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集団ストーカーというものは、浄土真宗&曹洞宗信者をフル動員(日本全国の信者数、併せて2000万人)することで可能になる。本願寺の人々とは弱い人間の価値に気付いた人々である。弱い人間の価値とは、弱い人間は脅せば何でも言うことを聞くこと、弱い人間は自分の生活と生命が最優先事項であること、そして非常に数が多いことである。この弱い人間の価値が、そのまま集団ストーカーに活かされている。
ちょっと考えれば分かると思うが、集団ストーカーのような非人道な行為、個人に対する人権蹂躙を指令する人間は加害者の人権さえ守らないものだ。つまり、集団ストーカー加害者に対する金銭の授与はない。良く言ってボランティア、悪く言って奴隷である。なぜ金ももらわずに他人に嫌がらせが出来るのか?なぜ浄土真宗&曹洞宗信者が集団ストーカーを行うのか?その答えは彼らが弱いからだ。そして本願寺が怖いからだ。
本願寺の命令を聞かなければ、逆に自分が集団ストーカーされる。今、目の前で自分が赤の他人にしたことをもし自分がされたら?そう思うと怖くて怖くて仕方ないのだ。つまり、彼らは集団ストーカーの命令を無視することはない。これも弱い人間の価値である。人類の発展には全く寄与していないが、すべては、弱い人間に利用価値があることを認めた本願寺の先見の明だといえよう(バカとハサミは使いようの語源)。
集団ストーカーとは、量VS質の戦いでもある。どんなにバカでも、どんなに弱くても、そんなできそこないがたくさん集まるだけで優れた人間、強い人間にも勝てる。この発想が集団ストーカーの根幹にある。一向一揆も同様である。一揆とは、大勢の農民を訓練された武士にぶつけることである。量で圧倒することが、武士の厳しい鍛錬、高い戦闘技術を反故にするのだ。
ウソもひとりでつけばただのウソでしかないが、大勢でウソをつけばそれは真実となる。量で圧倒することが、できそこないであるタナトスの一族の勝利の法則だ。斯様に、タナトスの一族が編み出したすべての手法に、弱い人間の価値が息づいている。
東西本願寺の正体は死神タナトスであるが、タナトスは史上初の人喰い人種であり、すべての悪の父である。歴史上、すべての悪党はタナトスに通ずる。現代では、すべての悪党は本願寺に通ずるのだ。タナトスはおよそ30万年前に生まれたが、彼らは極度に罪悪感が欠如した状態で生まれるため、平気でウソをつき、笑いながら人を殺し、喜んで幼児をレイプ&殺害し、嬉々として人肉を食べるという異常な本能を得た。我々とは似て非なる、異なる人類だと言っても過言ではない。
ディープステート、安倍総統や怪物モンサントもタナトスの一族である。彼らは名前の違う家族を動員して秘密結社を作る。安倍政権も日本会議もできそこない家族の寄り合いでしかない。安倍総統は日本では敵なしだが、外国では総スカンを喰らっている。家の中では無敵だが、外に出たらみそっかすでしかない。丸でひきこもりと同じだ。その安倍政権が先だってのフェイクニュース(ひきこもりの通り魔事件)で散々「ひきこもりは悪だ」と、ひきこもりの印象の悪化に務めていたが、これは最早お笑いだとしかいいようがない。
ところで、集団ストーカーとひとことで言ってもやり方は被害者の数だけある。また、生活環境、立地条件の数だけあるといっても過言ではない。集団ストーカーとは、基本的には日常の所作、音を武器化することである。日常の所作、音を武器化するには最先端機器による被害者の完全監視が必須だ。自殺が毎年3万人を超えるようになった1998年頃から、本願寺は家族である三菱重工が製作したスーパーコンピューター、人工衛星、光通信システム、レーザー透視装置、レーザー盗聴機、レーザーセンサーを連携させ、新しい技術を導入した集団ストーカーを始めた(毎年3万人の自殺はこれが原因だ)。
オレの例をひとつ挙げると、例えばウチの台所は隣家の駐車場に隣接している。本願寺(ウチの地元は曹洞宗の縄張りだが)はこの立地条件を活かし、おれが台所に立つと隣家の住人が偶然を模して車で帰宅し、思い切り車のドアを閉めるということを繰り返させている。俺の動きに合わせて音を出すことは、上記の最先端技術システムにより可能である。更に、第三者からみれば住人が車で帰宅したに過ぎない。これが日常の所作、音の武器化の利点であり、集団ストーカーの醍醐味(?)である。
見える部分での認識は、「住人が帰宅した」というに過ぎない。が、集団ストーカー的な視点で見れば、見えていない部分が非常に重要となる(見えていないからこそ加害者は容易に否定ができる)。台所に経つ時間は限られているわけだが、その時間帯になると隣家の住人はイチイチ車でウチの近辺に待機し、AIが「あいつが台所に立った」ということをレーザー骨伝導音声送信で住人に伝えることで住人は帰宅し、台所にいる俺に対する威嚇として思いきり車のドアを閉めるわけだ。
非常にくだらないことだが、これを毎日、毎回繰り返すことによりドアの音を武器化するのだ。被害者も人によってはブチきれて近隣住民(邪教信者)に襲い掛かり、一方的に悪者扱いされて警察(仏教の用心棒)に逮捕されたり、精神病院に収容されることもある(たまに子どもの騒音にキレて事件を起こす人がいるが、彼らも本願寺の悪意の被害者である)。
通常の人なら「イチイチ待機するやつなんているわけない」となるが、邪教信者にとってこの世で一番怖いのは本願寺である。そういうわけで、待機することは苦ではないのだ(実質、奴隷と呼ばれていないだけの奴隷だから、顔を見ると辛そうな顔をしていることもあるがw)。
集団ストーカーを否定する者(おおかた本願寺の者だが)は東西本願寺に悪意がないことを証明しなければならない。個人を完全に監視する技術はあるのだから技術面の否定は不可能である。
弱い人間Q&A
Q イヤガラセのために待機するようなそんな暇なやついないと思うが
A 弱い人間は人生通してほぼヒマだが、もしヒマがなくても弱い人間は怖い人間に脅されれば無理してでもヒマを作る。
Q 他人に嫌がらせしろと言われてイヤガラセをする人間なんかいるわけない
A 弱い人間は、相手が怖い人間であれば何でも聞く。生活の安定と保障を求めて悪に服従するのだ。
Q 金ももらわずにそんなことするやついるわけない
A 弱い人間は、相手が怖い人間なら何ももらわなくても何でもやる。逆に、怖い人間に全財産をくれてやることもある(お布施)。
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