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大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星14(Hwasong 14)」発射実験の成功を喜ぶ北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン、Kim Jong-Un)朝鮮労働党委員長(右、2017年7月4日撮影)。(c)AFP/KCNA VIA KNS〔AFPBB News〕
北朝鮮のICBMで米国は「日本」を守れなくなる 米国の拡大抑止が効かない日がすぐそこに
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/50444
2017.7.11 森 清勇 JBpress
誤解が日本人に楽観を生んでいる。
北朝鮮が初めてICBM(大陸間弾道ミサイル)の発射実験に成功した。これを北朝鮮がどれくらい重視しているかは「特別重大報道」として発表したことから分かる。
米国防総省などは5500キロ以上の飛翔能力を有するICBMとしたが、再突入技術は実証されておらず、核搭載できる能力も示されていないとして「米国への脅威は限定的」との認識を示した。
またジョンズ・ホプキンス大学の研究グループは、2年以内にICBMが実戦配備される可能性があると示唆した。ここでいう可能性とは、小型化された核弾頭を搭載し、命中精度が高く、米本土の主要都市を攻撃できる射程のICBMのことである。
従って、2年というのは米国(本土)にとっての猶予期間である。また、この期間に米国が迎撃態制を確立しても、北朝鮮のICBMに睨まれている限り、広島の百倍、千倍の被害さえ予測される状況下で、自国の被害を度外視して日本への拡大抑止を果たすであろうか。
時間とともに、米国はますます窮地に立たされ、「安保条約5条」は機能しないことが危惧される。
■7月当初に日本は何をしていたか
都知事戦が行われた7月2日、中国の軍艦が津軽海峡で1時間半にわたって領海侵犯した。津軽海峡は領海とすることもできるが、日本は領海幅を狭く設定して、中央部を「国際海峡」として開放している。中国の情報収集艦は何を収集していたのだろうか。
中国は英国と合意した香港返還条件の一国二制度を一方的に反古にし、また南シナ海では仲裁裁判所の裁定を無視して埋め立てた人工島の一層の軍事基地化を進めている。
東シナ海の日中中間線付近では、日本とのガス田合意を無視して施設の建設と試掘を続けており、国内では山林やレジャーランドなどの買い占めを進めている。
同4日には北朝鮮がICBMの試射に成功し、「特別重大報道」として発表した。明らかに米ドナルド・トランプ大統領が執ってきた軍事的圧力には屈しないとの意思表示であり、大きな意味を有するからである。
7月初めの数日間、中朝が日本に大きな影響をもたらすとみられる動きをしたにもかかわらず、日本では取り立てて中朝への対策を考えるような動きは見られなかった。
それどころか、前川喜平・前文科省次官を参考人として招致し、加計学園問題を閉会中審査する決定をした。何と能天気な国会議員たちであることか。
自民党の安全保障調査会(会長・今津寛元防衛副長官)では、先に国防部会との合同会議を開いてミサイル防衛の強化に向けた提言をまとめ、首相に提出したことは拙論JBpress 「専守防衛から「積極防衛」への転換を 被害を前提にする防衛戦略では立ち直れない」で報告した。
そこでは、高高度防衛ミサイル(THAAD)の導入や敵基地攻撃能力保有の検討開始などを求めていた。これらの先進的な兵器・装備を準備するためには、隊員の増加なども必要であろうし、何よりもこれまで守ってきたGDP(国内総生産)の1%以内の国防費では不可能である。
安保法案やテロ等準備罪法案では肝心な議論が行われなかったことに鑑みるとき、テレビを通じて、国民に国際情勢、中でも日本を取り巻く中国や北朝鮮、さらには韓国や米国の実情を議論し、「日本の安全」に関して国民に理解してもらうことが大切であろう。
9条を主体とした憲法改正の発議のためには、そうした議論の中から自然と集約する方向が出てくるようにしなければ、再び世論が分裂し、国会では三たび「女の壁」ができ、怒号が行き交う惨状が繰り返されること必定であろう。
■冷戦時代の核戦略
冷戦時代の米ソは相手を何百回も破壊できる大陸間弾道ミサイル(ICBM)と潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を保有していた。「互いに破壊し尽くす」ということから「相互確証破壊戦略」(Mutual Assure Destruction)と称され、頭文字を取ってMAD戦略とも呼ばれた。
