#ポピュリストを選んだツケは大きいが、それもまた必然
「トランプ第一主義」が崩す世界秩序 米欧亀裂と米ロ接近 岡部直明「主役なき世界」を読む
2018年7月19日(木) 岡部 直明
2018年7月16日、ロシアのプーチン大統領(右)とフィンランドのヘルシンキで会談し、握手するトランプ米大統領(写真=AP/アフロ) これは「米国第一主義」どころか選挙目当ての「トランプ第一主義」というべきだろう。米欧の亀裂は、北大西洋条約機構(NATO)首脳会議を経て、貿易から安全保障に拡大した。トランプ米大統領は欧州連合(EU)を「敵」とまで言った。その一方で、米ロ首脳会談では、ロシアの米大統領選挙への介入疑惑をまるで口裏を合わせたように否定してみせ、米ロ接近ぶりを鮮明にした。ロシアのクリミア併合も黙認された形だ。米欧亀裂と米ロ接近を中心に、トランプ流の自分本位主義外交が第2次大戦後の世界秩序を大きく崩し始めている。
米欧亀裂は貿易から安保へ トランプ米大統領の登場とともに、きしみ続けている米欧関係の亀裂は決定的な段階を迎えている。地球温暖化防止のためのパリ協定からの離脱、イラン核合意からの離脱、保護主義の発動など、米欧関係は緊張してきたが、ついに米欧関係の核にあるNATOの運営に亀裂が走った。 ブリュッセルで開いたNATOの首脳会議では、カナダの7カ国(G7)首脳会議のように宣言を拒否するといった「ちゃぶ台返し」はなかったが、米国と欧州各国のズレは大きかった。トランプ大統領はNATO離脱をちらつかせながら、国防費を国内総生産(GDP)比で米国並みの4%に引き上げるよう要求した。NATOの共通目標である同2%でさえ達成されていないのに、無茶な要求である。 トランプ大統領は結局、当初要求にはこだわらず、欧州側が2%目標に達成をめざすという従来方針を確認して声明に盛り込むことでことなきを得たが、問題の根の深さを浮き彫りにした。 トランプ大統領が目の敵にしているのは、独り勝ちを続けてきたEUの盟主ドイツである。メルケル首相との波長は全く合わず、ドイツがロシアからエネルギー供給を受けていることを取り上げて「ロシアの人質」とまで言い放った。 そもそもドイツがEU内で信認を得てきたのは、第2次大戦の苦い教訓から決して軍事大国の道を歩まないという方針を鮮明にしているからだ。核兵器は保有せず、軍事面ではフランス、英国の前に出ず、応分の負担にとどめる姿勢を貫いてきている。その結果がGDP比で1・1%という国防費の規模になっている。 何よりEU諸国は、財政規律を重視する義務を負っており、国防費といっても聖域扱いできない。国防費負担をめぐる米欧の亀裂は簡単には修復できず、NATOの運営は厳しさを増すだろう。 EUを「敵」とみるトランプ 今回の訪欧で、トランプ大統領の本音が出たのは、「EUは敵だ」という言葉である。こう言った後に、「ロシアも中国も敵」と付け加えたが、本心からEUを敵視しているようにみえる。 その証拠に英国のEU離脱(BREXIT)を歓迎してきた。それもジョンソン前外相らが主張してきた強硬離脱を推してきた。メイ英首相がEUとの自由貿易圏形成などソフト離脱路線を打ち出すと、これに異を唱え「米英協定の機会をつぶす」と警告した。結局、米英協定は結ぶことにしたが、辞任したジョンソン氏を「偉大な首相になる資質が備わっている」とあえて持ち上げた。露骨ともいえる内政干渉である。 そのうえにトランプ大統領は、BREXITでEUを提訴せよとメイ首相に持ちかけたという。そこにはEUが結束するより解体することを暗に期待するトランプ流の思考法がある。結束して貿易戦争に臨めば手ごわいが、2国間関係なら与しやすいと考えているのだろう。 「ロシアゲート隠し」の米ロ会談 8年ぶりの米ロ首脳会談はフィンランドの首都ヘルシンキで開かれた。ヘルシンキは米ソ冷戦時代、東西融和の歴史的舞台になってきたが、いまフィンランドは皮肉にもトランプ大統領が「敵」と考えるEUの一員である。しかもユーロ圏に属し先端技術をもつ先進国である。 なぜいま米ロ会談を開くのか様々な疑問があったが、わかりやすい答えは「ロシアゲート隠し」だろう。モラー米特別検察官は2016年の米大統領選に介入したとしてロシア軍当局者12人の起訴に踏み切ったばかりである。 