体質転換迫られる「長老支配、上意下達」の共産党 決定的に欠けている党内民主主義 2018.8.28(火) 筆坂 秀世 日本共産党の党勢拡大「特別月間」は成功するのか? 日本共産党が「参議院選挙・統一地方選挙躍進 党勢拡大特別月間」に取り組んでいる。最大の収入源である「しんぶん赤旗」の連続的な減紙、党員数の激減が続いているからだ。この運動の成功のために、「激動の時代に歴史をつくる生き方を──あなたの入党を心からよびかけます」という長文の「入党のよびかけ」も作成されている。 だが以前にも書いたが、この「特別月間」が成功することはあり得ない(参考「率直に表明された共産党・党勢拡大運動の悲惨な現状」http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/53349)。なぜ党員が減り続けているのか、その原因究明がまったくなされていないからだ。原因を究明せずして、どんな運動に取り組んだところで成功するわけがない。 「入党のよびかけ」も、そもそもこんな長文の文書を読む人がいるとは到底思えない代物だ。中身は、自画自賛ばかりのうんざりした内容だ。ソ連などの崩壊も、相変わらず「あれは社会主義ではなかった」という無責任な弁明だけである。こんな弁明が世間に通用すると思っているとするなら、傲慢の極みである。 ソ連を理想の社会主義国だと信じ、革命は近いと信じて、どれほど多くの若者が革命運動に身を投じたのか。そんなことはまるでなかったかのように、共産党の重鎮である不破哲三氏などは、社会主義革命は21世紀から22世紀にかけての課題だなどと気楽に語っている。命がけで共産党に入党し、革命運動に身を投じた人をなんだと思っているのか。 党内では、こんな幼稚な言い逃れが、理論家不破哲三のありがたい分析としてまかり通っている。これに批判の声すら上がらない。この体質こそが共産党ということなのだろうが、こんな党に若者が夢を抱いて入党するわけがない。まず、共産党のこうした体質転換こそ急ぐべき課題だろう。 共産党の指導者は選挙で選ばれない まったくといっていいほど国民の関心を集めていないが、現在、国民民主党の代表選挙が行われている。9月4日投票ということだ。9月7日からは、自民党の総裁選挙が始まる。このように普通は政党のトップは選挙で選ばれる。だが日本共産党だけは違う。代表選挙というものがそもそもない。 日本共産党について私に質問をする方の多くが、「志位さんは何年委員長をしているのですか? あんなに長いこと委員長の座にいて、党内から批判の声は上がらないのですか? どう見ても共産党の中には民主主義がないようにしか思えないのですが」という疑問を投げかけてくる。 私はこういう質問が出たときには、「そもそも共産党内には選挙がないからです」と答えることにしている。 こう言うと、共産党は「そんなことはない」と反論するだろう。というのも、共産党の党規約の第三条には、「すべての指導機関は、選挙によってつくられる」と規定されている。さらに第十三条には、次のように書かれている。 ――党のすべての指導機関は、党大会、それぞれの党会議および支部総会で選挙によって選出される。 ――選挙人は自由に候補者を推薦することができる。指導機関は、次期委員会を構成する候補者を推薦する。選挙人は、候補者の品性、能力、経歴について審査する。 指導機関というのは、下から順に支部委員会、地区委員会、都道府県委員会、中央委員会のことを指している。その他にも、幹部会、常任幹部会、委員長、副委員長、書記局長などの選出もある。 ただ規約を見れば一目瞭然なのだが、この規定には選挙にとっての一番大事なことが欠落している。これだけでも「これは選挙と呼べる代物ではない」と断言しても間違いではない。 それは、“立候補という制度がない”ということだ。 自ら立候補できないような選挙制度などあり得ない。しかも、「指導機関は、次期委員会を構成する候補者を推薦する」とある。要するに、現在の指導部が次のメンバーを選ぶということだ。 もし自治体選挙や国政選挙で立候補制度が禁止され、現在の議員が次の議員を選ぶとしたら、共産党は口を極めて「これは選挙ではない」と批判するだろう。当然のことだ。こんな選挙制度などあり得ない。 だが共産党では、例えば中央委員会の選挙では、それまでの中央委員会が約200名程度の次期中央委員、准中央委員(決議権を持たない)名簿を作成し、党大会に提案する。この約200名には、年齢や簡単な党歴などが書かれている。写真はなかったと記憶している。私など相当党歴も、幹部歴も長かったがよく知っていると言えるのは、せいぜい2割程度だった。