2018年7月31日 北野幸伯 :国際関係アナリスト トランプの暴走は「中東大戦争・世界経済危機」を起こしかねない 日本人は、欧州と米国を「いつも一緒」「ほとんど同じ」という意味で、「欧米」とまとめた言葉を使う。しかし、「アメリカファースト」を掲げるトランプが、米国と欧州の関係をボロボロにしている。そして、トランプに嫌気がさした欧州は、米国のライバル・中国に急接近している。(国際関係アナリスト 北野幸伯)トランプが欧州を激しく批判! 嵐のNATO首脳会議 トランプの「アメリカファースト」が世界に大混乱を巻き起こしている トランプの「アメリカファースト」のゴリ押しは欧州と中国を接近させ、中東大戦争と世界経済危機の危険性を高めている Photo:AP/AFLO ベルギーの首都ブリュッセルで7月11日、NATO首脳会議が開催された。ここでトランプは、2つの問題で欧州を激しく批判した。 まずは、米国以外のNATO加盟国の防衛費負担が少なすぎること。毎日新聞7月11日付から(太線筆者、以下同じ)。 <NATOは2014年、対ロシア関係の緊張高まりを受け、24年までにすべての加盟国が国防費をGDP比で2%以上に引き上げる目標を設定した。 しかし18年中に達成が見込まれるのは、加盟29ヵ国のうち米英やロシアに近い東欧中心の計8ヵ国のみだ。 これに対し、米国はNATO全加盟国の国防支出の7割近くを占める。> NATOは、29ヵ国からなる「反ロシア軍事ブロック」である。加盟国の中には、GDP世界4位のドイツ、5位のイギリス、7位のフランス、9位のイタリア、そして10位のカナダなど、経済大国もある。トランプは、「欧州をロシアの脅威から守っているのに、なぜ米国が7割も負担しなくてはならないのだ」と憤っているのだ。 彼は、米国と欧州の間に対立があることを隠さない。それどころか、世界に向けて情報を発信している。 <こうした点に不満を持つトランプ氏は首脳会議前日の10日、「NATO加盟国はもっと多く、米国はより少なく払うべきだ。とても不公平だ」と主張するなど、通商問題も絡めながら欧州の加盟国を批判するツイートを繰り返した。>(同上) 彼は、問題をツイートすることで、米国民に「公約を守っている。国のために働いている」とアピールしたいのだろう。米国民、特にトランプに投票した人々は、喜んでいるに違いない。 EUの盟主・ドイツが トランプのターゲットに 欧州の中で、トランプが特にターゲットにしているのは、ドイツだ。 <とりわけトランプ氏が標的とするのは欧州最大の経済大国ドイツだ。ドイツの国防費はGDP比約1.2%で、24年までの引き上げ目標も1.5%にとどまる。>(同前) 欧州最大の経済大国ドイツ。既述のように同国のGDPは、世界4位である。しかも、EUにおけるドイツのパワーは圧倒的で、「EU=ドイツ帝国」と主張する人もいる。名実共に「EUの盟主」と言える存在だ。 フランスの人類学者エマニュエル・トッドは、「ソ連崩壊」「米国発金融危機」「アラブの春」などを予言したことで知られている。そんな彼も、「EU=ドイツ帝国」という意見の持ち主で、『「ドイツ帝国』が世界を破滅させる」(文春新書)という本まで出版している。 「EU=ドイツ帝国」という視点で見ると、そのGDPは世界の22%にもなり、「米国と並ぶ大国」ということになる(EUのGDPには、英国も含む)。こんな強大な国が、「安保にタダ乗りしている」と、トランプは不満なのだ。 トランプが欧州を批判するもう1つの理由は、ロシアとドイツを結ぶガスパイプラインプロジェクトだ。 <トランプ大統領は、ロシアからドイツに天然ガスを供給するパイプライン計画「ノルド・ストリーム2(Nord Stream II)」に言及し、「ドイツはロシアによる捕らわれの身となっている。膨大なエネルギーをロシアから得ているからだ」と発言。?続けて「世界中の誰もが、このことについて話している。われわれがドイツを守るために数十億ドルも払っているというのに、ドイツは数十億ドルをロシアに支払っていると」「ドイツはロシアに完全に支配されている」と語った。>?(AFP=時事 7月11日) ドイツとロシアが 天然ガスを巡って接近?? 「ドイツはロシアに完全に支配されている」という、過激な発言が飛び出した。 欧州がロシアのガスに依存していることは、よく知られた事実である(総輸入量の約4割、総消費量の約3割)。ところで、ロシアのガスは、どうやって欧州まで届くのだろうか? これまで、主なルートはウクライナ経由のパイプラインだった。その後、ロシアとウクライナは、しばしばガス料金問題で対立。