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日本経済最大のリスクは金融ショックに打つ手がない「中央銀行の死」だ
https://diamond.jp/articles/-/183707
2018.10.31 金子 勝:立教大学大学院特任教授・慶應義塾大学名誉教授 ダイヤモンド・オンライン
Photo:PIXTA
2018年に入って金融市場は不安定化している。
10月25日、東京株式市場では、前日の米国市場(ダウ工業株平均)の急落を受けて平均株価が急落、韓国などアジアの株価も下落した。「世界同時株安」は、今年2月、さらに10月に、IMFの金融安定報告が金融危機に警鐘を鳴らしたのを機に起きたのに続き、今年になって3回目だ。
また8月10日には、トランプ政権のトルコ制裁を契機に新興国の通貨暴落が起き、新興国の通貨不安はいまも続いている。
株や為替市場で繰り返される暴落は世界経済の変調を示す予兆のように見える。
米国が仕掛けた貿易戦争で「自動車25%関税」を課せられる可能性もある日本も今後、不安定化の例外ではあり得ないが、深刻なのは、日本銀行が、異次元緩和の果てに中央銀行としての機能を失いつつあることだ。
次のショックが起きても、「打つ手」がなく、日銀自体も打撃を受ける「リスク」が高まっている。
不安定化する市場
世界経済変調の予兆
市場の不安定化が生み出す「鬼っ子」のような存在が、CTA(Commodity Trading Advisor)という 「さや抜きファンド」の取引急増だ。
株式や債券、商品、為替などの先物に関する膨大なデータを収集し、情報工学とAIを駆使して、顧客から預かった資金を商品、株式、為替、債券など先物商品を中心に超短期で運用している。
そして、スパコンを利用してプログラムで売買するハイ・フリークエンシー・トレーディング(超高速・高頻度取引)という手法で損失を回避する。
CTAは、経済実態とも連動せず、企業の評価でもなく株価水準そのものでもなく、その変動(トレンド)を追いかけて差益だけを狙うファンドだ。
上がる局面では「いち早く買って」もうけ、下がる局面では「いち早く売って」もうけるがゆえに、オーバーシュートを引き起こしやすい。つまり、ボラティリティーを上げながら、自分は売り抜いてゆく手法である。
こうしたファンドが株式市場・金融市場を支配するようになってきており、より近視眼の動きを強めている。
バブル期並みの日本の株価
経済の実態と乖離
こうしたファンドが格好の餌食にしているのが、日本市場だ。経済の実態と乖離した株価水準だからだ。
実際、日本の株価はバブル期並みになっているが、実体経済を反映しているとはいえない。
ドル建てで見れば、日本のGDP(国民総生産)は1995年の5.45兆ドルをピークにして停滞した後、リーマンショックからの回復過程で2012年に6.2兆ドルに達したが、その後はその水準を下回ったまま停滞を続け、2017年でも4.87兆ドルにとどまっている。
主要先進国の中で、日本は際立って経済成長率が停滞している。
実際、1995年で見ると、アメリカのドル建てGDPは日本の1.4倍の7.64兆ドルだったのが、2017年には日本の約4倍の約19.5兆ドルに達している。
中国のドル建てGDPも1995年では日本のわずか7分の1の約7370億ドルだったのが、2017年には日本のおよそ2.5倍の約12兆ドルにまで増えている。
世界経済での日本の地位の低下は著しい。
「官製相場」は
外資系ファンドの餌食に
世界経済での地位低下が著しい日本の株価がなぜ高いのか。
1つは日銀が大量の株を買って株価を維持していることが背景にある。
9月30日時点で、日銀が持つETF(指数連動型上場株式投信)は21兆6500億円に達する。信託預かりの株式も9460億円持っている。
ETFとは、日経平均株価や東証株価指数に連動する運用成果を目指す投資信託で、日銀がETFを買えば、証券会社などがそれに見合った株式を購入するので、株価全般を引き上げる効果を持つ。しかも、日銀が持つETFはETF全体の4分の3にも達している。
