米朝会談を終え、日本政府が抱いた懸念 田原総一朗の政財界「ここだけの話」 経済支援の中核は韓国でなく日本に2018年6月15日(金) 田原 総一朗 米朝首脳会談で米国のトランプ大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長は固い握手を交わした(写真:AFP/アフロ) 6月12日、シンガポールで歴史上初めてとなる米朝首脳会談が行われた。米国のドナルド・トランプ大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長による約13秒間という固い握手が注目を集めた。
米朝首脳会談が行われたこと自体はどのメディアも評価している。しかし、会談の中身についての評価は今ひとつだ。 首脳会談の前、ポンペオ米国務長官は北朝鮮の「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化」、いわゆるCVIDの要求を強調していた。しかし、その点は共同声明に盛り込まれなかったのである。 また、非核化をいつまでに決着するのかといった期限も示されなかった。ところがトランプ氏は、「北朝鮮の体制を保証する」と約束したのである。 以上の点から、金正恩氏にとって有利に事が運ばれたのではないかという声が挙がっている。トランプ氏は、安倍首相がかねてより強調している拉致問題についても言及したとするが、それに対して金正恩氏がどう反応したかは報じられていない。 全体的に見て、やはり北朝鮮側にとって有利に感じられる内容である。しかし、トランプ氏は米朝の実務者協議について「うまくいっている。過去の合意とは異なる真のディールがまとまるかどうか、間もなく判明する」とツイッターで強調していることから、このまま妥協で終わらせるつもりはないのだろう。 トランプ氏は米朝首脳会談の先行きに楽観的な見方を示しているが、ポンペオ国務長官は「北朝鮮が非核化に真剣に取り組もうとしているのか見極める必要がある」と慎重な姿勢を崩さない。 そもそも、なぜトランプ氏は米朝首脳会談の実施を決めたのか。冒頭でも述べたが、今回の米朝首脳会談は歴史上初である。トランプ氏は歴代大統領が実現できなかったことをやったわけだ。 トランプ氏は、言うならば歴代大統領ができなかったことをやるのが「好き」なのだ。特に、前大統領であるオバマ氏がやったことをすべて否定している。例えば、パリ協定離脱、オバマケアの廃止、環太平洋経済連携協定(TPP)からの離脱、イラン核合意の破棄。あるいは、オバマ氏が行わなかったシリア攻撃も同様だ。 つまり、オバマ氏やブッシュ氏のやったことを全部否定し、自身の成果を強調したいのである。米朝首脳会談も、その一端だ。 忘れてはならないのは、トランプ大統領の頭の中は、秋の中間選挙をいかにして勝つかという問題で占められているということだ。今のところ上院では勝つだろうと言われているが、下院では危ないとの見通しが強い。 もし、ここで負けるようなことがあれば、ロシアゲートの問題が再浮上してしまう。トランプ氏としては、なんとしてでも勝たなければならないのである。 「握手の瞬間」を米国のテレビ向けに設定したとの見方も そこで米朝首脳会談を実施し、北朝鮮に核廃棄を認めさせ、「屈服させた」と国民にアピールすることで、支持を集めようとしているのだ。 今回の米朝首脳会談の開始時刻は、日本時間では午前10時で、米国東部時間だと夜9時にあたる。これは、トランプ氏と金正恩氏との握手の瞬間を国民に対してテレビでアピールしやすい時間帯に設定したという見方がある。 今、世界中が懸念しているのは、トランプ氏が中間選挙に勝った後、北朝鮮問題はどうなるのかという点だ。もしかすると、トランプ氏は中間選挙の勝利さえ手にしてしまえば、ある程度満足してしまうのではないかという見方が広がっているのである。 果たしてトランプ氏は、CVIDを本気で実現しようと思っているのか。実現する場合は、いつまでに決着をつけようとしているのか。ここが大きな問題である。ポンペオ国務長官は、トランプ氏の任期が終わる2021年1月までに実現したいという意向を示しているが、この点について北朝鮮の同意は得られていない。 また、ポンペオ氏は非核化の決着がつくまでは米韓合同軍事演習は続けるとも強調した。世界に広がった不満と不安を抑えようとしたのだろう。 一部の専門家たちは、完全に決着をつけるには、10年以上の時間がかかるだろうと主張している。本当に2021年1月までの約2年半で決着がつけられるのか。北朝鮮問題を単に中間選挙でのアピール材料としてしか捉えていないのであれば、完全な非核化までは漕ぎ着けないだろう。 ここで日本が非常に心配しているのは、米国は大陸間弾道ミサイルの廃棄は主張しても、中距離ミサイルの廃棄には触れないのではないかということだ。要するに、米国は「本国にミサイルが届かなければいい」と考えるのではないか、ということである。 