「米韓同盟消滅」に焦る韓国の保守 その時は、日本と一緒に核武装? 早読み 深読み 朝鮮半島 2018年8月22日(水) 鈴置 高史 北朝鮮は洋上で石油などを積み替える「瀬取り」で経済制裁をすり抜けている(写真:防衛省/ロイター/アフロ) (前回から読む) 「米国から見捨てられる」と韓国の保守が焦り始めた。 保守系紙に「日韓同盟論」 鈴置:韓国の保守系紙、朝鮮日報に日韓同盟論とも受け止められる論文が載りました。金載千(キム・ジェチョン)西江大学教授の寄稿「北朝鮮の非核化交渉、このまま行けば我々は中国の勢力圏に編入」(8月1日、韓国語版)です。結論は以下です。 故・ズビグニュー・ブレジンスキー(Zbigniew Brzezinski)博士は著書『Strategic Vision』で、東北アジアと朝鮮半島で米国の影響力が衰退し中国が躍進した場合、韓国が取り得る選択は、中国への便乗(さらなる依存)、独自の軍事大国化、日本との安保協力のうち1つだと主張した。 隣り合う覇権国(中国)に依存する戦略が一方的な自律性の喪失に直結することは明白だ。中国に対抗しうる我が国の軍事大国化は事実上、不可能だ。 「米国なき北東アジア」を想定した場合、国際規範と自由民主主義を共有する韓日協力は中国の覇権を予防し、牽制効果を持つカードとなる。 国民の情緒が障害になるが、政府が先頭に立って大乗的な見地から韓日関係を前向きに管理・発展させねばならない。 中国に対抗するには「単なる協力」ではとうてい無理。読む人が読めば、日韓同盟の勧めと受け止める記事です。反日至上主義者からの非難を恐れてでしょう、「軍事同盟」という言葉は一切、使っていませんが。 中国の属国に戻る 気味が悪いですね。突然にすり寄って来るなんて。 鈴置:この寄稿は日本語版にも載ったので、「反日国家が何を言い出したのだろうか」と首を傾げる向きが多かった。注目すべきは「日韓同盟論」もさることながらなぜ今、それが韓国で唱えられ始めたか、です。 なぜでしょう。 鈴置:金載千教授は冒頭で以下のように説明しています。 現在、北朝鮮の非核化が表面的な議題となっているが、水面下では米中がこの問題を契機に東北アジアの勢力再編というもっと大きな争いを繰り広げている。 これを見落とすと韓国は知らず知らずのうちに中国の影響圏に編入されるか、取り込まれてしまうであろう。 今、米中の間で「北朝鮮の非核化」と「米韓同盟の廃棄」が取引され始めました。金載千教授は、同盟を失った韓国は中国の属国に戻ってしまう、と訴えたのです。 シナリオ 北朝鮮は誰の核の傘に入るのか? 韓国はどうする? T 中国の核の傘を確保 米韓同盟を維持 U 米国と同盟・準同盟関係に入る 米韓同盟を維持 V 半島全体が中立化し、国連や周辺大国がそれを保証 W 自前の核を持つ 北朝鮮の核の傘に入る 北朝鮮の非核化の行方 今頃、何を言っているのでしょうか。 鈴置:確かに「今頃」です。シンガポールでの米朝首脳会談が決まる過程で、トランプ大統領は韓国への核の傘の提供の中止――つまり、米韓同盟破棄を示唆しています(「『米韓同盟廃棄』カードを切ったトランプ」参照)。 6月12日に開いた米朝首脳会談でも、米韓合同軍事演習に加え、在韓米軍の撤収にまで言及しました(「米中貿易戦争のゴングに乗じた北朝鮮の『強気』」参照)。 「外」から見れば、韓国が米国から見捨てられたなと容易に分かります。ただ、韓国人はその現実を認めたくなかったのです。だから「今頃」言い出したのです。 金正恩を助ける文在寅 それにしても、米朝会談からこの寄稿までに50日もたっています。 鈴置:さすがに韓国人も「見捨てられ」の可能性を無視できなくなったのでしょう。非核化に進展がないのに、文在寅(ムン・ジェイン)政権が北朝鮮との経済協力や、朝鮮戦争の終戦宣言に熱をあげ始めたからです。韓国の「先走り」は米国を苛立たせています。金載千教授は以下のように指摘しました。 今からでも韓国政府は南北交流よりも北朝鮮の非核化に優先順位を置き、力を集中すべきだ。