2019.04.12
川口マーン恵美
2022年はもうすぐそこなのに
『FOCUS』誌の最新号によると、INSA研究所が3月19日と20日に行ったアンケート調査の結果、回答者の44.6%が、原発の稼働年数延長に賛成を表明したという。一方、3分の1の人は反対。22%が「わからない」だそうだ。
あれほど自分たちの脱原発計画を礼賛していたドイツ人が、今になって「稼働延長」だの、「わからない」だのと言っているとすれば、ひどい様変わりである。
ドイツは、福島第1の原発事故の後、2022年ですべての原発を停止すると決めた。多くの日本人が手放しで賞賛したメルケル首相の「脱原発」政策だ(脱原発政策はシュレーダー前首相の時からあったが、それをメルケル首相が急激に早めた)。
さらに彼らは今、空気を汚す褐炭による火力発電もやめ、その上、2038年には石炭火力まで全部廃止するというラディカルな計画に向かって突き進んでいる。
ドイツは石炭をベースとして成り立ってきた産業国なので、石炭と褐炭の火力発電がなくなれば、炭田、発電所、そして、その関連事業の林立する地域で膨大な失業者が発生して、ドイツ全体を不景気の奈落に落っことすことは目に見えている。だから、石炭・褐炭火力の廃止を決めたはいいが、いったい、それをどうやって実行するかは検討中のまま、なかなか結論が出ない。
その上、もっと困るのは、原発と石炭・褐炭火力のすべてが無くなれば、電力の安全供給が崩れることだ。原発を止めると決めた段階でさえ、すでにそれを警告していた人や機関は多くあったのに、主要メディアはその警告を無視し続けた。その代わりに、「自然エネルギーでドイツの電気は100%大丈夫!」という緑の党や、一部の学者や、環境保護団体の主張ばかりが報道されてきたのだ。
しかし、いくら何でも、2022年というリミットが近づいてくると、そんな夢物語ばかりでは済ませられなくなってきた。
いうまでもなく、太陽光や風力といった再エネ電気は天候に左右されるので、供給が不安定だ。再エネ派は、「余った電気を蓄電しておけば問題なし」というが、採算の面でも、技術の面でも、まだ、それができないから困っているのだ。
大々的な蓄電方法が完成しない限り、石炭と風力以外にたいした資源を持たない産業大国ドイツが、再エネだけで電気需要を賄えないことは、少し考えれば中学生でもわかる。いくら送電線が繋がっているとはいえ、産業国の動脈である電気を、他国からの輸入に依存するわけにはいかない。
つまり、原発と石炭・褐炭火力が本当になくなれば、頼りになるのはガスしかなく、その重要性は、将来ますます高まるわけだが、建設が遅々として進まない。なぜかというと、ガス火力発電所を建設しても、今の状態では、これまた採算が合わないからだ(揚水発電所も同じ)。
エネルギー政策の不手際
採算の合わない理由はこれまで何度も書いているが、要するに、再エネが増えすぎたせいだ。
再エネで発電した電気は、法律により、優先的に系統に入ることになっているので、太陽が照り、風が順調に吹くと、系統が満杯となる。系統が満杯になると、大停電の危険が高まるので、火力など他の発電施設が発電を絞って調整しなければならない。
それでも電気が余れば、捨て値で外国に流す。それを緑の党などは、「ドイツが再エネ電気の輸出国になった」と喧伝しているが、赤字分は国民の電気代に乗せられる。要するに、ドイツの電力供給の現実は、時々刻々と変化する需要に合わせて計画的に発電することが叶わず、火力の発電量も、結局、お天気任せという状態なのだ。
しかも、再エネ電気の氾濫で、電気の市場値段は恒常的に押し下げられているし、当然、火力発電の総量は減っている。だから、とくに、原価の高い天然ガスは、稼働しても絶対に赤字となるため動かせない。こんな状態で、新規の投資が進まないのは当然である。
4月1日に、BDEW(Bundesverband der Energie- und Wasserwirtschaft = エネルギーと水経済のドイツ連合)が、現在、建設予定の2万キロワット以上の発電施設のリストを公表した。それによれば、進行中のプロジェクトは60以上ある。すべて、将来の電力の安定供給のためのものだ。
その中で、実際に建設中のものが10ヵ所。そのうち4つが天然ガスで計57万2000kW、5ヵ所がウィンドパークで計152万8000kW、残りが、なんと、石炭火力発電所で105万2000kWもある。石炭による発電を2038年に止めると決めたのは最近のこととはいえ、これはどうなるのだろう?
