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トランプがマイナス金利にご執心!?──日本はトクしていると勘違い?
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2019/11/post-13383.php
2019年11月14日(木)16時38分 ウィリアム・スポサト(ジャーナリスト) ニューズウィーク
ジェットコースターで成人を祝う日本人(2019年1月14日) Issei Kato-REUTERS
<かねてから金利引き下げによるドル安誘導をFRBに要求してきたトランプ米大統領が、今度は世界の国々がやっている「マイナス金利」をアメリカにもよこせ、と言い出した。そんな倒錯した世界になぜ足を踏み入れたいのか。まず、今の日本を見るべきだ>
ドナルド・トランプ米大統領が経済学の大家だなどとは誰も思わないが、金融政策についての考えは一貫している。アメリカは世界一の低金利国であるべきだ、というのだ。アメリカの製造業、特に輸出企業はこれを歓迎するだろう。低金利はドル安圧力となり、国際市場での米国製品の価格を引き下げるからだ。
とはいえ、EU、日本と利下げ競争を繰り広げれば、アメリカもマイナス金利に突入しかねない。金利引き下げに固執するトランプはFRBと真っ向から対立している。FRBは今年、政策金利の誘導目標を3回引き下げ、現在は1.5〜1.75%としているが、経済が大幅に失速しない限り、これ以上は下げないと明言している。
トランプは12日の演説で、またもやFRBを槍玉に上げた。複雑な経済問題を単純な損得勘定で考えるおなじみのトランプ節でこう言ってのけたのだ。「われわれが競争している国々はおおっぴらに金利を下げている。そのおかげで、今や多くの国が、借金をすることでカネを稼いでいる。これがマイナス金利というものだ。私もそのカネの一部が欲しい。そのカネをこっちにも回してくれ」
Donald Trump slams negative interest rates. "“Whoever heard of such a thing?"
トランプのおねだりは叶うかもしれない。ローレンス・サマーズ元財務長官は最近、CNBCのインタビューで「もう1回景気後退」があれば、アメリカもマイナス金利に突入する可能性があると語った。「全ての国がゼロ金利にしがみつけば、我々は異次元の世界に入る」
不可解な新種の経済リスクが生まれ、容赦ない特殊な重力が働く異次元ワールドは、マイナス金利が当たり前になった日本に既に出現している。欧米諸国が好むと好まざるに関わらず、ほどなく突入する経済ディストピアがどんなものか知りたければ、今の日本を見るといい。
■日銀が陥った「流動性の罠」
日本経済は1990年に不動産・株式市場でバブルが崩壊した後、長期にわたって停滞した。政府と日本銀行は「失われた20年」から脱出するため、ずるずると金利を下げて、ついにはマイナス金利に踏み切った。
物価と賃金が下がり続けるなか、政府・日銀は金利を引き下げれば企業の投資が活発化し、インフレが進むと考えたのだ。同時に、政府は大型の財政出動を繰り返し、国の借金は記録的なレベルに膨れ上がった。だが少子高齢化で思うような成果は上がらない。一体どうすればいいのか。低金利政策と大盤振る舞いを続けるほか、これといった解決策は見当たらない。
日本が主要国では初めてゼロ金利政策に踏み切ったのは1999年。日銀はデフレを止めるため、借り入れコストをほぼゼロにし、市場に資金を供給しようとした。これにより市中の銀行が優良企業に融資し、優良企業が活発に投資を行い、結果としてインフレが起きるはずだったが、そうは問屋が卸さなかった。金利が異常に低いと、投融資のリターンが低過ぎて資金は銀行口座に滞留するようになる。この「流動性の罠」のせいで、いくら通貨供給を増やしても市場には資金が回らず、経済は低迷を続けた。