プーチン大統領が選挙介入疑惑を完全否定しただけでなく、トランプ大統領もこれに同意して、疑惑封じ込めに共同戦線を張った。米ロ首脳の「共通の利益」であるからだ。 クリミア併合黙認か 米欧とロシアとの対立が深まったのは、2014年ロシアがクリミアを併合しウクライナ東部に軍事介入したためである。これを受けて米欧の対ロ経済制裁はいまも続いている。 しかし、トランプ大統領はこの首脳会談を「米ロ関係の分岐点になる」と位置付けている。かねてクリミア併合を容認する発言を繰り返してきたトランプ大統領がクリミア併合を黙認する場になった可能性がある。 もともとクリミアはロシアの一部だったが、旧ソ連のフルシチョフ時代にウクライナに編入されたいきさつがある。プーチン政権に批判的なゴルバチョフ元大統領でさえクリミア併合には理解を示している。 しかし、勝手に領土を書き換える行為が認められるなら国際的道義は成り立たない。しかも、ウクライナの親EU路線に、プーチン政権は介入姿勢を強めている。そこには、EUが大欧州化で吸引力を強め、それが旧東欧圏から隣国ウクライナにまで及んできたことに対するプーチン大領領の強い危機感がある。 こうしたなかでのトランプ大統領の方針転換はこれまでの同盟関係を逆転させ、EUとロシアのせめぎ合いのなかで、ロシアを一方的に利することになりかねない。 米ロ核軍縮は進むのか 米ロ首脳会談に歴史的意義を見出そうするなら、それは米ロ間の核軍縮交渉が進むかどうかである。米朝首脳会談では「朝鮮半島の完全な非核化」で合意したものの、完全な核廃棄へのプロセスはみえていない。肝心なのは、この朝鮮半島の非核化を「核兵器なき世界」に結び付けられるかどうかである。 ところが米ロはむしろ核軍拡競争に動こうとしている。トランプ政権が小型核兵器の開発など核増強に動き、プーチン政権もこれに対抗する構えを示してきた。 米ロ首脳会談後の記者会見で、プーチン大統領は米ロは核兵器不拡散に特別な責任があるとし、新戦略核兵器削減条約(新START)の延長で連携することが必要だと指摘した。トランプ大統領も核弾頭の9割を米ロが保有しているのは「ばかげている」と述べた。これがうわべの言葉だけか、核軍縮につながるかはなお不透明だ。核軍縮を実効あるものにするなら、トランプ大統領は少なくとも冷戦末期の1987年に署名した中距離核戦力(INF)全廃条約の完全実施をロシアに要求すべきだった。 反トランプでEUと中国が接近 米ロ首脳会談とほぼ同じころ、北京ではEUのトゥスク大統領とユンケル欧州委員長が李克強首相と会談していた。トランプ大統領の保護主義に対抗して、EUと中国が連携を深めるためだ。中国にとっては、米中貿易戦争がエスカレートするなかで、世界貿易機関(WTO)重視で自由貿易を掲げるEUとの連携は頼みの綱である。米国の鉄鋼、アルミニウムの輸入制限に対抗措置を打ち出しているEUにとっても、輸入制限が自動車に広がれば影響は深刻化するだけに、中国との連携は重要になる。 そうでなくてもEUと中国の経済関係は深まっている。習近平国家主席が主導する一帯一路構想は欧州を視野に入れている。EU諸国はアジアインフラ投資銀行(AIIB)に真っ先に加わるなど、第2の経済大国である中国との連携を強化している。 反トランプ包囲網の形成で、EUと中国は連携をさらに深めることになるだろう。 「EUの敵」になった訪欧 トランプ大統領の訪欧ではっきりしたのは、欧州各国の抜きがたいトランプ不信である。それは、独仏というEU主要国からEU離脱の英国まで、欧州各国全体に共通している。「猫を猫とは言わない」のがフランス流の洗練された外交といわれるが、トランプ流は非礼で露骨な言葉の羅列である。思わず眉をひそめたくなる言動ばかりだ。国際政治や経済学の基礎的知識の欠如にも驚く。 問題は、それが「米国第一主義」ではなく「トランプ第一主義」に陥っている点にある。本当の国益にもとづく「自国本位主義」なら、保護主義による世界経済への影響にも目を配らなければならないはずだ。そうであれば、同盟関係を重視し国際協調をめざすことになるだろう。しかし、目先の選挙ばかり考える「自分本位主義」なら話は別である。選挙地盤の喝采ばかりを優先することになる。 トランプ大統領はEUを「敵」と捉えたが、これに対してEUはトランプ大統領を「EUの敵」とみるようになっている。不信の連鎖が混迷する世界をさらに不透明にする危険がある。 このコラムについて 岡部直明「主役なき世界」を読む 世界は、米国一極集中から主役なき多極化の時代へと動き出している。複雑化する世界を読み解き、さらには日本の針路について考察する。 筆者は日本経済新聞社で、ブリュッセル特派員、ニューヨーク支局長、取締役論説主幹、専務執行役員主幹などを歴任した。 現在はジャーナリスト/武蔵野大学国際総合研究所 フェロー。
