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児童虐待 防げたはずの最悪の事態/西川龍一・nhk
「児童虐待 防げたはずの最悪の事態」(時論公論)
2018年06月15日 (金) http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/100/299792.html
西川 龍一 解説委員
東京・目黒区で5歳の女の子が死亡し、十分な食事を与えなかったうえ、病院に連れて行かずに死亡させたとして両親が逮捕された事件。死亡した女の子がノートにひらがなで「おねがいゆるして」とつづった書き込みに涙した方も多いのではないでしょうか。15日、開かれた関係閣僚会議でも、再発防止策をまとめることが指示されましたが、今回の児童相談所の一連の対応を見ると、最悪の事態は防げたはずだと思わざるを得ません。
東京・目黒区の当時5歳の船戸結愛ちゃんが死亡したのは、ことし3月のことでした。警視庁は父親の船戸雄大容疑者と母親の優里容疑者が十分な食事を与えなかったうえ、病院に連れて行かずに死亡させたとして、保護責任者遺棄致死の疑いで、今月6日、逮捕しました。日常的に虐待を繰り返していたと見られています。
虐待は、以前から児童相談所が対応していました。一家が暮らしていた香川県の児童相談所が把握し、その後、目黒区に引っ越したため、東京の品川児童相談所に引き継がれていました。
経緯を見てみましょう。
香川県の児童相談所が虐待の疑いを持ったのは、おととしのことです。その後、結愛ちゃんは、家の外に出されていたりけがをしたりしていて、父親が「しつけのために手を上げた」と説明したことなどから、おととし12月と去年3月の2回、児童相談所で一時保護されました。当時、警察も捜査し、父親を傷害の疑いで2度書類送検しています。
結愛ちゃんは、両親の元に戻りましたが、その後、病院で診察を受けた際、身体にあざがあるのを医師が見つけ児童相談所に連絡しています。その際、児童相談所はいずれも様子を見ることにして措置は取られませんでした。
去年12月父親が、翌月には、結愛ちゃんと母親も目黒区に引っ越しました。
この時、母親は転居先を教えませんでしたが、児童相談所は市と連絡を取って転居先の住所を確認し、品川児童相談所に引き継ぎました。
引き継ぎを受けた品川児童相談所は、2月になって転居先を訪問します。しかし、母親に「関わって欲しくない」と言われ、結愛ちゃんには会えませんでした。その後、担当者は結愛ちゃんがこの春から通う予定だった小学校の入学説明会に行きましたが、ここでも結愛ちゃんに会えず、結局、姿を確認することは一度もできなかったということです。
今回、虐待の事案が2つの児童相談所間で引き継がれているため、そこに問題があったのではないかと指摘されています。だた、こうした経緯を見ただけでも、結愛ちゃんを救う機会は少なくとも2回ありました。
まずは、香川県です。一時保護から自宅に戻った後、結愛ちゃんの身体にあざがあるのを2度医師が確認していました。にも関わらず、児童相談所はいずれも何の措置も取りませんでした。児童相談所は、「確実に虐待の認定ができず、母親との関係を優先させ様子を見た」と説明します。しかし、結愛ちゃんを2度一時保護していることと、父親がその都度、傷害の疑いで書類送検されていることを考えれば、一時保護からさらに進んで結愛ちゃんを児童福祉施設に入所させることもできたはずです。香川県に住んでいた時は、母親は虐待に関わっていなかったと見られています。その母親が東京へ引っ越す際、転居先を教えなかったことを考えれば、そもそも母親と児童相談所の関係自体がうまくいっていなかったとも考えられます。
2度目の機会は、東京です。「香川から引き継がれて虐待のリスクが高いかどうか判断している最中に事件が起きた」というのが引き継ぎを受けた品川児童相談所の見解です。結愛ちゃんが4か月の間に2度一時保護されたことへの危機意識が欠如しているとしか思えません。虐待の可能性があれば、48時間以内に子どもの安全確認をするのが児童相談所の運営指針です。他の児童相談所から移管を受けている今回のケースにもこれは当てはまりますが、2月の訪問まで10日以上過ぎていました。その際、母親が結愛ちゃんに会わせなかったことをなぜ危険なシグナルと考えなかったのか。結愛ちゃんが小学校の入学説明会にも参加していないことと合わせて考えれば、子どもと一緒に来るよう求める出頭要求や自宅への立ち入り調査、さらに裁判所の許可を得て強制的に立ち入る臨検を早急に検討する事態だと多くの専門家が指摘しています。
なぜこうした対応ができなかったのかは詳細な検証が必要です。ただ、背景として専門家の意見が一致するのが、全国で児童虐待が相次いでいるにも関わらず、追いつかないソフト面、ハード面双方の整備です。
2010年7月、大阪で幼い姉弟が母親にマンションに閉じ込められた状態で死亡した事件をきっかけに、児童虐待に対する社会的な関心が高まったこともあり、児童相談所が対応した虐待の件数は増え続けています。
2016年度はおよそ12万2500件に上り、ここ数年は、毎年、前年度より10%から20%の増加が続いています。これに対して、児童虐待の対応にあたる児童福祉司は全国の児童相談所で3000人あまり。慢性的な人手不足が続いています。この10年間で1.5倍に増えたものの、焼け石に水の状態です。専門知識に加えて経験も求められる仕事であるにも関わらず、人材の育成も含めて対応は後手後手に回らざるを得ない状況です。
マンパワーが足りないのなら、警察との連携を強化して、児童相談所への虐待通告をすべて共有すべきだという意見があります。アメリカの警察には児童虐待専門の部署があり、児童相談所にあたる組織と協力して対応に当たっています。確かに今回のケースで、品川児童相談所の情報が警視庁と共有され、警察と行動を共にしていれば結愛ちゃんの命は救われた可能性があります。ただ、日本の警察にはアメリカのような部署はありません。児童福祉に理解がない警察官も多く、話をこじらせてしまうことを危惧する意見もあります。単に情報共有を広げるだけでは、虐待対応の問題点がすべて解決するとは限らないわけです。
ハード面で求められるのは、児童虐待情報の共通データベースです。厚生労働省によりますと、例えば住所を転々とする児童虐待が疑われる家族の情報や、過去の虐待の情報など、すべての児童相談所が情報を共有するため行うのは、FAXの一斉送信という方法が使われています。情報化社会の中で、取り残されたような状況です。厚生労働省は、整備には都道府県を超えての個人情報の取り扱いについての課題やセキュリティー上の問題があると言いますが、ことは子どもの命に関わります。あふれる虐待情報の中から本当に瞬時に対応しなければならないものを判別しなければならない職員の負担を軽減する意味でも早急に取り組む必要があります。
今回の問題点の検証は、香川、東京双方が協力して行うことが不可欠です。ただ、求められるのは、多くの児童虐待事案を抱えて懸命に解決に向けて対応している職員個人の対応の問題に矮小化することではありません。今の児童相談所の仕組みの中にどんな問題点があり、それを解消するために必要なことは何なのかを明らかにすること。同じような状況で助けを求めている子どもがいることを前提に対策を急ぐことが、われわれ大人に課された責務だと思います。
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