「プーチンによる平和」が生まれる中東―米ロ首脳会談でロシアが提示した「イスラエルとの取り引き」とは 2018年07月25日(水)19時30分26 1 「プーチンによる平和」が生まれる中東―米ロ首脳会談でロシアが提示した「イスラエルとの取り引き」とは ヘルシンキで共同記者会見に臨むプーチン、トランプ両大統領(2018年7月16日) Leonhard Foege-REUTERS ・米ロ首脳会談でプーチン大統領は、イスラエルとシリアの兵力引き離しに言及した
・これに沿って、シリア領内のイラン軍事施設への攻撃を目指していたイスラエルは動きを停止させた ・「プーチンの平和」は中東における欧米諸国の無力さを際立たせる 7月16日のヘルシンキでの米ロ首脳会談をはさんで、発言が二転三転するトランプ大統領と対照的に、プーチン大統領は着実に歩を進めているようだ。アメリカ大統領選挙への介入と比べて、西側メディアでとりあげられる頻度がはるかに少ないシリア情勢でも、それはうかがえる。 7月22日、イスラエル軍はシリア南部で人道活動に当たってきたNGOのシリア民間防衛隊、通称ホワイトヘルメットの800名をヨルダンに移動させると発表。イスラエル軍によると、ホワイトヘルメットの安全のためという。 WS000264.JPG しかし、そこにはロシアとイスラエルの間の暗黙の取り引きを見出せる。イスラエルがシリアへの関与を控え始めたことは、中東に「プーチンによる平和」が生まれつつあることを象徴する。 ホワイトヘルメットとは ホワイトヘルメットはシリアで医療、食糧支援など人道活動を行なってきたNGOだ。紛争地における民間人保護の活動が認められ、2016年には「第二のノーベル賞」とも呼ばれるライト・ライブリフッド賞を受賞している。 一方、これに対しては「中立性を欠く」という批判や疑問の声もある。 ホワイトヘルメットの創設者ジェームズ・ル・メズリエ氏はイギリス人だが、民間軍事企業の一員、つまり傭兵として、中東、アフリカの各地で活動した経歴をもつ。 実際、ホワイトヘルメットは欧米諸国の政府から資金援助を受けている。これら各国のほとんどはもともとアサド政権と対立しており、「シリア内戦の責任はアサド政権の独裁にある」と主張し、「アサド退陣」を求め続けてきた。 そのため、例えばアサド政権はホワイトヘルメットの活動を「プロパガンダ」、「テロリスト」と非難しており、ロシア・メディアのスプートニクは「カメラのあるところでだけ活動している」、「『シリア軍による化学兵器の使用』をでっちあげた」などと批判している。 なぜ退避か イスラエルはアサド政権と対立してきたが、シリア内戦には「不干渉」の立場をとり、反体制派への支援などは行なってこなかった。今回の決定は、初めてともいえる「干渉」だ。 では、なぜイスラエル軍はホワイトヘルメットを退避させたのか。 イスラエルとホワイトヘルメットは「反アサド」で共通する。イスラエル軍は「アサド政権派がシリア南部に迫っていること」を退避の理由にしており、いわば「味方」を助けるために、あえてシリア内戦に「干渉」したとみえなくもない。 しかし、それだけなら、ホワイトヘルメットをイスラエルにとどめ置いてもよかったはずだ。 次のページ 欧米諸国の隙を突き ホワイトヘルメットを受け入れたヨルダン政府は、イギリス、カナダ、ドイツの政府からの要請に沿って、これら各国に移す手続きに入っている。いかにこれら各国政府からの要請があったとはいえ、公式には「不干渉」でもイスラエルがその活動を黙認してきたことは周知の事実で、仮にホワイトヘルメットに利用価値を見出すなら、「人道的配慮」などと理由をつけてイスラエル国内で保護することも不可能ではなかったはずである。
