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山田洋次監督が大林宣彦監督にエール!「今の支配者は戦争を知らない」「戦争の恐ろしさを発信し続けなくては」(リテラ)
http://www.asyura2.com/17/senkyo237/msg/396.html
投稿者 赤かぶ 日時 2017 年 12 月 20 日 18:20:30: igsppGRN/E9PQ kNSCqYLU
 

山田洋次監督が大林宣彦監督にエール!「今の支配者は戦争を知らない」「戦争の恐ろしさを発信し続けなくては」
http://lite-ra.com/2017/12/post-3669.html
2017.12.20 山田洋次監督が大林宣彦監督にエール! リテラ


        
        大林監督『花筐/HANAGATAMI』(公式サイトより)


 大林宣彦監督が末期ガンと闘いながら撮った最新作『花筐/HANAGATAMI』が公開になった。

『花筐/HANAGATAMI』は、檀一雄が1937年に出版した小説『花筐』を原作とした日米開戦直前の青春群像劇だが、登場人物の恋や生活なども丁寧に描かれ、平和と反戦のメッセージと人間を描くドラマ、エンタテインメントを見事に両立させた作品となっている。大林作品の中でも「傑作」との呼び声が高い。

 そんな大林監督作品『花筐/HANAGATAMI』に、あの山田洋次監督がメッセージを送っている。大林監督と山田監督は、映画作家としての来歴も作風も大きく違っており、これまで接点らしきものを聞いたことがなかったが、先日発売された「キネマ旬報」(キネマ旬報社)2017年12月下旬号に山田監督の「大林宣彦さんへ」という談話原稿が掲載されたのだ。

 だが、その記事を読んで、山田監督がなぜ、あえてメッセージを送ったかが理解できた。山田監督は大林監督の才能をかねてより認め、『花筐/HANAGATAMI』が映画として優れていることを表明しつつも、こう語っている。

〈この映画の底流には大林さんの思想がある。映画を見ているとそれが液体のように滲んでくる。その思想の根底には、戦争中を知っている世代の、僕もその世代だけれど、特有のものがある。
 敗戦というこの国の大きな転換期、戦後のすごい生活苦を体験している者として、戦争がどんなに恐ろしいものか、それを警告し発信し続けなくてはいけない。いま世界中に戦争の匂いがしだしているから、それをどんなにくりかえして言っても、言いすぎることはない。そういう考え方が大林さんの中に確固としてある。〉

 そう、山田監督は大林監督の戦争への向き合い方に共感し、エールを送ったのだ。

■山田洋次「戦争は恐ろしいものだって、学校で教えられているとは思えない」

 山田監督といえば、長崎の原爆で亡くなった息子の霊(二宮和也)と母親(吉永小百合)の不思議な日々を描いた2015年公開の映画『母と暮せば』も記憶に新しいが、インタビューでもしばしば「戦争体験」「反戦メッセージ」を語っている。

 1931年に大阪で生まれた山田洋次監督は、機関車製造会社のエンジニアだった父が南満州鉄道株式会社に転職したのをきっかけに、2歳のときに満州へ引っ越している。それ以降、父の転勤に合わせて各都市を転々とし、13歳のときに大連で終戦を迎えた。

 当時のエリート職にあたる満鉄社員の父の給料は良く、少年時代の山田監督は何ひとつ不自由のない暮らしを送っていたという。戦況が悪化してからも、空襲に怯えながら日々を暮らさなければならないような内地とはずいぶん違った暮らしを送っていた。「本の旅人」(KADOKAWA)2011年4月号のインタビューでは、大連から見た内地の状況を「対岸の火事といった感じでした」と説明している。

 しかし、終戦を迎えて状況は一変。父は職を失い、家も八路軍に接収されると、一家は食料や燃料にも困る日々を送ることになる。それからは衣類や古本などを兄弟3人揃って街角に立って売る生活に。友だちの家を訪れたら一家全員が死にかけた状態でグッタリとしている状況にも出くわしたことがあるという。しかし、自分たちもギリギリの状態で生きているのでどうしてやることもできない、そんななかをなんとか生き残っていった。

