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ロシアでエホバの証人狩り、ソ連「宗教弾圧」の悪夢再び
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2018/07/post-10606.php
2018年7月17日(火)17時00分 マーク・ベネッツ ニューズウィーク
ロシア正教会のキリル総主教とプーチンはそれぞれの思惑で連携を深めている Sputnik Photo Agency-REUTERS
<過激派組織扱いで取り締まりを強化――集会所を閉鎖し信者を逮捕する暴挙はロシア正教会の差し金かプーチンの思惑か>
夜が明けたばかりだった。
4月10日、ロシア中部の都市ウファにあるアナトリーとアリョーナのビリトケビッチ夫妻のアパートの玄関のベルが鳴り、怒声が響いた。「開けろ!」
ドアを開けると、銃を構えた警官が「私服も含めて10人ほどずかずか入ってきた」と、妻のアリョーナは本誌に話した。警官隊は家宅捜索を行い、夫のアナトリーに暖かい衣類をバッグに詰めるよう指示した。「夫はもう家には帰れないと、彼らは言った」
アナトリーは連行され、妻との面会も許されていない。
早朝の手入れは危険な犯罪者を逮捕するときの常套手段だ。アナトリーはテロ容疑者でも麻薬の密売人でもないのに、なぜ連行されたのか? 妻のアリョーナと共に宗教団体「エホバの証人」に入っているからだ。
エホバの証人は家々を回って伝道活動を行うことで知られる。信者は兵役を拒否し、国旗に敬意を表さないため、世界各地で弾圧されてきた歴史を持つ。現代のロシア政府もロシア正教会の賛同を受けて、国内に推定17万5000人いる信者に対する締め付けを強めている。
ロシア政府は「外国から流入した」少数派の宗教を取り締まる姿勢を見せており、エホバの証人に対する弾圧もその一環だ。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は16年7月、伝道規制法案に署名した。これは当局が認可した教会や集会所以外で伝道活動を行うことを禁じた法律で、今のところモルモン教、バプティスト教会など「輸入された」宗教だけに適用されている。
なかでも最も厳しい取り締まりの対象になっているのが、ニューヨーク州に世界本部を置くエホバの証人だ。ロシアの最高裁判所は17年4月、エホバの証人をテロ組織ISIS(自称イスラム国)などと同じ「過激派団体」に認定した。ロシア司法省もエホバの証人を「公共の秩序と安全」に対する脅威と断定、国内の集会所を閉鎖し、独自の翻訳による聖書を禁じた。
■政権べったりの総主教
反テロ法を利用した宗教団体への弾圧は、人権団体などから批判を浴びている。「エホバの証人の活動禁止には何の法的根拠もない」と、モスクワに本拠を置く人権擁護団体ソバのアレクサンドル・ベルホブスキーは言う。「確かに彼らは自分たちの信仰だけが正しいと主張しているが、宗教団体ならそれは当然だろう」
ソ連崩壊後のロシアの新憲法は信教の自由を保障している。しかしロシア政府は、最高裁の判断はエホバの証人という組織の危険性を認めただけで、個人の信教の自由を制限しているわけではないと主張する。
アナトリー・ビリトケビッチの早朝の逮捕は、ロシアの治安当局が全国で展開している「エホバの証人狩り」の一部だ。今年2月以降、十数もの町や都市で手入れが行われ、3月の大統領選でプーチンが再選されると検挙に拍車が掛かった。
5月には中国との国境に近い極東のビロビジャンで信者の家庭20世帯への家宅捜索が行われた。「裁きの日」作戦と名付けられたこの手入れには150人前後の警官が動員されたという。
ロシアは宗教弾圧の暗い歴史を持つ。公式記録によれば、無神論を国是としていたソ連時代にはロシア正教会の聖職者が少なくとも20万人処刑され、加えて何百万ものキリスト教徒が投獄されるか迫害された。
エホバの証人への弾圧は、当時に逆戻りしたかのようだ。「年配の信者はソ連時代の悪夢を思い出している」と、モスクワ在住のある信者は匿名を条件に本誌に語った。
ソ連時代との違いは、エホバの証人だけが標的にされていることだ。治安当局はロシア正教会の強力なバックアップを受けて弾圧を行っている。
ロシアの憲法は政教分離をうたっているが、20年近くに及ぶプーチンの支配下でロシア正教会と政府の癒着が進んだと反政府派は指摘する。ロシア正教会のキリル総主教はここ数年、自らが「聖戦」と呼ぶシリア介入から、「唾棄すべき」とさげすむ同性婚までさまざまな問題で公式声明を出している。さらに、プーチンの統治を「神による奇跡」とたたえてもいる。
ロシア南部タガンログの個人宅に集まった信者(左の女性と中央の老人は「過激な活動」で起訴された) Alexander Aksakov-The Washington Post/GETTY IMAGES
■愛国主義を支持せず弾圧
エホバの証人への弾圧については、総主教は公式発言を控えているが、教会の広報担当は熱っぽく支持。キリルに近い正教会の超保守派の活動家らも最高裁の判断を歓迎している。「エホバの証人は外国の宗教をロシア人に押し付けようとしているが、ロシアにすればいい迷惑だ」と、保守派の活動家アンドレイ・コルムヒンは吐き捨てる。
昨年の世論調査によれば、ロシア人の80%がエホバの証人弾圧を支持しているが、この数字はロシアの人口に占めるロシア正教会の信者の割合と同じだ。
一方、最高裁の判断の背後に政治的な意図が透けて見えるという指摘もある。「ロシアが欧米と対決したことで、愛国主義の嵐が国中に巻き起こったが、エホバの証人はこれを支持しなかったから弾圧の対象になった」と、モスクワのロシア科学アカデミーの宗教専門家ローマン・ランキンは指摘する。「政府と治安機関は宗教団体の動きを極度に警戒している」
ランキンによれば、ロシア正教の活動家も治安当局ににらまれる可能性がある。「いくらプーチンがロシア正教の信者でも、モスクワの路上で『キリスト教のコミュニティーを建設しよう』と訴えたら、今のこの国の法律では逮捕されかねない」
集会所が閉鎖されたため、エホバの証人の信者はソ連時代のように個人宅でひそかに集会を行っている。モスクワ北部の小さなアパートで最近行われた集会には20人余りの男女が集まり、リビングに入りきれない人がキッチンまであふれた。信者たちは聖書について語り合い、祈り、近所に聞こえないよう声を潜めて賛美歌を歌った。彼らの多くは、ソ連崩壊で宗教が解禁された90年代からの信者だという。
「自分たちの信仰が禁止されて、私たちは傷つき、悲しんでいる」と、このアパートに住む年配の信者エレーナは言う。「でも、恐れてはいない。信仰があれば何も恐れることはない」
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