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中国・北朝鮮・イランが強硬策に出かねないトランプ外交の危うさ
https://diamond.jp/articles/-/177941
2018.8.22 田中 均:日本総合研究所国際戦略研究所理事長 ダイヤモンド・オンライン
米国がどう考え、どう行動するのか、これにどう向き合うのかは日本にとって最大の外交課題であるはずだ。折しも自民党総裁選挙が迫っている。自民党総裁選挙は事実上、首相を選ぶ選挙である。候補者はトランプ大統領の米国との向き合い方についても正面から議論してほしいものだ。
トランプ流アプローチは
世界でリスクを生んでいる
トランプ大統領のアプローチは従来の米国大統領とは大きく異なる。それは「力を背景にした取引」ということだろう。
トランプ大統領はオバマ前大統領の国際協調路線を根底から覆し、米国は地球温暖化対策についてのパリ合意やTPP、イランとの核合意から離脱した。
それだけではない。貿易についてはWTO的アプローチを排し、日本、EU、カナダ、韓国という同盟国を含め、自国の法律に基づく一方的な制裁関税を課すという行動に出た。
そこには世界のリーダーである米国がよって立つべき「ルール」や「民主主義的価値」を優先する姿勢は希薄だ。相手に力を見せつけ、米国にとって有利な取引に持ち込むということだ。
このトランプ流アプローチは世界の各地域で高いリスクを生んでいる。
朝鮮半島では、まず「最大の圧力」路線を取り、中国を巻き込んだ経済制裁の強化とともに戦略兵器を持ち込んだ頻繁な米韓合同演習を実施し、「力」を見せつけた。
北朝鮮がこれに怯え対話へと行動を起こしたと見られがちだが、それが全てではないことにも留意することが重要だ。
北朝鮮は、根底では米国の力に怯えてはいると思われるが、半面では「非核化」を掲げて米国からの安全を得るという戦略に打って出たと見ることができよう。
「力」を掲げてシンガポールでの合意に持ち込んだと見るトランプ大統領の思惑と「完全なる非核化」を餌に米国からの大きな譲歩を引き出そうとする金正恩委員長の思惑が交差し、非核化の動きは遅く、両者のしのぎ合いは続くのだろう。
果たして折り合いはつくのか。
トランプ流の危うさは専門的で緻密な読みより、直感に基づく行動をとることである。北朝鮮のしたたかな計算を打ち破ることができるか。
北朝鮮は、朝鮮半島問題で当事者から外されるわけにはいかないという習近平主席の強烈な意識と南北融和を政権の柱に据える文在寅政権の思いを巧みに利用し、中国や韓国との交流を積極的に進めていくのだろう。
これはトランプ政権が非核化の実現を性急に求めることを封じ込めた。既に9月にはピョンヤンで3回目の南北首脳会談が計画されている。
ただ、北朝鮮が引き続き、核・ミサイルについて生産の動きを止めない時や経済制裁が中・ロ・韓などにより事実上、骨抜きにされていった時にトランプ大統領はどう動くのか。
つまりトランプ流「力を背景にする取引」が奏功しなかった時に、トランプ大統領は力を行使することを選ぶのかどうか。そうなった場合、日本にとってのリスクは著しく高まる。
北朝鮮・中国・イランは
追い詰められ強硬策に出かねない
中国との貿易戦争はどうか。米中、お互いが制裁・報復関税をかけあう対立は拡大し、いまのところ解決の糸口も見出せない状況だ。特にハイテク分野での公正貿易を確保するという米国の要求は強い。
トランプ流「力を背景とする取引」に中国が応じざるを得ない局面になるのか。それとも習近平主席が「弱さを見せてはならない」と突っ張ることになるのか。貿易戦争の拡大は経済合理性とは無縁だ。
お互いの経済の相互依存が高まっている中で、自国製品の中に他国のコンテンツも多く、高関税の賦課が自らの経済に跳ね返ってくる結果になることも容易に想像できる。
経済の脆弱性から見れば米国に比べ中国経済は圧倒的に脆弱だが、他方、政治的には世論やメディア、ひいては利益団体からの制約を受けにくい点では、中国のほうが耐久力はあるのだろう。
7月18日付の本コラム「米中貿易戦争の落とし所は『北朝鮮非核化に中国協力』か」で論じたような取引のシナリオはあり得るとしても、貿易戦争が長引いていけば中国の経済成長の低下が世界経済の足を引っ張るというリスクも大きい。
対イラン問題でも、米国はイラン核合意から離脱し、8月7日にはイラン自動車業界などに対する制裁を再開し、イランの石油業界とビジネスをしている企業への制裁も11月に再開すると表明している。
核合意の維持を鮮明にしているEUとの間でも最大の摩擦要因となっている。EUはEU域内企業に対し、米国の制裁措置に従うことを禁じる「ブロッキング規則」を援用するとしているが、やはり最大の市場である米国から締め出されるリスクは欧州の企業には取れまい。
