[1]〜大前研一ニュースの視点〜 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━日ロ関係/米中ロ関係〜プーチン大統領といち早く平和条約を締結することが、安倍首相の唯一最大の貢献 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 日ロ関係 一切の前提条件設けず日ロ平和条約締結を提案 米中ロ関係 プーチン氏、打算の中国接近 ───────────────────────── ▼北方4島について、日本政府はずっと国民を騙している ───────────────────────── ロシアのプーチン大統領は12日、安倍首相に対して、 一切の前提条件を設けずに2018年末までに 日ロ平和条約を締結するよう提案しました。 これは安倍首相が平和条約や領土問題の解決について 「アプローチを変えなければならない」と述べたのに対し、 プーチン大統領が賛同したもので、 まず平和条約を締結した上で 友人同士として意見の隔たりがある問題について 解決していこうというものです。 このプーチン大統領の提案について、日本のマスコミは 「なぜ安倍首相は反論しないのか?」と指摘していますが、 安倍首相としては「真実」を理解しているだけに 歯がゆい思いをしていることでしょう。 河野外相は日本とロシアの北方領土に関する真実について、 どこまで理解しているのかわかりませんが、 安倍首相はプーチン大統領との20回を超える ミーティングなどを通して理解しているはずです。 日本の方針は 「北方4島の返還を前提にして平和条約を締結すること」 であり、これは以前からずっと変わらないもの。 菅官房長官などもこの趣旨の発言をしていますが、 そもそもこの認識が間違いであり、 日本政府がずっと隠してきている「嘘」なのです。 ロシア側の認識は 「北方4島は第二次大戦の結果、ソ連に与えられたもの」であり、 日本は敗戦国としてその条件を受け入れたわけだから、 固有の領土かどうかは関係がない、というもの。 ラブロフ外相もプーチン大統領も、 このような見解を示しています。 そして、このロシア側の主張が「真実」です。 終戦時にソ連と米国の間で交わされた 電報のやり取りが残っています。 ソ連のスターリンが北海道の北半分を 求めたのに対して、米国側は反発。 代わりに北方4島などをソ連が領有することを認めました。 この詳細は拙著「ロシア・ショック」の中でも紹介していますが、 長谷川毅氏の「暗闘」という本に書かれています。 米国の図書館などにある精密な情報を研究した本で、 先ほどの電報などをもとに当時の真実を 見事に浮かび上がらせています。 すなわち、北海道の分割を嫌い、 北方4島をソ連に渡したのは米国なのです。 今でもロシア(ソ連)を悪者のように糾弾する人もいますが、 犯人は米国ですからロシアを非難すること自体がお門違いです。 さらに言えば、日本が「北方4島の返還を前提」 に固執するようになったのも、米国に原因があります。 1956年鳩山内閣の頃、重光外相がダレス国務長官と会合した際、 日本はソ連に対して「2島の返還を前提」 に友好条約を締結したいと告げました。 しかし、ダレス国務長官がこれを受け入れず、 「(ソ連に対して)4島の返還」を求めない限り、 沖縄を返還しないと条件を突きつけました。 つまり、米国は沖縄の返還を条件にしつつ、 日本とソ連を仲違いさせようとしたのでしょう。 この1956年以降、日本では「北方4島の返還」が前提になり、 それなくしてロシア(ソ連)との平和条約の締結はない、 という考え方が一般的になりました。 1956年までの戦後10年間においては「4島の返還」 を絶対条件とする論調ではありませんでしたが、 この時を境にして一気に変わりました。 ───────────────────────── ▼プーチン大統領といち早く平和条約を締結することが、安倍首相の唯一最大の貢献 ───────────────────────── 今回のプーチン大統領の提案に対して、 マスコミも識者も随分と叩いているようですが、 1956年以降日本の外務省を中心に 政府がずっと国民に嘘をついてきた結果、 真実を理解せずに批判している人がほとんどでしょう。 プーチン大統領の提案は理にかなっています。 日本政府の「嘘」を前提にするのではなく、 とにかくまず平和条約を締結することから 始めようということです。