平和協定だけをとっても、非核化が進展してこそ米議会の同意が得られる。 非核化は米国に任せきりにして、北朝鮮制裁の弱体化を招く南北交流にばかり没頭したら、中国の立場を強化することになる。 米国は南北交流を巡って制裁の例外を要請する文在寅政権に対しては逆に「北朝鮮制裁注意報」を公に発令した。 文在寅大統領と金正恩(キム・ジョンウン)委員長は4月27日の首脳会談で「非核化」と同時に「終戦を宣言したうえで平和協定を締結する」と約束しました。韓国政府が発表した日本語の報道資料「韓半島の平和と繁栄、統一に向けた板門店宣言」で、以下のようにうたっています。 南と北は、停戦協定締結65年になる今年、終戦を宣言し、停戦協定を平和協定に転換し、恒久的で強固な平和体制構築のための南・北・米3者または南・北・米・中4者会談の開催を積極的に推進していく。 史上初の米朝首脳会談で平和ムードが盛り上がる中、南北朝鮮と中国はこの条項をタテに、早急に終戦宣言を出そうと主張しています。 「食い逃げ」を警戒する米国 一方、米国は非核化が進まないうちに終戦を宣言すれば、「食い逃げ」されると警戒しています。終戦宣言は平和協定につながります。 すると北朝鮮と、「反米親北」の文在寅政権が声をそろえて「平和協定を結んだのだから在韓米軍は不要。出て行け」と言い出す可能性が高い。 トランプ大統領は在韓米軍不要論者ですが、米軍撤収は交渉カードに使いたい。非核化が進まぬうちにこのカードを無効化されてはかなわない。 もし「終戦宣言」を食い逃げされたら、北朝鮮の非核化を飲ませるために、米国はもっと強いカード――「米韓同盟廃棄」を切らざるを得なくなるでしょう。 トランプ大統領は「同盟廃棄」まで取引材料に使うハラはできていると思われます。ただ、米国の中には米韓同盟を捨てるなどとは想像もしていない人が多い。 しかし非核化が思うように進まなければ、そんな人も「北から核を取りあげられるのなら米韓同盟廃棄もやむなし」と考える可能性が大です。韓国の親米保守にとっては最悪の状況に陥ります。 8月15日、親米・反北朝鮮をうたう保守派がソウルでデモしました。朝鮮日報の「『今日は建国の日だのになぜ、政府樹立の日というのか』と摂氏38度の光化門周辺で3万人がデモ」(8月15日、韓国語版)は前文で「光化門周辺は太極旗と星条旗で埋まった」と写真付きで報じました。 韓国の保守派が米国の国旗を手にすることは珍しくありません。が、それを保守系紙が強調するところに親米派の焦りが伺えます。 日米の「敵性国家」に 大統領はともかく、米国全体が韓国を捨てる方向に動くでしょうか? 鈴置:文在寅という左派政権が原動力になります。韓国は北朝鮮に対する制裁破りに動いている。米国を裏切って、北朝鮮・中国側に立ったのです。「そんな不義理な国を無理して守る必要もない」と思う米国人が増えるでしょう。 北朝鮮の非核化を目標にした外交ゲームを繰り広げるうちに、いつの間にか韓国が中国・北朝鮮側に取り込まれたのです。今や完全に「中国・南北朝鮮VS米・日」の構図です。 韓国電力が北朝鮮の石炭を火力発電に使用していたことが7月、明らかになりました。国連安保理決議は北朝鮮の石炭を禁輸品目に含めています。 5月には東シナ海の公海上で、北朝鮮の船舶が韓国船に接近したことが自衛隊機によって確認されました。禁輸品の石油をこっそり積み替えようとした――瀬取り未遂の疑いが持たれています。いずれの事件も、韓国政府の黙認下での禁輸破りの可能性が高いと見られています。 経済制裁の結果、北朝鮮は石油もドルも不足し経済成長率が鈍化、あるいはマイナスになったと見られています。せっかく効果があがってきたというのに制裁破り。 北朝鮮の核武装を幇助しているとしていると非難されても、韓国は弁解できません。米国や日本から見れば、韓国はすでに「敵性国家」なのです。 日韓が一緒に核武装 そこで「米国から見捨てられる」「日本と組もう」と金載千教授は書いた……。 鈴置:その通りです。ただ、話はもう少し複雑かもしれません。冷静に考えれば韓国は、日本と同盟を結ぶだけではあまり意味がありません。