理解し難いトランプ大統領に自民党幹部は困惑 田原総一朗の政財界「ここだけの話」 国内は「1強」によるたるみが目立つ 2018年7月20日(金) 田原 総一朗 理解し難いトランプ大統領の行動や発言が目立つ(写真:・ユニフォトプレス) トランプ米大統領が何を考えているのか、全く理解できない。
トランプ氏は今、中国、あるいはEU相手に世界貿易戦争を仕掛けている。中国もEUも同盟国も全部「敵」だと決めつけているかのような振る舞いに、困惑が広がっている。 最近も、北大西洋条約機構(NATO)に対し、7月11日にブリュッセルで開催されたNATO首脳会議で「あなた方は安全保障をすべて米国にやらせている。これはとんでもないことだ。NATO加盟国は、防衛費を従来の目標値である国内総生産(GDP)比2%から4%に引き上げるべきだ」と要求した。 その中で、トランプ氏は特にドイツを名指しで批判。「ドイツはロシアから天然ガスを大量に購入している。言ってみれば、ドイツはロシアの捕虜のようなものだ」と発言したのである。 その流れがあった上で7月16日、トランプ氏とロシアのプーチン大統領がヘルシンキで1年ぶりに会談した。これはどういうことなのか。 米国では、2016年11月の大統領選挙でロシアが不正に政治に介入した可能性があるという「ロシアゲート問題」で、ロシア情報機関当局者12人が起訴されている。それに対してプーチン大統領は、「我々は一切、米国の大統領選挙には介入していない」と明言した。すると、なんとトランプ氏は、「プーチン大統領を信じる。ロシアゲート疑惑は、米国にとってとんでもないひどいことだ」と発言をしたのである。 この発言に対し、トランプ氏を支えるはずの共和党からも、即座に非難の声が上がり、「ロシアの利敵行為だ」と強く批判した。 そもそも米ロは今、対立関係にあるはずだ。例えばロシアはウクライナ問題などから、世界中で孤立していて、米国もロシアに対して制裁を続けている。シリア問題でも、米ロは真っ向から対立している。ロシアはアサド政権を守り、米国は反体制派を支援している。 そんな中、トランプ氏はプーチン大統領と会っただけでなく、プーチン大統領の発言も支持するというのは、一体何を考えているのだろうか。 トランプ氏は、11月に控える中間選挙に勝利することを第一に考えている。しかし、こんなにも米国内からの批判が強まれば、勝つことは難しくなってくるのではないか。トランプ氏が恐れているのは、ここで敗北し、ロシアゲート問題が再燃して弾劾されるというシナリオだ。批判を受けたトランプ氏はその後、前言を撤回しロシアの介入を一転認めた。 米中の対立がますます際立ってきた もう一つ、最近大きな問題になっているのが、米朝関係の悪化だ。トランプ氏が最も信頼をしているポンペオ国務長官が7月6日、北朝鮮を訪問。当然、僕はポンペオ氏と金正恩朝鮮労働党委員長が会談すると思っていた。実際、米朝首脳会談前には二人は何度も会って話をしているからだ。 しかしこの時、ポンペオ氏は金正恩氏に会えなかった。北朝鮮側が対応したのは、金英哲朝鮮労働党副委員長だ。ここも不自然である。 それでもポンペオ氏は訪朝後に「北朝鮮の十分に検証された完全な非核化に向けた次の段階について、詳細にわたり内容のある議論があった」とアピールした。これに対し、北朝鮮はその直後、米国を「ギャングのような発想の要求」をしていると痛烈に批判した。 そんななか、北朝鮮の秘密ウラン濃縮施設が平壌郊外の千里馬(チョンリマ)にあり、稼働させている、との疑惑が一部のメディアで報じられている。一体、「6.12」の米朝首脳会談での合意文書はどうなったのか。トランプ氏は一体何を考えているのだろうか。このようなトランプ氏に対する不信感が、米国内をはじめ世界各国で強まっている。 