プーチン大統領の提案通り、まず平和条約を締結すれば、 おそらく「2島の返還」はすぐに実現すると思います。 残りの2島については、折り合いがつくときに返還してもらう、 というくらいで考えればいいでしょう。 相手がプーチン大統領であれば、 このように事を運ぶことはできるでしょうが、 別の人間になったら「1島」も返還されない可能性も大いにあります。 今、安倍首相は「とぼけた」態度を貫いています。 真実を理解しながらも、周りにはそれを知らず 理解していない人も多いでしょうし、 長い間日本を支配してきた自民党が国民に嘘をついていた という事実をどう説明するか、 など悩ましい状況にあるのだと思います。 安倍首相に期待したいのは、 ロシアに対して経済協力などを続けながら、 とにかくいち早くロシアとの平和条約を締結して欲しい、 ということです。今回の自民党総裁選に勝利した場合、 それが実現できれば、安倍首相にとって唯一にして 最大の貢献になると私は思います。 北方4島の全てが返還されなくても、 それによってどれほどマスコミから叩かれても、 安倍首相とプーチン大統領の間で、 平和条約の締結を実現すべきです。 菅官房長官などは知ったかぶりをして、 4島返還について日本政府の方針に変わりはない などと発言していますが、全く気にする必要はありません。 プーチン大統領の次を誰が担うのかわかりませんが、 仮にメドベージェフ氏が大統領になれば、 2島返還ですら絶対に容認しないでしょう。 プーチン大統領が在任中にまず平和条約を締結することは、 極めて重要だと私は思います。 というのも、中国がロシアに接近しつつあるので、 ロシアにとって日本の必要性が低下し、 このままだと日本にとってさらに厳しい状況になるからです。 今回の東方経済フォーラムを見ていても、 プーチン大統領と中国は明らかに接近したと私は感じました。 中国は巨大な人口を抱える東北三省の経済状況がよろしくありません。 その対策として、極東ロシアへの投資に向けて動いています。 中国とロシアの国境を流れる黒竜江(アムール川)をまたいで、 現在両国を結ぶ橋を建設しています。 中国側とロシア側でそれぞれ資金を出し合っていて、 橋の建設には中国の技術が活用されています。 中国とロシア間の動きが活発化し、 中国から極東ロシアへの投資が拡大すると、 その貢献度はかなり大きなものになります。 今回、安倍首相とプーチン大統領で見学に行った と言われているマツダのエンジン工場のレベルではないでしょう。 また中国とロシアは、同じく米国にいじめられている立場として、 ボストーク2018で巨大な軍事演習を予定しています。 日本も目を覚まさないと、全て中国に持っていかれてしまいます。 少なくともプーチン大統領は内心では親日派なので、 今のうちに早く動くべきです。最後にもう1度述べておきます。 安倍首相には、自民党総裁選に勝利したら、 どんな批判を受けても悪役になろうとも、 何が何でもロシアとの平和条約の締結を 実現させて欲しい、と思います。 --- ※この記事は9月16日にBBTchで放映された大前研一ライブの内容を一部抜粋し編集しています
世界潮流を読む 岡崎研究所論評集
シリアに関するロシアの身勝手な提案 2018/09/21 岡崎研究所 シリア内戦は、アサド政権側が、かつて「イスラム国」が支配していた領域の大部分を取り返し、反政府勢力が支配していた南西部のダマスカスに近い部分も制圧した。今やアサド政権の支配下にないのは、北西部のイドリブを中心とする地域と、北東部のクルド支配地域だけと言ってよい状況になっている。さらに、イドリブ県に対してもロシアが激しい空爆を加えている。ロシアとイランの支援の下、戦争犯罪人ともいうべきアサドが、内戦にほぼ勝利したと言える。 (luplupme/Cartarium/iStock) この状況を踏まえ、ロシアは、欧州にとっての頭痛の種であったシリア難民の帰還、それと同時にEU、米国などがシリア再建に資金を出し、アサドとの関係も正常化するように、という提案を行っている。このロシア提案は、アサドに難民帰還を受け入れさせること、シリア再建資金は米・EUが出すこと、自らが支援したアサド政権に政権としての正当性を付与することを求めているが、相当身勝手な提案である。
