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国民にタダでお金を支給するベーシックインカム、現実的でない「2つの根拠」とは
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20181018-00010000-nkbizgate-bus_all
日経BizGate 10/18(木) 7:20配信
例えば日本の政治には、東京一極集中を食い止められないという現実がある
国民全員に、衣食住に必要な生計費を支給する制度であるベーシックインカム(BI)は実現可能か。今回は連載の2回目だ。前回はざっと歴史を振り返り、なかなかうまくいかなかったものが、フリードマンの「負の所得税方式」なら、何となくうまくいきそうだ、というところまで解説した。
■フリードマンの「負の所得税方式」は本当に有効か
今回のこの仕組みを詳細に検証することにしていこう。
原田泰氏が2015年に上梓した「ベーシック・インカム〜国家は貧困問題を解決できるのか〜」(中公新書)では、フリードマン方式を用いて日本でBIを実施するためのスキームが事細かに示されている。
その中身は以下の通りとなる。まず、支給額は月7万円(年84万円)とし、これを全成人に支給(20歳未満は月3万円)することとする。この金額水準は、老齢基礎年金(満額で月額6.6万円)を念頭に置いている。ここまでで、日本全体では、年間総額96兆円の規模となる。
さて、この財源をどう見繕うか。
まずは、所得税だが、こちらは「一律30%の税率」に一本化する。そのうえで、給与所得控除や配偶者控除、扶養者控除など様々な「控除」を廃止する。これで徴税作業は大幅に簡素化される。
そして、企業の人的経費に対して一律30%徴収する仕組みとする。現在、雇用者所得と自営業の混合所得の総計は257.7兆円ほどあるので、その3割だと、77兆円超の税収となる。この大胆な構造変革により、徴税の網羅性は高まり、しかも実際の税務作業はスリムダウンされる。
ちなみに、77兆円という税額は、現状の所得税(書中データ)13.9兆円よりも63兆円超もの税収増となる。これで、96兆円のBI総額の3分の2近くが捻出できてしまった。あとは33兆円ほどだ。原田氏はそれを以下のように工面できるという。
■財源は確保できるように見えるが
まず、BIで直接的に代替できる行政サービス。
・基礎年金の国庫負担
・子ども手当
・雇用保険(失業給付)
・生活保護(医療費を除く)
この額が合計21.8兆円もあるので廃止によりBIに向ける。これで残りは11兆円強となる。
続いて、失業対策のために行っている公共事業なども削減できる。公共事業費は国と地方を合わせると(国民経済計算上の公的資本形成で)21兆円。この4分の1が失業対策的なものと想定して、BI導入時に廃止する。その額5兆円。
同様に、地方自治体の民生費は生活保護を除いても18.4兆円もある。この3分の1もBIで代替できるとして6兆円が浮く。
これで原田型BIの財源は賄えるのだが、さらに、固定資産税の減額・控除を廃止して、米国並み税率にする。これにより5兆円の予備財源が確保可能となる。
とここまでで、ゆうに財源的にはカバーが可能という。
経済官僚出身の同氏は、他の雰囲気論のBIとは異なり、かなり精緻に数字ととらえている。
たとえば、多くのBI論者は、「生活保護が肥大している」「こうした行政サービスが削減できる」と粗い論議をする。がこれは間違いだ。生活保護はあらゆる給付を含めても4兆円しかなく、しかもそのうち半分以上が医療費であり、生計費関連は1.6兆円程度と桁違いに小さい。96兆円規模のBI導入で代替できるのはたったこれだけなのだ。
対して原田氏は書中でBIで代替できる生活保護の規模を1.9兆円(これには、葬儀関連などの生計費以外が含まれているため若干数字は大きいが)と見積もり、ことさら大きくその意義を強調などしていない。
こんな感じで数字の裏付けをきっちりとっているところが、他のBI論者とは明らかに一線を画す。
■労働忌避も避けられる?
