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野嶋剛が読み解くアジア最新事情
親日的な台湾の住民投票がなぜ、食品輸入規制の継続を可決したのか
2018/12/26
野嶋 剛 (ジャーナリスト)
台湾で先ごろ行われた統一地方選にあわせて実施された住民投票において、福島県など周辺5県の食品輸入に関して禁止を継続する提案が可決した問題は、日本にも大きな衝撃を与えた。日本側は科学的な根拠をあげて安全性をアピールしており、欧米やアジアの大半の国では輸入制限がすでに解除されている。なぜ日本に友好的と思われている台湾で、しかも、対日関係重視を掲げる民進党政権下で、この問題が長く尾を引き、住民投票での拒否という事態に至ったのか。
2016年12月25日、日本食品の輸入緩和策に対する台湾での抗議デモ(写真:ZUMA Press/アフロ)
多くの台湾人が「輸入規制の継続」を支持するこれだけの理由
まず第一に、日本人として押さえておきたいのは、この問題が、日本が起こした福島原発事故によって、海外の人々に放射能汚染の被害が及ぶ「恐れ」を生んだ、という点にある。あくまでも日本人は「迷惑をかけた側」なのだ。
第二に、台湾の世論において、輸入規制の継続は民意の多数であるという点だ。今回の選挙から台湾では法改正で住民投票のハードルが下げられ、10項目で投票が実施されたが、「福島など5県の食品輸入を禁じる規制を継続する」というこの項目は77.7%という高率で賛成票を集めている。
台湾は島国で海洋汚染への関心がもともと高い。中国大陸からの大気汚染の伝播にも悩まされている。日本への関心が強いので、日本情報の伝達の密度も極めて高い。そのため、福島原発事故で、台湾社会は日本並みかそれ以上に安全問題が社会不安を引き起こした。
台湾は近年食品の不正事件が相次ぎ、食の安全に対する意識が高まっている。「安全基準を十分にクリアしている」「世界各国もほとんどが輸入を認めている」と日本や国内の賛成派がいくら説得しても、世論の大勢は動かない。これを非合理的だと批判するのは簡単だが、特定の問題において「嫌なものは嫌」という理屈を超えた固執は、しばしばどの国にも見られることだ。
通常、そうした自国特有の論理は、「外交関係の重要性」「国際社会の常識」「国際ルールの遵守」などによって次第に国民が説得されるプロセスをたどり、「望ましくないが、受け入れもやむを得ない」という感覚が醸成される。
ところが、台湾の場合は、1971年の国連脱退以来、長く国際社会から隔離されており、国家利益を鑑みて国民感情の妥協を強いられる機会があまり多くなく、こうした問題への対処に慣れていない。例えば、台湾では、日本側が食品問題に関し、台湾が加入を望んでいる環太平洋経済連携協定(CPTPP)の取引材料にしているとの批判があるが、いささか虚しい反応である。
CPTPPは日本主導で実現したので、日本は確かに台湾加入をサポートする交渉力を有するだろう。しかし、中国から文句を言われるとわかっていながら、各国をひとつずつ説得するだけの信頼性を、いまの蔡英文政権に持てというのが無理筋だ。外交はギブアンドテイクでもあり、相互信頼のなかの助け合いでもある。そのあたりの相場観が、台湾の政界には今ひとつ弱い。
加えて、若い民主主義の台湾社会は極端なまでも「民意中心」の社会である。メディアの自由な活動が保証され、政治的には民進党と国民党との間で常に激しい対立状態にある。そこでは、民意に過剰なまでに配慮する政治的判断が最優先される構造を持っている。
民進党の敗因にもなった蔡総統の「不作為」
こうした状況のなかで、どうしても実現したい政策課題であるなら、リーダーが勇気をもって決断するしかない。もちろんそこにはリスクがあり、リターンもある。結果として、対日関係の改善というリターンに対して、蔡英文総統はあえてそのリスクを取ろうとしなかった。彼女のコンセンサス重視の個性が、逆に決断力に欠ける形で裏目に出てしまったのである。
政権発足当時の2016年の時点では支持率も高く、規制を解除するチャンスもあった。しかし、蔡総統は住民向けの「公聴会」という民意に配慮する方法を選んだが、反対派の乱入などで大荒れになってしまい、そのまま恐れをなし、この問題に手をつけなくなった。
