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竹下発言で「首相」を聞き漏らさなかった朝日記者にあっぱれ! 
http://www.asyura2.com/18/senkyo243/msg/600.html
投稿者 赤かぶ 日時 2018 年 4 月 26 日 00:42:05: igsppGRN/E9PQ kNSCqYLU
 

竹下発言で「首相」を聞き漏らさなかった朝日記者にあっぱれ!
http://85280384.at.webry.info/201804/article_274.html
2018/04/26 00:05 半歩前へ

▼竹下発言で「首相」を聞き漏らさなかった朝日記者にあっぱれ!

 自民党総務会長の竹下亘の24日の記者会見について通信社や新聞各紙は、「麻生氏の責任の取り方について辞めるのも一つだし、(疑惑を)解明するのも一つだと述べた」(毎日新聞)と報じた。

 朝日新聞だけが「竹下氏は、大臣なり首相は政治的責任を負っていると述べる一方、責任の取り方というのは、辞めるのも一つ、解明していくのも一つで、政治家個人の判断に委ねられている部分が大きい、とも話した」、と首相の安倍晋三に触れている。

 朝日以外の他紙が、竹下の発言を「聞き漏らした」のか?それと安倍晋三首相の部分を「もわざと除外」したのか?

 私は朝日の報道を信じる。なぜなら、朝日は社運を賭けて、社員一丸となって安倍政権と対峙しているからだ。特ダネの連発はその証だと私は受け止めている。

 些細なことまで聞き漏らさないように努めた結果、大臣なり首相は、の「首相」を逃さなかったのだろう。記者の意気込みの違いが左右を決したと言える。












 

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コメント
 
1. 日高見連邦共和国[8137] k_qNgoypmEGWTYukmGGNkQ 2018年4月26日 00:50:45 : 4S1xmGxtQQ : QYagr4zsEgg[18]

アッパレっ!


2. 地下爺[2311] km6Jupbq 2018年4月26日 01:54:57 : coCd0hPpjY : 9eHDE2776qA[207]


  ほんとだ あっぱれ!!


  うみみの親が 膿の親に 見えてしかたなかとです。(・へ・)



3. 2018年4月26日 02:28:59 : AKB67GaCh2 : rOxK_DunrP0[1]
「闘将星野に続くことわずか4ヶ月未満で鉄人衣笠選手もガンに倒れる」
!!!

日本の国家予算100兆円医療費40兆円でそのうち厚労省発表で10兆円がガンの医療費である。
ほんとうは超高価な抗がん剤や遺伝子治療や放射線治療を厚労省に認可させるための莫大な金を使ったロビイ活動がなされており、
これらの高額治療が開発で消費する電力料金(原子力ムラ)その他を補助金で賄っていることを併せて勘案換算すれば実質「国民が全額を負担する」ガン医療費は20兆円弱になっている。

これほどの巨額を毎年治療研究に費やしているとしたら、普通の国ならとっくの昔にガンなど消えうせてしまっているはずだが、
日本厚労省保険医療死因統計では毎年成人のガンによる死亡が激増して昨年はついに死因統計が始まって以来初めてガンが成人死因の第1位となった。
いまや成人国民の3人に1人以上がガンで天寿を全うできずに亡くなってしまうのである。それも、唐突に。

一体世界唯一の被爆国日本の厚労省医政局保険医療のガン治療研究医学界はなにをやっているのか。

恥を知れと思う。

奇跡体験アンビリーバボー!のユーチューブを紹介する。みんな見てね。

https://www.youtube.com/watch?v=NLIGGlboPWo

これは山がもたらした奇蹟などでは無い。
日本の病院の厚労省ガイドライン抗がん治療をすべて止めて日本脱出したら一発で治った実録である。

日本のガン医療は治療と称して毎年18兆円もの医療費を国民から治療費と称して詐取して、ただただガンで死亡する成人を日本国内で激増させている。
日本厚労省医政局役人の言いなりのガン医療に従事して日本中の成人をガンで夭逝させ続けている日本厚労省医師免許医師は、患者の病を治すべきなのに逆に巨額の治療費をかけて匙を投げ余命宣告しているだけではないか。

厚労省が押しつけるガン治療を止めてヒマラヤに登って本当に自力だけできれいさっぱりガンを治したこの人に日本のガン専門医者は何て言うのか聞きたいものだ。


4. 2018年4月26日 06:06:05 : fM5rPckMIs : oP@Lm5uP5lc[11]
日本のアホウヨが揃って朝日を攻撃するということがずっと続いていた。それに安倍晋三が乗り聞かれてもいないのに国会で朝日攻撃をやった。内容はいずれも噴飯ものだったが相当数の人を朝日に反感を持たせることには成功した。

しかし、今回のこと3月2日に始まる財務省の書類改竄以降の動きで本当のことを伝えているのは、朝日を攻撃している側でなくて朝日の方だとわかってしまった。


5. 2018年4月26日 09:11:47 : yRf3cFRv0Y : 26oiHu0xKl0[28]

「朝日があっぱれ!」というよりは、他のメディアに緘口令が敷かれている
だけではないか?。他社の記者がそこまでぼんくらとは思えない。

余りに酷い言論界という事だ。世界最下位かも。

今からでも遅くはない、朝日以外の各社は大きな見出しで、訂正記事を出せば
良い。

 訂正します。〇〇日の記事について、重大な書き洩らしがありました。
 自民党総務会長竹下亘様の発言内容で、「大臣は政治的責任を負っている」
 という報道部分は、「大臣なり首相は」が正しく、首相も政治責任を取る
 べきとの内容でした。謹んでお詫びいたします。
出来たら1面トップに出してもらいたい。

それさえ出来ない新聞社には各自確認要求をすればよい。
「あんたとこの記者はこんな大事な言葉を聞き洩らしたのか? あほか?」
「あんたとこの録音装置は壊れてないか?」


6. 2018年4月26日 10:43:49 : u3CLk7jj1w : r@bgIS1XgV4[27]

「聞き漏らした」のか?

いや、完全に忖度でしょ。。


7. 2018年4月26日 11:00:46 : oEpQxAsLuo : Ks3vXhTaXNs[155]
新聞やメディアが安倍政権を日頃から偏向せず厳しく権力と対していたなら安倍政権はここまで無責任になれなかったはずだ、辞職せざろう得ない、その為にメディアがある、しかし安倍政権になってからは特に言論統制やマスコミ支配が凄く世界の報道自由度ランキングでも一昨年は72位今はそれ以下に違いない。

8. 2018年4月26日 11:03:35 : Z0LaAKC6JA : al@Ndw@9NG4[448]
2さんのおっしゃる通りです。

アベこそがウミでぐじゃぐじゃの傷口であり、そこに群がって膿をドクドク流させる悪質のばい菌であると思わせるほど、すべての疑惑の発生源はアベにあるのではないか。

自浄作用の全く働かない自民党、現況を眺めると一部の人を除いてはすべてが悪とウソに賛同する集団と思えるのだが。


9. 2018年4月26日 11:10:05 : 1Ffvmn43Hw : BWvtiGc3W7s[325]
2. 地下爺
>生みの親が 膿の親に 見えてしかたなかとです。


えっ?
安倍晋三総理大臣が膿の親で漢字変換正しいんじゃないの?
違うの?


10. 2018年4月26日 11:17:14 : YmENoKNRwI : bHQgh8j8IvY[5]
これはNHKで放映してた。
竹下氏は「大臣なり総理は」と言ってた。
ほう、総理と言ったね、とちょっと驚きました。

愛媛県庁の「首相案件」という備忘録で分かったのは
どうも業界では「総理」が話し言葉で、「首相」が書き言葉らしいね。

だから「総理」としゃべると記事では「首相」となるらしい。


11. 2018年4月26日 14:13:44 : axpLObLvlI : sWGOthgLIR4[23]

よく読んでよく比較しているブロガーもすごい。

尊敬に値する。

朝日以外は談合だろうか。


12. 2018年4月26日 14:17:01 : axpLObLvlI : sWGOthgLIR4[24]

>だから「総理」としゃべると記事では「首相」となるらしい

総理も首相も同じ意味だし、愛媛県のメモ書きもそうなのだろう。


13. 嫌韓[2266] jJmK2A 2018年4月26日 18:24:36 : r7mwyoz4Tc : YoJyBWmdboQ[3]
なぜに安倍首相とか麻生副首相を辞めさせねばならんのか???

いいかい、内閣が辞職するのは選挙で負ける危険性があるときだ。
鳩山は継続したら民主党が大敗すると言う見通しから辞めさせられたのだろう?
すっから菅も同様に無理やり辞めさせられた。

さて、安倍首相を辞めさせる理由は何なのだ??
今の野党の支持率は全く上がっていない。

また解散すれば、野党は更に減る。
自民党は安全圏にいる。
そして、安倍晋三君は完全な安全圏にいる。

可哀そうだが、そういう事だ!!


14. 2018年4月26日 19:01:42 : 1gfy8eT9pc : sa_IFkzDIK0[111]
長引けば長引くほど安倍政権にはボロが出る。もうちょっとやらしといて。何が出てくるか楽しみ。

15. 2018年4月26日 19:32:53 : ko26sK7Jns : 7n4175HkFF8[6]
3. 2018年4月26日 19:31:35 : ko26sK7Jns : 7n4175HkFF8[5]

▲△▽▼
14. 2018年4月26日 19:29:25 : ko26sK7Jns : 7n4175HkFF8[4]

▲△▽▼
下記のブログが、テレビやマスコミを通じた洗脳政策に、無知な日本国民にとっては
ある意味タイムリーな内容の記事を掲載しているね
英国政府の下部機関、在日電通が、英国王室や政府が信奉する悪魔教とそれに則った
性奴隷システム構築を、テレビやマスコミを通じて実行していると判断すべきなのさ
全国でテレビやマスコミを通じて洗脳された、芸能タレント崇拝、将来の職業テレビタレント、
夢という言葉でたぶらかされた幼い少女たちをリクルートして、囲い込み
このシステムで青田買いされた少女が、NHKの総合やEテレで大勢テレビ番組に出演させている
火付け役は、他でもない、英国王室や政府の悪魔教政策を日本で実行している、在日電通やNHK
自体なわけさ


https://shanti-phula.net/ja/social/blog/?p=159588

当該報告書が説明するには、トランプの権力掌握によって脅かされることとなった何十年にも及ぶ英国の悪魔的グローバリストの目標とは、小児性愛の正常化であり、

これは【既に】EU 諸国の大半が歴史的には18〜21歳だった【結婚や性交の】承諾年齢を14〜16歳に引き下げたことにも見られており、

更にはヒラリー・クリントン大統領政権が実現していればルース・ベイダー=ギンズバーグ判事に率いられた米国最高裁判所がアメリカの人々に対して(同性愛婚などの道徳的に堕落した諸々の慣行を押し付けたように)、欧米のエリート層が最も【望ましいと】支持している12歳未満へと承諾年齢を引き下げるよう強制するというのがその基本計画だったのです。

――そしてこれは、性目的の人身売買という邪悪な慣行の合法化と共に、ギンズバーグ判事が長らく擁護してきた内容でもあります。


16. 2018年4月26日 23:09:52 : W4q0uYSzEw : 8ItuC81dLd4[1]
総理は、慎重に丁寧に(の〜んびり時間をかけて)疑惑の解明に努めて
頃合いの良い時期に、国民の信を問えばよろしい

国対委員長が解散をチラつかせたら、
本来、野党なら解散は歓迎すべきことなのに
「脅しか」などと発言しているようでは
今の野党に勝ち目は全くないと自ら自覚しているようだw


17. 豊岳正彦[3] lkyKeJCzlUY 2018年4月26日 23:28:15 : AKB67GaCh2 : rOxK_DunrP0[4]
へいけんこんブログよりheikenkon.cocolog-nifty.com/blog/2015/08/post-663b.html

2015/08/10

砂川事件最高裁判決は「憲法の神髄」から見て誤っている
砂川事件最高裁判決は「憲法の神髄」から見て誤っている
内藤 功

――前回の新井章先生のご論考に続き、私たちは砂川事件最高裁判決についてさらに考えてみたいと思います。以下は、8月8日に内藤功先生の事務所で行われたインタビューの内容をまとめたものです。(O)

 1959年3月30日に東京地裁が、米軍駐留を許す政府の行為は憲法違反であるという判断(いわゆる伊達判決)をして、1959年12月16日に最高裁大法廷が全員一致でこれを破棄しました。
その破棄の理由は2つあります。
日本に駐留するアメリカ合衆国軍隊は日本の指揮管理する軍隊でないから、憲法が禁止する戦力に当たらないと、こういう形式的な理由がひとつ。
もうひとつは、日米安保条約のように高度に政治性のある問題は、司法審査権になじまない、範囲外だと。
この2点で破棄したわけですね。
その傍論としての、憲法は自衛権を否定しない、自衛の措置を禁止しないという部分を、安倍政権は戦争法案が違憲でないという根拠にしています。

 問題は日本国憲法前文のとらえかたにあります。
第1審判決は、前文第1段の「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないように」という戦後政治の原点のところを引用して、これを第二段の「恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚」、ここにつないでいる。
「人間相互の関係を支配する崇高な理想」とは、人と人が殺し合わない、ということです。
武力を使わないことです。

 第1審判決はさらに憲法前文第2段の「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を維持しようと決意した」、これは前を受けますから、武力によらずに各国民の公正と信義に信頼するというふうにつながる。
だから第1審判決は、「自衛権を否定するものではないが、侵略戦争は勿論のこと、自衛のための戦力を用いる戦争及び自衛のための戦力の保持も許さない」という憲法解釈をしているわけです。
武力を用いないという思想が一貫している、これが憲法の制定経過、帝国議会の論議を経てきた憲法の真髄だと思います。

 ところが最高裁判決の文脈はどうかといいますと、まず憲法前文第1段の「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないように」というところを引用しながら、かんじんの第2段の冒頭の「恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚」、この部分は引用していません。
そして前文第2段の伊達判決が言わなかったところを引用している。
どういうところかというと、「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占め」たいと、この部分を引用している。

次に最高裁判決は憲法前文から、「全世界の国民がひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」と、平和的生存権を引用している。
さらに続けて自衛権の存在を認めたうえで、憲法前文第2段の前のほうに逆戻りして、「わが国の防衛力の不足」は「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼」することによって補うのだから、米国などに安全保障を求めることは禁じられていない、としている。

 つまり砂川事件第1審判決も最高裁判決も、憲法前文の「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼」して「われらの安全と生存を保持」というところを引用しています。
けれども、伊達判決は戦争の惨禍の反省から人間は殺し合ってはならない、だから世界の国民の公正と信義に信頼、とつながっている。
これに反して最高裁判決は「名誉ある地位を占める」と「平和のうちに生存する」の2つを、防衛力の不足を補うため「諸国民の公正と信義に信頼」と、こういうふうに結びつけている。


「憲法の真髄」というものは、ポツダム宣言以来の歴史的、政治的経過の下で捉えるべきだし、5か月にわたる帝国議会両院での審議と政府の説明によって判断すべきです。
やはり伊達判決の方が正しい、最高裁のほうが憲法前文をねじ曲げたものだと思います。
ですから最高裁判決は「憲法の真髄」から見て誤っていると断定していいと思います。


 さて、いま国会で審議されている戦争法案に関して政府は砂川事件最高裁判決から、2つの誤った態度をとっています。

ひとつはいま申し上げた、個別的自衛権の名の下に武力を行使する、平和的生存権をその論拠にするということです。

もうひとつの誤りは、日本自体が武力攻撃を受けていない場合でも密接な関係のある他国への武力攻撃の応答でも武力をもって参戦できるという、集団的自衛権の根拠にしているということです。


自衛権や自衛措置という最高裁の論理は個別的自衛権の中でも米軍の駐留を認めるという、せいいっぱいそこまでを認めたものであって、日本の自衛隊が海外に出て行って、密接な関係にある他国への攻撃を排除する、このような集団的自衛権行使はここからは出て来ない。

あの裁判は米軍駐留が違憲かどうかが争点だったのであって、立川基地に当時自衛隊は全然いなかったのですから、論議になるわけがないですね。

当時、我々弁護人、検察官、裁判官の共通認識として、自衛権と言えば個別的自衛権だけで、集団的自衛権を含めた自衛権を論議するなどという頭は全然なかったのです。


なお、自衛隊イラク派遣についての名古屋高裁の2008年4月17日の判決は、日本の判例として初めて、平和的生存権について具体的な定義をしております。

自国の行う戦争あるいは軍事活動によって国民の権利・生命・自由が脅かされないようにする、これを差し止める国民の権利として認めているわけですね。

砂川事件最高裁判決は、平和的生存権を、集団的自衛権の武力行使の根拠にしているので、考え方が全然間違っていると思います。

平和的生存権という考え方の発祥は1941年8月の大西洋憲章だと言われます。

チャーチルとルーズベルトの共同宣言。

文脈の第1は、ナチの圧政を頭に置いて、「すべての国民がその国境内で安全に居住することを可能とし、すべての国、すべての人類が恐怖と欠乏から解放され、生命を全うすることを保障するような平和」を求めるとしている。

第2はグローバルな観点ですが、「世界のすべての国民が実際的、精神的のいずれの見地から見ても武力使用の放棄に到達しなければならない」と述べています。

これは後の国連憲章の精神に通じるものです。

第3は、「軍備が国境の外における侵略の脅威を与える国」について、これは日本とドイツですが、これがある限り「将来の平和は維持されない」と述べています。

第4は、「広範で一般的な安全保障制度が確立されるまでは、このような国の武装解除が不可欠」だと。

最後に第5、「平和を愛好する国民のために、軍備負担を軽減する、すべての実行可能な措置を援助する」と続けています。

この文脈からみても、やはり、平和的生存権というものはすべての国民に与えられており、武力行使の放棄や軍備負担の軽減につながるものだと受け取れます。

これが平和的生存権の出発点です。

平和的生存権というものを歴史的な本来の意味からまったく逸脱して、こともあろうに武力による自衛の根拠にしていることの誤りをいま強調することは大事な点であると、砂川事件の弁護人のひとりとして思っています。

2015/08/10 平和的生存権


18. 豊岳正彦[4] lkyKeJCzlUY 2018年4月26日 23:46:49 : AKB67GaCh2 : rOxK_DunrP0[5]
へいけんこんブログheikenkon.cocolog-nifty.com/blog/2015/08/post-b8cc.html

2015/08/07

憲政の邪道 暴走する安倍政権
憲政の邪道 暴走する安倍政権
――集団的自衛権と立憲主義

新井 章(砂川事件弁護団)


【編集部によるまえがき】「平和に生きる権利」は武力によらない安全保障
国会で審議中の安保法案=戦争法案に対して、多くの憲法研究者や法曹界から「違憲」の声が挙がっています。
これに反して、安倍政権が苦しまぎれに「合憲」の根拠としているのは3つです。
1959年の砂川事件最高裁判決、1972年の集団的自衛権に関する政府見解、そして「我が国をめぐる安全保障環境の変化」。
私たちはとくに砂川事件最高裁判決にこだわります。
なぜなら同判決が「自衛権は国家固有の権利」と主張するすぐ前に、日本国憲法前文の「平和のうちに生存する権利」を挙げているからです。
つまり「平和に生きる権利」が武力(この場合は駐留米軍)による安全保障を肯定する論理になっています。
私たち「平和に生きる権利の確立をめざす懇談会」は、日本国憲法の平和主義を守り広げる=武力によらない安全保障を求める運動を、1985年以来、30年にわたって続けてきました。
いま日本が再び海外で戦争をする国になるのか、という平和運動の正念場にあたって、あらためて「平和に生きる権利」を考える連載をお届けします。
その第1回は、砂川事件弁護団の新井章先生からご寄稿いただいた以下の論考です。(O)

1.集団的自衛権問題と砂川事件最高裁判決

1−1 安倍政権による集団的自衛権行使容認政策と安保法制改正(「戦争法案」)の企ては、多くの憲法学者から「違憲」の指摘を受けていよいよその法的正当性が疑われ、国民からの疑問や批判も強まっている。

 安倍首相や高村自民党副総裁らは、この苦境から脱するための窮余の一策として、こともあろうに半世紀前の砂川事件最高裁判決(1959年12月16日)を引き合いに出し、その判示に手前勝手な解釈を加えた上で、この判決はわが国が(集団的)自衛権を保有していることを認めているなどとして、あたかもこの判決が彼らのいう集団的自衛権行使容認の主張に「合憲」の“お墨付き”を与えているかのごとく強弁している。
 
 しかし、このような安倍首相らの主張の真偽を検証するには、@最高裁判決をこの裁判事件の第一審からの流れのなかに位置づけて、当時の最高裁がこの裁判事件に関して担わされていた任務や課題は何であったかを的確に把握することが必要であるし、それに加えて何よりも、A最高裁判決の内容そのものがどのような論旨を展開し、判示していたかが、予断をまじえずに客観的・正確に把握されなければならない。

2−1 そこで、まず@の点(裁判の経過)から検討すると、そもそもこの最高裁判決は、検察側の跳躍上告(控訴審を省略 刑事訴訟規則254条1項)により、日米安保条約とそれに基づく米軍駐留を違憲と断じた東京地裁の第一審判決(いわゆる伊達判決 1959年3月30日)を、直ちに速やかに再審査すべき任務の下で行われた裁判であった。

 それゆえに、上告審の審理判断の課題も、第一審判決が採り上げた上記の問題(争点)、すなわち日米安保条約と米軍駐留の憲法(9条)適否についての審判に絞られることになったのは、当然至極の成り行きであり、最高裁での審判の過程に、わが国の集団的自衛権やその行使容認の是非をめぐる問題(争点)のごときが“登場”する余地がなかったことは多言を要しないところである。

2−2 次にAの点(最高裁判決の内容)についてみると、この判決の判示は前段と後段との二部構成となっていて、
前段は、日本政府が安保条約を締結して米軍の全土駐留を許したことが、政府に「戦力の保持」を禁じた憲法9条2項に違反するかどうかという問題(争点)についての判示である。

この判決では、駐留米軍は日本(政府)が保持を禁止された「戦力」には該らぬと判断され、米軍駐留は「合憲」とされている。

 後段は、日米安保条約が「戦争放棄・戦力不保持」を定める憲法9条等の非武装平和主義の趣旨に適合するか否かという問題(争点)についての判示である。

この点に関する最高裁の判断は、日米安保条約の締結という事柄は高度の政治問題なので、司法判断を任務とする裁判所の審判にはなじまぬとする(「統治行為」論)、司法判断回避の結論となった。

 以上のような二段にわたる判決の内容(論旨)からしても、

この最高裁判決が日米安保条約と駐留米軍の憲法9条等への適合性という問題(争点)に集中して、

それ以外に、

わが国固有の(集団的)自衛権のあり方やその行使容認問題についてまで触れる筋合いのものでなかったことは明白であり、

ましていわんや、

安倍政権の主張する「集団的自衛権の行使容認論」に法的根拠=“お墨付き”を与えるような内容ではなかったことは、一点の疑いもない。


2−3 かくして最高裁判決がわが国の集団的自衛権問題に判断を加えたものでないことはもはや明らかである。

それでもなお安倍首相や高村氏は、判決の前半の部分で裁判所が、
「わが国が、自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために必要な措置をとりうることは、国家固有の機能の行使として当然のことといわなければならない」と説示している箇所をとり上げ、

ここで裁判所が「自衛のための措置」と述べるのは、

個別的自衛権も集団的自衛権も区別しない包括的な表現と読めるし、

少なくとも集団的自衛(権)を排除する趣旨とは解されないから、

この判決はわが国の集団的自衛権(行使)を否定していない(認めている)などと強弁している。


 しかし、この判決の前半が、わが国の有する個別的自衛権(の行使)に関して判示したものであることは、

その論脈からしても、文辞(「自国の平和と安全」「わが国の防衛力の不足」「わが憲法の平和主義は決して無防備・無抵抗を定めたものではない」等)に徹しても疑問の余地はなく、

彼らの立言は、断牽取義でなければ牽強付会の極みという以外にはないのである。


3 私は1956年に弁護士登録して砂川裁判の当時は開業3年目の若輩であったが縁あってこの裁判事件の上告審から弁護団に加わることとなり、

最高裁大法廷での口頭弁論から判決言渡まで、上告審の裁判の全過程に関与することができた。

従って、この裁判の経過や内容に関しては、“証人資格”をもつものの一人と自負してもいる。


2.集団的自衛権行使容認の閣議決定と立憲主義

 立憲主義(constitutionalism)とは、国家権力の行使が憲法の定めに則って行われるべきことを求める主張(思想、原理)であって、近代憲法上の大原則の一とされている。

 歴史的には、ヨーロッパ中世以降の王権等による絶対主義体制を克服・打倒する闘いの過程で登場したとされるが、

わが国現憲法においてもこの思想は貫徹され、

違憲立法審査制の導入(81条)や憲法の最高規範性の確認(98条)等の定めに具体化されている。


 ところで、安倍政権ははじめから承知の上で、

憲法9条や前文の定める平和主義(戦争放棄・戦力不保持)の原則を軽んじ、

9条等の下では集団的自衛権の行使は許されぬとしてきたこれまでの歴代政府による憲法解釈を、

「閣議決定」をもって敢えて「変更」し、

「集団的自衛権の行使容認」――米軍等との共同戦闘行動に踏み切ろうとしているのである。

 もし安倍政権がそのような軍事的な新方針を採択し断行しようとするのであれば、

その内容が憲法9条等の平和原則にも抵触しかねない重大性を帯びているという事柄の性質上、

堂々と「憲法の改正」の手続(憲法第9章)を踏んで行われるべきスジである。

憲法の改正手続が実現困難だからといって、

その手続を回避し、

一内閣の「閣議決定」という行政決定の手続をもって「憲法解釈の変更」(憲法条項の実質的改正)を成し遂げようとするのは、

立憲主義体制への挑戦という以外の何ものでもなく、

憲政の邪道を行くものとの非難を免れないであろう。


3.安倍政権は「戦争法案」の強行で何を狙っているか

 この点について安倍首相自身が語るところによれば、

彼にとっては1945年の第二次大戦での敗北は不本意で不名誉極まる出来事であり、

それに引き続く戦勝連合国の対日占領政策によってわが国の国家主権は制限され、

米占領軍の押しつけ憲法の下で、

日本の伝統的な政治・経済・文化は解体・改変され、

占領終結後も米国軍隊の駐留継続により、

独立国家としては不甲斐ない従属的な状態に甘んじ続けさせられてきた

――このような屈辱的な「戦後レジーム」からの「脱却」をこそ図るべきだというのが、彼の政治家としての信条、宿願であると思われる。


 そして、さような彼の願望を遂げる方策として、

@対外的には、日米軍事同盟における両国の立場の対等化を図り(集団的自衛権行使容認や「国防軍」の創設、海外派兵の恒常化等)、

日本を再び軍事大国に仕立て上げること、

また、

A国内的には、

戦後70年で築かれてきた平和・民主・人権のわが国政治体制を解体・再編し、

国家主義・権力主義的な旧体制(アンシアン・レジーム)を“復活”させること(その青写真が自民党の「改憲案」である)を企図し、

狙っているものと察せられる。


 戦前日本の帝国主義・軍国主義的な対外膨張政策(韓国併合や中国大陸侵攻等)がひき起こした、無謀な戦争とその惨禍に対する冷静で真摯な反省を欠いた、

このような安倍首相の「歴史認識」こそが、

国内的には昨今の「戦争法案」強行の基点をなしていると同時に、

国際的には中国・韓国等からの深甚な反撥を招き、

欧米諸国からも「右翼・ナショナリズム」との根深い不信を表明される現況を生み出しているわけである。


 このような安倍政権の危険で憲法違反が明白な“暴挙”を葬り去るために、

私たちは最後まであきらめることなく、全力で闘い抜かねばと決意している次第である。

2015/08/07


19. 豊岳正彦[5] lkyKeJCzlUY 2018年4月27日 00:43:01 : AKB67GaCh2 : rOxK_DunrP0[6]
blog.livedoor.jp/wakaben6888/archives/44242542.html

5月30
内閣総理大臣の孤独な闘い〜天皇制と日本の若者を救った幣原喜重郎(この仮説は知っておく価値がある)
カテゴリ:憲法歴史
 今晩(2015年5月30日)配信した「メルマガ金原No.2106」を転載します。

内閣総理大臣の孤独な闘い〜天皇制と日本の若者を救った幣原喜重郎(この仮説は知っておく価値がある)

 明日(5月31日)午後2時00分から、和歌山JAビル11階において、「九条の会・わかやま」連続講座「戦争しない国をいつまでも」の第1回が開かれます。
 各回とも、講座は2部構成となっており、前半は「九条の会・わかやま」呼びかけ人がお話され、後半で「憲法9条を守る和歌山弁護士の会」会員が法的な問題について講師を務めることになっています。
 明日の講座の内容はチラシから転記すると以下のとおりです。

1部 「ユネスコ世界遺産と憲法九条―その通底するもの」
     講師:江川治邦氏(元和歌山ユネスコ協会事務局長)
2部 「どこをどう変える安全保障関連法案〜その問題点は何か〜」
     講師:金原徹雄氏(弁護士) 

 是非、多くの方にご参加いただければと思います(もっとも、会場の定員は96名だそうですが)。

 ところで、先日、この連続講座のための「序論」として書いたものを、メルマガ(ブログ)でご紹介しました。

2015年5月24日
戦争法案 早分かりの術〜「どこをどう変える安全保障関連法案〜その問題点は何か〜」(5/31)序論

 今日はその続編です。
 もっとも、「序論」の続きは、普通であれば「本論」のはずなのですが、それは明日の本番で実際に話してみないと、講師の私自身にも、「どこをどう変える安全保障関連法案」の「肝」がどこかを断言しにくい、話してみて、ようやく自分でも得心がいくというところがあって(学習会の講師を務めた経験のある人なら分かると思いますが)、今日のメルマガ(ブログ)に書くのは「本論」ではありません。
 それでは何なのかといえば、多分「余論」といったものになるでしょう。ただし、非常に重要な「余論」であると思っています。
 「余論」として書きたいと思っていることは2つあります。
 1つは、日本国憲法9条が、日本の若者が「米国の尖兵」となることを阻止してきたという側面と、おそらくはそのことに自覚的であったと思われる総理大臣の「孤独な闘い」についてです。
 もう1つは、以前にもメルマガ(ブログ)で取り上げたことがありますが、自衛隊員による服務宣誓の問題です。
 今日は、その内の前者について考えてみたいと思います。

 5月27日、28日の両日、衆議院・我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会(平和安全特別委員会)における日本共産党の志位和夫委員長による質疑を視聴された方は、今次の戦争法案(政府は「平和安全法制整備法」及び「国際平和支援法」と呼称)が成立すれば、安倍晋三首相や中谷元防衛相がいかに遁辞を弄しようが、海外に派遣される自衛隊員が命を落とし、かつ第三者を殺傷するリスクが飛躍的に高まることを、具体的なイメージをもって得心されたことと思います。
※ちなみに、5月28日にメルマガで配信した後ブログにアップした記事(国会論戦はこうありたい〜志位和夫日本共産党委員長による安倍首相追及を多くの人に視聴して欲しい)は、主にFacebookでシェアを重ね、私のブログとしては驚異的なことですが、アップしてからの24時間で1,000余のアクセスを記録し、2日目に入った現在でもアクセスは続いており、この稿を書き始めた5月30日午後6時時点では、累計2,300アクセスを超えています。それだけ、多くの人の共感を集めているということでしょう。

 しかも、存立危機事態であれ、重要影響事態であれ、国際平和共同対処事態であれ、米国の意向と無関係な自衛隊の出動などあり得ず、それは改定された(第3次)日米ガイドライン(日米防衛協力のための指針)を一読するだけで明らかです。

日米防衛協力のための指針 2015年4月27日
The Guidelines for Japan-U.S. Defense Cooperation April 27, 2015

