横溝正史をNHKがこのタイミングで特集しているのが引っかかる イシュタール=ISIS そのISISが殺害したロシア兵の臓器を貪り食うという カニバリズム演出はこのイシュタールの正体を元に企てたものであろう プーチンのロシアを中東発第三次世界大戦に引きずり込むために 行われたプロパガンダ作戦であったことも間違いない 日本でもそうしたカニバリズムが古く行われていたそうである 死者の肝を争奪するという祭りが行われていたという話も伝わっている 横溝正史の小説を映像化するにあたり オカルト的な側面を敢えて強調したのはもちろん あの映像には非常に不気味な影響力のあるサブリミナル効果が埋め込まれている 因みに横溝正史は今回豪雨災害で甚大な被害を被った岡山県の真備に疎開している そうであるhttp://jesusadvent.net/archives/1031609494.html 神は人間の生贄を要求しませんが、天から堕ちた堕天使たちが、神のふりをしてふるまったのです。彼らは神に成り代わって、幼 児の生贄や売春などを要求し、人々に神を誤解させました。こうした人間の道から外れた要求は、人々の心を腐敗させ、堕落させ ていきました。その結果、フェニキア人は他国から次のような評判であったと言います。 彼らは信頼できないペテン師で、あこぎな商人だった。平気で悪いことをする金の亡者だった。無力な人間をかどわかして売り飛 ばし、娘に売春をさせ、自らの神の機嫌をとるために幼子を虐殺する無節操で道徳的に腐敗した人種だった。策略家や陰謀家とい ったフェニキア人のマイナスイメージは、現代の俗語のなかにも残っている。”イゼベル”というのは心底恥知らずな性悪女とい う意味だが、じつはテュロスの王女の名前なのだ。 外見は絢爛豪華で他国から慕われるほど技術力と経済力を持っていたフェニキア。しかしその内側は悪魔崇拝によって心をサタン に掴まれてしまっていたのです。 人の命を愛する神はよほどのことがない限り、裁きで人の命を取るようなことはしません。しかし、人々の暴虐が満ちる中、神は この町に裁きを宣告せざるをえない、そのような状況でした。エゼキエル預言者を通して次のように裁きを予告しました。 http://jesusadvent.net/archives/1044535422.html エノク書の記述より、この「ヒッタイトの神々」は堕天使が神になりすましていたものと推測されます。堕天使は神になりすまし 、人間から数々な捧げものを受け取った後、知識や地位や名誉などを与えて、一部の人間に支配させます。 ヒクソスの考え方は違う。神とは「自らの願望を実現する存在」と割り切り、もっといえば「神とは自分が作り上げるもの」とす ら考えていたようなのだ。 ヒクソスにとっての神とは、ほかの奴隷民族に自分たちを神と信じ込ませて、支配するための道具。そして神の聖性は自分たちの 「知恵と力」で作り出せばいいと考えていたようなのだ。 ヒクソスの神は山羊の頭、二本の尾を持っていた。その姿は、こんにちでいう「悪魔(サタン)そのものだ。よほど彼らにとって 大切だったのだろう。エジプトを征服していた時代、この神をエジプト人が信じてきた「セト神」と融合させ、最上級の神と決め ている。その「セト」という言葉が「サタン」(悪魔)という名前の由来となっていく。 ヒクソスは自らを「神」とする宗教観を持ち、それゆえに科学技術に長けていた。神となるには、神にしかできない技術が必要と
なる。それを実現するには「知恵」が必要と分かっていたからである。そのヒクソスの神の業の一つが、先に紹介した複合弓だ。 当時の人からすれば、とんでもない威力の弓は、まさに神の力であったことだろう。自らを「神」、あるいは、その神の代理人「 ファラオ」と位置づけてきたヒクソスは、もともと遊牧民なので、自分たち以外の人間を「家畜」とみなすようになる。その家畜 を管理する技術、あるいは道具としての人々の信仰心を利用する。それが民族としてのヒクソスの帝王学なのだ。彼らが神を冒涜 する行為を平然とできるのは、もともと神など「道具の一つ」と考えているからだ。 このヒクソスがやがて東欧圏に進出し、ハザールであり、サバタイの源流となりました。アシュケナージユダヤ人と言われる人々
は次第にヨーロッパ中へと広がっていきました。 現在の世の中は、ロスチャイルド、ロックフェラー、バチカン、エリザベス女王などの支配者たちが支配していると言われます。 その裏には太古の歴史から悪魔崇拝者がおり、彼らが崇拝している神々は、神に成り代わった堕天使たちです。堕天使は、人間の 欲望と結びついて、人間が生け贄などの捧げものを捧げる代わりにお金を与え、知識を与え、武器を与え、魔術を与えてきました 。つまり、悪魔も人間に悪魔の祝福を与えます。 人を打ち負かし、誰かの上に立ち、人の注目を集める力を得て、誰かを支配したい、そのような心の欲と、悪魔は密接に結びつい ています。悪魔は多くの人間の考える力を奪い、一部の人間に他の人間を恐怖で支配させ、画一化させます。これは非常に巧妙に 行われ、民族全体が騙されています。悪魔は光の天使に偽装する、ということは多くの人が知ってはいますが、自分は騙されない と思いつつ、多くの人が悪魔の罠にかかってしまっているのです。 実際の神が、人間を個性的にさせ、愛でつつみ、束縛から自由にするのとまったく逆の方向へ人間を導きます。 悪魔の目的と神の目的は真逆です。自分がどちらの方に向かっているのか、絶えず心の点検をしていく必要があります。 http://jesusadvent.net/archives/1043214861.html
この人間の生け贄を求める「神々」が悪魔でなくてなんでありましょうか。
最も恐ろしいことは、ケルト人全体が、この悪魔を神だと思って崇拝させられていたことです。ドルイドたちは神に喜ばれようと しながら、騙されて悪魔の手助けをしていたのです。悪魔の仕業だと気づかせないことが悪魔の最大の手口です。最終的にその神 々(悪魔)が求めているものは、人間の生け贄、生き血、人肉食、幼児の生け贄という残虐極まりない行為によって人の精神を破 壊し、人々に争い、殺人を起こし、神を不信させ、破滅へと導いていくことが悪魔の狙いです。
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