中央銀行がリスク資産である株を大量に買うのは歴史的に見ても異常事態だ。決して良いことではない。だがいまや、日銀が株価維持を止めたとたん、株価が急落しかねないので、やめるにやめられないのだ。
日銀のほかにも、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)や3つの共済年金などが国内株式運用比率を25%に増やし、株買いをしている。
GPIFと共済年金は、2017年末で日本株の保有残高が54兆3457億円、外国証券も72兆3854億円である。日本郵政(ゆうちょ銀行とかんぽ生命)と合わせて、「6頭のクジラ」が株を大量に買って株価を支えている。今の株式市場が「官製相場」といわれるゆえんだ。
そして日銀や年金マネーが株高を支える日本市場は、外資系ファンドにとって動きを読みやすく極めて好都合なのだ。
相場が下がれば日銀が買い支えるので売り抜けられるし、空売りを仕掛けて大もうけもできる。日本市場は外国人投資家の格好の餌食にされているといっていい。
株価を買い支える日銀や年金などのほかに、もう1人の株式取引の主役は、外国人投資家だ。
東京証券取引所のデータで株式の保有主体別に見ると、外国人の保有比率は3割だが、東証一部の売買取引を見ると、海外投資家が9月では約68%を占める。
ETFを含めた海外投資家が、日銀や年金の株式市場への「介入」を利用して利益を出しているのが、今の日本の株式市場の実態だ。
債券市場もひどい状況だ。「異次元緩和」を続ける黒田日銀は462兆円(2018年9月30日)もの国債を買い、いまや国債残高の約4割を日銀が保有する。
また、米国FRBが利上げを進め、日米金利差が拡大する中で、生命保険会社や年金基金はアメリカ債券を買い越し、その資金の流出で円安に向かっている。
アベノミクスのもとでの「株高円安」の陰には、中央銀行や年金基金などによるいびつな取引がある。
リスクに満ちているのに
政策手段を失っている日銀
問題は、ひとたび株価や国債の暴落が起きた時だ。急落を引き金に金融危機が起きれば、すでに国債も株も大量に買っている日銀は市場を支えるなどの「打つ手」がなくなることだ。
おまけに、日銀が保有する国債やETFなどの資産が巨大な損失に化け、、日銀信用を傷つけるような事態に陥れば、政府が買い取り機関でも設けて、引き受けるしかなかったり、日銀に公的資金を入れたりということになりかねない。
それは結局、年金の損失なども含めて国民負担になっていく。
実際、そうなる危険性は増大している。国内外は金融市場にショックをもたらすリスクで満ちているからだ。
「リーマンショック」のような大規模な危機にならなくても、中小金融機関の経営悪化を招き、クレジットクランチなどで実体経済が停滞する可能性もある。あるいは新興国に深刻な経済危機を招き、世界経済が停滞するかもしれない。
トランプ米大統領が、こうした金融市場のショックのトリガーを引くかもしれない。アメリカはトランプの大型減税で財政が悪化するもとで、長期金利上昇圧力が増している。FRBも政策金利の引き上げに動かざるを得ず、世界中で民間債務の増加が著しい下で、長短の金利上昇は新たな危機の引き金になり得る。
すでにトランプ大統領によるトルコ制裁をきっかけにトルコリラが暴落し、国際収支の赤字と対外債務の大きい新興国の通貨下落へと“伝染”が生じた。
イラン制裁をきっかけに原油価格が急上昇し、状況はだんだんリーマンショック前に似てきている。
そしてGDP世界1位のアメリカと2位の中国の間での貿易戦争は激化するばかりである。さらに、英国の「合意なきEU離脱」、あるいはイタリアの財政危機が、金融市場にショックを与え、銀行危機に発展する危険性もある。
一方、国内では、東京オリンピックが終わると急激にヒトやカネが引くので、不動産バブルがはじけて景気が後退することが懸念される。その前に中古マンションや貸家バブルの破綻から大幅な値崩れが始まっていく可能性もある。
銀行とりわけ地方銀行はマイナス金利で貸付利息収入が極端に縮小しているうえに、スルガ銀行のように不動産融資に傾斜しているところも少なくない。経営困難に陥ることは避けられない。ただでさえ疲弊する地域経済は一層の困難に陥るだろう。
