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トランプ大統領のしたたかな戦略
(大前研一)
シリアに非武装地帯の設置
ロシアのプーチン大統領とトルコのエルドアン大統領は17日、シリアのアサド政権が奪還を目指す反体制派拠点の北西部イドリブ県で、非武装地帯を設置することで合意しました。アサド政権を後押しするプーチン氏とこれ以上の難民流入を防ぎたいエルドアン氏が歩み寄った形ですが、合意が円滑に実施されるかは不透明です。
今回、エルドアン大統領とプーチン大統領の動きは非常に早く、これに対してイランも巻き込み、こうした非武装地帯を作り、ここで難民がきちんと安全を確保し、そこはロシアも攻撃しないとしています。当然アサドをコントロールできるのはロシアだけなのです。
シリアにおける各勢力の影響圏を見ると、イドリブは拠点と言えるほどはっきりしていないらしいですが、最後の反政府勢力が存在している地域になります。ここに、非武装地帯として、攻撃しないところを作ったわけです。地図を細かく見ると、イランの監視拠点が緑の点で、ロシアの監視拠点は茶色い点、トルコの監視拠点は水色で示されています。
このように、イドリブの外側はそうした国が抑えているので、これにイランも合意して拠点を作れば、安全地帯が確保できるというわけです。ただ問題はそうした地帯を作ると、攻撃しなくてはいけない反政府勢力、IS系などが、そこに一般市民と一緒に逃げ込んでしまうと、攻撃できなくなってしまいます。こうした場合、実際の運用では、効果が疑わしいところがあるのです。
実はシリアの難民はトルコが一番多く受け入れており、シリアはもともと人口2200万人程度のところですが、国内の難民が660万人います。そして、トルコに行ってしまった人が350万人いるのです。レバノンには100万人近く、ヨルダンも67万人、イラクには25万人、エジプトには13万人、その他北アフリカには3万人となっています。このように、シリアというのは既に国の体をなしていないわけです。この人たちがまた戻ってきてシリアの建国、再建をするということも、今の破壊され尽くした状況を見ると難しそうです。かと言って、この難民たちを350万人もトルコが受け入れ、仕事も与えずに食べさせていかなくてはいけないというのも大きな負担です。
こうしたイドリブの問題を早く片付けて、トルコに行っているような人たちをどうしていくのか、ロシアもおせっかいが好きなのであればこの問題を解決しなければ意味がないのです。しかしロシアはそうしたことについては苦手で、この事態もほとんど自分の武器のデモンストレーションをするために使っているようなところもあるので、そこが問題なのだと思います。
米による対ロシア制裁強化法
トランプ政権は20日、対ロシア制裁強化法に違反してロシアから軍事装備品を購入したとして、中国共産党の高官らに制裁を課すと発表しました。これまで対ロ制裁はプーチン大統領の側近などが主な対象でしたが、今回ロシアにとって重要な軍事産業も含め、締め付けを強める考えを示しました。
これは、イランと付き合っているところはアメリカと取引できないようにするという対イラン制裁と同じようなやり方です。ロシアから軍事装備品を買っているところ、中国で言えば、当然のことながら武器購入の担当部長と武器購入部門の人たちは、アメリカの銀行を使った取引や、アメリカに仮に個人資産があればそれをフリーズすると言っているのです。
ロシアから「スホイ35」を買う国というと、インドやトルコも含まれてくるのです。さらに、地対空ミサイルの「S400」も非常に人気があるのですが、こうしたものを買おうとしているインドやトルコなどは、アメリカとはそこそこ仲良くしていこうと思っているにもかかわらず、買ったら制裁を受けることになるわけです。しかも、軍の購買部門が個人的に制裁を受けるということなのです。トランプ政権は本当にこのようなことをしていて大丈夫なのかと思います。
武器の輸出額を見ると、アメリカは今、ロシアに対して非常に危機感を持っていることがわかります。ロシアの武器輸出は一度落ち込みましたが、今ではシリアで現実にどんどん武器を使っているところを見せつけ、人気が出てきているのです。
