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所得税率を最高70%へ引き上げ?米国で荒唐無稽な提案が賞賛される理由
https://diamond.jp/articles/-/191738
2019.1.24 安井明彦:みずほ総合研究所調査本部 欧米調査部長 ダイヤモンド・オンライン
年収1000万ドル以上の富裕層を対象に、所得税の最高税率を70%に引き上げるという提案が、米国で注目されている。現在の最高税率37%を一気に2倍近い水準へ引き上げようというのだ(写真はイメージです) Photo:PIXTA
年収1000万ドル以上の富裕層を対象に、所得税の最高税率を70%に引き上げる。こんな提案が、米国で注目されている。現在の最高税率は37%だが、これを一気に2倍近い水準へ引き上げようというのだから、大胆だ。(みずほ総合研究所欧米調査部長 安井明彦)
最高税率を2倍に引き上げ
民主党議員による異例の提案
この提案をブチ上げたのは、民主党のアレクサンドリア・オカシオコルテス下院議員である。昨年11月の中間選挙で初めて当選し、史上最年少の女性下院議員となったオカシオコルテス議員は、その大胆な発言と行動力で米国政治に旋風を巻き起こしている。JFK(ジョン・F・ケネディ大統領)や、MLK(マーチン・ルーサー・キング・ジュニア牧師)といった民主党の伝説的な英雄に倣うかのように、名前の頭文字をとった「AOC」という表記も珍しくなくなった。
興味深いのは、荒唐無稽に見える提案が、真剣に議論されている現実である。現在の米国は、増税論がもてはやされる局面とは言い難い。景気は減速が心配されており、それほど財政赤字への懸念も高くない。まして来年は、大統領選挙の年である。本来であれば、増税よりも「ばらまき型」の政策が好まれやすいはずだ。
それにもかかわらず、70%税率の提案は米国を魅了している。メディアはこぞって提案を取り上げ、ニューヨーク市立大学大学院センターのポール・クルーグマン教授らのリベラル派の論客が、競うように賛意を表明している。保守派からの批判も強烈だが、提案への賛否を尋ねた世論調査では、わずかながら賛成(39%)が反対(34%)を上回る結果も出ている。
賛同者に言わせれば、70%税率は荒唐無稽でもなんでもないという。学術的に証明されているのみならず、過去の経験すらある現実的な提案だというのだ。
経済成長を損ねずに、どこまで税率を引き上げられるかを探ることは、税制に関する研究の大きなテーマである。高すぎる最高税率には、経済成長を損ねるリスクがある。所得格差の緩和など、最高税率の引き上げには期待される役割があるが、それによって経済の成長力が失われるのであれば元も子もない。
それでも最近の研究では、70%より高い税率が推奨される場合が少なくない。2010年にノーベル経済学賞を受賞したMIT(マサチューセッツ工科大学)のピーター・ダイアモンド教授らの研究によれば、米国の場合、73%までの最高税率であれば、労働者の勤労意欲を損なわずに、税収を増やすことができるという。
同じように、バラク・オバマ前政権でCEA(経済諮問委員会)委員長を務めたカリフォルニア大学バークレー校のクリスティーナ・ローマー教授らの研究では、84%まで引き上げることも可能だという。IMF(国際通貨基金)やOECD(経済開発協力機構)も、最高税率の引き上げによって、経済成長を損ねずに所得格差を緩和できる可能性を指摘している。
実は30%台の最高税率が
常識だったわけではない
過去の経験もある。実は米国では、ロナルド・レーガン政権が誕生する1981年まで、所得税率の最高税率は70%だった。さらに遡ると、1940年代から1960年代前半にかけては、最高税率が90%を超えていた時期が長かった。ようやく最高税率が40%を下回るようになったのは、1980年代の後半になってからだ。
もちろん、高すぎる最高税率に警鐘を鳴らす向きは少なくない。70%税率を批判する論者たちは、労働者の勤労意欲のみならず、起業活動や研究開発投資などへの悪影響に注目する。こうした活動が高税率によって委縮すれば、確かに米国経済の底力は失われる。
賛否両論はあるものの、そもそも米国においては、ここまで大胆な税率の引き上げが議論の対象になること自体が注目すべき変化である。つい最近までの米国であれば、ここまでの最高税率の引き上げに対しては、検討の俎上に載せることすらためらうような拒否反応があったからだ。