なぜなら日本は核を持たないからです。韓国は米国の代わりの核の傘に入れないのです。 それから考えると「日本との協力」とは、日本と一緒になって核武装しよう、との意味にもとれるのです。米韓同盟が消滅した後、韓国が単独で核武装に動いても米国と日本に阻止されるでしょう。 米国にすれば、せっかく北朝鮮を非核化したのに韓国が核武装したら、何のために汗をかいたか分からなくなります。韓国の核ミサイルは米国を狙ってのものではありませんが、中国だけではなく日本に向けられるのは確実です。 そこで「日本と一緒の核武装なら日韓の間で核の均衡ができるから、米国の許可が下りるかもしれない」と金載千教授ならずとも、韓国人は考えるものです。 「いざという時が来れば、米国は日本の核武装なら許す」との伝説が韓国にはあります。“証拠”もちゃんとありまして「日本が使用済みの核燃料から取り出したプルトニウムの保有を米国から認められていること」です。 日・印・越と組んで中国包囲網 「日韓軍事協力論」は珍説・奇説というわけでもないのですね。 鈴置:韓国で主流になることはないと思います。が、保守の一部には昔からそうした意見があります。今回、金載千教授以外からもそんな声があがりました。 韓国国立外交院の元院長で韓国外国語大学の尹徳敏(ユン・ドクミン)碩座教授が朝鮮日報に「中国夢を成したいなら『謙譲』から学べ」(8月16日、韓国語版)を寄稿しています。 経済成長に成功し傲慢になって韓国を再び属国扱いし始めた中国とどう向き合うか、を論じた記事です。結論部分を訳します。 中国は大小15の国に取り囲まれている。うち9カ国と戦争をし、8カ国が米国の同盟国である。仲の良い国はパキスタンと北朝鮮ぐらい。15カ国のGDPを合わせれば中国よりも大きい。これらの国の人口と国防費も合算すれば中国よりも多い。 我々が中国周辺国とネットワーク――特にインド、日本、ベトナムとの連帯を強化すれば韓米同盟以外にも、もう1つの強力な対中のテコを持つことができる。 尹徳敏教授の訴えた提携の相手は日本に加え、インドやベトナムなど「中国を取り囲む国」です。核武装に容易に動けない日本だけだと頼りないと考えたのでしょう。尹徳敏教授は日本専門家で内情をよく知っています。 金載千教授とは異なり、米韓同盟が存続するとの前提で書いています。が、米韓同盟が揺らぐとの危機感を持つからこそ「もう1つの対中のテコ」を訴えたのでしょう。そうでなかったら中国のトラの尾を踏む「包囲網」など主張しないはずです。 変節した尹徳敏教授 注目すべきは「中国の属国には戻らない」との決意表明で金載千教授と軌を一にしたことです。自分の名前を出して中国にファイティング・ポーズをとるのは保守も含め、韓国の指導層では極めて異例です。 尹徳敏教授は少なくとも2017年11月まで「日中韓は運命共同体。東アジア共同体の構築が必要だ」と主張していました。 朝日新聞の「東アジア共同体への道は シンポジウム『日中韓 国民相互理解の促進』」(2017年11月11日)が発言を報じています。 なぜ、尹徳敏教授は変節したのでしょうか。 鈴置:米中の対立が決定的になったからと思われます。寄稿で尹徳敏教授は「傲慢になって韓国を属国扱いするようになった」と中国を長々と非難しています。しかしこれはニュースではありません。「なぜ今」の説明にはならないのです。中国への敵対表明は米中対立が引き金になったと見るのが素直です。その部分を訳します。 中国は2025年までに製造業の分野で、2050年までには国力で米国を追い越して世界1位になるとの遠大な計画の下、事実上の覇権への挑戦状を突きつけた。 米中貿易戦争のあり様はかくしてますます1930年代末の第2次世界大戦前夜と似てきた。 米中間での中立は不可能 「戦争前夜」と「反中」はどんな関係があるのですか? 鈴置:韓国は朴槿恵(パク・クネ)政権以降、露骨な米中二股外交を展開してきました。保守言論の大御所である朝鮮日報の金大中(キム・デジュン)顧問などは2013年、先頭に立って二股を提唱したのです(「保守派も『米中二股外交』を唱え始めた韓国」参照)。 