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「75歳以上医療費2割負担」は、ニセモノの格差是正ではないか 20年後、30年後はどうだろう?
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/69182
2019.12.17 赤木 智弘 現代ビジネス
■「世代間格差の是正」と言うが…
政府が75歳以上の後期高齢者の外来診療の窓口負担を、現行の1割から、2割に引き上げるよう、調整に入っているという。
現状では、現役世代の窓口負担が3割。70〜74歳が原則2割、75歳以上はが原則1割となっている。これを75歳以上の枠を無くして70歳以上はすべて原則2割にしようという話である。「原則」というのは、現役並に稼いでいる人は年齢が70歳以上でも、現役世代と同じ3割負担になるということを指す。
どうして高齢者の窓口負担を引き上げなければならないのか。それは「世代間格差の是正」のためなのだと政府は主張しているようだ。
少子化により現役世代一人あたりが支える高齢者の数が増えてしまい、現役世代にとっては大きな負担となっていると言われる。これが「世代間格差」だ。
世代間格差をわかりやすく表すための図が、わり算ような図式の分母側に現役世代を、分子側に高齢者をのせて「高齢者1人あたりを支える現役世代の人数が、将来どんどん減って、大変になっていきますよー」と見せるあの図だ。
産まれる子供が減る一方で、かつての人口ボリューム層がどんどん老齢化していき、高齢化のリスク層と捉えられるようになっている。
内閣府の資料によれば、1970年頃には高齢者1人を現役世代10人ほどで支えられていたが、2017年時点では高齢者1人を現役世代2.2人で支えなければならなくなってしまっている。もちろん今後は更に支える側の現役世代の負担は増え、2065年には高齢者1人を1.3人で支えることになると推定されている。
■そもそも少子化が起きた原因とは
この先、人口が減っていくことは確実視されており、先の見えない少子高齢化の流れの中で、「生涯現役」を推進して高齢者を働き手として現役世代扱いすると同時に、高齢者の保険料や負担の引き上げや、社会保障の引き下げなどをしなければ、現役世代がとても耐えられない。だからこそ世代間格差の是正が必要であるとアナウンスされているのである。
しかし、僕はこの説明はとてもおかしな話だと考えている。
そもそも少子化が起きた原因は何か。高学歴化で育児や教育のコストが増大したとか、女性の社会進出によって晩婚化が進んでいるとか、まぁ理由は多岐にわたる。しかし、少なくとも確実に1つ、政府の失策が導いた少子化の原因がある。それは「団塊ジュニア世代に対する経済支援の致命的な遅れ」である。
戦後、経済成長を当然としていた日本経済が直面したのは、これまでに経験のない不景気であった。戦後直後は毎年おおむね9%程度の経済成長、1974年のオイルショック後には毎年おおむね4%程度の経済成長を当然としてきた日本は、1990年以降のバブル崩壊によって1%程度しか経済成長しない国になってしまったのである。
経済成長の著しい鈍化の影響をもろにかぶったのが、この頃に社会に出た団塊ジュニア世代だ。団塊ジュニア世代は景気の先行きが不透明な中で、企業の新規雇用の抑制に見舞われた。
更に不幸だったのが、この団塊ジュニア世代が団塊世代の子供の世代という、人口ボリューム層だったことだ。企業が新卒採用を絞る中、前の世代よりも多くの新卒学生が安定した職を求めたのである。
かくして就職市場は圧倒的な買い手市場になり、多くの若者が苦渋を舐め、低い待遇に甘んじたり、フリーターになるなどするしかなかったのである。
当然、経済的に弱い立場にあれば、結婚したり子供を産んだりすることに躊躇するのは当たり前であり、放置すれば人口ボリューム層の再生産ができなくなることを意味する。
■企業に所属できない若者たちは…
こうしたときにこそ、迅速に行政が介入し、若者たちに対する支援を行うことが期待されたが、行政の労働者支援と言えば、公共事業を発注してハコモノを作らせるようなことばかり。こうした支援は企業自身や、運良く企業に滑り込むことのできた若者にとっては助けになったのかもしれないが、苦汁をなめた側であるはずの企業に所属できない若者たちにとっては、何の助けにもならなかった。
また、個人に対する金銭的な支援にしても、自動車関連減税や住宅ローン減税という、高額のローンを組んで人生設計できる正社員に対する支援ばかりで、企業に所属できない若者には富を循環させる事ができなかった。