「ロシアがウクライナへのガス供給を止めた」というニュースを覚えている方も多いだろう。 ロシアは、「反ロのウクライナを迂回して、直接欧州にガスを届ける方法」を模索しはじめた。そしてできたのが、ロシアとドイツを直接結ぶ海底パイプライン「ノルド・ストリーム」だ(2011年稼働)。? その後、ロシア―ウクライナ関係は、さらに複雑になっていく。2014年2月、ウクライナで再び革命が起こり、親ロシアのヤヌコビッチ大統領が失脚(親ロ・ヤヌコビッチは、2010年の大統領選で、親欧米派の候補に勝利していた)。 同年3月、ロシアは、クリミアを併合。同4月、ウクライナ親欧米新政権と、東部親ロシア派ドネツク、ルガンスク州の間で内戦が勃発した。そして現在に至るまで、ロシア―ウクライナ関係は最悪な状態が続いている。 当然ロシアは、「ウクライナを経由しないルート構築」をますます望むようになり、「ガスの安定供給」を願う西欧と利害が一致した。そして現在、進められているのが「ノルド・ストリーム2」プロジェクトだ。(2019年稼働予定) EUと中国が事実上の 「反米声明」を発表 トランプは、これに反対しているのだ。彼は「ドイツはロシアに完全に支配されている」と批判する。「欧州のロシア依存度が高すぎるのは、安保面で問題」というのだ。これは、その通りかもしれないが、米国には「ノルド・ストリーム2」計画に反対する理由がほかにも2つある。 1つは、親米のウクライナ・ポロシェンコ政権を守ること。「ノルド・ストリーム2」が完成すれば、ウクライナは自国領を通過するガスパイプラインの「トランジット料」を得ることができなくなり、経済的に困窮する。 もう1つの理由は、米国自身が欧州に液化天然ガスを売りたいから。米国は、シェール革命の恩恵で、世界一の石油・ガス大国に浮上した。それで、石油・ガスの売り込み先を探している。米国は、欧州への輸出を狙っていて、ロシアを排除したいのだ。 トランプは、「欧州のロシア依存が高くなりすぎるのは危険」というが、要は「米国のガスを買いなさい」ということなのだ。 トランプはNATO首脳会議を終えた7月16日、フィンランドの首都ヘルシンキで、プーチンと会談した。「軍縮」「ウクライナ問題」「シリア問題」「イラン問題」など、さまざまなテーマが話し合われたが、具体的合意はなかった。それでも、トランプとプーチンは、最悪になっている米ロ関係を改善させる意志を示した。 同日、EUと中国の首脳会談が北京で行われている。そして、なんとEUと中国が、事実上「反米の共同声明」を出した。 <<中国EU首脳会議>共同声明に「反保護主義」明記 毎日新聞 7/16(月) 23:43配信 【北京・河津啓介】中国と欧州連合(EU)は16日、北京で首脳会議を開いた。 会議後に発表した共同声明には「反保護主義」が明記された。 共に米国との通商問題を抱える中国と欧州が連携強化を確認した形だ。> <会議には中国の李克強首相とEUのトゥスク欧州理事会常任議長(EU大統領)、ユンケル欧州委員長が出席。会議後の共同会見で、トゥスク氏は同じ日に米露首脳会談も開かれることに言及し、欧州と米露中が 「国際秩序の破壊や貿易戦争の開始を避ける義務がある」 と訴えた。>(同上) 「トランプ外交」が 中東大戦争を引き起こす可能性 トゥスクは、「欧州と米露中が」という表現を使った。しかし、「貿易戦争」を開始したのは、米国である。そして、国際秩序を破壊している件についても、「クリミアを併合した」ロシアというよりは、「パリ協定」「イラン核合意」から離脱した米国のことを指しているのだろう。 「孫子の国」中国は、米国と欧州の亀裂を巧みに利用する。 <中国は米中関係の悪化を見据え、欧州との関係を重視している。>(同前)? <李首相は今月ドイツを公式訪問して経済連携の強化で一致。10日には、ノーベル平和賞を受賞した民主活動家で昨年7月に事実上の獄中死をした劉暁波氏の妻、劉霞さん(57)を解放し、人権問題に関心の高い欧州諸国に配慮を示していた。>(同前)? 劉暁波氏の妻、劉霞さんも、中国にとっては「政治の道具」に過ぎない(それでも、ドイツに脱出できてよかったが)。 「アメリカファースト」を掲げるトランプは、これまで「有言実行」を貫いてきた。「公約を守ること」は、もちろん美徳だろう。しかし、その「公約」自体に問題があれば、約束を守ることで危機が起こることもある。 「トランプ外交」の結果、起こる可能性のある「大きな災い」が2つある。 1つは中東戦争だ。トランプ米国は、「イラン核合意」から離脱した。