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7月 07, 2018
<オウム真理教元代表の松本智津夫(麻原彰晃)死刑囚(63)ら教団元幹部7人の死刑が執行された6日、テレビ各局は朝から一斉に放送を臨時ニュースに切り替えた。同じ日に7人執行という過去にない展開を受け、テレビ局に入ってくる情報は刻々と変化。取材で得た執行状況をリアルタイムで伝えたり、死刑囚の顔写真に執行が済んだことを示すシールを貼ったりするなど異例の報道になった。SNS上では、違和感を訴える声も相次いだ>(以上「朝日新聞」より引用)
江戸時代の刑罰には「見せしめ」的な要素が強く、市中引き回しの上磔獄門、といって罪人の死刑執行のすべてを公開し切り落とした頭部を高札場に設置した獄門台という三尺(約90p)高い板の台の上に置いて三日三晩曝した。
オウム真理教は教祖松本某氏に唆された信者たちが数々の悪行を働いて二十数人を殺害し、約6500人をサリン中毒禍に陥れた。それは平成の御代の宗教を騙ったテロというべき事件だった。
しかし死刑執行に際して「実況中継」のように逐次「執行されました」とテレビ・テロップで流すのはいかがなものだろうか。サッカーのサムライジャパンが早々に敗れてテロップ枠が残っていたわけでもないだろうに。
法により刑が執行されたのなら、厳粛な気持ちで法に則って事実だけを伝えるべきではないだろうか。何でもかんでも劇場型して視聴率を取れば良いというものでもないだろう。
思想信条の自由は他者に迷惑を与えない範囲でのことでなければならない。オウム真理教は「教えに帰依したものは全財産を教団に寄付して宿坊生活すべき」として一色村のサティアンで集団生活しながら数々の悪事に手を染めていた。
来世の魂の救済を旨とする宗教が「カネを持って来い」だとか、「信心すればご利益がある」と説くのは偽物だ。本人が努力しなくて仕事が上手く行くわけがないし、医師に掛って養生しないで病気が平癒するわけがない。そもそも信心すれば難病が治る、とご神託を述べるのは宗教を冒涜しているし、医師法にも反する。
そうした基本的なことを知らない若者が多いのに驚くし、現世ご利益を堂々と口にして新興宗教への入信を勧誘する程度の低い信者が多いのにも驚く。まさしく日本は新興宗教の天国だ。
そうした天国に咲いた仇花がオウム真理教だった。そこで多くの若者が人生を踏み外し、多くの他者に危害を与えてしまった。宗教の怖さは思考停止にある。いかに優秀な頭脳があっても、停止してしまえば奈落の底へ落ちるしかない。人として生きている限り、思考は決して停止してはならない。