石油についても日欧などの企業は取引を控えざるを得ないだろう。結局、中国などがイランからの購入を増やしていく可能性がある。
イランではインフレなど経済情勢の悪化に起因する国内の不満は高まっている。トランプ大統領はイランとの交渉の可能性を否定してはいないが、果たしてその意図はより良き核合意を目指すということなのか。
米国の識者の多くは、トランプ大統領の真の狙いは、宗教に支配された体制を崩壊させるということではないかと論じる。そうでないとなかなか説明が難しい状況だ。
そうだとしたら、イランでは強硬派が台頭する可能性が高まり、核合意から自らも離脱することになれば中東の大きな不安定要因となる。
イランはロシアや中国と緊密な関係を追求するだろうし、イスラエルやサウジアラビアとの緊張は一層、強まる。イランが強硬姿勢に転じて、ホルムズ海峡の封鎖に至る事態も完全に否定するわけにもいくまい。
北朝鮮、中国、イランが米国の力の前に「取引」に応じるということであれば、朝鮮半島は非核化に向けた動きが一気に進み、中国は貿易戦争を避けて妥協をし、イランはミサイルやテロ支援問題を含んだ核再交渉に応じるということになる。
しかし、過去の歴史や統治体制から見て、北朝鮮や中国、そしてイランは米国の力に屈服することを最も嫌い、追い詰められればあえて強硬に米国と向き合うことを選択しかねない国々であることを忘れてはならない。ここにトランプ流取引の危うさがある。
米国の内向き志向は長い潮流に
外交戦略の見直し必要
日本はこのような米国にどう向き合っていくのか。
米国で時間をかけて進んできた社会の分断がトランプ大統領を生み、「アメリカ第一」的内向き思考を生んだとすれば、これはトランプ大統領がいなくなれば全ては元へ戻るということではなく、長い潮流となる。
日米関係を外交の基軸としてきた日本が考えるべき課題は深刻だし、日本も中長期的な外交戦略の見直しが必要となる。
ただはっきりしていることは、近い将来、米国との同盟関係が不必要になるような情勢変化が東アジアに起こるとは考えられないことだ。
東アジアにはロシアと中国という核保有国、北朝鮮という核保有を疑われている国が存在する。そして過去の歴史の怨念はいまだにこの地域で強く、統治体制や価値観の異なる国々の行動は不透明だ。日米同盟関係は東アジアでの強い抑止力として引き続き重要な意味を持ち続ける。
一方で「アメリカ第一」を掲げるトランプ大統領の出現により、同盟関係の信頼性が損なわれ始めていることも事実だろう。
トランプ大統領が取引的アプローチを駆使し、日本に対して防衛費や米軍駐留支援の大幅増額や貿易面で市場開放や関税引き下げの要求を行ってくることは十分に予想される。
日本は自身の安全保障能力の拡大に努力すべきだし、経済面でも日本市場の一層の透明化、障壁の除去に努力すべきなのだろう。ただ理不尽な要求には従うべきではない。
日本は、米国に是々非々の態度をとることにならざるを得まい。安倍首相はトランプ大統領に寄り添い首脳間の関係強化に努めている。しかしこれによってトランプ大統領が日本を例外視し配慮するわけではない。
むしろ米国が日本との関係を重視せざるを得ない“てこ”を日本は持たねばならない。
アジアとの関係強化が
米国を日本重視に向かわせる
では必要な“てこ”とはなにか。
1つには東アジアの安全保障環境を良くする外交力だ。
安全保障環境が改善すれば軍事力の意味は低下する。朝鮮半島の完全なる非核化について日本は当事者としての認識を持って米国を支えるべきだ。
このため米国、中国、韓国との連携を図り、非核化実現の工程や非核化のコスト分担の枠組み構築などに向けて、能動的外交を展開すべきだ。
中国との関係については中長期的な戦略を持たなければならない。近年の対中外交は国内の反中・反韓ナショナリズムを意識し、いかに強い主張をするかとか、中国を牽制することにきゅうきゅうとしているように見受けられる。中国と長期的なウィンウィン関係を構想し、これに中国を関与させることこそが正しい戦略だ。
同時に、日本がこれまでも主張してきた「ルールに基づく国際関係」という観点を徹底させることが対米関係でも“てこ”になる。
そもそもTPPは自由主義経済のルールを徹底することを目的とした戦略的構想だったはずだ。
トランプ大統領はここからも一方的に撤退し、自国の通商関連法を援用して一方的制裁を課すといったWTOのルールにそぐわない行動に出ている。日本はTPP拡大、とりわけアジアへの拡大やRCEP(東アジア地域包括的経済連携)協定の早急な締結を実現していくべきだ。
これまでは米国と強い関係を持つことがアジア諸国との関係を強化することにつながってきた。これからの日本の外交戦略はアジアと強い関係を持つことにより、米国を健全な形でアジアにつなぎ止めることを目的とすべきだろう。
(日本総合研究所国際戦略研究所理事長 田中 均)
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