http://www.asyura2.com/18/senkyo240/msg/478.html
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桂春蝶が日本の若者に「君たち、みんなが戦場で死んでくれたら見送る私たちが幸せになれる」という熱い思いを伝える。要するに、無意味な死の称揚だ。戦争を語りたがる老人とは、春蝶のような人間を指す
http://blog.goo.ne.jp/nrn54484/e/2a5d2b87ec46dd8eb1dd1806ef4a67a1
2018年02月24日 のんきに介護
ナウちゃん(Born This Way) @nauchan0626さんのツイート。
隊員に自殺を強要する非人間的な作戦の上、戦術的にも有効性の薄い特攻隊作戦を無批判で称揚する行為は、自衛隊員に暗に「殉職」を薦める行為と同じなのです。
— ナウちゃん(弱い自分を恥じないこと、弱い誰かを笑わないこと) (@nauchan0626) 2018年2月23日
【戦後70年】「隊員の精神は崇高なもの」特攻隊の魂、創作落語で伝える 三代目桂春蝶さん https://t.co/MivhPzxX9o @SankeiNews_WESTから
mipoko @mipoko611さんが
こんなツイート。
大杉漣さんのように、下積みと苦労を重ねて人間の厚みを増し、名もなき人や小さなものへの慈愛を養う人。
— mipoko (@mipoko611) 2018年2月22日
某落語家のように、自分も苦労したからお前らもしろと、弱き人々に懲罰的攻撃的になる人。
この別れ道はどこにあるんだろうか。
ほんとにね、
どこで別れるんだろうな。
春蝶の落語に登場する特攻隊員の若者が抱くメッセージは、
「これ以上犠牲を出さぬため、われわれが全員死ぬ以外、日本が救われる方法はない。それがおれたち隊員が考える『守るべきものを守る』ということ」
ということのようだ
(下記〔資料〕参照)。
しかし、こんなもの、飛躍も飛躍だ。
ギャンブル中毒患者が
これだけで終わりだと言って大金をつぎ込む姿を思い出す。
精神的に大日本帝国に
鞭打たれ、監獄に繋がれた囚人の姿だ。
上の言葉は、
精神を注入する側の言葉に翻訳すれば、
「必勝を期し、君たちが全員死ぬ以外、日本は救われない。それが大和魂だ」
ということになるだろう。
もっと砕いた表現をすれば、
僕がタイトルに書いたように
「君たち、みんなが戦場で死んでくれれば、見送る俺たちが幸せになれる」
というメッセージになる。
こんな言葉、
真顔で言ったら人間としてお終いじゃないかな。
そこを反省するところから、
我々日本の戦後が始まったと僕は理解している。
ところで、
春蝶の落語に似た試みがある。
林家三平の
戦意高揚のための「国策落語」への取り組みだ
(下記〔資料ー2〕参照)。
本人の口を借りると
「安保法をめぐる国会前のデモも大きく報じられましたね。…ならば、思いっきり戦争を賛美する落語という真逆のアプローチで、戦争というものを考えるフィールドを作れるのではと思ったのです」
ということになる。
転載元:盛田隆二『焼け跡のハイヒール』祥伝社 @product1954さんのツイート〔 15:54 - 2018年2月23日〕
春蝶が落語を通して戦争を煽ろうとしているのに対し、
こちらは、
「ちょっと頭冷やしなさい」ということで、
動機は似ても似つかない。
春蝶の場合は、
はすみとしこをセカンドレイプに駆り立ているどす黒い欲望と
根本のところで同じだ。
転載元:はすみ としこ @hasumi29430098のツイート〔18:01 - 2018年2月23日 〕
弱い者いじめがしたいのか。
しかもその弱い者いじめが金になれば、
という願望があるのか。
考えて見れば、
桂春蝶もはすみとしこも表現者として
駆けだしだ。
自分をアピールする、あからさまに言えば、
売名のチャンスとして
池の落ちた犬に狙いを定めて石を放っている。
ナウちゃん(Born This Way) @nauchan0626さんが
こうコメント。
怒りと言うより虚しさを感じてしまいます。そもそも詩織さんのいたNY市に「キャバ嬢」なる職業は存在しないのに、嘘を書いてまで人を侮辱して楽しいのでしょうか。本当は、私はもうこんな方とは関わりたくないのです。それでも私ははすみ氏を批判し続けます。彼女が人間の尊厳を貶めるのを続ける限りは https://t.co/xTZnoyXxrZ