 我が国の自衛隊員がいかに危険な任務に投入されようとしているかは、「本論」で論じるべきことであり、上にご紹介した志位和夫氏による質疑の他、昨日のメルマガ(ブログ)でご紹介した龍谷大学の石埼学教授による講義などを視聴して勉強されることをお勧めします(龍谷大学・石埼学教授による日本国憲法講義「平和主義と安保法制」を受講しよう)。

 さて、以上を前提として、次には「なぜ日本の自衛隊員が米国のために命を落とさなければならないのか?」ということを考えざるを得ないのですが、安倍首相から、この最も根本的な疑問にまともに向き合った答弁があると信じる人はおそらく1人もいないでしょう。そんな誠実さが少しでもある政治家であれば、そもそもこんな法案を出してくるはずがなく、昨年7月1日の閣議決定もあり得なかったでしょうから。
 従って、この問いに対する回答は、私たちが自ら考える必要があります。
 そこで、私の意見ですが・・・と言うほど大したことでも何でもなく、多くの識者の意見を祖述するに過ぎませんが、「日本が米国に対する戦争に敗北したから」というものです。それも単なる敗北ではなく、ほぼ抵抗力を喪失する段階まで追い詰められた上での敗北であったということです。そういう意味から言うと、広島、長崎への原爆投下やソ連の参戦を回避できなかった当時の日本政府の判断ミスの代償は非常に大きく、現在にまで尾を引いていると言わねばなりません。 
 
 ところで、ポツダム宣言、特に7項、9項、11項などによれば、占領継続中の日本再軍備などあり得ないと考えざるを得ませんが、占領終結後の日本にもしも「9条」が無かったら一体どうなっていたか、ということを想像したことがあるでしょうか?
 例えば、(制定の経緯はともかく)現在の日本国憲法と非常に良く似た憲法が制定されており、ただ、「戦争の放棄」については侵略戦争の放棄だけが規定されていたとしましょう。そして、軍を保有すること、軍の指揮権が内閣に属すること、通常の裁判所とは別系統の軍事審判所を設置すること、そして、これらの軍事関連規定は独立回復後に施行されることという附則の付いた憲法があったとしましょう。
 いわば歴史を遡って「if」を考えてみるということなのですが、これは、「憲法9条」が果たしてきた歴史的機能を正しく理解するためには必須の作業だと思います。
 
 対日平和条約(1951年9月8日署名/1952年4月28日発効)が発効した時、現実に日本に存在したのは警察予備隊と海上警備隊でしたが、これを日本軍に改組するのに憲法上の障害が何もなかったとすれば、すぐさま軍隊に移行したことでしょう。
 当時、朝鮮戦争は既に膠着状態に入り、休戦が模索されている時期でしたし、そもそも単独講和であったため、すぐに日本が国連に加盟できる状況ではなく、日本軍が国連軍の一員として最前線で戦うということはなかったかもしれません。
 しかし、日本が軍を保有することについて憲法上の制約がないということであれば、当然、日米安保条約(旧条約1951年/新条約1960年)の内容も現在と同じものではあり得なかったでしょう。
 そして、ベトナム戦争、湾岸戦争、アフガニスタン戦争、イラク戦争と、米国が主導権を握って遂行した数々の戦争に、日本軍がいずれも出兵することなく、自国の兵士を戦死させずに済んだと想像することなど到底できない、ということについては大方の同意が得られるのではないでしょうか。
 ちなみに、ベトナム戦争に参戦した韓国軍は約5000人、オーストラリア軍は約450人の戦死者を出し、イギリス軍は、アフガニスタン戦争で約450人、イラク戦争で約180人の戦死者を出し、いずれもそれをはるかに上回る戦傷者を生み出しています。

 「9条」(とりわけその2項)の無い憲法を持つ日本が独立を回復したとして、米軍が本国に引き揚げて日本に駐留せず、日本が自前の軍隊を持つ自主独立の国になり得るような政治的・国際的条件が、1951年当時の我が国に存在したのか?ということが、かねて私が「自主憲法制定論者」や「押しつけ憲法論者」の主張に接するたびに感じる最も根本的な疑問なのです。
 彼らは、もしかすると日本が米国との戦争に完膚なきまでに敗れたという現実(法的には米国、英国、中国、ソ連からの降伏勧告を受諾)を直視するだけの勇気の持ち合わせがないのではないか?あわよくば敗戦など無かったことにしたいのではないか?と思うことがあります。そうとでも考えなければ、国会議員や閣僚というような責任ある立場の者が、堂々と靖国神社に集団で参拝することなど、本来出来るはずはないのですから。
※参照「なぜ総理大臣が靖国神社に参拝してはいけないのか?(基礎的な問題)」(2014年1月1日)

 仮に1951年当時の日本国憲法に「9条」がなかったとしても、独立回復後、ただちに国軍を再建していたとしても、やはり米軍は日本に駐留を続けただろうし、日米両国間の関係は、現実の歴史がたどってきた姿とそう大きく変わったものにはならなかっただろうというのが私の意見なのです。
 つまり、ベトナム戦争で、アフガニスタン戦争で、イラク戦争で、多くの日本の若者が「アメリカの尖兵」として戦い、傷つき、死んでいったに違いないと思います。そして、日本の兵士たちが、多くのベトナム人やアフガニスタン人やイラク人を殺傷していたことでしょう。この想像に私は確信を持っています。
 皆さんはどう考えますか?

 そして、連合軍の占領下にあって、いずれ日本が独立を回復したあかつきに、日本の若者が「アメリカの尖兵」となって血を流す姿を想定しながら、結果としてそれを回避するための「孤独な闘い」をした総理大臣がいたということは、まだ学会の通説というところまでは行っておらず、単なる仮説ではありますが、多くの日本人が知っておくべき仮説だと思います。
 ここまで書けばお分かりと思いますが、いわゆる幣原喜重郎・憲法9条発案説のことです。
 これまでも、何度かこの説を取り上げたことがあります。

2013年6月6日
“憲法9条 幣原喜重郎発案説”について(その1)
2014年8月30日
“平和主義と天皇制”〜「戦後レジーム」の本質を復習する
2014年9月1日
戦争に敗けるということ〜加藤朗氏『敗北をかみしめて』を読んで考える

 従って、この説の詳細は上記の文章に譲りますが、1945年10月9日から1946年5月24日まで内閣総理大臣の地位にあった幣原喜重郎(しではら・きじゅうろう)は、日本国憲法制定史を考える上での最重要人物の1人です。とりわけ、注目されるのが、以下の約3週間の動きです。

1946年1月24日
 幣原喜重郎が肺炎治療のためにGHQがペニシリンを融通してくれたことへのお礼を述べるためにダグラス・マッカーサー連合軍最高司令官を訪ね、通訳を交えず約3時間会談する。
同年2月1日
 毎日新聞が、内閣に設けられた憲法問題調査委員会(松本委員会)の改憲試案の1つをスクープ掲載した。
同年2月3日
 マッカーサーは、ホイットニーGHQ民政局長に憲法改正の必須要件(マッカーサー三原則)を示した。
同年2月4日
 民政局内に作業班が設置され、GHQ草案(マッカーサー草案)の起草作業が開始された。
同年2月13日 
 外務大臣官邸において、ホイットニーから松本国務大臣、吉田茂外務大臣らに対し、さきに提出された日本政府の憲法改正要綱を拒否することが伝えられるとともに、GHQ草案が手交された。

 幣原喜重郎は、内閣総理大臣として、他の閣僚とともに、GHQ草案の提示に衝撃を受けたことになっていますが、実は、1月24日の会談において、その後「マッカーサー三原則」と呼ばれるようになる新憲法の基本原則について協議していたのではないのか、というのが、憲法9条・幣原発案説、もしくは憲法9条・幣原・マッカーサー合作説というものです。
 なお、「マッカーサー三原則」というのは、現行憲法の第1章(象徴天皇制)、第2章(戦争の放棄、戦力の不保持)、第3章(国民の権利及び義務/マッカーサーノートでは封建制の廃止がうたわれている)に結実していますので、「9条」だけということではありません。
 それで、この説の根拠は何か?ということなのですが、1月24日の会談に陪席者がいなかった以上、当事者であるマッカーサーと幣原の証言をまずは聴くべきところ、マッカーサーの回顧録にはかなり明瞭に幣原からの提案であったと書かれており、幣原の著書、談話においても、1月24日に提案したとまでは言っていないものの、結論としては自ら発想したものとしており、さらに以下にご紹介するような、平野三郎衆議院議員(晩年衆議院議長を務めていた幣原の秘書官だった)による聞き書き(平野ノート「幣原先生から聴取した戦争放棄条項等の生まれた事情について」)などもあります。
 もっとも、平野ノートについては、聴き取りをしてすぐにまとめたというものではなく、幣原の死後10年以上経ってから、内閣に設置された憲法調査会会長の求めに応じて提出されたという経緯から、平野氏による推測や創作が紛れ込んではいないか?という吟味が必要でしょう(私にそういう能力はありませんが)。
 ただし、1946年1月当時、敗戦国日本の総理大臣であった幣原にとって、天皇制及び昭和天皇個人をいかにすれば守れるか、ということが最大の政策課題であったことは疑いを容れないでしょう。そして、老練な元外交官であった幣原にとって、内閣の憲法問題調査委員会(松本委員会)で取りまとめられようとしている改憲案では、到底連合国の了解は得られそうもなく、最悪の場合、昭和天皇が戦争犯罪人として訴追される事態もないとは言い切れないということが見通せたのだろうと思います。ここから幣原の、閣僚にも一切秘密を漏らせない「内閣総理大臣の孤独な闘い」が始まったと、憲法9条(正確に言えば象徴天皇制と戦争・軍備放棄をセットにした案)幣原発案説を支持する者は考えるのです。
 事実上、天皇から大権を剥奪し、軍備も撤廃するという、ある意味驚天動地の案を幣原が閣内で提起しても、到底実現するとは思えず、閣論不一致で内閣が瓦解に至るに違いないと考えた幣原は、日本の為政者がいざという時には常に発想する「外圧利用策」に打って出ることとし、マッカーサーのもとを訪ねたのです・・・という風に推論が続いていきます。
 これ以上、推論を書き連ねる必要もないでしょうから、以下には、平野ノートの一部を引用するにとどめます。
 実は、現在、国会で審議されている戦争法案を考える上で、幣原喜重郎による「内閣総理大臣の孤独な闘い」を想起すべきだと考えたのには理由があります。
 基本的に幣原発案説の立場に立つとすれば、幣原首相は、軍備を放棄することによって(憲法に「9条」を書き込むことによって)、天皇制を守ることができただけではなく、日本の若者が「アメリカの尖兵」としてあたら命を落とすことも防いだのであり、このことに多くの国民の注意を喚起したいと思ったからです。
 以下に、平野ノートから、幣原首相が、「9条」のような条項が無ければ、早晩、日本の若者が「アメリカの尖兵」とならざるを得ないという将来を見通していたことを裏付ける部分を引用します。

(「みんなの知識 ちょっと便利帳」より)

「幣原先生から聴取した戦争放棄条項等の生まれた事情について」 平野三郎
(抜粋引用開始)

問(平野) よく分りました。そうしますと憲法は先生の独自の御判断で出来たものですか。一般に信じられているところは、マッカーサー元帥の命令の結果ということになっています。尤も草案は勧告という形で日本に提示された訳ですが、あの勧告に従わなければ天皇の身体も保証できないという恫喝があったのですから事実上命令に外ならなかったと思いますが。

答(幣原) そのことは此処だけの話にして置いて貰わねばならないが、実はあの年(昭和二十年)の暮から正月にかけ僕は風邪をひいて寝込んだ。僕が決心をしたのはその時である。それに僕には天皇制を維持するという重大な使命があった。元来、第九条のようなことを日本側から言いだすようなことは出来るものではない。まして天皇の問題に至っては尚更である。この二つに密接にからみ合っていた。実に重大な段階にあった。

 幸いマッカーサーは天皇制を存続する気持を持っていた。本国からもその線の命令があり、アメリカの肚は決っていた。ところがアメリカにとって厄介な問題が起った。それは濠州やニュージーランドなどが、天皇の問題に関してはソ連に同調する気配を示したことである。これらの国々は日本を極度に恐れていた。日本が再軍備をしたら大変である。戦争中の日本軍の行動は余りに彼らの心胆を寒からしめたから無理もないことであった。殊に彼らに与えていた印象は、天皇と戦争の不可分とも言うべき関係であった。日本人は天皇のためなら平気で死んで行く。恐るべきは「皇軍」である。という訳で、これらの国々はソ連への同調によって、対日理事会の票決ではアメリカは孤立化する恐れがあった。

 この情勢の中で、天皇の人間化と戦争放棄を同時に提案することを僕は考えた訳である。

 豪州その他の国々は日本の再軍備を恐れるのであって、天皇制そのものを問題にしている訳ではない。故に戦争が放棄された上で、単に名目的に天皇が存続するだけなら、戦争の権化としての天皇は消滅するから、彼らの対象とする天皇制は廃止されたと同然である。もともとアメリカ側である濠州その他の諸国は、この案ならばアメリカと歩調を揃え、逆にソ連を孤立させることが出来る。

 この構想は天皇制を存続すると共に第九条を実現する言わば一石二鳥の名案である。尤も天皇制存続と言ってもシムボルということになった訳だが、僕はもともと天皇はそうあるべきものと思っていた。元来天皇は権力の座になかったのであり、又なかったからこそ続いてきたのだ。もし天皇が権力を持ったら、何かの失政があった場合、当然責任問題が起って倒れる。世襲制度である以上、常に偉人ばかりとは限らない。日の丸は日本の象徴であるが、天皇は日の丸の旗を護持する神主のようなものであって、むしろそれが天皇本来の昔に還ったものであり、その方が天皇のためにも日本のためにもよいと僕は思う。

 この考えは僕だけではなかったが、国体に触れることだから、仮にも日本側からこんなことを口にすることは出来なかった。憲法は押しつけられたという形をとった訳であるが、当時の実情としてそういう形でなかったら実際に出来ることではなかった。

 そこで僕はマッカーサーに進言し、命令として出して貰うように決心したのだが、これは実に重大なことであって、一歩誤れば首相自らが国体と祖国の命運を売り渡す国賊行為の汚名を覚悟しなければならぬ。松本君[12]にさえも打明けることの出来ないことである。したがって誰にも気づかれないようにマッカーサーに会わねばならぬ。幸い僕の風邪は肺炎ということで元帥からペニシリンというアメリカの新薬を貰いそれによって全快した。そのお礼ということで僕が元帥を訪問したのである。それは昭和二十一年の一月二十四日である。その日、僕は元帥と二人切りで長い時間話し込んだ。すべてはそこで決まった訳だ。

問 元帥は簡単に承知されたのですか。

答 マッカーサーは非常に困った立場にいたが、僕の案は元帥の立場を打開するものだから、渡りに舟というか、話はうまく行った訳だ。しかし第九条の永久的な規定ということには彼も驚ろいていたようであった。僕としても軍人である彼が直ぐには賛成しまいと思ったので、その意味のことを初めに言ったが、賢明な元帥は最後には非常に理解して感激した面持ちで僕に握手した程であった。

 元帥が躊躇した大きな理由は、アメリカの戦略に対する将来の考慮と、共産主義者に対する影響の二点であった。それについて僕は言った。

 日米親善は必ずしも軍事一体化ではない。日本がアメリカの尖兵となることが果たしてアメリカのためであろうか。原子爆弾はやがて他国にも波及するだろう。次の戦争は想像に絶する。世界は亡びるかも知れない。世界が亡びればアメリカも亡びる。問題は今やアメリカでもロシアでも日本でもない。問題は世界である。いかにして世界の運命を切り拓くかである。日本がアメリカと全く同じものになったら誰が世界の運命を切り拓くか。

 好むと好まざるにかかわらず、世界は一つの世界に向って進む外はない。

来るべき戦争の終着駅は破滅的悲劇でしかないからである。

その悲劇を救う唯一の手段は軍縮であるが、ほとんど不可能とも言うべき軍縮を可能にする突破口は自発的戦争放棄国の出現を期待する以外ないであろう。

同時にそのような戦争放棄国の出現も亦ほとんど空想に近いが、幸か不幸か、日本は今その役割を果たし得る位置にある。

歴史の偶然はたまたま日本に世界史的任務を受け持つ機会を与えたのである。

貴下さえ賛成するなら、現段階に於ける日本の戦争放棄は、対外的にも対内的にも承認される可能性がある。

歴史のこの偶然を今こそ利用する秋(とき)である。

そして日本をして自主的に行動させることが世界を救い、したがってアメリカをも救う唯一つの道ではないか。


 また日本の戦争放棄が共産主義者に有利な口実を与えるという危険は実際あり得る。

しかしより大きな危険から遠ざかる方が大切であろう。

世界はここ当分資本主義と共産主義の宿敵の対決を続けるだろうが、イデオロギーは絶対的に不動のものではない。

それを不動のものと考えることが世界を混乱させるのである。

未来を約束するものは、絶えず新しい思想に向って創造発展して行く道だけである。

共産主義者は今のところはまだマルクスとレーニンの主義を絶対的真理であるかの如く考えているが、そのような論理や予言はやがて歴史の彼方に埋没して終(しま)うだろう。

現にアメリカの資本主義が共産主義者の理論的攻撃にもかかわらずいささかの動揺も示さないのは、資本主義がそうした理論に先行して自らを創造発展せしめたからである。

それと同様に共産主義のイデオロギーも何れ全く変貌して終うだろう。

何れにせよ、ほんとうの敵はロシアでも共産主義でもない。

このことはやがてロシア人も気づくだろう。

彼らの敵もアメリカでもなく資本主義でもないのである。

世界の共通の敵は戦争それ自体である。

(引用終わり)

 「内閣総理大臣の孤独な闘い」自体は1つの仮説です。しかし、日本国憲法9条が法規範として「守るべきもの」であった時代に、その9条が日本の若者(とは限らないかもしれませんが)の命を救ってきたことは厳然たる歴史的事実です。
 それが気に入らない、もっと日本人は血を流すべきであったと考える人たちもいるでしょうが(今の政権にもたくさんいるかもしれません)、少なくとも、多くの良識ある日本人はそのような考えに与しないでしょう。
 今まさに、憲法を無視して、日本の若者を「アメリカの尖兵」として差し出そうとする法案が審議されています。
 そして、幣原喜重郎がマッカーサーを1人で訪ねた時から69年余りにして、初めて米国連邦議会上下両院合同会議で演説する機会を与えらた総理大臣は、国民にその内容を説明しておらず、国会に提出もしていない法案について、米国の国会議員に対して、以下のように約束しました。
「日本はいま、安保法制の充実に取り組んでいます。実現のあかつき、日本は、危機の程度に応じ、切れ目のない対応が、はるかによくできるようになります。この法整備によって、自衛隊と米軍の協力関係は強化され、日米同盟は、より一層堅固になります。それは地域の平和のため、確かな抑止力をもたらすでしょう。戦後、初めての大改革です。この夏までに、成就させます。」
 別に、マッカーサーと通訳なしで重要な会談が出来た幣原喜重郎と語学力を比較して現首相を嘲笑しようというのではありません。
 何を自らに課された最も重要な使命と自覚するか(これが間違っていたらそもそも話にならないけれど)、それを実現するための「孤独な闘い」を厭わぬ覚悟と能力を備えた者だけが、一国のリーダー(内閣総理大臣)にふさわしいということを考える上で、この2人の内閣総理大臣は比べ甲斐があるということです。 


20. 豊岳正彦[6] lkyKeJCzlUY 2018年4月27日 00:53:04 : AKB67GaCh2 : rOxK_DunrP0[7]
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https://blog.goo.ne.jp/mayumilehr/e/d7687e6f43b62b9370cba44a9b11bcd1

憲法第九条『戦争放棄』は、世界史の扉を開くすばらしき狂人、幣原首相によって生まれたもの!
2013年05月08日 | 日本とわたし
この、終戦当時の首相であった幣原喜重郎氏による証言を、ぜひ読んでください。
この証言は、国会図書館内にある資料からのもので、戦争放棄条項、憲法第九条が生まれたいきさつが、事細かに書かれています。

憲法のどこが押しつけか?
押しつけ論のウソは、いったい誰が、どんな目的で作り上げたのか。

以下の、幣原首相の言葉は、一言一句、彼のものか、そしてまた事実なのか、美化されたところはないのか、それはわたしにはわからん。
けども、日本自らが、世界平和への鍵をにぎり、そのドアを開けた国であったことがわかり、胸が熱うなった。

「世界は今、狂人を必要としている。
何人かが、自ら買って出て狂人とならない限り、世界は、軍拡競争の蟻地獄から抜け出すことができない。
これは素晴らしい狂人である。
世界史の扉を開く狂人である。
その歴史的使命を、日本が果たすのだ」

なんちゅうすばらしい言葉やとかと思う。
これを今、チンケな政治家がいじろうとしてる。
日本が、原爆を落とされて重傷を負った日本が果たした歴史的使命を、浅はかな人間に奪われてたまるか!

死中に活!

肝っ玉が座った。

↓以下は、証言の中で特に感銘を受けた言葉を抜粋させてもろたもの。

『原子爆弾というものができた以上、世界の事情は根本的に変わって終った。
世界は真剣に、戦争をやめることを考えなければならない。
そして、戦争をやめるには、武器を持たないことが一番の保証になる。
軍縮交渉とは、形を変えた戦争。
平和の名をもってする、別個の戦争であって、円滑な合意に達する可能性など、初めからないもの。
原子爆弾が登場した以上、一刻も早く軍拡競争を止めなければならぬとわかっていても、それは不可能。
集団自殺の先陣争いと知りつつも、一歩でも前へ出ずにはいられない鼠の大群と似た光景―それが、軍拡競争の果ての姿。

軍縮は不可能である。
絶望とはこのことであろう。
唯、もし軍縮を可能にする方法があるとすれば、一つだけ方法がある。
それは、世界が一斉に、一切の軍備を廃止することである。
一、二、三の掛け声もろとも、すべての国が兵器を海に投ずるならば、忽ち軍縮は完成するだろう。
もちろん不可能である。
それが不可能なら不可能なのだ。
ここまで考えを進めてきたときに、九条というものが思い浮かんだ。

要するに、世界は今、一人の狂人を必要としているということである。
何人かが、自ら買って出て狂人とならない限り、世界は、軍拡競争の蟻地獄から抜け出すことができないのである。
これは素晴らしい狂人である。
世界史の扉を開く狂人である。
その歴史的使命を、日本が果たすのだ。
    
日本民族は、幾世紀もの間、戦争に勝ち続け、最も戦闘的に戦いを追求する神の民族と信じてきた。
神の信条は武力である。
その神は、今や一挙に、下界に墜落した訳だが、僕は第九条によって、日本民族は依然として、神の民族だと思う。
何故なら、武力は神でなくなったからである。
神でないばかりか、原子爆弾という武力は悪魔である。
日本人は、その悪魔を投げ捨てることによって、再び神の民族になるのだ。
すなわち日本は、この神の声を、世界に宣言するのだ。
それが歴史の大道である。
悠々と、この大道を行けばよい。
死中に活というのは、その意味である』


↓以下、転載はじめ


この資料は、国会図書館内にある、憲法調査会資料(西沢哲四郎旧蔵)と題されたものを、
私(今川)が、川西市立図書館を通じて、国会図書館にコピーを依頼して手に入れ、
さらにそのコピーを、ワードに移し替えたものである。
原文は縦書きであるが、ホームページビルダーの性質上、横書きで書いている。

昭和三十九年二月

幣原先生から聴取した、戦争放棄条項等の生まれた事情について

ー平野三郎氏 記―

憲法調査会事務局

は し が き
この資料は、元衆議院議員平野三郎氏が、故幣原喜重郎氏から聴取した、戦争放棄条項等の生まれた事情を記したものを、当調査会事務局において印刷に付したものである。
なお、この資料は、第一部・第二部に分かれているが、第一部・第二部それぞれの性格については、平野氏の付されたまえがきを参照されたい。

昭和三十九年二月
憲法調査会事務局


第一部

私が、幣原先生から、憲法についてのお話を伺ったのは、昭和二十六年二月下旬のことである。
同年三月十日、先生が急逝される旬日ほど前のことであった。
場所は、世田谷区岡本町の幣原邸であり、時間は二時間ぐらいであった。
 
側近にあった私は、常に謦咳にふれる機会はあったが、まとまったお話を承ったのは当日だけであり、
当日は、私が、戦争放棄条項や天皇の地位について、日頃疑問に思っていた点を中心にお尋ねし、これについて、幣原先生にお答え願ったのである。
その内容については、その後まもなくメモを作成したのであるが、以下はそのメモのうち、これらの条項の生まれた事情に関する部分を、整理したものである。
 
なお、当日の幣原先生のお話の内容については、このメモにもあるように、口外しないようにいわれたのであるが、
昨今の憲法制定の経緯に関する論議の状況にかんがみて、あえて公にすることにしたのである。


元衆議院議員・平野三郎氏: 
かねがね先生にお尋ねしたいと思っていましたが、幸い今日はお閑のようですから、是非うけたまわりたいと存じます。
実は憲法のことですが、私には第九条の意味がよく分りません。   
あれは、現在占領下の暫定的な規定ですか、それなら了解できますが、そうすると何れ、独立の暁には、当然憲法の再改正をすることになる訳ですか。 

幣原喜重郎氏:  
いや、そうではない。
あれは一時的なものではなく、長い間、僕が考えた末の、最終的な結論というようなものだ。

平野氏:
そうしますと、一体どういうことになるのですか。
軍隊のない丸裸のところへ敵が攻めてきたら、どうする訳なのですか。

幣原氏:  
それは、死中に活だよ。
一口に言えばそういうことになる。

平野氏:
死中に活といいますと……。

幣原氏:
たしかに、今までの常識ではこれはおかしいことだ。
しかし、原子爆弾というものができた以上、世界の事情は根本的に変わって終った、と僕は思う。
何故なら、この兵器は、今後更に幾十倍、幾百倍と発達するだろうからだ。
恐らく次の戦争は、短時間のうちに、交戦国の大小都市が悉く灰燼に帰して終うことになるだろう。
そうなれば、世界は真剣に、戦争をやめることを考えなければならない。
そして、戦争をやめるには、武器を持たないことが一番の保証になる。

平野氏:
しかし日本だけがやめても仕様がないのではありませんか。

幣原氏:
そうだ。
世界中がやめなければ,ほんとうの平和は実現できない。
しかし、実際問題として、世界中が武器を持たないという真空状態を、考えることはできない。

それについては、僕の考えを少し話さなければならないが、僕は、世界は結局、一つにならなければならないと思う。
つまり、世界政府だ。
世界政府と言っても、凡ての国がその主権を捨てて、一つの政府の傘下に集まるというようなことは空想だろう。
だが、何らかの形における世界の連合方式というものが、絶対に必要になる。
何故なら、世界政府とまでは行かなくとも、少なくも、各国の交戦権を制限し得る集中した武力がなければ、世界の平和は保たれないからである。
凡そ人間と人間、国家と国家の間の紛争は、最後は腕づくで解決する外はないのだから、どうしても武力は必要である。
しかしその武力は、一個に統一されなければならない。
二個以上の武力が存在し、その間に争いが発生する場合、一応は平和的交渉が行われるが、
交渉の背後に武力が控えている以上、結局は武力が行使されるか、少なくとも、武力が威嚇手段として行使される。
したがって、勝利を得んがためには、武力を強化しなければならなくなり、かくて二個以上の武力間には、無限の軍拡競争が展開され、遂に武力衝突を引き起こす。
すなわち、戦争をなくするための基本的条件は、武力の統一であって、
例えばある協定の下で軍縮が達成され、その協定を有効ならしむるために必要な国々が、進んで、且つ誠意をもって、それに参加している状態、
この条件の下で、各国の軍備が、国内治安を保つに必要な警察力の程度にまで縮小され、国際的に管理された武力が存在し、
それに反対して結束するかもしれない、如何なる武力の組み合わせよりも強力である、というような世界である。
    
そういう世界は、歴史上存在している。
ローマ帝国などがそうであったが、何より記録的な世界政府を作ったものは、日本である。
徳川家康が開いた、三百年の単一政府がそれである。
この例は、世界を維持する唯一の手段が、武力の統一であることを示している。
    
要するに、世界平和を可能にする姿は、何らかの国際機関が、やがて世界同盟とでも言うべきものに発展し、
その同盟が、国際的に統一された武力を所有して、世界警察としての行為を行うほかはない。
このことは、理論的に昔から分かっていたことであるが、今まではやれなかった。
しかし、原子爆弾というものが出現した以上、いよいよこの理論を現実に移す時が来た、と僕は信じた訳だ。

平野氏:
それは誠に結構な理想ですが、そのような大問題は、大国同志が国際的に話し合って決めることで、
日本のような敗戦国が、そんな偉そうなことを言ってみたところで、どうにもならぬのではないですか。

幣原氏:
そこだよ、君。
負けた国が負けたからそういうことを言う、と人は言うだろう。
君の言うとおり、正にそうだ。
しかし、負けた日本だからこそできることなのだ。
おそらく世界には、大戦争はもうあるまい。
もちろん、戦争の危機は、今後むしろ増大すると思われるが、原子爆弾という異常に発達した武器が、戦争そのものを抑制するからである。
第二次世界大戦が、人類が全滅を避けて戦うことのできた、最後の機会になると僕は思う。
如何に各国が、その権利の発展を理想として叫び合ったところで、第三次世界大戦が相互の破滅を意味するならば、
いかなる理想も人類の生存には優先しないことを、各国とも理解するからである。
   
したがって各国は、それぞれ世界同盟の中へ溶け込む外はないが、そこで問題は、どのような方法と時間を通じて、世界がその至高の理想に到達するかということにある。
人類は、有史以来最大の危機を通過する訳だが、その間どんなことが起こるか、それはほとんど予想できない難しい問題だが、
唯一つ断言できることは、その成否は一に、軍縮にかかっているということだ。   
もしも有効な軍縮協定ができなければ、戦争は必然に起こるだろう。
既に言った通り、軍拡競争というものは、際限のない悪循環を繰り返すからだ。
常に、相手より少しでも優越した状態に己を位置しない限り、安心できない。
この心理は果てしなく拡がって行き、何時かは破綻が起る。
すなわち、協定なき世界は、静かな戦争という状態であり、それは嵐の前の静けさでしかなく、
その静けさがどれだけ持ちこたえるかは、結局時間の問題に過ぎないという恐るべき不安状態の連続になるのである。 
   
そこで軍縮は可能か、どのようにして軍縮をするかということだが、僕は軍縮を身をもって体験してきた。
世の中に、軍縮ほど難しいものはない。
交渉に当たるものに与えられる任務は、如何にして相手を欺瞞するかにある。
国家というものは、極端なエゴイストであって、そのエゴイズムが最も狡猾で悪らつな狐狸となることを、交渉者に要求する。
虚虚実実千変万化、軍縮会議に展開される交渉の舞台裏を覗きみるなら、何人も戦慄を禁じ得ないだろう。
軍縮交渉とは、形を変えた戦争である。
平和の名をもってする、別個の戦争であって、円滑な合意に達する可能性など、初めからないものなのだ。 
    
原子爆弾が登場した以上、次の戦争が何を意味するか、各国とも分るから、軍縮交渉は行われるだろう。
むしろ軍縮交渉は、合法的スパイ活動の場面として、利用される程である。
不信と猜疑が無くならない限り、それは止むを得ないことであって、連鎖反応は連鎖反応を生み、
原子爆弾は世界中に拡がり、終りには大変なことになり、遂には身動きもできないような瀬戸際に追いつめられるだろう。
    
そのような瀬戸際に追いつめれても、各国はなお、異口同音に言うだろう。
軍拡競争は、一刻も早く止めなければならぬ。
それは分っている。
分ってはいるが、どうしたらいいのだ。
自衛のためには力が必要だ。
相手がやることは自分もやらねばならぬ。
相手が持っているものは自分も持たねばならぬ。
その結果がどうなるか、そんなことは分らない。
自分だけではない。
誰にも分らないことである。
とにかく自分は、自分の言うべきことを言っているより仕方はないのだ。
責任は自分にはない。
どんなことが起ろうと、責任は凡て、相手方にあるのだ。 
    
