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2017/05/12 05:10
<憲法改正をめぐる安倍晋三首相の発言について、11日の自民党各派閥の会合でも関連発言が相次いだ。
二階派の伊吹文明・元衆院議長はあいさつで「幹事長や何かに話しておくべきではあった」と発信の仕方に重ねて苦言を呈した。そのうえで「次の選挙で(発議に必要な衆参各院の)3分の2を維持できる保証はない。今を逃すとなかなかチャンスがない」と議論の加速自体は容認した。額賀派会長の額賀福志郎・元財務相も記者団に「具体的に問題を提起して、本格的な議論を進めてほしいという思いだろう」と評価した。
石原伸晃・経済再生相は「(戦力不保持をうたう)2項との整合性が非常に重要になってくる。整合性がとれるのであれば、一つのアイデアだ」と指摘した。
一方、党の憲法改正草案に関わった石破茂・前地方創生相は「草案をどう扱うのかが一番大事だ」と改めて批判した。「憲法前文と9条1、2項との整合はどうなるのか」と疑問を投げかけた>(以上「朝日新聞」より引用)
党内協議が前提の憲法改正に関する自民党の事前合意を覆す安倍氏の暴走に対して、自民党内からも不協和音が聞こえてくる。しかし、それ以前に安倍自公内閣が行った「解釈改憲」は憲法違反だという批判が皆無なのに自民党国会議員の見識のなさに落胆する。
憲法は国民が守るべき、と考えるのはお門違いで、憲法は時の権力者を縛るものだ。権力者が勝手に暴走して国民の権利を侵害したり、他国との紛争解決に武力を用いたりしないように箍を嵌めるのが憲法だ。
そうした自覚なくして憲法論議を国会議員がしているのは笑止千万だ。「解釈改憲」が戦後の憲政史に大きな汚点を残したという自覚なくして、いったい何を憲法改正で検討するというのだろうか。
いかなる憲法を定めようと、気に食わなければ「解釈改憲」すれば良いだけではないか。それならユートピアのような憲法を定めても一向に構わないということだ。
憲法改正の議論をするのであれば、まず「解釈改憲」に対する自己批判と違憲立法の疑いの強い「戦争法」と「特定秘密保護法」と「周辺事態法」を廃止すべきだ。それから憲法改正議論に進むべきだ。
それが出来ないなら、安倍自公政権に憲法改正を語る資格はないし、安倍自公政権の暴走を許している自民党と公明党とそれに手を貸している維新の党に憲法改定の資格はない。そもそも彼らこそが憲法に反する存在だからだ。
憲法は政治家を縛るためにある。権力者の暴走を許さない仕掛けが憲法だ。すべての政治家は憲法の前で謙虚であるべきだ。
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