提案の実効性についても疑問がある。フィナンシャル・タイムズ紙コラムニストのガードナーは、次の3つの問題点を指摘する。 第1:アサド政権が安定性をもたらすと前提するのは賢明ではない。アサド政権は自国民、スンニ派多数派に全面戦争を仕掛け、50万人が死亡し、人口の半分は避難民になった。その上、アサド政権の政策は過激派を作り出す。シリアは2003年のイラク戦争の時にイラクにジハード主義者を送り込んだし、シリアでの反乱の初期に刑務所から何百人のジハード主義者を釈放し、反乱の主導権を彼らがとるようにするなど、過激派を使った。 シリアのイランとの同盟は40年も続いている。ヒズボラは1982年ダマスカスのイラン大使館で生まれた。 第2:アサドはシリアの難民が帰還することについてロシアなどと同じ考えをしていない。彼はスンニ派が支配的な人口構造の復活を阻止したいとしているように見える。 第3:もっとも憂慮されるのは、アサドの軍がロシア空軍と共に北西シリアの最後の反対派拠点、イドリブを奪取する軍事作戦に乗り出そうとしていることである。イドリブにはアルカイダ系の何万ものジハード主義者がおり、300万の住民の半分は反体制派地域から逃れてきた難民である。この二つのグループは作戦が始まれば、トルコの国境に押し寄せることになり、通貨危機や、米国と対決しているトルコに安全保障・難民問題を提起する。 出典:David Gardner,‘Russia launches a diplomatic offensive on rebuilding Syria’(Financial Times, August 22, 2018) https://www.ft.com/content/e89d42f0-a539-11e8-8ecf-a7ae1beff35b アサドが大量のスンニ派住民の帰還を認めないのではないかという、ガードナーの指摘は、その通りであろう。また、米国では、リンゼイ・グラハム上院議員(共和党・サウスカロライナ州選出)が、シリアの破壊はイラン、ロシアの介入の結果ひどくなったのであり、その再建資金を米国に要求するのは筋違いである、ロシアはシリア再建に関心はなく、アサドがシリア全土を制圧することを望んでいる、と批判している。 オバマ政権時代、化学兵器使用について米国がシリアを攻撃しようとした際に、ロシアが米国に対し「我々がシリアに化学兵器を廃棄させる」と言って、米国を止めたことがあった。シリアについての米欧の思惑とロシアの思惑は基本的に違うのであり、ロシアと協力してシリア情勢を何とかしようとの発想は、うまくいかない。今回のロシア提案についても注意深く対応すべきであろう。 トランプの本音は、何とか早くシリアから撤退したいということであり、そう公言している。軍などの助言を受けて、やむを得ずシリアにとどまっているのであろうが、迫力を欠くことおびただしい。トランプは米国が毎年シリアに出していた2億3000万ドルの安定化基金拠出を「ばかげている」として、やめてしまった。米のシリア情勢への影響力は縮小している。 http://wedge.ismedia.jp/articles/-/13936 オトナの教養 週末の一冊 中露関係は「離婚なき便宜的結婚」 『ロシアと中国 反米の戦略』廣瀬陽子教授インタビュー 2018/09/21 本多カツヒロ (ライター) 中国の一帯一路にロシアのユーラシア連合構想。その実現はさておき、両国には壮大な構想がある。共産圏や巨大な国土、独善的なリーダーという共通点を持ち、近隣の国である両国は現在いかなる関係を築いているのか。『ロシアと中国 反米の戦略』(ちくま新書)を上梓した慶應義塾大学の廣瀬陽子・総合政策学部教授に、中露関係や関係する旧ソ連の中央アジア諸国などについて話を聞いた。 中国の習近平国家主席とロシアのプーチン大統領(写真:代表撮影/AP/アフロ) ――今回のテーマは中国とロシアの関係についてです。両国ともに、絶大なリーダーシップを発揮する指導者がいるわけですが、互いにどのように相手国をみているのでしょうか?