米中が適度の対立状態にあるうちはいい。韓国は両方から大事にされると期待できるからです。しかし対立が抜き差しならない段階に至れば、二股国家は双方から叩かれます。 マキャベリは『君主論』(角川ソフィア文庫版、大岩誠訳)の189―190ページでこう言っています。 態度をはっきりとさせて堂々と戦う方が、どんな時にでもはるかに有利なのである。 自分の立場を明らかにしないと(中略)勝った方は、怪しいと疑っているうえに逆境に際して手助けしてくれなかった者を自分の味方にしたいとは思わないし、また負けた者も、諸君が剣をとって彼らと運命を共にしなかったことゆえ、いまさらその助太刀を望めはしないからである。 でも、米ソの冷戦期にも中立国が存在しました。 鈴置:徹頭徹尾、中立を貫けば尊重されます。しかし、韓国はコウモリです。朝鮮戦争(1950―1953年)以降、米国に北朝鮮の脅威から守ってもらってきたのに、中国が台頭すると見るや「離米従中」したのです。 保守派も含め、多くの韓国人が「米韓同盟は北朝鮮専用だ」と公言するようになっていました。要は、米中の対立時には韓国は中立を貫く、との主張です。でも、都合のいい時だけ「米国との同盟国」であることはもう、許されません。 「ずる賢く立ち回ろう」 そう言えば「中国との対立は日本に任せよう」などと唱える記事がありました(「中国に立ち向かう役は日本にやらせよう」参照)。 朝鮮日報の鮮于鉦(ソヌ・ジョン)論説委員(当時)は「活火山の火口の役割は避けるべきだ」(2016年3月9日、韓国語版)で「中国と対立する役割は日本が負うべきであり、韓国は関係ない」と書きました。 韓国にとって米国は「血盟」だ。3万6574人の米軍将兵が朝鮮半島で命を落とした。北朝鮮との軍備競争を避け、繁栄を享受できるのも在韓米軍のおかげだ。借りを返すにはほど遠い。とはいえ、いざこざの身代わりまで買って出ることはできない。 韓国は北朝鮮を抑える「地域パートナー」との立場を越えたことはない。従って、アジアで米中間のいざこざの身代わりを進んで買って出る資格と責任は、日本にある。 指導者には、時としてずる賢さも必要になる。それでこそ「活火山の火口」役を避けることができる。 こうしたもの言いは、米国を怒らせるだけではありません。論理的に米韓同盟を突き崩します。「北朝鮮専用」と規定するなら、南北関係あるいは米朝関係が改善すれば、米韓同盟は不要になってしまうからです。 仮に北朝鮮が非核化するか、あるいはしたことになったとします。すると、トランプ大統領が「北朝鮮はもう敵ではなくなった。韓国の保守までが『北朝鮮専用の同盟』と言っていたのだから、米韓同盟を打ち切るぞ」と言い出す可能性があります。 その時、「ずる賢く立ち回ろう」と呼び掛けてきた鮮于鉦記者は、どうするつもりでしょうか。「中国を共通の敵としましょう」と言い出しても、通らないでしょう。誰もが「逆境に際して手助けしてくれなかった者を自分の味方にしたいとは思わない」のです。 北の「核の傘」に入る南 米中戦争はどちらが勝つのでしょうか。 鈴置:今のところは米国が完全に主導権を握っています。貿易戦争と呼ばれることが多いのですが、本質は金融・通貨の戦争です。米国は様々の圧迫を加えて人民元を崩落の瀬戸際に追い詰めています。 中国が人民元を防衛するにも米ドルが要ります。ドルは米国しか印刷できません。つまり中国は米国製の武器で戦うしかないのです。米国の原油に依存しながら米国に太平洋戦争を仕掛けた日本と似ています。勝ち目は薄い。 もちろん中国だって反撃のチャンスを虎視眈々と狙っています。でもそれは中間選挙の敗北や、スキャンダルによるトランプ追い落としなどで、今ひとつ確実性に欠けます。 韓国の金載千教授や尹徳敏教授も、米国が勝つと判断したと思われます。そう判断したからこそ、中国に対し挑戦的な記事を書いたのでしょう。 中国からいじめられるリスクを2人はとったのですね。 鈴置:中国が勝利したら、中国からいじめられるだけではなく、国内でも袋叩きになるでしょう。