 終戦から1年半が経ってようやく帰国。一家は山口県宇部市の親戚の家に身を寄せるが、それから先も貧しい生活は続く。山田監督は旧制宇部中学を経て旧制山口高等学校へ進学しているが、その学費を稼ぐため、農家の田んぼの草取り、こやし運び、空襲で焼けた工場の片付け、炭坑の坑木運び、進駐軍の病院の清掃など、さまざまなアルバイトをこなした。そこで出会った人々の記憶は、後の映画づくりにおいて重要な財産となった。そのなかには、あの寅さんのモデルになった人物もいるという。

 そんな戦争体験をもつ山田監督は、「ステラ」(NHKサービスセンター)2014年2月21日号のなかで、戦争に対する若者の認識についての危惧をこのように語っている。

「現在、戦争はこんなに恐ろしいものだって、学校でちゃんと教えられているとは思えない。それに、日本人の被害もひどかったけども、日本人は加害者でもあるわけだから、それはちゃんと教えなきゃいけないんじゃないのかな」

■山田洋次監督が自らの体験として語った満州時代の「中国人差別」

 山田監督がこのように警鐘を鳴らすのは、満州で過ごした少年時代を思い返しての反省の思いがあるからだ。戦中でも満州の日本人たちが過不足ない生活を享受できたのは、彼らが現地の中国人たちを搾取していたからにほかならない。

 前掲「本の旅人」では、終戦当時に住んでいた大連の家を訪れているのだが、現在その家に住んでいるおばあさんから親切に対応してもらったのを受けて、「そのおばあさんの手を取って謝りたい気持ちになりました」としつつ、このように語っている。

「日本人は、中国人の土地に植民者として入り込んで、豊かな生活を享受していた。そして、中国人というのは貧しくて、汚くて、頭も悪いという、ひどい差別意識を持っていたんです。中学生だった僕も、なにも考えず、そういう差別の上にあぐらをかいていた」

 山田監督がこのような思いを抱く一方、この国、かつて戦争に乗じて周囲の国々に残酷極まりないことをしたという事実も、それどころか、戦争によって自分たちも壊滅的な被害を受けたということすらも、なにもかも忘れ、権力者たちが煽る好戦的な空気に乗っかろうとしている。

 だからこそ、70年以上前に起きた悲劇を思い返すことは重要だ。そして、そのために芸術は大きい役割を果たす。だから、映画でも、文学でも、演劇でも、音楽でも、あらゆる芸術は、未来に向けて確固たるメッセージを込めなければならない。

 前掲「大林宣彦さんへ」で山田監督はこのように綴っている。

〈いまの日本を支配している権力者は戦争を知らないし、体験もしていない。戦争は国民を苦しめ、痛めつけ、最後には殺してしまう。国民はハガキ一本で召集されて、死ね、と言われて死ななくてはいけない、そんな恐ろしくて残酷な体験を、この国は、つい70年前までしていた。そのことを、僕たちはくりかえし思い出さなくてはいけない。〉

 一方、大林監督も、NHK Eテレで放送されたドキュメンタリー『青春は戦争の消耗品ではない 映画作家 大林宣彦の遺言』のなかで「みんながしっかりと怯えてほしい。大変なことになってきている」「それが、実際に怯えてきた世代の役割だろうと思うので、敢えて言いますけどね。怯えなきゃいかん。戦争というものに対して」と発言。映画『花筐/HANAGATAMI』は太平洋戦争の時代を描いたものだが、その物語は好戦的な空気を煽る2017年にも通じるものであり、そんな状況のいまだからこそつくられるべき作品であったと語っている。