— ナウちゃん(弱い自分を恥じないこと、弱い誰かを笑わないこと) (@nauchan0626) 2018年2月23日
仮に、
他人を踏みつけにして
頭角を現して、
一体、それでどうなるんだろう。
そんなもの、
その時は目立つだけで、
結局、淘汰されるだろうに――。
<追記>
や(ま)ブし
@neo_yamabusiさんが
こんなツイート。
春蝶って確かなことはわかんないけど、死んだ父親とは先代の春團治の相弟子の関係で、名跡を譲られる譲られないの話も、あったとかなかったとからしいんだよね。今の春團治は元春之輔が継いでいるけど、そのうちあのネトウヨがあの大名跡を継ぐのかもしれないと思うとビビるね。
— や(ま)ブし (@neo_yamabusi) 2018年2月24日
どうでもいいな。
仮に「春團治」の名を継いだところで、
駆け出しは、
駆け出しに違いないだろう。
一門の衰退を暗示しているだけだな。
春蝶が恐らく誤解しているのは、
安倍の長期政権を成り立たせている背後にある力だ。
すなわち、
米国の影響力だ。
米国が不正選挙をやってないはずがない。
日本の有識者は、
悉くその点を無視している。
タブーだからだよ。
怖いわけだ。
それを俎上に乗せたとき、
地位を奪われる可能性があるので
首を縮めているってわけだ。
春蝶には恐らくそういう事情を考える頭がないんだろう。
結局、彼は、
日本国民がああいうタイプを好むという
愚民観に立脚して
発言している。
しかし、愚民思想ってただの妄想だよ。
思うに、国民てのはな、案外にしたたかだよ。
そこが見えてない。
だから
事態を甘く見て笑っていられるんだよ。
実際のところは、
彼を落語家と認めているのは、
ごくごく少数派だよ。
あゝいう
すっとこどっこいが大名跡を継ぐ?
冷たいかもしれないが、
継いで貰おうじゃないかとしか、
僕などは思わないな。
安倍が支えたとしても春蝶が失墜するのは、
時間の問題だろう。
安倍が演出できるのは
せいぜい誰かの著作をベストセラーにするぐらいのもんだ。
2018年2月24日深夜 記
<追記−2>
春蝶が自分で春團治の弟子だと名乗りを上げて、
それを知らなかった者を
「情報不足で傲慢なのは負け組の条件」
などと決めつけている。
転載元:岡山のウォーボーイ @okayamawarboyさんのツイート〔12:09 - 2018年2月23日〕
自分のことは
知っていて当たり前だと言いたいらしい。
誰が一体、傲慢なのだろうな。
2018年2月25日早朝 記
〔資料〕
「「隊員の精神は崇高なもの」特攻隊の魂、創作落語で伝える 三代目桂春蝶さん」
産経新聞(2015.8.12 12:38 )
☆ 記事URL:http://www.sankei.com/west/news/150812/wst1508120055-n1.html
特攻隊を題材にした創作落語「明日ある君へ〜知覧特攻物語」を熱演する落語家の桂春蝶さん=7月10日午後、奈良県王寺町(南雲都撮影)
先の大戦で命を散らせた旧日本軍の特攻隊員を「創作落語」に仕上げた落語家がいる。知覧基地(鹿児島県南九州市知覧町)から飛び立つ隊員を描いた「明日ある君へ〜知覧特攻物語〜」を演じる三代目桂春蝶(しゅんちょう)さん(40)。今年は戦後70年。
「戦争を経て平和がある現代の命の尊さ」を伝えたいという。(今村義丈)
「日本の未来をお前に託したぞ! この国の未来をよろしく頼むぞ!」
7月10日、奈良県王寺町。高座に上がった春蝶さんが演じたのは、命と引き換えに出撃する特攻隊員が現代の若者に思いを託す場面。観客は涙をぬぐって引き込まれた。
死に際にある祖父をベッド脇で看病しながら眠り込んだ現代の若者が目を覚ますと、周囲は飛行場。そこへ軍服姿の隊員が近づき、語りかけてくる−。約30分の演目は、隊員の思いが現代とつながっていることを実感させる内容だ。
創作のきっかけは平成19年春。公演に出向いた鹿児島で「ぜひ見てほしい」という住民の声に押され、知覧特攻平和会館を訪れたことだった。
陸軍の特攻隊員1036人の遺影と遺書が並んでいた。大半が10代や20代。《一足先へ御奉公仕(つかまつ)り皆様の御出(おいで)をお待ち致し居り候》《身は粉と散っても 私の心は必らず母上様の許(もと)に参ってゐます》…。言葉の重さに圧倒された。現代の噺家として、特攻の事実を伝える使命を感じた。