長期の停滞から脱出しようと、強いカンフル剤を何度も打つ──そんな安易な治療用はかつて、日本経済の特殊性や日本の国民性のなせる業とみなされ、欧米のエコノミストに「ジャパン・プロブレム」と呼ばれた。だが今や、日本は例外ではなく、ほかの国々がたどる道を示す先例にすぎないとの見方が強まっている。
2013年に黒田東彦(くろだはるひこ)が日銀総裁に就任して以来、金融政策はそれまでよりはるかに攻撃的なものとなった。黒田は、2008年の金融危機の最中にFRBが主導した量的緩和を超える異次元緩和の導入を宣言。「質的・量的金融緩和」と呼ばれるこの政策は、各国の中央銀行と比べても桁違いの大盤振る舞いだった。
黒田は資金をジャブジャブ供給してデフレ思考から日本を解き放つと豪語。当初2年を目処に2%のインフレ目標を設定したが、今では楽観的過ぎたと認めている。それでも多少の効果はあった。0.5〜1%のペースで下がり続けていた物価は、現在1%弱のペースでまずまず着実に上昇している。
その間、日銀は短期金利をマイナス0.1%まで引き下げ、長期金利の指標となる10年物国債の利回りがゼロとなるよう買いオペレーションを行っている。だが、これには途方もなく大きなリスクが伴っていた。
■財政ファイナンスの旨味も
日銀は目下、年間80兆円(約7350億ドル)の国債を買い入れている。証券市場にも積極的に介入し、ETF(上場投資信託)とREIT(不動産投資信託)を買い入れている。その危険性は、中央銀行のバランスシートが危険なレベルにまで膨らむ可能性があることだ。
黒田の就任以来、日銀の資産と負債は2.5倍に膨らみ、戦後初めて日本のGDPを超えた。伝統的な経済学の理論では、ここまで金融緩和が進めば、インフレの暴走が始まり、第二次大戦前のドイツのように国家が破産する事態になりかねない。
日銀が国債を買い入れてくれるのなら金利上昇で成長が阻害されるリスクもないため、政府はどんどん財政赤字を拡大できる。日銀は、国の借金を肩代わりしているという批判に強硬に反論しているが、今や国債の発行残高に占める日銀の保有比率は43%前後に上る。
もちろん、これは日本だけの現象ではない。2014年にマイナス金利を導入したECB(欧州中央銀行)は金融緩和を再開し、マイナス金利を深掘りして、9月にマイナス0.5%まで引き下げ、併せて銀行に及ぼす影響を軽減するため金利階層化を導入した。
ブルームバーグ・バークレイズ世界マイナス利回り債券指数によれば、世界のマイナス利回り債券の発行残高は今年8月時点で史上最高の17兆ドルに上った。その後ピーク時より減ったものの、現在でも世界の債券市場全体の15〜25%をマイナス利回り債券が占めると見られている。
「各国の中銀がほぼ軒並みマイナス金利に転落したが、予想よりもはるかに長く、この状態が続くことがようやく分かってきた」と、富士通総研の主任研究員マルティン・シュルツは言う。「日銀はそうしたトレンド上の点にすぎない」
マイナス金利のコンセプト自体、常識に反している。後で返ってくる金が減るのに、金を貸す人がいるだろうか。2001年に東京金融取引所が取引ソフトを(マイナス入力ができるように)変更し始めた時には、懐疑的な見方が多かった。
だが金融システムの中では、投資家は幾つかの理由から少なくとも短期債についてはマイナス金利で買い入れをすることが分かった。そのひとつの理由は利便性だ。米国債など流動性の高い証券は、自己資本比率の基準をクリアするのに便利な保有手段だ。それに、マイナス金利も将来さらに引き下げられれば、債券の価値が上昇するというメリットもある。
マイナス金利が生む歪みは、金融システムに影響をもたらす。その第一の被害者が、国債の売買で利益を上げてきた銀行だ。重要な買い手は日本銀行だけで価格もほとんど変動せず、市場の流動性は失われている。