廣瀬:プーチン大統領自身が、中国が好きかと問われれば決してそうではないと思います。ただ、国として戦略的に協力しなければならないという認識でしょう。 中国側にしても、ロシアとの関係は不可欠というほどではないと考えられます。ただ、一帯一路の成否が国際社会の評価を左右する現状において、その一地域である中央アジアで成功するためにも、ロシアとの関係は戦略的にも良好に保ちたいところでしょう。 ――中露関係は、互いに戦略的な意味合いが強いと。 廣瀬:中露関係は「離婚なき便宜的結婚」などと言われます。利害では、反米、かつアメリカの一極支配ではなく、多極的な世界の維持を望んでいる点で一致している一方、お互いに不信感を抱いている。周囲の人たちが「そんなに信頼していないなら別れればいいじゃない」とアドバイスしても、別れない夫婦のようなものです。 ――もともと同じ共産圏ですが、現在のような状況はいつ頃からなのでしょうか? 廣瀬:ソ連時代に遡ると、最初は良好だった中露関係が、約50年間の反目の時代をへて、2004年頃から再び関係を改善化、そして緊密化していったと言えます。ソ連は中国の建国を支持し、軍事技術も惜しみなく供給していました。しかし、1956年のソ連共産党大会で、フルシチョフ共産党第一書記のスターリン批判を契機に、両国間にイデオロギー対立が起きます。この対立は長らく続き、1968年の中ソ国境紛争で関係悪化がピークに達しました。ソ連解体後も微妙な関係でしたが、当時のエリツィン大統領と江沢民主席が、戦略的パートナーシップを掲げた共同宣言に調印すると、1996年に後の上海協力機構の前身にあたる上海ファイブを結成します。 2000年にプーチン大統領が就任すると、国境問題などのトラブルになる事案はなるべく早めに解決するスタンスを鮮明にします。そこでかねてからの懸念だった中露の国境問題を、2004年に等分割することで解決します。 08年にロシア・ジョージア(グルジア)戦争が起き、ロシアは国際社会で孤立します。特に、アメリカはロシアに激しく反発したため、ロシアはアメリカへの対抗意識をより鮮明にしますが、ロシア1国ではとてもではないが敵わない。そこで、徐々に関係が良好になりつつあった中国との仲をより深めようとします。 ただ、2000年代半ばに経済面でピークを迎え、国力にも勢いがあった当時のロシアは、中国と協力姿勢を取りつつも、強気な態度でした。そうした態度が明らかに変わったのが、14年のウクライナ危機です。それまではロシアから中国への天然ガス輸出問題でも価格面で相いれず、交渉が決裂していたのが、ウクライナ危機が起きると、欧米からの経済制裁と石油価格の暴落などにより、ロシアは経済的に苦境に立たされました。中国側の譲歩もあったと言われていますが、ロシアも譲歩し、天然ガスの価格問題が妥結しました。その天然ガスの輸送のために、「シベリアの力」という新しいパイプライン計画が発表され、現在建設が進んでいます。 ――ロシアも中国もアメリカにとって代わり、世界の覇権を握りたいとは考えていないのでしょうか? 『ロシアと中国 反米の戦略』(廣瀬陽子、筑摩書房) 廣瀬:おそらく両国ともに、一国では不可能だと考えているでしょう。しかしながら、国としてのプライドは保ちたいし、何より米国の単独優位は許せない。そうなると、多極化しか道はない。多極化とは、いくつかの国が勢力を互いに保ちつつ、国際的な均衡を保つ状況です。ロシアは、アメリカ、ヨーロッパ、中国、ロシアの4つの勢力で多極化できればと考えているでしょう。