果てしない堂々巡りである。
誰にも手のつけられない、どうしようもないことである。
集団自殺の先陣争いと知りつつも、一歩でも前へ出ずにはいられない鼠の大群と似た光景―それが、軍拡競争の果ての姿であろう。
    
要するに、軍縮は不可能である。
絶望とはこのことであろう。
唯、もし軍縮を可能にする方法があるとすれば、一つだけ方法がある。
それは、世界が一斉に、一切の軍備を廃止することである。
一、二、三の掛け声もろとも、すべての国が兵器を海に投ずるならば、忽ち軍縮は完成するだろう。
もちろん不可能である。
それが不可能なら不可能なのだ。
ここまで考えを進めてきたときに、九条というものが思い浮かんだのである。

そうだ。
誰かが自発的に、武器を捨てるとしたらー最初それは、脳裏をかすめたひらめきのようなものだった。

次の瞬間、直ぐ僕は思い直した。
自分は何を考えようとしているのだ。
相手はピストルをもっている。
その前にはだかの体をさらそうと言う。
なんという馬鹿げたことだ。
恐ろしいことだ。
自分はどうかしたのではないか。
もしこんなことを人前で言ったら、幣原は気が狂った、と言われるだろう。
まさに狂気の沙汰である。
    
しかし、そのひらめきは、僕の頭の中でとまらなかった。
どう考えてみても、これは誰かがやらなければならないことである。
恐らくあのとき、僕を決心させたものは、僕の一生のさまざまな体験ではなかったかと思う。
何のために戦争に反対し、何のために命を賭けて平和を守ろうとしてきたのか。
今だ。今こそ平和だ。
今こそ平和のために、起つ時ではないか。
そのために生きてきたのではなかったか。
そして僕は、平和の鍵を握っていたのだ。
何か僕は、天命をさずかったような気がしていた。
    
非武装宣言ということは、従来の観念からすれば、全く狂気の沙汰である。
だが今では、正気の沙汰とは何か、ということである。
武装宣言が正気の沙汰か、それこそ狂気の沙汰だという結論は、考えに考え抜いた結果、もう出ている。
    
要するに、世界は今、一人の狂人を必要としているということである。
何人かが、自ら買って出て狂人とならない限り、世界は、軍拡競争の蟻地獄から抜け出すことができないのである。
これは素晴らしい狂人である。
世界史の扉を開く狂人である。
その歴史的使命を、日本が果たすのだ。
    
日本民族は、幾世紀もの間、戦争に勝ち続け、最も戦闘的に戦いを追求する神の民族と信じてきた。
神の信条は武力である。
その神は、今や一挙に、下界に墜落した訳だが、僕は第九条によって、日本民族は依然として、神の民族だと思う。
何故なら、武力は神でなくなったからである。
神でないばかりか、原子爆弾という武力は悪魔である。
日本人は、その悪魔を投げ捨てることによって、再び神の民族になるのだ。
すなわち日本は、この神の声を、世界に宣言するのだ。
それが歴史の大道である。
悠々と、この大道を行けばよい。
死中に活というのは、その意味である。

平野氏:
お話の通り、やがて世界はそうなると思いますが、それは遠い将来のことでしょう。
しかし、その日が来るまではどうする訳ですか。
目下のところは差当りは問題ないとしても、他日独立した場合、敵が口実をつけて侵略したら。

幣原氏:
その場合でもこの精神を貫くべきだ、と僕は信じている。
そうでなければ、今までの戦争の歴史を繰り返すだけである。
しかも次の戦争は、今までとはわけが違う。
僕は、第九条を堅持することが、日本の安全のためにも必要だと思う。
もちろん、軍隊をもたないと言っても、警察は別である。
警察のない社会は考えられない。
とくに、世界の一員として、将来世界警察への分担負担は、当然負わなければならない。
しかし、強大な武力と対抗する陸海空軍というものは、有害無益だ。
僕は、我国の自衛は、徹頭徹尾、正義の力でなければならないと思う。
その正義とは、日本だけの主観的な独断ではなく、世界の公平な与論によって裏付けされたものでなければならない。
そうした与論が、国際的に形成されるように、必ずなるだろう。
何故なら、世界の秩序を維持する必要があるからである。
もしある国が、日本を侵略しようとする。
そのことが、世界の秩序を破壊する恐れがあるとすれば、それによって脅威を受ける第三国は黙っていない。
その第三国との特定の保護条約の有無にかかわらず、その第三国は当然、日本の安全のために必要な努力をするだろう。
要するに、これからは、世界的視野に立った外交の力によってわが国の安全を守るべきで、だからこそ、死中に活がある、という訳だ。

平野氏:
よく分りました。
そうしますと憲法は、先生の独自の御判断で出来たものですか。
一般に信じられているところは、マッカーサー元帥の命令の結果、ということになっています。
もっとも、草案は勧告という形で、日本に提示された訳ですが、あの勧告に従わなければ、天皇の身体も保証できないという恫喝があったのですから、事実上命令に外ならなかったと思いますが。

幣原氏:
そのことは、此処だけの話にしておいて貰わねばならないが、実はあの年(昭和二十年)の春から正月にかけ、僕は風邪をひいて寝込んだ。
僕が決心をしたのは、その時である。
それに僕には、天皇制を維持するという、重大な使命があった。
元来、第九条のようなことを日本側から言い出すようなことは、出来るものではない。
まして、天皇の問題に至っては尚更である。
この二つに密接にからみ合っていた。
実に重大な段階であった。                    
幸いマッカーサーは、天皇制を維持する気持ちをもっていた。
本国からも、その線の命令があり、アメリカの肚は決まっていた。
ところが、アメリカにとって厄介な問題があった。
それは、豪州やニュージーランドなどが、天皇の問題に関しては、ソ連に同調する気配を示したことである。
これらの国々は、日本を極度に恐れていた。
日本が再軍備したら大変である。
戦争中の日本軍の行動は、あまりにも彼らの心胆を寒からしめたから、無理もないことであった。
日本人は、天皇のためなら平気で死んでいく。
殊に彼らに与えていた印象は、天皇と戦争の、不可分とも言うべき関係であった。
これらの国々のソ連への同調によって、対日理事会の評決では、アメリカは孤立する恐れがあった。
この情勢の中で、天皇の人間化と戦争放棄を、同時に提案することを、僕は考えた訳である。
豪州その他の国々は、日本の再軍備化を恐れるのであって、天皇制そのものを問題にしている訳ではない。
故に、戦争が放棄された上で、単に名目的に天皇が存続するだけなら、戦争の権化としての天皇は消滅するから、彼らの対象とする天皇制は、廃止されたと同然である。
もともとアメリカ側である豪州、その他の諸国は、この案ならばアメリカと歩調を揃え、逆に、ソ連を孤立させることができる。
この構想は、天皇制を存続すると共に、第九条を実現する、言わば一石二鳥の名案である。
もっとも、天皇制存即と言っても、シンボルということになった訳だが、僕はもともと、天皇はそうあるべきものと思っていた。
元来天皇は、権力の座になかったのであり、また、なかったからこそ続いていたのだ。
もし天皇が権力をもったら、何かの失政があった場合、当然責任問題が起って倒れる。
世襲制度である以上、常に偉人ばかりとは限らない。
日の丸は日本の象徴であるが、天皇は日の丸の旗を維持する神主のようなものであって、むしろそれが、天皇本来の昔に戻ったものであり、その方が、天皇のためにも日本のためにも良いと僕は思う。 
この考えは僕だけではなかったが、国体に触れることだから、仮にも日本側から、こんなことを口にすることは出来なかった。
憲法は押しつけられた、という形をとった訳であるが、当時の実情としてそういう形でなかったら、実際に出来ることではなかった。
そこで僕は、マッカーサーに進言し、命令として出してもらうように決心したのだが、
これは実に重大なことであって、一歩誤れば、首相自らが、国体と祖国の命運を売り渡す、国賊行為の汚名を覚悟しなければならぬ。
松本君にさえも、打ち明けることのできないことである。
幸い、僕の風邪は肺炎ということで、元帥からペニシリンというアメリカの新薬を貰い、それによって全快した。
そのお礼ということで、僕が元帥を訪問したのである。
それは、昭和二十一年の一月二四日である。
その日僕は、元帥と二人きりで、長い時間話し込んだ。
すべてはそこで決まった訳だ。

平野氏:
元帥は簡単に承知されたのですか。

幣原氏:
マッカーサーは、非常に困った立場にいたが、僕の案は、元帥の立場を打開するものだから、渡りに舟というか、話はうまく行った訳だ。
しかし、第九条の永久的な規定ということには、彼も驚いていたようであった。
僕としても、軍人である彼が、直ぐには賛成しまいと思ったので、その意味のことを初めに言ったが、
賢明な元帥は、最後には非常に理解して、感激した面持ちで、僕に握手した程であった。
     
元帥が躊躇した大きな理由は、アメリカの侵略に対する将来の考慮と、共産主義者に対する影響の二点であった。
それについて僕は言った。 
     
日米親善は、必ずしも軍事一体化ではない。
日本がアメリカの尖兵となることが、果たしてアメリカのためであろうか。
原子爆弾は、やがて他国にも波及するだろう。
次の戦争は、想像に絶する。
世界は亡びるかも知れない。
世界が亡びれば、アメリカも亡びる。
問題は今や、アメリカでもロシアでも日本でもない。
問題は世界である。
いかにして、世界の運命を切り拓くかである。
日本がアメリカと全く同じものになったら、誰が世界の運命を切り拓くか。
好むと好まざるにかかわらず、世界は、一つの世界に向って進む外はない。
来るべき戦争の終着駅は、破滅的悲劇でしかないからである。
その悲劇を救う唯一の手段は軍縮であるが、ほとんど不可能とも言うべき軍縮を可能にする突破口は、自発的戦争放棄国の出現を期待する以外にないであろう。
同時に、そのような戦争放棄国の出現も、また空想に近いが、幸か不幸か、日本は今、その役割を果たしうる位置にある。
歴史の偶然は、日本に、世界史的任務を受けもつ機会を与えたのである。
貴下さえ賛成するなら、現段階における日本の戦争放棄は、対外的にも対内的にも、承認される可能性がある。
歴史の偶然を、今こそ利用する時である。
そして、日本をして自主的に行動させることが世界を救い、したがってアメリカをも救う、唯一つの道ではないか。
また、日本の戦争放棄が、共産主義者に有利な口実を与えるという危険は、実際ありうる。
しかし、より大きな危険から遠ざかる方が大切であろう。
世界はここ当分、資本主義と共産主義の宿敵の対決を続けるだろうが、イデオロギーは絶対的に不動のものではない。
それを不動のものと考えることが、世界を混乱させるのである。
未来を約束するものは、たえず新しい思想に向って、創造発展していく道だけである。
共産主義者は、今のところはまだ、マルクスとレーニンの主義を絶対的真理であるかのごとく考えているが、そのような論理や予言は、やがて歴史のかなたに埋没してしまうだろう。
現に、アメリカの資本主義が、共産主義者の理論的攻撃にもかかわらず、いささかの動揺も示さないのは、資本主義がそうした理論に先行して、自らを創造発展せしめたからである。
それと同様に、共産主義のイデオロギーも、いずれ全く変貌してしまうだろう。
いずれにせよ、ほんとうの敵は、ロシアでも共産主義でもない。
このことは、やがてロシア人も気付くだろう。
彼らの敵も、アメリカでもなく資本主義でもないのである。
世界の共通の敵は、戦争それ自体である。

平野氏:
天皇陛下は、どのように考えておかれるのですか。

幣原氏:
僕は、天皇陛下は実に偉い人だと、今もしみじみと思っている。
マッカーサーの草案をもって、天皇の御意見を伺いに行った時、実は陛下に反対されたらどうしようかと、内心不安でならなかった。
僕は、元帥と会うときはいつも二人きりだったが、陛下の時は、吉田君にも立ち会ってもらった。
しかし、心配は無用だった。
陛下は言下に、徹底した改革案を作れ、その結果、天皇がどうなってもかまわぬ、といわれた。
この英断で、閣議も納まった。
終戦の御前会議の時も、陛下の御裁断で日本は救われたと言えるが、憲法も、陛下の一言が決したと言ってもよいだろう。
もしあのとき天皇が、権力に固執されたらどうなっていたか。
恐らく、今日天皇はなかったであろう。
日本人の常識として、天皇が戦争犯罪人になるというようなことは考えられないであろうが、実際はそんな甘いものではなかった。
当初の戦犯リストには、冒頭に天皇の名があったのである。
それを外してくれたのは、元帥であった。
だが、元帥の草案に天皇が反対されたなら、情勢は一変していたに違いない。
天皇は、己を捨てて国民を救おうとされたのであったが、それによって天皇制をも救われたのである。
天皇は、誠に英明であった。
正直に言って、憲法は、天皇と元帥の聡明と勇断によって出来た、と言ってよい。
たとえ象徴とは言え,天皇と元帥が一致しなかったら、天皇制は存続しなかったろう。
危機一髪であったと言えるが、結果において僕は満足している。
     
なお、念のためだが、君も知っている通り、去年金森君から聞かれた時も、僕が断ったように、このいきさつは僕の胸の中だけに留めておかねばならないことだから、その積りでいてくれ給え。
  
    
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21. 豊岳正彦[7] lkyKeJCzlUY 2018年4月27日 02:30:53 : AKB67GaCh2 : rOxK_DunrP0[8]
日本国憲法前文

小6が暗唱:日本国憲法前文! THE CONSTITUTION OF JAPAN
https://www.youtube.com/watch?v=ePPDNN_QxME

前 文

日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。

そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものてあつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。

これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。

われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。

われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。

われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

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あたらしい憲法のはなし

文部省

https://www.aozora.gr.jp/cards/001128/files/43037_15804.html


一 憲法

 みなさん、あたらしい憲法ができました。そうして昭和二十二年五月三日から、私たち日本國民は、この憲法を守ってゆくことになりました。このあたらしい憲法をこしらえるために、たくさんの人々が、たいへん苦心をなさいました。

ところでみなさんは、憲法というものはどんなものかごぞんじですか。じぶんの身にかゝわりのないことのようにおもっている人はないでしょうか。もしそうならば、それは大きなまちがいです。

 國の仕事は、一日も休むことはできません。また、國を治めてゆく仕事のやりかたは、はっきりときめておかなければなりません。そのためには、いろ/\規則がいるのです。この規則はたくさんありますが、そのうちで、いちばん大事な規則が憲法です。

 國をどういうふうに治め、國の仕事をどういうふうにやってゆくかということをきめた、いちばん根本になっている規則が憲法です。

もしみなさんの家の柱がなくなったとしたらどうでしょう。家はたちまちたおれてしまうでしょう。いま國を家にたとえると、ちょうど柱にあたるものが憲法です。

もし憲法がなければ、國の中におゝぜいの人がいても、どうして國を治めてゆくかということがわかりません。それでどこの國でも、憲法をいちばん大事な規則として、これをたいせつに守ってゆくのです。國でいちばん大事な規則は、いいかえれば、いちばん高い位にある規則ですから、これを國の「最高法規」というのです。

 ところがこの憲法には、いまおはなししたように、國の仕事のやりかたのほかに、もう一つ大事なことが書いてあるのです。

それは國民の権利のことです。この権利のことは、あとでくわしくおはなししますから、こゝではたゞ、なぜそれが、國の仕事のやりかたをきめた規則と同じように大事であるか、ということだけをおはなししておきましょう。

 みなさんは日本國民のうちのひとりです。國民のひとり/\が、かしこくなり、強くならなければ、國民ぜんたいがかしこく、また、強くなれません。
國の力のもとは、ひとり/\の國民にあります。

そこで國は、この國民のひとり/\の力をはっきりとみとめて、しっかりと守ってゆくのです。そのために、國民のひとり/\に、いろ/\大事な権利があることを、憲法できめているのです。この國民の大事な権利のことを「基本的人権」というのです。これも憲法の中に書いてあるのです。


 そこでもういちど、憲法とはどういうものであるかということを申しておきます。

憲法とは、國でいちばん大事な規則、すなわち「最高法規」というもので、その中には、だいたい二つのことが記されています。

その一つは、國の治めかた、國の仕事のやりかたをきめた規則です。

もう一つは、國民のいちばん大事な権利、すなわち「基本的人権」をきめた規則です。

このほかにまた憲法は、その必要により、いろ/\のことをきめることがあります。

こんどの憲法にも、あとでおはなしするように、これからは戰爭をけっしてしないという、たいせつなことがきめられています。

 これまであった憲法は、明治二十二年にできたもので、これは明治天皇がおつくりになって、國民にあたえられたものです。

しかし、こんどのあたらしい憲法は、日本國民がじぶんでつくったもので、日本國民ぜんたいの意見で、自由につくられたものであります。

この國民ぜんたいの意見を知るために、昭和二十一年四月十日に総選挙が行われ、あたらしい國民の代表がえらばれて、その人々がこの憲法をつくったのです。

それで、あたらしい憲法は、國民ぜんたいでつくったということになるのです。

 みなさんも日本國民のひとりです。

そうすれば、この憲法は、みなさんのつくったものです。

みなさんは、じぶんでつくったものを、大事になさるでしょう。

こんどの憲法は、みなさんをふくめた國民ぜんたいのつくったものであり、國でいちばん大事な規則であるとするならば、みなさんは、國民のひとりとして、しっかりとこの憲法を守ってゆかなければなりません。

そのためには、まずこの憲法に、どういうことが書いてあるかを、はっきりと知らなければなりません。

 みなさんが、何かゲームのために規則のようなものをきめるときに、みんないっしょに書いてしまっては、わかりにくい[#「わかりにくい」は底本では「わかりくい」]でしょう。

國の規則もそれと同じで、一つ/\事柄にしたがって分けて書き、それに番号をつけて、第何條、第何條というように順々に記します。

こんどの憲法は、第一條から第百三條まであります。

そうしてそのほかに、前書が、いちばんはじめにつけてあります。

これを「前文」といいます。

 この前文には、だれがこの憲法をつくったかということや、どんな考えでこの憲法の規則ができているかということなどが記されています。

この前文というものは、二つのはたらきをするのです。

その一つは、みなさんが憲法をよんで、その意味を知ろうとするときに、手びきになることです。

つまりこんどの憲法は、この前文に記されたような考えからできたものですから、前文にある考えと、ちがったふうに考えてはならないということです。

もう一つのはたらきは、これからさき、この憲法をかえるときに、この前文に記された考え方と、ちがうようなかえかたをしてはならないということです。

挿絵2

 それなら、この前文の考えというのはなんでしょう。

いちばん大事な考えが三つあります。

それは、「民主主義」と「國際平和主義」と「主権在民主義」です。

「主義」という言葉をつかうと、なんだかむずかしくきこえますけれども、少しもむずかしく考えることはありません。

主義というのは、正しいと思う、もののやりかたのことです。

それでみなさんは、この三つのことを知らなければなりません。

まず「民主主義」からおはなししましょう。


二 民主主義とは

 こんどの憲法の根本となっている考えの第一は民主主義です。

ところで民主主義とは、いったいどういうことでしょう。

みなさんはこのことばを、ほう/″\できいたでしょう。

これがあたらしい憲法の根本になっているものとすれば、みなさんは、はっきりとこれを知っておかなければなりません。

しかも正しく知っておかなければなりません。


 みなさんがおゝぜいあつまって、いっしょに何かするときのことを考えてごらんなさい。

だれの意見で物事をきめますか。

もしもみんなの意見が同じなら、もんだいはありません。

もし意見が分かれたときは、どうしますか。

ひとりの意見できめますか。

二人の意見できめますか。

それともおゝぜいの意見できめますか。

どれがよいでしょう。

ひとりの意見が、正しくすぐれていて、おゝぜいの意見がまちがっておとっていることもあります。

しかし、そのはんたいのことがもっと多いでしょう。

そこで、まずみんなが十分にじぶんの考えをはなしあったあとで、おゝぜいの意見で物事をきめてゆくのが、いちばんまちがいがないということになります。

そうして、あとの人は、このおゝぜいの人の意見に、すなおにしたがってゆくのがよいのです。

このなるべくおゝぜいの人の意見で、物事をきめてゆくことが、民主主義のやりかたです。


 國を治めてゆくのもこれと同じです。

わずかの人の意見で國を治めてゆくのは、よくないのです。

國民ぜんたいの意見で、國を治めてゆくのがいちばんよいのです。

つまり國民ぜんたいが、國を治めてゆく――これが民主主義の治めかたです。


 しかし國は、みなさんの学級とはちがいます。

國民ぜんたいが、ひとところにあつまって、そうだんすることはできません。

ひとり/\の意見をきいてまわることもできません。

そこで、みんなの代わりになって、國の仕事のやりかたをきめるものがなければなりません。

それが國会です。

國民が、國会の議員を選挙するのは、じぶんの代わりになって、國を治めてゆく者をえらぶのです。

だから國会では、なんでも、國民の代わりである議員のおゝぜいの意見で物事をきめます。

そうしてほかの議員は、これにしたがいます。

これが國民ぜんたいの意見で物事をきめたことになるのです。

これが民主主義です。

ですから、民主主義とは、國民ぜんたいで、國を治めてゆくことです。

みんなの意見で物事をきめてゆくのが、いちばんまちがいがすくないのです。

だから民主主義で國を治めてゆけば、みなさんは幸福になり、また國もさかえてゆくでしょう。


 國は大きいので、このように國の仕事を國会の議員にまかせてきめてゆきますから、國会は國民の代わりになるものです。

この「代わりになる」ということを「代表」といいます。

まえに申しましたように、民主主義は、國民ぜんたいで國を治めてゆくことですが、國会が國民ぜんたいを代表して、國のことをきめてゆきますから、これを「代表制民主主義」のやりかたといいます。


 しかしいちばん大事なことは、國会にまかせておかないで、國民が、じぶんで意見をきめることがあります。

こんどの憲法でも、たとえばこの憲法をかえるときは、國会だけできめないで、國民ひとり/\が、賛成か反対かを投票してきめることになっています。

このときは、國民が直接に國のことをきめますから、これを「直接民主主義」のやりかたといいます。

あたらしい憲法は、代表制民主主義と直接民主主義と、二つのやりかたで國を治めてゆくことにしていますが、代表制民主主義のやりかたのほうが、おもになっていて、直接民主主義のやりかたは、いちばん大事なことにかぎられているのです。

だからこんどの憲法は、だいたい代表制民主主義のやりかたになっているといってもよいのです。


 みなさんは日本國民のひとりです。

しかしまだこどもです。

國のことは、みなさんが二十歳になって、はじめてきめてゆくことができるのです。

國会の議員をえらぶのも、國のことについて投票するのも、みなさんが二十歳になってはじめてできることです。

みなさんのおにいさんや、おねえさんには、二十歳以上の方もおいででしょう。

そのおにいさんやおねえさんが、選挙の投票にゆかれるのをみて、みなさんはどんな氣がしましたか。

いまのうちに、よく勉強して、國を治めることや、憲法のことなどを、よく知っておいてください。

もうすぐみなさんも、おにいさんやおねえさんといっしょに、國のことを、じぶんできめてゆくことができるのです。

みなさんの考えとはたらきで國が治まってゆくのです。

みんながなかよく、じぶんで、じぶんの國のことをやってゆくくらい、たのしいことはありません。

これが民主主義というものです。

三 國際平和主義

 國の中で、國民ぜんたいで、物事をきめてゆくことを、民主主義といいましたが、國民の意見は、人によってずいぶんちがっています。

しかし、おゝぜいのほうの意見に、すなおにしたがってゆき、またそのおゝぜいのほうも、すくないほうの意見をよくきいてじぶんの意見をきめ、みんなが、なかよく國の仕事をやってゆくのでなければ、民主主義のやりかたは、なりたたないのです。

挿絵3

 これは、一つの國について申しましたが、國と國との間のことも同じことです。

じぶんの國のことばかりを考え、じぶんの國のためばかりを考えて、ほかの國の立場を考えないでは、世界中の國が、なかよくしてゆくことはできません。

世界中の國が、いくさをしないで、なかよくやってゆくことを、國際平和主義といいます。

だから民主主義ということは、この國際平和主義と、たいへんふかい関係があるのです。

こんどの憲法で民主主義のやりかたをきめたからには、またほかの國にたいしても國際平和主義でやってゆくということになるのは、あたりまえであります。

この國際平和主義をわすれて、じぶんの國のことばかり考えていたので、とうとう戰爭をはじめてしまったのです。

そこであたらしい憲法では、前文の中に、これからは、この國際平和主義でやってゆくということを、力強いことばで書いてあります。

またこの考えが、あとでのべる戰爭の放棄、すなわち、これからは、いっさい、いくさはしないということをきめることになってゆくのであります。

四 主権在民主義

 みなさんがあつまって、だれがいちばんえらいかをきめてごらんなさい。

いったい「いちばんえらい」というのは、どういうことでしょう。

勉強のよくできることでしょうか。

それとも力の強いことでしょうか。

いろ/\きめかたがあってむずかしいことです。


 國では、だれが「いちばんえらい」といえるでしょう。

もし國の仕事が、ひとりの考えできまるならば、そのひとりが、いちばんえらいといわなければなりません。

もしおおぜいの考えできまるなら、そのおゝぜいが、みないちばんえらいことになります。

もし國民ぜんたいの考えできまるならば、國民ぜんたいが、いちばんえらいのです。

こんどの憲法は、民主主義の憲法ですから、國民ぜんたいの考えで國を治めてゆきます。

そうすると、國民ぜんたいがいちばん、えらいといわなければなりません。

挿絵4

 國を治めてゆく力のことを「主権」といいますが、この力が國民ぜんたいにあれば、これを「主権は國民にある」といいます。

こんどの憲法は、いま申しましたように、民主主義を根本の考えとしていますから、主権は、とうぜん日本國民にあるわけです。

そこで前文の中にも、また憲法の第一條にも、「主権が國民に存する」とはっきりかいてあるのです。

主権が國民にあることを、「主権在民」といいます。

あたらしい憲法は、主権在民という考えでできていますから、主権在民主義の憲法であるということになるのです。


 みなさんは、日本國民のひとりです。

主権をもっている日本國民のひとりです。

しかし、主権は日本國民ぜんたいにあるのです。

ひとり/\が、べつ/\にもっているのではありません。

ひとり/\が、みなじぶんがいちばんえらいと思って、勝手なことをしてもよいということでは、けっしてありません。

それは民主主義にあわないことになります。

みなさんは、主権をもっている日本國民のひとりであるということに、ほこりをもつとともに、責任を感じなければなりません。

よいこどもであるとともに、よい國民でなければなりません。


・・・・・・・

中略(参照)https://www.aozora.gr.jp/cards/001128/files/43037_15804.html

・・・・・・・

十五 最高法規

 このおはなしのいちばんはじめに申しましたように、「最高法規」とは、國でいちばん高い位にある規則で、つまり憲法のことです。

この最高法規としての憲法には、國の仕事のやりかたをきめた規則と、國民の基本的人権をきめた規則と、二つあることもおはなししました。

この中で、國民の基本的人権は、これまでかるく考えられていましたので、憲法第九十七條は、おごそかなことばで、この基本的人権は、人間がながいあいだ力をつくしてえたものであり、これまでいろ/\のことにであってきたえあげられたものであるから、これからもけっして侵すことのできない永久の権利であると記しております。

 憲法は、國の最高法規ですから、この憲法できめられてあることにあわないものは、法律でも、命令でも、なんでも、いっさい規則としての力がありません。

これも憲法がはっきりきめています。

 このように大事な憲法は、天皇陛下もこれをお守りになりますし、國務大臣も、國会の議員も、裁判官も、みなこれを守ってゆく義務があるのです。

また、日本の國がほかの國ととりきめた約束(これを「條約」といいます)も、國と國とが交際してゆくについてできた規則(これを「國際法規」といいます)も、日本の國は、まごころから守ってゆくということを、憲法できめました。

 みなさん、あたらしい憲法は、日本國民がつくった、日本國民の憲法です。

これからさき、この憲法を守って、日本の國がさかえるようにしてゆこうではありませんか。


おわり


底本:「あたらしい憲法のはなし」日本平和委員会
   1972(昭和47)年11月3日初版発行
   2004(平成16)年1月27日第38版
底本の親本:「あたらしい憲法のはなし」実業教科書株式会社
   1947(昭和22)年7月28日同日翻刻印刷
   1947(昭和22)年8月2日同日翻刷発行
   1947(昭和22)年8月2日文部省検査済
※「/\」と「/″\」の使い方は、底本通りにしました。
入力:林 幸雄
校正:松永正敏
2004年6月9日作成
2013年6月7日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

*表記について
このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。
[#…]は、入力者による注を表す記号です。


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五箇条の御誓文

https://ja.wikipedia.org/wiki/五箇条の御誓文

五箇条の御誓文

この項目では、1868年に布告された五項目からなる明治政府の基本方針について説明しています。朝鮮商工連と国税庁との間に取り交わされたとされる五項目の協定については「五項目の合意事項」をご覧ください。

五箇条の御誓文(ごかじょうのごせいもん)は、慶応4年3月14日[1](1868年4月6日)に明治天皇が天地神明に誓約する形式で、公卿や諸侯などに示した明治政府の基本方針である。正式名称は御誓文であり、以下においては御誓文と表記する。

(転記者註:天皇が天地神明に誓約することを日本古来「詔勅」という。
聖徳太子は法皇大王すなわち後の天皇とおなじ位であるから、
十七条憲法も日本古来日本語の正しい意味で天皇が天地神明に誓う「詔勅」であり、
十七条憲法と五箇条ご誓文とは同じである。

しかしながら、大日本帝国憲法は明治22年明治政府総理として廃仏毀釈した伊藤博文が天皇絶対不可侵の唯一絶対神専制独裁条項を盛り込んで起草しており、
これは十七条憲法と五箇条ご誓文の詔勅を臣下の身で恣意的に破棄した大逆不敬の菲法であった。
大日本帝国憲法は中世キリスト教ヨーロッパの王権神授説そのものであり、
政教一致カルト専制弾圧搾取の武器でしかなかったのである。)


起草の過程[編集]
明治新政府は大政奉還後の発足当初から「公議」を標榜し[2]、その具体的方策としての国是を模索していた。慶応4年(1868年)1月、福井藩出身の参与由利公正が、「議事之体大意」五箇条[3]を起案し、次いで土佐藩出身の制度取調参与福岡孝弟が修正し、そのまま放置されていた。それを同年3月に入って長州藩出身の参与木戸孝允が加筆し[4]、同じく参与の東久世通禧を通じて議定兼副総裁の岩倉具視に提出した。
福岡孝弟は、由利五箇条に対して第一条冒頭に「列矦會議ヲ興シ」(列侯会議ヲ興シ)の字句を入れるなどして封建的な方向へ後退させ、表題も「会盟」に改めたため、列侯会盟の色彩が非常に強くなった。さらに福岡は発表の形式として天皇と諸侯が共に会盟を約する形を提案した。しかし、この「会盟」形式は、天皇と諸侯とを対等に扱うものであり、「諸事神武創業之始ニ原キ」とする王政復古の理念にも反するという批判にさらされた。

そこで、参与で総裁局顧問の木戸孝允は、

天皇が天神地祇(てんじんちぎ。簡単に言えば神)を祀り、神前で公卿・諸侯を率いて共に誓いの文言を述べ、かつ、その場に伺候する全員が署名するという形式を提案し、

これが採用されることとなった。その際、木戸は、(1)福岡案第一条の「列侯会議ヲ興シ」を「廣ク會議ヲ興シ」(広ク会議ヲ興シ)に改め、(2)「徴士」の任用期間を制限していた福岡案第五条を削除して、(3)木戸最終案第四条「旧来ノ陋習ヲ破リ天地ノ公道ニ基クヘシ」を新たに組み込み、五箇条の順序を体裁良く整え直すなど、大幅に変更を加え、より普遍的な内容にした。また、議定兼副総裁の三条実美も福岡案表題の「会盟」を「誓」に修正したため、木戸による五箇条が「誓文」「御誓文」「五箇条誓文」「五箇条の御誓文」と呼ばれるようになった。この木戸五箇条が、天下に布告すべき日本国の国是として明治天皇の裁可を受け、慶応4年3月14日(1868年4月6日)、朝廷の偉大さを天下に確定させんとする木戸の狙い通り、誓約された。木戸は後日その意図について、「天下の侯伯と誓い、億兆の向ふ所を知らしめ、藩主をして其責に任ぜんと欲し」たと述べている[5]。

