WEDGE REPORT サマータイム導入はやはりデメリットが大きい 2018/08/10 島澤 諭 (中部圏社会経済研究所研究部長 ) (写真:Natsuki Sakai/アフロ) 高まるサマータイム導入の可能性 突如として、サマータイム実現の可能性が高まっている。サマータイムとは、欧米のデイライト・セービング・タイム(Daylight Saving Time)と呼ばれるものであり、サマータイム開始時には、当該国・地域の標準時に特定の期間だけ一定時間プラスし、サマータイム終了時にはサマータイム開始時に標準時に加えた同じ時間をマイナスすることで、標準時に戻す制度である。
安倍晋三首相は今月7日、東京五輪組織委員会会長の森喜朗元首相の要請を受け、2020年東京五輪・パラリンピックの猛暑対策として、夏の時間を2時間繰り上げるサマータイム導入を検討するよう自民党に指示したと報道されている(産経新聞2018年8月6日)。安倍首相の指示を受け、自民党は、東京五輪・パラリンピックまで残された期間はあと2年と少ないことから、秋の臨時国会での議員立法提出に向け、党内の調整を急ぐこととし、公明党の山口那津男代表も「柔軟に幅広く検討していく必要がある」と前向きな姿勢を示している。 実は、日本では連合国軍による占領下の1948年5月にサマータイムが導入されている。しかし、サマータイム導入による残業時間の増加と鉄道の混乱等から国民には極めて不評だったこともあり、サンフランシスコ講和条約が締結された1951年9月には打ち切られ、主権を回復した1952年には正式に夏時刻法は廃止となった。こうした経緯があったにもかかわらず、1990年代以降、超党派の議員連盟が中心となり、サマータイムの導入が度々検討されたが実現には至らなかった。近年、最もサマータイム導入の機運が高まったのは東日本大震災後で、夏場の電力が大幅に不足する見込みであったこともあり、電力需給緊急対策本部によりサマータイムの導入が検討されたが、結局、見送られた。 サマータイム導入のきっかけは燃料不足 そもそもサマータイムは政治家でもあり科学者でもあったベンジャミン・フランクリンが英国からの独立直後のアメリカの外交官としてフランスに滞在していた1784年、Journal de Paris誌に送った投書“An Economical Project for Diminishing the Cost of Light”の中で、人々が夏の間太陽のサイクルに合わせた生活を送れば、当時の照明の主力であったロウソクの使用量を減らして節約できるはずだと提案したことに起源があるとされている。 フランクリンの提案以降長らく実行には移されてはいなかったが、カナダオンタリオ州の現在のサンダーベイの住民が1908年7月1日にカナダの標準時より1時間時計の針を進め、世界に先駆けてサマータイムを実施した。一国単位では、第1次世界大戦中の1916年4月30日にドイツとその同盟国オーストリアが燃料不足対策を目的として実施したのが初めてであり、次いでイギリスやフランスが導入したのを契機に欧州に広がった。アメリカでも1918年に導入したものの国民から不興を買い2年で廃止。しかし、やはりエネルギー資源節約を目的として第2次世界大戦中に再導入され、1986年の改正を経て現在まで続いている(アリゾナ州・ハワイ州等は不採用)。世界を見渡すと、現在、サマータイムを一部の地域ででも実施している国は、70か国以上あり、その多くは夏の間、日照時間が極端に長くなる中高緯度の北半球に集中している。 サマータイムを導入する上での論点 それでは、現在の日本にサマータイムを導入することによるメリットやデメリットにはどのようなことが考えられるのだろうか。現時点では具体的にどのような形でサマータイムが企画立案されるのか確固とした情報がないという制約はあるものの、次の5つの論点について、原理原則から考え、検討することとしたい。 (1)論点1:環境への効果 サマータイムはその着想から実際の導入に至るまで、エネルギーの節約が主眼にあった。