プーチンのブレーンであり、多大な影響を受けているアレクサンドル・ドゥーギン(元モスクワ大学教授、ユーラシア党党首)という地政学者がいます。彼は、ヨーロッパをフィンランド化、つまり中立化させることが重要だと考えています。日本に関しては、ドイツ同様にロシアの味方につけたい考えです。 ――それはなぜでしょうか? 廣瀬:日本をロシアの味方につけ、日米同盟が崩れれば、アメリカのアジアにおける覇権は大きく崩れますから。そのためには、日本に北方領土を返還するべきだとさえ彼は言っています。 ――先程もお話が出ましたが、中国は一帯一路を進めています。一方のロシアも「ユーラシア連合」構想を持っています。現在、どんな状態なのでしょうか? 廣瀬:ユーラシアは、ヨーロッパとアジアを合わせた地域で、現在のロシア外交のキーワードになっています。「ユーラシア連合」構想については、プーチンが3期目の大統領就任以前から構想を掲げていました。 ソ連解体後に生まれた独立国家共同体(CIS)をはじめとし、政治、軍事、経済的な地域の協力組織を基盤としたのが「ユーラシア連合」構想です。簡単に言えば、バルト三国を除いた旧ソ連諸国をベースとしたEUのようなものです。このロシア版EUが、本来のEUとアジアをつなぐ結節点になればいいなという構想です。 そこで、前段階としてEUと同様に、「経済連合」から始めようとしていますが、現在正式加盟している国は、ロシア、ベラルーシ、カザフスタン、アルメニア、キルギスのみで、ロシアの経済状況が悪いこともあり、上手くいっていません。 ――地域的に見ても、中国の一帯一路とかぶるようと思うのですが。 廣瀬:はい、両構想は、地域的には中央アジアなどとかぶります。 他方、内容で考えますと、「似て非なる構想」だと指摘されていまして、実際、2つの大きな違いがあります。 まず、ロシアのユーラシア連合構想は、国家間の条約・契約を前提としているのに対し、一帯一路は国家との関係に基づくのではなく、地域を緩やかに捉えています。交渉なども、行うとすれば、地域や企業との交渉となります。たとえば鉄道網を計画する場合、その国よりも鉄道会社と交渉するというような形になり、国家間交渉にまではいかないというようなことです。このように一帯一路の計画はかなり曖昧なのですが、その曖昧さが、一帯一路が支持されている一因ともいわれています。 もう一点は、中露両国が分業を確立してきたということです。ロシアが軍事と政治を担当し、中国が経済を担当するといった具合です。ただ、最近の中国の勢いは凄まじく、経済のみならず、政治や軍事面でも進出し始め、分業体制は崩れています。その状況は、ロシアの許容範囲を超えていると思われますが、国力の落ちてきているロシアは黙認せざるを得ない状況にあるといえそうです。 ――ユーラシア連合構想は、かなり先行き不透明ですね。 廣瀬:ロシアにとって、他にも厄介な点があります。ひとつは、中央アジアの国々は、これまでロシアに強く依存し、石油や天然ガスもロシアにしか輸出できない状況でしたが、経済力をつけ、多くのエネルギーを必要とする中国がこの地域に進出してきて、中央アジア諸国の対中資源輸出が増えてきているということです。これにより、中央アジアの対露姿勢も以前より強気になっているように見えます。 また、これらの国々の動向で目立つのが、欧米への接近です。なかでも目立つのがウズベキスタン。権威主義だった同国の大統領、イスラム・カリモフが16年9月に亡くなり、新大統領に就任したシャヴカト・ミルズィヤエフは、権威主義から外交の多角化へ舵を切り、アメリカとの関係を深めています。ウズベキスタンは、05年に起きた国民を虐殺したアンディジャン事件以降、アメリカとの関係が悪化していました。それが改善に傾き始めた。それに慌てたのが、カザフスタン。今年3月に、アメリカのアフガニスタン作戦のために、米軍がカスピ海にある2つの港を使用することを認めたのです。