儀式と布告[編集]

中略参照https://ja.wikipedia.org/wiki/五箇条の御誓文


一 廣ク會議ヲ興シ萬機公論ニ決スベシ[編集]
(現代表記)広く会議を興し、万機公論に決すべし。

一 上下心ヲ一ニシテ盛ニ經綸ヲ行フべシ[編集]
(現代表記)上下心を一にして、さかんに経綸を行うべし。

一 官武一途庶民ニ至ル迄各其志ヲ遂ケ人心ヲシテ倦マサラシメン事ヲ要ス[編集]
(現代表記)官武一途庶民にいたるまで、おのおのその志を遂げ、人心をして倦まざらしめんことを要す。

一 舊來ノ陋習ヲ破リ天地ノ公道ニ基クべシ[編集]
(現代表記)旧来の陋習を破り、天地の公道に基づくべし。

一 智識ヲ世界ニ求メ大ニ皇基ヲ振起スべシ[編集]
(現代表記)智識を世界に求め、大いに皇基を振起すべし。


勅語[編集]

勅語と奉答書(太政官日誌掲載)
(現代表記)我が国未曾有の変革を為んとし、朕、躬を以て衆に先んじ天地神明に誓い、大にこの国是を定め、万民保全の道を立んとす。衆またこの旨趣に基き協心努力せよ。年号月日 御諱
(意味)我が国は未曾有の変革を為そうとし、わたくし(天皇)が自ら臣民に率先して天地神明に誓い、大いにこの国是を定め、万民を保全する道を立てようとする。臣民もまたこの趣旨に基づき心を合わせて努力せよ。


奉答書[編集]
(現代表記)勅意宏遠、誠に以て感銘に堪えず。今日の急務、永世の基礎、この他に出べからず。臣等謹んで叡旨を奉戴し死を誓い、黽勉従事、冀くは以て宸襟を安じ奉らん。慶応四年戊辰三月 総裁名印 公卿諸侯各名印
(意味)天皇のご意志は遠大であり、誠に感銘に堪えません。今日の急務と永世の基礎は、これに他なりません。我ら臣下は謹んで天皇の御意向を承り、死を誓い、勤勉に従事し、願わくは天皇を御安心させ申し上げます。

(奉答書の日付が「慶応四年」となっているが、後の明治改元により慶応四年は1月1日に遡って明治元年に改められた(大正以降の改元とは異なるので要注意)。よって正式には「慶応四年」は「明治元年」に読みかえる[要出典]。)


江戸幕府の天下のご政道を受け継いだものである。

武士始め士農工商四民はみな佛教を奉じていたので、天下のご政道は「和を以て貴しとなす」十七条憲法に遵って天下を治める佛教の政教分離統治であった。


22. 空虚[1348] i_OLlQ 2018年4月27日 14:22:15 : zlIEzuvVbU : SoTlseVWrls[1]
御誓文。

統治史の中で、数少ない光を見出せる行為だわな。

>21 富岳正彦 殿 善い※投稿ありがとう。

(ちと、長いから読むもんは多くなかろうがw)

アメリカ大統領も就任の際には、バイブルを手に宣誓をするが

その精神の目指すところは同様であろうと推測しても遠からずだね。


noblesse oblige だ。

美しい国に必要で危機的に欠乏しとるもんが、それだわな。

文書改竄、隠蔽 ハラスメント・・・職責放棄の指導体制。

官民問わずに蔓延しとるよ・・・。


23. 豊岳正彦[15] lkyKeJCzlUY 2018年4月29日 09:10:14 : AKB67GaCh2 : rOxK_DunrP0[16]
>>21日本国憲法前文

幣原喜重郎は先祖代々の政教分離仏教徒だから、この「あたらしい憲法の話」も自ら日本のこれからをになう小中学生に向けて親が子に食物を噛んで含めるように、憲法という仏法をかみ砕いてわかりやすく元服(数え歳15,6歳すなわち満13,4歳)前のこどもたちという人類の宝に向けて話しかけるが如く、傷ついて残り少ない命を燃やしながら大和民族先祖伝来以心伝心の親心を傾け尽くして著作したのである。
www.asyura2.com/18/senkyo243/msg/697.html#c24

日本人の親心はムー大陸時代から仏法の大慈悲である。
よって幣原は2600年前にインドに現れた釈迦牟尼仏陀が霊鷲山で説法したお経から日本国憲法を書いた。

仏教伝道協会の菩薩達が釈尊の説法すなわちお経を平易な現代日本語に和訳して出版してくださった「仏教聖典」から、幣原が日本国憲法前文を書いたときにその原典としたお経を紹介する。

このお経はブログ「アメリカ→官邸→マスコミの共認支配」に投稿して掲載されたものを転記する。ブログ主様掲載して下さりありがとうございます。
http://masukomi-kyounin.cocolog-nifty.com/blog/2018/03/post-8cde.html#comment-116302841

「放送法は憲法29条違反である。」

日本国憲法は仏法である。

佛弟子幣原喜重郎が昭和21年に作った第九条は「無怨能勝怨」そのものです。https://blog.goo.ne.jp/2005tora/e/d5149f5de51e6c774696cd433f1a857a#comment-list


そもそも「憲法」とは聖徳太子以来太陰暦日本語で仏法に帰依すると言う意味だから、

日本国憲法は仏教徒が帰依する釈尊の言葉即ちお経を昭和20年当時の日本人が使っていた日本語に翻訳した、
聖徳太子十七条憲法と同じほんとうの三宝帰依する「憲法」です。

十七条憲法は聖徳太子という仏弟子「天皇」が自ら発した詔勅ですが、

大日本帝国憲法は明治天皇が発した詔勅ではなく、
長州ファイブで渡英して耶蘇一神教基督教フリーメーソン信者となった非武士伊藤博文が、

聖徳太子以来仏弟子だった太陰暦日本古来の「天皇」という地位を、

万物の造物主絶対神(唯物悪魔)一神教の聖書と太陽暦をとりいれて「廃仏毀釈」して、

煩悩に迷う仏弟子に過ぎなかった天皇を「唯一絶対神」に置き換える捏造で作ったものです。

大日本帝国憲法は三宝に帰依せず仏法を守らないから、この憲法の「法」は仏法の「法」ではなく一神教のハムラビ法典の「法」である。

すなわち大日本帝国憲法は仏天子天皇の詔勅でもなければ仏法にも帰依していないから、全く「憲法」ではない。

仏教徒日本人を上下ともにいっぺんに欺く、七不衰法を破る仏国土内部で最も極悪の罪を犯した「転輪王の重臣」*が伊藤博文ですね。(*以下を参照)

ということで、今回は仏教聖典もろびとのためにで去年「株式日記と経済展望」に投稿したテキストを改行と補注と追補で推敲したテキストを次から投稿します。

日本国憲法「法庫」http://www.houko.com/00/01/S21/000.HTM

「あたらしい憲法の話」https://www.aozora.gr.jp/cards/001128/files/43037_15804.html

併せて読んでみてください。

幣原喜重郎が昭和21年敗戦直後に明治以前の江戸時代仏國日本の天下のご政道七不衰法を復刻して聖徳太子以来の仏法に帰依する憲法を立てて、

無有大陸以来伝統の仏国土日本に新しい王「主権者国民菩薩常民」を君主として立憲建国するという、

仏弟子菩薩不退転の金剛力「一切衆生草木国土皆悉成仏 為せば成る」の強い意志すなわち菩薩の大誓願を感得覚悟することができましょう。
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仏教聖典_なかま_第一章人のつとめ_第三節もろ人のために から。

https://blog.goo.ne.jp/2005tora/e/d5149f5de51e6c774696cd433f1a857a#comment-list
を推敲した。

仏教伝道協会http://www.bdk.or.jp/buy/bukkyoseiten.html
の和文仏教聖典(A6判,331p)¥540を本屋に注文(送料が節約できる)
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第三節 もろ人のために 

 一、(長阿含経第二、遊行経)
 ここに国家を栄えさせる七つの教えがある。

一つには、
国民はしばしば会合して政治を語り、
国防を厳にして自ら守り、

二つには、
上下心を一つにして相和し、
ともに国事を議し、

三つには、
国風を尊んでみだりにあらためず、
礼を重んじ義を尊び、

四つには、
男女の別を正し、
長幼の序を守って、
よく社会と家庭の純潔を保ち、

五つには、
父母に孝し、
師長に仕え、

六つには、
祖先の祭壇をあがめて祭儀を行い、

七つには、
道を尊び徳をあがめ、
徳の高い師について教えを仰ぎ、
厚く供養することである。

 どんな国でも、
この七つの教えをよく守って破ることがないならば、
その国の栄えることは疑いがなく、
外国の侮りを受けることはないであろう。


 二、(華厳経第三四、入法界品)
 昔、大光王は、自分の王道を次のように説いた。

 「自分の国家を治める道は、まず自分を修めることである。
自ら慈の心を養って、
この心をもって国民に臨み、
人びとを教え導いて心の垢を除き去り、
身と心を和らげて、
世の中の楽しみにまさる正しい教えの喜びを得させる。

 また、貧しいものが来たときには、蔵を開いて心のままに取らせる。
そしてこれを手がかりとして、すべての悪から遠ざかるように戒める。

 人びとは各々その心をもととして、見るところを異にする。
この城中の民にしても、この都を美しいと見るものもあれば、また汚いと見るものもある。
これは各々、その心、その環境がそうさせるのである。

 教えを尊び、心の正しい素直な人は、木石にも瑠璃の光を見るのであるが、
欲が深くて自分を修めることを知らない者は、どんな立派な御殿でもなお美しいと見ることはできない。

 国民の生活は、万事みなこのとおり、心がもとになっているから、
わたしは国を治める大もとを、
民にその心を修めさせることに置いている。」


 三、(金光明経第一二、四天王護国品)
 大光王のことばどおり、
政道の大もとは、
民にその心を修めさせることにある。

 この心を修めることはさとりの道に進むことであるから、
政治の上に立つ人は、まず仏の教えを信じなければならない。

 もし政治を行う人が、
仏を信じ、
教えを信じて、
慈悲深く徳のある人を敬い、
これに供養するならば、
敵もなく、
恨みもなく、
国家は必ず栄えるに違いない。

 そして、国が富み栄えるならば、
他の国を貪り攻めることもなく、
また他を攻める武器の必要もなくなるであろう。

 したがって国民も満足して楽しみを受け、
上下和らいでむつみあい、
善を増し徳を積んで互いに敬愛し喜び合うから、
いよいよ人は栄え、
寒さ暑さもととのい、
日も月も星も常の程度を失わず、
風雨が時に従うようになり、
こうしていろいろの災いも遠ざかるようになるであろう。


 四、(大薩遮尼犍子所説経)
 王たるものの勤めは、民を守ることにある。
王は民の父母であり、
教え(すなわち仏法)によって民を守るからである。
民を養うことは、父母が赤子を養うようなもので、
父母が赤子のことばを待たず、湿ったものを取り替えて新しい布を当てがうように、
いつも民に幸いを与えて悩みを去るよう慈しみ養うのである。
まことに王は、民をもって国の宝とする。
これは、
民が安らかでなければ政道が立たないからである。

 だから、
王たるものは、民を憂えてしばらくも心を離さない。
民の苦楽を察し、
民の繁栄をはかり、
そのためには
常に水を知り、風、雨を知り、
実りの善悪を知り、
日照りを知り、
民の憂いと喜びを知り、
罪の有無と軽重、功績の有無などをよく知って、
賞罰の道を明らかにする。

 このように民の心を知って、
与えなければならないものは時をはかって与え、
取るべきものはよく量って取り、
民の利を奪わないよう、よく税を軽くして
民を安らかにする。

 王は力と権威によって民を守り、
このようにして
民の心になって民をよく見守るものが王と呼ばれる。

 
 五、(大薩遮尼犍子所説経)
 この世の中の王を転輪王というが、転輪王とはその家系が正しく、身分が尊くてよく四辺を統御し、また教えを守る(即ち仏法に帰依する)ところの王である。

 この王のゆくところには、
戦いもなく恨みもなく、
よく教え(仏法)によって
徳をしき、
民を安らかにして
邪と悪を下す。

 また転輪王は、
殺さず、
盗まず、
よこしまな愛欲を犯さず、
偽りを言わず、
悪口を言わず、
二枚舌を使わず、
むだ口を言わず、
貪らず、
瞋(いか)らず、
愚かでない。
この十善を行って民の十悪を去らせる。

 また、教え(即ち仏法の大慈悲)によって政治を正すから、
天下において思いのままになすことができ、
そのゆくところには戦いがなく、
恨みもなく、
互いに相犯すこともない。
したがって、
民は和らぎ、
国は安らいで、
民にいよいよその生を楽しませることができる。
だから教えを守る(即ち仏法に帰依する)王といわれるのである。

 また転輪王は、王の中の王であるから、
もろもろの王はみなその徳(大慈悲)を喜び、
その教え(すなわち大慈悲仏法)に従って各々その国を治める。

 このように転輪王は、もろもろの王をして各々その国に安んじさせ、正しい教えのもとに王の任を果たさせる。


 六、(大薩遮尼犍子所説経)
 また王は罪を裁決するにも、慈悲の心(すなわち仏法)をもととしなければならない。
明らかな智慧をもってよく観察し,
五つの原則をもってよく処置しなければならない。

 五つの原則というのは、

 一つには、実によって不実によらない。
これは、事実を調べて、その事実によって処断することである。

 二つには、時(じ)によって非時(ひじ)によらない。
これは、王に力のあるときが時(じ)であり、力のないときが非時(ひじ)である。
力のあるときは罰しても効果があるが、
力のないときには罰しても混乱があるだけであるから、
時を待たなければならない。

 三つには、動機によって結果によらない。
これは、罪を犯すものの心に立ち入って、
それが故意であるか故意でないかを見きわめ、
故意のことでなければ許すのをいう。

 四つには、親切なことばによってあらいことばによらない(すなわち和顔愛語)。
これは、
罪が規則のどれに当たるかを明らかにして罪以上の罰を与えないようにし、
また柔らかい優しいことばで諭してその罪を覚(さと)らせるのをいう。

 五つには、慈悲の心によって瞋(いか)りの心によらない。
罪を憎んで人を憎まず、
慈悲の心をもととして、
罪を犯したものにその罪を悔いあらためさせるように仕向けるのである(すなわち和顔愛語)。


 七、(大薩遮尼犍子所説経)
 もし王の重臣であって
国家の大計を思わず、
ただ自分の利ばかりを求め、
賄賂を取って政道を曲げ、
人民の気風を頽廃させるならば、
人民は互いに相欺くようになり、
強い者は弱い者をしいたげ、
貴い者は卑しい者を軽んじ、
富んだ者は貧しい者を欺き、
曲がった道理をもって正しいものを曲げることになるから、
災いがいよいよ増長するようになる。
 
 すると忠実な重臣は隠れ退き、
心あるものも危害を怖れて沈黙し、
ただへつらう者だけが政権をとって、
みだりに公権を用いて私腹を肥やし、
民の貧しさは少しも救われないようになる。

 このようになると、
政令は行われなくなり、
政道はまったくゆるんでしまう。

 このような悪人こそ、民の幸福を奪う盗賊であるから、
国家のもっとも大きな悪賊といわなければならない。
なぜなら、上を欺き下を乱して、一国の災いの源となるからである。
王はこのような者を、もっとも厳しく処罰しなければならない。

 また教えによって政治をしく王の国において、
父母の生育の恩を思わず、
妻子にだけ心を傾けて父母を養わず、
あるいはまた、
父母の所有を奪って
その(父母の)教えに従わないものは、
これをもっとも大きな悪の中に数えなければならない。

 なぜなら、
父母の恩はまことに重くて、
一生心を尽くして孝養しても、
し尽くせないものだからである。
主君に対して忠でなく、
親に対して孝でない者は、
もっとも重い罪人として処罰しなければならない。

 また教えによって政治をしく王の国の中においては、
仏と教えと教団(仏法僧)の三宝に対して信ずる心がなく、
寺を壊し経を焼き、
僧侶を捕らえて駆使するなど
仏の教えを破る行いをする者は、
もっとも重い罪の者である。

 なぜなら、
これらはすべての善行のもとである民の信念を覆すものだからである。
これらの者は、みなすべての善根を焼き尽くして、
自ら自分の穴を掘るものである。

 この三種の罪がもっとも重く、
したがってもっとも厳しく処罰しなければならない。
その他の罪は、これらに比べると、
なお軽いといわなければならない。」


 八、(大薩遮尼犍子所説経)
 正しい教えを守る王に対して逆らう賊が起こるか、
あるいは外国から攻め侵すものがあるときは、
正しい教えの王は三種の思いを持たなければならない。

 それは、
第一には、
逆賊または外敵は、ただ人を損い人民を虐げることばかりを考えている。
自分は武力をもって民の苦しみを救おう。

 第二には、
もし方法があるなら、
刃(やいば)を動かさないで、
逆賊や外敵を平らげよう。

 第三には、
敵をできるだけ生け捕りにして、
殺さないようにし、
そしてその武力をそごう。

王はこの三つの心を起こして、
それから後に部署を定め訓令を与えて戦いにつかせる。

 このようにするとき、
兵はおのずから王の威徳をおそれ敬ってよくその恩になずき、
また戦いの性質をさとって王を助け、
そして王の慈悲が後顧の憂いをなくすことを喜びながら、
王の恩に報いるために戦いに従うから、
その戦いはついに勝利を得るだけでなく、
戦いもかえって功徳となるであろう。


______________________
(第三節了:仏教聖典の本文に改行や(註)を挿入し校正した)

投稿: 豊岳正彦 | 2018年4月 5日 (木) 00時28分


24. 豊岳正彦[-16107] lkyKeJCzlUY 2023年5月20日 09:22:17 : Kbp8eWBqVE : dDJRSjNjemZDdW8=[12] 報告
神村法雨
facebook.com/profile.php?id=100078272943689
神村法雨 さま。

サトウハチロー作詞万城目正作曲リンゴの唄を並木路子と霧島昇が唄いましたねw軽いくしゃみも飛んで出る♪
くしゃみは一つ褒められ二つにくさしですが三つ出るのはただの風邪でしたかw
風邪にマスクは口裂け女じゃったろげな、ちゅうか風邪にマスクは四にまっせw
マスクは誰もしちゃならぬ。かわいい声が台無しじゃ。
youtube.com/watch?v=X3mNUEJ3L1o
もひとつどうぞ。みんな唄が大好きなんで。
youtube.com/watch?v=uk5Nhma2tBg
エマニュエルめに聞かせてやるかw日本の女性の麗し声をw

[18初期非表示理由]:担当:スレ違い長文多数により全部処理

25. 豊岳正彦[-16109] lkyKeJCzlUY 2023年5月20日 09:32:44 : Kbp8eWBqVE : dDJRSjNjemZDdW8=[13] 報告
女性に勝てる男は居らんよw
聞け変態のエマニュエルw
神村法雨facebook.com/profile.php?id=100078272943689
神村法雨 さま。
サトウハチロー作詞万城目正作曲リンゴの唄を、
並木路子と霧島昇が唄いましたねw
軽いくしゃみも飛んで出る♪
くしゃみは一つ褒められ二つにくさしですが三つ出るのはただの風邪でしたかw
風邪にマスクは口裂け女じゃったろげな、ちゅうか風邪にマスクは四にまっせw
マスクは誰もしちゃならぬ。
かわいい声が台無しじゃ。
youtube.com/watch?v=X3mNUEJ3L1o
もひとつどうぞ。みんな唄が大好きなんで。
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エマニュエルめに聞かせてやるかw日本の女性の麗し声をw

[18初期非表示理由]:担当:スレ違い長文多数により全部処理
26. 豊岳正彦[-16108] lkyKeJCzlUY 2023年5月20日 09:46:05 : Kbp8eWBqVE : dDJRSjNjemZDdW8=[14] 報告
こんなん作った。
asyura2.com/18/senkyo243/msg/600.html#c26
著作権?んなもん知るかw
変態ジャニーもろとも消え失せろw
女性に勝てる男は居らんよw
聞け変態のエマニュエルw
神村法雨facebook.com/profile.php?id=100078272943689
神村法雨 さま。
サトウハチロー作詞万城目正作曲リンゴの唄を、
並木路子と霧島昇が唄いましたねw
軽いくしゃみも飛んで出る♪
くしゃみは一つ褒められ二つにくさしですが三つ出るのはただの風邪でしたかw
風邪にマスクは口裂け女じゃったろげな、ちゅうか風邪にマスクは四にまっせw
マスクは誰もしちゃならぬ。
かわいい声が台無しじゃ。
youtube.com/watch?v=X3mNUEJ3L1o
もひとつどうぞ。
みんな唄が大好きなんで。
youtube.com/watch?v=uk5Nhma2tBg
エマニュエルめに聞かせてやるかw日本の女性の麗し声をw

[18初期非表示理由]:担当:スレ違い長文多数により全部処理
27. 豊岳正彦[-16113] lkyKeJCzlUY 2023年5月20日 10:39:20 : Kbp8eWBqVE : dDJRSjNjemZDdW8=[15] 報告
<■346行くらい→右の▽クリックで次のコメントにジャンプ可>
「すべての声は訴える」を全世界の子供の教科書に掲載しよう!
hougakumasahiko.muragon.com/entry/579.html

 
  こどもの原爆被爆体験詩集『原子雲の下より』の序文に寄せて
       峠 三吉 


   (未発表遺稿から下関原爆展事務局書き起こし文に≪加筆≫)

すべての声は訴える

青空に雲が燃えていたら
アスファルトの道路が 熱気にゆるんでいたら
雑草や埃(ほこり)の匂いが風に立ちこめていたら
戦後七年
決して明るくなってゆかぬ生活の疲労の中で
広島の人々は
ふとあの悲惨な日々の感覚に打たれることを
炎の中の瓦礫(がれき)の下の呼び声に憑(つ)かれることを
訴えどころのない憂憤(ゆうふん)に ひそかに拳をふるわして耐えていることを
此(こ)の詩集を手にするあなたに知ってもらいたい

それは決して遠い記憶ではない
今、眼に映っている対岸の建物の壁が
突然破れ、瓦がはげ落ち
頭脳の奥で閃光(せんこう)がひらめいても
それは決して新しい事件に遭遇(そうぐう)したのではなく
それは
自分の生きようとする正しい力が
何か巨大にして非人間的な圧力によって
遂(つい)にうち負かされてしまったのだ という絶望感で
受けとられるものにちがいない

此の詩集を読もうとする多くの人に知ってもらいたい
広島の、そして長崎の人間は
原爆の炎の中から脱出して起ち上がろうと努めつつ
その意味する欺瞞(ぎまん)的な力の中で
まだ必死にもがいている
もがいていながらも
私たちは
あの炎と血膿(ちうみ)のしみついた皮膚の感覚で
愛する妻子や父母を茸(きのこ)雲の下で見失った
涙にまみれた体で
今はもう知ろうとしている
原爆を戦争に直接関係の無い老若男女の日本人の上に投下し
その後にわたってその所有を独占しようとし
その脅威(きょうい)をふりかざして
世界を一人占めにしようとして来た意志
日本が侵略されるという囁(ささや)きを吹き込み
再軍備にかり立て
そのような政策に反対する国民の口に破防法(はぼうほう)という
猿ぐつわを噛(か)ませる意志が
すべて一つのものであるということを
もうはっきりと知ろうとしている
そして
此の詩集をお読みになるあなたも
きっと知るにちがいない
私たちが一個の人間として
正しく幸福に生きようとするねがいを
何時(いつ)の時代でも 常にはばんで来たものがあったとすれば
その力こそまさに此の暗い意志であり
その権力こそまさに
私たちを戦争にひきずりこむものであったということを

噫(ああ)そして 私たちは知ることが出来る
世界最初に原子爆弾を頭上に落(おと)された日本人だという
黄色い皮膚にかけて
漆黒(しっこく)の瞳(ひとみ)と流れる黒髪にかけて知ることが出来る
今はもう
戦争を、その物欲と権力保持のために欲(ほっ)する
一握りの、人間と呼ぶに価(あたい)しない人間以外の≪ものたちへむけて≫
世界中の
真実と労働を愛するすべての人々と共に
腕を交(く)みあって
平和へのたたかいを進めてゆくことこそが
私たちの正しく幸福に生きようとする
人間としてのねがいを
達成(たっせい)する唯一(ゆいつ)の道であるということを
私たちは日本人として
植民地支配に苦しんで来た
アジアの人間として
知ることが出来る

そのために
そうだ、それを信じるために
多くの語り難(がた)い苦痛を越え
多くの語ることによる危険をしのぎ
老人も主婦も、未亡人も、青年も
又、勇気ある教師にみちびかれた子供達も
すべての人々が
血と涙にいろどられた叫びを
此の詩集に寄ってあげているのだ
どうか
此の信頼と愛が
戦争を憎み 原爆を呪(のろ)う無数の声の中で
大きな稔(みの)りを持つように
その声の底にかくれつつ 永遠に絶(た)ゆることのない
地下からの叫びが
生きている私たちの力によって
癒(いや)されるように!
原爆が再び地上に投ぜられることなく
原爆を意図するものが 世界中の働く者の力によって
一日も早く絶滅されるように!
此の詩集はそのためにあなたにおくられるのだ

一九四五年八月六日、午前八時十五分
広島に世界最初のウラニュウム二三五爆弾が投下され
九日 午前十一時
長崎にプルトニウム爆弾が投下された
広島では全人口四十万のうち
二十四万七千の生命が奪われた
軍事的には
勝負をそれのみで決しうるほどの力はでないといわれる
原子爆弾が
なぜこのような悲惨な現実を呼び起こしたか
落とされた広島は
無防備の市民の上であったし (長崎では市街に近い宗教地域の上であった)
落とされた時間は
市民をまるで屠殺場(とさつじょう)のように中心部に集めていた
それらはすべて
見事に計画されていたといえる
あの茸(きのこ)状をした雲の下には何があったか
そこにあったのは
疎開(そかい)できぬ児童を集め、あるいは勤労奉仕に生徒を集めた学校、陸軍
 関係のみでも五万人の患者を収容していた病院、青年の出払ったのち堆積(た
 いせき)する事務に追われていた官庁、銀行、聖戦の勝利を祈らされていた教会
 、主人をとられ主婦と子供で守っていた商店であり
それらはすべて破壊されたが
炎の海の外側にあった
多くの軍需工場は
 (三菱造船、三菱重工、旭兵器、日本製鋼、兵器被服廠−西条・八本松へ疎開
 −東洋工業、油谷重工等)
窓、扉、天井が破壊された程度で
殆(ほとん)ど無傷であり
国鉄は三日間でその機能を回復した実状であった
その炎の海で死んだのは
勤め人、学生、小児などの老若(ろうにゃく)市民であり
兵隊にしても
すでに出しつくされたあとの力弱い兵隊であった

一九四五年の春から夏にかけて
日本中の都市が夜毎(よごと)に焼きつくされる
戦争の炎の前で
広島はあわれな生きもののように顫(ふる)えつづけていた
今夜こそ危ない
今夜こそ焼かれる、という噂(うわさ)
あるいは広島は水攻めにするのだというような噂によって
夜闇(よるやみ)にまぎれては逃げようとする市民、橋の畔(ほとり)にひかえて
 逃がすまいとする軍や自衛隊≪原文まま≫
飢えた隣組(となりぐみ)の行列の間(あいだ)を
野菜を満載した軍のトラックが走りすぎる混乱の中で
河が白く埋まるほど、七月末 空から撒(ま)かれた七種類のビラには
原爆の廃墟(はいきょ)と同じ絵が描かれてもあったが
すでに疎開のすべはなく(そのビラを持っていると死刑にすると脅され、警察が
 人をやとって船を出し、拾い上げて焼却させた)
それでも五日の夜、広島をいよいよ焼き払うと
ビラが落とされたという
二、三日前からの噂によって
市民の多くは周辺の山や畑に逃(のが)れ、濃い闇空の銀河のもと
不安な一夜を明かした
夜半、豊後水道より広島湾上空へ
二百のB29は侵入し旋回数十分 広島を襲うと見せて
突然進路を西南方へ変え
光市の方面へ飛び去った
明け方 空襲警報は解除され
県内に侵入している敵機は四機、そしてやがて離脱したと
ラジオは報じ
七時五十分、警戒警報も解除された
この時、市民はB29の爆音をきいたが
黒めがねをつけた米人の乗員が
人類の恥辱(ちじょく)をのせた三機によって
高々度より侵入しつつあった事を誰が知り得たろう
そして今夜も無事に済んだとほっと安堵(あんど)した人々が
家に帰り、急いで朝食を済まし(朝食の炊事の火はまだ消えるほどの時では
 なかった)
出勤者は仕事場へ、学生、生徒は学校から作業場へ
隣組は市の周辺町村から市の中心部へ
畑仕事をやめて松根掘りに日をあかしていた郡部からの義勇隊もそれらと一
 緒に市の真ん中へ・・・・・・
それは統計ではかり出したように
一日の中で最も多数の市民が屋外に溢(あふ)れている時間であった

此の広島という都市の、雛鳥(ひなどり)のような中心部
この選ばれた時間
広島はどんな無心な表情をしていただろうか
爆心直下の広島中央郵便局では(本局とよんでいた)
丁度(ちょうど)夜勤と日勤者の交替時(どき)にあたり
全員六百名が 古めかしい煉瓦(れんが)造りの建物内に充満し
一人の老小使いのみが
玄関わきの塵溜(ちりため)にごみを捨てに出ていたところだった
七、八百米(メートル)東北方の練兵場では
丁度その朝入隊した男たちが(中年の兵隊か一度病気で帰り再度招集された
 ものたちであった)
軍服をつけて整列し
見送りの家族が旗などをもって
名残(なごり)を惜しんでいる時だった
千米はなれた県庁では、防空当直二百名が帰宅し
他の庁員が出勤し
動員学徒の少女たちが掃除バケツをもって廊下を
歩いていたとき
約千五百米の市役所裏 雑魚場町の一帯では
県立高女、県立一中、私立二中、女学院高女、女子商業、その他の一、二年
 生が教師に指揮されて疎開家屋のあと片付けに
とりかかっていたところ
又同所、あるいは同じ距離の土橋町一帯では市近辺よりの隣組、義勇隊の老
 人や子どもを背負った主婦たちが
同じ仕事にとりかかろうと集合して汗を拭(ふ)いていたときだった
二千米はなれた横川町の狭い商店街は郊外より
市内へ出勤する人の群(むれ)で埋まり
三千米はなれた家庭では作業へ、あるいは職場へ
家族を送ったあとの年よりが幼児が
朝食のあと始末に働こうとしていた

