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「“オモテに出てはいけないおじさん”二階俊博の時代錯誤
6/30(土) 7:00配信
「 オモテに出てはいけないおじさん 」(byプチ鹿島)こと、自民党の二階俊博幹事長がまた問題発言を行った。いったいどのような意図で発言したものなのか? その前後を追ってみた。
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二階俊博 自民党・幹事長
「この頃、子供を産まない方が幸せじゃないかと勝手なことを考える人がいる」
産経ニュース 6月26日
自民党の二階俊博幹事長が26日、東京都内で講演し、少子化問題について「この頃、子供を産まない方が幸せじゃないかと勝手なことを考える人がいる」と語った。ネットでは「国として少子化対策でやるべきことをやらず、子どもを産み育てにくい社会にしておきながら、個人の選択を非難するな」というような批判が相次いだ。
二階氏は同講演で「戦前の、みんな食うや食わずで、戦中、戦後ね、そういう時代に、『子どもを産んだら大変だから、子どもを産まないようにしよう』といった人はないんだよ」と語った上で、先の言葉を発言した(TBSラジオ「荻上チキ・Session-22」6月26日)。発言の主旨を読み解くと、これからの日本を子どもがたくさん生まれた「戦前、戦中、戦後」のようにしていこう、そう思わない人は「勝手なことを考える人」だということになる。
言うまでもなく、子どもを産んで幸せを感じるのも、子どもを産まなくて幸せを感じるのもその人の自由だ。子どもを産みたいと思っている人が、子どもを産んで育てやすい環境を整えるのが政治家の仕事であって、特定の家族観、価値観を押し付けるのが仕事ではない。
今年5月には自民党の加藤寛治衆院議員が「新郎新婦には、必ず3人以上の子どもを産み育てていただきたい。結婚しなければ、ひとさまの子どもの税金で老人ホームに行くことになる」と発言、批判を浴びて謝罪、撤回したが、その後、「全国から多数の賛同が寄せられていることを考えると批判は当たっていないのではないか」と反発した(NHK NEWS WEB 5月27日)。
昨年11月には、自民党の山東昭子元参院副議長は「子供を4人以上産んだ女性を厚生労働省で表彰することを検討してはどうか」と発言して物議を醸した(朝日新聞デジタル 2017年11月21日)。
萩生田光一幹事長代行も今年5月に「赤ちゃんにパパとママどっちが好きかと聞けば、ママがいいに決まっている」と失言している。
ただし、二階氏は発言を撤回していない。間違ったことは何一つ言っていないと思っているのだろう。
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「私の家庭も残念ながら子宝に恵まれていない。産むか産まないかは本人の選択に委ねられるべきだ」
時事ドットコムニュース 6月27日
二階氏の発言には与野党の幹部から批判が相次いでいる。立憲民主党の辻元清美国対委員長は「『産めよ、増やせよ』の発想からまだ抜け出していないのか」と批判。国民民主党の舟山康江参院国対委員長は「産みたくても産めない人もいる。非常に不適切だ」と反発した。一方、自民党の岸田文雄政調会長は記者会見で「幸せの形は人それぞれだ」と発言。公明党の石田祝稔政調会長は「それぞれ家庭の考え方もある。ちょっと言い過ぎたのではないか」と二階氏の発言をたしなめた。
27日の党首討論でも二階氏の発言の是非についての議論が行われ、立憲民主党の枝野幸男代表は自らの不妊治療の経験に触れつつ、安倍首相に「二階氏の発言は看過し得ない。党総裁として指導を求めたい」と訴えた(時事ドットコムニュース 6月27日)。その際、枝野代表から「総理として、子どもを産まないほうが幸せだというようなことを考えてる人は勝手な人だという認識をお持ちでしょうか」と問われて、安倍首相は上記のように返答した。まったくその通りだ。
一方、安倍首相は過去に「大家族で支え合う価値を社会全体で改めて確認すべきだと思います」とも発言している(首相官邸HP 2014年7月19日)。大家族も、子どもがいない家族も、それぞれの幸せを追求できる社会にしていただきたい。
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二階俊博 自民党・幹事長