 山田洋次監督や大林宣彦監督が伝えようとしている思い。私たちはそれを重く受け止めなければならない。

(編集部)






























 

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コメント
 
1. 2017年12月20日 19:03:40 : Wi9RPbx92M : Q5Z5BPljMow[54]
山田洋次監督は終戦時14歳。
そんな少年が戦争を知っているといえるだろうか?
例えば戦時中、予科練に入隊したとしても下の下の下の訓練生で戦争の実態が見えるもだろうか?
例えば入社して1,2年の新人が会社の実態をどれほど知ることができるだろうか。
今で言えば中学2年生の目で、戦争の実際をどれほど知ることができるのだろう。
むしろ、戦後生まれの一呼吸おいた人ほど客観的に俯瞰して戦争を知ることができるのではないだろうか。
それは、どれほどリテラシーが有るかにもよるけれどむ。
戦争が
正しかったのか。
間違いだったのか。
それしかとるべき道がなかったのか。
今の日本で同じことが起きたならどうなるか。
原爆の過ちとは何だったのか?

一つ言えることは、戦争はまだ終わっていない。
武力戦はひとまず終了したが、謀略戦は続いている。
そして、経済戦争もだ。
悲しいかな人間の性だな。


2. 阿快[492] iKKJ9Q 2017年12月20日 19:06:37 : Mkgr4X0sAU : kF3B8D5jP5w[1]
いい歳をして二人とも戦争にたいする見方が教条的で底が浅い。
耳にタコができるようなワンパタの言説しかできていない。
ということはつまり、
観念で教科書的に「戦争」を語っているだけで何一つたしかな
戦争観がないということだ。事実、すこしも心に響かない。

おれはいま椎名麟三の『永遠なる序章』を読んでいる最中だが、
戦争というものを、このバカ監督二人のような教条的なワンパタで
とらえていない。

そもそも「日本人」だの「中国人」だのといった腑分けが馬鹿丸出しなのだ。
「日本人」が「中国」を侵略したのではなく、おまえたちの世代の人間がだろ。
「日本人」などという抽象的な存在が何かしたのではなく、
具体的な時代の具体的な政治体制下における具体的な固有名のある人間たちがやったことを
なにか「日本人」一般の原罪であるかのような言い方をするのは卑劣で
カルト的だ。

戦後この手の、ちっとも戦争のなんたるかを肌身で知らないバカインテリ共が
わけのわからない反日原罪言説を広めてきた。
こういう言説こそが、むしろ日本を今後、意味もなく戦争へ巻き込まれる一因に
なることをわかっているのか?

この手の言説は、畢竟、中国を利するだけだ。
中国の独裁軍事体制を利する言説はすなわち中国の日本侵略を容易にさせ、ふたたび、あの悪夢のような国家間の抑圧を招くことになる。

過去は過去だ。原罪のように引きずって、日本人は反省のために中国の奴隷に
なれとでもいうのか、クソ監督どもめが。



[スレ主【赤かぶ】による初期非表示理由]:その他(アラシや工作員によくあるコメントはスレ主が処理可能)
アラシ。

3. やもめーる[-1399] guKC4ILfgVuC6Q 2017年12月20日 22:17:22 : Qmnk3gs5bE : Czg2LCiXylE[-15]
>>1アホ!!
お前は一回落語家桂歌丸師匠の戦争体験記でも検索してみろ!!
おそらく師匠と同年代のお前とあの恐ろしかった戦争が
愚かなクソ長州連中どもによっておびただしい数の罪なき人の犠牲者を
だしたことをな!!↓


仲代達矢と桂歌丸が語った戦争体験が話題!「戦争を知らない政治家
が政治を語るな」 - エキサイトwww.excite.co.jp > ニューストップ > 芸能ニュース > 芸能総合 - キャッシュ

ここでいいう政治家とはおまえの「親分」安倍晋三こと李晋三(イーシンサン)
のことだ!!覚えておけ!!

