権力への迎合はメディアの堕落でしょう ー 健全な批判精神がジャーナリズムの命だ ー前川喜平 前文部科学事務次官 2017年09月22日 朝日新聞社WEBRONZA 前文部科学事務次官の前川喜平さんが本誌の取材に応じました。前川さんは「出会い系バー」報道をきっかけに、国家権力とメディアの関係を憂い、「二つの関係を国民の視点から問い直すべきだ」と6月に日本記者クラブで行われた記者会見で発言していました。インタビューで前川さんは政権とメディアの関係、政権と官僚の関係、日本国憲法への思い、時代への危機感などについて語りました。 ■ 「出会い系バー」の記事 連動感じた和泉補佐官の影
―まず、読売新聞が掲載した、前川さんが出会い系バーに通っていたという記事ですが、記事を見たとき、どう思いましたか。 前川 週刊誌に出る可能性はあると思っていましたが、読売新聞に出るとは思いませんでした。記事は5月22日に出たのですが、メールで確認すると、私の知っている文科省の読売の記者からコンタクトがあったのは19日です。その次、20日にその記者が「私ではなく社会部の記者が伺いたいことがある」と言ってきました。同じ記者からは、同じ20日に「歌舞伎町の件です」というメールも来ています。21日朝には「社会部の取材を受けてほしい」とあって、「明日の朝刊に出すそうです」とも言ってきました。21日のうちに社会部の記者の名前とその記者からの質問を伝えてきました。 「その店に行っていた時期と回数」とか、「店で知り合った女性と性的関係を持ったことは事実か」とかいう内容でした。私はすべて放置しました。それと同時に21日に、文科省の後輩の幹部から「和泉(洋人)さん(首相補佐官)から話を聞きたいと言われたら対応される意向はありますか」という連絡が突然来ました。私は「ちょっと考えさせて」と伝えてそのままにしました。この二つは連動した話だと私は思いました。 ―前川さんは退職後も和泉さんと連絡を取り合う仲だったのですか。 前川 いえ。私としてはなるべく遠ざかっていたいタイプの人ですね。 ―文科省の幹部に内容は聞いていないのですか。 前川 ええ。聞いていません。しかし、その文科省幹部は私に別のメールで加計学園に関する文書流出の「犯人探し」の件について伝えてきていたので、これも加計学園の件だと思いました。「会ってみようかな」という気持ちはありましたが、結局会いませんでした。すると22日に読売新聞の記事が出たので、「これは官邸が本気になって人格攻撃を始めた」と思い、急遽弁護士を頼みました。 ―読売新聞社会部長の原口隆則さんが出会い系バーの記事について署名記事で説明しています。そこには「辞任後であっても、次官在職中の職務に関わる不適切な行動についての報道は、公共の関心事であり、公益目的にもかなう」と書かれていますが、この見解についてはどう思いますか。 前川 何か法に触れることをやったのなら別でしょうが、法に触れることはしていませんし、きわめて個人的な行動です。記者会見で「調査」という言葉を使ったのは不適切だったかもしれません。「調査なら公費を使ったのか」とか「報告書があるのか」などと揚げ足を取られました。まあ、日常の生活では分からない現実についての個人的な関心で行っていたので、プライバシーに属するものだと思います。それを高い位の役人だったからという理由で暴かなければならないものかと思います。 ―出会い系バーについては杉田和博官房副長官に昨秋、指摘されたそうですが、どんな状況で言われたのですか。 前川 はっきりした日付は覚えていないのですが、昨年の9月か10月だったと思います。急に「来てくれ」と言われました。そういうことはよくありました。用件を言わずに「ちょっと来てくれ」と言われて、行くといろいろご指示を受けるのです。そこで行ってみたらまったく意外な出会い系バーの話でした。「君はこういう店に行っているという情報があるが、本当か」と聞かれたので「行っています」と言うと、「どういう所なんだ」と聞かれたので、「酒飲んで、女性と話がしたいと思えばできるところです。それだけの所です」という話をしました。「何か違法なことはないだろうな」と言うので「ないです」と答えました。「立場上控えた方がいいよ」と言われたので「わかりました」と、そんなやりとりでした。「なんでこんなこと知っているのか」と思いました。 ―その日の話はそれがメインテーマだったのですか。 前川 そうです。他の用件はなかったので、「なんだろう、これは」と空恐ろしい感じがしましたね。 ■ 影響与えた内閣人事局 実権は菅―杉田ライン
