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金正恩にすがるしかないトランプとアベの国内事情
https://news.yahoo.co.jp/byline/tanakayoshitsugu/20180617-00086609/
6/17(日) 20:24 田中良紹 | ジャーナリスト
史上初の米朝首脳会談に世界の目が釘付けになった2日後、トランプ大統領は72歳の誕生日を迎えたが、その日にニューヨーク州司法長官はトランプ大統領と3人の子供、そしてトランプ財団をニューヨーク州高等裁判所に提訴した。
提訴の内容は、慈善団体であるトランプ財団に寄付された資金をトランプ一族が2016年の大統領選挙や自己目的の取引に利用する「広範で継続的な違法行為」があったとするもので、司法長官は財団の解散と280万ドル(約3億円)の罰金を求めた。
翌15日にはトランプ大統領のロシア疑惑を捜査するモラー特別検察官が、ポール・マナフォート元選挙対策本部長を追起訴したことで、マナフォート氏は逮捕され収監されることになった。
マナフォート氏はフォード大統領以来複数の共和党大統領候補の選挙に関わってきた人物だが、同時に2004年以来ウクライナで親ロシア派のヤヌコビッチ元大統領の選挙運動を10年にわたり支えた人物でもある。
2016年春にトランプ陣営に参加し選挙対策本部長になったが、ウクライナ時代の不正疑惑が発覚して8月に辞任した。しかしその後もトランプ大統領との関係は続いていると見られてきた。
モラー特別検察官にとってマナフォート氏はロシア政府やロシアの新興財閥が2016年の米大統領選挙に介入した疑惑を解明するキーマンの一人である。もう一人のキーマンであるマイケル・フリン元国家安全保障担当大統領補佐官は既に罪を認め捜査に協力する姿勢を示している。
マナフォート氏の収監は疑惑解明のため捜査に協力させようとするモラー特別検察官の執念を感じさせる。こうした動きに対しトランプ大統領は今月に入り3000人の恩赦を考慮していると発表し、さらに自分には自身に恩赦を与える絶対的権利があるとツイッターに書き込んだ。
これにはロシア疑惑で訴追されても特別検察官の捜査には協力するなと露骨に牽制する意味が込められており、それほどトランプ大統領は追い詰められているのである。であるが故にトランプには北朝鮮の非核化に国民の目を集中させたい思惑がある。
それがないと中間選挙に勝てる見込みは薄く、下院で過半数を失えば政権運営は片肺飛行となり、2020年の大統領再選など夢のまた夢になる。トランプが北朝鮮の金正恩委員長に最大限の誉め言葉を羅列し、非核化を中間選挙と次の大統領選挙のスケジュールに合わせて段階的に行おうとするのはそのためである。
そうした事情を金正恩は冷徹に見ている。トランプが金正恩を「交渉者」として褒めちぎるのは金正恩に「敵ながら天晴れ」と思わせる戦略性があるからだ。金正恩は2018年が平昌オリンピックと北朝鮮建国70周年に当たることから、そこに合わせて米国本土を射程に入れる核開発を急がせた。米国と対等の立場で平和交渉に臨むためである。
世界中からどんな非難を受けようとも2017年は核とミサイル実験を頻繁に繰り返し、11月に米国全土を射程に入れるミサイル実験を成功させたところで実験を中止した。技術的にはあと一歩で本当に米国本土を核攻撃できる。しかしそこまではやらない。私が感心したのはこの「寸止め」である。
そして2018年の年頭の辞で金正恩は一転して平和攻勢をかけてきた。戦略的に物事を考える米国にはその意思が通じた。水面下で諜報機関同士の交渉が始められたのはその頃だと思う。表で互いに批判しながら裏では本音を探り合う。金正恩が理性的で戦略的思考を持つリーダーであることを確信できたことから、トランプはニクソンの真似を始めた。
泥沼のベトナム戦争から撤退するためにニクソンがやったことは自分が北ベトナムを核攻撃する「マッドマン(狂人)」だと周囲に思わせたことである。その一方で秘密裏にキッシンジャーが北ベトナムの後ろ盾である中国と手を結び、米国はベトナム戦争から撤退することが出来た。
米国民に北朝鮮による核戦争の恐怖を味合わせなければ北朝鮮と妥協することは出来ない。しかもトランプには女性スキャンダルやロシア疑惑から国民の目をそらす必要があり、軍事的緊張を高めることは理に適っていた。
しかし軍事的緊張は高めても現実に軍事行動をとる判断は最初からなかった。米朝首脳会談後の記者会見で、トランプは米国が軍事攻撃すれば2000万人が死ぬと発言したが、それは北朝鮮が韓国のソウルだけでなく在日米軍の中枢がある東京をミサイル攻撃することを意味している。
金正恩は水面下の交渉で軍事攻撃された場合の北朝鮮の対抗戦術の一端を米国に明かしたのかもしれない。GDP世界15位の韓国と世界3位の日本の経済が壊滅することを知らされれば米国に北朝鮮攻撃のメリットはない。そしてトランプには理性的で戦略的な金正恩の存在が自らの今後の政権運営に欠かせない存在だと思わせた。
