2019.05.16 8:00
原発4基の再稼働を追い風に業績を回復させてきた関西電力が、新たな苦境に立たされた。原子力規制委員会が先月、原発に設置が義務づけられているテロ対策施設の設置期限が守れない場合、原則として原発の運転停止を命じると決めたからだ。施設の完成が遅れて原発が停止すれば、大幅な減益は避けられない。関電は規制委に運転継続への理解を求めていく方針だが、今後の展開次第では経営戦略の見直しを迫られそうだ。(林佳代子)
迫るタイムリミット
規制委が原発の停止方針を発表した先月24日、関電社内は混乱に陥った。規制委の決定は「全く想定しておらず、寝耳に水」(関電関係者)。原子力部門だけでなく、総務部門や送配電部門の担当者も情報収集に奔走した。
その1週間前の17日、関電など大手電力5社の原子力部門の責任者は規制委との意見交換会に出席。まだ再稼働していない原発を含む6原発12基でテロ対策施設の完成が間に合わないとして、規制委に対し、原発本体の工事計画認可後「5年以内」と定められる設置期限の延長を求めた。
しかし規制委は24日の定例会合で、電力各社の意向を一蹴。期限内に施設を完成できなければ、原発の運転は認めないという厳しい姿勢を示した。
関電の場合、規制委の審査の過程で注文がつき、テロ対策施設の設置場所を変更。新たに原発敷地内の山を切り開き、工事用のトンネルを掘る大規模工事を強いられた。この結果、美浜原発(福井県美浜町)が敷地造成を含む土木工事だけで約5年を要する見込みとなるなど、3原発7基の全てで工期が間に合わなくなった。
テロ対策施設の設置期限が異なるため、7基が同時に止まることはないが、停止期間はそれぞれ1年〜2年半に及ぶ可能性がある。すでに複数の原発で24時間態勢の工事を進めている中、高浜3、4号機(同県高浜町)の設置期限は来年8月と10月に迫っている。
原発への依存度高く
「工法面や資材搬入面、人員面など、ありとあらゆる方法を考え、できることは全てやる」
「期限に間に合わない場合、テロへの保安態勢を強化する代替策を検討する」
関電の岩根茂樹社長は規制委の方針決定翌日の先月25日に開いた定例記者会見で、原発の運転継続の可能性を探り、規制委に理解を求めていく方針を打ち出した。運転継続にこだわるのは、原発の稼働状況が業績に直結するからだ。
原発が停止すれば、大規模な供給力を補うために、燃料費が割高な火力発電所の稼働を拡大せざるを得なくなり、経営が圧迫される。関電は他電力よりも原発への依存度が高い分、影響は深刻だ。
東日本大震災後に全原発が停止したことで、関電は平成24年3月期から4期連続で最終赤字を計上した。社員の給与削減に踏み切る一方で、2度にわたる電気料金の値上げを実施。これが響き、28年4月の電力小売り全面自由化以降、大阪ガスなどの新電力に顧客を奪われ続けた。
ところが29〜30年に高浜3、4号機と大飯3、4号機(同県おおい町)の再稼働を果たしたことで、再び発電コストが低下。その後は電気料金を2度引き下げ、企業や工場などの大口顧客を新電力から取り戻した。31年3月期の総販売電力量は前期比8%増の1326億キロワット時と8期ぶりに増加した。
今回の規制委決定により来夏以降、原発が順次停止すれば、原発の低コストを武器に競争の優位性を取り戻した関電の経営戦略に再び狂いが生じる。
仮に高浜3、4号機が停止すると、年間1080億円の収益悪化要因になる。関電の令和2(2020)年3月期の連結最終利益予想は1400億円だが、この大半が消失する計算だ。さらに規模の大きい大飯3、4号機が停止すると、年間1440億円の影響がある。岩根社長は「現時点で値上げは考えていない」とするが、経営努力で容易にカバーできる規模ではない。
期限5年 疑問の声
新規制基準の下、国内で再稼働した原発は現在、5原発9基にとどまる。原発を「重要なベースロード電源」と位置づける国のエネルギー基本計画にとっても、電力各社による工事の遅れが原発停止を招く事態は想定外といえる。
規制委にテロ対策施設の設置期限延長を申し入れる際、電力各社には、規制委が国の政策を考慮して柔軟に対応してくれるだろうとの読みがあったという。業界関係者は「1社だけならともかく、各社がそろって工期に間に合わない事態は普通ではない。5年という期限の設定に無理があるのではないか」と指摘する。
一方、東京工業大の奈良林直特任教授(原子炉工学)は「規制委は電力各社に対し5年のルールを守らせるための意思疎通ができておらず、電力各社にも甘えがある。混乱は両者の責任で、迷惑するのは国民だ」と憤る。
テロ対策施設の建設を含め、原発7基の安全対策費用として1兆円超を投じる計画の関電。工期短縮を図れば費用がさらにふくらむ可能性もある中、新たな試練にどう立ち向かうのか、打開策はまだ見えない。
一方、今回の原子力規制委の決定は、2原発4基を再稼働させた九州電力と、1基を再稼働させた四国電力にも大きな打撃を与えそうだ。
九電は、再稼働済みの川内原発1、2号機(鹿児島県)のテロ対策施設の設置期限が、停止対象となる原発の中で最も早い来年3月と5月に迫っている。今年4月に電気料金を値下げしたばかりで、来年に2基が停止した場合、年間1千億円規模の収益悪化が見込まれ、値上げが議論される可能性がある。
四電は大手電力の中で経営規模が小さく、伊方原発1、2号機(愛媛県)の廃炉を決めた現在、唯一の原発となった伊方3号機が安定経営の頼みの綱だ。3号機が止まった場合の収支への影響は年間約400億円。そうなれば、まだ実施していない電気料金の値下げはさらに遠のき、競争力強化は困難になる
原発のテロ対策施設
航空機で衝突するテロ攻撃などの非常時に、原発の安全を確保するためのバックアップ施設。正式名称は「特定重大事故等対処施設」。原子炉を冷却するための注水設備や電源、緊急時制御室などを備える。平成25年施行の新規制基準は、原子炉建屋との同時被災を防ぐために100メートル以上離れた場所へ設置するよう求めているほか、耐震性や電源の複数化も必要としている。