もう一つ、問題がある。米国は、中国に対して貿易戦争を仕掛け、徹底的に圧力をかけてきた。中国も対抗措置を取っているが、ここへきて貿易面のみならず、さまざまな面で米国との間の溝を深めようとしている。 17年7月、中国の人権活動家でノーベル賞を受賞した作家の劉暁波氏が亡くなった。彼の妻である劉霞氏は、罪状を特定されないまま8年もの間、北京の自宅で軟禁状態にされていた。それが18年7月10日、拘束が解かれ、ドイツに出国したというのである。 ドイツは、米国が今最も憎んでいる国だろう。そんなドイツと、中国が手を組むのである。つまり、中国はここでも反米の意を示しているというわけだ。 しかも中国の習近平国家主席は7月10日、北京での「中国アラブ協力フォーラム」の閣僚級会議開幕式でパレスチナへの支援策を表明した。 理解し難いトランプ大統領に対し、日本はどう動くのか 中東問題で、米国はイスラエルと友好関係を維持している。米国は、イスラエルを全面的に支持することで、イランとも敵対している。そのイスラエルの宿敵であるパレスチナを、なんと中国は「支持する」と明言したのである。つまり、「反米」を意味している。 米中の対立は際立ってきており、北朝鮮が米国に対して強気の姿勢を示したのは、やはり中国という後ろ盾があるからではないかと思う。 そういった米国に対し、日本はどう対応すべきなのか。 僕は先日、何人かの自民党幹部らに電話をして尋ねてみた。しかし、皆、一様に困り切っている。だから、具体的な対応策は、まだ出ていないようだ。米国に同調するわけにも、反発するわけにもいかない。さて、どうするのか。 もう一つ、気になる点がある。米国のトランプ氏、中国の習近平氏、ロシアのプーチン氏らのような「独裁的な傾向」が目立つのだ。振り返れば、日本も「安倍1強」だ。なぜ、こんなことが起こるのか。デモクラシーに対する倦怠感があるからだと僕は見ている。デモクラシーでは、物事がなかなか決まらないから、強い勢力がどんどん決めていく傾向が高まっている。日本でも与党主導で物事が決まってゆく。 しかし、例えば、「IR実施法案」では、この法案を通そうと懸命になっていた議員15人のパーティー券を、米国のカジノ業者が購入していたと「週刊文春」で報じられた。 極めて重大な話だが、新聞には一切載っていない。これも不可思議である。 自民党の一部の議員たちに聞いたら、「こんなにバカバカしいことをやっているのか」と驚きの声を上げていた。自民党内は、本当にたるんでいる。 IR法案が通れば、米国のカジノ業者は日本に進出したいと考えている。しかも、米国のカジノ業者の一部は、トランプ氏と親交があり、トランプ氏のスポンサーという一面もある。全体像を見れば、これは一種の「対米従属」とも言えるのではないだろうか。 豪雨の予報の中で「赤坂自民亭」 豪雨の予報が出ていた7月5日夜には、赤坂の議員宿舎で自民党の議員らが宴会をやっていたことも明らかになった。「赤坂自民亭」と称する宴会には安倍首相も出席していたが、気象庁から甚大な被害が出る可能性があるという予報が出ていたわけだから、宴会など自粛すべきだった。 すべて、自民党がたるんでいるのが原因である。その理由は「安倍1強」だ。選挙制度が小選挙区制に変わったこと、野党が弱体化していることなどが要因として考えられるが、こんなことがいつまで続くのか。日本の政治の大問題である。 『平成の重大事件 日本はどこで失敗したのか』(6月13日発売) 田原総一朗、猪瀬直樹著 たび重なる大震災、2度の政権交代――それでも変わらない政治の無責任体質。少子化と反比例するように増え続けた国の借金は1000兆円。昭和の遺産を食いつぶし、後退戦を続けた平成の30年間、いったいどこで失敗した? 冷戦終結からモリカケ問題まで、改元まで一年を切った今、平成が積み残した問題を徹底総括! 日本のタブーに斬り込んできた作家とジャーナリストの大激 論から見えてきた、日本がこれから進むべき道とは? このコラムについて 田原総一朗の政財界「ここだけの話」 ジャーナリストの田原総一朗が、首相、政府高官、官僚、財界トップから取材した政財界の情報、裏話をお届けする。
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