(写真キャプション) 衆院予算委の閉会中審査に参考人として出席するため第1委員室に入る前川喜平・前文部科学事務次官(左)。中央は和泉洋人・首相補佐官=2017年7月24日午前、仙波理撮影 ―内閣人事局が2014年にできて、各省庁の幹部の人事を官邸が掌握するようになりましたが、このことが官僚の官邸に対する意識を大きく変えたのではないかと思うのですが。 前川 あると思いますね。内閣人事局長は最近まで萩生田光一さんで、その前は加藤勝信さんでした。今回の内閣改造後は杉田さんになったわけですが、実態は菅義偉さんなんですよ。菅さんに情報を上げているのが杉田さんでした。ですから実権は菅―杉田ラインにもともとあったんです。各省の幹部ににらみを利かすのは事務の官房副長官で、政務の官房副長官はそこまでは知らないですよね。 例えば私が事務次官の立場で、審議官以上の人事や独立行政法人の理事長や理事などの人事、これは必ず官邸を通さなければならないのですが、この場合、人事局長の萩生田さんのところに行く前に杉田さんの所に行くわけです。各省みんなそうだったと思います。杉田さんのゴーサインをもらってから萩生田さんの所に行っていました。だから実態はもともと杉田さんなのです。萩生田さんが拒否権を発動することはほとんどなかったと思います。むしろ「こいつはダメだ」という話が降りてくるのは菅さんからでした。私も杉田さんからは「これでいい」と言われて、それを官房長官に上げたら「替えろ」と言われたというケースがありましたから、やはり私は、全体の人事ににらみを利かせていたのは菅さんで、その下で実際に差配していたのは杉田さんだと思います。毎週金曜日に事務次官等連絡会議というのがあります。そこで各省事務次官と杉田さんは必ず週1回会っています。 事務次官等連絡会議は午餐会のようなものです。毎週金曜日の昼に事務次官が集まって、昼食をとったあと各省次官から報告をする。そこで官邸側から「これは徹底してほしい」というお触れが出るわけです。私が覚えているのは「共謀罪という言葉は霞が関で使ってはならん」というようなお触れです。 ―天下り問題の後、加計学園の問題が出ました。文科省の意趣返しではという人もいますが。 前川 まったく関係ないです。天下り問題は、文科省が違法なことをやってしまったことで自業自得です。「二度といたしません」という決意を表明する以外なかったと思います。加計学園問題については「なぜ在職中に声を出さなかったか」というご批判はあると思います。それは甘んじて受けます。在職中に徹底的に反対して、それでもダメなら内部告発するとか、辞表を出すとかの方法もあったかもしれませんが、それをしなかったのは勇気や能力がなかったからです。忸怩たる思いです。「退職後だから気楽だろう」と言われれば、その通りだと思います。読売新聞の記事を無視する勇気くらいで、そんなに勇気ある告発じゃなかった。それよりレイプ事件で官邸に近いと言われる元TBS記者を告発した詩織さんの方が、勇気があると思います。 ■ 文書映すも説明なし 不思議なNHK報道
(写真キャプション) 前川喜平氏のインタビューは2時間に及んだ=2017年8月15日、東京・築地 ―官邸とメディアの関係はどう見ていますか。 前川 この問題は最近になって自覚した問題で、私自身は教育と国家権力や政治権力については非常にセンシティブに考えてきたのですが、メディアとの関係は本来的に私の仕事ではなかったですから、それほど強い問題意識を持っていたわけではありません。ただ、新聞によって随分論調が違うという気持ちはずっと持っていた。 それが一つ「あれ?」と思ったのは今年の憲法記念日に読売新聞が安倍さんの改憲論をでかでかと載せたことです。 ただ、政治権力とメディアとの関係となりますと、私が当事者として問題意識を持った一つは出会い系記事の問題です。官邸に都合の悪い情報を出そうとする人間を抑え込むためにメディアが使われている。これはいくらなんでもメディアの堕落だと思いましたね。 それとNHKですが、現場の記者たちは、いろんな情報を持っていたし、文科省の現役職員に相当食い込んで、いろんな情報を取ってきていました。 朝日が文書を報じた前の日の夜にNHKが別の文書をニュースで出していました。それがものすごく不思議な出し方で、 ・・・続きを読む (残り:約6121文字/本文:約9657文字) ※ 続きは有料コンテンツにつき割愛。
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