マヒ状態の
中央銀行の機能
こうした国内外のリスクが現実のものになった時、円安株高依存の日本経済は脆いし、今の日銀では打つ手なしの状況に陥ってしまう。
前述した異次元緩和策で、日本銀行は、市場機能だけでなく、中央銀行としての本来の役割をする基盤を自ら壊してしまっているからだ。
教科書的に言うと、中央銀行は、銀行の決済システムの中枢にあって、3つの政策手段を行使して金融政策を実行する。
1つは、政策金利を通じた金利誘導だ。金利操作を通じて、個人や企業の借り入れと預金、つまり投資や消費と貯蓄に影響を与えることでマクロ経済全体に影響を及ぼす。
2つめは、国債の買いオペ、売りオペを通じて、通貨供給量をコントロールする。市中銀行から国債を買い上げると、金融機関に資金が流れる。
3つめは預金準備率の操作である。市中銀行が日銀へ資金を預ける法定準備率の比率を上下させることで、信用量を調整する。
ところが、5年間の「異次元緩和」によって、この3つの金融政策は機能不全に陥っている。
政策金利はゼロに近い低金利になっているので、ショックが起きても、利下げなどで需要を喚起することはもはやできなくなっている。
さらに仲介機能を果たす金融機関は、低金利で利ざやを稼げなくなり、経営が苦しい。実際、地銀の半数が赤字で金融不安さえ起こりかねない。金利政策が効かないどころか、中央銀行本来の役割である“金融機関の信用秩序”を自ら破壊しているようなものだ。
また通貨供給をさらに増やそうにも、国債の買いオペは、日銀が460兆円もの国債を買い込んだ結果、国債取引そのものがしばしば成り立たなくなる状況が生まれている。今年だけでも、取引が成立しない“札割れ”が7回も起きている。
預金準備率の操作も、すでに金利のつかない日銀の当座預金におよそ380兆円も“ブタ積み”になっており、“マヒ状態”である。
「無責任体制」続けば
破滅のシナリオが現実に
仮に、規模の大小はともあれ、金融危機となった場合、“最後の貸し手”としての中央銀行は機能マヒに陥っており、その政策手段を失った状態なのだ。
後に残された手段は赤字財政のファイナンスだけになる。
とりわけ、安倍首相による「政治任用」に近い黒田日銀は、アベノミクスの生命維持装置化しており、中央銀行の独立性を完全に失っている。無理を継続していけば、日銀による国債の直接引き受けに追い込まれる可能性がある。
これは日銀による国債の直接引き受けは、現在、日銀法5条が禁じている。戦時経済のように、財政が無軌道になるからだ。裏を返せば、この壁が突き破られれば、事実上、戦時経済と同じ状況になる。
そして日銀が財政赤字をファイナンスしている間に、2020年代後半に向けて産業衰退が一層加速することになるのだ。
これまでも、超低金利、財政赤字の裏で本来なら、退場すべき「ゾンビ企業」や構造不況業種も生き延びることになってきた。この超低金利ではリスクをとって新しい産業・企業に貸し出すこともできない。
経済の新陳代謝や成長をけん引する産業が生まれず、へたをすれば、産業衰退で貿易黒字さえ稼げなくなり、国内で財政をファイナンスできなくなる事態になる可能性があるのだ。そうなれば、外国人投資家が日本国債を持ち、また国債の格付けが下がると金利が上昇するという事態に陥ることも考えられる。
アベノミクスによる「見せかけの景気」が一気にはげ落ちた時に、打つ手がない。だから日銀は異次元緩和をやめられないし、株買い支えも続けざるを得ないのだが、こういったやり方が、いつまでも持つはずはないのだ。
10月4日にIMFのラガルド専務理事が訪日し、新たな視点からアベノミクスの全面見直しを要請したのもわかる。どう見ても持続可能性が失われているからだ。
政治家も官僚も経営者も、「今経済が持てば、それで良し」とする完全な無責任体制に陥っている。できるかぎり早く、破滅へのシナリオを食い止めなければならない。
(立教大学大学院特任教授・慶應義塾大学名誉教授 金子 勝)
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