ああ そのような
戦争の末期の不安のなかで
常に天皇を頭(かしら)とする権力者たちの意のままに
父や夫や息子をさし出し
ダイヤも金も、あらゆる財産を投げ捨て
ぼろをまとい大豆を囓(か)じり野草をたべながら
従つてきた国民が
その愚かなほどに無心の表情を
八月の青空にむかって曝(さら)していたとき
TNT二万トン爆弾より強力な
グランド・スラムの二千倍以上の爆破力を有する
そしていまや
太陽の力が源泉となる勢力が(八・六トルーマン声明)(二〇〇〇呎(フィート)
 直下の温度は摂氏三〇〇〇〜四〇〇〇度−ロスアラモス科学研究所「原子
 兵器の効果」より。トルーマン大統領がいかにもやさしくヒルダと呼んだ)
上空五百米(メートル)に於いて放射されたのである
大部分の子供達が此の詩集の中で
「ピカッー」と光ったという印象を伝えているほど
この時の光線の印象は強烈なものであり
体験者たちは
赤・紫・白・黄・紺色・橙(だいだい)色だったと様々な感じを伝えているが
その強烈な光りは
それを直視したすべての人の視力を奪い
その瞬間から広島の悲劇は始まったのである
中央郵便局は未曾有(みぞう)の衝撃を真上から浴びて瞬時に倒潰し全員死亡
老小使いのみ一人生き残っていたが二、三日後に死亡し
練兵場の一隊は全部赤剥(む)げになったり
半裸で作業中の兵隊はみじめであった
真黒く炭化したりして散乱した(軍関係の死亡者は一二五、八二〇人と算出され
 ている)
県庁で圧殺(あっさつ)をまぬがれた人々は水を求めて河岸へ
いざり寄り
万代橋の西詰では二日後まで死体の山が
河底から土手より高く重なって盛り上がっていた

疎開家屋のあと片付にとりかかっていた中学校、女学校の
下級生徒たち、又それを引率指揮していた先生たちの
最後の模様をどのようにつたえたらよいだろうか
思い思いの服装に新しい麦ワラ帽をかぶったり
歌を唄いつつ友人とふざけあったり 作業場に到着した
すべて十三、四才の少年少女たちが
突然の(不意の)閃光に出あい 打ち倒され
煙のはれ間やっと起き上がったものは
すでに花のようなもとの姿は奪われて
頭髪は焼け、前日に黒く染めた着衣は焦げ飛び、皮膚は剥(は)がれて肉が露出
 し 顔はふくれた
降(ふ)りくる石や材木に打たれた傷は石榴(ざくろ)のように口をあけて
その場で死んだものの骨、水槽の中に教師に抱かれて死んでいる死体
母を呼び 教師を呼び
歩けぬものは腹這(はらば)って比治山方面へ逃れて行く
土橋方面の隣組は多くが火傷(やけど)の傷手(いたで)と焔(ほのお)に追われ
天満(てんま)川に這い降りて水に流されたらしく この辺りの消息はよくわからない
家庭の悲惨も同じであった
瞬時に倒潰(とうかい)した家屋の間から 焔に包まれる最後まで
助けを求めて掘られた腕(倒壊した家の下敷きになった子供を救ってくれと哀訴(あい
 そ)する母親の必死の顔付(かおつき)は、長く忘れる事が出来ない)
熱いよう熱いようの 細々とつづいたよび声は遂にとだえても 助けの力を得ることなく
広島全市が焼けはてて骨となっても
骨のひらい≪拾い≫手さえ帰って来ない
此の時 たつ巻をよび風をつのらせる炎の上、市の西北一帯に真黒い豪雨が降り
己斐(こい)の山上にしばらくかかっていた虹の色は生き残った人々の記憶につよく
 残っている

夜に入っても全市の炎は明々(あかあか)と空を焦がしている
このとき市の周辺の町村の
病院、学校、お寺、個人の家などには
逃れてきた人々が折り重なって倒れ
次々と口鼻から血を吐いて死んでゆきつつあった
 (義勇隊を送った部落は軒並(のきなみ)に二人、三人死に、探しにゆく。葬式を出す。
 怪我(けが)をして帰ってくる割当の罹災者はなだれこんで眼も当てられぬ光景)
看護の婦人会など夜になると恐怖のために逃げ帰る程だった
こうして即死したものは骨とドクロになり(一中の焼跡にはドクロが机の配列の通りに
 並んでいて手に取ろうとすると灰となって崩れた。中心部では骨も何も無い)
火傷のものは一週間から八月中旬までの間に
膿(うみ)と蛆(うじ)にまみれたまま次々と死に
九月頃 無数の蝿(はえ)が発生した
八月二十日頃より原爆症が始まった
体に無疵(むきず)のものが髪がぬけ 急に下痢(げり)、嘔吐(おうと)、発熱し
口からの出血は止まらず 全身に斑点(はんてん)が現れ死亡する
この手のほどこしようもないこの症状が
生き残った人々の上を襲った(ひどいものは白血球が五百まで減少した。健康体で
 七千〜八千、一千以下では生命が危ない)
薬品類はすでになく
栄養を、新鮮な果物を、といってもこの時国民の誰が
それらを手にし得(え)よう
このような時でさえ一部の病院では
金のあるものは あたう限りの治療をうけ
身よりも金もないものは形ばかりの治療で放置された
そして一方火傷の人々は
幾度(いくたび)皮膚が貼っても又その底からの膿(うみ)で破れ
その苦痛は自殺を欲(ほっ)する苦しみ

このような中で死ぬものは死に 残るものは残ったが
戦後七年間の歩みの中で
この原爆の影響がどのように尾をひいているか
東雲(しののめ)付中≪附属中学≫で生徒たちに「生い立ちの記」を書かせたら
殆ど全部のものが原爆のことにふれていたというほど
広島の人々の間にしみ通っている原爆が
ケロイドにより原爆症により いかなる被害を及ぼしているか
広島の中心地にいる人は体験者が殆んどいない、
それは大抵(たいてい)の家が一家全滅してるからだ
あの驚きのために気のふれた(健忘性失語症)子供
馬鹿になった(記憶喪失)青年
治療ののぞみない体に絶望のあまり自殺をしようとするもの
それらの悲しみと苦悩は
すでに今迄(まで)の年月の間で耐ええぬものは死に
耐えうるものは踏みこえて来たものの
顔面のケロイドのために平常は家にひきこもり、八月六日の命日のみには
爆心地の供養塔に参りにゆく姿の見られる娘さんたちの
胸に秘めた涙は何によって慰められる事が出来よう
又 詩の中にもかかれているように 禿(はげ)よ禿よとけいべつされる
子供たちの悲しみを誰が癒(いや)してやれようか
しかも 七年たった
現在でも尚(なお)、「原爆の子」の伊藤久人君が今春死亡したように
原子爆弾症は継続して起こりつつあり 戦後現在まで
全く何ともなかった者が急に白血球の減少 又は急増(きゅうぞう)を来(きた)
 して死に瀕(ひん)しつつあること
又 遺伝的悪影響が科学者(ハックスレ−)によって説(とな)えられ
ワシントン二二・三・十六発AP共同は米陸海軍軍医ならびに
科学者からなる原子爆弾の被害調査委員会が、広島および長崎の爆撃生存
 者について医学的調査をつづけて来たが、二十六日生存者の間から数名の
 奇形児が生まれたことを発表した。但し原爆が直接の原因であるとの確証は
 まだあがっていない(毎日三・二八)
と報じられるようでは
一体どうなるであろう
そして又 それらはすべて治療の方法がなく、その見通しさえないとしたら
又落(おと)された時どうなるのであろう
原子爆弾の使用されぬことを
再び戦争の起こされぬことをねがう必死の声は
この苦悩の中から叫び出されているのだ

一九四五年 ドイツの降伏後三ヵ月でソヴェートは日本に宣戦すると決まった
 ヤルタ会談が二月に終り、四月一日米軍は沖縄に上陸
同≪四月≫五日小磯内閣は退陣
同日モロトフ外相が、日ソ不可侵条約の不延長を通告して来た
五月八日ドイツはついに無条件降伏をしたが
ソヴェートの戦力消耗を待つように、第二戦線の形成をおくらし≪遅らせ≫て
 いた米英がスターリングラードの反撃より急に赤軍が攻勢に転じると、作戦
 上の無理をおしつつ イタリーやノルマンディーに上陸し、ベルリンの争奪戦
 が行なわれる
そのような中で
日本の戦力もすでに打ち滅(ほろ)ぼすべき敵ではなく
早く飼いならして次の相手に
使用すべくねらわれていた
然(しか)も日本の財閥と軍閥はそれを知って、国民を本土決戦の叫び声の中
 においやりながら(君が代をうたい、「日本は勝ちますね」と先生に死の前に
 ささやいた女生徒〈進徳高女〉のようなものはどこにでもいた)
天皇制を保持(国体ゴジ≪護持≫)しながら戦争を終えるケイキ≪契機≫をつ
 かもうとねらっていた
二人の客に媚(こ)びを売る女のように
前総理大臣広田をソヴェートに当たらせ
横浜銀行スイス代表者にアメリカ実業団との交渉をさせようとした
六月二十一日 沖縄での日本軍の組織的抵抗は終り
七月十六日 ニューメキシコで世界最初の原子爆発が行われた
その翌日ポツダム会議開催
二十六日同宣言発表
すでに八月八日にソヴェートが対日宣戦布告するのは明瞭であるし
そうなれば赤軍がいかに短時間で日本に到着するかは
充分予測される
このような中で
「何故原爆を使用するなら、連合国主催の実験でその威力を示しその基礎に立
 って日本に最後通牒を発し、責任の負担を日本人自身にゆだねなかったか」
といい
この詩集の中で子供たちが
「なぜ広島に落したか」と責め
「どうせ落るなら砂漠におちろ」とうたっても
「もし原爆投下の目的がロシアの参戦前に日本を叩(たた)き潰(つぶ)すことに
 あったとすれば、ないしは少(すくな)くともその目的が日本の崩壊(ほうかい)に
 先立つロシアの参戦をして名ばかりの参戦に留(とど)まらしめることにあったと
 すれば・・・・・・」
そのようなことは時間的にも
又そうでなくとも考えられなかったのである

こうして八月六日、広島の上に原子爆弾一号は投下された
そうして八月九日、ソヴェート軍が満州国境より急速力で
南下しはじめた朝、長崎に二号が投下された
かくして十四日
日本はポツダム宣言を受諾(じゅだく)し
終戦の詔勅(しょうちょく)が出された
その中で天皇は
「加之敵ハ新ニ残虐ナル爆弾ヲ使用シテ 頻ニ無辜ヲ殺傷シ惨害ノ及フ所 真ニ
 測ルヘカラサルニ至ル」といわれている
K・T・コムプトン博士は「原子爆弾の使用がアメリカ人、日本人の数十万−おそらく
 は数百万の生命を救ったという確固たる信念をいだくに至った」
とのべ
とにかくこれによって
日本は降伏し 米国は一挙に日本を占領し
日本の天皇と財閥、軍閥はその力を保存したまま国民の前に
戦争をやめるいいわけを得たかたちとなった

そうしてこのことがその後(のち)効果をあげるために
どんなに言いひろめられたかを見るのは興味深い
先ず 原子爆弾の絶対的な威力をつたえる言葉が流布(るふ)された
「この威力 正に火薬二万トンに匹敵」(中国二〇・八・一五)
「今後七十年は棲(す)めぬ−戦争記念物広島、長崎の廃墟−」(毎日二〇・八・二四)
「死者なほも続出」(朝日二〇・八・一三)
「広島の被害世界一」(中国二〇・九・四)
そして永(なが)く原爆のことを書くことが禁止されていた
この恐怖とともに
原爆こそ日本の救い主だった、感謝すべきだ
原爆は平和をもたらしたものであり、広島の犠牲者は
平和のための殉教者(じゅんきょうしゃ)のように扱われ、家族を失った人々は
それをもって諦(あきら)めようとした
諦めさせるには広島が真宗(しんしゅう)の伝統的地盤であるということは
もって来(こ)いであったし
長崎もカトリックの地盤、しかもわざわざ信徒たちの居住地の上に落としたのも
 意味のない事ではないと思われるのだが(医科大学、養育院、天主堂のある
 町はずれの地区)
かくして「ノーモア−ヒロシマズ」が叫ばれ
片方でアメリカを美化し
片方で広島では平和を売り物にすることとなった(広島平和記念都市建設法案が
 二四年めでたく議会を通過する)
毎年の八月六日 爆心地の平和塔の前で市が主催する平和祭は、花火をうちあげ
 鐘(かね)や鳩(はと)や展覧会や踊りの大会と賑(にぎ)やかにくりひろげられ、五人
 の孤児たちが父母に再会しようと少年僧になったことがもてはやされ、ミス・ヒロシマ
 が長崎の土をはらはらふりかけたりするが、生き残った人々の根深い反発を受けた
しかし一九四九年、ソヴェートの原爆所有が明らかとなり
一九五〇年六月二十五日、朝鮮戦争が始まってより
その声が変化してきたのを私たちは知っている

今までの悲惨さによる威嚇(いかく)から(水素バクダン!)
原爆の記憶を抹殺(まっさつ)しようとする動きに変わってきた
原爆広島の象徴(しょうちょう)になってきた産業奨励館のドームを崩し
原爆娘は戦犯(せんぱん)を慰問(いもん)させられ
原爆一号といわれる十六回の手術を繰り返したK氏のケロイドの体も日赤から追放し
一方、精神養子の運動が行われ
広島の廃墟と魂(たましい)の傷痕(きずあと)を緑の芝生と植民地的文化によって
埋めつくそうと変わってきた
再軍備は原爆投下の意味の延長であり
その中ではすでに戦争を否定(ひてい)する平和の声は弾圧(だんあつ)される
 (一九五〇年の官制的なものも平和祭の全面的禁止!)
そして一九五一年の八月六日の式典には朝鮮戦線からの
パイロットが参列し
広大学長は戦争を肯定(こうてい)する平和をとなえる

この中で誰が沈黙(ちんもく)していられるだろうか
広島の 長崎の
いや日本人としての私たちがどうして黙って居(お)れようか
この詩集の中で大人たちは「死ぬ前でないと本当のことはいえぬ」
という叫び声をあげた
子供たちは真向(まっこう)から戦争と原爆反対の声をはり上げる
この仕事の中で結ばれた子を失った主婦は、夫を失った未亡人は、ケロイドの娘は
共(とも)に立ち上がって原爆を落としたものに対し「つぐないを!」
と叫ぶ
流された血はつぐなわれねばならぬ
しぼられた涙は拭(ぬぐ)われるべきだ!
しかも未(いま)だ この詩集に現れたものの何倍、何千倍の声が
心の奥に秘(ひ)められているならば!・・・・・・

/////////////////////////////////

戦争と原発事故は人災の極致でありともに地球に対する最悪の犯罪である。すなわち核兵器と原発は同じものである。

峠三吉は36歳で死去したがこの世の戦争のすべてを見通して子供たちのためにこの詩を遺した。

この詩に書かれた自分の物欲や征服欲支配欲を満たすために戦争を起こして他人を殺戮することを何とも思わない人間と呼ぶに価しない人間以外のこのようなものたちをこれ以上この世に作り出さないために、

「すべての声は訴える」を全世界の子供の教科書に掲載しよう!

すべての子供たちを心正しく育てることこそが人間に天与された使命である。

[18初期非表示理由]:担当:スレ違い長文多数により全部処理

28. 豊岳正彦[-16725] lkyKeJCzlUY 2023年8月07日 03:09:49 : 41kcI5TJ5I : NGppeW1sQ2tLNVE=[12] 報告
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晴れてよし曇りてもよし富士の山
hougakumasahiko.muragon.com/entry/55.html
山岡鉄舟の考える武士道
山岡鉄舟
当HPは、武士道とは何ぞや?を考える事を目的としている。
しかし、現代人である我々がグダグダ考えても、所詮は武家文化の中にない人間の考える事。推測の域を出まい。
当HPの扱う時代は江戸中期頃としてあるが、実際武士をやってた人の意見を聞けるのであれば、これはもう幕末の人だろうが、我々が想像でモノを言うよりマシだろう。という事で、幕末の人であるが、山岡鉄舟さんの言行録の中から「四恩」を抜粋して紹介してみよう。
http://ikuji.g.ribbon.to/tesshuu.htm
___________
「四恩」
・・・・
山岡の武士道は、仏教の理より汲んだものである。
それも、その教理が真に人間の道を教え尽くされているからであるという。
まず、世人が人を教えるに、忠・仁・義・礼・智・信とか、節義・勇武・廉恥とか、或いは、剛勇・廉潔・慈悲・節操・礼譲など、言い様は様々であるが、これらを実践躬行する人を、一般に武士道を守る人というが、山岡もこれには同意であるとして、自分には尚、人に自信するところがあるという。
「人の、此の世の中に処するには、必ず大道を履行しなければならない。故に其の淵源を理解しなければならない。
其の道の淵源を知らんと欲せば、無我の境に入り、真理を理解し開悟せよ。
此処に於いて初めて無我の無我である事を悟るであろう。
これを覚悟すれば、恐らく四恩の鴻徳を奉謝する事に躊躇しないであろう。
これより武士道の要素であり震源である四恩の大要を物語るであろう。」

一、父母の恩
老幼男女の区別なく、各自で発現本所に立ち返ってみるがよい。
各自の体はみなこれ父母の遺体であって、しいて「我」なるものはない。
我々の体は皆総て父母の骨肉の分子である。
今もしこれを父母に返還してしまったならば、更に一物も「我」というべきもののある道理がない。
このように道理をわきまえてくれば、我が体は全部「我」のものでないという事が明瞭ではないか。
このようにしてようやく発育したのは、父母の恩愛の結合物であって、その結合物の活動するもの、すなわちこれが各自の体である。
故にその父母の恩愛の慈悲精神を除き去れば、只一つに「我」というもののあることはない。これがすなわち無我の真理ではないか。
このように論じくれば、各自が体、皮肉、支節、髪膚は今此処に一個として発現しておるも、深く其の理を窮めれば、これは皆、あげて父母身体の遺物と自覚するであろう。
各自この理を悟るならば、深く無我の理を悟り、父母の鴻恩を思えよ。実に広大無辺ではないか。
これらを悟ったならば、我が心身は常に父母の心身と覚悟し、決して他念があってはならない。これがすなわち武士道の発現である。これがすなわち転地道徳の根源である。人の大道である。
それゆえに我と父母とは別体の如くであるが、同心である。
この様にして同心一体の情をなして、共に共に現世を送るべきである。
これを名づけて父母の恩愛を奉謝するといわれている。
これをすなわち武士道と申す。

二、衆生の恩
我々の社会の状態を見られよ。
家族相寄り、僕従相集まり、互いに相愛する情により一家となり、一村、一郡、一国に及び、遂に広く東西万国に至るまで、たれか相助け、相頼むの因縁を持たないものは無い。
よくよくその相関連するところの情理を考究すれば、一人の一挙手一投足の所作も、その及ぼすところの影響は、世界東西に広がる事明瞭なる事である。
これらは既に今日の社会学などの証明するところである。
まずこのような因縁ある事を思えば、今自信と父母、親類家財を保持して、現世に安住するいわれは無始より以来、無量の一切衆生相寄り助け、共に愛護して、或いは父母となり、或いは子となってもって済世をまっとうするものである。
もし一切衆生が無いならば、例え一家であっても成立しないであろう。
親子何によって安穏を得るであろうか。
国家何によって成立することを得るであろうか。
この様にこの理を窮めくれば、兄弟・姉妹・親類・友達・僕婢・禽獣に至るまで、一切の有情(生類)は皆残らず父母の思いをなして、これに慈悲報恩の思いを忘れてはならない。
だから六道(天人、人間、畜生、阿修羅、餓鬼、地獄)の衆生は、皆これは我が父母と思わねばならぬ。
もし父母にして前生(前世)に我を教える事がなかったならば、どうして我今人間界に生を受けた善因を得る事が出来たろうか。
必ず三途に迷うて今日あるを得ず、我今父母の子となって前果福祉を持つ事を得たのは、全く前生宿善の因縁であって、これは即ち父母所生の恩、一切衆生の恩顧によっているのである。
この理を了解して常々衆生縁の慈悲をもって、一切衆生の恩顧なる事を心得て、報恩利斉の義を務めなければならぬ。

三、国王の恩
国王の恩について説明しようというについては、我ら日本人の最も耳を傾けて謹聴しなければならないところである。
然るに拙者が四恩という事を武士道の前提に説いておく事は、武士道発現の要素であるから、いずれも先ず、そのごく大要だけを示し置くのである。
鉄太郎謹んで釈尊の御説法を拝聴するに、一切の衆生「国王を以って根本と為す」事、恰もこれは殿堂の柱の様だとある。
一切衆生の善因は国王によって成立すべきものである。
もし国王の保護、恩愛がなかったならば、一切の善果は成立する事が出来ない。
況して一切の善王は前世既に菩薩の三聚浄戒を受持し給い、一切衆生を憐愛せられ給いし三世因果の功徳によって、その原因の果実として今この国王の尊報を得させ給いしものであると述べてある。
ああ、尊く畏れ多き次第ではないか。
この様な至尊の理を弁えたならば、我々如き悪世界の凡人、誰か帝王の尊厳を忘れて私利を欲しい儘にする事が出来ようか。
是非とも帝王を尊敬して報恩の誠意を尽くさねばならぬ。
況して我が本朝の如きは、畏れ多くも皇祖皇宗は遠く神代に於いて、万姓の開始であらせられ、偕に日本民族の始宗、即ち祖宗であるので、我々日本民族は元より、忠孝二途の別なくして天壌無窮の神宣を信奉して、皇運を扶翼し古往今来幾千万年億兆心を一つにして死ぬるとも二心であってはならない。
これは我が国体の精華にして、日本武士道の淵源実にここにあり、日本民族の方針実にここにあるのである。

四、三宝(仏・法・僧)の恩
扨、以上説明したとおり、父母その他一切衆生及び国王の宏恩である事は、言語上の理屈だけは幾らか承知せられた事と思う。
然るにそれら諸理屈はどこから来るか、これが大切である。
この道理を教示し給いしお方は誰であろうか。即ちそれは三宝である。
三宝とは、一つには仏、二には法、三には僧、しかして最も武士道の発現地は法(真理)である。
法は諸仏能生の母で、諸仏の師とし給うところで、其の理の広大なる事は、凡俗輩が容易に領得する事の得難い道である。無色、無形にしてまた容易に知るところでない。
然れども、天地に満ちて塞がらず、言行の間にあって休まず、天道といい、真如と称え、真如実相と名付け、法性、心性、仏性と名付けるのである。
よってこれに随順奉行するのを至善ともいい、道徳とも称えるのである。
下には父母、親類、その他一切衆生の恩を受け、上には国王の宏恩によってこの世に存在すると雖も、もし内に生まれながらに持った仏性を開発して、外に十善の正道を教示し給うものがなかったならば、ただ禽獣と差別する事は出来ない。
このような有様では、何によって安心立命の大盤を求める事が出来ようか。
然るに我等は、幸いにも仏教流布の国に生まれ、三世因果、善悪応報の欺く事の出来ない教理を被る事を得て、家庭に、国家に、社会に、吉凶の典礼、交際の信義、千載伝わって国風をなし、上下敬愛、慈悲道徳のいたって重要なる事を知り、強慾・私情の恥ずべき事を悟り、貪・瞋・痴の三毒は身を焦がす熱火であり、小慾知足は家を富ますの福音なる事を信じ、父祖の遺伝、応化作用により、諸般の節義・感情・風俗をなして習慣を作った事、悉く仏教の教理薫陶の賜でないものはない。
三宝の如きは、凡俗輩の了解に苦しむものであるが、まず手近く論ずれば、己の心は心そのものの生まれつきで、他に求めるべきものではない。
一切の衆生は等しく用足りて、欠陥がないとはいっても、無始無明の妄想にとり憑かれてこれを理解しないので、諸仏、菩薩、諸天、善神即ち皇祖、皇宗大神その他八百万神は、正しくこの理を覚悟し給い、我等凡俗の為、百方力を尽くさせ給い、其の方便道をもって種々の形像を表し、諸種の言語をもって、三毒五慾を除き、無我の真理を開示し給い、忠孝仁義の事瞬時も忘れてはならない事を教示し給うた。
見られよ。世人が神と尊び、仏と敬う尊称はただその形の上の称号にて、その実体に至っては神仏一体一貫の道である。そうして今日の我等凡人は諸神諸仏の作り給うた慈悲深恩の内に恵みを受ける事、此処に幾千年であるか。そうして東方君子国の威名を保ち、現に我が国民が世界に闊歩しても恥じない理由は、即ちこれが為である。
我々は深くこの教理に向かって感謝の意を表すると共に、厚く三宝を尊信して、遍く法界の衆生にこの教益の恩沢を施す様心掛けねばならない。
これが即ち日本武士道の発覚所である。また発達地でもある。
なんと由来の深遠広大なものではないか。このような道理がなお理解せられないという連中を見れば、拙者は一層不憫でならない。実に憐れむべきものと思われてならない。
・・・・
___________

という訳である。
言行録の他の箇所を読んで見ても、この「四恩」程纏めあげられた武士道論はない様である。まあ、紙面(?)の関係もあって、引用はこの程度にしておくが。

仮に他の部分の引用をしたとしても、どうもこの鉄舟さんの思想は、かなりな尊王思想に偏っており、読んでいっても、「ちょっとそれは武士道とは関係無くて、只単に武士道の話に託けて天皇万歳と、世間に対する愚痴を喋ってるだけなんじゃねえんか。」という疑いが頭を擡げてきそうな話ばっかりである。

とか思っていると、上述の如く「この話の分からん奴は不憫な奴」「実に物知らずだから、拙者が漸次説き伏せよう。」とか怒られるのである。

因みに鉄舟さんがそういう人を説き伏せた逸話は載っていない。

総体、鉄舟の武士道観は、「皇室を中心としてわが国に発達した特殊道徳」であるといってよい。

それはある意味間違いではないのだろう。しかし、常朝「葉隠」の様に「奉公奉公」と二言目には言うタイプの武士道論とは全く趣を異にする。

この言行録を古本屋から買ってきて、再び世に出したこの本の著者も
「鉄舟の武士道も、もし学問的な、思想史的な研究書として見ようとするなら、寧ろ欠点だらけであり、ナンセンスでさえあろう。」
としながらも、
「『旧武士』を脱皮して『新しい武士』として生まれ変わろうとする、其の思索の過程の記録として見るならば、これほど貴重な文献はまたとない。」
と言っている。

ところでこの本は、鉄舟言行録の章毎の末尾に、「勝海舟評論」というのが付いている。

鉄舟の言動に対して、海舟がイチイチ評論するのだが、勿論海舟が鉄舟の言動に反論する事など皆無である。
寧ろベタ誉めと言って良い。

海舟は、鉄舟とほぼ同等の価値観を持っていたと判断して差し支えないものと思われる。
(同書には「鉄舟と海舟の武士道観の違い」と題して、頑固な鉄舟の武士道と、流動的な海舟の武士道の違いを挙げてはいるが。)

一方、鉄舟と西郷南州が互いを人物として評価し、またプライベートでも付き合いがないではなかった事は知られている。

無論海舟も、南州の事をベタ誉めしているのは言うを俟たない。

この三人は従って、当時「武士として斯くあるべき」という理想に於いてほぼ一致していたのだろう。

んで、その一角の海舟が、福沢諭吉の事をけなしている箇所があるのが面白い。

一方で幕末の英雄的扱いを受けた人間が、現在一万円札の顔にもなっている、超人気者の福沢さんをけなす・・・。

一種爽快感をも覚えるこうした言動を読めるのも、この言行録の面白いところである。                                       
(了)


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29. 豊岳正彦[-17119] lkyKeJCzlUY 2023年8月26日 01:49:46 : yRgpGQVp4c : dFl0cTkyZ3I5VDY=[14] 報告
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官吏公吏は私欲を捨てて真心こめて礼を整え日本国家と万国国民に奉公せよ。
asyura2.com/13/senkyo158/msg/472.html#c187
/
スプートニク【視点】自動車の対露輸出規制 消費者のみならず日本企業も苦しむ
日本は8月9日から、ガソリン車、ディーゼル車、それにすべての電気自動車(EV)、ハイブリッド車とプラグインハイブリッド車と中古車の対ロシア輸出を禁止する。
https://twitter.com/lyuzhngyn1/status/1689103252431007744
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ビッグモーター問題で「新たな疑惑」…『閉店した』店舗の街路樹を市が調査 浜松市 - LOOK 静岡朝日テレビ https://look.satv.co.jp/_ct/17646882
全国で問題となっている中古車販売大手ビッグモーターの「街路樹の不正撤去」。静岡県内でかつて店舗があった場所で新たな疑惑が浮上しています。 保険金の不正請求
/
「全ては日本人国家資格者の良心にかかっている」
asyura2.com/22/iryo9/msg/793.html#c325
医師免許弁護士免許歯科医師免許獣医医師免許放射線技師看護師薬剤師検査技師放射能取り扱い免許麻薬施用免許危険物取り扱い免許介護士救命救急士農業免許漁業免許畜産業免許消防士自衛官海上保安官道交法運転免許船舶操縦免
/
許航空機操縦免許各種整備士免許調理師免許旅館業免許劇物取り扱い免許不動産取引免許税理士会計士社会保険労務士行政書士建築士不動産鑑定士建設工事各種免許産廃業免許水道水質管理士電信電気事業者免許電力事業者免許教職免許その他諸々の国家資格保有者は憲法15条全体奉仕責務を負うみなし公務員で
/
ある。公務員とみなし公務員は憲法の言葉で官吏または公吏である。日本国憲法最高法規99条で、「天皇または摂政、国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員」に、「この憲法を尊重し擁護する義務」を負わせた。「その他の公務員」にみなし公務員を明らかに含めている。すなわちみなし公務員も裁判官と
/
ともにこの憲法を尊重し擁護する義務を負う。
あらゆる人間の活動は表面から見れば皆同じである。天皇も死刑囚も息を吸い食物を食べて言動し睡眠する。その活動すべてに人間として全く違いは無い。これはおのおの体が異なってもその体で生きようとする心が皆同じだからである。心が身体活動を決めてい
/
る。これはあらゆる生物において皆同じである。動物には言葉が無く法律が無いが社会を造って生活することに何の支障も無い。これは動物に良心だけしかないからである。日本国憲法76条「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。」そして裁判官は憲法
/
99条公務員であるから、最高法規99条は「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員とみなし公務員は、すべてその良心に従い独立してその職権を行い、この憲法及び法律にのみ拘束されることによってこの憲法を尊重し擁護する義務を」果たすことができる。すなわち全て日本国民はおのお
/
の独立して、その良心にしたがってこの憲法及び法律にのみ拘束されてあらゆる活動を行い、この憲法を尊重し擁護する最高度の義務を果たさなければならない。これが最高法規99条の「神聖な責務」である。
みなし公務員と公務員は憲法の言葉で官吏または公吏である。
刑訴法239条2項「官吏または公吏は、
/
その職務を行うことにより犯罪があると思料するときは、告発をしなければならない。」
すなわち最高法規99条に従う刑訴法239条は、「すべて摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員みなし公務員は、その職務を行うことにより犯罪があると思料するときは、告発をしなければならない。」神聖な
/
責務を表す。
もし日本国民が「良心を捨てて一部に奉仕する」憲法76条違反憲法15条違反の「汚職犯罪」を行えば、直ちに刑法極刑で処罰されると罪刑法定日本国六法全書に書いてある。日本国民にとって最も重要なのは「良心」であることはすでに論を俟たない。
良心あるみなし公務員日本人各位は、自分の
/
職務と関連した汚職犯罪が政府や大企業で行われていると思量するときは、直ちに独立して汚職犯罪告発し、犯罪者を捕まえて罪刑法定で断罪してください。それがこの国を主権で治める国王主権者国民の「神聖な責務」です。
国家資格保有者は日本人としてその良心に従い独立して政府と大企業の汚職犯罪を
/
刑訴法239条2項責務を果たし告発せよ。
このように独立した日本人国家資格者の良心で刑訴法239条2項の憲法責務を果たすだけで日本国から汚職がなくなり戦争と原発事故がなくなれば、それが直ちに世界中から戦争と原発事故を消滅させて未来永劫平和な地球を出現させるのだ。
全ては心が作り出す。
日本
/
人一人一人の「良心」がこの世で宇宙に戦争の無い平和をもたらすのである。
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岸田総理に教えてやろうLGBTラームエマニュエルの本当の目的を。
マイナ保険証は、
ラームエマニュエル悪魔王が主導する、
日本人臓器売買精神科産婦人科美容外科拝金色欲殺人狂モサドスパイの、
秘密の白血球HLA血液型登録ウクライナウイグル臓器売買システムである。
豊岳正彦@lyuzhngyn1
twitter.com/lyuzhngyn1/status/1688008854364368896
こいつは今臓器売買しやすいような善良でだまされやすい企業や団体を物色して日本国内を治外法権で無料で無銭飲食無銭宿泊無銭旅行してるのさ。
ラーム・エマニュエル駐日米国大使@USAmbJapan
twitter.com/USAmbJapan/status/1687970742120615937
広島への原爆投下から78年を迎えました。今日は厳粛な追悼と平和への祈りを捧げる日です。日米同盟の強化、そして両国が共有するビジョンと、平和と繁栄を求めるわれわれの一致団結した思いの実現に向け、今まで以上に励んでいく気持ちを新たにしました。
引用ツイート
ラーム・エマニュエル駐日米国大使@USAmbJapan
·今日は、広島原爆78周年を記念するにあたり、厳粛な追悼と平和への祈りを捧げます。日本との同盟関係を強化し、共通のビジョンと平和と繁栄の一致した追求を実現することに、これまで以上に刺激を受けています。

ぴら太@pirata_mtb
twitter.com/pirata_mtb/status/1687636933328203776
信頼回復?
まだやんのか?
これ以上好き勝手やるのいい加減にしてもらえないかな?
・豊岳正彦
岸田は人食い悪魔のラーマエマニュエルに自分の息子娘の臓器を全部生け贄に差し出したいのか。岸田の腹黒い腐った臓器は誰もほしがらんが息子娘と孫の臓器は

岸田ほど腐ってないから外国の人食い悪魔どものよいごちそうになる。マイナ保険証はエマニュエルの日本人臓器売買のための白血球HLA血液型個人データ収集目録臓器売買市場提出の道具なのだ。岸田の子孫は全滅するぜ、それがいやなら今すぐ日米地位協定破棄して即政治家やめて引退しろ。そしたらおまえ

だけは極刑執行を猶予してやる。全財産は没収するし、岸田の親族と政治関係者の全資産も没収し断罪するけど子孫の血脈は保たれる。日本国憲法がラーマエマニュエルを許さんから、日本国憲法が岸田の血脈を護ってやるだろう。まあおまえの勝手だ、好きにするがよい。日本国の主権者国王国民は六法全書で

坦々と国王の憲法15条下僕公務員の汚職犯罪を良心に従い罪刑法定六法で裁くだけだ。
319. 豊岳正彦[-16707] lkyKeJCzlUY 2023年8月06日 14:09:48
asyura2.com/22/iryo9/msg/793.html#c319
刑訴法
asyura2.com/22/iryo9/msg/793.html#c222
刑法極刑犯罪
asyura2.com/22/iryo9/msg/793.html#c135
/
asyura2.com/22/iryo9/msg/793.html#c138
林芳正のメガソーラー殺人兵器外患誘致国土不法売却汚職国家反逆罪証拠報道記事
ビッグモーター兼重の岩国基地補助金インサイダー汚職組織共謀共同正犯不正融資国家反逆汚職罪証拠報道記事
asyura2.com/22/iryo9/msg/793.html#c173
岩国市の特別司法公務員警察官検察官裁判官共謀共同正犯刑訴法239条2項犯罪告発責務違反職権乱用職務怠慢刑事司法公務不実執行汚職国家反逆罪有罪確定
asyura2.com/22/iryo9/msg/793.html#c222
岩国市の不動産業者による土地取引上の不正な偽計で、美川町山林地主の法益を一方的に侵害する売買契約詐欺不動産業者柏原コーポレーションを、刑訴法239条2項違反汚職して告発しない特別司法公務員警察検察裁判官とみなし公務員弁護士を全員、共謀共同正犯国家反逆憲法29条違反詐欺みなし公務員汚職罪で刑訴法239条告発する。
厚労省不法通達による医政局と医者共謀共同正犯の総務省消防隊救急搬送公務執行妨害殺人罪を告発する。
asyura2.com/22/iryo9/msg/793.html#c228
(1945.8.14岩国大空襲爆弾密度世界一の非戦闘員市民徹底殺戮戦争犯罪)
_____________
ラームエマニュエルがマイナ保険証を死んでも造りたいのは日本人の臓器を海外の金持ちに高値で売り飛ばすためだ。
臓器移植で最も大事なのは適合性で、それは1歳以上の白血球HLA血液型でわかる。
だから健康診断や入院時などにHLA血液型を勝手に無断で調べて登録しておけば海外から注文があったときすかさず適合者日本人を見つけて売買契約を結べるのだ。
あとは牧園に返信したとおり。↓
牧園@general_fand
blog:ameblo.jp/ericap1121/
おまえまだ病院を経営しているふりしてるな。(笑)
豊岳正彦返信
神村法雨
https://facebook.com/permalink.php...

