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アベノミクス下で庶民の実質賃金が減り続けている理由…一人当たりGDPは2割も減
https://biz-journal.jp/2019/02/post_26852.html
2019.02.26 文=加谷珪一/経済評論家 Business Journal
安倍晋三首相(日刊現代/アフロ)
今国会は厚生労働省の統計不正問題一色となっている。不正が行われた毎月勤労統計は、雇用に関する基幹統計の一つであり、雇用というのはアベノミクスのカギを握る最重要部分といってよい。
安倍政権の支持者は、アベノミクスによって雇用が増えたと喧伝しており、一方で反安倍派は、賃金が上がっていないと強く批判している。しかしながら、日本経済の現状を考えた場合、両者の対立にはあまり意味がない。
雇用が増えて賃金が低下するのは構造的な要因であり、日本経済は雇用と賃金を両立させるのが難しい状況に陥っている。雇用と賃金が両立しないのは大きな矛盾だが、この問題に直結する統計で不正が発覚したというのは、何やら因縁めいたものを感じてしまう。
■賃金が上がらず生活が苦しくなっているのは本当
今回の統計不正の程度はともかくとして、日本の実質賃金が上昇していないのは事実である。名目上の賃金はそれなりに上がっているが、同じように物価も上がっているので、消費者が実際に使えるお金は増えていない。
日本ではデフレが続いているとされてきたが、「インフレ」「デフレ」というキーワードには多分に情緒的な要素がつきまとう。アベノミクスがスタートした当初を除き、物価上昇率が鈍化しているのは事実だが、実は物価の絶対値は一貫して上がり続けている。インフレ、デフレという言葉について数字だけで議論するなら、今の日本経済は間違いなくインフレということになるだろう。
今年の春は、乳製品や飲料、アイスクリームなど食品類が軒並み値上げされる。しかしメーカー各社は、以前から、価格を据え置きつつも内容量を減らすという、いわゆる「ステルス値上げ」を繰り返しており、食品価格は実質的にかなり上がっている。
飲食店のように価格弾力性の大きい業態については、値上げすると売上高が一気に落ちるので、不本意でも価格を据え置くところが多い。だが公共料金など利用者に選択権のないサービスの場合、価格は上昇一辺倒だし、自動車のようにグローバルに価格が決まる業態も同じである。過去10年の間、自動車の価格が安くなったことは一度もない。
一般的にインフレは景気がよい時に発生するので、景気拡大とインフレはセットになることが多い。量的緩和策は市場にインフレ期待を生じさせることで実質金利を引き下げ、設備投資の拡大を狙う政策なので、まさにインフレと経済成長がセットになっている。本来、期待されたほどに物価が上昇しないので、逆説的に「デフレ基調が強い」と表現されるだけである。
整理すると、今の日本経済は期待したほど経済は成長していないが、海外の物価上昇に引きずられるかたちでモノの値段がジワジワと上がっており、消費者の購買力が落ちているというのが実状である。アベノミクスがスタートして以降、実質賃金がマイナスなので庶民の生活が苦しいという指摘は概ね正しいといってよいだろう。
■失業率が下がっているのに賃金が上昇しない理由は2つ
一方で安倍政権が強くアピールしているように、アベノミクスの期間中、失業率が大きく低下したのも事実である。2013年の失業率は4%だったが、その後、失業率は急速に低下が進み、2018年には2.4%まで下がっている。2.4%というのは日本経済を分析している人間にとっては驚くべき数字といってよい。
経済学では、失業率と物価上昇率の関係を示したグラフのことをフィリップス曲線と呼ぶが、日本のフィリップス曲線において失業率2.4%というのは、激しいインフレが発生するギリギリのラインである。本来であれば、ここまで失業率が低下した場合、インフレがかなり進行している可能性が高い。
だが現実はまったく逆である。
先ほど、デフレといってもモノの値段はジワジワ上がっていると述べたが、あくまでジワジワというレベルであり、激しくインフレが進行するという状況にはなっていない。一般的に失業率の低下は人手不足を意味しており、ほぼ例外なく賃金は上昇するはずである。だが日本では人手不足といわれながらも賃金が上昇せず、結果としてインフレも進んでいない。