日本においてもサマータイム導入の目的の一つは同様であり、起床時間を早めることで早朝の涼しい時間帯に活動すれば冷房も利用せずに済む上、夕方の明るい時間帯が長くなり、かつ日没から就寝までの時間も短くなることで、照明機器の使用を減らせるため、省エネルギー・温室効果ガス削減効果があるとされている。 例えば、環境省「地球環境と夏時間を考える国民会議」(平成11年5月)の試算によれば、年間約50万kL(原油換算)の省エネルギー・温室効果ガス削減効果があるとされている。しかし、東西に細長く伸びている日本では、東日本と西日本とで日の出・日の入りの時刻にズレが生じ、全国一律のサマータイム導入が馴染むのか疑問が残るし、節電や温室効果ガス削減効果については、日本は湿度が高く、日没後も蒸し暑さが続くため、帰宅後の冷房需要が大きく、勤務時間をずらしたとしても、節電効果は少ないと考えられる。 現代の日本においては、日照時間ではなく気温が電力の消費を大きく左右すると考える方が自然だろう。実際、国立研究開発法人産業技術総合研究所安全科学研究部門井原智彦氏(当時)「夏季における計画停電の影響と空調(エアコン)節電対策の効果(第二報)」(2011年7月31日)によると、東京電力管内でサマータイムを想定した生活時間の前方1時間シフトの空調電力削減効果を試算したところ、業務用では確かに▲10%削減となるものの、家庭用では戸建住宅+23%増加、集合住宅+27%増加となり、合計では+4%増加との結果を得ているし、さらに、電力中央研究所社会経済研究所今中健雄氏「時刻、休日、連休シフトによる夏季ピーク負荷削減効果」(2011年4月6日)では、近年は昼間の特定の時間帯にピークがあるのではなく昼間全体が比較的高い電力需要で推移しているため、削減効果はピーク負荷の1%程度と誤差の範囲内に過ぎず、効果は少ないと結論付けるなど、環境へのプラス効果はゼロではないかもしれないもののほとんど存在しないものと考えられる。 しかも、後述するように、サマータイム推進派は効果の一つとして余暇活動の増加を挙げているが、そうなればその分余計に電力消費したがって温室効果ガスが増加することになるだろう。さらに、損得で言えば、サマータイムを導入すればそうでない場合よりも朝早く出勤し暑いさなかに帰宅することになるので、企業側はその分の光熱費を削減できるものの、家計では光熱費が余分にかかることになり、結局、企業が得、家計が損をすることになる。経営者団体がサマータイム導入を推進する理由の一端が垣間見られる。 (2)論点2:消費喚起効果 サマータイムの導入によって就業時間終了後明るい時間が2時間増えることになるので、娯楽・レジャー・外食などの機会が増え、それが消費喚起につながるとされている。第一生命経済研究所首席エコノミスト永濱利廣氏「不確実性の高いサマータイム効果」(2018年8月8日)によれば、日照時間の増加が名目家計消費にプラスに影響することで約7,532億円の経済効果があるとのことである。 しかし、少し考えれば分かることであるが、外が明るいので消費が増えるということは、外が暗い場合消費が減るということ意味している。そこで、総務省統計局「家計調査」により夏の間の家計消費額(夏1:6月から8月、夏2:7月から9月)と冬の間の家計消費額(12月から翌年2月)を比較したのが下図1である。図1によれば、夏の取り方を変えても日照時間が短いはずの冬の消費額の方が多いことが分かる。さらに、図2は夏の間の平均消費性向と冬の間の平均消費性向を比較したものである。平均消費性向とは所得からどれだけ消費に回すかを示すもので、平均消費性向が高いほど消費意欲が旺盛であることを示す。図2からも日照時間が短いはずの冬の方が消費意欲が大きいことが分かる。つまり、日照時間が増えることで消費が増えるとは結論できない。 図1 夏と冬の消費額の比較(二人以上の世帯)(出典)総務省統計局「家計調査」より筆者作成
