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2024年2月24日 12時00分
https://www.tokyo-np.co.jp/article/311112
1968年に西日本一帯で発生した食中毒「カネミ油症事件」。発生から55年以上が経過したが、認定患者となるには依然として高い壁がある。不条理な現実にくさびを打ち込もうとするのが、映画監督の稲塚秀孝さん(73)。ドキュメンタリー映画の製作を進めつつ、認定を広めるため、ある試みを進めている。(山田祐一郎)
◆ドキュメンタリーで不条理に焦点
「ドキュメンタリーは告発だ。映画によって被害者救済が進んでほしい」
稲塚さんは自らの胸に抱く思いをそう口にする。
テレビ番組制作会社の元プロデューサー。近年はドキュメンタリー映画で不条理に苦しむ人々に焦点を当ててきた。広島、長崎両方で原爆被害に遭った「二重被爆者」、自衛隊法の違憲性が争われた「恵庭事件」、東京電力福島第1原発事故などをテーマに製作した映画は12本に上る。
今回の映画に取り組む契機は2006年。長崎市での上映会で女性に声を掛けられた。「カネミ油症のことを知っていますか。映画にできませんか」。女性は被害をとうとうと訴えた。
カネミ倉庫(北九州市)製の米ぬか油を摂取した人が健康被害を訴えたカネミ油症事件。製造過程で混入したポリ塩化ビフェニール(PCB)やダイオキシン類が原因とされる。当時、1万4000人が健康被害を訴え、世界最大級の「食品公害」とも言われた。強い倦怠(けんたい)感とともに大量の吹き出物ができ、髪が抜けた。視力低下、骨の変形や関節の痛みも。だが昨年12月末現在の認定患者は2372人にとどまる。
◆進まない新規認定「切実な問題がまだ現在進行形」
認定は、血液検査や皮膚症状などを踏まえた医師の「総合判断」だが、診断基準は血中のダイオキシン類濃度を重視するとされる。ただ、体内に取り込んだとしても相当な期間がたち、体外に排出もされるため、かつてのような高濃度は検出されにくく、新規認定が進まないのが現状だ。
「切実な問題がまだ現在進行中だというのに驚いている」。20年から本格的な撮影を始め、20人近い被害者の声を取材した。「カメラの前で語ることへの抵抗感が強い患者が多い。もう忘れたいのだろう」
映画の中心となるのは、多くの被害者を出した長崎県五島市の奈留島に住む認定患者の岩村定子さん(74)だ。19歳のときにカネミ倉庫の米ぬか油を口にした。認定患者の夫と結婚し、1973年に長男・満広さんを出産した。
◆へその緒を通じて子にダイオキシン
満広さんは生まれながらに口唇口蓋裂(こうしんこうがいれつ)で、肛門が閉じたまま、心臓に障害も。4カ月で亡くなったが、油症認定はされていない。
「岩村さんは、生まれてからほとんど満広さんに会ったことがなく、写真はお宮参りの1枚だけ。健康に産んであげられなかったことを本当に悔やんでいる」
そう語る稲塚さんによれば、岩村さんは「症状が親の油症と関係があるのではないかとずっと気がかりだった」と漏らしたという。
2世や3世の認定が進まず、救済は置き去りのまま—。心を痛めた稲塚さんが取り組むのが「へその緒プロジェクト」だ。今年1月には、福岡市内で報道機関向けの説明会を開いた。
過去の研究で、認定患者の母親からへその緒を通じ、子どもにダイオキシン類の毒性が伝わる可能性が指摘されている。その点を踏まえて、認定患者からへその緒の提供を受け、妊娠・出産時の移行状況を明らかにすることで、子どもの認定につなげたい考えだ。
◆へその緒から検出、「幅広い調査につながって」
前出の岩村さんは今回のプロジェクトに先駆けて2013年、厚生労働省が所管する研究団体「全国油症治療研究班」に満広さんのへその緒の調査を依頼した結果、高濃度のダイオキシン類が検出された。
研究班は、へその緒の状態と満広さんの症状の関連について踏み込んだ見解を示さなかったが、稲塚さんらはこの調査を活用すれば認定の壁を越えられる可能性があると考え、プロジェクトを始めることにした。
代表世話人を務める摂南大の宮田秀明名誉教授(環境科学)は「出生前の胎児期の染色体は、環境汚染物質や化学物質などの影響を受けやすく、大人にはない症状が出る可能性がある」と強調する。
「母親から胎児にどれほどの濃度の原因物質が移行していたのか。プロジェクトが国の幅広い調査につながってほしい」
プロジェクトの存在もあり、映画のタイトルは「母と子の絆〜カネミ油症の真実」に決まった。プロジェクトの進行状況も含め、6月ごろまで撮影を続け、10月の公開を目指す。製作費用をクラウドファンディングで募っている。29日までで、映画タイトルで検索できる。
◆「無理がある」認定の仕組みに批判
カネミ油症を巡っては、今も認定と補償の課題が残っている。
「化学物質による未知の健康被害について十分な調査が行われず、実態が狭く捉えられた」
認定について、長年カネミ油症に関わって研究してきた下関市立大の下田守名誉教授(科学技術社会論)が言う。「食中毒は摂取量や症状に個人差があり、同じ人でも時期によって多様な症状が出る。長年ほとんど変わらない診断基準で一度の検診の結果を判断するという認定の仕組みに無理がある」
2012年に被害者救済法が施行され、認定患者の同居家族が「みなし認定」されることになった。カネミ油症被害者全国連絡会の三苫哲也事務局長(54)は「一緒に食べた家族を認めるなら、本人が申告し、今でも症状がある人も認めてほしい」と指摘。認定患者の子や孫を対象に国側が21年に始めた健康調査に触れ「次世代の調査は始まったばかり。早く救済につながってほしい」と訴える。
補償についても問題が多い。各地の患者が賠償を求めてカネミ倉庫やPCBを製造した鐘淵化学工業(現カネカ)、国を提訴し、一部で国の責任を認める判決が出た。国は賠償金を仮払いしたが、控訴審で原告が敗訴。1987年、原告はカネカに責任がないことを確認した上で和解し、国への訴えを取り下げた。
◆原因をつくった企業の資力が被害補償を左右
現在、認定患者には国が健康調査への協力費として年19万円、カネミ倉庫が年5万円と医療費の自己負担分を支払っている。だが、同社の経営は、国が政府米の保管事業を委託することで支えているのが実態だ。
「これでは差別を恐れて被害者が、隠してきた油症を明かして認定を受けるメリットが少なく、被害の掘り起こしにつながらない」と話すのは東京経済大の尾崎寛直教授(環境政策)。
「食中毒事件のカネミ油症は、原因企業の資力によって被害者の補償が左右されるという理不尽さを露呈した」と水俣病など公害との差を強調し、事件を教訓とした救済制度を求める。「例えば食品業界全体で基金をつくる形の『食中毒被害者補償制度』で、被害者が原因企業の経営破綻などで泣き寝入りすることがないようにする必要がある」
◆デスクメモ
へその緒を調べる試みに胸が詰まる。本来ならば、家庭の中で大切に保管しておきたいものではないか。にもかかわらず調査のために使う。使わざるを得ない。真相を知るために。この状況がやるせない。半世紀前に原因企業や国がきちんと調べておけば。そう思えてならない。(榊)
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