この蔡英文政権の中途半端な姿勢は、今回の住民投票にも見られた。この提案が出された時点で成立は不可避と想定でき、その成立が、日本側の「ボトムライン」を超えてしまうことはわかっていたが、不作為といっていいほど対策を講じることはなかった。
11月24日、党首を辞任することを表明した民進党の蔡英文総統(写真:ロイター/アフロ)
その結果として、河野外相によるWTO提訴の可能性とCPTPP加入困難の意思表面につながっていく。私の知る限りでは、台湾に好意的な安倍政権は日台関係の重要性に鑑みて、こうした強硬なコメントを長く抑制し、同様の問題を抱える韓国とは別扱いにしていたが、忍耐も限界に達した、というところだろう。
蔡英文総統は、民進党のなかで対日関係に興味を示さない珍しいタイプの政治家である。対米関係と対中関係に関心が強い一方、日本への知識は多くなく、ツイッターなどで日本の災害に関心は示すものの、形式的な対応の域を超えない。彼女の内心を測ることはできないが、周囲の期待ほど日本を重視しなかったのは確かだ。日本の外務省・官邸にも失望感が広がり、台湾で日本との関係強化を熱望する独立派の不満も招いた。李登輝元総統と蔡総統の関係も冷え切った状態だ。この住民投票を提案した国民党も党全体が反日というわけではないが、日中戦争で日本と戦った経験を有する政党であるため伝統的に対日観は厳しいうえ、台湾では日本叩きがイコール民進党叩きになる構図があり、次期総統選での政権奪還に向けて、野党として世論の支持のあるこの問題をとことん利用したい構えだ。
蔡総統は結果として、対日問題において、身内のはずの台湾の独立派や親日派から批判され、敵の国民党からも攻撃される板挟みの苦境に陥った。「どっちつかず」の姿勢はほかの内政問題でも共通しており、今回の民進党大敗の大きな要因となったと私は見ている。
日本の政治家の間で失望が広がったワケ
日本にとって、台湾の輸入解禁がもたらす経済的メリットは大きくない。もし早い段階で諦めていたならば、日本側も別の発想ができただろう。しかし、台湾政府は過去の馬英九総統時代も含めて、公式・非公式に日本側へ解禁の考えを伝えていた。「ダメなものはダメ」と最初から日本に伝えておけば、反応もまた違ったはずだ。
なんといっても自民党は伝統的に地方政治家の影響力が強い政党であり、東北・関東の政治家は、食品輸入の解禁に情熱を燃やしている。台湾がここまで待たせたうえに、住民投票までやって駄目押しするなら、それは友好的態度とは言えないという日本政府の反応は理解できる。
「忘れる」という選択肢しかない日本
もちろん、話は最初に戻るのだが、これは日本側が迷惑をかけた立場から謙虚にお願いしていくべき話で、頭ごなしに台湾の態度を批判するのは好ましくない。日本政府や国会議員の間にも、台湾は親日的、民進党は日本に友好的という「想像」に甘えて、この問題に対する台湾社会の拒否反応の強さを正しく理解しなかった甘さがあり、その意味でボタンの掛け違いがあった。
台湾は年間400万人以上の観光客を日本に送り込んでくれるインバウンドの支え手でもある。そして、東日本大震災で日本に対して他国を圧倒する200億円という民間支援を届け、日本人の心を励ましてくれた。民進党政権の誕生で、日台関係の発展が期待されていたが、この食品輸入問題が「喉に刺さったトゲ」として関係者を動けなくしているのは残念なことだ。
住民投票の結果、台湾で何か新たな規制が発動されるわけではないが、当面は政府の行動をより強く縛ることになる。だから、これはもう当分「食品輸入問題は忘れる」という選択肢しかないだろう。いつか何年かして世の中の流れが変わったところでまた考えればいい。日台の政府間で大きな業績をあげることはしばらく難しいが、幸い日台関係の相互感情はいい。小さな成果を積み上げながら、民間を中心とする日台交流のさらなる発展につなげていくことは可能である。
特集:台湾統一地方選挙2018
http://wedge.ismedia.jp/articles/print/14894
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