ところが、この合意に参加した他の国々、具体的には、イギリス、フランス、ドイツ、ロシア、中国、イランは「合意維持」を求めている。しかも、国際原子力機関(IAEA)は「イランは、合意を守っている」と宣言しているのだ。 この件に関しては、「米国が正しい」と考える国は、イランと敵対するイスラエル、サウジアラビアくらいしかない。にもかかわらず、トランプは世界中の国々に「イランからの原油輸入をやめろ」「やめなければ制裁を科す」と脅している。 これに反発したイランのロウハニ大統領は7月22日、「イランとの戦争が究極の戦争になることを(米国は)理解しなくてはならない!」と、米国を威嚇した。 トランプが仕掛ける貿易戦争が 世界経済危機を招く恐れも トランプも早速反撃。「イランのロウハニ大統領へ。米国を二度と脅すな。さもなければ、これまでの歴史でほとんど誰も被ったことのないような結末に見舞われるだろう。米国はもはやイランが発する暴力と死の狂気の言葉を我慢する国ではない。気を付けろ!」とツイートした。 これを読んで、トランプと金正恩のやり取りを思い出したのは、筆者だけではないだろう。 しかし、北朝鮮とイランには決定的な違いがある。そう、北朝鮮には核兵器があるが、イランにはないのだ。つまり、トランプにとってイランは、「北朝鮮よりは戦争しやすい相手」ということになる(もちろん、人口8000万人の大国イランと戦争することは、容易ではないが)。 もう1つの「大きな災い」は、貿易戦争だ。米国は、中国、欧州と貿易戦争を開始したが、エスカレートすれば、世界GDPの6割を占める国々の貿易量が減ることになる(2017年の世界GDPに占める割合は米国24%、欧州22%、中国15%だった)。 当然、米欧中の企業は生産を減らす。売り上げと利益が減ることで投資、消費も減少。その結果さらに生産が減るという、「縮小スパイラル」に突入していく。この貿易戦争が、容易に「世界的危機」に転化し得ることは、多くの専門家が指摘している。 例えば、ノーベル賞を受賞した経済学者のポール・クルーグマン氏は、以下のようなツイートをした。 <「トランプ大統領が貿易戦争に向かって行進する中、私は市場の慢心に驚いている」と、クルーグマン教授はツイッターに投稿。 「トランプ氏が行くところまで行って、世界経済を壊すのかは分からない。しかし、相当な可能性があるのは確かだ。50%?30%?」と続けた。>?(ブルームバーグ 6月20日) そうでなくても、日本経済には、2つの「危機要因」が存在している。 1つは、来年10月の「消費税再引き上げ」だ。これで、消費は落ち込むだろう。もう1つは、「東京五輪バブルの終焉」。すでに、銀行は不動産への融資を渋るようになり、価格が下がり始めている。日本経済には現在、「暗雲」が漂いはじめている。これに、トランプの貿易戦争が追い討ちをかけるような事態になれば最悪だ。 当事者たちもさすがにマズいと思ったのか、7月25日、トランプと欧州委員会のユンケル委員長がホワイトハウスで会談。貿易戦争を回避するための協議を開始することで合意した。協議が進展し、世界に不幸をもたらす米欧貿易戦争が回避されることを願う。
トランプ氏、再び「政府閉鎖」警告 国境壁予算を要請 トランプ米大統領(写真)は、議会がメキシコ国境の壁建設予算を確保し、新たな移民規制法を成立させなければ、政府閉鎖もいとわないとツイートした By Siobhan Hughes and Peter Nicholas 2018 年 7 月 30 日 09:40 JST 更新 【ワシントン】ドナルド・トランプ米大統領は29日、議会がメキシコ国境の壁建設予算を確保し、新たな移民規制法を成立させなければ、政府閉鎖もいとわないとツイートした。大統領は6月、11月の中間選挙で共和党が大幅に議席を増やすまでこうした議会との対立は避けるべきだとの考えを示していたが、前言を翻した格好だ。 Donald J. Trump ? @realDonaldTrump I would be willing to “shut down” government if the Democrats do not give us the votes for Border Security, which includes the Wall! Must get rid of Lottery, Catch & Release etc. and finally go to system of Immigration based on MERIT! We need great people coming into our Country!