図2 夏と冬の消費意欲の比較(勤労者世帯)(出典)総務省統計局「家計調査」より筆者作成 仮に永濱氏の分析の通り日照時間が延びることで消費額が増えるとの主張を認めるにしても、サマータイムを導入するより冬の間だけでも2時間ほど太陽が出ている昼間に休憩を与えてショッピング等の機会を与えた方がより効果的だろう。なぜなら、永濱氏の分析は日照時間と消費の関係を示したに過ぎず、日照時間が延びるのであれば別にサマータイムに限らずとも、冬の間であってもゴールデンウィークであっても違いがないからだ。また、就業時間終了後になにか余暇活動を行うにしても、サマータイムが導入されていない場合に比べて外気温が高いので、屋内での余暇活動が伸びたとしても屋外での余暇活動が減るので結局経済効果は相殺される。 さらに、夏の楽しみといえば、夜祭りや花火大会があるが、サマータイムが導入されれば、そうでない場合より開始時間を先送りせざるを得ないため、終わりの時間が遅くなる結果、門限や電車の時間の関係で早々に引き揚げざるを得ない人々が出てくる。穿った見方をすれば、それこそプレミアムフライデーの進化形であるシャイニングマンデーで月曜日は午前休を取りなさいということなのかもしれないが釈然としないものが残るのも事実である。 (3)論点3:企業負担の増加 サマータイムの導入は正確には時計の針を一定時間だけ先に進めるというよりは、日本標準時に一定の時間を加えたり(開始時)、加えた時間を引いたり(終了時)する必要があるため、必然的にコンピュータプログラムの変更、サマータイム切替日における航空・鉄道等交通機関の運行ダイヤの調整、産業機械の時計の修正、一部交通信号機の調整等を惹起する。環境省「地球環境と夏時間を考える国民会議」の推計によれば、こうしたプログラム修正によるコスト負担はハードウェア改修費(610億円)とソフトウェア改修費(420億円)の総額で1,030億円と試算されている。この試算は1999年当時になされたものでありコンピューターへの依存がさらに進んだ現代ではコスト負担はもっと大きくなっている可能性が高い。 実際、すでにサマータイムに対応済みのアメリカで2007年に省エネルギーのためサマータイムの期間を4週間延長したことに伴うシステム改修費用は3.5億ドルから10億ドルと見積もられている。しかも日本にサマータイムが導入される場合、高度にコンピューターに依存した世界第3位の経済規模を誇る社会において、世界にも例を見ない2時間の繰り上げを無数のシステムに一から施さなければならないのであり、先の環境省の費用推計は、日米の経済規模の違いや、試算の前提と今回の想定の違いなどを割り引いたとしてもいかに過少推計であるかが理解できるだろう。 問題は企業の負担増だけにはとどまらない。もう一つの深刻な問題はたった一つのプログラムの修正がうまくいかなかっただけで全てのプログラムがストップし、経済・社会機能がマヒしてしまうことにある。世の中に存在するすべてのコンピューターやいろいろな機器に組み込まれたチップのチェックを完全に行い、しかも完璧に修正し得たことを誰が確認できるのだろうか。さらに、現時点の計画に基づいて、システムを修正するには、来年5月に控える天皇陛下の代替わりに伴う元号の変更に対応しつつ、6月のサマータイム導入に間に合わせる必要がある。これはただでさえ過剰労働気味のシステム担当者の更なる労働強化をもたらすだけであろう。なお、「システム対応への支出が増えるからGDPにはプラス」との議論もあるが、これは無駄な公共工事でもGDPが増えるというのと同じ理屈であり、詭弁に過ぎない。 (4)論点4:労働環境への効果 サマータイムの導入により、外が明るいうちに仕事を終わらせようと頑張った結果、一部企業では労働効率が上がり残業時間が減少したとの報告がある。もしそれが本当だとすれば、夕方には外が暗くなってしまう冬の間は労働効率が下がることになるはずである。結局のところ、日照時間と労働効率に正の相関関係が存在するのであれば、夏だけ日照時間と労働効率を関連付けるのではなく、冬の間も日照時間と労働効率を関連付けるのが企業にとっては最適なはずであり、サマータイムに固執する必然性は薄い。また、日本の企業の多くはサマータイムを導入していないアジア諸国の企業との結びつきが強いので、残業時間が増えるだけとの批判には説得力がある。 結局、日照時間と労働効率に正の相関関係が存在し、自らに利益が多く及ぶと考える企業が個別に、労働者が個人で始業・終業時刻を変更できるフレックスタイム制の導入や、企業単位で始業時刻や終業時刻を早めたり遅くしたりできる繰り上げ出勤(退社)を採用するなど、働き方改革を進めればよいだけだ。