何百回も破壊できる核兵器の保有というのは狂気(mad)以外の何ものでもないが、そうした「恐怖のバランス」によってお互いに相手を攻撃できない状態を維持したのである。
なお、ICBM・SLBMを迎撃する防御能力を有すると、再びICBMなどの量産競争に発展し、またICBMなどによる攻撃の危険性が生じMAD戦略が成り立たなくなる。そこで、米ソはICBMなどへの対抗兵器の開発・装備を自粛(禁止)した。
また、中距離弾道ミサイル(IRBM)や準中距離弾道ミサイル(MRBM)を保有すれば、それらを用いて同盟国や友好国間の代理戦争をもたらしかねないとして、IRBMとMRBMも保有しないことにした。
現在米国はICBM450基、SLBM336基(弾頭2100発)、ロシアはそれぞれ356基、144基(弾頭約3800)を保有する。
米ソの戦略兵器削減交渉などの結果、米国は北朝鮮のスカッドやノドン、ムスダンなどの短中距離弾道弾に相当するミサイルを保有していない。この点で後述するように日本への抑止力に問題が生じることになる。
米ソのICBM・SLBMは当初、命中精度(半数必中界Circular Error Probability, CEPと称する)が悪く、相手の基地や軍事施設(ハード・ターゲット)をピンポイントで狙うカウンター・フォース戦略が取れない。
そこで致し方なく無防備の都市または市民 (ソフト・ターゲット) を目標とするカウンター・バリュー戦略を取るしかなかった。
しかし、これは人道に反するもので、戦時国際法でも許容されない。そこで、命中精度の向上を図り、軍事施設や基地などを目標とするカウンター・フォース戦略を可能とした。
核兵器であるからには甚大な被害をもたらすことはいうまでもないが、人道という視点と、少しでも被害を局限して戦争目的を達成するという点から、核兵器保有国は基本的にはカウンター・バリュー戦略を有しないとみていいだろう。
■北朝鮮がICBM開発を急ぐわけ
北朝鮮は米国の独立記念日を意識したように7月4日午前、北西部の平安北道から弾道ミサイル1発を発射した。高度2802キロに達するロフテッド軌道で射程933キロの日本の排他的経済水域内に着水したとみられている。
今日、米ロは多数のICBM・SLBMを保有し、一種のバランス状態であり、カウンター・フォース戦略を取っていることについては先に言及した。
ところが、北朝鮮は漸くICBMを持とうとしている段階であり、保有したとしても数は少なく、また命中精度も高くないとみられる。権威あるスウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)が7月3日発表した北朝鮮の核弾頭数は10〜20発(2017年1月現在)である。
従って、米ソのように多数のICBMをもって軍事基地などを目標にするカウンター・フォース戦略ではなく、わずかな数のミサイルで都市を目標にするカウンター・バリュー戦略しか取れないであろう。
米国は、いま冷戦時代には禁止していた対ICBMミサイルの迎撃実験を頻繁に行っており、北朝鮮のICBMへの対処を始めた。これは冷戦時代には米ソ間で機能したMAD戦略が機能しないことを意味している。
2000キロ前後の距離にある「在日米軍基地」を目標とするカウンター・フォース戦略は、北朝鮮がすでに発表したように可能であろう。
しかし、アンカレジやハワイなど6000キロ以上、サンフランシスコやワシントンなど1万キロ前後の米国本土となれば環境条件なども加わり必ずしもピンポイントの攻撃は不可能で、カウンター・バリュウー戦略にならざるを得ない。
■米国は北朝鮮を攻撃できない
北朝鮮のICBMの試射成功発表に対し、日米などから聞こえてくるのは、「まだ配備までには時間がある」「弾頭再突入が成功したとは報道していない」など、いかにも時間的余裕があるように受け取れる発言である。日本の安全にはいささかの影響もないかのようだ。
果たしてそうか。ここ半年から2年以内であろうが、数発でもICBMが配備された暁には、「照準をサンフランシスコやニューヨークに合わせた」と公表するだけで、米国を身動きできない様にすることができる。
そうした状況下で、韓国や日本を射程内に収める弾道弾を多数配備している北朝鮮が、動き始めたらどうなるだろうか。
通常戦力は主として非武装地帯(DMZ)近傍に配備しており、いざという時にはソウルに向けた急襲攻撃ができる。その他、短距離弾道弾のスカッドや北極星1が韓国攻撃用として考えられる。
日本向けは中距離弾道弾のノドン、北極星2、ムスダンなど多数あり、各種の弾道ミサイルで飽和攻撃を仕かけることもできる。
