の衝突問題を解決しようとすることがありうること」「北京の解放軍実力に対する自信の度合いによっては、軍事力による台湾統一という選択肢を取らせる可能性がある」というものがあった。米国防関係者の中には中国による台湾有事を現実感をもって予想している人はいるのだ。だからこそ、米国は台湾に急接近しているということだろう。
中華文化圏には「逢八必災、逢九必乱」というジンクスがある。8がつく年には厄災があり、9がつく年には乱が起きるという都市伝説だ。1969年珍宝島事件、1979年中越戦争、1989年天安門事件・・・。杞憂であればと心から願っているが、必乱の2019年に台湾問題は最も警戒すべきリスクの1つかもしれない。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/55292
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