↑ 民間債務と公的債務は全く違うということだ リスクオフ局面でのマネーの流れを見れば明らかな話 その典型が、最近で言えばトルコショックだ
2018年8月21日 真壁昭夫 :法政大学大学院教授 トルコショック、市場参加者が身構える「最悪のシナリオ」 トルコリラが急落し、トルコ経済は混乱している トルコリラが急落し、多くの金融専門家がトルコ情勢の展開を固唾をのんで注目している Photo:AP/AFLO トルコと米国の関係悪化は 世界経済にとって大きなリスク 現在、多くの金融専門家が、トルコ情勢の展開を固唾をのんで注目している。 8月10日、トルコが米国人牧師を拘束していることに対し、米国のトランプ大統領はトルコからのアルミと鉄鉱の輸入関税を大幅に引き上げた。それに対しトルコのエルドアン大統領は、米国人牧師の解放を拒否し真っ向から立ち向かう姿勢を示した。 米国とトルコの関係悪化から、トルコリラが米ドルに対して約20%急落した。そうした為替市場の混乱をきっかけに、多くの投資家がリスクオフのオペレーションを進め、株式・為替などの金融市場が世界的に混乱した。それを“トルコショック”と呼ぶ。 これまでトルコでは、エルドアン大統領の強権体制が強化されてきた。エルドアン大統領は金融政策にも介入し始めた。それは、トルコ中銀の独立性毀損を意味する。米国との関係悪化を受けたトルコからの資金流出圧力の高まりに、通貨防衛のための利上げが困難との見方が重なり、リラが急落したのである。 米国とトルコの非難の応酬は、互いを傷つけあうことになるだろう。トランプ大統領の強硬姿勢は世界の政治・安全保障・経済の基軸国家である米国への信頼感を低下させる。エルドアン大統領の強権体制は、資金流出やトルコの信用力低下につながる。 それは、世界の政治・経済情勢を不安定にさせる恐れがある。状況次第では、トルコ関連のリスクから欧州の銀行株への売り圧力が高まるなどし、世界的にリスクオフが進むこともあるだろう。今すぐ世界経済が混乱に陥ることは考えづらいが、米国とトルコの関係悪化は、世界経済にとって無視できないリスク要因と考えるべきだ。 今回の“トルコショック”発生の背景 ブランソン牧師をめぐる米国とトルコの対立 2016年7月、トルコでクーデター未遂事件が起きた。これに関与した疑いでトルコ当局に拘束されている米国人アンドリュー・ブランソン氏は、キリスト教福音派の牧師である。トランプ大統領にとって、キリスト教福音派の人々からの支持は、政権維持のための生命線といえる。トランプ氏はトルコのエルドアン大統領に、ブランソン氏の早期解放を求めてきた。そのために、トランプ氏はエルドアン氏からの要請に応えて、イスラエルで拘束されたトルコ人女性の解放に取り組んだのである。 エルドアン政権は、クーデター未遂事件の首謀者は在米イスラム教指導者のギュレン師と判断し、トルコへの送還を米国に求めているが実現していない。加えて、トルコの国営銀行ハルクバンクはイラン制裁を理由に、米国財務省から捜査を受けている。強権体制を敷きたいエルドアン大統領は米国の対応に反発し、ブランソン牧師を拘束し続けている。 この状況を受けて、トランプ大統領はトルコの内相と法相に制裁を科した。その上、トルコ産のアルミに20%、鉄鋼に50%の関税を課すことも決めた。それがトルコリラの急落につながった。トランプ大統領としては、トルコへの強硬姿勢を示すことにより中間選挙に向けた米国内での支持率引き上げを狙ったものとみられる。 トランプ大統領の強硬姿勢に対して、米国内の企業からは反論が出ている。関税引き上げは、パイプライン用の特殊鋼材をトルコ企業から仕入れている米国企業に打撃を与える。トランプ政権が各国に圧力をかける手段として関税引き上げを重視し続けるのであれば、米国企業の資材調達コストは増加し、業績が悪化する恐れもある。 また、共和党の牙城オハイオ州の補欠選挙では、当初、圧勝が予想された共和党候補が辛くも民主党候補に勝利した。それは、トランプ大統領の強硬姿勢への懸念が高まりやすくなっている兆候とも考えられる。 