■ 『from 911/USAレポート』第774回 「2018年『波乱の秋』3つのシナリオ」 ■ 冷泉彰彦:作家(米国ニュージャージー州在住) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ (冷泉彰彦さんからのお知らせ) <その1> もう一つのメルマガ、「冷泉彰彦のプリンストン通信」(まぐまぐ発行) http://www.mag2.com/m/0001628903.html (「プリンストン通信」で検索)のご紹介。 JMMと併せて、この『冷泉彰彦のプリンストン通信』(毎週火曜日朝発行)もお読 みいただければ幸いです。購読料は税込み月額864円で、初月無料です。 <お知らせ、その2> 『自動運転「戦場」ルポ : ウーバー、グーグル、日本勢 ── クルマの近未来』 (朝日新書、税込み853円)という本を出版いたしました。皆さまの議論の一助と なればと思っております。書店等でご覧いただければ幸いです。 http://mag.jmm.co.jp/39/13/310/148670 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■ 『from 911/USAレポート』 第774回 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 2016年の9月から10月にかけて、「もしかしたらヒラリーが負けるかもしれ ない」という見方が出始めていた頃の話です。当時のアメリカの株式市場では「トラ ンプが大統領になるかもしれない」という話題は、イコール「株安」につながってい ました。そして、「11月にトランプが勝ったら大暴落が起きる」ということが信じ られていたのです。 その頃、言われていたのは「トランプの勝利は、アメリカに取っての Brexit」だか ら、最低でも10%から15%の暴落は必至だろうというものでした。もっと具体的 には、当時の市場はヒラリー勝利を織り込んでいたわけですし、そもそも「NAFT A見直し」だとか「貿易戦争」といった「政策」というのは、グローバル経済に最適 化しているアメリカ経済を壊しかねないと思われていたからでした。 では、実際にトランプが当選したことで、株の暴落が起きたのかというと、そうで はありませんでした。反対に、株は上昇して行ったのです。きっかけは、2016年 11月8日の晩、当選確実の報道を受けて行った「勝利宣言スピーチ」でした。今か ら考えると、全く信じられないのですが、「分断から和解を」と訴える格調の高いス ピーチだったのです。 このスピーチを契機として、株価は一気に上がって行きました。実は、当確が打た れたアメリカ時間の8日の深夜(実際には9日未明)に、売買がされていた大きな株 式市場は東京だけで、その東京は「ヒラリー敗北悲観で暴落」していたのでした。と ころが、東京がクローズする前後でトランプの演説が出て、これを契機に上げに転じ たのは欧州市場だったのです。明けて9日のNYは全面高になったのでした。 この「和解のメッセージ」がどうして株高を招いたのかというと、そこには明確な 期待があったからです。それは「ドナルド・トランプ」というのは変人奇人として選 挙戦を戦ったが、それはあくまで勝利のための戦術であって、実際にホワイトハウス に入ったら、「普通の共和党大統領」として常識的な政治を行うのではという期待で した。 その期待は、しかしながら年が明けて2017年1月の就任式で一気に裏切られる ことになりました。就任演説で、事もあろうに大統領は「アメリカ・ファースト」と 二回叫び、しかも「アメリカ・ファースト・オンリー」という、あくまで自己流の政 策を貫くことを宣言したのです。 しかしながら、2016年11月に始まった「トランプ株高」は止まりませんでし た。理由としては、経済のファンダメンタルズが強くなって行く「めぐり合わせ」に あったということに加えて、規制緩和や減税といった「株高に通じる共和党流の判断」 への期待があったからです。その後、2017年夏にはヴァージニア州で発生した白 人至上主義者のテロ行為について、反対派デモとの「双方に非がある」という大統領 の発言が物議を醸しましたが、これも「経済には直接関係がない」ことから株には影 響を与えませんでした。 そして、2017年12月には早々に大規模な「トランプ減税」法案を、議会で通 すことに成功して、大統領は市場の期待感に応えたのです。その株価が初めて揺らい だのは、2018年の2月でした。この頃から「貿易戦争」宣言が本格化しており、 市場はこれに敏感に反応して行ったのです。