結局そのまま、30年近い時間が経ち、団塊ジュニア世代の子供たちが形成するはずだった次の人口ボリューム層は発生せずに、現代に至ってしまったのである。
以上のように、少子高齢化はいまさら避けられない現実である。だからこそ、現役世代に重い負担がかかっているのは事実なのだから、高齢者に対して適切な負担を求めていくのは当たり前ではないかという考え方もある。
■団塊ジュニア世代の20年後
だが、この考え方こそが、ますます問題を混迷に導いていると僕は考える。
確かに現在の高齢者というのは、経済成長を前提とした社会で現役世代を過ごした人たちであり、当たり前のように家族を得て家を建て、十分な収入を得て生活してきた人たちだ。それに対して現役世代のうち50歳以下の人たちは、人生のほとんどを低成長社会であがいてきた人たちである。故に、裕福である今の高齢者に対する負担を強め、現役世代を守るという考え方は正しい。
しかし、これから20年後、30年後はどうだろうか? 20年後には団塊ジュニア世代が65歳に、30年後には75歳になる。
本当に世代間格差そのものを問題にするのであれば、当然「じゃあ、団塊ジュニア世代はずっと景気が悪くて苦労してきた世代だから、高齢者世代の負担を軽くしよう」と考えなければならない。
しかし、絶対にそんな考え方にはならないと言い切れる。たとえ団塊ジュニア世代が高齢者になったとしても、これまでと同じ「高齢者世代が現役世代に負担をかけている」という文脈で、高齢者世代負担は重くなり続けるだろう。
先に述べたとおり、少子高齢化は今後も続く。内閣府の推計によれば、団塊ジュニア世代が60代後半になる2040年には高齢者1人を現役世代1.5人で、後期高齢者となる2050年には1.4人で支えることになると見られている。
つまり「数少ない現役世代で高齢者を支えなければならない事態」というのは、今後も変わりようがないのである。これまでと同じ考え方で「高齢者1人を現役世代何人で支えるか」を根拠に世代間格差の是正をしなければならないと考えることは、格差を是正するどころか、現役時代に稼げず、資産も持てなかった貧しい高齢者を地獄に叩き落すことになるのである。
■富む人も貧しい人も
そもそも「世代間格差」という考え方自体が極めて粗雑な考え方である。
確かに経済成長でぬくぬくと正社員を謳歌した高齢者は多いだろう。しかし、そのような時代にだってドヤ街はあったのである。逆に、就職氷河期世代であっても、ぬくぬくと正社員を謳歌している人も普通にいる。
富む人も貧しい人も、全部ごちゃまぜにして「同じ世代」としてひとくくりにすることは、その世代の文化や考え方の一致などを研究する社会学的な見方としては妥当だとしても、税制や再分配を考える上での指標としては不適切だ。ましてや、その世代の人数が多いことが、その世代が他の世代よりも豊かであるという根拠にはならないのである。
では、どのように考えるべきか。
世代ではなく、各自の収入や資産を負担率の指標と考えるべきなのだ。単純に税制の論理で、多く稼いだ人から多く取り、稼げない人に再分配すればいいのである。そもそも、現在の医療費負担だって、年齢で3割だ1割だと決めるのではなく、年収で負担額を決めればいいのである。
■ニセモノの格差是正
持つものが払い、持たざるものが受け取ることが真っ当な社会保障だ。世代における人口ボリュームが現役世代と比較して多いからといって、それがその世代の人達の裕福度を決めることはない。高齢者と現役世代の比率を根拠に、高齢者の社会保障を削るのは間違いである。
僕は世代間格差の是正とは、一見人道的に見えても、その実は格差を助長するための「ニセ格差問題」であると考えている。
現在の高齢者が裕福なのは経済成長の時代に稼ぐことができたからであり、決して高齢者だから裕福なのではない。これから団塊ジュニア世代が高齢者になれば、高齢者は裕福という前提は失われる。
しかし、ニセモノの格差是正を格差是正になると信じ続ける限り、低成長時代に苦労した人たちは年老いても十分な社会保障を得られず、貧困にあえぐことになる。本来、是正しなければならないのは「世代間格差」ではなく「格差」そのものである。
「格差」とは持つものと持たざるものの間にこそ発生しているのであり、高齢者と現役世代の間に発生しているのでは無い。この勘違いが団塊ジュニア世代にもたらす影響は、極めて過酷なものとなるだろう。
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