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http://tanakanews.com/170524palestin.htm
よみがえる中東和平<3>
2017年5月24日 田中 宇
5月23日、米国のトランプ大統領が2日間のイスラエル・パレスチナ訪問を終えた。私は一昨日やその前の記事で、トランプ今回の訪問中に、予定外の行動として、イスラエルのネタニヤフ首相と、パレスチナのアッバス大統領を8年ぶりに引き合わせ、中東和平交渉の再開までこぎつける可能性があると考えたが、それは起こらなかった。(よみがえる中東和平<2>)(よみがえる中東和平)
トランプは今回のイスラエル訪問時、前日までのサウジアラビアでの会合で、アラブ諸国が、イランという共通の脅威と対峙するため、イスラエルと本気で和解したがっていること、和解にはパレスチナ和平が必要であること、イスラエルにとってアラブ諸国と和解する大きな好機であること、イスラエルとパレスチナの直接交渉が必要なことなどを、何度かの演説や、イスラエル首脳陣との会談の中で何度も語った。トランプは、パレスチナ和平を進めることがイスラエルの国益になると言って、イスラエルを説得しようとした。この点は、私がこれまでの関連記事に書いた事前の分析どおりだ。(Trump Tells Israel Its Arab Neighbors Agree on Iran Threat)(Warmth and scale of Trump-Saudi embrace could spell trouble for Netanyahu)
だが、トランプから説得を受けているネタニヤフが、アッバスと会いたがっていないことは、この2日間のネタニヤフの演説から明白だった。ネタニヤフは何度かの演説の中で、パレスチナについてほとんど触れなかった。ネタニヤフは、トランプの力説に呼応して、アラブ諸国との和解の必要性については何度か述べたが、和解の前提としてやらねばならないパレスチナとの和平締結(西岸入植地の建設凍結、交通遮断など占領行為の解除、土地交換などによる国境線の確定)を進める気がないことを示唆した。ネタニヤフは今回、パレスチナ和平の前提として、西岸の治安維持権をイスラエルが持ち続けることを改めて主張したが、これは占領行為の継続を意味する。(Trump Tells Israelis: Arab Leaders Ready to Take Steps Toward Israel if Peace Process Gains Pace)(As Trump Hints at Making Mideast Great Again, Netanyahu Sets Red Lines)
ネタニヤフの連立政権には2国式を拒絶する右派が多く、パレスチナ側に対するわずかの譲歩にも猛反対する。今回トランプに対する「見せ金」(信頼醸成措置)として、ネタニヤフが、西岸での交通遮断の緩和やC地区でのパレスチナ人の建設行為への許可など、わずかな譲歩としての新政策を閣議で可決しようとしたところ、閣内の右派に強く反対された。新政策は何とか可決できたが、トランプが帰国した後、本当に実行されるかどうか大いに疑問だ。ネタニヤフは、パレスチナ国家に絶対反対の右派にが席巻する今の連立政権の維持を最優先にしており、アラブ側からいくら良い条件を出されてもアッバスと会う気がない。トランプの仲裁でアッバスと会ったら、その時点でネタニヤフは西岸占領の終了に向けた何らかの譲歩をせねばならなくなるからだ。このことは、トランプも事前に知っていただろう。政権内の右派の強硬さは事前に報じられていた。(Preparations for Trump’s Visit Expose Political Rifts in Israel)
私は、ネタニヤフが会う気がないのを感じつつも「ネタニヤフとアッバスを会談させさえすれば和平交渉を始められる。2人を会談させるのが目的でないなら、トランプがイスラエルに来る理由がない」と考えて「これまでしばしば奇想天外な即興をやってきたトランプが、今回も異例なやり方で、ネタニヤフとアッバスを会談させようとするのでないか」と予測した。だが、この予測は間違っていた。トランプは、ネタニヤフとアッバスを無理矢理に会わせることをしなかった。これによって私の前に残った疑問は「結局のところ、トランプは、イスラエルに何しにきたのか?」ということだ。高邁な抽象論だけを語っても、それはオバマ前大統領のように、イスラエル人に馬鹿にされ、アラブ人に失望されるだけだ。(Trump heads to wary Israel in search of the 'ultimate deal')(Trump, Netanyahu Cast Iran as Common Enemy)