亡き父、二代目春蝶はうつ気味で、家族に「死にたい」とよく漏らしていた。このため思春期は命の意味を深く考えた。隊員の言葉に心を揺さぶられたのは「自然なことだった」。
隊員の心中の解釈は難しく、明快な答えを出せたわけではない。それでも噺の中では、隊員に「これ以上犠牲を出さぬため、われわれが全員死ぬ以外、日本が救われる方法はない。それがおれたち隊員が考える『守るべきものを守る』ということ」と語らせた。
「知覧で見た出撃直前の写真には笑顔があった。家族や大切な人の幸せを願い、自分の死で誰かが助かるかもしれない。そう信じていたのでは」
25年2月の初演までの約6年間、実際の遺書を何度も読み込み、噺に盛り込む言葉を吟味した。
2歳になる子供へあてた遺書もあった。《あなたがずっと遊んでいたお人形をお守りにしています。あなたのぬくもりを感じながらいける私は幸せものです》
「特攻を美化するのか」と批判する人もいた。しかし、公演を見た10代から「隊員の方々が命をかけて戦ったおかげで、明日を迎えられる現代があるありがたさを知った」、年配者からも「戦争賛美なら注意しようと思ったがそうではない。ぜひ続けて」と激励が寄せられた。
元隊員が戦後、「狂信」などといわれなき非難を浴びた不条理に、春蝶さんはこう思う。「こんな作戦を繰り返してはならないのは当然。だが、未来を信じていかれた隊員の精神は崇高なものだ」
「明日ある君へ−」は23日、大阪市中央公会堂(北区)で開かれる戦後70年記念シンポジウムで披露。14日締め切りで市への申し込みが必要。問い合わせは大阪市総務局行政部総務課((電)06・6208・7414)。東京・新宿末廣亭でも31日に披露される。
■特攻 戦闘員が自らの生命を犠牲にして敵に突っ込む戦法。先の大戦末期、旧日本軍が作戦として実施した。主力だった航空機による特攻では約4千人が死亡したとされ、陸軍知覧基地からは沖縄付近の米軍艦船に向けて出撃した。戦艦大和などによる水上特攻、人間魚雷「回天」による水中特攻、生身で爆弾を抱えて戦車に突っ込む特攻もあった。
〔資料ー2〕
「「戦争に負けたという事実をどう捉えますか」今、林家三平さんが国策落語に挑むわけ 林家三平さん 七十余年の時を超え、口演 」
BUZZ FEED(2016/03/1 21:20 )
☆ 記事URL:https://www.buzzfeed.com/jp/satoruishido/kokusaku-rakugo?utm_term=.ctOJZegkWo#.vup4vP180A
Satoru Ishido / BuzzFeed
林家三平さん
戦後、消えた落語がある。七代目林家正蔵をはじめ当時の人気落語家が創作した戦意高揚のための「国策落語」だ。軍部と歩調を合わし、国民を戦争に協力させていくために作られた。その国策落語が70余年ぶりに復活した。手がけたのは林家三平さん。戦後まもない1949年に亡くなった七代目正蔵の孫だ。
2016年3月1日、東京都台東区西浅草。映画「サクラ花 桜花最期の特攻」の上映会。ホールから大きな拍手が起きた。映画に出演する三平さんが出囃子にあわせて登場し、深々と頭をさげ、顔を上げる。祖父が作った国策落語「出征祝」が始まった。
一冊の本がある。1941年に出版された落語集「名作落語三人選」だ。七代目林家正蔵など当時の人気落語家3人の名前で出版された。タイトルは普通だが、ページをめくると、「緊めろ銃後」「防空演習」「隣組の運動会」……。国民の戦意高揚のために作られた「国策落語」がずらりと並ぶ。
その中に「出征祝」がある。登場人物は落語でおなじみ、ケチな大旦那に、小言が多い番頭さん、怒られ役の丁稚小僧に若旦那。ストーリーはこんな調子だ。
「出征祝」そのストーリーは……
ある日、若旦那に召集令状が届く。店中は大喜び。お祝いをしようと番頭さんは「お頭付き」の魚を用意したという。ところが並んだのはイワシの目刺し。あまりのケチっぷりに丁稚の小僧さんたちががっかりしたところに若旦那が帰ってくる。
落語の若旦那といえば、だいたいは世間しらずなおぼっちゃんで、遊び好きと相場が決まっているが、この話ではしっかり者だ。頭を丸めて、戦争にいく準備をしてきたという。小僧たちの話を聞き、番頭をしかりつける。
番頭も反論する。いわく、なるべく倹約して一銭の無駄もないようにしていたと。誤解されるなら、出て行ってもいい。