ほとんどの人は顔も知らないし、話もしたこともない。地方で活動する党員はもっと知らないだろう。 これをどう選ぶのか。党大会では代議員に約200人の名前が書かれた投票用紙が配布される。名前の上に欄があり、「この人は選びたくない」と思う人だけにチェックをする。そうでない人は何も書かない。最高裁裁判官の国民審査のようなものだ。結局、顔も知らなければ、経歴もよく知らない人を従前の指導部が提案したとおりに選ぶのが共産党の言う選挙なのだ。 では、この名簿は誰が作るのか。中央委員や幹部会委員、常任幹部会委員の誰もが熟知しているわけではない。人事局担当の常任幹部会委員や委員長、書記局長などのごく一部が主導して作成される。私は何年も常任幹部会委員や政策委員長、書記局長代行の任に就いてきたが、それでもこの名簿作成に関わったことはなかった。 結局、数人の幹部の意向、というより、ほとんどトップ一人の意向で中央委員会や幹部会委員、常任幹部会委員などの党中央の指導部が作られていく。委員長や書記局長なども同様である。トップがみずから「辞める」と言わない限りいつまでも居座り続けることになるのだ。 こんな組織に党内民主主義などあるわけがない。 共産党の本当のトップは誰なのか 党規約上は、現在の共産党において最も上位の職責を担っているのは、志位和夫幹部会委員長である。では志位氏が実質ナンバーワンかと言えば、私はそうではないと見ている。実質的なナンバーワンは、不破哲三氏であろう。幹部会委員長、中央委員会議長を歴任した不破氏は、これらの役職は降りたものの、88歳の今も最上位の常任幹部会委員として残っている。不破氏が影響力を残していく上で常任幹部会委員に残っていることが重要なのである。 不破氏の前にカリスマ指導者として君臨した宮本顕治氏(故人)は、引退した途端にすべての影響力を失ってしまった。当時、わけ知り顔の共産党ウオッチャーが、引退しても宮本氏の影響力が残っているかのような解説をしているのを見たことがあるが、引退した翌日から党本部内で宮本氏のことはまったく話題にも上らなくなった。一夜にして過去の人になったのだ。 不破氏は自分が居座っただけではない。不破氏の側近中の側近であり、それだけが存在意義のような浜野忠夫氏も居座らせた。同氏は85歳である。私が在籍していた当時から、浜野氏は不破氏の“伝令役”であった。不破氏は、志位委員長にはほとんど直接には意見を言わず、浜野氏を通して指示を出していた。不破氏の意向は、浜野氏に聞けば分かるほどであった。 元書記局長の市田忠義氏もすでに75歳になっている。同氏は2015(平成27)年に、任期限りで引退を表明していたが、翌年の参院選挙に出馬し、4回目の当選を果たしている。「野党共闘を進める上で、他野党との人脈を生かすため」というのが引退を撤回した理由だそうだ。だが、市田氏は他野党に人脈など持っていない。私が在籍当時、民主党の中野寛成幹事長と市田氏、私の3人で飲んだだけで、不破氏から注意されたぐらいだ。 不破氏が高齢でも党の最高幹部に居座るためには、浜野氏も、市田氏も留任しなければ都合が悪かったということだ。現在、80歳代の中央役員は不破氏、浜野氏の2人だけである。市田氏も4番目の高齢である。 そのため昨年の党大会では、中央役員の選出基準について、「年齢によって機械的に区分することをせず、一定の年齢に達している同志であっても、その知恵と蓄積された経験を生かすため、健康と家庭などの条件の許す同志については、退任を希望している同志でも積極的に慰留する」などと定められた。この提案をしたのが浜野氏なのだから、自作自演と言うほかあるまい。 かつて宮本顕治氏が80歳代になっても居座り続けた際には、「余人をもって代え難い」などと党内に説明し、さすがに党内から反発の声が上がったことがある。この実態は、今も何ら変わっていないのだ。 市田氏や同氏の立命館の後輩である穀田恵二国対委員長は、2人で話す時、志位氏のことを「あいつ」と呼んでいたそうである。もう引退したが、石井郁子衆議院議員・副委員長なども地元の大阪に帰ると、自分の力は棚に上げて平然と志位氏を批判していたそうだ。市田氏は私にも、「あの野郎」と志位氏のことを呼んだことがある。もちろん本人の前ではペコペコしている。党の最高幹部たちがこういう面従腹背の態度をとっているのだ。 宮本顕治氏に引退の引導を渡したのは、不破氏だった。今度は志位氏が不破氏に引退の引導を渡すときだと思う。共産党の体質転換は困難だとは思うが、まずここから始めるべきであろう。
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