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文科省の前川喜平前事務次官=手塚耕一郎撮影
2017年10月3日
Texts by サンデー毎日
前川喜平・前文科事務次官がモノ申す! 安倍改憲案を許してはならないhttps://mainichi.jp/sunday/articles/20171002/org/00m/010/008000d
●教育無償化「財源は消費税より金持ち優遇策の是正を」
安倍晋三首相の“自己都合解散”だったはずが、政権交代も絵空事ではない状況となった。政権をここまで追い詰めた根底に、加計学園疑惑があるのは論をまたない。疑惑の絵解きを先導した前川喜平・前文部科学事務次官は、この局面をどう読み解くのか――。
まず、加計(かけ)学園岡山理科大の獣医学部新設問題について振り返っておきたい。
安倍首相が議長を務める国家戦略特区諮問会議は昨年11月、愛媛県今治市が提案した獣医学部新設計画を特例として認める方針を決定。今年1月、同市の公募に同大だけが応じる形で事業者に決まった。
だが、5月に「来年4月開学」という条件について「官邸の最高レベルが言っている」「総理のご意向」とする一連の文書が、文科省内で作成されていたことが表面化した。前川氏は次官退任後の同25日、記者会見でこれらの文書が省内で作成されたものに間違いないと思うと証言し、「行政が歪(ゆが)められた」と指摘した。
学園の加計孝太郎理事長と安倍首相は、繰り返し食事やゴルフを共にする親密な関係。にもかかわらず、説明責任に背を向け続ける首相の姿勢が有権者の反発を呼び、7月の東京都議選で自民党は惨敗を喫した。
9月25日の記者会見で安倍首相は、少子高齢化や北朝鮮の核開発、ミサイル実験を「国難」と表現し、「国難突破解散だ」と表明した。前川氏は次のように指摘する(以下、かぎ括弧(かっこ)は前川氏の発言)。
「安倍首相は大げさな言葉で国民を幻惑する手法を多用します。『断固として』『決して逃げません』などと言葉は立派ですが、中身はない。解散に踏み切った真意は『いまなら大敗しない』という計算でしょう。それにしても、最大の国難とは自然災害ではないでしょうか。火山の噴火や大地震、その時原発は大丈夫か。防災は、安全保障以上に差し迫った問題です」
国の存続を脅かす課題といえば、1000兆円を超える国の借金だ。2019年10月に消費税を10%に引き上げるのも、財政再建のためだが、安倍首相は増税分の一部を幼児教育無償化や大学など高等教育の無償化(所得制限あり)の財源に充てようとしている。
「『もう少しなら借金が増えても大丈夫だろう』と、毎年赤字国債を出し続けていますが、どこかで破綻する。幼児教育の無償化は、今すぐ富裕層まで無償にする必要はありません。問題は、幼稚園教諭や保育士の処遇を良くしないと人材が集まらないという点です。人材が確保できなければ、待機児童問題も解消しない。教諭・保育士1人あたりの負担を軽減し、幼児教育の質を改善するために公費を投入すべきです」
高等教育無償化も、かゆいところに手が届いていないという。
「給付型奨学金が今年、やっと導入されました。12年に高等教育の段階的無償化を定めた国際人権規約の条項の留保を撤回したことで、国の方向として決まっていたことです。ところが、低所得層にとっては単なる授業料の無償化だけでは十分とはいえない。働かずに学校に通えるような生活支援が必要です」
これらの財源について、前川氏は消費税を引き上げる前にすべきことがあると考えている。この約30年間に積み上げられた「金持ち優遇策」の見直しによる税収増と所得の再分配だ。
「昭和50年代の税制では所得税・住民税合わせて最高税率は9割を超えていました。それが現在では5割程度。累進性が下げられていく間に経済格差が開く一方です。消費税を引き上げる際に国会では、所得税の税率構造を見直す方針を決めたのですが、富裕層ほど実効税率は低いのが現状。お金持ちは、蓄えたお金を転がしてさらにお金を稼いでいます。税は民主主義の根幹ですから、こういうところをちゃんと見て、もっと国民的な議論をする必要があります」
●審議会人選に横車押す安倍官邸
不合理な金持ち優遇は、これだけではない。
「教育資金一括贈与非課税制度は、教育費に充てるなら、子や孫への贈与は1500万円まで非課税というものです。仮に孫4人に6000万円を贈与すればそれだけ相続財産が減り、相続税も減る。明らかな金持ち優遇税制で、極めて合法的な節税対策となるわけです。富裕層はフル活用しており、既に1兆円以上がこうした形で贈与されています。こんな税制を残したまま、お金持ちの子供の保育料まで無償化する必要があるでしょうか。非常におかしな話です」
教育無償化策を子細に見ていくと、選挙目当てのばらまきとも取れるが、財政規律を維持すべき財務省はなぜ黙認するのか。