しかも、サマータイムの導入で労働時間が増加するとすれば現在政府が進めている長時間労働の是正に反する結果となってしまう。 (5)論点5:政策の目的と手段は整合的か そもそも今回のサマータイム導入の動きは、2020年に開催される東京五輪・パラリンピックの競技が灼熱の暑さの中実施されるのを回避したいとの思惑から発したものであるが、政策を評価する上では、政策の目的と政策の手段とが整合的か否かが重要となる。つまり、国際オリンピック委員会との間で日本時間の朝7時以前にはマラソン競技を開始してはならないという取り決めがあるのなら別であるが、種々の競技開始時刻が朝の早い時間に前倒しできるのであればそれで対応すればよいだけであろう。しかも、競技によっては開始時間が前倒しされることにより、サマータイムが導入されない場合に比してかえって暑い環境下で競技が行われることになることも見逃せない。 そもそも、東京五輪・パラリンピックは建前上は東京都が責任を持つべき大会であり、極端な話、残りの46道府県には全く関わりのない話である。にもかかわらず、サマータイムなどという全国を巻き込む、場合によっては東京五輪・パラリンピックまでの時限立法的なその場しのぎの対応を是認できる国民はどれだけいるだろうか。 また、就業時間終了後様々な余暇活動に時間を費やすことで消費を喚起すると見込むことはそれが実現すれば睡眠不足をもたらすことになるし、サマータイム開始時及び終了時に時計の針を進めたり遅くしたりすることで睡眠障害をもたらすなど、健康を害するリスクを考慮しなければならない。実際、ロシアではサマータイム移行時に心筋梗塞患者が増加したため結局サマータイムを廃止したし、オーストラリアでは、サマータイム移行時に男性の自殺が増える傾向があることも指摘されている。つまり、サマータイムの実施により消費が喚起され経済効果が得られたところで医療費が嵩み、人命が失われることになれば、経済ばかりでなく社会的にもメリットがデメリットを上回るとは言い難いだろう。 サマータイム推進派は、サマータイムの導入が、東京五輪・パラリンピックの一部競技の成功を目的とする以外に、エネルギー節約・温室効果ガス削減、消費喚起、労働時間の短縮といった日本が抱える構造的な課題に対して、これまで論じてきた様々なデメリットを考慮したとしてもなお抜本的な解決策になり得るのだという客観的かつ説得力のある根拠を示せないのなら、東京五輪・パラリンピックを口実としたなし崩し的なサマータイム導入への国民的な合意を得るのは非常に困難であると自覚すべきだ。 ゆう活とプレミアムフライデーの失敗に学ぶべき 以上のように、自民党での検討が予定されているサマータイムの導入がわれわれの生活に与えるメリット・デメリットについて、5つの論点を取り上げ検討したところ、メリットに比してデメリットの方が大きく、特に、システム修正にかかる企業負担や、システム修正に失敗した場合に起こり得る経済・社会の混乱が深刻なリスクを孕んでいるとの結論に達した。 サマータイム導入の目的が、オリンピックを成功させるためというだけの矮小化されたものではなく、日本人の働き方やライフスタイルを時計から解放するのが目的であるならば、夏に限らず一年中太陽のサイクルに合致するよう労働時間を柔軟に変更・調整できるような仕組みを各企業なり組織が採用しやすくなる法的枠組みを整備すればよいだけではないだろうか。 サマータイムの導入が労働効率を上げ残業時間を減らすとの期待は、2016年に政府が勤務時間を1時間程度前倒しして朝早くから働き夕方からは家族や友人との時間を大事にする「夏の生活スタイル変革」を目論んだものの残業時間が増えただけに終わった「ゆう活」の失敗、さらには消費喚起に関しては、政府や企業団体の大号令にもかかわらず所定の効果を上げておらず迷走を続けるプレミアムフライデーの失敗から教訓を得、学習した形跡が政治家や政府、経営トップ層に全く見られず、国民の事情を考慮することなく自分たちの都合だけを一方的に押し付ける日本のエリート層の姿勢が個人的にはとても気になっている。
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