世界中の人食い人種が日本人が食べて最もおいしい極上の肉質を持っていると激賞してるからねw
それは大昔から魏志倭人伝にも書いてある史実だ。
福永晋三先生が推理と実地調査で突き止めた史実である。「真実の仁徳天皇」ユーチューブあり。
youtube.com/watch?v=sG7paYq_Jfg

今最も日本人の敵であるラーマエマニュエルが日本中を回り巡って偽善の各地交流をしてるけど、エマニュエルの内政外交干渉をどう思う?
エマニュエルの目的が日本のマトリックス化だと思ってるなら大間違いだ。
エマニュエルは人食い人種だから本当の目的は臓器売買なのだ、世界一美味な日本人の。

エマニュエルは臓器売買本場中国と親しいしウクライナとも親しい。
乱交パーティやるくらい親しいw
で、臓器移植で一番大事な情報は何か?
白血球HLA血液型である。
これが一致すれば臓器移植が非常に成功しやすい。
日本人の肉質が大昔から一番人食い人種に激賞されているから臓器移植でも一番需要が

大きいのは日本人の臓器だ。
最も高額で取引できる。
大昔から日本人女子が世界中の奴隷市場で最も高額だった。
だからエマニュエルがいろんな内政外交干渉して次々に騒ぎを起こさせて日本をマトリックス化しようとしてるとみんなに思わせているのが、
エマニュエルNHKイスラエルモサド悪魔王の罠なの

さw
人食い臓器売買密売人エマニュエルの本当の目的は運転免許とか税金納入の電子化とか給付金の電子マネーなどじゃない。
1歳以上の赤ちゃんから100歳の年寄りまで全日本人の白血球HLA血液型dataをすべてAIで収集することさ。
こうしておけば世界中の金持ち臓器移植希望者に高額で最も貴重

な日本人臓器を適合させて売りつけることができるのだ。
この時に手先となって臓器移植するのが世界中の西洋医学の精神科と産婦人科と美容整形の外科医者なのさ。w
こいつらは医者じゃない拝金色欲に狂った偏執狂の切り裂きジャックだよ。
ブラックジャックと同じさw手塚治虫だけDSだ。弘兼憲司も。

ラームエマニュエルが全国行脚してるのは品定めのためだ。
いかに餌を撒くか?
今のうちに中国と関係が深い取引先企業に入社させて、マイナカード保険証に白血球HLA血液型のdataを会社の健診で採取する。
そして中国臓器移植市場に売りに出すのさ。
合致適合者が買い上げたら、会社に社員旅行で一週間

遊び放題の中国旅行をプレゼントする。
今ユーチューブで中国の観光地がやたら宣伝してるのはそのためだ。
日本人は貧困化してるから無料の中国観光旅行を断る者はいない。
で、1週間の30~40人程度の団体旅行中に、ターゲットが一人だけ事故で帰国できなくなって、冤罪食らって死刑になるのさ中国でw

こうして最も高額で取引される日本人の臓器が中国の密室で密かに切り刻まれて売り飛ばされる。
血の一滴も無駄にせず高値で売り飛ばす。
だからエマニュエルの本当の目的はマイナカードを保険証と完全に結びつけることなのさ。
それ以外の項目は犠牲にしても、保険証と紐づけすることだけは絶対に達成

しなくてはならない一神教の神様の言いつけだからw
これが悪魔の真実だよ。
秘密にしてるがバカだからすぐに見破ることができる。
日本人の良心は何でも知って何でも見通す仏の知恵般若だから。
良心に従って物事を他に左右されず一人で考えれば皆同じ知恵を得るだろう。
ご先祖様と同じように。

ご先祖様が日本人じゃない外国人なら無理かもしれんがw
ラーマエマニュエルは治外法権だから日本の六法では逮捕できないが、ビルゲイツは治外法権がないし、
エマニュエルの手下は全員日本国籍だから六法全書で全員国家反逆罪で逮捕して極刑で処罰できるのだ我々主権者国民日本国王が。
是が六法全書。
/
神村法雨
https://facebook.com/permalink.php...
ビル・ゲイツが慈善家だと信じている人にはこの動画の意味がわからないと思います。
なぜ?世界中でヒットしているのか?
それはたくさんの被害者がいるからです
新型コロナウイルスは存在証明がありません!
こわいのはウイルスではない!
薬やワクチンがこわいの

です!
これは人口削減計画が予定どおりに
実行中ということです!
目覚めよ日本人!ビル•ゲイツを刑務所へという歌が世界中で大ヒット
 豊岳正彦
その程度の小者じゃ無い。
軽井沢の地下に勝手に要塞化した秘密工場で日本人子女を誘拐してきてアどれのクロムを造っている疑いがある。

あどれのクロムは大昔から一神教悪魔モサドの手で作られていたが、チェルノブイリ原発事故ののちに原発地下に秘密工場を作って世界中から子供を誘拐してきてあどれのクロムを作っていた。
神は子羊の血と肉を最も好むから。
数年前からトランプとプーチンによりそれまでのあどれのクロム製造工場は次々

に暴かれた。
そこでエプスタイン島であどれのクロム中毒になったビルゲイツに命じて、日本の軽井沢に厳重な警護を付けた地下製造工場を建設した。
日本のNHKがイスラエルモサドDS悪魔大王に支配されているから、ビルゲイツに治外法権はないけどラームエマニュエルには二重の治外法権があるゆえ、

日本が最も秘密を護れると考えたのさモサドが。
それまで富士の裾野で富士通があどれのクロムを精製して製品を搬出していたが、トランプ派によって攻撃され破壊されたのでビルゲイツの軽井沢地下がその代替施設でもある。
しかし日本に良心に従う公務員が居れば日本人があどれのクロム製造工場を治外法

権のないビルゲイツを独立検察官職権逮捕して強制捜査で工場を摘発解体できるのだ。
すべては日本人特別司法公務員の「良心」にかかっているのだよ。
hougakumasahiko.muragon.com/entry/598.html

ヒロクライムの中の人@tannokasa5
凄いですね
twitter.com/lyuzhngyn1/status/1687714224112644096
この世で最も生命にとって有害で危険な業種が電力会社だと言うことがこの動画で如実にわかる。送電線に引っかかって危機一髪だった。送電線は全て光ファイバーに切り替えて地中化しなければならない。また海底化しなければならない。もっと言えばそもそも電気など要らん。電気が無くて困るのは電化製品作って売ってるあほ会社だけだろNHKと。手術だって電気など無くても腕で全部手術して治してきた。電気で空を飛ぶ飛行機は皆無。そして電線が地上にあると生き物が皆送電線に引っかかって落ちて死ぬのだ。地上の送電線こそ百害あって一利なし。エアコンは原発と並ぶヒートアイランドの最大の原因だ。エアコンを捨てれば夏の気温は最高32度まで下がる。原発を廃炉すれば海水温が10度下がって魚が戻ってくる。たこでも猿でもわかる。自衛隊海上保安庁山岳救助隊の救難ヘリや飛行機が高圧線に引っかかって墜落して一度に10人以上の人命が失われる。人の命は地球より重い。地上送電電力会社は地球何個分もの賠償金を遺族に支払え。その費用を考えたら送電線を全部光ケーブルに変えて地中化海底化する費用など微々たる者だ。エアコンは家庭から排除せよ。ビルから全部撤去しろ。土の地面と街路樹を増やせば都会も今より15度気温が下がる。冷蔵庫も冷凍庫も要らん。テレビも要らん。戦前までそれで十分やってきた。だから誰も病気にならなくて元気だったのだ。電力会社が万病を造ってる最悪の病原体だ。電話は全部固定電話だけにせよ。携帯電話もスマホも要らん。急ぐなら電報を打て。電話で仕事はなにも出きんからな。これで可処分所得が倍になるのさw


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
日本病最深部病根奇形司法を憲法と刑法で根治する。
証券会社トレーダーの正義は金儲けだけである。トレーダーに市長をやらせれば市は不良債権として外資に売り飛ばされる。三権分立で最上位は国会市議会、最下位は内閣総理市長だ。憲法を知らなければ売国奴犯罪者にしかなれない。このような公務員汚職を告発せず隠蔽する司法の汚職が最も罪が重い。以下のようにして憲法76条違反汚職司法を刑法極刑断罪する。

特別司法公務員岡田総司裁判官の刑訴法239条2項責務違反憲法76条違反汚職判決重大刑事犯罪を刑訴法239条告発する。
hougakumasahiko.hatenablog.com/entry/2023/08/24/145450

岩国市山手町1丁目16−35は岩国市役所前の市内一等地。
角地であり地価評価額は高い。
1985年170坪角地で銀行の評価額は2億2000万円(隣接の中間土地クリーニング店が80坪を1億円で売却した)。

2000年に父の死後17年間独居を続ける70歳老母の面倒を自分で見るため水戸から岩国へ帰ってくる前に岩国信用金庫で170坪角地を抵当に入れて7500万円の融資を受けて開業資金(改装工事費医療機器購入費当座の運転資金薬剤購入費等節約したw)とした。

2019年9月に母の死後閉院を考え岩国市で最も堅実な不動産鑑定士の田中優氏に170坪角地を評価してもらい、7500万円であった。20年前より不動産評価額は岩国市内の市役所建て替えや道路建設の公共土木工事ラッシュのため路線価が上がっているはずだが、開業で金儲けするのは目的外だからまあよしとした。

2020年3月に柏原コーポレーション柏原伸二会長と面談して5000万円で土地建物を売却し、3年間家賃毎月60万円払って病院経営を続ける。1年経ったら柏原コーポレーションが自由に立ち退きさせることができる。賃貸契約は最長3年で終了し、建物を壊して更地にして引き渡す費用約1000万円は私が負担する。と

いうリースバック契約を結んだが、翌日銀行で契約した時貸主は会長の息子の柏原規孝柏原コーポレーション現社長であった。w

あらゆる契約で法益の平等が最も重要である。
「憲法12条この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。」
契約締結する(した)両者はそれぞ

れ憲法が保障する個人の法益を互いに尊重して、法治社会公共福祉社会の公序良俗を乱さぬよう、契約内容の法益の平等に留意する責任を共に負うのである。
この法益を一方的に侵害すれば、直ちに刑事犯罪である。

本契約は時価7500万円の不動産を柏原会長が5000万円で購入して3年間家賃60万円36か月分=2160万円回収し、さらに更地にする費用1000万円を私が負担するので、評価額7500万円の土地を3年で5000万−2160万−1000万=1840万円で手に入れることになり、このリースバック契約の法益は明らかに柏原会長が一方

的に6000万を超える一方的な利得を得ており、私の法益を極端に侵害しているから、法益の侵害不動産取引売買契約詐欺といういわゆる地上げの重大な反社会的刑事犯罪が確定するのだ。

刑訴法239条2項官吏又は公吏は、その職務を行うことにより犯罪があると思料するときは、告発をしなければならない。により、特別司法公務員警察検察裁判官はその司法公務を行うことによりこの詐欺犯罪を告発しなければならない特別司法公務員責務がある。

しかるに岩国地裁裁判官岡田総司と書記官金子勝也は初審の呼び出しに応じた私が裁判所で、この裁判は民事ではなく刑事裁判相当だから原告の訴えは認められない。裁判所は刑訴法239条2項責務を果たせと裁判官に告知したにもかかわらず、公務員犯罪告発責務を怠って第一審で控訴も認めず確定判決した

ことで、特別司法公務員憲法76条違反刑訴法239条2項犯罪告発責務怠慢職権乱用汚職の重大刑事犯罪が岡田総司に確定した。

みなし公務員弁護士もみなし公務員不動産建築免許保有建築業者も、国家資格を有する者は官吏公吏と同じく刑訴法239条2項の職務上知り得た犯罪告発責務を負うのであるから、
裁判官岡田総司書記官金子勝也原告弁護士奥憲治及び柏原伸二の四名を、
不動産売買契約詐欺共謀共同正犯として刑訴法239条告発する。

特別司法公務員警察検察裁判官は憲法15条及び憲法76条に従い、刑訴法241条242条公務を汚職なく執行せよ。
汚職は刑法25章違反の重大刑事犯罪である。時効はない。

「岩国市の特別司法公務員はすべて憲法15条と憲法76条に従い、刑訴法239条2項責務を汚職なく果たせ。汚職は刑法違反の重大刑事犯罪である。」

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[18初期非表示理由]:担当:スレ違い長文多数により全部処理

30. 豊岳正彦[-17647] lkyKeJCzlUY 2023年10月11日 03:42:24 : yRgpGQVp4c : dFl0cTkyZ3I5VDY=[50] 報告
<■72行くらい→右の▽クリックで次のコメントにジャンプ可>
阿修羅へ投稿した。
松井知事「日本人ならごくごく自然なこと」(産経ニュース): 靖国で不戦を誓うのは 政治家として当然のこと
asyura2.com/13/senkyo158/msg/472.html#c202
ウクライナ反転攻勢南部ザポリージャ戦線の戦況。防空ミサイルシステム破壊による焦り。ロシアの非人道的行為。
古舘伊知郎チャンネル
youtube.com/watch?v=Yew0FcAtThI
豊岳正彦投稿。

古館はバカだな。
今はイスラエルの戦争犯罪を世界に明らかに示す時だぜ。
ハマスが汚職塗れのウクライナゼレンスキーからバイデン米軍が供与した最新兵器を横流し汚職でもらって、
バイデンCIAとイギリスMI6の親分ネタニエフモサドが軍事独裁で牛耳るイスラエルを攻撃したのは、
完全に国連憲章違反戦争犯罪テロだった911同時多発テロの焼き直し偽旗作戦だぜ。
ウクライナとイスラエルで同時多発テロを仕掛けて世界をモサドの望み通り世界大戦に引きずり込んで、武器を売りつけて人を殺して中東の油田をすべて乗っ取ってぼろもうけしたいだけの馬鹿の一つ覚えだ。
それに、DSは戦争が無くなると生きていけない「死の商人」だから、
ウクライナが負けて戦争が終わるとたちまち無一文になって地上から牢獄へ追放されるのは必定。
だから、何としても世界のどこでも戦争を起こして人を殺し続けなければならない人食い吸血鬼悪魔大王だ。
イスラエルが直接攻撃してきたウクライナぜれんすきーの汚職犯罪一味のハマスに対してじゃなく、
なんの証拠もないのにパレスチナとイランへ宣戦布告したバカげた極悪の国連憲章違反戦争犯罪は、
アメリカに反抗したかつてのCIAスパイフセインのイラクを、国連総会でCIA米軍黒人司令官がクライシスアクターの少女の嘘無きで嘘をついて、書庫もないのに大量破壊兵器所有疑惑の冤罪でイラクに宣戦布告して、安保理理事国の反対を無視して「テロとの戦い」をでっちあげて、アメリカとイラクの国民を偽旗戦争で大量に殺したブッシュDS手羽先テロリストの反人道無差別大量殺人国土略奪汚職犯罪と全く同じだ。
それは日露戦争後に英米フリーメーソンが結託した昭和のイルミナティ戦争犯罪者基地外米軍が、
大英帝国陸軍元帥ヒロヒトと共謀して米国ロックフェラーのスパイ偽日本人山本五十六米内光政源田実を使った真珠湾奇襲や都市大空襲や原爆投下などで日本国民を400万人殺して、大英帝国スパイ天皇に唐突に無条件降伏させる戦争犯罪詐欺で国際法に違反して日本国をアメリカが単独占領して、
日本人と世界の人を騙し続けた昭和20年極東軍事裁判と同じ冤罪捏造皆殺し詐欺奇形司法フェイクだよ。

古館は今でも911がブッシュが仕組んだ偽旗作戦だったことを知らないならもう人前でしゃべるのをやめた方がいいぜ。
イスラエルモサドの子分嘘つき汚職戦争犯罪者アメリカ発の嘘八百を公共の場所で垂れ流して喋ればしゃべるほど家名を汚すからな。
ご先祖様に戦争犯罪者の子孫が生まれたと大恥をかかせるお前はバカだ。
文句があるなら俺に直接言って来い、この親不孝のメリケン毛唐かぶれのおお馬鹿たれが
俺は岩国の豊岳正彦だ。
俺は森永ヒ素ミルク日本人乳児殺害刑法146条水道(=粉ミルク)毒物(=砒素)等混入組織的殺人罪の真犯人を発見特定した岡山日赤小児科助手豊岳正道の長男だ。
豊岳正彦でググればすぐにわかるぜ。
俺は日本国憲法の主権者国民だから憲法76条良心に従って独立して憲法を守ってる日本国王だ。
俺は明治維新回天の大業を為し遂げた無刀流開祖山岡鉄舟武士道菩薩居士が言う通りの真日本人天下の大道を歩いて正義を守る武士道君子だから、
どんな時でも正々堂々自分の証言や個人情報を隠したりしないからなw

古館らのカラーテレビにかじりつくテレビ娯楽拝金麻薬中毒依存症無芸大食無知蒙昧河原乞食どもは、
自分にはした金をくれる者なら誰にでもしっぽを振って、
金をくれるならおっしゃる通りに嘘でも偽学問でも何でもかんでもテレビでコマーシャルして垂れ流しましょうという、
良心のかけらもない銭の亡者憲法違反破廉恥汚職無知無学カラーテレビコマーシャル脳症白痴化偽旗戦争策謀憲法9条違反国連憲章違反極刑犯罪者だから、
どうせ明治政府初代内閣総理大臣伊藤博文というロスチャイルドフリーメーソンスパイ拝金色欲亡国売国奴が、
幕末のうちから武士道と良心を捨てて(まあもともと武士じゃない良心のかけらもない恥知らずの破廉恥非人だがw)、
日本の金を外国に盗ませる為替詐欺外患誘致亡国汚職犯罪を犯した歴史の真実を知らんのだろw

此の世で真実は常に一つだ。
文武両道武士の素養が全くない暗殺専門下忍忍者ヒニン長州藩ニセ藩士伊藤博文の、
カネと女にとち狂った売国国辱亡国汚職破廉恥真実の姿を、
明治時代に服部之総が新聞に書いてるぜ。
aozora.gr.jp/cards/001263/files/50371_40672.html
又は
aozora.binb.jp/reader/main.html?cid=50371

阿修羅へ投稿。
竹下発言で「首相」を聞き漏らさなかった朝日記者にあっぱれ!
asyura2.com/18/senkyo243/msg/600.html#c20

-----------------------------------



[18初期非表示理由]:担当:スレ違い長文多数により全部処理

31. 豊岳正彦[-17670] lkyKeJCzlUY 2023年10月11日 06:00:34 : yRgpGQVp4c : dFl0cTkyZ3I5VDY=[51] 報告
<■220行くらい→右の▽クリックで次のコメントにジャンプ可>
その2

ウクライナ反転攻勢南部ザポリージャ戦線の戦況。防空ミサイルシステム破壊による焦り。ロシアの非人道的行為。
古舘伊知郎チャンネル
youtube.com/watch?v=Yew0FcAtThI
豊岳正彦投稿。

阿修羅へ投稿。
竹下発言で「首相」を聞き漏らさなかった朝日記者にあっぱれ!
asyura2.com/18/senkyo243/msg/600.html#c20

松井知事「日本人ならごくごく自然なこと」(産経ニュース): 靖国で不戦を誓うのは 政治家として当然のこと
asyura2.com/13/senkyo158/msg/472.html#c54
asyura2.com/13/senkyo158/msg/472.html#c59
asyura2.com/13/senkyo158/msg/472.html#c121
asyura2.com/13/senkyo158/msg/472.html#c122
asyura2.com/13/senkyo158/msg/472.html#c123
asyura2.com/13/senkyo158/msg/472.html#c124
asyura2.com/13/senkyo158/msg/472.html#c125
asyura2.com/13/senkyo158/msg/472.html#c126
asyura2.com/13/senkyo158/msg/472.html#c127


asyura2.com/13/senkyo158/msg/472.html#c60
asyura2.com/13/senkyo158/msg/472.html#c62
asyura2.com/13/senkyo158/msg/472.html#c65
asyura2.com/13/senkyo158/msg/472.html#c82
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asyura2.com/13/senkyo158/msg/472.html#c89
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asyura2.com/13/senkyo158/msg/472.html#c127
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asyura2.com/13/senkyo158/msg/472.html#c134
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asyura2.com/13/senkyo158/msg/472.html#c154
asyura2.com/13/senkyo158/msg/472.html#c202

「総理補佐官に矢田さん? 打ち合わせ通りよ。 私はね、メーデーなんかより、麻生さんと一杯やる方が好きなのよ!」 連合 芳野友子
latache1992.blog56.fc2.com/blog-entry-897.html

ウクライナ反転攻勢南部ザポリージャ戦線の戦況。防空ミサイルシステム破壊による焦り。ロシアの非人道的行為。
古舘伊知郎チャンネル
youtube.com/watch?v=Yew0FcAtThI
豊岳正彦投稿。

古館はバカだな。
今はイスラエルの戦争犯罪を世界に明らかに示す時だぜ。
ハマスが汚職塗れのウクライナゼレンスキーからバイデン米軍が供与した最新兵器を横流し汚職でもらって、
バイデンCIAとイギリスMI6の親分ネタニエフモサドが軍事独裁で牛耳るイスラエルを攻撃したのは、
完全に国連憲章違反戦争犯罪テロだった911同時多発テロの焼き直し偽旗作戦だぜ。
ウクライナとイスラエルで同時多発テロを仕掛けて世界をモサドの望み通り世界大戦に引きずり込んで、武器を売りつけて人を殺して中東の油田をすべて乗っ取ってぼろもうけしたいだけの馬鹿の一つ覚えだ。
それに、DSは戦争が無くなると生きていけない「死の商人」だから、
ウクライナが負けて戦争が終わるとたちまち無一文になって地上から牢獄へ追放されるのは必定。
だから、何としても世界のどこでも戦争を起こして人を殺し続けなければならない人食い吸血鬼悪魔大王だ。
イスラエルが直接攻撃してきたウクライナぜれんすきーの汚職犯罪一味のハマスに対してじゃなく、
なんの証拠もないのにパレスチナとイランへ宣戦布告したバカげた極悪の国連憲章違反戦争犯罪は、
アメリカに反抗したかつてのCIAスパイフセインのイラクを、国連総会でCIA米軍黒人司令官がクライシスアクターの少女の嘘無きで嘘をついて、書庫もないのに大量破壊兵器所有疑惑の冤罪でイラクに宣戦布告して、安保理理事国の反対を無視して「テロとの戦い」をでっちあげて、アメリカとイラクの国民を偽旗戦争で大量に殺したブッシュDS手羽先テロリストの反人道無差別大量殺人国土略奪汚職犯罪と全く同じだ。
それは日露戦争後に英米フリーメーソンが結託した昭和のイルミナティ戦争犯罪者基地外米軍が、
大英帝国陸軍元帥ヒロヒトと共謀して米国ロックフェラーのスパイ偽日本人山本五十六米内光政源田実を使った真珠湾奇襲や都市大空襲や原爆投下などで日本国民を400万人殺して、大英帝国スパイ天皇に唐突に無条件降伏させる戦争犯罪詐欺で国際法に違反して日本国をアメリカが単独占領して、
日本人と世界の人を騙し続けた昭和20年極東軍事裁判と同じ冤罪捏造皆殺し詐欺奇形司法フェイクだよ。

古館は今でも911がブッシュが仕組んだ偽旗作戦だったことを知らないならもう人前でしゃべるのをやめた方がいいぜ。
イスラエルモサドの子分嘘つき汚職戦争犯罪者アメリカ発の嘘八百を公共の場所で垂れ流して喋ればしゃべるほど家名を汚すからな。
ご先祖様に戦争犯罪者の子孫が生まれたと大恥をかかせるお前はバカだ。
文句があるなら俺に直接言って来い、この親不孝のメリケン毛唐かぶれのおお馬鹿たれが
俺は岩国の豊岳正彦だ。
俺は森永ヒ素ミルク日本人乳児殺害刑法146条水道(=粉ミルク)毒物(=砒素)等混入組織的殺人罪の真犯人を発見特定した岡山日赤小児科助手豊岳正道の長男だ。
豊岳正彦でググればすぐにわかるぜ。
俺は日本国憲法の主権者国民だから憲法76条良心に従って独立して憲法を守ってる日本国王だ。
俺は明治維新回天の大業を為し遂げた無刀流開祖山岡鉄舟武士道菩薩居士が言う通りの真日本人天下の大道を歩いて正義を守る武士道君子だから、
どんな時でも正々堂々自分の証言や個人情報を隠したりしないからなw

古館らのカラーテレビにかじりつくテレビ娯楽拝金麻薬中毒依存症無芸大食無知蒙昧河原乞食どもは、
自分にはした金をくれる者なら誰にでもしっぽを振って、
金をくれるならおっしゃる通りに嘘でも偽学問でも何でもかんでもテレビでコマーシャルして垂れ流しましょうという、
良心のかけらもない銭の亡者憲法違反破廉恥汚職無知無学カラーテレビコマーシャル脳症白痴化偽旗戦争策謀憲法9条違反国連憲章違反極刑犯罪者だから、
どうせ明治政府初代内閣総理大臣伊藤博文というロスチャイルドフリーメーソンスパイ拝金色欲亡国売国奴が、
幕末のうちから武士道と良心を捨てて(まあもともと武士じゃない良心のかけらもない恥知らずの破廉恥非人だがw)、
日本の金を外国に盗ませる為替詐欺外患誘致亡国汚職犯罪を犯した歴史の真実を知らんのだろw

此の世で真実は常に一つだ。
文武両道武士の素養が全くない暗殺専門下忍忍者ヒニン長州藩ニセ藩士伊藤博文の、
カネと女にとち狂った売国国辱亡国汚職破廉恥真実の姿を、
明治時代に服部之総が新聞に書いてるぜ。
aozora.gr.jp/cards/001263/files/50371_40672.html
又は
aozora.binb.jp/reader/main.html?cid=50371

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asyura2.com/13/senkyo158/msg/472.html#c195
asyura2.com/13/senkyo158/msg/472.html#c194
asyura2.com/13/senkyo158/msg/472.html#c193


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「総理補佐官に矢田さん? 打ち合わせ通りよ。 私はね、メーデーなんかより、麻生さんと一杯やる方が好きなのよ!」 連合 芳野友子
正しい行いをすることを
息絶えるまで・・
やめる気など・・
さらさらありません!
気弱な地上げ屋はね。 (大笑)
latache1992.blog56.fc2.com/blog-entry-897.html

岩国医王通りがけはみんなご存知仏道で宇宙を治す上医でござるw
日本人のわれは親の子通りがけ母に生まれて父に死すなり

憲法41条国権の最高機関立法府公務員鈴木宗男参議院議員さんに、
是が非でも私を推挙して、
イスラエルパレスチナのどちらでもよいので、
中東に日本政府全権緊急和平大使として単身派遣するようお伝えください。
気弱な地上げ屋さんは通りがけの無二のネット知己ゆえ、
武士の情けでお願いしますw

「岸田政府は直ちに豊岳正彦を全権委任和平大使として中東の戦場へ単身派遣せよ。」
hougakumasahiko.muragon.com/entry/612.html
イスラエル・パレスチナ紛争激化 現時点でわかっていること【更新】2023年10月8日
sputniknews.jp/20231007/17341989.html
国連の介入で直ちに停戦が達成されることを望む。