韓国では、各党派が周辺大国の支持を背景に――外国を引き込んで権力闘争するのが普通です。米中戦争の勃発とともに、韓国内で米中の代理戦争が始まる可能性が高い。 では、文在寅政権は中国を引き込む? 鈴置:もちろん、この政権は米国よりは中国に近い。ただ、本当に後見役と頼むのは北朝鮮と思います。「誰の核の傘に入るのか」の視点で言うなら「北の核の傘」に入るつもりでしょう。「表・北朝鮮の非核化の行方」で言えば、シナリオWです。 (次回に続く) 大好評シリーズ最新刊 好評発売中! Amazon「朝鮮半島のエリアスタディ」ランキング第1位獲得! 『孤立する韓国、「核武装」に走る』 ■「朝鮮半島の2つの核」に備えよ 北朝鮮の強引な核開発に危機感を募らせる韓国。 米国が求め続けた「THAAD配備」をようやく受け入れたが、中国の強硬な反対が続く中、実現に至るか予断を許さない。 もはや「二股外交」の失敗が明らかとなった韓国は米中の狭間で孤立感を深める。 「北の核」が現実化する中、目論むのは「自前の核」だ。 目前の朝鮮半島に「2つの核」が生じようとする今、日本にはその覚悟と具体的な対応が求められている。 ◆本書オリジナル「朝鮮半島を巡る各国の動き」年表を収録 このコラムについて 早読み 深読み 朝鮮半島 朝鮮半島情勢を軸に、アジアのこれからを読み解いていくコラム。著者は、朝鮮半島の将来を予測したシナリオ的小説『朝鮮半島201Z年』を刊行している。その中で登場人物に「しかし今、韓国研究は面白いでしょう。中国が軸となってモノゴトが動くようになったので、皆、中国をカバーしたがる。だけど、日本の風上にある韓国を観察することで“中国台風”の進路や強さ、被害をいち早く予想できる」と語らせている。
「最悪の雇用情勢」で韓国大統領の支持率も急落 副首相と首席秘書官の言い分も違って対策迷走も 2018.8.22(水) 玉置 直司 韓国大統領、13日から訪中 習主席と北朝鮮問題を協議へ 韓国ソウルにある青瓦台(大統領府)で行われた会議に出席した文在寅大統領(2017年11月29日撮影)。(c)AFP/YONHAP。〔AFPBB News〕
「雇用拡大」を最優先に掲げて登場した文在寅(ムン・ジェイン=1953年生)政権にとって、目を覆いたくなるような統計が続いている。 2018年8月17日に発表になった「7月の雇用動向」もその代表例だった。最悪の雇用情勢がまた明らかになってしまった。雇用不安から、大統領支持率も急落し始めている。 「良い働き口を増やすことを国政の中心に据え財政と政策を運用してきたが、結果を見ると十分ではなかったと認めざるを得ない」 2018年8月20日、文在寅大統領は、首席秘書官・補佐官会議でこう切り出した。それほど深刻な統計が出たのだ。 「政府の独善が生んだ“雇用破局”」(朝鮮日報) 「雇用惨事…大きくなる経済政策チームの責任」(毎日経済新聞) 「31万人→5000人 雇用災害」(東亜日報) 統計庁が8月17日に発表した「雇用動向」を韓国主要紙は翌日の朝刊の1面トップで報じた。保守的なメディアだとはいえ、見出しだけ見ても相当悪い中身だったことがうかがえる。 その通りだった。 就業者数が5000人しか増えない 最も衝撃的だったのが、「東亜日報」の見出しの通り、「就業者数」が前年同月比5000人増にとどまったことだった。これがどれほど少ないかは、統計を見ればすぐに分かる。 ここ数年ずっと、20万〜50万人で推移していたのだ。 2018年1月も33万4000人増だった。新しく求職活動をする人たちを吸収すれば、これくらいの就業者数増加になっていたのだ。1年前の2017年7月は31万人だった。 ところが、異変は、2018年2月以降に始まった。 ▽就業者数の対前年同月比増加数(人、韓国統計庁発表)▽ 2017年9月 31万4000 10月 28万1000 11月 25万7000 12月 25万7000 2018年1月 33万4000 2月 10万4000 3月 11万2000 4月 12万3000 5月 7万2000 6月 10万6000 7月 5000 2018年2月に、ガクンと減少した。