では、株は暴落へ向かったのかというと、 一旦は大きく下げたものの、一進一退となりつつ、再び高値を追うようになって行き ました。 30社の平均に過ぎないNYダウ、ハイテク株に偏ったNASDAQではなく、も っと市場全体を代表する指標と言われるS&Pで言えば、現在の最高値は1月末の 2872ドルで、現在は2850ドルですから、戻り切るまであと一歩というところ まで来ています。この戻しですが、「雇用も消費も堅調で、ファンダメンタルズは依 然として強い」「大規模緩和からの連銀の出口戦略のさじ加減が絶妙」「中国との間 は最後には対決回避になるという楽観論」の3点セットで来ているのだと思います。 とりあえず8月13日から17日の週に関しては、そのような雰囲気で来ています。 今週は、トルコの「リラ・ショック」があり、株もそれなりに動揺しましたが、16 日の木曜日に大きく戻したのは、あくまでこの3点セットが強固だということが言え ます。 とりあえず8月17日の現時点では、アメリカ経済と市場の状況はそんなところで す。では、この先、秋口以降もこの3点セットのような「バランス」が効いて、アメ リカの経済と市場は安定が続くのでしょうか? この秋、2018年の9月というのは2008年のリーマン・ショックの「10周 年」になります。早いものだという感覚もある一方で、この10年間でアメリカ社会 も、そして世界も一変したことを思うと、何とも複雑な感慨を覚えます。そんな、こ の秋ですが、構造的に考えてみて、「波乱」が起きるのは避けられそうもありません。 とりあえず、3つのシナリオを検討してみたいと思います。 1番目は、トランプ政権が安定し、株価も安定、アメリカの政治・経済・社会がこ の秋を無難に乗り切るというシナリオです。そのためには、次のような条件が必要で す。 (1)景気の暗転が起きず、また連銀が年内の利上げを「上げ過ぎず、据え置き過ぎ ず」の絶妙な判断で乗り切る。 (2)そのためにもトルコの「リラ不安」は早急に収拾がされ、欧州の金融機関の動 揺も軽微、また難民の欧州への押し出しも回避される必要がある。 (3)政権の「ロシア疑惑」は、側近のマナフォート、フリンなどの有罪で「手打ち」 となりトランプ家からは有罪になる人物は出ない。 (4)中国との通商戦争も9月一杯で解決し、11月のブエノスアイレスG20サミ ットには「しこり」を残さない。 (5)景気の安定ということ、また民主党サイドの「過度の左シフト」の結果、11 月の中間選挙では、上下両院とりわけ下院において共和党は過半数を維持する。 (6)その結果、大統領の弾劾裁判は成立の可能性が消滅する。 この6点は、相互に関連があると見なくてはなりません。例えば、(3)のロシア 疑惑がどんどん深刻化した場合には、「トランプ劇場」の演出はより過激化して、支 持者を「面白がらせる」必要が出て来ますから、トルコや中国との和解は難しくなり ます。問題を思い切り「こじらせ」た上で、敵味方の峻別を濃厚にして行く必要が出 てくるからです。一方で、リラ不安や米中通商戦争の激化ということになれば、市場 は持たないでしょう。 2つ目のシナリオは、「株安が先」というものです。アメリカ経済のファンダメン タルズは強いと言われています。例えば、大規模小売のウォールマートは史上最高の 決算だというのですが、私にはそれがちょっと引っかかるのも事実です。廉価品中心 のウォールマートが大きく伸びたというのは、消費センチメントが「どこか冷え込ん できた」兆候なのでは、という疑念も少しあるからです。 ウォールマートについて言えば食料品が売れているというのですが、乾物はPBも 含めて悪くないのですが、生鮮品は質的に相当落ちるので、それが売れているという のは、あんまりいい感じがしません。見方として、インフレからの生活防衛という範 囲であれば許容もできるのでしょうが、私が気にしているのは、それこそ今から10 年前、リーマンショックの闇が全米を包んでいた時、かなり良い身なりをした客層が ウォールマートに殺到していたという異様な光景です。 もしかしたら消費のセンチメントが下がってきているのでは、そんな感覚があるの です。航空会社も史上最高の決算というのですが、国内線に乗って大空港の賑わいな どを見ると、春先に比べて、夏場の勢いはどうも今ひとつのような感じがしてなりま せん。ネット広告にしても、SNSにしても収益ということでは、伸び悩みの時期に 来ている感じもします。 そんな中で、仮に9月に連銀が「強すぎる引き締め」に動いた場合、あるいは「ト ルコのリラ問題」の長期化に市場が耐えられなくなった場合に、それこそ「リーマン ・ショックの10周年」を契機として、市場と景気、雇用が大きく動揺するかもしれ ません。 