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妻の家事を1日2時間減らすと、生涯年収が2億円増える理由
http://biz-journal.jp/2018/04/post_23078.html
2018.04.21 取材・文=小野貴史/経済ジャーナリスト Business Journal
近年ではダイバーシティ(多様性)への取り組みを掲げる企業が多いが、なぜ企業にとってダイバーシティは必要なのか。また、育児中の女性が働ける環境を整備することが、企業の成長にとっても、どれほど重要なのか。『働く女子のキャリア格差』(ちくま新書)の著者で、育休中の会社員のスキルアップや復職支援をする「育休プチMBA」代表の国保祥子氏(博士・経営学)に話を聞いた。
――一時、ダイバーシティが流行語になりましたが、本来、実力主義である人事に年齢、性別、国籍は関係ありません。企業において女性の戦力化が進むなか、ダイバーシティは企業経営にどのような効果をもたらすのでしょうか。
国保氏(以下、国保) 同質性の修正です。これまでの産業界は男性が多く同質性の高い組織で成り立ってきましたが、女性の戦力化によってそれが薄まります。同様に、女性「だけ」でもやはり同質性が高い組織になりますので、男性が加わることで多様化が進みます。
男女という性別の多様性をダイバーシティと呼ぶことは多いのですが、経営上で必要な多様性は、能力とスキルのダイバーシティです。年齢、性別、国籍などのダイバーシティは目的ではありませんが、能力とスキルのダイバーシティを目指せば、おのずと年齢や性別、国籍などの多様化もあがっていくのです。
――女性の特性について、こんな話があります。信用調査会社の調査担当者から聞いたのですが、女性の経営者は男性に比べて手形決済よりも現金決済を選ぶ傾向が強いため、倒産率が低いと。それだけ堅実なのではないかと推察できるというのですが、国保さんの見方はいかがでしょうか。
国保 まず女性経営者と男性経営者では、N数(サンプル数)が違いすぎます。働く女性のごく一部である経営者をピックアップして、男性経営者と比較することが果たして適切なことなのでしょうか。経営学者の間で男女の特性の違いが議論されることはありますが、その違いが生物学的な要因など先天的なものに由来するのか、それとも社会環境など後天的なものに由来するかについては、明確なエビデンスを出すことは難しいのです。したがって、経営学者として男女の違いに言及することには慎重にならざるを得ません。なお私は「女性」を取り上げて研究していますが、これは産育休という産む性である限り回避不能なキャリアのブランクが存在することが、キャリア観に与える影響に注目しています。
――育児中の女性にとって働きやすい職場にするには、育児と両立できる固有の業務モデルの設計が必要なのかなと思います。『働く女子のキャリア格差』で取り上げたロート製薬、ユニリーバ・ジャパン、クラシコムでは、そうした業務モデルが設計されているのでしょうか。
国保 いえ、業務モデルの問題だけではないと思います。この3社に共通しているのは、なぜダイバーシティが経営戦略として必要であるのかを理解していることです。個人の人生を尊重するという考えはもちろんですが、それ以上に、働き方の多様性を確保すれば個々人の能力を引き出せて、それがひいては自社の成長につながることを経営陣が理解していることです。そのために環境を整えているのであって、3社とも多様性の確保を競争戦略として取り組んでいます。
――レナウンが、子育てをする販売員を応援する同僚の販売員を「ほほえみサポーター」として、月3000円の手当を支給する制度の発足を発表しました。子育てをする販売員は気兼ねなく同僚に仕事を頼めるようになると思いますが、このような制度も働き方の多様性にとって有効なのでしょうか。
国保 レナウンさんの制度については承知していませんが、私は育児中の女性に限定した制度運用はあまり勧めていません。独身社員がお稽古事にいくときにも使えるような制度にしないと、育児中の社員しか優遇されないという不満が社内でたまってくるからです。ユニリーバさんのフレックス勤務制度や在宅勤務制度は、育児中の社員だけでなく、誰もが利用できる制度になっています。
――育児中の女性に限定すると、「短時間退社は周囲の社員に申し訳ない」という感情が膨らんでしまうのですか。
国保 申し訳ないという気持ちになってしまうこともあるでしょうし、さらに「育児は女性がするもの」という考えが強化されてしまいます。そうなると、育児のために早く帰りたいと思う男性社員も逆に帰りにくくなってしまいます。「男性のくせに」というような空気になってしまって帰れなくなり、その結果、女性だけに育児の負担が偏っていきます。
――働き方の多様化が進んで、サテライトオフィス、在宅勤務、短時間勤務、副業の解禁などが拡大すると、会社員も自営業者に近い就労形態になっていくという見方もできるのでしょうか。
国保 おそらく会社もいずれ個人事業主の集団のようになっていくと思います。だから、さぼっている社員にとっては辛い環境になるのではないでしょうか。出勤時間や副業を自由にするには、明確な成果指標が必要です。例えば大学教員の場合、大学によって違いはありますが、論文の提出件数や書籍の執筆点数など明確な成果指標が設定されています。たとえ365日出勤しても、論文や書籍で成果を出さなければ評価されません。成果指標が明確であればあるほど、働き方の多様性を認めやすくなると思います。
■育児と両立できる職場づくり
――高学歴の大卒女性が、あえて一般職として就職する傾向があります。今年メガバンクに一般職で就職する大卒女性に聞くと、一般職を選ぶのは決して少数派ではないと言われました。何が背景になっているのですか。
国保 大卒女性が一般職を選ぶのは、結婚して出産した後も長く働き続けたいと考えているからです。彼女たちは、総合職よりも負荷が低い一般職のほうが長く働き続けられると考えているのです。
――決してモチベーションが低いわけではないのですね。
国保 そうです。働くという意味でのモチベーションは高いのです。しかし、多くの大卒女性は総合職と育児が両立するというモデルを知らないので、一般職のほうが両立しやすいだろうと思うのではないでしょうか。
――総合職で活躍できる女性があえて一般職で働くことは、企業にとっては損失です。
国保 そう思います。午後5時に帰れる職場をどんどんつくれば、彼女たちは総合職を選ぶようになると思います。ユニリーバさんやクラシコムさんはそのことに気づいているから、育児と両立できる職場にしているわけです。例えばクラシコムさんの女性社員採用試験の競争率はかなり高いのですが、それは残業がなく育児と両立しやすいからです。
――一般職として就職した大卒女性、実際に長く働いているのでしょうか。
国保 一般論として、一般職として長く働くというキャリアプランは存在するのでしょうか。通常、一般職のキャリアは30代で頭打ちになります。何十年働いても給料が上がらないというコースの選択は、はたして自分の求めていたものなのかという問題に直面するかもしれません。
――スウェーデンでは女性議員の比率が45%ですが、こういう国では日本に比べて育児中の働く女性が多そうです。
国保 子育て期の女性が離職をして労働人口が減少することを示す現象に「M字カーブ」がありますが、日本以外の先進国にはM字カーブがありません。子育て中の女性も働き続けるので、カーブに谷がないのです。子育てを理由に離職するという日本企業のあり方が異常なのです。他の先進国では子供を産むことは離職の理由になりません。
■育休後に復職して評価が上がる?