それでこのようにして中国の武器調達部長のような個人や、その部門が持っているアメリカの資産と、アメリカとの取引を禁じるという話なのです。フランスなどもやっていますが、こうして特にロシアを押さえつけているわけなのです。
米中貿易戦争の影響
トランプ政権は17日、中国の知的財産権侵害に対する制裁関税の第3弾として、年間輸入額約22兆円相当の中国製品を対象に、追加関税を実施すると発表しました。当初は税率10%で発動し、中国が年末までに政策変更に応じない場合は、25%に引き上げるということです。
日本も日米貿易戦争を20年やりましたが、日本は反発はせず、アメリカの言う通りにやりました。しかし、中国はいちいち反発するという癖があるので、トランプの性格から言うと反発しなくなるまでやるということになり、際限なく進んでしまうことになります。
ただ大きな構図で見ると、トランプは非常にずるいところがあります。金持ちには大きな減税をし、税収が足りなくなると思っていたら、この輸入関税によって5兆円、うまくすると10兆円が入ってくるのです。それでバランスが取れれば、歳入不足ということはなくなるのです。
その一方、アメリカでは輸入したものが高くなるので、一般の大衆は消費税と同じ効果で苦労することになるのです。
一方で金持ちは大儲けということで、減税は金持ちに効果が出るのです。トランプ大統領は見事にこれで、歳入不足に陥ることなく、一般の人に消費税と同じように負担をさせ、金持ちにはたくさん寄付してあげているという、いかにも彼がやりそうなことを実現しているのです。
中国をいじめている顔をしながら、実際はアメリカの購買者がいじめられており、一方で大型減税による歳入不足という経済をおかしくするような問題はなくなってしまうという構図になっているのです。トランプ大統領の、よく言えばしたたか、悪く言えばとんでもないずるさがここに出てきているわけです。
【講師紹介】
ビジネス・ブレークスルー大学
株式・資産形成実践講座 学長
大前 研一
9月23日撮影のコンテンツを一部抜粋してご紹介しております。
▼講座受講をご検討頂いている皆さまへ
https://asset.ohmae.ac.jp/mailmagazine/backnumber/180926_1/
欧州における混乱と崩壊の兆し
(大前研一)
【英】無秩序離脱なら欧州で運転免許無効も?
日経新聞は6日、「在英金融引き抜き、白熱」と題する記事を掲載しました。
これはフランスのマクロン大統領が、イギリスに代わる金融都市の座を狙い、銀行やファンドの誘致策を次々に打ち出していると紹介しています。
また、ドイツ取引所も、これまでロンドンが独占してきたユーロ建ての金利デリバティブ取引を活性化させる考えで、こうした金融業誘導の思惑も絡み、今後政治的な駆け引きがいっそう活発になりそうだとしています。
来年の3月のタイムリミットの時点で、もし合意がなければ、HARD BREXITということになります。
そのような無秩序離脱となった場合、ブルームバーグの報告によると、イギリス人は欧州で自動車免許を使えなくなるということです。これはかなり大きなインパクトになるでしょう。
金融機関の場合には、単一パスポート制度によって、域内の他国での営業ができていますが、離脱により他国での業務に支障が出ると言われています。
金融拠点としてのロンドンの受け皿を狙っているのは、フランクフルト、パリ、アムステルダム、ルクセンブルク、ダブリンで、基本的には皆、ロンドンの機能に来てほしいと思っているわけです。
一方、イギリスとしては離脱によって惹きつけられるようなものはほとんどなく、失うものばかりと言えます。車の免許も使えなくなり、薬も輸入できなくなるかもしれないなどと言われていて、そのような情報があるなら投票する前にもっと詳しく伝えておいて欲しかったというところでしょう。
そうは言っても、もしもう一度国民投票にかけるとなれば、離脱の交渉は一旦ストップとなり、来年3月のタイムリミットを一度EUに延期してもらい、半年ほどかけてやらないといけないわけです。しかし、すでにそういう時間はなく、実際にはそこまで行くか、メイ政権が崩壊するかという状況です。