日本政府の懸念材料は、これだけではない。トランプ氏は、「北朝鮮の非核化に伴う経済支援は日本や韓国が中心となる」と主張している。ただし、韓国は、それほど経済的に豊かでないから、膨大な金額の支援は難しい。つまり、経済支援の中核を担うのは日本なのである。 今回の首脳会談で、北朝鮮の体制の保証と朝鮮半島の完全な非核化が共同声明に盛り込まれた。そこで、朝鮮戦争が終戦となる段階で、トランプ氏は日本に核廃棄に伴う経済支援を強硬的に要求してくる可能性がある。 トランプ氏はどこまで本気なのか。日本にどこまでの負担を要求してくるのか。日本政府は、拉致問題や中距離ミサイルの問題が片付かない限り、経済支援はしないだろう。引き続き注目していきたい。 安倍内閣をずっと支持する30%はどんな人たちなのか(写真:AFP/アフロ) 安倍内閣の支持率は、今年3月に森友・加計学園問題が再燃してから下落。ここ数カ月の世論調査では支持よりも不支持の比率が高い。自民党の一部には懸念する声も出始めている。
ただし、支持率は一気に下がるのでなくこのところは下げ止まり気味で、30〜40%を推移している。これだけの問題が明るみになったにもかかわらず、支持率が30%を切らない。そのことに多くの関係者が注目している。 理由の一つはやはり、野党に政権構想がないからである。国民は安倍内閣に不満を抱いている。しかし、代わりになるような野党が見当たらない。他に選択肢がないことが「3割」につながっている面がある。 ただし、それだけではない。どんな人が安倍政権を支持する30%なのか。そこから考えると、見えてくることがある。 先日、30歳前後の若者と話をする機会があり、僕はそこで大きな「発見」をした。彼らが政治に関心を持つようになった時期は、だいたい2009年の民主党政権以降なのである。つまり、20代、30代が知っている自民党政権は、安倍晋三政権だけだ。小泉純一郎政権も、中曽根康弘政権も知らない。 この時期を振り返ると、民主党による政権はあまりにも機能せず、極めて評価の低い政権だった。それが12年12月に自民党による政権となり、その後5回の選挙ですべて自民党が勝利している。 このため、若い世代から見ると、政権与党である自民党と安倍首相がそのまま重なる。逆に言えば、若者にとっては安倍首相以外の自民党の政権もなじみがない。安部政権は若者の支持率が高めだが、政権が長期化していること自体が、安倍内閣への支持につながっている面がある。 「若者は保守化している」わけでなく、あくまでも若者は安倍内閣以外の自民党政権を知らない、のだ。自民党内はかつて派閥間に活発な議論があり、それが首相交代を生み、大きな活力にもなっていた。しかし、若者は自民党にそうした側面があることを彼らは全然知らない。だからこそ、森友・加計学園問題が明るみになったにもかかわらず、30%が支持する状況になっている。 これに対し、上の年代はかつての自民党を知っている。だから若者に比べて安倍政権に対する見方が厳しい。安倍内閣を批判しているのは60代以上だと思う。「若年層の右傾化が強まっている」と言われることがあるが、実はそうではない。安倍内閣を支持する30%から考えると、そのことがよくわかる。 6月10日に投開票が行われた新潟県知事選挙についても言及しておきたい。自民党と公明党が支持した元海上保安庁次長の花角英世氏が当選。与党勝利という形になったが、候補者の獲得票数を比べると、花角氏の54万6670票に対し、野党5党等が推薦した前県議の池田千賀子氏は50万9568票である。自民党からしたら大勝利でなく、あくまでも僅差の戦いだったのだ。 僕は、この選挙は野党の失敗だったと思う。野党にも勝利のチャンスが大いにあった。ではなぜこの結果になったのかといえば、野党は戦略を完全に間違えたのである。 経済問題に全く踏み込まなかった 今、新潟県の最大の問題は、経済の落ち込みである。僕はここ3年ほど、新潟県で開催されるシンポジウムに参加しているが、どうすれば経済を活性化できるかがずっと議論の焦点となってきた。 ところが、野党が推薦した池田候補に駆けつけた応援は、皆、森友・加計学園問題等の安倍政権批判と原発反対を繰り返していた。池田候補自身も、経済問題に全く踏み込まなかった。 新潟県の経済が悪化しているところに、モリカケ問題をアピールしても、県民には全く響かない。この点が、野党の作戦が失敗したところだと思う。 ただ、先にも述べたように、与党が勝ったといっても辛勝である。「新潟知事選で勝ったから安倍内閣は安泰だ」と威張れるわけではない。今回の新潟知事選挙では、自民党は辛勝だったのを忘れてはならないだろう。 このコラムについて 田原総一朗の政財界「ここだけの話」 ジャーナリストの田原総一朗が、首相、政府高官、官僚、財界トップから取材した政財界の情報、裏話をお届けする。
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