――国保さんが育児休業中の女性などを対象に主宰している「育休プチMBA」についてお尋ねします。受講者数はどのぐらいですか。
国保 のべで4000名以上を超えました。会社から費用を出してもらって通う方もいらっしゃいます。
――全国何カ所かで運営しているのでしょうか。
国保 基本は東京ですが、スポットで静岡、大阪、栃木、今年1月はジャカルタで開催しました。
――育休プチMBAに通う人たちの勤務先は、どんな評価をしていますか。
国保 個々の評価は詳しくはわかりませんが、ヒアリングした限りでは、勉強会に対する評価は高いです。本人がマネジメントを学ぶ機会をつくることで、育休から復職する方と会社の橋渡しになっていると思います。
――運営資金を補助してくれるような会社はないのですか。
国保 会社から勉強会への補助はありませんが、受講料を会社の負担で通っている人はいます。また、現在は研究プロジェクトで19社に協力をいただき、受講生を募ってデータを取らせていただいているのですが、多くは勤務先が受講料を負担しています。
――どんなデータを取っているのですか。
国保 教育のビフォー・アフターにおける変化、復職の前後の意識に関するデータです。私たちは、育休プチMBAを受講することによって復職後のミスコミュニケーションが減って、育児をしながら活躍し続けられる、そのために必要な意識変革を教育によってもたらすことができるという仮説を立てています
特に、受講後は、意識が変わることで受け身ではなくなるだろうと考えています。勤務時間に制約があることで受け身になっていく人が多いのですが、それでは早々に意欲を失ってしまいます。時間に制約があるからこそ、自分から積極的に仕事を取っていく姿勢が働きやすさと評価を決めると考えますが、そういう働き方ができるように意識の変革が見られるだろうと予想しています。
――育休明けに能力がアップしているわけですね。
国保 はい。育休プチMBAに通ったことで、復職後に評価が上がった人は結構いらっしゃいます。プログラムは育休中の方に特化して作成していますが、内容は独身の方や学生にもお勧めです。ただ、時間と危機感がないとなかなか勉強に取り組めないものですが、育休中には時間と危機感がありますよね。その意味で、タイミングとして育休中は勉強には理想的だと思います。
――育休プチMBAで受講した人たちには、復職後に昇進しているケースも多いのですか。
国保 受講者たちは、昇進意欲が高いから勉強会に参加するというより、復職後の不安を解消したくて参加している人が多いですね。ただ復職後に成果を出しやすくなるので、結果として昇進しているケースは少なくありません。それから、勉強会で受講した後に旦那さんとの関係が良くなったという例も結構聞きますね。勉強会では、ある事象について上司がこう見るけど、部下はこう見るという多面的な視点を学びます。夫婦関係においても、ひとつの事象を多面的に見ることができるようになって「夫の言っていることも、わからなくはない」と歩み寄れるようになれるのです。
視野が狭いから夫に対する不満が溜まったりするわけです。「夫がこういう行動を取るのも彼なりに合理性があるので、そこを評価する」という考え方を持てば、夫婦間のコミュニケーションも良くなっていきます。多面的な視点や視野の拡大は、家庭においても必要だと思います。
それから男性に対して申し上げたいのですが、妻がフルタイムで働き続けると生涯収入が2億円違ってきます。宝くじを買うよりもよっぽど大きなお金が確実に手に入りますが、そのためには、妻の家事時間を減らすことが必要です。妻が家事育児に費やす時間を1日2時間減らすことができればフルタイムで働き続けることができますので、2時間分を夫が手伝うか、アウトソーシングすれば、妻の世帯生涯年収が2億円プラスになるわけです。“働く妻のサポート”は最高の資産運用方法だと思いますね。
2億円の差は子どもの教育資金にも大きく影響します。出産後もキャリアアップを実現できていれば、教育資金の目処がついているため、第2子、第3子の出産をあきらめる必要もなくなります。
――少子化に歯止めをかける力にもなり得ますね?
国保 なると思います。会社が育児と両立する就労環境を整えて、夫が妻の家事を2時間減らすことができれば、少子化と労働力不足という2つの問題に対処できるようになると思います。
(取材・文=小野貴史/経済ジャーナリスト)
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