10:13 PM - Jul 29, 2018 122K 85.3K people are talking about this Twitter Ads info and privacy トランプ氏はツイッターで「民主党が壁建設など国境の安全強化に賛成しないのであれば、政府を『閉鎖』することもいとわない」と主張。さらに「移民多様化ビザ(査証)抽選制度や、国境で身柄拘束した不法入国者をいったん釈放する制度などを廃止し、もうこの辺で(教育・技能水準や英語力を考慮する)メリットベースでの移民受け入れを採用すべきだ。われわれは立派な人たちに米国へ来てもらう必要がある」と書き込んだ。 歳出法案可決の期限である9月30日が2カ月後に迫る中、トランプ氏の警告は議会共和党にとって新たな頭痛の種となる。また、中間選挙の前に政府閉鎖を招かないでほしいという同党からの水面下での求めを同氏がはねつけたことにもなる。共和党指導部は政府機関が閉鎖された場合の責任を問われることを恐れている。そうなれば、中間選挙において同党が上下両院で過半数を失うことにもなりかねない。特に、定員100議席のうち過半数ぎりぎりの51議席しかない上院では死活問題だ。 上院国土安全保障・政府問題委員会の委員長を務めるロン・ジョンソン議員(共和、ウィスコンシン州)はCBSテレビの報道番組「フェイス・ザ・ネーション」で政府機関の閉鎖について、11月の選挙で共和党にとって「助けにならないと思う」と語り、「だから回避しよう」と訴えた。 全国共和党議会委員会(NRCC)委員長のスティーブ・スタイバーズ下院議員(共和、オハイオ州)は29日、ABCテレビの番組「ジス・ウィーク」で、「政府を閉鎖することにはならないと思う」とした上で、「移民政策を改善するつもりだ。国境の安全が必要だ」と述べた。 あるホワイトハウス関係者はトランプ氏が再び政府閉鎖を持ち出したことついて、「ツイートを見たとき非常に驚いた」と語り、中間選挙直前というタイミングは共和党にとって不利に働くとの見方を示した。ポール・ライアン下院議長(共和、ウィスコンシン州)とミッチ・マコネル上院院内総務(共和、ケンタッキー州)は、中間選挙のわずか数週間前での政府閉鎖を回避するため、数カ月前から力を合わせて歳出法案の可決を目指している。 関連記事 トランプ氏、「論争」好きだが「紛争」は余り好まず 米政府閉鎖が物語る2018年の政治
トランプにも一分の理、なのか?御立尚資の帰ってきた「経営レンズ箱」 2018年7月30日(月) 御立 尚資 (写真: ロイター/アフロ) 「トランプにも一分の理」。最近、米国の友人と話していると、こういった意味の意見を言う人が増えている。とはいえ、いわゆる“隠れトランプ”層というわけではない。
トランプ大統領の言動の支離滅裂さにはうんざりし、これまでの価値観を破壊しつつ、それに代わるべきものや米国の将来ビジョンを示さない・示せない部分には怒りを感じる。そういう人たちであっても、トランプ氏のことを「三分の理」というほどは認めるわけにはいかないが、彼が提起した論点の中には真実をついている部分があるので(やっていることは本質的な解決をもたらさないものの)「一分」くらいの「理」はある、というのだ。 たとえば、今回のNATO(北大西洋条約機構)首脳会談。ロシアがここにいないのは不自然だ、と発言し、徹頭徹尾「もっと欧州各国は軍備にかかわるコストを負担せよ」と言い続けたトランプ氏は、会議をぶち壊しにした責任は免れない。 しかし、(経済・金融問題での調整機能を有するG7とは違い)冷戦終了によって、元々の対ソ連軍事連合という位置づけは見直しが必要なのに、従来の延長で存在し続けているNATOのこれからのあり方、あるいは、その中での各国の負担分担の考え方。方法論は別として、こういった点を先送りせずに提起したこと自体は正しい、ということらしい。 リーダー国家としては、無責任だが… これまでの自由貿易体制の要であったWTO(世界貿易機関)の機能不全や、その仕組みの中での中国等新興経済のいいとこどりについても同様だ。乱暴にまとめてしまえば、「第二次大戦以降、世界を律してきた仕組みが制度疲労を起こしているのは事実、それを、白日の下に晒した価値はある」ということだろうか。 