「みんなが幸せになるためには、これは、やっぱり、子どもをたくさんを産んで、そして、国も栄えていくと、発展していくという方向にみんながしようじゃないかと」
TBSラジオ「荻上チキ・Session-22」6月26日
これも26日の講演で二階氏が発言したもの。「みんながしようじゃないか」という言葉からは、二階氏が感じる「勝手なことを考える人」たちへの疎ましさがにじみ出ている。
佐賀県教職員組合や保護者らでつくる「民主教育をすすめる佐賀県民会議」は、28日、二階氏と安倍首相に抗議文を提出した。抗議文には「結婚・出産は個人の自由意志に基づいて決定される」とし、「憲法13条は、個人の自由意志と自己決定権があることが書かれている」と指摘した上で「発言に強く抗議する」と記されていた(佐賀新聞LiVE 6月29日)。
なお、自民党は憲法13条の改正を試みている。自民党の憲法改正案では、「公共の福祉に反しない限り」という言葉を「公益及び公の秩序に反しない限り」に、「個人」という言葉を「人」という言葉に書き換えることが提案されている。
ダイバーシティなどに詳しい山口一男シカゴ大学教授は自民党の憲法改正案について、「『公益』は『国益』に近く『国民の利益』はその一部ではあってもすべてではない。特に『公益』の意味のあいまいさは、その解釈が政府にゆだねられることに結びつきやすく、そうなれば政府のあり方次第で国民ひとりひとりの自由が大きく制限される可能性を生む」と指摘している(ハフィントンポスト日本版 2016年6月14日)。
二階氏の「子どもをたくさん産んで、そして、国も栄えていくと、発展していくという方向にみんながしようじゃないかと」という発言はそれだけを読めば間違ったことは言っていないようだが、「勝手なことを考える人」という発言とセットで考えると、ちょっと背筋が寒くなる。ヘイトスピーチなどは論外だが、「公益」「国益」は個人の自由を制限するものではない。
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二階俊博 自民党・幹事長
「『今晩、飯を炊くのにお米が用意できない』という家は日本中にはないんですよ。だから、こんな素晴らしいというか、幸せな国はないんだから」
TBSラジオ「荻上チキ・Session-22」6月26日
これも二階氏が26日の講演で行った発言。話の流れとしては、豊かで素晴らしい国なのだから、みなさん子どもをもっと産みなさい、となる。貧しかった戦前、戦中、戦後の時代でも子どもがたくさん生まれたのだから、今の時代に子どもがたくさん生まれないのはおかしい(産まないほうが幸せだと勝手なことを考える人がいる)、とも読める。
まず、「『今晩、飯を炊くのにお米が用意できない』という家は日本中にはない」という二階氏の認識は正しいのだろうか?
元大蔵官僚で衆院議員の大串博志氏は自らのブログで「世の中を全く見ていない発言だとしか言えません」「自民党にはそういう恵まれた人たちに囲まれた議員さんが多いのかもしれません。しかし現実は、例えば子どもの貧困ひとつとっても、日本は大変な状況になっています」と二階氏の発言を批判した(6月26日)。
教育社会学者の舞田俊彦氏は『世界価値観調査』(2010〜14年)の「この1年間、十分な食料がない状態で過ごしたことがある」という質問項目を取り上げている(ニューズウィーク日本版 2月22日)。日本の回答者2443人(16歳以上)のうち、「しばしばある」ないしは「時々ある」と答えた人は121人に上る。飢餓経験率は5.0%、国民の20人に1人にあたる。また、舞田氏は「飢餓経験率をみると、若年層・低学歴層ほど高くなっている。30歳未満の義務教育卒(中卒)の群では17.9%、6人に1人が飢えを経験している」とも指摘している。
また、国立社会保障・人口問題研究所が2012年に行った「生活と支え合いに関する調査」で「食料の困窮経験」を尋ねているが、それによると過去1年間に経済的な理由で家族が必要とする食料が買えなかったという経験を持つ世帯は、14.8%に上るという。6世帯中1世帯が食料の困窮を経験していることになる(日経ビジネスオンライン 2014年7月29日)。
まずは二階氏の日本という国に対する認識から改めてもらわなければいけないのかもしれない。
大山 くまお」
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180630-00007966-bunshun-pol
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