[32初期非表示理由]:担当:アラシコメントが多いので全部処理

4. やもめーる[-1398] guKC4ILfgVuC6Q 2017年12月20日 22:19:24 : Qmnk3gs5bE : Czg2LCiXylE[-14]
>>1氏よ許してくだされ!!誤爆だった。
自分の回答先は>>2のゴキブリヒトモドキへの
回答だった!!御免!!

[32初期非表示理由]:担当:アラシコメントが多いので全部処理
5. 2017年12月20日 23:18:23 : lh1GGwoOtM : YsxGZGc1SWo[1734]
>>1

その時は14歳でも人は大人になる。
ましてや映画監督にもなる知識人ともなれば、その後に様々な本も読み、映画製作のためにインタビューもずいぶんしただろう。
もちろん、自分の近くにいる年配者にもいろいろ話を聞いてきたはず。
おそらく、その中には政府や軍部の元高官もいたはずだ。そのうえでの発言だよ。
そうした積み重ねの中で、かつて自身が体験したものが何だったのか?その正体は明らかになって行くものだ。

たしかに、今も個人をないがしろにする政治や経済の仕組みは続いている。
私たちもまた「血の流れない戦争」の中を生きているといえる。
一介の庶民にはその仕組みは容易に見えないが、現状に疑問を持って学ぼうとする者には次第に見えてくる景色もある。
あなたもまた、山田監督や大林監督のように、今の我々の現状が何故であったのか、少しでも理解し出来る時が来るように学んでいってほしい。


6. 2017年12月21日 00:05:21 : 1RFEkLSxKM : GDNH4KJh0Mc[1827]
今も昔も権力者たちは戦争の怖さなんか知らないだろ
何時だって高みの見物なんだからさ

7. 2017年12月21日 10:25:42 : 181RSbg1ho : zORq@jrscZA[10]
>>2. 阿快[492] iKKJ9Q 2017年12月20日 19:06:37 : Mkgr4X0sAU : kF3B8D5jP5w[1]
> いい歳をして二人とも戦争にたいする見方が教条的で底が浅い。
耳にタコができるようなワンパタの言説しかできていない。

同感である。
愚者は自分の体験に学びり、賢者は他人の体験に学ぶと言われている。
本を読まねば他人の体験に学ぶことは出来ない。

ルーズベルト大統領の前のフーバー大統領は
「3年8ケ月に渡る不毛な日米戦争は、フランクリン・デラノ・ルーズベルトと言うたった一人の狂人が引き起こした」と書いている[1]。

[1] 裏切られた自由 上: フーバー大統領が語る第二次世界大戦の隠された歴史とその後遺症 単行本 – 2017/7/13
https://www.amazon.co.jp/%E8%A3%8F%E5%88%87%E3%82%89%E3%82%8C%E3%81%9F%E8%87%AA%E7%94%B1-%E4%B8%8A-%E3%83%95%E3%83%BC%E3%83%90%E3%83%BC%E5%A4%A7%E7%B5%B1%E9%A0%98%E3%81%8C%E8%AA%9E%E3%82%8B%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E6%AC%A1%E4%B8%96%E7%95%8C%E5%A4%A7%E6%88%A6%E3%81%AE%E9%9A%A0%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%9F%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E3%81%A8%E3%81%9D%E3%81%AE%E5%BE%8C%E9%81%BA%E7%97%87-%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%88-%E3%83%95%E3%83%BC%E3%83%90%E3%83%BC/dp/4794222750
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5つ星のうち5.0
3年8ケ月に渡る不毛な日米戦争は、フランクリン・デラノ・ルーズベルトと言うたった一人の狂人が引き起こした
投稿者真実真理ベスト500レビュアー2017年10月15日 形式: 単行本 |
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 本書は、米国大統領フランクリン・デラノ・ルーズベルト(FDR)の前の大統領であるフーバー(秀逸な歴史研究家でもある)が、多くの一次資料に基づいて執筆した著書「FREEDOM BETRAYED」(2011 年フーバー研究所発刊」( 裏切られた自由) の渡辺惣樹 氏による訳本である。