そうなると、それこそ2008年の大統領選の再現で、9月から11月へと一気に 政権与党がモメンタムを失って、今年の場合は中間選挙における共和党の大敗という ことになる可能性もあります。 3つ目のシナリオは、「選挙の敗北が先」というシナリオです。景気も株も「だま しだまし」行って、11月まで大破綻は回避できた、だが、選挙で共和党は大敗して しまい、そこからダラダラと問題が深刻化、という流れです。 この順番は最悪です。というのは、仮に「直前まで共和党優勢」で「蓋を開けてみ たら大敗」ということになると、そのショックが大きいだけではありません。民主党 は、直ちに「大統領弾劾」のプロセスに進む可能性が大きいのです。ちなみに、弾劾 裁判の発議つまり「起訴」というのは下院の司法委員会の決議を受けて下院本会議で 行うので、下院の多数を民主党が取っていれば「できて」しまいます。また上院での 可決には「3分の2」という高いハードルが設定されているのですが、共和党議員の 中にも弾劾に「賛成」という票が出る可能性があり、下院さえ通れば弾劾まで行く可 能性はあると思われます。 ただし、この大統領がアッサリ辞任するとは限らず、ダラダラと「弾劾のドラマ」 が続くようですと、政治も経済もボロボロになる危険があると思います。更に言えば、 弾劾成立の場合も、大統領辞任の場合もペンス副大統領の昇任ということになります。 その場合に、ペンスとしては「トランプに恩赦を与えない」という冷酷な判断を下し て、トランプ政治を完全に断ち切り、実現可能な範囲での政治、つまり通常の共和党 的な政権運営をしっかり行えるのかが問われます。 そこでペンスがウロウロするようですと、弾劾成立の勢いで民主党が更に勢いを増 す、けれども民主党は対立エネルギーの上で突っ走るので、「左シフト」がどんどん 強まり、国民皆保険、最低賃金一律15ドル、移民への市民権付与、労働者の権利拡 充といった政策に突っ走って、市場はこれを嫌い、経済が立ち直らないという可能性 もあるでしょう。 反対に、2番目のシナリオのように、早めにトランプ経済が崩れ、トランプ政治が 行き詰まる、その場合は、同じように弾劾騒動にはなるでしょう。ですが、民主党に は「政権運営への真剣な覚悟」が問われますから、実現可能な政策、つまり「頭を冷 やして、やや中道」という姿勢が取れるかもしれません。3番目のシナリオの場合は、 世界経済への影響も含めて、問題は大きくなりそうです。 株価と景気ということだけで言えば、第1のシナリオ、つまりトランプが「狭いゾ ーン」の中で現実的な判断をして、中間選挙にも勝ち、なし崩し的に「ようやく常識 的な政権」に移行してくれるのが一番いいのですが、その可能性はかなり低いように 思われます。 となると、株安が先で選挙敗北がその結果となる「早めの変化」シナリオが「まだ マシ」であり、ダラダラこのまま進んで選挙で大敗、そこから株と景気のクラッシュ が始まって、弾劾騒動でそれが悪化しつつ長期化するというのが「最悪シナリオ」と いうことができると思います。いずれにせよ、リーマン・ショックの「血の底が抜け るような」経験から10年、この2018年の秋も、アメリカの政治経済は波乱含み と言えそうです。 ------------------------------------------------------------------ 冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ) 作家(米国ニュージャージー州在住) 1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大学大学院(修士)卒。 著書に『アメリカは本当に「貧困大国」なのか?』『チェンジはどこへ消えたか〜オ ーラをなくしたオバマの試練』『場違いな人〜「空気」と「目線」に悩まないコミュ ニケーション』『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名 門大学の合格基準』『「反米」日本の正体』『トランプ大統領の衝撃』『民主党のア メリカ 共和党のアメリカ』『予言するアメリカ 事件と映画にみる超大国の未来』 など多数。またNHK-BS『クールジャパン』の準レギュラーを務める。 近著は『自動運転「戦場」ルポ : ウーバー、グーグル、日本勢 ── クルマの近未来』 (朝日新書) http://mag.jmm.co.jp/39/13/311/148670
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