5月には10万人を割り込み、ついにいきなり5000人になってしまったのだ。 製造業、飲食業…ともに激減 どうしてこんなに減ってしまったのか? 就業者が最も減少したのは、「施設管理業」「宿泊・飲食業」「卸小売業」だ。合わせて前年同月比で18万人以上も減少してしまった。 「施設管理業」というのは、韓国でいえば、アパートなどの管理人さんが典型例だ。 「製造業」も不振だった。同12万7000人だった。さらに、年齢別では40代の就業者が、同14万7000人減だった。教育など家庭で最もお金が必要になる年齢層でこれだけ雇用が減少してしまったのだ。 失業者数も、2018年1月以降、ずっと100万人を超えている。 韓国では、もともと青年失業率が高く、「雇用」と「格差」が大きな課題だった。最近は、ほぼあらゆる年齢層で雇用情勢が悪化しているのだ。 政府は、「企業の構造調整などがその原因だ」などと説明してきた。 だが、「政府の政策が雇用情勢をさらに悪化させている最大の原因」(韓国紙デスク)という主張が日を追って力を得ている。 所得主導成長論 「所得主導成長論」のことだ。 今の政権は、発足以降、「最低賃金の引き上げ」「非正規職の正規職転換」「公務員や公企業の雇用拡大」など、所得を引き上げることで景気サイクルを好転させることを目指してきた。 減税や規制緩和などを通して大企業や財閥の事業環境を整えることに軸足を置いた経済政策とは決別し、「賃金=所得」を政策の柱に据えたのだ。 この一環として、最低賃金を2018年に16.4%一気に引き上げて7530ウォンにした。さらに2019年も10.9%引き上げ、8350ウォンにすることを決めたばかりだ。 所得増加→消費支出拡大→企業業績好転→投資拡大→雇用拡大…こんなサイクルになるというのが進歩系学者出身が主流を占める今の政権の経済政策責任者チームの読みだった。 ところが、現実の経済はそんなに甘くなかった。 最低賃金が一気に16%も上昇したのだ。ただでさえ、「ぎりぎり」で経営してきた飲食店、中小製造業などでは何が起きたのか? 「こんな高い賃金は負担できない」となり、雇用削減に動き始めたのだ。 「これまでは5人雇用してきたが、1〜2人減らさざるを得ない」 こんな中小零細企業、さらにフランチャイズの飲食店、コンビニなどが続出した。 「所得主導成長論」は「大企業や財閥を優遇して経済成長の牽引役にしようという考えが時代錯誤で、様々な癒着の温床だった」という反省から出たともいえる。 ところが、実際に実行したら、そのつけは、「中小零細企業」に回ってしまっているというのが現実なのだ。 大統領支持率急落 「雇用不安」がさらに深刻化していることを受けて、文在寅大統領の支持率も急落し始めている。 世論調査会社、リアルメーターの「国政遂行評価」が8月20日に発表した調査によると、「良くやっている」との回答は、6月第2週の75.9%から、8月第3週には56.3%に低下した。2か月間で20ポイント近い大幅下落だった。 同じく、韓国ギャラップ研究所が8月17日に発表した調査でも、「良くやっている」は60%で、5月第1週の83%から3か月半で23ポイント急落した。 ギャラップの調査では、「良くやっていない」との回答者にその理由を質問したところ、最も多い38%が「経済/民生問題解決不足」を挙げた。 ひと言で言えば、「経済政策」への不満だ。 もともとここ数か月間、大統領支持率は低下していた。「雇用」に敏感な政府与党にとっても、17日の「雇用動向」は衝撃だった。 日曜日の対策会議 8月19日、日曜日にもかかわらず、青瓦台(大統領府)、政府、与党の政策責任者が国会に集まり対策を協議した。 与党「共に民主党」の院内代表、政策委員長のほか、張夏成(チャン・ハソン=1953年生)青瓦台政策室長と金東?(キム・ドンヨン=1957年生)副首相兼企画財政部長官が顔を揃えた。 