安保理常任理事国が一致団結することが必要だ。
もちろん戦争放棄平和構築日本国憲法を尊重し擁護する日本国民と日本政府は、
率先して停戦を叫ばなければならない。
あらゆる人がこの世で最も守るべき法益は人の身体生命と私有財産なのだから。

私は日本国を主権で統治する日本国民国王の総意を代表し、
政府全権を委任受託して単身で戦争を止めるために両国の戦場に赴き、
日本国民の全力を挙げて戦争を止めたいと思う。

岸田政府は直ちに私を全権委任和平大使として中東の戦場へ派遣せよ。
asyura2.com/22/iryo9/msg/793.html#c340
・・・
「戦争消滅平和構築仏教言霊の日本国憲法前文を手帳で終生携行すべし」
今度は中東で戦争に火が付いた。世界中で汚職人災の極致「戦争と原発事故」極刑犯罪が起こっている。
事ここに至っては、直ちに日本人公務員全員に日本国憲法手帳を配って読ませなければ、
人の命よりカネに目がくらんだ明治政府

廃仏毀釈以来文明退化した色欲煩悩妄想日本人が、
DSイスラエルモサドスパイNHK東大慶応大拝金奇形司法東大話法嘘八百に扇動されますます騙されて、
憲法違反汚職国家反逆罪を犯し続け愚かな亡国と地球人類滅亡に至るまで、
憲法無知ゆえの反人道極悪人災汚職戦争犯罪極刑悪行を止めることができまい。

asyura2.com/22/iryo9/msg/793.html#c338
↓↓↓

主権在民政教分離無我平等戦争放棄平和構築【日本国憲法手帳】を世界万人に一人一冊未来永劫配り続けよ。
hougakumasahiko.muragon.com/entry/610.html
【日本国憲法手帳】を岩国市玖珂の橋川等さんがご提供くださった動画です。2023/10/06
youtube.com/watch?v=FqtlKz4hokE
PDFダウンロードして誰でも自分で日本国憲法手帳が作り

生涯携行し毎時熟読できるようにしたく鋭意作成中。
【日本国憲法手帳】を橋川等さんがご提供くださった動画 2023/10/07
youtube.com/watch?v=b1bxD1vLIP4

山口県労働組合総連合(山口県労連)発行の縦10.5p横7.4pのジャスト手帳サイズ日本国憲法を、
全ての6歳以上日本人に一人一冊無料印刷製本配布すべき憲法26条義務教育無償責務を汚職無く果たすよう、
主権者国民勤労子育て親孝行親切日本国王が文科省に最高法規憲法99条執行命令する。

また、日本国内に入国する人に全員パスポートと同じ個人情報を憲法手帳に記載してもらって、入管スタンプを押して国内で常時携行してもらい、
出国時には憲法手帳を記念贈呈して日本国が立憲法治国家であることを世界中の万人に発信することを、
平和外交政府責任で全額外務省予算公正執行せよ。

日本国憲法は、敬老勤労子育て国民を国王とする長阿含經第二遊行經の「七不衰法」なり。
hougakumasahiko.muragon.com/entry/9.html
 ここに国家を栄えさせる七つの教えがある。
 一つには、国民はしばしば会合して政治を語り、国防を厳にして自ら守り、
 二つには、上下心を一つにして相和し、ともに国事を議し、

 三つには、国風を尊んでみだりにあらためず、礼を重んじ義を尊び、
 四つには、男女の別を正し、長幼の序を守って、よく社会と家庭の純潔を保ち、
 五つには、父母に孝し、師長に仕え、
 六つには、祖先の祭壇をあがめて祭儀を行い、

 七つには、道を尊び徳をあがめ、徳の高い師について教えを仰ぎ、厚く供養することである。
 どんな国でも、この七つの教えをよく守って破ることがないならば、その国の栄えることは疑いがなく、外国の侮りを受けることはないであろう。
hougakumasahiko.muragon.com/entry/136.html
///
山口県労働組合総連合(山口県労連)
yamaguchiroren.or.jp/download.html
山口県労働組合総連合のホームページへようこそ。
 すべての職場・地域でたたかうなかまとともに、要求を結集し、「職場を基礎に」
 「組合員が主人公」の運動を強め、運動と共同を飛躍させましょう。
topics
○山口県の最低賃金は、

2022年10月13日から1時間888円です。
○山口県の最低賃金引き上げと中小企業支援の拡充を求める署名に取り組んで、署名用紙はこちらからダウンロードできます
○働くことで困ったら
コロナで明日から職場にこなくていいと言われた 、コロナで会社が休業、賃金は保障される?などのコロナ関連の

ご相談や、様々な相談を受け付けています。  
山口県内5カ所労働相談センターフリーダイヤル0120-378-060
〒753-0074 山口県山口市中央4丁目3−3
TEL  083-932-0465
FAX  083-932-0412
mail:infohp-yama@yamaguchiroren.or.jp 
twitter.com/yamaguchi_roren
facebook.com/profile.php?id=100070982045805

日本国王日本国民は世界中のすべての人に一冊ずつ主権在民政教分離無我平等戦争放棄平和構築【日本国憲法手帳】を配らねばならぬ。
山口県労働組合総連合(山口県労連)発行【日本国憲法手帳】を岩国市玖珂の橋川等老師がご提供くださった。
youtube.com/watch?v=FqtlKz4hokE

日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。
1946 年 11 月 3 日 公布 1947 年 5 月 3 日 施行
youtube.com/watch?v=b1bxD1vLIP4

山口県労連「日本国憲法手帳」より文字サイズが小さい日本国憲法全文がPDFダウンロードできます。
http://www.peace-toyama.jp/9jyou/image/pdf/kennpou.pdf

日本国憲法はアメリカには作れない。日本人文武両道幣原喜重郎が作った証拠を示す。
竹下発言で「首相」を聞き漏らさなかった朝日記者にあっぱれ!  赤かぶ
http://www.asyura2.com/18/senkyo243/msg/600.html#c19

幣原喜重郎元首相が語った
日本国憲法 - 戦争放棄条項等の生まれた事情について
https://www.benricho.org/kenpou/shidehara-9jyou.html

内閣総理大臣の孤独な闘い〜天皇制と日本の若者を救った幣原喜重郎(この仮説は知っておく価値がある)
http://blog.livedoor.jp/wakaben6888/archives/44242542.html

日本国憲法1946 年 11 月 3 日 公布 1947 年 5 月 3 日 施行
http://www.peace-toyama.jp/9jyou/image/pdf/kennpou.pdf
「あたらしい憲法のはなし」えあ草紙
https://www.satokazzz.com/airzoshi/reader.php?action=aozora&id=43037


[18初期非表示理由]:担当:スレ違い長文多数により全部処理

32. 豊岳正彦[-17672] lkyKeJCzlUY 2023年10月11日 07:55:29 : yRgpGQVp4c : dFl0cTkyZ3I5VDY=[52] 報告
<▽38行くらい>
竹下発言で「首相」を聞き漏らさなかった朝日記者にあっぱれ!  赤かぶ
asyura2.com/18/senkyo243/msg/600.html#c32

人間だけが宗教と神を持つ。一神教は政教一致である。日本国憲法は第20条で政教分離を厳密にせよと定めた人類史上唯一の政教分離を明文規定した憲法最高法規だ。人間だけが宗教を持つゆえに人間だけがその構成する社会単位で争う。戦争も外交である。動物も政治するが、神を持たない動物は戦争をしない。神を持てばそれぞれが他国の人が信じる教えを無視して自国の神にだけ奉仕するならば、必ず異なる神の信者同士が対立して、異教徒を滅ぼせと教える。一神教は戦争を起こして自分の神を他国の人皆に強制するだろう。戦争は政教一致カルト外交である。ある国が金銭の利益だけを追及する拝金一神教ならば必ず民族浄化テロをもって拝金しない異国の人をせん滅しようとする。このように自我にとらわれる自我絶対妄想の人間だけが戦争という政教一致カルト外交政策をとるのだ。すなわち人間だけが神を作って自分を選民とし、他国の人や異教徒を神に許されて皆殺しにするカルトテロリストとなる。テロリストは政教一致一神教カルトである。オカルトは何の関係もない。政教一致をカルトと呼ぶのである。例えば自我の利利益と満足のみ追い求める煩悩の塊となって拝金一辺倒に走る行為もまた「拝金唯物」一神教である。科学も神道も同じ。日本国憲法12条に、自我の満足のみ求めて自由を振り回して他をして迷惑せしむることなかれと書いてある。また、一神教は必ず苛酷すぎる刑罰を行う。異教徒も同じ人間なのに異教徒の法益である「命」も「財産」も皆奪えと神が教えるからだ。これが政教一致すなわちカルトである。一神教を盲信する者は自分が神によって選ばれた選民であり、神の子が家畜以下の異教徒を殺しても神に許された当然の権利だと妄想するテロリストである。故に宗教がなく神を持たない人間以外の動物はだれも戦争しないのだ。人間だけが戦争するし汚職するのである。ゆえに、世界人類史上唯一の政教分離最高法規無我平等仏心親切憲法を奉じる仏教徒日本人だけが、あらゆる戦争を良心に従って無我仏法平和平等日本国憲法で止めることができ、地球上人類の法益を互いに平等公正に守ることができて、戦争無き平和な地球を打ち立てることができる。岸田公務員政府は直ちに私主権者日本国王に政府の全権を渡して、宗教対立の中心地エルサレムへイスラエルパレスチナ両国首脳を招き、ミサイル攻撃をした真犯人を検挙するまで必ず一切の戦闘行為を禁じて完全に停戦して、なんびとも刑事司法妨害をせぬように停戦が絶対に必要だと、両国首脳と世界中の万人を説得させるべし。これ以外に戦争を止める方法はこの世にない。

[18初期非表示理由]:担当:スレ違い長文多数により全部処理

33. 豊岳医王不二正恩居士[4] lkyKeIjjiaSVc5PxkLOJtouPjm0 2023年10月27日 15:05:45 : yRgpGQVp4c : dFl0cTkyZ3I5VDY=[85] 報告
<■373行くらい→右の▽クリックで次のコメントにジャンプ可>
最終稿

24時間トラックドライバー食堂に密着したらヤバすぎた

うどんそば 広島 岡山 Udonsoba
youtube.com/watch?v=8GVKtdz5WGA

これが24時間勤労する真日本人である。

【国家の名誉にかけ全力で「日米地位協定破棄」せぬ者は大和魂真日本人ではない。】

masa-ho.blogspot.com/2023/10/blog-post_27.html

幣原喜重郎元首相が語った日本国憲法-戦争放棄条項等の生まれた理由について
benricho.org/kenpou/shidehara-9jyou-text.html
昭和三十九年二月
幣原先生から聴取した戦争放棄条項等の生まれた事情について
ー平野三郎氏記―
憲法調査会事務局

はしがき
 この資料は、元衆議院議員平野三郎氏が、故幣原喜重郎氏から聴取した、戦争放棄条項等の生まれた事情を記したものを、当調査会事務局において印刷に付したものである。
 なお、この資料は、第一部・第二部に分かれているが、第一部・第二部それぞれの性格については、平野氏の付されたまえがきを参照されたい。
  昭和三十九年二月           
憲法調査会事務局

  第一部

 私が幣原先生から憲法についてのお話を伺ったのは、昭和二十六年二月下旬である。同年三月十日、先生が急逝される旬日ほど前のことであった。場所は世田谷区岡本町の幣原邸であり、時間は二時間ぐらいであった。
 側近にあった私は、常に謦咳にふれる機会はあったが、まとまったお話を承ったのは当日だけであり、当日は、私が戦争放棄条項や天皇の地位について日頃疑問に思っていた点を中心にお尋ねし、これについて幣原先生にお答え願ったのである。
 その内容については、その後間もなくメモを作成したのであるが、以下は、そのメモのうち、これらの条項の生まれた事情に関する部分を整理したものである。
 なお、当日の幣原先生のお話の内拘については、このメモにもあるように、幣原先生から口外しないようにいわれたのであるが、昨今の憲法制定の経緯に関する論議の状況にかんがみてあえて公にすることにしたのである。

問  かねがね先生にお尋ねしたいと思っていましたが、幸い今日はお閑のようですから是非うけたまわり度いと存じます。

 実は憲法のことですが、私には第九条の意味がよく分りません。あれは現在占領下の暫定的な規定ですか、それなら了解できますが、そうすると何れ独立の暁には当然憲法の再改正をすることになる訳ですか。

答  いや、そうではない。あれは一時的なものではなく、長い間僕が考えた末の最終的な結論というようなものだ。

問  そうしますと一体どういうことになるのですか。軍隊のない丸裸のところへ敵が攻めてきたら、どうするという訳なのですか。

答  それは死中に活だよ。一口に言えばそういうことになる。

問  死中に活と言いますと … … …

答  たしかに今までの常識ではこれはおかしいことだ。しかし原子爆弾というものが出来た以上、世界の事情は根本的に変わって終ったと僕は思う。何故ならこの兵器は今後更に幾十倍幾百倍と発達するだろうからだ。恐らく次の戦争は短時間のうちに交戦国の大小都市が悉く灰燼に帰して終うことになるだろう。そうなれば世界は真剣に戦争をやめることを考えなければならない。そして戦争をやめるには武器を持たないことが一番の保証になる。

問  しかし日本だけがやめても仕様がないのではありませんか。

答  そうだ。世界中がやめなければ,ほんとうの平和は実現できない。しかし実際問題として世界中が武器を持たないという真空状態を考えることはできない。

 それについては僕の考えを少し話さなければならないが、僕は世界は結局一つにならなければならないと思う。つまり世界政府だ。世界政府と言っても、凡ての国がその主権を捨てて一つの政府の傘下に集るようなことは空想だろう。だが何らかの形に於ける世界の連合方式というものが絶対に必要になる。何故なら、世界政府とまでは行かなくとも、少くも各国の交戦権を制限し得る集中した武力がなければ世界の平和は保たれないからである。凡そ人間と人間、国家と国家の間の紛争は最後は腕づくで解決する外はないのだから、どうしても武力は必要である。しかしその武力は一個に統一されなければならない。二個以上の武力が存在し、その間に争いが発生する場合、一応は平和的交渉が行われるが、交渉の背後に武力が控えている以上、結局は武力が行使されるか、少なくとも武力が威嚇手段として行使される。したがって勝利を得んがためには、武力を強化しなければならなくなり、かくて二個以上の武力間には無限の軍拡競争が展開され遂に武力衝突を引き起こす。すなわち戦争をなくするための基本的条件は武力の統一であって、例えば或る協定の下で軍縮が達成され、その協定を有効ならしむるために必要な国々か進んで且つ誠意をもってそれに参加している状態、この条件の下で各国の軍備が国内治安を保つに必要な警察力の程度にまで縮小され、国際的に管理された武力が存在し、それに反対して結束するかもしれない如何なる武力の組み合せよりも強力である、というような世界である。

 そういう世界は歴史上存在している。ローマ帝国などもそうであったが、何より記録的な世界政府を作った者は日本である。徳川家康が開いた三百年の単一政府がそれである。この例は平和をを維持する唯一の手段が武力の統一であることを示している。

 要するに世界平和を可能にする姿は、何らかの国際的機関がやがて世界同盟とでも言うべきものに発展し、その同盟が国際的に統一された武力を所有して世界警察としての行為を行う外はない。このことは理論的には昔から分かっていたことであるが、今まではやれなかった。しかし原子爆弾というものが出現した以上、いよいよこの理論を現実に移す秋がきたと僕は信じた訳だ。

問  それは誠に結構な理想ですが、そのような大問題は大国同志が国際的に話し合って決めることで、日本のような敗戦国がそんな偉そうなことを言ってみたところでどうにもならぬのではないですか。

答  そこだよ、君。負けた国が負けたからそういうことを言うと人は言うだろう。君の言う通り、正にそうだ。しかし負けた日本だからこそ出来ることなのだ。

 恐らく世界にはもう大戦争はあるまい。勿論、戦争の危険は今後むしろ増大すると思われるが、原子爆弾という異常に発達した武器が、戦争そのものを抑制するからである。第二次大戦が人類が全滅を避けて戦うことのできた最後の機会になると僕は思う。如何に各国がその権利の発展を理想として叫び合ったところで、第三次世界大戦が相互の破滅を意味するならば、いかなる理想主義も人類の生存には優先しないことを各国とも理解するからである。

 したがって各国はそれぞれ世界同盟の中へ溶け込む外はないが、そこで問題はどのような方法と時間を通じて世界がその最後の理想に到達するかということにある。人類は有史以来最大の危機を通過する訳だが、その間どんなことが起るか、それはほとんど予想できない難しい問題だが、唯一つ断言できることは、その成否は一に軍縮にかかっているということだ。若しも有効な軍縮協定ができなければ戦争は必然に起るだろう。既に言った通り、軍拡競争というものは際限のない悪循環を繰り返すからだ。常に相手より少しでも優越した状態に己れを位置しない限り安心できない。この心理は果てしなく拡がって行き何時かは破綻が起る。すなわち協定なき世界は静かな戦争という状態であり、それは嵐の前の静けさでしかなく、その静けさがどれだけ持ちこたえるかは結局時間の問題に過ぎないと言う恐るべき不安状態の連続になるのである。

 そこで軍縮は可能か、どのようにして軍縮をするかということだが、僕は軍縮の困難さを身をもって体験してきた。世の中に軍縮ほど難しいものはない。交渉に当たる者に与えられる任務は如何にして相手を偽瞞するかにある。国家というものは極端なエゴイストであって、そのエゴイズムが最も狡猾で悪らつな狐狸となることを交渉者に要求する。虚々実々千変万化、軍縮会議に展開される交渉の舞台裏を覗きみるなら、何人も戦慄を禁じ得ないだろう。軍縮交渉とは形を変えた戦争である。平和の名をもってする別個の戦争であって、円滑な合意に達する可能性などは初めからないものなのだ。

 原子爆弾が登場した以上、次の戦争が何を意味するか、各国とも分るから、軍縮交渉は行われるだろう。だが交渉の行われている合間にも各国はその兵器の増強に狂奔するだろう。むしろ軍縮交渉は合法的スパイ活動の場面として利用される程である。不信と猜疑がなくならない限り、それは止むを得ないことであって、連鎖反応は連鎖反応を生み、原子爆弾は世界中に拡がり、終りには大変なことになり、遂には身動きもできないような瀬戸際に追いつめられるだろう。

 そのような瀬戸際に追いつめれても各国はなお異口同音に言うだろう。軍拡競争は一刻も早く止めなければならぬ。それは分っている。分ってはいるがどうしたらいいのだ。自衛のためには力が必要だ。相手がやることは自分もやらねばならぬ。相手が持つものは自分も持たねばならぬ。その結果がどうなるか。そんなことは分らない。自分だけではない。誰にも分らないことである。とにかく自分は自分の言うべきことを言っているより仕方はないのだ。責任は自分にはない。どんなことが起ろうと、責任は凡て相手方にあるのだ。

 果てしない堂々巡りである。誰にも手のつけられないどうしようもないことである。集団自殺の先陣争いと知りつつも、一歩でも前へ出ずにはいられない鼠の大群と似た光景 ― それが軍拡競争の果ての姿であろう。

 要するに軍縮は不可能である。絶望とはこのことであろう。唯もし軍縮を可能にする方法があるとすれば一つだけ道がある。それは世界が一せいに一切の軍備を廃止することである。

 一、二、三の掛声もろとも凡ての国が兵器を海に投ずるならば、忽ち軍縮は完成するだろう。勿論不可能である。それが不可能なら不可能なのだ。

 ここまで考えを進めてきた時に、第九条というものが思い浮かんだのである。そうだ。もし誰かが自発的に武器を捨てるとしたら ー

 最初それは脳裏をかすめたひらめきのようなものだった。次の瞬間、直ぐ僕は思い直した。自分は何を考えようとしているのだ。相手はピストルをもっている。その前に裸のからだをさらそうと言う。何と言う馬鹿げたことだ。恐ろしいことだ。自分はどうかしたのではないか。若しこんなことを人前で言ったら、幣原は気が狂ったと言われるだろう。正に狂気の沙汰である。

 しかしそのひらめきは僕の頭の中でとまらなかった。どう考えてみても、これは誰かがやらなければならないことである。恐らくあのとき僕を決心させたものは僕の一生のさまざまな体験ではなかったかと思う。何のために戦争に反対し、何のために命を賭けて平和を守ろうとしてきたのか。今だ。今こそ平和だ。今こそ平和のために起つ秋(とき)ではないか。そのために生きてきたのではなかったか。そして僕は平和の鍵を握っていたのだ。何か僕は天命をさずかったような気がしていた。

 非武装宣言ということは、従来の観念からすれば全く狂気の沙汰である。だが今では正気の沙汰とは何かということである。武装宣言が正気の沙汰か。それこそ狂気の沙汰だという結論は、考えに考え抜いた結果もう出ている。

 要するに世界は今一人の狂人を必要としているということである。何人かが自ら買って出て狂人とならない限り、世界は軍拡競争の蟻地獄から抜け出すことができないのである。これは素晴らしい狂人である。世界史の扉を開く狂人である。その歴史的使命を日本が果たすのだ。

 日本民族は幾世紀もの間戦争に勝ち続け、最も戦斗的に戦いを追求する神の民族と信じてきた。神の信条は武力である。その神は今や一挙に下界に墜落した訳だが、僕は第九条によって日本民族は依然として神の民族だと思う。何故なら武力は神でなくなったからである。神でないばかりか、原子爆弾という武力は悪魔である。日本人はその悪魔を投げ捨てることに依て再び神の民族になるのだ。すなわち日本はこの神の声を世界に宣言するのだ。それが歴史の大道である。悠々とこの大道を行けばよい。死中に活というのはその意味である。

問  お話の通りやがて世界はそうなると思いますが、それは遠い将来のことでしょう。しかしその日が来るまではどうする訳ですか。目下の処は差当り問題ないとしても、他日独立した場合、敵が口実を設けて侵略してきたらです。

答  その場合でもこの精神を貫くべきだと僕は信じている。そうでなければ今までの戦争の歴史を繰り返すだけである。然も次の戦争は今までとは訳が違う。

 僕は第九条を堅持することが日本の安全のためにも必要だと思う。勿論軍隊を持たないと言っても警察は別である。警察のない社会は考えられない。殊に世界の一員として将来世界警察への分担負担は当然負わなければならない。しかし強大な武力と対抗する陸海空軍というものは有害無益だ。僕は我国の自衛は徹頭徹尾正義の力でなければならないと思う。その正義とは日本だけの主観的な独断ではなく、世界の公平な与論に依って裏付けされたものでなければならない。そうした与論が国際的に形成されるように必ずなるだろう。何故なら世界の秩序を維持する必要があるからである。若し或る国が日本を侵略しようとする。そのことが世界の秩序を破壊する恐れがあるとすれば、それに依て脅威を受ける第三国は黙ってはいない。その第三国との特定の保護条約の有無にかかわらず、その第三国は当然日本の安全のために必要な努力をするだろう。要するにこれからは世界的視野に立った外交の力に依て我国の安全を護るべきで、だからこそ死中に活があるという訳だ。

問  よく分りました。そうしますと憲法は先生の独自の御判断で出来たものですか。一般に信じられているところは、マッカーサー元帥の命令の結果ということになっています。尤も草案は勧告という形で日本に提示された訳ですが、あの勧告に従わなければ天皇の身体も保証できないという恫喝があったのですから事実上命令に外ならなかったと思いますが。

答  そのことは此処だけの話にして置いて貰わねばならないが、実はあの年(昭和二十年)の暮から正月にかけ僕は風邪をひいて寝込んだ。僕が決心をしたのはその時である。それに僕には天皇制を維持するという重大な使命があった。元来、第九条のようなことを日本側から言いだすようなことは出来るものではない。まして天皇の問題に至っては尚更である。この二つに密接にからみ合っていた。実に重大な段階にあった。

 幸いマッカーサーは天皇制を存続する気持を持っていた。本国からもその線の命令があり、アメリカの肚は決っていた。ところがアメリカにとって厄介な問題が起った。それは濠州やニュージーランドなどが、天皇の問題に関してはソ連に同調する気配を示したことである。これらの国々は日本を極度に恐れていた。日本が再軍備をしたら大変である。戦争中の日本軍の行動は余りに彼らの心胆を寒からしめたから無理もないことであった。殊に彼らに与えていた印象は、天皇と戦争の不可分とも言うべき関係であった。日本人は天皇のためなら平気で死んで行く。恐るべきは「皇軍」である。という訳で、これらの国々はソ連への同調によって、対日理事会の票決ではアメリカは孤立化する恐れがあった。

 この情勢の中で、天皇の人間化と戦争放棄を同時に提案することを僕は考えた訳である。

 豪州その他の国々は日本の再軍備を恐れるのであって、天皇制そのものを問題にしている訳ではない。故に戦争が放棄された上で、単に名目的に天皇が存続するだけなら、戦争の権化としての天皇は消滅するから、彼らの対象とする天皇制は廃止されたと同然である。もともとアメリカ側である濠州その他の諸国は、この案ならばアメリカと歩調を揃え、逆にソ連を孤立させることが出来る。

 この構想は天皇制を存続すると共に第九条を実現する言わば一石二鳥の名案である。尤も天皇制存続と言ってもシムボルということになった訳だが、僕はもともと天皇はそうあるべきものと思っていた。元来天皇は権力の座になかったのであり、又なかったからこそ続いてきたのだ。もし天皇が権力を持ったら、何かの失政があった場合、当然責任問題が起って倒れる。世襲制度である以上、常に偉人ばかりとは限らない。日の丸は日本の象徴であるが、天皇は日の丸の旗を護持する神主のようなものであって、むしろそれが天皇本来の昔に還ったものであり、その方が天皇のためにも日本のためにもよいと僕は思う。

 この考えは僕だけではなかったが、国体に触れることだから、仮にも日本側からこんなことを口にすることは出来なかった。憲法は押しつけられたという形をとった訳であるが、当時の実情としてそういう形でなかったら実際に出来ることではなかった。

 そこで僕はマッカーサーに進言し、命令として出して貰うように決心したのだが、これは実に重大なことであって、一歩誤れば首相自らが国体と祖国の命運を売り渡す国賊行為の汚名を覚悟しなければならぬ。松本君にさえも打明けることの出来ないことである。したがって誰にも気づかれないようにマッカーサーに会わねばならぬ。幸い僕の風邪は肺炎ということで元帥からペニシリンというアメリカの新薬を貰いそれによって全快した。そのお礼ということで僕が元帥を訪問したのである。それは昭和二十一年の一月二十四日である。その日、僕は元帥と二人切りで長い時間話し込んだ。すべてはそこで決まった訳だ。

問  元帥は簡単に承知されたのですか。

答  マッカーサーは非常に困った立場にいたが、僕の案は元帥の立場を打開するものだから、渡りに舟というか、話はうまく行った訳だ。しかし第九条の永久的な規定ということには彼も驚ろいていたようであった。僕としても軍人である彼が直ぐには賛成しまいと思ったので、その意味のことを初めに言ったが、賢明な元帥は最後には非常に理解して感激した面持ちで僕に握手した程であった。

 元帥が躊躇した大きな理由は、アメリカの戦略に対する将来の考慮と、共産主義者に対する影響の二点であった。それについて僕は言った。

 日米親善は必ずしも軍事一体化ではない。日本がアメリカの尖兵となることが果たしてアメリカのためであろうか。原子爆弾はやがて他国にも波及するだろう。次の戦争は想像に絶する。世界は亡びるかも知れない。世界が亡びればアメリカも亡びる。問題は今やアメリカでもロシアでも日本でもない。問題は世界である。いかにして世界の運命を切り拓くかである。日本がアメリカと全く同じものになったら誰が世界の運命を切り拓くか。

 好むと好まざるにかかわらず、世界は一つの世界に向って進む外はない。来るべき戦争の終着駅は破滅的悲劇でしかないからである。その悲劇を救う唯一の手段は軍縮であるが、ほとんど不可能とも言うべき軍縮を可能にする突破口は自発的戦争放棄国の出現を期待する以外ないであろう。同時にそのような戦争放棄国の出現も亦ほとんど空想に近いが、幸か不幸か、日本は今その役割を果たし得る位置にある。歴史の偶然はたまたま日本に世界史的任務を受け持つ機会を与えたのである。貴下さえ賛成するなら、現段階に於ける日本の戦争放棄は、対外的にも対内的にも承認される可能性がある。歴史のこの偶然を今こそ利用する秋である。そして日本をして自主的に行動させることが世界を救い、したがってアメリカをも救う唯一つの道ではないか。

 また日本の戦争放棄が共産主義者に有利な口実を与えるという危険は実際あり得る。しかしより大きな危険から遠ざかる方が大切であろう。世界はここ当分資本主義と共産主義の宿敵の対決を続けるだろうが、イデオロギーは絶対的に不動のものではない。それを不動のものと考えることが世界を混乱させるのである。未来を約束するものは、絶えず新しい思想に向って創造発展して行く道だけである。共産主義者は今のところはまだマルクスとレーニンの主義を絶対的真理であるかの如く考えているが、そのような論理や予言はやがて歴史の彼方に埋没して終うだろう。現にアメリカの資本主義が共産主義者の理論的攻撃にもかかわらずいささかの動揺も示さないのは、資本主義がそうした理論に先行して自らを創造発展せしめたからである。それと同様に共産主義のイデオロギーも何れ全く変貌して終うだろう。何れにせよ、ほんとうの敵はロシアでも共産主義でもない。このことはやがてロシア人も気づくだろう。彼らの敵もアメリカでもなく資本主義でもないのである。

世界の共通の敵は戦争それ自体である。

問  天皇陛下は憲法についてどう考えておかれるのですか。

答  僕は天皇陛下は実に偉い人だと今もしみじみと思っている。マッカーサーの草案を持って天皇の御意見を伺いに行った時、実は陛下に反対されたらどうしようかと内心不安でならなかった。僕は元帥と会うときは何時も二人切りだったが、陛下のときは吉田君にも立ち会って貰った。しかし心配は無用だった。陛下は言下に、徹底した改革案を作れ、その結果天皇がどうなってもかまわぬ、と言われた。この英断で閣議も納まった。終戦の御前会議のときも陛下の御裁断で日本は救われたと言えるが、憲法も陛下の一言が決したと言ってもよいだろう。若しあのとき天皇が権力に固執されたらどうなっていたか。恐らく今日天皇はなかったであろう。日本人の常識として天皇が戦争犯罪人になるというようなことは考えられないであろうが、実際はそんな甘いものではなかった。当初の戦犯リストには冒頭に天皇の名があったのである。それを外してくれたのは元帥であった。だが元帥の草案に天皇が反対されたなら、情勢は一変していたに違いない。天皇は己れを捨てて国民を救おうとされたのであったが、それに依て天皇制をも救われたのである。天皇は誠に英明であった。

 正直に言って憲法は天皇と元帥の聡明と勇断によって出来たと言ってよい。たとえ象徴とは言え,天皇と元帥が一致しなかったら天皇制は存続しなかったろう。危機一髪であったと言えるが、結果に於いて僕は満足し喜んでいる。
なお念のためだが、君も知っている通り、去年金森君からきかれた時も僕が断ったように、このいきさつは僕の胸の中だけに留めておかねばならないことだから、その積りでいてくれ給え。
おわり
benricho.org/kenpou/shidehara-9jyou.html
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“押し付け憲法論”とマッカーサー書簡 = 「9条提案は幣原首相から」とするマッカーサーの言葉 =
benricho.org/kenpou/MacArthur.html
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facebook.com/tsuyoshinagabuchi.official
(1)日本国憲法を守らぬものは日本国民ではない。
日本国を占領し外国の植民地奴隷国にして日本国憲法を破っているのは日米地位協定盲従スパイ外患誘致罪日本人である。
日本人は全員、戦争放棄永久平和主権在民政教分離日本国を独立主権国家として復活させるために、
「日米地位協定破棄」とすべての衣食住生活用品に印刷し鉢巻を作りのぼりを立て、
全ての文書と書物の表紙に印刷し、すべてのイベントで(Xで拡散紹介した)日本国憲法前文の歌を歌い「日米地位協定破棄宣言」し、
すべての選挙で候補者全員が日米地位協定破棄を絶対公約に掲げ、
あらゆる議会集会団体会社学校で日米地位協定破棄を満場一致で決議せよ。
「地位協定破棄を宣言し天神地祇に誓約し常に公言する」ことを怠ればその者は、
日本国民に日本国憲法で保障されたすべての基本的人権を失い、
最高法規違反国家反逆罪に日本国刑法が問う。
日本国憲法に従いあらゆる戦争を直ちに止めなければ日本人ではない。
主権者日本国民に憲法15条で全体奉仕しなければならないと定めた日本政府三権公務員国会議員内閣国務大臣みなし公務員医者弁護士は、
24時間救急医療臨床医と入院中医師を除くすべての医師免許者が、
国家の名誉にかけ、
岸田内閣全員と国会議員全員と共にけが人を戦場から救い出して戦争を止めるために、
日本国憲法前文の誓いに従い、
武器を持たず救援物資だけを持って自衛隊機で全員一斉にガザへ飛べ。
イスラエルよ悪を為すな。
hougakumasahiko.cocolog-nifty.com/blog/files/scan001.pdf