「官邸に、財務省は抵抗できないでしょう。財務省としては、他の教育関連予算、例えば科学研究費を減らして教育無償化に回せば、公約を果たした形はつくれるわけです。彼らとしては増税できることの方が大事ですから」
問題は、これらの政策が自民党内でも熟議された形跡がないことだ。
「政治主導と官邸主導は似て非なるものです。今回は、選挙まで官邸主導で進められています。選挙公約は本来、党の総意としてまとめ上げられるべきものですが、官邸が決めているように映る。いまの官邸への権力集中が垣間見えます」
批判を許さない政権の体質については、在職中のこんなエピソードを明かす。
「文化審議会の文化功労者を選考する分科会メンバーの選任は、閣議の了解が必要です。昨年11月、新たな候補を選んで官邸に相談したところ、杉田(和博)官房副長官から2人の差し替えを命じられた。1人は安保法制に反対する学者の会メンバーだったから。もう1人の文化人は明確な理由は示されませんでしたが、安倍内閣に批判的だとみられたのだと思います」
学術・文化・芸術面での見識を重視して人選すべき審議会に“思想調査”が持ち込まれたわけだ。似たような「横紙破り」は、まだある。15年の「明治日本の産業革命遺産」の世界遺産登録を巡って、国内審査が「歪められ」たという。
「世界遺産は国内の複数の候補から、文化審議会が毎年1件に絞ってユネスコに推薦します。15年は熟度の高さと隠れキリシタン再発見から150年の節目ということで『長崎の教会群とキリスト教関連遺産』が推薦されるはずでした。ところが、官邸は産業革命遺産を優先させるため、文化審議会とは別のプロジェクトチームを設置したのです」
プロジェクトの中心を担ったのは、加計学園問題で、次官時代の前川氏に獣医学部新設をせかしたとされる和泉洋人(ひろと)首相補佐官。またここでも、安倍政権特有の“お友達優遇”が顔をのぞかせる。
「産業革命遺産は、世界遺産登録の条件である保存策が講じられていない構成資産も含まれていました。登録を進めていた中心メンバーは、安倍首相の友人で評論家の加藤康子(こうこ)氏です。富国強兵の時代を象徴する遺産であることが、政権の志向に合致したのでしょう。目的のためには大がかりなルール変更も辞さない。その原動力は、霞が関の動かし方を熟知している和泉補佐官と今井(尚哉(たかや))首相秘書官とみています」
●“お友達疑惑”への怒りは消えず
その結果、公正な議論が必要な場面にも政権の思惑が影響が生じていると指摘する。
「あえて『文部官僚』と言いますが、彼らの中には『教育・学術・文化行政は政治的に偏ってはならない』という思想が受け継がれてきました。ところが、現政権になってからむき出しの政治にさらされるようになった。学習指導要領改訂や教科書検定は、専門家の間で議論を尽くして結論を得るべきですが、これが危うくなってきている。下村博文氏は文科相時代、中央教育審議会などの人選で、ご自分の意向を直接指示されることが多く、政権寄りのメンバーが増える結果となりました」
安倍首相は、憲法9条に自衛隊の存在を明記するなどの改憲をあきらめてはいない、とされる。
「衆参いずれかの総議員の4分の1以上の要求で臨時国会が開くことを定めた憲法53条について、自民党憲法草案は『20日以内に召集』と付け加えています。こういう改正はやった方がいいでしょう。でも、現政権下での改憲は非常に危ないと感じている」
その理由はこうだ。
「かつて、自民党の保守本流と呼ばれた勢力は、権力を慎重に扱ってきました。それは、戦前・戦中の国家権力が暴走した時代の反省からだった。内閣は合議体なので、各省や大臣は一定の独立性を持っているはずです。ところが、現政権は中央指令で決め、各大臣は総理の部下だと言わんばかり。そこに緊急事態条項などを加えたらとても危険です」
この先、どういう社会を目指すべきか。
「大学や専門学校への進学率が約8割に達している現在、全ての人が20歳ごろまで教育を受けられるようにすべきでしょう。結果の不平等はある程度、やむを得ない。しかし、人が成長する過程で教育を受ける機会の平等は、確実に保障されなければならない。また、夜間中学やフリースクールなどこれまでの制度から落ちこぼれた人たちの学びの場を支えていくことも重要です。教育の底上げによる格差是正が必要です」
小池百合子氏率いる希望の党が、話題を独占する中で実質的に選挙戦が始まった。一方、森友学園、加計学園の両疑惑の真相解明はまた遠のいた感がある。
「都議選では、権力や国有財産を私物化したのではという疑惑が、有権者の怒りを買いました。国会が開かれず、政権が北朝鮮の脅威をあおったことで、疑惑への関心が下火になってはいます。ですが、怒りの根っこは残っており、その怒りはすぐに呼び戻されるのではないでしょうか」
(構成/本誌・花牟礼紀仁)
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