タイミング悪く、労働党が内輪揉めの状態に入ってきているので、このまま簡単に労働党に移行するという状況ではありませんが、メイ政権が崩壊するということ、つまり与党側が分解するということは、すでに過半数は持っていないので、可能性としてあり得ると言えます。与党は北アイルランドの議席を頂いて、助けてもらっている状況なのです。
今後特にアイルランドとの国境問題に関しては、まだまだ不確定要因があります。BREXITはいずれにしても、このまま行けばHARD BREXITの方に行くでしょう。
ただ、アイルランドとの国境の問題については、日本で言うETCのようなハイテクを使って、対応する案が出てきています。いちいちパスコントロールで止まったりはせず、クリアされている車や人はETCのようなもので行き来ができる、人間と車が同時に、止まらずに行き来できるようにするといったアイデアがBBCなどでは取り上げられてきています。ハイテクを使うことにより、だいぶ楽になるのではないかという意見も出てきているわけです。
【独】排他主義顕在化
日経新聞は12日、「ドイツ、極右の伸長許す」と題する記事を掲載しました。これはザクセン州ケムニッツで8月末に発生した大規模なデモは、排他主義が色濃く反映したものだったと紹介しています。
これらを取り込んだ極右政党が支持率を伸ばし、今やドイツ政治が無視できないほどの勢力になっており、極右が第一党になるという悪が実現すれば、ヨーロッパ全体の政治危機につながると指摘しています。
今、このザクセン州のケムニッツというところが大きな注目を集めています。この街で開催されたストリート・フェスティバル最中の死傷事件をきっかけに、いわゆるネオナチのような人たちが警察と揉めて、さらにネオナチに反対する人たちとも衝突しています。
その後ここ2週間ほどは、少し落ち着いた状況になってはいますが、やはり移民排斥という中で、ヒトラーの言葉やシンボルを使いながら活動するという動きが出ているのです。アメリカにもKKKのような同様の動きがありますが、ドイツの場合には議会の勢力にも現れています。
ドイツ連邦議会の議席数を見ると、与党のCDU/CSUが、かなり議席を減らしています。一方で、極右政党と言われている、ドイツのための選択肢、AfDが、大きく議席を伸ばしてしまったのです。これが州によっては非常に大きくなり、第一党になる可能性もあるというわけなのです。
ドイツの人口に占める外国人の推移を見ると、ここにきてやはり難民なども含めて伸びています。メルケル政権に対する批判もこの点にあるというわけです。
一方、経済状況を見ると、失業率は下がっているので、難民がいなかったらどうなっているかという問題もあるのです。さらにGDP成長もきちんとしている状況です。
したがって、ドイツの悩みというのは、経済がきちんと動いており、しかも雇用面でも、ほとんど人が足りないのでなかなか事業を伸ばしていくこともできないという時に、なぜこのようなケムニッツのような問題が起きるのかということなのです。
これはやはり、自分の職が奪われる、この人たちが治安を悪くしているということで、ヒトラーの面影を掲げた人たちが跋扈し、警察ともぶつかる、そして、反対している穏健な市民ともぶつかるということになっているのです。そして今回は死傷事件の発生により、さらに感情を煽っていると言う部分もあるのです。
【講師紹介】
ビジネス・ブレークスルー大学
株式・資産形成実践講座 学長
大前 研一
9月16日撮影のコンテンツを一部抜粋してご紹介しております。
▼講座受講をご検討頂いている皆さまへ
▼その他の記事を読む:
【次回の記事】トランプ大統領のしたたかな戦略(大前研一)
【前回の記事】米経済が商品価格に与える影響(近藤雅世)
https://asset.ohmae.ac.jp/mailmagazine/backnumber/20180919_1/
- トランプがぶち壊す「戦いの品格」米中覇権争いの狭間に沈む、英露の不都合な真実 中ロ初の大規模合同演習で蜜月演出し日米牽制 うまき 2018/9/27 03:56:53
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