より大局的には、超低金利は銀行が利ザヤ(貸付金利と預金金利の差)を稼ぐのを難しくする。日本の優良企業は手元資金が506兆円もあるといわれ、銀行から金など借りてくれない。住宅ローン金利(固定金利)も0.8%前後で儲からない。銀行は利ザヤの縮小を理由に、リスクの高い中小企業や新興企業への融資は積極的に行わなかった。それこそ、日本経済の長期的な成長に必要だと、政府・日銀は奨励したのだが。
■現代貨幣理論(MMT)の魅力
ではトランプはなぜ、この奇妙な世界に足を踏み入れたがっているのか。彼はドルの水準が高過ぎると強い懸念を示してきた。これについては、一部もっともな懸念でもある。日本政府は現在の円の対ドルレートが20年前からほぼ変わっていないと指摘したがるが、インフレ率を加味した実質実効レートでは、円は1970年代以降で最安値に近い。
トランプが低金利に関心を持つのには、もうひとつ考えられる理由がある。中央銀行が多額の国債を買い入れることで低金利を支えれば、国の借金返済はラクになる。財政赤字が1兆ドル近くに達するなか、これが連邦予算に持つ意味は小さくない。2019会計年度の米政府の債務返済コスト(利払い費用)は3760億ドルで、連邦予算の中で最も大きな割合を占める項目のひとつだ。
共和党は伝統的に政府の債務が大きくなり過ぎることを警戒してきたが、トランプが大統領になってからその慎重さは失われている。民主党の一部は、政府はインフレを引き起こすことなく、これまで考えられていた以上に多額の債務を抱え続けることができるとする説を支持しているが、この点においては共和党も実質的に同じ立場なのだ。
現代貨幣理論(MMT)として知られるこの考え方は、日本を「完璧なケーススタディー」だとしている。日本は対GDP比230%前後という高水準の政府債務を抱え、日銀のバランスシートも拡大を続けているが、急激なインフレが発生するリスクはほとんどなさそうだ。
しかし日本自身は、MMTを認めていない。政府が赤字を積み増し、日銀が新たな債務を吸収し続けているなかでも、財務省と日銀は「日本は正常な状態に戻り、徐々にバランスシートを縮小していかなければならない」と主張している。
日本政府は最近、巨額の債務を少しでも減らし、高齢化社会に備えて社会保障費の安定した財源を確保する計画の一環として、消費税を8%から10%に引き上げた。日銀の黒田は衆議院の財政委員会でMMTについて質問を受けると、「日本の財政状況がMMTの議論を裏付けていることは全くない」と答えた。麻生太郎財務相は、MMTは「極端な考え方であり、財政規律を緩めるのは危険だ」と指摘。日本政府の金遣いの荒さを考えると皮肉にも思える発言だ。
2008年の金融危機で分かったように、流動性は一夜にして消え去る可能性がある。各種金利が歴史的な水準を回復すれば、債券保有者は大規模な評価損を抱えることになり、デフォルト(債務不履行)の連鎖が引き起こされる可能性がある。だが日本の財政についてはもう30年近く同じことが言われてきた。「中央銀行はあらゆる人の救済に前向きな姿勢を示しており、少なくとも当面の間、財政破綻のリスクは低い」と富士通のシュルツは言う。
問題は長期的な展望だ。今後の見通しに警鐘を鳴らしているひとりが、世界最大のヘッジファンド、ブリッジウォーター・アソシエイツの創業者レイ・ダリオだ。彼は最近、リンクトインに「世界は狂いシステムは壊れた」と題するエッセーを投稿した。この中で、富と機会の格差拡大の危険性を警告している。ダリオは、株式も債券も、余剰資金がますます問題のある投資に注ぎ込まれていると指摘。同時に、各中央銀行は永久に債券を買い入れ続けることはできず、経済の減速にともなって市場から手を引く必要があり、それが金利の急騰や株価や債券価格の暴落を招くとも主張した。
「このような状況は持続不可能であり、これ以上こうしたやり方を続けていくことはできない」と、ダリオは結論づける。しかしこの分析をもってしても、トランプの意思を揺るがすことはできないだろう。
From Foreign Policy Magazine
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