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著者:古賀茂明(こが・しげあき)「改革はするが戦争はしない」フォーラム4提唱者。元経産省改革派官僚、国家公務員制度改革推進本部審議官、中小企業庁経営支援部長。2011年退官。元報道ステーションコメンテーター。「シナプス 古賀茂明サロン」主催。5月末に...
古賀茂明「2020年 安倍改正案は“加憲”ではなく“壊憲”」〈dot.〉
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170514-00000018-sasahi-pol
dot. 5/15(月) 7:00配信
2017年5月3日、憲法施行70周年の記念すべき日に、安倍晋三内閣総理大臣が、「憲法9条」を改正して2020年に施行することを宣言した。
これまで改憲の具体的内容についての意見表明を頑なに拒んでいたのに、突然9条改正という難題に挑戦する姿勢を示したことも驚きだが、その内容がこれまでの自民党の改憲案と全く違うものだったので、護憲派、改憲派双方から驚きと反対の声が上がったのもうなずける。
現行憲法では、第9条にはこう書かれている。
<第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない>
ごく簡単に言えば、「争い事があっても武力で解決する方法は永久にとらない。だから、軍隊は持たないし、戦争する権利も認めません」ということだ。
一方、自民党の改正草案(2012年)にはこう書かれていた。
<第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動としての戦争を放棄し、武力による威嚇及び武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては用いない。
2 前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない>
改正案には、後述するとおり、この後に9条の2として国防軍の保持などの規定が入っている。
自民党案の特色は、現行の9条1項から「戦争の永久放棄」という文言をなくし、戦力の不保持や交戦権の否認を定めた9条2項を削ったうえで、自衛のための軍事力行使を集団的自衛権を含めて全面的に認めているのだ。
これらの変更は、憲法が定める平和主義を根本から変質させるものであり、自民党の改憲の本当の狙いはここにあると考えられる。
●安倍総理がやりたいことは?
安倍総理から見れば、もちろん、自民党案が通れば、それに越したことはない。
しかし、今の安倍総理にとっては、それよりも差し迫った課題がある。それは、集団的自衛権の問題だ。
そんなことはすでに安保法制で認められたから解決済みだと思う方もいるだろうが、実は、そんなことは全くない。
なぜなら、集団的自衛権の発動だとして、日本が攻撃されていないのに軍事力を行使することは、法律上は可能になったが、実際に行使した場合、現行条文のままでは、裁判所が違憲という判断をする可能性がかなりあるからだ(司法がまともに機能するという前提だが)。
現に、国会で自民党が呼んだ参考人でさえ集団的自衛権は違憲だと主張したし、憲法学者の9割以上が違憲だとしている集団的自衛権であるから、司法が違憲判断を示す可能性は現実的に存在している。
しかし、実際に自衛隊が出動してから訴訟が起きて、違憲判決が出たら、米国との関係でも大変な問題になる。そんな不安な状態は早急になくしたいと考えるのは極めて自然な考え方だ。
安倍総理は、3日のビデオメッセージで、こう述べた。
<もちろん、9条の平和主義の理念については、未来に向けて、しっかりと堅持していかなければなりません。そこで「9条1項、2項を残しつつ、自衛隊を明文で書き込む」という考え方、これは国民的な議論に値するのだろうと思います>
これは、従来の自民党の改正案とは全く違う。9条に対する国民の愛着が非常に強いことは、各種世論調査に共通した結果だ。ここを正面から否定するような改正は、今は現実的ではない。
そこで、9条1項、2項を残すことにして、そのうえで、「自衛隊を明文で書き込む」ことにしたのだ。
安倍総理は、その理由を次のように説明している。
<私は少なくとも、私たちの世代のうちに、自衛隊の存在を憲法上にしっかりと位置づけ、「自衛隊が違憲かもしれない」などの議論が生まれる余地をなくすべきである、と考えます>
ここまで聞いた人たちは、こう思うのではないか。
「自衛隊は今でも存在するし、これからもあるだろう。それが違憲だと疑われるのはたしかにおかしなことだ。だったら、そんな誤解が生じないように自衛隊のことをはっきり書いた方が良いという安倍さんの考えは、とても自然な考え方だ。今あるものをあることにするというだけだから、何も変わらないはずだよね」
たしかに、安倍総理の発言ぶりは考え抜かれたものだ。9条はそのまま残すから憲法の平和主義は堅持されると説明できる。国防軍と書くと何かが変わるという印象を与えるので、自衛隊のままで行く。それなら、現状と何も変わらないと説明しやすい。
そういう読みである。
●具体的にどう改正するのか?
