米国は北朝鮮を攻めるか 本社コメンテーター 秋田浩之 2018/1/19 2:30 日経新聞 南北対話が開かれ、北朝鮮危機の打開を期待する空気が一部に生まれている。北朝鮮も表向きは、挑発を抑えぎみだ。 だが、残念ながら、これはつかの間の静けさにすぎないだろう。北朝鮮は、核ミサイルの開発をやめるつもりはないからだ。平昌冬季五輪が2月下旬に終われば、危機が再び高まるとみるべきだ。 米政府内の分析によれば、北朝鮮は年内にも、米本土に届く大陸間弾道ミサイル(ICBM)を完成させかねない。そのとき、危機は重大な局面を迎える。 トランプ政権の選択肢は2つに絞られる。ひとつはICBMを廃棄させるのはひとまずあきらめ、軍事圧力によって、それを使わせないようにする抑止策。もうひとつは脅威を除去するため、先制攻撃を辞さない路線だ。 このどちらを選ぶべきなのか、米安全保障関係者の議論が熱を帯びている。その行方は米政権の対応を占うヒントにもなる。 そこで、北朝鮮がICBMを持った場合の対応について、ワシントンで米政権内外の関係者らに意見を聞いてみた。先制攻撃の反対派と容認派がほぼ拮抗し、せめぎ合っているように思えた。 印象的なのが、米政権内の議論に通じた米安保専門家の次の言葉だ。「先制攻撃策をめぐる賛否はほぼ五分五分だ。どちらに軍配が上がるか、予測がつかない」 攻撃反対派が唱える主張は、戦争のコストはあまりにも大きいうえ、それに見合う結果を期待できないというものだ。多く聞かれたのは次の分析である。 ▼北朝鮮の核施設は地下にあるうえ、ミサイルは移動式もあり、場所を特定するのが難しい。 ▼仮に核やミサイルを見つけられても、空爆すれば、北朝鮮が激しく反応し、全面戦争になってしまう。 ▼全面戦争なら、数万〜数十万人もの死傷者が韓国内に出るという試算がある。そんな作戦に韓国が同意するはずがないし、戦場になる彼らの反対を振り切って開戦するわけにもいかない。 この問題に詳しい元米政府高官は語る。「3年ほど前までなら、全面戦争も選択肢になったかもしれない。だが、もはや無理だ。北朝鮮が核ミサイルを日韓に使う危険もあるからだ」 そこで彼らが唱えるのは、先にふれたように、北朝鮮に核を使わせない抑止策を徹底する路線である。具体的にはこうだ。 まず、金正恩(キム・ジョンウン)委員長に「米国や同盟国に核を使ったら、必ず米国の核報復を受ける」と、繰り返し警告する。それがはったりではないと悟らせるため、核を搭載できる爆撃機や潜水艦を今よりもひんぱんに北東アジアに展開する――。 強大な米国の核戦力の圧力により、北朝鮮の行動を抑止し、核ミサイルの脅威を封じ込めるというわけだ。 これに対し、攻撃も排除すべきではないと考える人々は、反対派がいうほど軍事行動のコストは甚大ではなく、実行できるとみる。その代表例が、米国防総省のブレーンによる次のような見立てだ。 ▼長年の情報収集により、米軍は北朝鮮の主なミサイル施設の場所はつかんでいる。移動式のミサイル発射台の動きも通信傍受などで、ある程度、追える。 ▼「韓国内で数万〜数十万人の死傷者」という試算は、1990年代半ばのものだ。その後、米軍の能力は大きく進歩した。そこまでの犠牲者を出す前に、北朝鮮軍を壊滅させられるだろう。 ▼韓国は各地に地下にシェルターを設け、避難訓練も重ねてきた。90年代よりも、北朝鮮軍の火砲やミサイルに耐える社会の体制も整っている。 これら攻撃容認論の底流にあるのは、ICBMの保有を許したら北朝鮮はがぜん強気になり、制御できなくなるという不安だ。別の元米高官はこう危惧する。 「ICBMを持てば、米国はもはや自分たちに手出しをできないと信じ、北朝鮮はあらゆる次元で軍事挑発を強めるだろう。日韓にテロや限定攻撃を仕掛け、米軍の撤収を迫ることも考えられる。そんな事態を許せば、日米、米韓同盟も崩れてしまう」 さらに、北朝鮮は核ミサイルの技術や部品を他国に輸出しかねない、という不安も根強い。実際、北朝鮮はかつて、シリアに核技術を供与した“前科”がある。 このまま北朝鮮が核ミサイルの開発に突っ走った場合、トランプ政権はどちらの路線に傾いていくのだろうか。カギを握るのは、2つの変数だ。 ひとつは重要側近の意見がどちらに集約されるのかである。いまはマティス国防長官やティラーソン国務長官が平和解決に軸足を置いているのに対し、マクマスター大統領補佐官(国家安全保障担当)は「北朝鮮は抑止できない」と分析。微妙に異なる立場をとっているという。 もうひとつの変数は、トランプ大統領がどう考えるかだ。当然、こちらが決定的な要素になるが、ワシントンで会った誰もが「彼は予測不能だ」と語る。 それでも一点だけ確かなことがある。トランプ氏はこの問題でも、米国ファーストの発想は捨てないということだ。 今週、カナダに20カ国の外相が集まり、対北政策で協調をかかげた。だが、トランプ氏は結局、どうすれば米国が安全になるのかを最優先に考え、決断を下そうとするだろう。 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO25854280Y8A110C1TCR000/
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