2つのシナリオ イスラエルが事実上、ホワイトヘルメットに「おひきとり願った」ことには、2つのシナリオがあり得る。 第一は、「いよいよイスラエルがシリアでの軍事活動に向かうので、ホワイトヘルメットを退避させた」というものだ。 イスラエルにとってアサド政権以上に目障りなのは、イランだ。イランは反イスラエル武装活動を続けるシーア派組織ヒズボラを支援し、シリア内戦でもアサド政権を軍事的に支援し続けてきた。 この背景のもと、イスラエルは5月、シリア領内にあるイランの軍事施設に向け、70発以上のミサイルで攻撃。イスラエルはこれを同日の「イランによるミサイル攻撃」への報復と主張したが、イランはこの最初の攻撃そのものを否定。イスラエルによる自作自演という見方を示した。 中東屈指の軍事力を誇るイスラエルとイランの緊張は、地域全体にとっての危機だ。これはちょうど、トランプ政権がエルサレムに在イスラエル・アメリカ大使館を開設し、イラン核合意(2015)を一方的に破棄したタイミングに重なる。イスラエルは同盟国アメリカの方針転換に乗じて、イランへの圧力を高めてきたのである。 頼りにならない頼みの綱 これらを踏まえると、今回の決定は、イスラエルがシリア領内のイランやヒズボラを攻撃するために、ホワイトヘルメットを安全な場所に移した、と映らなくもない。 ただし、このシナリオには大きな問題がある。 イスラエルがシリア領内でイランへの攻撃を本格化させれば、ロシアとの衝突を覚悟しなければならない。ロシアはイスラエルとも悪い関係ではないが、仮に両国が衝突すれば、間違いなくイラン側につく。 これに対して、イスラエルにとって頼みの綱のアメリカは、シリア対策に関して一貫性を欠いている。これまでにもトランプ大統領はシリアからの早期撤退を強調してきたが、国防省やアメリカ軍はこれに消極的だ。内部分裂が目立つアメリカをあてにしにくい状況で、イスラエルがギャンブルに臨む確率は低い。 プーチンとの「取り引き」 これに対して、第二のシナリオは「イスラエルがロシアとの間で、シリア南部をアサド政権が押さえ、その代わりゴラン高原におけるイスラエルの実効支配を安堵する、という暗黙の取り引きをした」というものだ。第一のシナリオに致命的な問題がある以上、こちらの方が確度が高いとみられる。 ゴラン高原はもともとシリア領だが、1967年の第三次中東戦争の後、イスラエルが実効支配している。 ロシアはアサド政権を支援し、反体制派が支配するシリア南部への攻勢を強めている。これはイスラエルにとって、シリア領内のイランを標的とする軍事活動のルート上にロシアが立ちはだかるものであるだけでなく、ゴラン高原にシリア軍が迫る状況をも意味する。そのため、イスラエルからみてロシア―アサド連合軍の南進が脅威に映っても不思議でない。 その一方で、米ロ首脳会談でプーチン氏は「1974年のイスラエル―シリアの兵力引き離し合意に沿って解決を図ること」に言及している。この合意は第四次中東戦争後に結ばれ、ゴラン高原を挟んで両軍を引き離す内容になっている。 この合意の尊重は、アサド政権とイスラエルの双方にとって現状維持を約束し、シリア周辺を内戦以前の状態に戻すことを意味する。つまり、ゴラン高原を除くシリア全土をアサド政権が支配する一方、ゴラン高原におけるイスラエルの実効支配を認めるものだ。 ただし、それは「シリア領内のイラン軍事施設にイスラエルがこれ以上攻撃するのを認めない」というロシアの意思表示でもある。その意味で、加速しかけていたイスラエルを踏みとどまらせるものでもある。 この観点から、ホワイトヘルメットの退去は、アメリカが頼りにならないなかでイスラエルが、ゴラン高原安堵のために、少なくとも当面シリア領内での軍事活動を諦めたことを意味する。言い換えれば、イスラエルがプーチン大統領との間で、暗黙のうちに取り引きしたといえる。 「プーチンによる平和」 こうしてみたとき、ロシアはISや反体制派の掃討によってシリア内戦の終結に決定的な役割を果たしているだけでなく、イスラエルとイランの直接衝突の危機をも押さえ込んだといえる。それは「プーチンによる平和」とも呼べる。 もちろん、その「平和」は民間人の死傷をともなう苛烈な空爆によって生まれ、人権侵害が疑われるアサド政権の存続や、イスラエルによるゴラン高原の実効支配といった不合理をはらんだものである。 とはいえ、「プーチンによる平和」が現実味を増していることも確かだ。トランプ政権は「エルサレム首都認定」などでかえって中東のトラブルメーカーになっており、「アサド打倒」を旗印とする欧米諸国や近隣のスンニ派諸国はシリア内戦の終結に有効な手立てを打てず、イスラエルの暴走を止められない。言い換えると、「プーチンによる平和」は中東における欧米諸国の無力さを際立たせるもので、それもあってロシアは欧米諸国で警戒されるといえるだろう。 ※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。 筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。他に論文多数。 【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を! 気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを ウイークデーの朝にお届けします。 ご登録(無料)はこちらから=>> 前のページ 1 2 3 この筆者のコラム 「世界最大のごみ捨て場」中国の終焉──日本のプラスチックごみはどこへいく 2018.07.26 「プーチンによる平和」が生まれる中東―米ロ首脳会談でロシアが提示した「イスラエルとの取り引き」とは 2018.07.25 米中貿易戦争が示すアメリカの黄昏 2018.07.09 【ロシアW杯】セネガル系選手はなぜセネガル代表でプレーするか? アフリカ・サッカーの光と影 2018.06.25 アメリカが離脱してロシアが立候補する国連「人権」理事会って何? 2018.06.22 【カンボジア総選挙】独裁者を支える日本の支援、中国との競争でますますやめられず 2018.06.20 「何も決めない」米朝首脳会談を生んだトランプ外交 2018.06.13 記事一覧へ プロフィール 六辻彰二 国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。他に論文多数。 厳罰に処せられる「ISISの外国人妻」たち 「何かがおかしい...」国のやり方を疑い始めた北朝鮮の人々 アメリカも抜いた?ロシア製最終兵器、最新の実力 関連記事 トランプ、プーチンとの再会談は来年ロシア疑惑の調査終了後に先送り 2018.07.26 イージス・アショアは変わる日米同盟の象徴か 2018.07.25 トランプが脅してもインドと中国はイランの味方 2018.07.25 赤字は本当に悪い? 今さら聞けない貿易戦争の基礎知識 2018.07.25
トランプ、プーチンとの再会談は来年ロシア疑惑の調査終了後に先送り 2018年7月26日(木)11時46分
7月25日、トランプ米大統領は、ロシアのプーチン大統領との2回目の会談を、ロシアの米大統領選挙介入疑惑を巡る調査が終了した後の来年まで先送りする。会見する同米大統領。ワシントンで撮影(2018年 ロイター/Joshua Roberts) トランプ米大統領は、ロシアのプーチン大統領との2回目の会談を、ロシアの米大統領選挙介入疑惑を巡る調査が終了した後の来年まで先送りする。ボルトン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)が25日、明らかにした。 トランプ大統領は前週、プーチン大統領を今秋にワシントンに招く意向を示していた。ただ、今月16日にフィンランドのヘルシンキで行われた初めての米ロ首脳会談でトランプ大統領が、米大統領選介入疑惑を否定するプーチン氏の見解に同調するような発言をしたことに米与野党から批判が噴出しており、プーチン氏への訪米要請を受けて再び非難の声が上がっていた。 ボルトン補佐官は声明で「トランプ大統領は、プーチン大統領との次回の会談はロシアを巡る『魔女狩り』が終わった後に行うべきだと考えている」とし、次回会談は年明け以降になるとの見方を示した。 米情報機関はロシアによる大統領選への介入があったと結論付けており、モラー特別検察官は、トランプ陣営がロシアと共謀したかどうかについて捜査を進めている。 トランプ大統領はヘルシンキでの共同記者会見での自身の発言について、言い間違えがあったと弁解。その後、突如としてプーチン大統領に訪米を要請する意向を示した。 与党共和党のライアン下院議長とマコネル上院院内総務は24日、プーチン大統領が訪米要請を受け入れても、米議会の演説には招待しないと述べており、米議員らが抱いているロシアへの不信感が浮き彫りとなった。 [ワシントン 25日 ロイター]
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