▼トランプは昨年の選挙で米国民を扇動したように、イスラエル国民を和平の方向に扇動した
この疑問について答えになるものを、イスラエルの中道左派新聞であるハアレツが書いている。それは「トランプはイスラエルで『和平』を偉大な言葉として返り咲かせた」(In Israel, Trump Makes the Word 'Peace' Great Again)と題する記事だ。(In Israel, Trump Makes the Word 'Peace' Great Again)
同記事によると、中東和平交渉の座礁が長期化しているイスラエルでは「和平」が汚い言葉になっている。ほとんどの人が和平に絶望し、無気力で皮肉な態度をとっている。議会では、2国式の和平を支持する政党が左翼のメレツだけで、他の全政党が(和平でなく)西岸の隔離もしくは併合を求めている。トランプはイスラエルを訪問し、和平をめぐるこんな沈滞状態に活を入れた。トランプは、ネタニヤフらイスラエルの要人たちに「(前訪問地の)サウジアラビアでアラブ諸国の首脳たちと会い、イスラエルとアラブがISとイランという脅威に対して団結して当たることで中東を安定させられると強く感じた。パレスチナ問題を解決しさえすれば、すべてのアラブ諸国がイスラエルと和解し、団結できる。こんな好機はない」と力説し続けた。
かつてオバマもネタニヤフらに似たようなことを言ったが、冷笑されて終わった。だがトランプは違う。ネタニヤフはトランプに圧され、15年に首相になって以来、ずっと言わないようにしてきた「和平」という言葉を急に使い始めた。トランプ到着時の歓迎式典でネタニヤフが発したわずか3分間の演説の中に「和平」という言葉が7回も出てきた。トランプは就任後3か月で、パレスチナ問題を国際社会の中心課題に引き戻し、イスラエルが占領縮小をやらざるを得ないように仕向けている。ハアレツ紙の記事は、そのように指摘し、トランプ来訪を機にネタニヤフ政権はパレスチナへの態度を改めねばならないと書いている。(In Israel, Trump Makes the Word 'Peace' Great Again)
ハアレツに代表されるイスラエルの中道や左派の勢力は、トランプが今回の訪問で和平を鼓舞したことに感銘を受け、すでに強く影響されている。ハアレツは「トランプを支持し、西岸併合主義のイスラエル右派に反対する」(Editorial - With Trump, Against Israel's Annexationist Right)と題する社説も出している。社説では、ネタニヤフ政権を席巻する右派入植者集団を非難し、トランプの影響でネタニヤフが右派の傀儡色を弱め、占領政策を抑制し始めたことを評価している。(Editorial:With Trump, Against Israel's Annexationist Right)
この事態から読み取れるのは、昨年の米大統領選挙で、米国の有権者たちの「米国第一主義」への政治覚醒を扇動し、自らを大統領職に押し上げたトランプが、今度はイスラエルの有権者の「中東和平」への政治覚醒を扇動するために中東を歴訪し、それに対して早速ハアレツに象徴されるイスラエルの中道・左派の勢力が呼応して、トランプ支持、西岸併合主義反対の動きを開始していることだ。トランプは、中東和平をあきらめてしまっていた人々に活を入れるためにイスラエルに来たのだと考えられる。(Trump Talks Israel-Palestinian Peace, Offers No Details on Plan)
トランプが今回、ネタニヤフとアッバスを無理矢理に会談させ、中東和平交渉の再開にこぎつけても、ネタニヤフ政権に全くやる気がないままだと、和平は進まない。和平に反対する併合主義者を権力の周辺から排除してからでないと、和平にならない。その意味でトランプは、私自身のちんけな分析をはるかに超える戦略を持っていた。(Watch Live: President Trump And Israeli PM Netanyahu Joint Press Conference)
▼いずれ総選挙で和平反対の右派が下野する??