韓国メディアはここ数か月、今の政権の経済政策を巡って「所得主導成長論」を主張する張夏成室長と、「政策修正」に傾いている金東?副首相の「不仲説」を繰り返し報じてきた。 進歩系の学者出身である張夏成室長と経済官僚出身である金東?副首長は、経歴も異なり「全く肌合いが合わない」(大手紙政治部長)という。 張夏成室長は「所得主導成長論」や「経済民主化」が学者時代からの持論だ。 金東?副首相は、実務により近い。最近は、雇用や成長率の低迷に危機感を持って大企業や財閥との積極的に接触している。 成長分野を育成するために規制緩和などを進める一方、大企業や財閥に雇用拡大を要請している。 金東?副首相は、サムスン電子の半導体工場を訪問し、李在鎔(イ・ジェヨン=1968年生)副会長とも面談した。だが、このことが、「財閥に接近して優遇する従来の政策の繰り返しではないか」との批判も浴びた。 2人の対照的な発言 そんな2人が揃って姿を見せたことでメディアの関心も高まった。 対策協議では、「雇用対策」として2019年度予算に今年度よりも12%多い予算を投入することで合意した。2018年には追加予算を含めてすでに20兆ウォン以上を投入することを決めているが、さらに増額することを決めた。 こんな発表だったが、メディアはその内容にはあまり関心を示さなかった。もっぱら、2人の発言に焦点を当てた。 金東?副首相は「雇用情勢が厳しいのは、構造的要因、経済要因、政策要因のためだが、これまで進めてきた経済政策もその効果を見極め、必要な場合は関係部署、党と協議をして改善、修正する方向も検討する」と述べた。 2年間で30%近くも引き上げる最低賃金や「週52時間労働制」などを念頭に何らかの「運用弾力化」などを念頭においているとの見方もある。 年末頃になれば改善する ところが、今の政権の政策の最高責任者とも言える張夏成室長は、「所得主導成長、革新成長、公正経済政策はその効果が出始めれば、わが国経済に活力が生まれ経済の持続可能性が大きくなる。低所得層と中産層は成長の成果を体感し、年末頃になれば雇用状況も改善する」と語った。 これまでの政策に間違いはない。成果出るまで少し待ってほしいということ。ひと言で「政策基調は変えない」と宣言したのだ。 青瓦台の室長と経済副首相の意見が、最も基本的な点でははっきりと異なるのだ。 一般的には、大統領の近くにいる青瓦台の室長がより大きな権限を持つ。だから副首相といえども、そう簡単に政策基調を変えられない。 だが、これだけ悪い数字が続いているのに、「もう少し待ってほしい」というだけの説明では、中小例企業の経営者はたまらないだろう。 今の韓国で雇用が増えないのは、複雑な要因による。 半導体や化学など一部の業種、企業に成長分野が極端に偏ってる点。企業の多くがグローバル化を進め、製造拠点をどんどん海外に移転している点。 IMF危機といわれた通貨経済危機を契機に、「構造調整」という「大規模雇用調整」が一般化してしまった点、財閥主導で中小零細企業が育っていない点。 大学進学率が一時80%近くになるほど高く「雇用のミスマッチ」が多い点…などなどだ。 だから、雇用情勢を一気に改善させるのは至難の業だ。 問題は、今の政府が、「新しいアプローチ」だとして思い切った政策を採用し、実行したことだ。 「所得主導成長論」はその狙いは分からないでもないが、2年間で最低賃金を30%引き上げれば、それなりの副作用は覚悟せざるを得ない。 その検討と準備ができていたのか。 何よりも、政策室長が話すように、年末にどれほど成果が出るのか、が最大の関心事だ。 「今の雇用情勢は最悪期で、年末に今より悪くなっていることはない」。こういう学者もいるが、では、その根拠はといえば、はっきりしない。 あくまでこれまでの政策にこだわって成果が出るのを待つのか。あるいは、思い切った政策修正に踏み繰るのか。 毎月出る「雇用統計」だけでなく、「大統領支持率」もにらみながら、重大な決断を迫られている。
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