一方で、「お金を配ることによって、働かない人が現れるのではないか」というBIへの根本的な批判に対しても、氏が主張する「所得税率30%」方式で対応が可能、と反論する。いわく、現行の生活保護方式であれば、所得の増加に対して生保の支給停止が起きる。いわば、労働所得に対して100%の徴税と同じ状況なのだが、原田方式なら3割しか徴税されなず、7割が所得として手元に残る。だから、この方式の方が現行よりもアクティベーション(労働誘導)に優れている、という。
そして、働かなくてもお金をもらえることによる「労働離れ」の危惧に対しては、税率と労働時間の弾性値から計算して、社会に大きなインパクトを与えるほどの労働時間減少は起きない、という試算も示している。
ここまで論理と数字で攻められると、原田=フリードマン型BIは完璧で隙が無いものに見えてしまうだろう。さて、それが本当に問題がないのか否かを考える前に、そもそも原田氏やフリードマンはなぜ、こんな形のBI制度を主張するのか、その背景に触れておきたい。
■背景には、市場の機能を高めるべきとの考え方
原田氏もフリードマンも、経済学の世界では「シカゴ学派」と目される人たちだ。彼らシカゴ学派の考え方を単純化して示すならば、「経済活動は市場に任せるべき」というものになる。余計なことを政府がするから経済の活性化が削がれるのであり、政府は規制緩和を進め、市場の機能を高めることに専念すべし、という。
だから、新市場主義もしくは市場万能主義とも呼ばれる(なみに、シカゴ学派の考え方をライフスタイルにまで組み込んだ人たちを俗にリバタリアンという)。
当然、シカゴ学派は、細々としたミクロ経済政策を嫌う。そうした施策を張り巡らせることで、たとえば利権や無駄が発生し、それが市場機能を弱め、富の偏在を生む原因になる。だから政策とは、ミクロではなくマクロで行うべきだ、と考える。
書中で原田氏は大規模なバラマキこそマクロ政策の本意とし、「広く薄く配るのがバラマキ」を推奨している。対して、個別的に大金を投入する裁量行政を最悪視し、その例として農業振興を上げている。いわく、様々な農業振興策として2.3兆円を積み上げ、それでも国際価格と比して1.8兆円も高い農産物を国民は購入させられ、それでいて農業総生産は4.9兆円にしかなっていない。
つまり、国民負担4.1兆円に対して生産規模4.9兆円というとんでもない非効率な市場を作り上げている、というのだ。それならば、その国民負担をすべて農家に補助金として、生産額に応じて「バラマキ」すれば、今以上の効率的な農業ができ、同時の行政サービスも軽減できる。絶対その方が効率的だ、という。
■東京一極集中を食い止められない現実
こうした政府の裁量的施策を嫌うリバタリアンの論調が分からないわけではない。たとえば、原田氏が排すべきとした「所得控除」は税の逆進性(富裕層の有利さ)や徴税手続きの複雑さ、など今でも問題を指摘する識者は多い。
また、失業対策や民生などのためにやっている中小企業対策や地域振興策には、首をかしげる類のものも多い。たとえば、UIターンや地域創生などは、第二次全国総合開発計画より40年以上も歴史があるが、それでいて世界的に類を見ない東京一極集中を招いている。
例を挙げておこう。年間10億ドル以上の収益がある大企業の本社数では、東京が613と他を圧倒し、2位のニューヨーク(217)の三倍近い数字。東京と比べて旗色の悪い大阪でさえ174でなんと世界第4位に入る。こうした大企業の収益合計額で見ても東京5231億ドルで2位のパリ(2785億円)の2倍にもなり、大阪もやはり8位にランクインする。いかに、地域創生やUIターンなど政府施策でうまくいかなかったか、が見て取れる。
■地元サービスが機能しているか疑問も
一方で、地方の民生費からは、高齢者に「マッサージ補助券」を支給している例や、結婚相談、街バル(飲み歩き)補助などなど、本当に必要なのかと思われる事業がいくらでもあげられる。そしてその多くが、議員や首長の手柄話として人気取りに使われてもいる。さらに言えば、そんな「地元サービス」を百出させたがために、住民の公共への要望は高まり、日本の公務員はその数に比して大量なる業務をこなさねばならないという、世界一忙しいパブリック・サーバントと化している。
つまり細々とした政策は、利権と無駄に直結するから百害あって一利なし、という原田氏の主張もある面、納得できるところではある。
こんな感じでお偉い識者のありがたきご託宣により、BIは天下の正道とも思われがちな今日この頃ではあるのだが、現実的にはここまで合理的に見えた原田型のBIでさえ全く成り立ちはしない。
その理由について、「行政サービス」と「税負担」の二つの側面から、見ていくことにしたい。
(雇用ジャーナリスト 海老原 嗣生)
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