もちろん、解決策は「米国の負担減、カウンターパートの負担増」というゼロサムの中でのディールしかない、とするやり方は論外。また、世界のガバナンスシステムについての将来ビジョンよりも、米国ファーストで勝ち取れるものを勝ち取ることが重要という姿勢もリーダー国家としては、はなはだ無責任と言わざるを得ない。 さらに言えば、ちゃぶ台返しのようなやり方で、これまでの制度・仕組みと過去のリーダーたちを罵倒することで、みずからの支持者層から喝さいを受ける。このポピュリズム的手法は、危険な道だと思う。 これらの問題点を踏まえた上で、国際関係について提起している一部には、正しい論点も含んでいる、ということだ。 トランプ大統領登場以前から、時代の変化の中で、白人の労働者層を中心に、中流層から没落していく人たちが増えていた。それにもかかわらず、米国の政治・経済システムはそこに有効な手を打ててこなかった。当然、このことに対して、「忘れられた白人層」の人たちは、不満を持ち、強いアンチエスタブリッシュメントの思い・エトスを心に秘めていたに違いない。 トランプ大統領は、そこを突き、現在の選挙制度のひずみもあって、マグマのように溜まっていた思い・エトスを利用することで当選を果たした。 ここでも、中流の崩壊にどう対応するか、という論点自体は正当なもので、理がある。が、その答えをきちんと提示するのではなく、ネガティブな思い・エトスを自らが有利になるように利用したあたりは、とても正当化できない。 「正当だが見過ごされた、ないし先送りされた論点」をつき、同時に「有権者の不満をあおり、過去のやり方とリーダーを罵倒することで喝采を受ける」という組み合わせで、自らの選挙勝利を獲得したわけで、トランプ氏が中間選挙、そして再選を睨んで、さまざまな国際問題についても同様の手法をとることは、当然なのかもしれない。 ポジティブな変革には、何が必要か さて、先送り、ないし見逃されてきた論点をきちんと提起する。その中で、変革を起こすために、人々の中にある思い・エトスを活用する。このどちらも、ポピュリスト的政治手法だけではなく、変化を避けがちな社会に対して、ポジティブな変革を起こしていくためにも、重要なポイントだ。 最近のコラムで、明治維新が実現した背景には、欧米列強の脅威だけでなく、門閥制度に阻まれて政治・行政のリーダーになれない下級武士の思い・エトスがあったのでは、という話を紹介させていただいた。 当然のことながら、それに続く問いは、今どうするのか、ということになる。さまざまな制度疲労にもかかわらず、大きな変化を避けてきた我が国に、ポジティブな変革をもたらすためには、どのような思い・エトスを拾い上げ、前向きな変革への力に変えていくのか、という問いだ。 正直なところ、現時点での個人的仮説めいたものになってしまうが、次回のコラムでは「いま着目すべき、日本の中に蓄積されてきた思い・エトス」について、少し触れてみたい。これが、来るべき議論のスタートポイントとなることを期待して。 具体論は次回に譲るが、私が「これは大事だな」と思う思い・エトスは、「地域愛」、「従来型経済成長への疑義」、「相対的貧困への怒りと将来不安」の3つだ。それぞれ、微妙に重なる部分があり、またその思い・エトスの具体的な顕れは、散発的な「点」に留まっていて、力となる「線」や「面」にはなっていないが、厳然と存在すると考えている。これらの背景と、今後どのような形で、ポジティブな活用を図っていくかについて、議論をしていきたいと思う。 このコラムについて 御立尚資の帰ってきた「経営レンズ箱」 コンサルタントは様々な「レンズ」を通して経営を見つめています。レンズは使い方次第で、経営の現状や課題を思いもよらない姿で浮かび上がらせてくれます。いつもは仕事の中で、レンズを覗きながら、ぶつぶつとつぶやいているだけですが、ひょっとしたら、こうしたレンズを面白がってくれる人がいるかもしれません。 【「経営レンズ箱」】2006年6月29日〜2009年7月31日まで連載
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