 大統領FDRは、1933年 3月 4日らか1945年 4月12日まで3期と1ケ月に渡り米国の大統領を務め、イギリス、オランダと共に日本の外国資産 を凍結し、石油、その他の資源の日本への輸出を禁止して日本を経済的に締め上げ、蒋介石を支援して支那事変の和解を困難とし、米国からの宣戦布告とも言うべき日本が到底容認できないハルノートを突きつけ、日本を開戦に至らせた最大の戦争責任者である。

 フーバーは、FDRの戦争責任を追求し、3年8ケ月に渡る不毛な日米戦争は、FDRと言うたった一人の狂人が引き起こしたと言う。FDRがいなければ、第二次大戦は起こらなかったという。

 米国は、共産主義革命を世界に拡散するソ連を長年承認してこなかったが、FDRは1933年に大統領に就任するとソ連を承認し、ソ連のスパイや共産主義者を側近に置き、スターリンに対して全くの無警戒というか、むしろハル国務長官と共にスターリンに憧れていた(ハル回顧録にもある)。フーバーは、スターリンと手を結ぶ容共主義者のFDRの政権中枢への共産主義者の浸透と、スターリン独裁下のソ連の脅威に警鐘を鳴らしていた。フーバーは、開戦半年前から、FDRの参戦の企てに反対し、米国が参戦すれば、国民の犠牲の下にスターリンを助けることになり、欧州はソ連の支配下になると、警鐘していた。FDRの大罪の一つは容共姿勢にある。

  戦争目的が不明な第一次大戦が終結し、1919年の不正義とも言うべきベルサイユ条約により、ドイツは過大過酷な戦争補償を課せられ、ドイツ領が削減された。その一つが戦後チェコに侵入されたズデーテンであり、他の一つがポーランドに編入された、住民の90% がドイツ人であるダンツィヒである。ヒットラーは、この飛び地のダンツィヒを回廊と共にドイツへ失地回復することをポーランドと交渉したが、英仏とさらにFDRが干渉してポーランドに独立保障を与えたことから、ポーランドが頑なになり平和的解決ができなかった。本来ドイツの地であり、ポーランドに割譲を迫っても良かったのである。これをせずに、ポーランドに独立保障を与えたことは、FDRの大罪である。

 ドイツは元来日本と同様に共産主義に強い警戒をしており、犬猿の仲であったドイツとソ連は、第一次大戦の結果のベルサイユ条約により削減された領土を回復するという唯一の共通目的を有していた。この目的のため、ドイツは、フィンランド、バルト三国の支配をスターリンのソ連に認め、ポーランドを独ソで2分割するという密約をソ連と締結した。ドイツはこの密約を含む独ソ不可侵条約を1939年8月23日に締結した上で、9月1日にポーランドに侵攻した。この瞬間に、英仏は利害関係がないにもかかわらず、ドイツに宣戦布告した。これが、第二次大戦の勃発である。ソ連も密約に基づき9月17日にポーランドに侵攻し、続いてバルト三国、フィンランド、東欧地域に侵攻した。しかし、ドイツと同じことをしたソ連をFDRは批判しなかった。この容共姿勢はFDRが起こした大罪である。

 以後、FDRは、ニューディール政策の失敗から経済を回復させるため、中立法を改正して武器を交戦国に輸出し、武器貸与法を成立させてイギリス、支那を支援し、局地戦を拡大させ、参戦の準備をすることになる。米国民は、直接的には国益には関係のなかった欧州での第一次大戦に参戦し多くの米国兵を死傷させたことから、参戦には絶対反対であった。このため、FDRは米国民を参戦に賛同させる必要に迫られた。フーバーは、ドイツが米国に攻めてくると国民を煽動し、国民を戦争へと導くFDRの干渉主義を痛烈に批判している。