若旦那は、番頭の気持ちを試しただけだと言い、店のものに「遺言」を残す。番頭のいうことは自分がいうことと同じ。「戦死は覚悟だ。戦死と知らせがきたら、この家を整理してください。財産を整理して、それぞれ受け取って独立してほしい」。
「二本買った(日本勝った)」
そこに大旦那が帰り、息子が出征し、国のために役立てることが嬉しいと喜ぶ。大旦那もケチでついたあだ名はケチ兵衛に、にぎりや。「ところがけちん坊が役に立って国防献金ができる」という。ケチどころか、自身の財産で国に貢献する大旦那像が描かれる。
今夜は出征祝いだ、小僧たちも好きなものを食べようとなり、番頭さんに口々に好物をいう。話はここからオチに向かう。
「テキがいいな」
「ビフテキだね。けどテキはいけないね。贅沢はテキだと言うからね」
「トンカツは」
「トンカツはいいね。若旦那が出征してテキにカツだ」
「お酒は飲んでもいいですか」
「二合瓶を二本買ってある。うんと飲んでおくれ」
「若旦那は縁起がいいや」
「どうして」
「若旦那の出征祝いのお酒が二合瓶二本買ってあるんでしょう。二本買った(日本勝った)」
いびつな構成の落語
口演を終えた三平さんは口を開くなり「どんな古典落語より難しいですね。やっぱり、戦争に行く人、死を覚悟している人の気持ちを理解するのは難しい」と淡々とした口調で振り返った。
「落語ってケチなら笑えるくらいケチだし、登場人物が基本的に失敗するんですよね。そこに人間の業だとか、生きていく上で大事な教えが詰まっている。でも、この話は落語的な価値観で描かれる登場人物が出てくるんだけど、ケチは美徳として描かれる。いびつな構成になっています」
「夢も語っていないでしょう。贅沢をしようというくだりも、全部その日限りで終わっています。この時代の人は、この日一日を生きるのに精一杯で、明日がわからなかった。だから贅沢も食べて飲んで終わりで、先がないんです」。
これまで国策落語の存在は知っていたが、祖父が関わっていたことを知らなかった。「出征祝」を知ったのは昨年夏だ。昭和の爆笑王として知られた父初代三平さんの足跡を辿る番組がきっかけだった。番組資料のなかに「出征祝」があり、目を通した。
戦局の行く末を知らず、落語家たちが作った国策落語は、敗戦とともに姿を消した。「出征祝」の原本も音源も残っていない。稽古中に言葉の調子や運び方が不自然だと感じた。「きっと祖父の落語に、軍部が相当手を入れたのではないかと思います」。
戦後の落語界ではほとんど、その存在が触れられることはなかった。「父も戦争体験は一切、口にしませんでした。(噺家たちも)国策落語も積極的に語ろうとはしなかったし、僕たちも戦争体験を積極的に聞こうとしなかった。それも悪かったなって思っています」。
思い出すのはこんな経験だ。2・26事件に参加し、戦争の最前線にも送り込まれた五代目柳家小さんと食事に行った。
「お前、何が食べたい」
「五目そばにします」
「おーい、店員さん。こいつに五目そばと大盛りのチャーハンな」
えっと驚く三平さんに小さんはこう言った。
「いいから、若いうちはちゃんと食べておけ。戦争では本当に何も食べられなかったんだ」
いま、口演に踏み切ったのには、理由がある。
「去年は(安保法を巡る)国会前のデモなんかも大きく報じられましたね。これからの日本がどうなるのか。戦争を経験していない世代が減っていきます。そのなかで、経験談を語り継ぐだけでいいのでしょうか。体験していない人が語っても力は弱くなります。ならば、思いっきり戦争を賛美する落語という真逆のアプローチで、逆に戦争というものを考えるフィールドを作れるのではと思ったのです」
英語、中国語で落語を披露した経験がある三平さんは、国際社会と日本という視点もまた大事だと思っている。
「先の戦争をどう考えるのか。若旦那は18歳から20歳だと思って、演じています。今なら選挙権を持つ世代ですよね。そんな若旦那が遺言を残した時代です。国のために戦争に行くのは嫌でも、家や会社、周囲の人が『非国民』と言われるのが嫌で行ったかもしれない。戦争に負けたという事実をどう捉えますか。いまの時代は平和でものも自由に言える。これからの社会を考えたいと思う人たちの前で、国策落語はまだまだやってみたいと思っています」
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