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隠されていたカンボジアPKOの欺瞞
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2018-02-12 天木直人のブログ
きのう2月11日の毎日新聞の書評欄で、注目すべき書評を見つけた。
それは、「告白 あるPKO隊員の死・23年目の真実」(旗手啓介著 講談社」という本を評した加藤陽子氏の書評だ。
加藤氏はこう書いている。
1991年、パリでカンボジア停戦協定が調印されたのを受け、国連監視下での総選挙実施の援助者として、自衛隊、文民警察官、国連ボランティアが派遣されたと。
そして、1993年5月末、懸案の選挙は終了し、国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)代表・明石康は「自由で公正な選挙が行われた」と凱歌を挙げたと。
しかし、文民警察官として現地に赴いた、全国警察の俊英70余名の肉声は、まったく異なる事態を伝えていたと。
その後に続く加藤陽子氏の書評は衝撃的だ。
「内戦中だったんですよ。パリ協定なんか全然守られていなかった」
そう語る文民警察官の一人は、兵站を軽視し、違法な命令を敷いたUNTACに対して、「明石氏に正解を聞きたかった」と迫っている。
本書の著者である旗手啓介氏は、2016年8月に放映されたNHKスペシャル「ある文民警察官の死」を作成したディレクターであるという。
本書の中核をなしたものは、仲間の命を奪われた隊員らが保管してきた原史料や記録だという。
彼らも一時は死を覚悟し、「正確にこのこと(現地の状況)だけは伝えよう」と互いに励まし合い、覚悟の上で記録を残していたという。
日本の外交史上、もっとも成功したと喧伝されていたあのカンボイアPKOの裏に、このような事実があることを、私はまったく知らなかった。
当時外務官僚だった私でさえ知らなかったのだから、日本国民はまったく知らないままに違いない。
あの時、警察官とボランティアの若者が犠牲になった。
それは、たまたま犠牲になった不幸な出来事だったと言わんばかりに美談調で報じられた。
しかし、政府や外務省が手柄を競う合う中で、命令に服し、あるいは善意のために現地に赴いた日本国民が、犠牲になるべくして犠牲になっていたとすればどうか。
加藤陽子氏はその書評で書いている。
著者の旗手啓介氏が番組をつくろうと決意した動機も、文民警察隊長だった山崎裕人から、当時の手記や報告書を提供されたことにある、と。
政府が公文書を適正に保存しないのみならず、廃棄する事例に事欠かない日本では、歴史の検証は困難を極める、と。
この加藤陽子氏の書評は、カンボジアPKOの欺瞞を告白した著者の勇気を称え、カンボジアPKO批判に終始している。
しかし、旗手啓介氏や加藤陽子氏が本当に批判したい事は、政府、官僚の事実隠ぺい体質であり、その事は23年後の今も、スーダンPKO報告書の混乱に見られるごとく、何も変わっていないことであるに違いない。
そして、政治が安倍政権の下でどんどんと保守的になり、日本も戦争に巻き込まれる事が当たり前のように語られるようになった今、真っ先に犠牲になるのは、命令によって最前線に立たされる現場の公務員や、何も知らされない善意の国民であると、警鐘を鳴らしているのだ。
この「告白」の著者である旗手啓介氏と、その本を書評で取り上げた加藤陽子氏が投げかけた問題提起は、いまの国民がひとしく考えなければならない深刻な問題提起に違いない(了)
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