 ソ連の東欧への侵攻に我慢のならないヒットラーは、必然とも言うべき、1941年 6月22日にソ連を攻撃した。スターリン独裁の共産主義国家ソ連を、民主主義を標榜する英米側に追いやった。これを契機に、FDRはソ連を民主主義国家といい、実質上の米ソ同盟によりソ連を支援し、ファシスト国家対民主主義国家の戦であると戦争目的を慫慂した。ドイツのソ連攻撃は、最も大きなターニングポイントである。FDRはソ連との暗黙の同盟関係を結びソ連を支援した。フーバーはこれをFDRの最大の大罪であると言う。

 FDRは1941年7月には日本を完全に経済封鎖し、蒋介石を支援し続け支那からの米国爆撃機(フライングタイガーズ)による日本空爆計画(JB-355計画)に署名していた。FDRは、1941年9月の近衛首相の和平提案(満洲を留保する以外は、米国の提案を飲むという提案)と、近衛から申し込まれた日米首脳会談を拒否したが、このことは、もっと大きな戦争を起こし、満洲をソ連に与えようとしたのではないかとフーバーは言う。さらに、FDRは11月には、日本からの3ケ月の冷却期間の提案を拒否し、日本を挑発し続け、日本が到底飲むことができないことを知りながら、ついに宣戦布告とも言うべき最後通牒(ハルノート)を日本に突き付けた。このハルノートは米国議会には知らされていなかった。フーバーは、これらの真珠湾攻撃以前の日本に対する宣戦布告なき開戦行為をFDRの大罪という。

 さらに、カサブランカ会談で発表された無条件降伏要求宣言(1943年1月)、モスクワ宣言及びテヘラン会談時のソ連に対する宥和方針で許容したソ連のバルト三国などへの侵略(1943年)、ヤルタ会談におけるモンゴル及び満洲のソ連支配容認の密約、和平を探求していた日本に対して使用した原子爆弾の非道徳性などをFDRの大罪に挙げている。

 フーバーの指摘は、共和党ハミルトン・フイッシュ(「ルーズベルトの開戦責任」、「日米・開戦の悲劇」)、東京裁判弁護人ローガンとブレイクニー(「東京裁判の正体」)、パール判事(「パール判決書) 、ヘレン・ミアーズ(「アメリカの鏡・日本」)、そして、東條英機(東條英機宣誓供述書」)の指摘と同一である。

 本書は多量の一次資料に基づいて、実に詳細に欧州戦争に至る経緯を明らかにし、FDRが英国とソ連を支援して参戦を望み、そして、遂に日米戦争を起こさせた歴史体系を実に鮮明に映し出している。1933年はFDRが大統領に就任し、ヒットラーが首相に就任した年であり、その前年が満洲国が建国された年である。本書に描き出された歴史体系を読みながら、日本はこのときどうしたのか、他にどのような選択があったのかを考えると、そこには、FDR、チャーチル、ヒットラー、そしてスターリンの思惑という荒波に翻弄される日本の姿が浮かび挙がってくる。

 戦争が終結し、英国は大西洋憲章(英国の植民地維持)に反して全ての植民地を失い、オランダ、フランス、米国も全ての植民地を同様に失い、米国は目的とした大陸での権益を得ることはできなかった。これに対して、スターリンのソ連が勢力を拡大して共産国が広範に形成され、毛沢東の共産党が満洲と支那本土を支配するに至った。

 容共の米国に反して、日本は戦前から一貫してソ連と共産主義を警戒していたのであり、内戦と住民が抑圧された混沌とした状態にあった無主の地、満洲に、満人、漢人、蒙古人、日本人、朝鮮人の5族協和による近代国家を建設して平和と人民の安寧をもたらせ(「見果てぬ夢 満洲国外史」星野直樹著)、世界で初めて人種差別の撤廃を主張し、アジアを西欧の白人支配の植民地から開放し独立させた。