では、日本ではなぜ失業率が低下しているにもかかわらず賃金が上がらないのだろうか。
物事をシンプルに整理すれば、考えられる理由は2つしかない。ひとつは、企業の側にどうしても賃金を上げたくない、あるいは上げられない事情が存在していること。もうひとつは、人手不足以外に失業率を下げる要因が存在していることである。両者が択一とは限らないので、2つが同時に作用している可能性もある。
日本の場合、企業の側に賃金を上げられない特殊事情がある。それは雇用流動性の低さと年功序列の賃金体系である。
日本では大手企業を中心に、終身雇用と年功序列を組み合わせた雇用形態が標準となっている。経済の仕組みが単純で、順調に規模が拡大している時には、この制度はうまく機能したが、変化が激しい時代においてはマイナスの影響が大きい。
■本当はここまで人手不足が深刻ではない
今の時代、企業は次々と新しいビジネスを展開しなければ競争に勝ち抜くことはできない。もし雇用に流動性があれば、新規事業のたびに他社から人材が集まり、他社の新規事業には非コア部門の人材が転職するなど、人の往来が激しくなる。市場全体では適材適所で人材が最適化されるので、組織が過度に肥大化することはない。
だが日本の場合、新規事業を行うにあたって社員を増員しても、辞めて行く人が少ないので、社員総数は増えるばかりとなる。しかも年齢が高い社員の給料は高いので、実質的に仕事がない状態でも、中高年社員には高給を払い続けなければならない。
その結果、日本企業の多くがメタボな体質となっており、これが総人件費を圧迫している。企業にとって重要なのは個別の年収ではなく総人件費なので、これを抑制するためには、社員全体の昇給を抑制するしか方法がない。つまり今の雇用形態を続けている限り、企業は限りなく社員の昇給を抑制せざるを得ないのだ。
失業率の異様な低さと、それに伴う深刻な人手不足も、実は会社の過剰雇用が原因である。
日本企業には事実上、社内に仕事がない状態の社員(いわゆる社内失業者)が多数、在籍している。これを茶化して表現したのが、いわゆる「働かないオジサン」である。リクルートワークス研究所によると、社内失業者の数は2015年時点で400万人を突破しており、2025年には500万人近くになる見通しだという。
現時点における完全失業者の数はわずか166万人なので、その2倍以上の労働者が事実上の失業状態にある。もし彼らが職を失えば、単純計算で失業率は8%台まで跳ね上がってしまう。
こうした事態は、日本経済の成長に深刻な影響を与えている可能性が高い。新しい人材が市場に出てこないので、イノベーションが進まず、日本経済全体が労働集約化しているのである。
■日本経済は労働集約型になっている
日本における経済成長率は就業者数の増加率と近い数字になっている。日本の就業率は60%に達しており、先進国としては突出して高い状況である。日本では、老若男女を問わず、働ける人はほぼすべて働きに出た状態といってよく、ここまで就業率が上がっているのは、人を投入しないと経済を拡大できない状況に陥っているからである。
日本は生活に必要な物資の多くを輸入に頼っているので、円安は輸出産業にとって有利でも生活者には不利になる。日本経済は2012年から2018年にかけて、6%就業者を増やして、実質7%の成長を実現したが、同じ期間で一人当たりのGDP(ドルベース)は2割も減っている。円安で日本人の購買力が低下した分以上に、成長による付加価値増加がないと、その効果を実感することはできない。
貿易立国にとって、1人あたりのGDP(ドルベース)は国民の豊かさに直結する指標だが、これだけ人を投入しているにもかかわらず、年々貧しくなっているというのは、やはり大きな問題だろう。
賃上げを実施するにしても、付加価値(1人あたりのGDP)が増えなければその原資を捻出できない。賃金が下がってしまうのも、そして失業率だけが低下するのも、多くはこうした経済の基本構造が影響している。
ひとたび経済が労働集約的な状況に陥ると、これを回復させるのは容易なことではない。中国や韓国、あるいはアジア各国と価格勝負をしながら、従来型製造業に依存するという日本の産業構造を変えない限り、本当の意味での豊かさを実現するのは難しそうである。
(文=加谷珪一/経済評論家)
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