これに対し、ロシアは相当激怒しています。 このことは、20年以上続いた、カスピ海の領海問題、つまりカスピ海を海と考えるか、湖と考えるかという論争に一応の終止符を打つ大きなきっかけになったと思っています。海だと定義された場合は国際法(「海洋法に関する国際連合条約」)が適用され、つまり「領海」の原則が適用され、天然資源については、自国の「領海」でしか開発できなくなるのですが、自国「領海」に資源を有するアゼルバイジャン、カザフスタン、トルクメニスタン、ロシア(自国「領海」に資源が見つかってから)が海であると主張してきました。他方、湖だと定義された場合は、国際的な慣習により、カスピ海は沿岸国の共同管理になり、資源なども共有財産として均等に分配されることになります。このような論争が20年以上続いていたわけですが、今年の8月12日のカスピ海サミットでようやく「玉虫色」ながら一応の合意が生まれたのです。 長くなるので詳細は避けますが、カスピ海を海でもなく、湖でもないという「特別な法的地位」を有する大陸内水域とし、沿岸から15海里は領海/同25海里は漁業専管水域とし、海底パイプラインは関係国の合意によって敷設可能としたことが主要なポイントとなります。ロシアは自国を迂回する海底パイプラインが敷設されることには反対でしたが、今回の同意で、その可能性を認めてしまったことになりました。 とはいえ、海底パイプラインの敷設には事前の環境アセスメントとその結果に対する沿岸5カ国の合意が必要となるのですが、その際に、ロシアが海底パイプラインの敷設を妨害する可能性があることは危惧されています。他方、外国軍のカスピ海渡航禁止ということが合意され、5カ国の結束を対外的にアピールしたことはロシアの決定的な外交的勝利だといえます。それほど、ロシアは米国に勢力圏を脅かされることを警戒しているともいえるでしょう。また、このことは、ユーラシアに影響力を拡大している中国に対しての牽制の意味も持っているはずです。 ――旧ソ連の中央アジア諸国は、これまでロシアばかりを見ていたけど、他にも貿易相手はたくさんいることに気がついたと。 廣瀬:開眼させたのが中国です。他にもトルクメニスタンは、ロシアと価格交渉で決裂し、ロシアに天然ガスの輸出ができなくなりましたが、対中輸出は伸びていまして、中国の存在感がますます大きくなっています。 エネルギーの買い取り価格に関しても、ロシアは中央アジア諸国から安く買い叩き、そこに相当なマージンを乗せ、ヨーロッパへ輸出していました。しかし、ロシアへの制裁の影響で、以前ほどヨーロッパでは売れなくなったようです。 ――そうなると、中露が再び対立しそうですが。 廣瀬:対立に火種は色々とあると思います。ただし、経済力が落ちているロシアは中国に対して強気に出られないというのが実情です。 ――中央アジアには、旧ソ連諸国があります。なかでも中露関係を考えるうえで重要なのは、どこの国なのでしょうか? 廣瀬:もっとも重要なのはカザフスタンですね。国土が広く、中露両国に国境を接している。しかも、中国側の国境にはウイグル自治区があり、中国とカザフスタンが共同でウイグル対策をしていたことの意味は大きいです。 他方、ロシアにとって真の盟友と言える国が、先のユーラシア経済連合にも最初から加盟していることからもわかるように、カザフスタンとベラルーシです。地理的にも中露に挟まれ、政治的にもカザフスタンはバランサーとして重要な役割を果たしてきました。 ――カザフスタンもエネルギー資源は豊富なのでしょうか? 廣瀬:石油も天然ガスも豊富で、カザフスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタン、中国を結ぶパイプラインが完成し、カザフスタンも中国にエネルギー資源を輸出しています。 ――他にも中露関係で、重要な国はありますか? 廣瀬:ウクライナですね。ウクライナとジョージアはもともと親欧米で、NATOやEUへの加盟を目指していました。それが実現すると困るのがロシア。ウクライナのNATO加盟を阻止するためにユーラシア連合構想が生まれたとすら言われるほどです。だからこそ、ウクライナ危機が起きたのです。 中国は、ウクライナと軍事的なつながりが非常に強い。中国はウクライナから多くの軍事装備品や技術を得てきましたが、ウクライナ由来の軍事装備品の代表格が空母「ワリャーグ」で、中国で改良され2012年に「遼寧」として生まれ変わりました。そもそも、ウクライナ危機で混乱しているウクライナ東部は、旧ソ連時代から軍需産業の集積地です。ウクライナ危機が起きてから、国内の経済が悪化し、軍事工場も稼働できなくなりました。そのために、ウクライナの軍事工場や技術者たちははなりふり構わず、中国などに技術や軍事装備品を売るようになったのです。 ――さらに、北朝鮮の核弾頭ミサイル開発にもウクライナの軍事技術が関わっているとの指摘もありますね。 廣瀬:ウクライナ危機後、北朝鮮のミサイル技術が急速に発展しました。相当数のウクライナ人エンジニアが北朝鮮へ渡ったとも一部では言われています。 ――ロシアから中国が武器を輸入することはないのでしょうか? 廣瀬:ロシアが中国へ輸出したほぼすべての戦闘機がコピーされ、他国に売却された過去があり、ロシアは相当な不信感を抱いていました。しかし、ウクライナが軍事機密を中国に売ってしまうこともあり、2〜3年前からロシアも中国へ武器を売るようになりました。 ――中露は親密なのかどうか本当によくわかりませんね。ところで、中露関係が、国際社会に今後どんな影響を与えていくと考えられますか? 廣瀬:ここまでのように中露の動向だけを見ていると、さまざまな影響がありそうですが、世界規模で見ると大した影響はないと思います。その一番の要因は、やはりロシアの国力の低下、プーチン人気の陰りなどが挙げられます。 ――嘘か真かはわかりませんが、プーチン大統領の支持率は常に高い数字ですよね。 廣瀬:プーチン大統領が就任した当初はバラマキ政策や、14年のクリミア編入により支持率は80%以上を維持していました。経済制裁やルーブルの下落で経済状況が悪化した際にも、プーチンはアメリカが経済制裁を行い、石油価格を操作しているために経済が悪化していると説明し、支持率が落ちなかった。ところが、ロシアワールドカップ期間中に年金受給年齢を徐々に引き上げるという法案を発表したことで、国民の反発を買い、公式の支持率が67%、民間のシンクタンクの調査では37%まで落ちました。ロシアの平均寿命は66歳であるにもかかわらず、年金受給年齢を2028年までに男性が60歳から65歳、2034年までに女性が55歳から63へ引き上げると発表したからなのですが、その後、猛烈な反発が生じたため、8月末に女性の受給年齢は、8歳ではなく5歳引き上げ、つまり60歳とするというのは緩和案を発表しましたが、それでも国民の怒りは収まっていません。 ――中露と近い朝鮮半島への影響もあまり大きくはありませんか? 廣瀬:韓国への影響はありますね。今年6月にアメリカのトランプ大統領が、金正恩委員長とシンガポールで会談しました。今後、米韓合意を破棄するとトランプなら言いかねません。もしそうなった場合、韓国は中国に飲み込まれる可能性がある。そこで、韓国はロシアへ接近しています。事実、ロシアワールドカップ期間中、ムン・ジェイン大統領は、自国チームの応援という名目でロシアへ飛び、ロシアから北朝鮮、韓国を結ぶ鉄道とパイプライン計画に合意したのを始め、プーチンと話し込み、さまざまな事案で合意に達したと言われています。