世界中のすべての人が主権在民立憲法治戦争放棄平和構築無我平等忘己利他父母の大慈悲日本国憲法を守らねばならないのだ。
hougakumasahiko.muragon.com/entry/9.html

【聞き流し】日本国憲法全文 (穴埋め式) 
youtube.com/watch?v=l7KoUkwg_5s

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(2)銀河の憲法

youtube.com/watch?v=G0fXQGy8n1Y

【 国家の名誉にかけ全力で「日米地位協定破棄」せぬ者は大和魂真日本人ではない。】

24時間トラックドライバー食堂に密着したらヤバすぎた
うどんそば 広島 岡山 Udonsoba
youtube.com/watch?v=8GVKtdz5WGA
豊岳正彦
24時間365日働く日本人は美しき哉。働くということはこういうこと。

ところが公務員もみなし公務員の医者弁護士も、

その他金融も電力会社証券会社も孫正義らもヒカキンユーチューバーも芸能界も出版社も音楽業界も映画テレビもトップは全然働いてないのに、

消費税やらガソリン代やら電話代電気代やら腐った政府が勝手に値上げして、

日本国民勤労主権者国王から不労下僕が金を盗んでのうのうとしている。

泥棒の最たるものが地位協定治外法権米国と外交官治外法権イスラエルモサドNHKだ。

マッカーサーが日米地位協定治外法権で憲法41条違反の放送法と日本学術会議法で、

NHKに治外法権で受信料を好き放題日本国民勤労主権者国王全体から盗むシステムを作った。

NHKが作ったマイナンバー法は憲法30条違反36条違反だが、

GHQが憲法41条違反で作った日本学術会議法で東大と慶応大に莫大な補助金を落として、

東大法学部だけを最高裁に送り込んで、

最高裁に昭和22年の最初から憲法81条を破らせて、

NHK政府の憲法違反を根っこから隠蔽して、

この世で最も破廉恥極悪な植民地支配国連憲章違反戦争犯罪を続けているのだ。

イスラエルモサド外患誘致NHK専制隷従政府泥棒恥知らず法匪官僚天国の破廉恥のもともとは、

すべて日米地位協定が原因であり、

日米地位協定はサンフランシスコで吉田茂総理が単独密約地下室で結んだときは日米安保条約と一体だったが、

岸信介総理が国会で改正して地位協定と安保本体を分離したので、

今は日本人なら全員、一方的に地位協定だけ単独で破棄できる。

日本国民は、国家の名誉にかけ、

全力をあげて恥ずべき占領奴隷奉仕条約「日米地位協定」を即座に破棄して、

国家国民の独立主権大和魂をただちに取り戻す事を誓う。

______

銀河の憲法

youtube.com/watch?v=G0fXQGy8n1Y

34. 豊岳正彦[-18138] lkyKeJCzlUY 2023年10月28日 01:12:58 : yRgpGQVp4c : dFl0cTkyZ3I5VDY=[93] 報告
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2 facebook
竹下発言で「首相」を聞き漏らさなかった朝日記者にあっぱれ!
asyura2.com/18/senkyo243/msg/600.html#c34
24時間トラックドライバー食堂に密着したらヤバすぎた

うどんそば 広島 岡山 Udonsoba
youtube.com/watch?v=8GVKtdz5WGA

これが24時間勤労する真日本人である。

【国家の名誉にかけ全力で「日米地位協定破棄」せぬ者は大和魂真日本人ではない。】

masa-ho.blogspot.com/2023/10/blog-post_27.html

幣原喜重郎元首相が語った日本国憲法-戦争放棄条項等の生まれた理由について
benricho.org/kenpou/shidehara-9jyou-text.html
昭和三十九年二月
幣原先生から聴取した戦争放棄条項等の生まれた事情について
ー平野三郎氏記―
憲法調査会事務局

はしがき
 この資料は、元衆議院議員平野三郎氏が、故幣原喜重郎氏から聴取した、戦争放棄条項等の生まれた事情を記したものを、当調査会事務局において印刷に付したものである。
 なお、この資料は、第一部・第二部に分かれているが、第一部・第二部それぞれの性格については、平野氏の付されたまえがきを参照されたい。
  昭和三十九年二月           
憲法調査会事務局

  第一部

 私が幣原先生から憲法についてのお話を伺ったのは、昭和二十六年二月下旬である。同年三月十日、先生が急逝される旬日ほど前のことであった。場所は世田谷区岡本町の幣原邸であり、時間は二時間ぐらいであった。
 側近にあった私は、常に謦咳にふれる機会はあったが、まとまったお話を承ったのは当日だけであり、当日は、私が戦争放棄条項や天皇の地位について日頃疑問に思っていた点を中心にお尋ねし、これについて幣原先生にお答え願ったのである。
 その内容については、その後間もなくメモを作成したのであるが、以下は、そのメモのうち、これらの条項の生まれた事情に関する部分を整理したものである。
 なお、当日の幣原先生のお話の内拘については、このメモにもあるように、幣原先生から口外しないようにいわれたのであるが、昨今の憲法制定の経緯に関する論議の状況にかんがみてあえて公にすることにしたのである。

問  かねがね先生にお尋ねしたいと思っていましたが、幸い今日はお閑のようですから是非うけたまわり度いと存じます。

 実は憲法のことですが、私には第九条の意味がよく分りません。あれは現在占領下の暫定的な規定ですか、それなら了解できますが、そうすると何れ独立の暁には当然憲法の再改正をすることになる訳ですか。

答  いや、そうではない。あれは一時的なものではなく、長い間僕が考えた末の最終的な結論というようなものだ。

問  そうしますと一体どういうことになるのですか。軍隊のない丸裸のところへ敵が攻めてきたら、どうするという訳なのですか。

答  それは死中に活だよ。一口に言えばそういうことになる。

問  死中に活と言いますと … … …

答  たしかに今までの常識ではこれはおかしいことだ。しかし原子爆弾というものが出来た以上、世界の事情は根本的に変わって終ったと僕は思う。何故ならこの兵器は今後更に幾十倍幾百倍と発達するだろうからだ。恐らく次の戦争は短時間のうちに交戦国の大小都市が悉く灰燼に帰して終うことになるだろう。そうなれば世界は真剣に戦争をやめることを考えなければならない。そして戦争をやめるには武器を持たないことが一番の保証になる。

問  しかし日本だけがやめても仕様がないのではありませんか。

答  そうだ。世界中がやめなければ,ほんとうの平和は実現できない。しかし実際問題として世界中が武器を持たないという真空状態を考えることはできない。

 それについては僕の考えを少し話さなければならないが、僕は世界は結局一つにならなければならないと思う。つまり世界政府だ。世界政府と言っても、凡ての国がその主権を捨てて一つの政府の傘下に集るようなことは空想だろう。だが何らかの形に於ける世界の連合方式というものが絶対に必要になる。何故なら、世界政府とまでは行かなくとも、少くも各国の交戦権を制限し得る集中した武力がなければ世界の平和は保たれないからである。凡そ人間と人間、国家と国家の間の紛争は最後は腕づくで解決する外はないのだから、どうしても武力は必要である。しかしその武力は一個に統一されなければならない。二個以上の武力が存在し、その間に争いが発生する場合、一応は平和的交渉が行われるが、交渉の背後に武力が控えている以上、結局は武力が行使されるか、少なくとも武力が威嚇手段として行使される。したがって勝利を得んがためには、武力を強化しなければならなくなり、かくて二個以上の武力間には無限の軍拡競争が展開され遂に武力衝突を引き起こす。すなわち戦争をなくするための基本的条件は武力の統一であって、例えば或る協定の下で軍縮が達成され、その協定を有効ならしむるために必要な国々か進んで且つ誠意をもってそれに参加している状態、この条件の下で各国の軍備が国内治安を保つに必要な警察力の程度にまで縮小され、国際的に管理された武力が存在し、それに反対して結束するかもしれない如何なる武力の組み合せよりも強力である、というような世界である。

 そういう世界は歴史上存在している。ローマ帝国などもそうであったが、何より記録的な世界政府を作った者は日本である。徳川家康が開いた三百年の単一政府がそれである。この例は平和をを維持する唯一の手段が武力の統一であることを示している。

 要するに世界平和を可能にする姿は、何らかの国際的機関がやがて世界同盟とでも言うべきものに発展し、その同盟が国際的に統一された武力を所有して世界警察としての行為を行う外はない。このことは理論的には昔から分かっていたことであるが、今まではやれなかった。しかし原子爆弾というものが出現した以上、いよいよこの理論を現実に移す秋がきたと僕は信じた訳だ。

問  それは誠に結構な理想ですが、そのような大問題は大国同志が国際的に話し合って決めることで、日本のような敗戦国がそんな偉そうなことを言ってみたところでどうにもならぬのではないですか。

答  そこだよ、君。負けた国が負けたからそういうことを言うと人は言うだろう。君の言う通り、正にそうだ。しかし負けた日本だからこそ出来ることなのだ。

 恐らく世界にはもう大戦争はあるまい。勿論、戦争の危険は今後むしろ増大すると思われるが、原子爆弾という異常に発達した武器が、戦争そのものを抑制するからである。第二次大戦が人類が全滅を避けて戦うことのできた最後の機会になると僕は思う。如何に各国がその権利の発展を理想として叫び合ったところで、第三次世界大戦が相互の破滅を意味するならば、いかなる理想主義も人類の生存には優先しないことを各国とも理解するからである。

 したがって各国はそれぞれ世界同盟の中へ溶け込む外はないが、そこで問題はどのような方法と時間を通じて世界がその最後の理想に到達するかということにある。人類は有史以来最大の危機を通過する訳だが、その間どんなことが起るか、それはほとんど予想できない難しい問題だが、唯一つ断言できることは、その成否は一に軍縮にかかっているということだ。若しも有効な軍縮協定ができなければ戦争は必然に起るだろう。既に言った通り、軍拡競争というものは際限のない悪循環を繰り返すからだ。常に相手より少しでも優越した状態に己れを位置しない限り安心できない。この心理は果てしなく拡がって行き何時かは破綻が起る。すなわち協定なき世界は静かな戦争という状態であり、それは嵐の前の静けさでしかなく、その静けさがどれだけ持ちこたえるかは結局時間の問題に過ぎないと言う恐るべき不安状態の連続になるのである。

 そこで軍縮は可能か、どのようにして軍縮をするかということだが、僕は軍縮の困難さを身をもって体験してきた。世の中に軍縮ほど難しいものはない。交渉に当たる者に与えられる任務は如何にして相手を偽瞞するかにある。国家というものは極端なエゴイストであって、そのエゴイズムが最も狡猾で悪らつな狐狸となることを交渉者に要求する。虚々実々千変万化、軍縮会議に展開される交渉の舞台裏を覗きみるなら、何人も戦慄を禁じ得ないだろう。軍縮交渉とは形を変えた戦争である。平和の名をもってする別個の戦争であって、円滑な合意に達する可能性などは初めからないものなのだ。

 原子爆弾が登場した以上、次の戦争が何を意味するか、各国とも分るから、軍縮交渉は行われるだろう。だが交渉の行われている合間にも各国はその兵器の増強に狂奔するだろう。むしろ軍縮交渉は合法的スパイ活動の場面として利用される程である。不信と猜疑がなくならない限り、それは止むを得ないことであって、連鎖反応は連鎖反応を生み、原子爆弾は世界中に拡がり、終りには大変なことになり、遂には身動きもできないような瀬戸際に追いつめられるだろう。

 そのような瀬戸際に追いつめれても各国はなお異口同音に言うだろう。軍拡競争は一刻も早く止めなければならぬ。それは分っている。分ってはいるがどうしたらいいのだ。自衛のためには力が必要だ。相手がやることは自分もやらねばならぬ。相手が持つものは自分も持たねばならぬ。その結果がどうなるか。そんなことは分らない。自分だけではない。誰にも分らないことである。とにかく自分は自分の言うべきことを言っているより仕方はないのだ。責任は自分にはない。どんなことが起ろうと、責任は凡て相手方にあるのだ。

 果てしない堂々巡りである。誰にも手のつけられないどうしようもないことである。集団自殺の先陣争いと知りつつも、一歩でも前へ出ずにはいられない鼠の大群と似た光景 ― それが軍拡競争の果ての姿であろう。

 要するに軍縮は不可能である。絶望とはこのことであろう。唯もし軍縮を可能にする方法があるとすれば一つだけ道がある。それは世界が一せいに一切の軍備を廃止することである。

 一、二、三の掛声もろとも凡ての国が兵器を海に投ずるならば、忽ち軍縮は完成するだろう。勿論不可能である。それが不可能なら不可能なのだ。

 ここまで考えを進めてきた時に、第九条というものが思い浮かんだのである。そうだ。もし誰かが自発的に武器を捨てるとしたら ー

 最初それは脳裏をかすめたひらめきのようなものだった。次の瞬間、直ぐ僕は思い直した。自分は何を考えようとしているのだ。相手はピストルをもっている。その前に裸のからだをさらそうと言う。何と言う馬鹿げたことだ。恐ろしいことだ。自分はどうかしたのではないか。若しこんなことを人前で言ったら、幣原は気が狂ったと言われるだろう。正に狂気の沙汰である。

 しかしそのひらめきは僕の頭の中でとまらなかった。どう考えてみても、これは誰かがやらなければならないことである。恐らくあのとき僕を決心させたものは僕の一生のさまざまな体験ではなかったかと思う。何のために戦争に反対し、何のために命を賭けて平和を守ろうとしてきたのか。今だ。今こそ平和だ。今こそ平和のために起つ秋(とき)ではないか。そのために生きてきたのではなかったか。そして僕は平和の鍵を握っていたのだ。何か僕は天命をさずかったような気がしていた。

 非武装宣言ということは、従来の観念からすれば全く狂気の沙汰である。だが今では正気の沙汰とは何かということである。武装宣言が正気の沙汰か。それこそ狂気の沙汰だという結論は、考えに考え抜いた結果もう出ている。

 要するに世界は今一人の狂人を必要としているということである。何人かが自ら買って出て狂人とならない限り、世界は軍拡競争の蟻地獄から抜け出すことができないのである。これは素晴らしい狂人である。世界史の扉を開く狂人である。その歴史的使命を日本が果たすのだ。

 日本民族は幾世紀もの間戦争に勝ち続け、最も戦斗的に戦いを追求する神の民族と信じてきた。神の信条は武力である。その神は今や一挙に下界に墜落した訳だが、僕は第九条によって日本民族は依然として神の民族だと思う。何故なら武力は神でなくなったからである。神でないばかりか、原子爆弾という武力は悪魔である。日本人はその悪魔を投げ捨てることに依て再び神の民族になるのだ。すなわち日本はこの神の声を世界に宣言するのだ。それが歴史の大道である。悠々とこの大道を行けばよい。死中に活というのはその意味である。

問  お話の通りやがて世界はそうなると思いますが、それは遠い将来のことでしょう。しかしその日が来るまではどうする訳ですか。目下の処は差当り問題ないとしても、他日独立した場合、敵が口実を設けて侵略してきたらです。

答  その場合でもこの精神を貫くべきだと僕は信じている。そうでなければ今までの戦争の歴史を繰り返すだけである。然も次の戦争は今までとは訳が違う。

 僕は第九条を堅持することが日本の安全のためにも必要だと思う。勿論軍隊を持たないと言っても警察は別である。警察のない社会は考えられない。殊に世界の一員として将来世界警察への分担負担は当然負わなければならない。しかし強大な武力と対抗する陸海空軍というものは有害無益だ。僕は我国の自衛は徹頭徹尾正義の力でなければならないと思う。その正義とは日本だけの主観的な独断ではなく、世界の公平な与論に依って裏付けされたものでなければならない。そうした与論が国際的に形成されるように必ずなるだろう。何故なら世界の秩序を維持する必要があるからである。若し或る国が日本を侵略しようとする。そのことが世界の秩序を破壊する恐れがあるとすれば、それに依て脅威を受ける第三国は黙ってはいない。その第三国との特定の保護条約の有無にかかわらず、その第三国は当然日本の安全のために必要な努力をするだろう。要するにこれからは世界的視野に立った外交の力に依て我国の安全を護るべきで、だからこそ死中に活があるという訳だ。

問  よく分りました。そうしますと憲法は先生の独自の御判断で出来たものですか。一般に信じられているところは、マッカーサー元帥の命令の結果ということになっています。尤も草案は勧告という形で日本に提示された訳ですが、あの勧告に従わなければ天皇の身体も保証できないという恫喝があったのですから事実上命令に外ならなかったと思いますが。

答  そのことは此処だけの話にして置いて貰わねばならないが、実はあの年(昭和二十年)の暮から正月にかけ僕は風邪をひいて寝込んだ。僕が決心をしたのはその時である。それに僕には天皇制を維持するという重大な使命があった。元来、第九条のようなことを日本側から言いだすようなことは出来るものではない。まして天皇の問題に至っては尚更である。この二つに密接にからみ合っていた。実に重大な段階にあった。

 幸いマッカーサーは天皇制を存続する気持を持っていた。本国からもその線の命令があり、アメリカの肚は決っていた。ところがアメリカにとって厄介な問題が起った。それは濠州やニュージーランドなどが、天皇の問題に関してはソ連に同調する気配を示したことである。これらの国々は日本を極度に恐れていた。日本が再軍備をしたら大変である。戦争中の日本軍の行動は余りに彼らの心胆を寒からしめたから無理もないことであった。殊に彼らに与えていた印象は、天皇と戦争の不可分とも言うべき関係であった。日本人は天皇のためなら平気で死んで行く。恐るべきは「皇軍」である。という訳で、これらの国々はソ連への同調によって、対日理事会の票決ではアメリカは孤立化する恐れがあった。

 この情勢の中で、天皇の人間化と戦争放棄を同時に提案することを僕は考えた訳である。

 豪州その他の国々は日本の再軍備を恐れるのであって、天皇制そのものを問題にしている訳ではない。故に戦争が放棄された上で、単に名目的に天皇が存続するだけなら、戦争の権化としての天皇は消滅するから、彼らの対象とする天皇制は廃止されたと同然である。もともとアメリカ側である濠州その他の諸国は、この案ならばアメリカと歩調を揃え、逆にソ連を孤立させることが出来る。

 この構想は天皇制を存続すると共に第九条を実現する言わば一石二鳥の名案である。尤も天皇制存続と言ってもシムボルということになった訳だが、僕はもともと天皇はそうあるべきものと思っていた。元来天皇は権力の座になかったのであり、又なかったからこそ続いてきたのだ。もし天皇が権力を持ったら、何かの失政があった場合、当然責任問題が起って倒れる。世襲制度である以上、常に偉人ばかりとは限らない。日の丸は日本の象徴であるが、天皇は日の丸の旗を護持する神主のようなものであって、むしろそれが天皇本来の昔に還ったものであり、その方が天皇のためにも日本のためにもよいと僕は思う。

 この考えは僕だけではなかったが、国体に触れることだから、仮にも日本側からこんなことを口にすることは出来なかった。憲法は押しつけられたという形をとった訳であるが、当時の実情としてそういう形でなかったら実際に出来ることではなかった。

 そこで僕はマッカーサーに進言し、命令として出して貰うように決心したのだが、これは実に重大なことであって、一歩誤れば首相自らが国体と祖国の命運を売り渡す国賊行為の汚名を覚悟しなければならぬ。松本君にさえも打明けることの出来ないことである。したがって誰にも気づかれないようにマッカーサーに会わねばならぬ。幸い僕の風邪は肺炎ということで元帥からペニシリンというアメリカの新薬を貰いそれによって全快した。そのお礼ということで僕が元帥を訪問したのである。それは昭和二十一年の一月二十四日である。その日、僕は元帥と二人切りで長い時間話し込んだ。すべてはそこで決まった訳だ。

問  元帥は簡単に承知されたのですか。

答  マッカーサーは非常に困った立場にいたが、僕の案は元帥の立場を打開するものだから、渡りに舟というか、話はうまく行った訳だ。しかし第九条の永久的な規定ということには彼も驚ろいていたようであった。僕としても軍人である彼が直ぐには賛成しまいと思ったので、その意味のことを初めに言ったが、賢明な元帥は最後には非常に理解して感激した面持ちで僕に握手した程であった。

 元帥が躊躇した大きな理由は、アメリカの戦略に対する将来の考慮と、共産主義者に対する影響の二点であった。それについて僕は言った。

 日米親善は必ずしも軍事一体化ではない。日本がアメリカの尖兵となることが果たしてアメリカのためであろうか。原子爆弾はやがて他国にも波及するだろう。次の戦争は想像に絶する。世界は亡びるかも知れない。世界が亡びればアメリカも亡びる。問題は今やアメリカでもロシアでも日本でもない。問題は世界である。いかにして世界の運命を切り拓くかである。日本がアメリカと全く同じものになったら誰が世界の運命を切り拓くか。

 好むと好まざるにかかわらず、世界は一つの世界に向って進む外はない。来るべき戦争の終着駅は破滅的悲劇でしかないからである。その悲劇を救う唯一の手段は軍縮であるが、ほとんど不可能とも言うべき軍縮を可能にする突破口は自発的戦争放棄国の出現を期待する以外ないであろう。同時にそのような戦争放棄国の出現も亦ほとんど空想に近いが、幸か不幸か、日本は今その役割を果たし得る位置にある。歴史の偶然はたまたま日本に世界史的任務を受け持つ機会を与えたのである。貴下さえ賛成するなら、現段階に於ける日本の戦争放棄は、対外的にも対内的にも承認される可能性がある。歴史のこの偶然を今こそ利用する秋である。そして日本をして自主的に行動させることが世界を救い、したがってアメリカをも救う唯一つの道ではないか。

 また日本の戦争放棄が共産主義者に有利な口実を与えるという危険は実際あり得る。しかしより大きな危険から遠ざかる方が大切であろう。世界はここ当分資本主義と共産主義の宿敵の対決を続けるだろうが、イデオロギーは絶対的に不動のものではない。それを不動のものと考えることが世界を混乱させるのである。未来を約束するものは、絶えず新しい思想に向って創造発展して行く道だけである。共産主義者は今のところはまだマルクスとレーニンの主義を絶対的真理であるかの如く考えているが、そのような論理や予言はやがて歴史の彼方に埋没して終うだろう。現にアメリカの資本主義が共産主義者の理論的攻撃にもかかわらずいささかの動揺も示さないのは、資本主義がそうした理論に先行して自らを創造発展せしめたからである。それと同様に共産主義のイデオロギーも何れ全く変貌して終うだろう。何れにせよ、ほんとうの敵はロシアでも共産主義でもない。このことはやがてロシア人も気づくだろう。彼らの敵もアメリカでもなく資本主義でもないのである。

世界の共通の敵は戦争それ自体である。

問  天皇陛下は憲法についてどう考えておかれるのですか。

答  僕は天皇陛下は実に偉い人だと今もしみじみと思っている。マッカーサーの草案を持って天皇の御意見を伺いに行った時、実は陛下に反対されたらどうしようかと内心不安でならなかった。僕は元帥と会うときは何時も二人切りだったが、陛下のときは吉田君にも立ち会って貰った。しかし心配は無用だった。陛下は言下に、徹底した改革案を作れ、その結果天皇がどうなってもかまわぬ、と言われた。この英断で閣議も納まった。終戦の御前会議のときも陛下の御裁断で日本は救われたと言えるが、憲法も陛下の一言が決したと言ってもよいだろう。若しあのとき天皇が権力に固執されたらどうなっていたか。恐らく今日天皇はなかったであろう。日本人の常識として天皇が戦争犯罪人になるというようなことは考えられないであろうが、実際はそんな甘いものではなかった。当初の戦犯リストには冒頭に天皇の名があったのである。それを外してくれたのは元帥であった。だが元帥の草案に天皇が反対されたなら、情勢は一変していたに違いない。天皇は己れを捨てて国民を救おうとされたのであったが、それに依て天皇制をも救われたのである。天皇は誠に英明であった。

 正直に言って憲法は天皇と元帥の聡明と勇断によって出来たと言ってよい。たとえ象徴とは言え,天皇と元帥が一致しなかったら天皇制は存続しなかったろう。危機一髪であったと言えるが、結果に於いて僕は満足し喜んでいる。
なお念のためだが、君も知っている通り、去年金森君からきかれた時も僕が断ったように、このいきさつは僕の胸の中だけに留めておかねばならないことだから、その積りでいてくれ給え。
おわり
benricho.org/kenpou/shidehara-9jyou.html
/////
“押し付け憲法論”とマッカーサー書簡 = 「9条提案は幣原首相から」とするマッカーサーの言葉 =
benricho.org/kenpou/MacArthur.html
_______________

facebook.com/tsuyoshinagabuchi.official
(1)日本国憲法を守らぬものは日本国民ではない。
日本国を占領し外国の植民地奴隷国にして日本国憲法を破っているのは日米地位協定盲従スパイ外患誘致罪日本人である。
日本人は全員、戦争放棄永久平和主権在民政教分離日本国を独立主権国家として復活させるために、
「日米地位協定破棄」とすべての衣食住生活用品に印刷し鉢巻を作りのぼりを立て、
全ての文書と書物の表紙に印刷し、すべてのイベントで(Xで拡散紹介した)日本国憲法前文の歌を歌い「日米地位協定破棄宣言」し、
すべての選挙で候補者全員が日米地位協定破棄を絶対公約に掲げ、
あらゆる議会集会団体会社学校で日米地位協定破棄を満場一致で決議せよ。
「地位協定破棄を宣言し天神地祇に誓約し常に公言する」ことを怠ればその者は、
日本国民に日本国憲法で保障されたすべての基本的人権を失い、
最高法規違反国家反逆罪に日本国刑法が問う。
日本国憲法に従いあらゆる戦争を直ちに止めなければ日本人ではない。
主権者日本国民に憲法15条で全体奉仕しなければならないと定めた日本政府三権公務員国会議員内閣国務大臣みなし公務員医者弁護士は、
24時間救急医療臨床医と入院中医師を除くすべての医師免許者が、
国家の名誉にかけ、
岸田内閣全員と国会議員全員と共にけが人を戦場から救い出して戦争を止めるために、
日本国憲法前文の誓いに従い、
武器を持たず救援物資だけを持って自衛隊機で全員一斉にガザへ飛べ。
イスラエルよ悪を為すな。
hougakumasahiko.cocolog-nifty.com/blog/files/scan001.pdf

世界中のすべての人が主権在民立憲法治戦争放棄平和構築無我平等忘己利他父母の大慈悲日本国憲法を守らねばならないのだ。
hougakumasahiko.muragon.com/entry/9.html

【聞き流し】日本国憲法全文 (穴埋め式) 
youtube.com/watch?v=l7KoUkwg_5s

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(2)銀河の憲法

youtube.com/watch?v=G0fXQGy8n1Y

【 国家の名誉にかけ全力で「日米地位協定破棄」せぬ者は大和魂真日本人ではない。】

24時間トラックドライバー食堂に密着したらヤバすぎた
うどんそば 広島 岡山 Udonsoba
youtube.com/watch?v=8GVKtdz5WGA
豊岳正彦
24時間365日働く日本人は美しき哉。働くということはこういうこと。

ところが公務員もみなし公務員の医者弁護士も、

その他金融も電力会社証券会社も孫正義らもヒカキンユーチューバーも芸能界も出版社も音楽業界も映画テレビもトップは全然働いてないのに、

消費税やらガソリン代やら電話代電気代やら腐った政府が勝手に値上げして、

日本国民勤労主権者国王から不労下僕が金を盗んでのうのうとしている。

泥棒の最たるものが地位協定治外法権米国と外交官治外法権イスラエルモサドNHKだ。

マッカーサーが日米地位協定治外法権で憲法41条違反の放送法と日本学術会議法で、

NHKに治外法権で受信料を好き放題日本国民勤労主権者国王全体から盗むシステムを作った。

NHKが作ったマイナンバー法は憲法30条違反36条違反だが、

GHQが憲法41条違反で作った日本学術会議法で東大と慶応大に莫大な補助金を落として、

東大法学部だけを最高裁に送り込んで、

最高裁に昭和22年の最初から憲法81条を破らせて、

NHK政府の憲法違反を根っこから隠蔽して、

この世で最も破廉恥極悪な植民地支配国連憲章違反戦争犯罪を続けているのだ。

イスラエルモサド外患誘致NHK専制隷従政府泥棒恥知らず法匪官僚天国の破廉恥のもともとは、

すべて日米地位協定が原因であり、

日米地位協定はサンフランシスコで吉田茂総理が単独密約地下室で結んだときは日米安保条約と一体だったが、

岸信介総理が国会で改正して地位協定と安保本体を分離したので、

今は日本人なら全員、一方的に地位協定だけ単独で破棄できる。

日本国民は、国家の名誉にかけ、

全力をあげて恥ずべき占領奴隷奉仕条約「日米地位協定」を即座に破棄して、

国家国民の独立主権大和魂をただちに取り戻す事を天地神明に誓う。

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銀河の憲法
youtube.com/watch?v=G0fXQGy8n1Y
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「地位協定破棄すればNHK東大慶応大を三位一体破棄できる。」
袴田事件:首謀犯と思われる長女が死亡。相続目的の家族殺しの犯人は自殺か?
asyura2.com/13/nihon31/msg/333.html#c25
豊岳正彦
この奇形司法最高裁常習冤罪100%の司法公務員汚職国家反逆罪も、証拠捏造に科捜研で犯人隠蔽工作共犯した偽医者も日米地位協定ででっち上げた憲法41条違反違憲立法の日本学術会議法で東大慶応大にだけ何十億何百億もの補助金を払って作った東大法学部卒最高裁の嘘八百万東大話法憲法99条違反自体を地位協定治外法権で隠ぺいする憲法41条違反放送法NHKイスラエルモサドの犯行だ。東大慶応大は100%地位協定治外法権憲法破壊外患誘致日本人国籍法違反外国スパイだよ。地位協定破棄すりゃ奇形司法が根元から崩壊して真犯人と真実を明らかにすることができる。

【国家の名誉にかけ全力で「日米地位協定破棄」せぬ者は、大和魂真日本人ではない】
masa-ho.blogspot.com/2023/10/blog-post_27.html
<流産率は70%を遥かに超えている>ファイザーのワクチンは中絶薬より効果的 「もう一つ大きなニュースがある」(ニコニコ動画)
asyura2.com/22/iryo9/msg/793.html#c354

日本国民は、国家の名誉にかけ、

全力をあげて恥ずべき占領奴隷奉仕条約「日米地位協定」を即座に破棄して、

国家国民の独立主権大和魂をただちに取り戻す事を天地神明に誓う。
---

銀河の憲法
youtube.com/watch?v=G0fXQGy8n1Y

--

<流産率は70%を遥かに超えている>ファイザーのワクチンは中絶薬より効果的 「もう一つ大きなニュースがある」(ニコニコ動画)
asyura2.com/22/iryo9/msg/793.html#c354

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