今後の“トルコショック”の波紋 世界経済は厳しい局面に トルコリラの急落=トルコショックから示唆されることは、エルドアン・トルコ大統領の強権的な政策運営には、大きなリスクが伴うということだ。 このまま、米国とトルコ両国の強硬姿勢が続くと、世界の政治・経済の状況は最終的にはかなり厳しい局面に追い込まれることが考えられる。その中でトルコが経済を安定させていくことは難しい。トランプ大統領が人気取り政策としての対外強硬策を強化する場合には、リスク回避からトルコリラへの売り圧力が高まり、トルコ国内ではエルドアン大統領への不満が高まると予想される。 それは、世界の政治・経済情勢に波紋を投げかけることになるだろう。 政治的には、追い込まれたトルコがNATO(北大西洋条約機構)の一員であるにもかかわらず、ロシアに近づく可能性がある。それは、世界情勢を不安定化に向かわせる要因だ。米国とその同盟国であるトルコの対立がさらに深まる場合、トランプ政権と距離をとる国が増えてもおかしくはない。それは、ロシアだけでなく、中国を勢いづかせることになるだろう。 また、経済面で見ると、既に金融市場では“トルコの次”が取り沙汰されている。経常収支が赤字であり対外債務のGDP比率が高いアルゼンチン、南アフリカ、インドネシアなどの通貨は、リラ安とセットで売られた。トルコリラへの売り圧力が高まりやすい状況は、新興国経済に大きなマイナスとなることが懸念される。 もう一つ見逃せないのが、トルコの政治・経済への懸念は、欧州地域の金融機関経営にもマイナスの影響を与えることだ。8月10日のリラ急落を受け、スペインBBVA、イタリアのウニクレディト、オランダINGなど、トルコ向けの債権残高が相対的に多い欧州金融機関の株価が下落した。それは、EU域内だけでなく、米国の大手金融機関の株価下落にもつながった。エルドアン大統領の強権重視姿勢は、リラへの売り圧力上昇だけでなく、新興国経済の悪化や欧州金融機関の不良債権問題などへの懸念を高めるリスク要因といえる。 今後の展開予想 「最悪のシナリオ」とは トランプ・エルドアン両者の強硬姿勢が変わらず、お互いに引くに引けない状況になることは、世界の政治・経済を不安定化させる可能性が高い。中間選挙を控える中、トランプ大統領は通商・外交面で各国に強硬な姿勢を示し、点数を稼ごうとするだろう。それがどの程度続くのか、先行きはかなり読みづらい。また、トルコのエルドアン大統領も、自らの強権を誇示するために、“やられたらやり返す”の発想で米国に対抗するだろう。 米国とトルコの関係は、一段と冷え込む恐れがある。その中で、最悪のシナリオが顕在化すると身構える市場参加者は、徐々に増えている。米国がトルコに対して一段と強硬な姿勢で圧力をかければ、トルコからの資金流出が加速するだろう。その影響は、新興国全体での株価、対ドル為替レート、債券価格の下落=トリプル安へと波及する可能性がある。それが現実のものとなれば、世界経済には無視できない下押し圧力がかかるだろう。その状況は、世界経済のメルトダウンというべき状況と考える専門家もいる。 今すぐに世界経済がこのような状況に直面するリスクは、抑制されていると考えられる。ただ、今後の米国とトルコの関係次第では、急速に先行き不透明感が高まり、世界経済の減速懸念が高まるという展開も排除はできない。 重要なポイントは、今のところ米国とトルコがどこで妥協しあうか、落としどころが見えないことだ。その見方から、多くの投資家がリスク回避を念頭に、“守り”の資金運用に方針を転換し始めたとみられる。それを示唆する動きとして、新興国株式のインデックスに連動するETFからは資金が流出し始めた。トルコショックを受けて、新興国通貨の為替レートの変動性(ボラティリティ)は急上昇し、2015年半ばから2016年年初にかけての新興国市場混乱期のレベルに迫っている。 それでなくても、世界経済は、秋の米国中間選挙、英国のEU離脱(ブレグジット)、米中の貿易戦争、中国経済の減速懸念などの不透明要因を抱えている。トルコショックの発生によって、それにもう1つ頭痛の種が増えたことになる。 (法政大学大学院教授 真壁昭夫)
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