自民党改正案に比べると、かなり反対を和らげることになりそうな安倍総理の提案だが、ここで注意が必要なのは、「自衛隊を明文で書き込む」と言いながら、「どう書き込むのか」ということについて全く触れられていないことである。
例えば、9条に3項として自衛隊に関する条項を加える場合、どういう書き方が予想されるのか。
「自衛隊を保持する」という言葉だけでは、条文にならない。まず、論理的には、9条2項で戦力不保持が書かれているから、自衛隊をその例外にする必要がある。
しかし、ただ、「自衛隊は例外だ」と書くと、自衛隊なら何でもありだということになるので、目的の限定が必要になる。
そう考えると、自民党の改正草案の国防軍の条項が参考になる。
<(国防軍)
第九条の二
我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する>
ここにある「国防軍」を「自衛隊」と変えれば、一つの条文ができる。
また、元々の自民党改憲案の9条2項で書くはずだった「自衛権」という言葉をここでうまく入れ込むことも含めると、こんな感じになるのではないだろうか。
<第九条
3 前項の規定にかかわらず、我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、自衛権を行使する目的で、内閣総理大臣を最高指揮官とする自衛隊を保持するものとする>
このような条文ができれば、安倍総理としては最低限の目標達成ということになるだろう。「内閣総理大臣を最高指揮官とする」という文言はなくても良い。
●「自衛隊を保持する」と書くとどう変わるか、指摘されない不思議
現行の第九条をごく普通に読めば、確かに自衛隊があることがおかしく見える。現に、自衛隊を持つことさえ違憲だという学説が通説だった時代もある。その後、いろいろな理論で自衛隊保持は合憲とされている。安倍総理の提案は、そのことを単に条文上明確化しようというものだから問題はない……。
……と考えるのは、実は大変な間違いである。
これまでの憲法解釈として「自衛隊は合憲」という意味は、自衛隊があっても悪くはないが、決して「自衛隊がなければいけない」ということではない。「自衛隊を持たなくても合憲です」という意味を含んでいる。そんなことは当たり前だと誰もが思うだろうが、意外とこの点が見過ごされている。
一方、「自衛隊を保持する」と書くとこれが全く違った意味になる。それは、自衛隊の保持が「憲法上の義務」となるからだ。つまり、自衛隊を持たなければ憲法違反になってしまうのだ。「自衛のための軍隊なら持っても合憲、持たなくても合憲」という現状の合憲解釈とは、意味がまったく変わってくるのである。
さらに、この条項に、「我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため」というような修飾語が入ると、中国が戦いをしかけられない程度の抑止力になる強力な自衛隊でなければ、憲法が定める「我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保する」という目的を達成できないから憲法違反だということになり、強大な軍事力を持つことが、憲法上の要請になってしまう。
この理屈が通ってしまうと、どうなるか? たとえば、中国の軍事力がどんどん強くなってきた。日本の軍事力を現状のまま放置していると、中国にやられてしまう。それは憲法違反だから、増税をしたり、あるいは、他の予算を削ったりしてでも、日本の軍備を中国に合わせてどんどん強くしなければいけない。それが日本国憲法の要請なのだ――ということになる。
安倍政権が目指す軍備増強は、「憲法上の要請」という強力な後ろ盾を獲得するわけだ。
憲法第9条の改正は、自衛隊の存在を追認することとは本質的にまったく違い、「世界トップレベルの軍事力を保持する義務がある」という意味を持つ規定になると考えた方が良い。
残念なことに、「自衛隊保持」の深い意味を正しく理解している政治家は非常に少ない。正しく解説している新聞もない。憲法学者でさえこれを強く指摘していないように思える。
9条3項追加は、「単なる現状追認の『加憲』」ではない。
「日本国憲法の平和主義を否定する『壊憲』」である。
そう考えれば、安倍総理が提案したことに納得がいくのである。
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