ロシアとしても、韓国とのディールが結実すれば、朝鮮半島全体にエネルギー、輸送インフラによって影響力を行使できるため、対中、対米戦略の上でも極めて重要な意味を持ちます。 ――廣瀬先生は昨年フィンランドに1年間滞在されていたとのことですが、ヨーロッパから見た中露関係とは、日本から見るそれと違うのでしょうか? 廣瀬:フィンランド滞在によって、中露関係に関してより俯瞰的に見ることができたと思います。たとえば、中国に関してヨーロッパの人たちがどのように見ているか。一帯一路のなかで、陸と海のシルクロードの他に、近年では北極圏のシルクロードも入ってきました。3年前に北極圏で現地調査をした時点では、中国の進出に対し好意的でした。しかし、昨年聞いてみると、かなりの割合の人が批判的な意見になっていた。 ――ロシアに関してはどうでしょうか? 廣瀬:まず、ロシアはご存知のような広大な国土の国で、モスクワやサンクトペテルブルクなどの主要都市は東欧にありますが、その他の約70%はアジア地域です。 ヨーロッパの国々のロシアへ対する反応は温度差がある。たとえば、顕著にロシア嫌いな国としては、エストニア、ラトビア、リトアニアのバルト三国とポーランドが挙げられますが、逆に親ロシアなのが、イタリア、ハンガリー、ギリシャ、キプロスなどです。時期や時のトップによって態度を変えてきたのが、ドイツやイギリス、フランスなどだと言えるでしょう。例えば、イギリスの場合、金融界にロシアの新興財閥が深く関わっているため、以前はロシアに対してかなり配慮しているように見えました。 ――他にも、サッカープレミアリーグの名門チェルシーのオーナーは、ロシア人石油王のアブラモビッチですしね。 廣瀬:今年3月に、イギリスで起きた元ロシアの二重スパイの暗殺未遂事件で神経剤ノビチョクが使われたと言われています。事件発覚後、イギリス政府は自国の外交官を引き上げたり、ロシアの外交官を追放したりしたほか、諸外国にも対露制裁を呼びかけるなどかなり厳しい態度に出まして、現在は米国と並ぶ世界で最もロシアに対して厳しい態度をとっている国になっています。しかし、その影響で、アブラモビッチにもビザが下りず、彼の資金によるサッカースタジアム改修計画が頓挫したとも聞いています。 一方で、イギリスはプーチンと敵対し、ロシアから亡命してきた新興財閥のオーナーたちを匿ってきました。たとえば、故・ボリス・ベレゾフスキーや、ミハイル・ホドルコフスキーなどです。特に、ホドルコフスキーは現在、資金を提供し、ロシアの悪事をジャーナリストに暴かせたりしています。先日、中央アフリカでロシア人ジャーナリスト3人が殺害されましたが、そもそも中央アフリカに行ったのは、ホドルコフスキーが依頼した仕事のためで、仕事中に殺害されたのでした。 ――最後に、どんな人に本書を薦めたいですか? 廣瀬:一帯一路やユーラシア連合構想は、日本とも直接関わる問題です。また、近年、北極圏の資源などをめぐり争奪戦が起きています。なかでもロシアが目立ちますが、北極圏以外の国では中国の動きも目立っています。実は、日本も北極圏の問題に積極的に関わっているのですが、そのことはあまり広く知られていない気がします。しかし、中国の一帯一路のようなユーラシアを広く見据えた戦略に対抗していくためには、より広い地域を戦略的に捉えてゆくことが不可欠です。もっと広く地域を見る感覚は、日本人の参考になると思うので、本書がその一助になれば嬉しいですね。 http://wedge.ismedia.jp/articles/-/13997
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