一方、トランプの存在がなければ金正恩の考える北朝鮮の未来もない。他の政権であれば人権問題が最優先され、また米国による一極支配の幻想に取りつかれた政権なら民主主義の価値観を押し付けてくる可能性があり、話がスムーズに進まない。金正恩にとってもトランプ政権は都合が良い。トランプ政権の延命を助けることが北朝鮮のメリットになる。
お互い都合の良い関係に見えるが、しかし私の見るところ金正恩が有利である。トランプ政権を倒そうとする勢力は米朝合意を批判は出来ても破棄させることは出来ない。そんなことをすれば核戦争の恐怖が再び現実的になり国民の支持は得られない。
トランプ政権を攻撃するポイントはやはりロシア疑惑、女性スキャンダル、そして一族を巻き込んだ金銭スキャンダルになる。そうなればトランプが支持率を上げるのは北朝鮮の非核化に絞られ金正恩の協力が不可欠になる。金正恩はトランプの足元を見ながら協力する。トランプは金正恩にすがることになる。
トランプ政権が北朝鮮に融和的になると、これまで強硬姿勢を貫いてきた安倍政権が得意の「すり寄り外交」を発揮して一夜にして態度を変えた。米国を見習って金正恩との信頼醸成を図るという。しかしどうやって信頼を醸成するのか。その戦略は見えない。
そしてトランプ政権と同様に安倍政権にも「負」の国内事情がある。「働き方改革国会」と大見えを切った手前、何が何でも働き方改革法案を強行採決するしかない。また米国に金儲けのチャンスを与えるカジノ法案も強行に成立させる必要がある。
「森友・加計疑惑」で国民の信頼を失っている中での強行採決の連続は安倍政権の体力を奪う。また少し前まで北朝鮮危機を煽って「米国と日本は一体である」と宣伝していたのが、「一体でなかった」ことが白日の下にさらされた。しかも米国の融和姿勢に同調せざるを得ないのだからみっともない。
しかし国内の問題に目を向けさせないようにするにはトランプと同じように金正恩にすがるしかない。安倍総理は拉致問題を解決するため日朝首脳会談を行う決意を固めたというが、それを自力で行う能力が日本にあるかと言えば相当に疑わしい。米国だけでなくロシアや中国、韓国などあちらこちらに「お願い」をしないと難しいのではないか。
それもこれも北朝鮮には断固とした態度を見せると、様々な日朝ルートを断ち切って来た愚かな政策によるのだから自業自得というしかない。そして致命的なのは頼りにしたトランプが拉致問題を「人権」ではなく「経済」の取引として語ったことだ。
トランプは米朝首脳会談を実現させるために「人権問題」を脇に置くことにした。金正恩に安倍総理から頼まれた拉致問題に言及した際も「日本から経済支援を受けるためには安倍総理と拉致問題を話し合う必要がある」と言い、金正恩が「安倍総理と会ってもよい。オープンだ」と応じたという。
これを「前向き」と捉えたのだろう。安倍総理は「金正恩委員長の大きな決断が必要だ。期待している」と16日のテレビ番組で発言した。しかし期待するのは勝手だが何をどのようにして実現するのか全く分からない。
トランプが米朝首脳会談で金正恩に語ったことはカネを払って取り戻す話だ。その翌日の朝鮮労働党機関紙「労働新聞」は大々的に米朝首脳会談の模様を伝えたが、拉致問題については触れられず、代わりになぜか「森友・加計疑惑」の記事が掲載された。安倍総理がスキャンダルまみれであることが報道されたことは、既に北朝鮮から足元を見られている事を示している。
一方でトランプは非核化にかかる費用を米国は出さず、韓国と日本に出させるというのだから筋が通らない。米国と韓国が出すなら日本も協力するというのが本来の話だと思う。しかもそれは拉致問題の解決とは関係がない。
小泉政権時の日朝交渉は日本が植民地支配した過去の清算として経済支援を行い、平和条約を結ぶ約束の中で拉致問題の解決が期待された。しかし現在の安倍政権は北朝鮮の非核化が終わらないうちは制裁を解除すべきではないとの立場である。そうなるとそれまでは拉致問題をカネで解決するわけにいかない。
完全な非核化はいつ達成するのか。技術的には10年かかるという見方もあるが、金正恩がトランプの大統領再選に協力するなら2020年の大統領選挙の前になる。つまり日本がカネを出せるのはおそらく2020年の直前あたりが最も早いタイミングで、それまでの日本に何ができるのかと言えば残念ながら私には見当がつかない。
「森友・加計疑惑」を抱える安倍総理がそれでも自民党総裁選挙で3選を果たし、2021年までの任期を確実にすれば自らの手で拉致問題を解決することは可能である。ただそれまで安倍総理は金正恩にすがる以外に方法があるとは思えない。
田中良紹 ジャーナリスト
1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。89年 米国の政治専門テレビC−SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰
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