1980年代のレーガン政権による税制改革以来、米国においては経済に与える影響が限りなく中立に近い税制が理想とされてきた。実際に、1980年代以降の税制改革の主眼は、最高税率を引き下げると同時に、優遇税制の廃止などによって、税制を簡素化することに置かれる場合が多かった。その典型が1986年に行われた税制改革であり、トランプ政権が昨年実施した税制改革も、この改革が当初のモデルとされていた。
所得税率の引き上げには
及び腰だった民主党
低税率を主導してきたのは共和党だが、一方の民主党も所得税率の引き上げには及び腰だった。1990年代のビル・クリントン政権、2000年代のオバマ政権と、民主党の政権は最高税率の引き上げに踏み切ってきた。しかし、いずれも最高税率は39.6%止まりであり、一度も40%の大台は超えていない。
2010年代に入り、所得格差に対する問題意識が高まった後も、民主党の尻込みは続いた。たとえばオバマ政権は、正面から最高税率の大幅な引き上げを提案するのではなく、富裕層の過度な節税を阻む仕組みを提唱した。こうした「バフェット・ルール」と呼ばれる考え方は、2016年の大統領選挙で民主党の候補となったヒラリー・クリントン元国務長官の公約でも踏襲されている。
その2016年の大統領選挙では、過激なリベラル派と言われ、クリントン元国務長官と民主党候補の座を争ったバーニー・サンダース上院議員ですら、所得税の最高税率については、50%台前半までの引き上げを提案するのがやっとだった。
これまで避けられてきた大胆な提案が真剣に議論されている背景には、トランプ政権に対する批判の高まりが、民主党の主張を先鋭化させているという事情がある。
70%税率は、氷山の一角に過ぎない。全国民を対象とした公的医療保険制度の導入(メディケア・フォー・オール)や大学教育の無償化、不法移民を取り締まるICE(移民関税執行局)の廃止など、一昔であれば過激と評されたであろう提案が、次第に民主党内に浸透しつつある。
オカシオコルテス議員による70%税率の提案も、単独の構想ではない。実際には、地球温暖化問題への対策を強化するにあたり、そのための財源を確保する手段としての位置づけである。オカシオコルテス議員は、「向こう12年間で化石燃料の利用をゼロにする」と主張する。民主党では、オバマ政権が唱えた「グリーン・ニューディール」という発想が、ここにきて急速に息を吹き返しつつある。
米有力政治専門サイトのポリティコは、2020年大統領選挙の候補を選ぶ民主党の予備選挙を、「ごめんなさいの選挙」と評している。主張の先鋭化に合わせるように、過去の発言を謝罪する候補者が目立つからだ。たとえば、1月15日に出馬の意向を表明したキルスティン・ジルブランド上院議員は、過去にICEの予算増額に賛成した点などについて、軌道修正を余儀なくされている。
大統領選を睨んで過激化?
米国の税制に地殻変動の予感
民主党の先鋭化には、危うさも付きまとう。国民に鮮烈な印象を与えようと急ぐあまり、政策の精査が疎かになり、現実離れした提案になりかねないからだ。70%税率についても、富裕層が節税措置を講じたりするために、実際の税収に与える影響はそれほど大きくないという指摘がある。実際に、所得税の最高税率が92%だった1952年でも、上位1%の富裕層が所得税として支払ったのは所得の32%に過ぎなかったという。
共和党のトランプ政権が続いている現状では、所得税の最高税率引き上げが実現する可能性は皆無と言ってよい。2020年の大統領選挙についても、70%税率を明確に支持する民主党の有力な候補者は、今のところ現れていない。
それでも、70%税率の提案が「荒唐無稽」の一言では片づけられない存在感を確立しているのは間違いない。税制を巡る議論の焦点は、「どこまで減税できるのか」から、「どこまで税率を引き上げられるのか」に広がり始めている。
「米国を変えてきたのは、過激な人たちだけだ」
オカシオコルテス氏は、70%税率に言及したテレビ番組でこう述べた。
もはや民主党は、及び腰ではいられない。2020年の大統領選挙に向けて、米国の税制に大きな地殻変動が起ころうとしている。
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