米政界でのトランプの登場は、扇動された一般市民の有権者がトランプを支持したからだけでない。米国の911以来の軍産複合体の隠然独裁体制が行き詰まり、弊害の方が大きくなったため、米国のエリート層の中に、トランプを大統領にして軍産独裁体制の破壊を試みるのが良いと考える人々が増えた結果でもある。同様にイスラエルでも、米国の中東覇権とテロ戦争の構図が縮小していきそうな中で、近隣のイスラム諸国のすべての敵視を扇動し続ける西岸併合主義が、イスラエルにとって利益から害悪に変わりつつあることを、エリート層(その多くが安保諜報軍事外交の関係者)が感じている。一般市民の有権者だけでなく、イスラエルのエリート層も、トランプがやってきて中東和平を扇動し、政府を席巻する反和平・併合主義の右派入植者集団を排除したいと考え始めている。(How Not to Botch a Peace Deal with Israel 101)
そんな中、イスラエルでは、トランプ来訪の予定が組まれたのと同時期に、中道左派の元首相で、若いころからイスラエル政界(軍人界、諜報界)でネタニヤフのライバル的な存在であるエフド・バラクが、次に総選挙になったら出馬して首相になることを目指す政治運動を再開している。バラクは12年に政界を引退していた。中東和平の機運が強まると、右派のネタニヤフでなく左派のバラクの出番が再び出てくる。ハアレツには「バラクを首相にするのが良い」とするコラム記事が掲載された。(Opinion:Ehud Barak Is Israel’s Only Chance)(Associates of Ehud Barak Lay Groundwork for Political Comeback)(イスラエル英雄伝:ネタニヤフとバラク)
ネタニヤフは今後、トランプやアラブ諸国に加え、安保関係者が多数を占める国内エリート層からも、入植地建設の凍結や西岸占領行為の緩和(=パレスチナ和平)を早く進め、アラブやトランプと協調せよと、圧力をかけられ続ける。だがその一方で、連立政権を席巻する併合主義者たちからは、和平などもってのほかだと猛反対され続ける。両者のバランスをとることがしだいに難しくなる。連立政権の組み直しにも失敗して解散総選挙になると、ネタニヤフでなくバラクもしくは他の政治家(中道のリブニ、右派のリーベルマンなど?)が首相になり、中東和平を本格的に進めていく可能性が増す。
今回のトランプの訪問を受け、イスラエルは和平の方向に扇動された。だがトランプがイスラエルから去った後もずっと和平への方向性が維持されるとは限らない。むしろ、ネタニヤフの連立政権は、全力で国内の雰囲気をトランプが来る前の和平頓挫、現状維持、西岸併合不可避の方向に戻そうとするだろう。このような、元に戻そうとするイスラエル側の流れを、トランプの側がどのように止めていくのか、まだ見えてこない。それが今後の注目点になる。
▼米国が覇権の重荷をおろすにはパレスチナと北朝鮮の問題解決が必須
トランプは、大統領選において、クリントンよりも強くイスラエル右派の傀儡になろうとする姿勢をとった。米共和党に影響力を持つイスラエル右派系の米財界人シェルドン・アデルソンらがトランプを支持し、イスラエルの傀儡色が全体的に強い米政界においてトランプへの拒絶感が弱まり、それがトランプを当選に導いた一因となった。だがトランプは当選後、しだいに中東和平支持の方に転換し、アデルソンがトランプを非難する事態になっている。(Netanyahu Can't Predict What Trump Will Do Next)
トランプの世界戦略は、全体的に見て、米国を覇権の重荷から解放していくことだ。これが「米国第一主義」になる。中東において、すでに米国は、シリアの安定化をロシアやイランに任せている。ロシアの助けを借りて、イランがイラクを安定化し、エジプトがリビアの安定化を目指している。いずれ(しばらくの演劇的な対立継続の後で)イランとサウジが和解すれば、イエメンやバーレーンの混乱も安定化できる。ロシアやイランなどに任せるやり方によって、米国は、自国が抜けても中東の安定を維持できるようにしている。だがそこで残るのがパレスチナだ。パレスチナ問題が解決しないと、イスラエルと他の中東諸国の対立が続き、イスラエルは米政界を傀儡化し続けて自国の軍事力や経済力を維持する必要が残る。
逆にパレスチナ問題が解決されれば、イスラエルは近隣諸国と和解し、米国からむしり取る必要が低下する。それ以外の中東の問題は、ロシアの覇権拡大の野望をくすぐって引き出しつつ、イランやサウジやトルコなどの地元勢力に任せるようにすれば、米国が世話を焼く必要がなくなる(現状すでにそうなり始めている)。米国を覇権の重荷から解放しようとするトランプが、パレスチナ問題にこだわる理由はそこにある。
パレスチナ問題と並んで、米国が覇権の重荷を下ろすために解決が必要なのが北朝鮮の問題だ。北は、不用意に緊張緩和すると政権崩壊する。だから北は自国周辺の緊張をわざと高めておきたい。北が国際緊張を必要とする限り、米国は朝鮮半島や日本に対して安保の世話をせねばならない。この現状を変えるため、トランプはしつこく中国をせっつき、北を何とかしろと言っている。ユーラシアの東半分において、北朝鮮以外は、米国に頼らなくても、地元勢の努力で安定化できるようになりつつある。印パはつまるところ印中和解の問題だ。アフガンも周辺国の協調で解決できる。尖閣も日中の問題でしかない。トランプがパレスチナと北朝鮮に対してすすんで手を突っ込むのは、このような事情がある。
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