一方、まだ建設に取り掛かっていないプロジェクトはというと、ガス火力の19ヵ所が計画中で、8ヵ所が許可申請中、3ヵ所が認可済み。ウィンドパークは、認可済みが17プロジェクト。バイオマスは2プロジェクトが計画中。揚水発電プロジェクトは、計画中が1つで、申請中が2つ。そして、石炭とバイオマスと水素のコンビ型発電所が1カ所、申請中となっている。
しかし、BDEWのCEOシュテファン・カプフェラー氏によれば、「ドイツの市場は目下のところ、必要な発電所を建設するための条件を満たしていない」。送電線建設も、電力の安定供給も、系統を支えるための運営資金も、すべてがドイツのエネルギー政策の不手際の下で滞ったままだ。
そして、「ドイツはそれを知りながら、何の対策を施すことなく、遅くとも2023年にやってくる安定供給の崩壊に向かって歩んでいる」そうだ。
結局、国民が負担を強いられる
しかし、現実問題として、EUのCO2規制はどんどん厳しくなる。2018年12月のポーランドのCOP(気候変動会議)において、EUは2030年までに、1990年比でCO2を40%削減という意欲的な目標を掲げた。
ドイツは2020年までのCO2削減目標は、すでに達成できないことがわかっているが、この2030年の目標は絶対に守れると見栄を切っている。しかし、それが達成できるかどうかは、まさにCO2の排出の少ない発電所を十分な数、新設できるかどうかにかかっている。そうでなくては、カプフェラー氏のいう通り、安定供給が崩壊し、産業が大打撃を受ける。
BDEWの試算では、石炭火力を2030年に本当に止めるなら、その時点で再エネの発電量を全体の65%まで引き上げる必要がある。
再エネの中で頼りになるのは、太陽光ではなく、ドイツ北部、あるいはバルト海、北海などの洋上風力なので、それを南の工業地帯に運んでくる送電線も早急に建設しなければならない。ところが、現在、主要な超高圧送電線は、各地で巻き起こっている住民の反対運動で、そのルートさえ定まっていない状況だ。
しかも、それと並行して、風の吹かない時や、太陽の吹かない時にすぐに立ち上げられる「お天気任せではない発電所」、つまり、ガス火力発電所の増設も必要だ。
ただ、ガス火力は最終的に、お天気任せの再エネのバックアップという立場であり続けるから、待機時間が多く、儲からない。そこで建設の費用にも、その後の待機費にも、莫大な補助金が注ぎ込まれることになるだろう。それらは税金ではなく、すべて電気代に乗せられている「再エネ賦課金」で賄われることになる。
結局、国民は、再エネにもガスにも多額の負担を強いられる。
ちなみに「再エネ賦課金」は、日本の電気代にもちゃんと乗っている。再エネの買取費用もここから出ているので、将来、再エネ施設が増えれば増えるほど、「再エネ賦課金」も増えていく。系統は、日照時間の多い日はすでに満杯になっている。ドイツの話は、対岸の火事ではない。
かつて緑の党は、エネルギー転換による電気代の増加は、国民にとって月にアイスクリーム1個分の負担でしかないといったが、今やドイツの電気代は天井知らずで、EU国で1番高くなってしまった。しかも、まだまだ上がる予定だ。
ドイツ国民の間では、「脱原発」決定当時の感動はすでに雲散霧消している。これからさらに真実が明らかになるにつれ、なぜ、あのような話を丸ごと信じてしまったのかと、夢から覚める国民はますます増えるだろう。