米朝首脳会談、終わってみれば中国の独り勝ち 安保政策面でも経済面でも利益を得る中国 2018.6.20(水) 古森 義久 米、韓国との主要演習を「無期限停止」 米高官 2017年12月に行われた米韓合同軍事演習。韓国国防省公開(2017年12月6日提供)。米軍は韓国との主要な合同軍事演習を停止する。(c)AFP PHOTO / SOUTH KOREAN DEFENCE MINISTRY〔AFPBB News〕 6月12日にシンガポールで開かれた米朝首脳会談は、文字どおり全世界の熱い関心を集めた。米国のドナルド・トランプ大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が固い握手を交わし率直に言葉を交わす光景は、国際社会全体に大きな波紋を広げた。 さて、歴史的とも呼べるこの米朝首脳会談は成功だったのか、失敗だったのか。どの国が何を得て、何を失ったのか。 関係各国では複雑な考察が飛び交う。そんななかで意外と語られることが少ないのは、中国にとっての米朝会談の意味である。 この点をワシントン在住の米国人学者で中国の軍事戦略や安全保障政策の研究を専門とするラリー・ウォーツェル氏に訊ねてみた。同氏は、米朝首脳会談で大きな利得を得たのは中国だとする見解を明らかにした。 ウォーツェル氏は1947年生まれ。米陸軍の情報将校として長年勤務し、北京の米国大使館の駐在武官を二度務めた。退役後はハワイ大学で博士号を取得し、陸軍大学校の教授やヘリテージ財団のアジア部長や副所長を歴任、2001年から米国議会・政策諮問機関の米中経済安保調査委員会の委員長や委員となり、現在にいたる。中国の軍事戦略研究では全米でも有数の権威とされる。 ウォーツェル氏との一問一答の内容は以下のとおりである。 中国の安保政策目標を米国が実現? ──今回の米朝首脳会談の中国にとっての意味を、どうみますか。 ラリー・ウォーツェル氏(以下、敬称略) 米朝首脳会談の開催とその結果から大きな利益を得るのは中国だといえます。北朝鮮の非核化の可能性が生まれたことによる米国側へのプラスは別とすれば、最大の受益国は中国だといっても間違いではないでしょう。なぜなら、第1に中国はこのところ朝鮮情勢への関わりや影響をかなり減らしていましたが、米朝首脳会談開催によって一気に巨大な役割を果たすことになったからです。 金正恩委員長はシンガポールとの往来に中国の国営航空の旅客機を使いました。このことによっても、北朝鮮の中国への依存が大きいことが印象づけられました。会談前にも金委員長は、習近平主席の支援や助言を求める形で2回も中朝首脳会談を要請しています。中国にとっては、北朝鮮から関与を求められることで、朝鮮情勢への影響力をさらに強める結果となりました。金氏が習氏に必死になって擦り寄るという感じでした。これは習近平政権にとっては大歓迎の流れです。 ──具体的な安全保障面ではどうでしょうか。 ラリー・ウォーツェル氏(出所:米国議会 米中経済安保調査委員会) ウォーツェル 中国への利益として第2には、目にみえる分かりやすい出来事がありました。トランプ大統領が総括の記者会見で、米韓合同軍事演習の停止や在韓米軍の撤退の可能性について言及したことです。 これらはいずれも中国が長年求めてきた戦略目標です。中国は、在韓米軍、在日米軍をやがては撤退させ、アジア全域で米軍の存在を縮小することを長期の安保政策目標としてきました。その目標が、ひょっとすると何も努力しなくても米国が自ら実現してくれるような気配が生まれたわけです。 在日米軍や日米同盟への直接的な影響はいまはないでしょうが、東アジアの駐留米軍の縮小や撤退というシナリオは、日本にとっても深刻な意味を持つはずです。 ──米韓同盟への影響も考えられますね。 ウォーツェル はい。中国は、米軍が韓国にTHAADミサイル(終末高高度防衛ミサイル)を配備することに激しく反対して、韓国へ圧力をかけてきました。THAADミサイルの対象は、北朝鮮の各種ミサイルです。米朝首脳会談や南北首脳会談の結果、それらの北朝鮮のミサイルが韓国や在韓米軍に向かって発射される可能性が減るとなれば、THAADミサイルを韓国に配備する理由がなくなりかねません。これは中国にとっては大歓迎の展望です。 ますます高まる中国の軍事的影響力 ──その他に中国が得ることは何がありますか。 ウォーツェル 経済面での利益も考えられます。北朝鮮で金正恩体制が続き、いまよりも経済が成長すれば、中国との貿易が自然と拡大します。米国による北朝鮮の安全の保証も経済発展の促進に寄与するでしょう。中国にとっては、北朝鮮との貿易拡大が年来の狙いですから、今回の米朝首脳会談が差し示した方向は中国にとって経済面でのプラスの方向だといえます。 ──この中国の受益は日本にとって何を意味しますか。 ウォーツェル 在韓米軍の比重が減れば、中国の軍事的影響力はますます強くなるといえます。今後、中国は東アジア全域で、外交的にも軍事的にも影響力を強めるでしょう。 中国は日本に対しては、尖閣諸島の日本領海への恒常的な侵入でも明白なように、敵対的に近い軍事政策をとっています。その中国の力が増すとなれば、日本は米国との安保政策の協調を深めて中国に対応する必要性が増すでしょう。北朝鮮の核やミサイルの脅威も当面は残るでしょうから、在日米軍との連帯による防衛一般、とくにミサイル防衛での抑止強化がより強く求められます。日本の国会議員たちが米側の議会との連絡を緊密にして、日米同盟を堅固にすることが大きな効果を発揮すると思います。
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