 日本は、混沌とした支那本土においては、共産党や蒋介石国民党により仕掛けられた盧溝橋事変と上海事変の挑発により戦争にずるずると巻き込まれ、日本の真意を理解しない英米の蒋介石への軍事と経済支援により、巻き込まれた戦争の解決ができなかったのであった。

 米国は、何の目的で、日本に戦争を仕掛けたのであろうか。結局は、米国は戦争目的を達成しなかった。現在の大半の日本人の有するの歴史観からすると、日本の歴史は昭和20年の終戦を境に断絶している。現実の真の歴史は連続しているのであり、日本人は、米国の占領期における洗脳から目覚め、日本人の戦前の行為を自ら一方的に断罪する史観から脱却し、真実の歴史を見つめるべきである。

 本書は真実の歴史観を養成するのに非常に有益な書籍である。多くの人が読まれることを薦める。


8. 2017年12月21日 16:35:56 : FUYL07fZic : aK8xTXIutMM[19]
その一方で・・
クソ東京五輪の開会式演出に選ばれたのは
映画監督の山崎貴氏

代表作=永遠の0、海賊と呼ばれた男
いずれも原作は糞ウヨ駄作作家の百田


9. 2017年12月21日 22:45:49 : lh1GGwoOtM : YsxGZGc1SWo[1738]
>>7

>>>2
>> いい歳をして二人とも戦争にたいする見方が教条的で底が浅い。
耳にタコができるようなワンパタの言説しかできていない。

>同感である。
>愚者は自分の体験に学びり、賢者は他人の体験に学ぶと言われている。
>本を読まねば他人の体験に学ぶことは出来ない。


そうだね。まさしく、山田、大林両監督と、一部のネトウヨ氏のことだね。
まずは「自分の体験」と言うものをしっかり持っていないと「他人の体験から学ぶ」なんてことはできないものだ。
「自身の体験を持たない者」が他人の本を幾ら読んだところで、それを「我がもの」にすることは不可能。
彼らには依って立つ拠点がない。それを掴む手がかりがない。
そんな状態で、他者の体験などいくら掴もうとしても指の間から滑り落ちる砂のようなものになってしまうだろう。
だから、他人に何かを伝えようとしても「自分の言葉」が出てこなくて、他人の言葉の丸写しになってしまう。

もちろん、それは「戦争を体験していないから駄目だ」という意味ではない。
たとえば、今も、この日本の中でも「戦争」は起きている。
その「戦争」の中で自分がどんな立場に置かれているかを自覚しなければということ。
そして世間へ出て他者と交わるのを恐れるなということ。


10. 2017年12月21日 22:56:50 : lh1GGwoOtM : YsxGZGc1SWo[1739]
本から学ぶのもいいが、それ以前に生きた人間から学べということ。
山田監督も大林監督も生きた人間から多くを学んだろう。
もちろん、それと同時に両監督が>>2氏や>>7氏よりもはるかに幅広く、沢山の書籍を読んだことは想像がつく。
彼らの作品のような映画を作るためには膨大な知識がなければ不可能だからだ。
(大人を甘く見てはいけないよ)

私も両監督には到底及ばないが、人並みよりも少しは本も読んだつもりだ。
しかし、同時に生きた人間からも学ばなければ、そんな知識も意味のないものになるとつくづく思う。


11. 2017年12月21日 23:11:07 : lh1GGwoOtM : YsxGZGc1SWo[1740]
最後にもうひとつ。
蟹は自分の甲羅に似せて穴を掘るというが、人間は自分の視野の中に映る他人の姿しか見えない。
ある人物が卑小に見えるには、本当にその人が小さいからかもしれないが、「自分の視野が狭い」ということもあるかもしれない。

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