現在は、北朝鮮が米国を拘束できるICBMがないので、日米同盟および米韓同盟による米国のプレゼンスが機能して、北朝鮮の対日脅威などがカバーされている。
しかし、先述したように、北朝鮮がICBMを配備すると、たとえ少数でも米国は猫に狙われた鼠も同然で動きが取れない。市民数十万や数百万を犠牲にして「窮鼠猫を噛む」というわけにいかないからである。
これが日本にいかなる影響を及ぼすかは言わずと知れたことであろう。米国の動きを拘束して、日本や韓国を脅迫できるということである。
北朝鮮が米国を攻撃できるICBMを1発でも配備すれば米国の日本に対する拡大抑止が効かない可能性が出てくる。米国依存できた日本にとっては「他人事ではない」ということである。
■日本独自の対応を早急に
同盟を軽視するわけではないが、国家は国益を重視する。特に「アメリカ・ファースト」を掲げているトランプ政権は発足前から、日本の防衛で米国人を死なせるわけにはいかないと公言していた。同時に、日本の核武装や防衛費の対GDP比2%要求も発言の端々に見られた。
日本は20年も前から北朝鮮のMRBMやIRBMの射程内にある。飽和攻撃と呼ばれる、一度に日本が対応できない多数のミサイルを発射されたら、日本はひとたまりもない。
今は、米国の通常戦力や核戦力が勝っているから北朝鮮が手出しできないだけである。しかし、1基でも米本土のサンフランシスコなどの大都市に届くICBMが配備されると、情勢は一変する。端的に言えば、日本は丸裸の状態に置かれ、運命の岐路に立たされる。
北朝鮮では発射失敗とみられる事案がいくつかあった。そのことが、いささかでも日本を安心させる動機になっていたならば、勘違いも甚だしい。
米国のジョセフ・ダンフォード統合参謀本部議長は「米国をはじめ旧ソビエトや中国も核兵器の開発で失敗を繰り返した。失敗することによって新しい技術が開発される。成功したか失敗したかは、重要なことではない」と述べている。
もはや、北朝鮮のICBM配備はまだ先だ、核弾頭の小型化に成功しているはずがない、大気圏再突入は証明されていない、などの否定的情報にこだわる時ではない。
松下政経塾でも学んだ韓国人ジャーナリストのマイケル・ユー氏はいくつかのシミュレーションを行っている。
2003年には米国防総省が開発した核シミュレーション・ソフトを用いて、北朝鮮の原爆が永田町(東京)に落下した場合で、死者約42万4000人、被害者約81万1000人で、総計123万人超に及ぶとした。
当時北朝鮮が持っているとされた核爆弾は12キロトン原爆で、広島に投下された原爆(15キロトン)の8割程度と見られた。
金正恩は2015年12月、水爆の保有を宣言し、翌16年1月水爆実験の成功を発表した。
マイケル・ユー氏が今年、ニュークマップ(NUKEMAP)というサイトを使用して行ったシミュレーションは、東京オリンピックの余韻が残る2020年8月1日、都庁(上空でなく技術的に難しい地上)で起爆する想定である(『Voice』2017年7月号)。
半径2.2キロのグランド・ゼロで、約142万人が死亡。半径12.2キロ圏内の50〜90%も高温・爆風・放射能で被爆し、1分以内で死亡する可能性が高いとし、その数は約312万人。1次死亡者は約454万人に達するとはじき出している。
放射能汚染は風に乗って水戸地域まで広がり、それによる2次被害者は「数えられないほど」であるという。
■おわりに
日本人が安全保障を真剣に考えない根源は憲法にある。戦力でない自衛隊という歪では、国の安全をまっとうできない状況になってきた。
「自衛隊がいるところが『非戦闘地域』である」とか、日報に「戦闘」の用語を使って問題になるような日本は、あまりにも国際情勢とかけ離れたところにいる。
産経新聞の河村直哉論説委員が6月25日付「日曜日に書く」のコラムで、党利党略で「日本国」を忘れているとしか思われない現在の国会論戦に対し、「日本国をまっとうせよ」のタイトルで、伊藤博文初代首相の発言を紹介していた。
「党派が集まれば議会を復讐の場所の如く思って罵詈讒謗の言を放つというのは、これ国家の歴史を汚すものなりと言わなければならない」「意見を闘わせるのはよろしいが、帰着する所統一して日本国をまっとうするという所に、各種の政見を持する人たちも合同せられて行くようにならんことを私は深く希望する」
押し寄せてきた国際情勢の荒波を明治人が潜り抜けた知恵を伊藤の言葉から垣間見ることができる。
いまや、「国家の歴史を汚す」だけではすまず、「国家の存亡」がかかっているように思えてならない。
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