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【第154回】 2017年4月11日 上久保誠人 :立命館大学政策科学部教授、立命館大学地域情報研究所所長
「共謀罪」に反対一辺倒なら野党は無残に敗北する
「組織犯罪処罰法改正案」が衆議院で審議入りした。過去3度国会で廃案となった、犯罪を計画段階で処罰する「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ「テロ等準備罪」を新設しようとするものである。安倍晋三政権は、「安倍一強」と呼ばれる高い内閣支持率を背景に、これまで保守派が実現できなかった「特定秘密保護法」(本連載2013.12.6付)「安保法制」(2015.919付)など、いわゆる「首相のやりたい政策」(2015.3.5付)を着々と進めてきた。「組織犯罪処罰法改正案」(以後、「テロ等準備罪新設法案」と呼ぶ)も、この一連の流れの延長線上にあると考えられており、野党の激しい抵抗が予想される。
しかし、本稿は野党が「安保法制」の国会審議時のように、法案の廃案を狙って、国会内で徹底的に法案を批判し、国会外で反対のデモを煽るようなやり方をしても、必ず失敗すると論じる。
安保法制の徹底抗戦戦略の
失敗をまた繰り返すか
この連載では、日本の安全保障政策は、本来反対するはずの「リベラル派」が積極的に関与した際に前進してきたことを論じてきた。例えば、安保法制が立案されて、成立する過程を追った時には、連立与党の一角として公明党が大きな役割を果たした。安保法制の与党事前協議が始まった時、安倍首相と自民党は、自衛隊の活動範囲を際限なく拡大しようという思い入れを前面に出した原案を出してきた。しかし、公明党が自民党の思い入れを一つひとつ論破していくことで、原案はより現実的な法案に練り上がっていったのである(2015.4.16付)。
だが、与党事前協議の後、国会審議では、安保法制を巡って安倍政権と野党が激しく対立した。国政選挙で3連敗して勢力を縮小させた野党は、政権奪取の可能性を現実的に描くことができなくなっていた。野党は、政権に協力する意味を見いだせず、徹底的に反対することで存在感を示そうとした。安保法制を「戦争法案」と決めつけた野党の激しい反対は、国会外に飛び火し、安保法制反対のデモは全国に広がった(2015.7.25付)。
だが、安倍政権は野党と一切妥結せず、ほぼ原案通りの法案を強行採決した。国政選挙に3連勝した自信と、世論調査の動向から、野党に支持が集まっていない上に、国民の関心は安保よりも経済であると判断したのだ(2015.10.27付)。結局、その翌年7月の参院選で、野党は敗北した(2016.7.19付)。筆者は、「テロ等準備罪新設」を巡る与野党攻防も、同じように展開するのではないかと危惧している。
なぜ、自民党は
「テロ等準備罪新設法」を急ぐのか
自民党は今回の法案について、これまでの「共謀罪」と異なるものだと強調してきた。今年1月、自民党は原案を発表し、処罰の対象となる犯罪を「懲役・禁錮4年以上の刑が定められた重大な犯罪」とし、その数は676とした。
対象とする犯罪が600を超えていることは、過去3度廃案となった「共謀罪」と何も変わっていない。だが、自民党は、過去の法案とは違うと主張した。「共謀罪」では適用対象としていた「団体」を更に絞り込み、テロ組織や暴力団、振り込め詐欺グループなどを想定した「組織的犯罪集団」に限定するとした。その上、凶器を買う資金の調達や犯行現場の下見などの犯罪を実行するための「準備行為」を、法を適用する要件に追加することで、法律を適用する条件をより厳しくしたと説明した。
自民党は「国際組織犯罪防止条約」の締結のために、今回対象とした犯罪を「準備行為」の段階で罰する、国内法の整備が必要だとした。「国際組織犯罪防止条約」とは、組織的な犯罪集団への参加・共謀やマネーロンダリング、司法妨害・腐敗(公務員による汚職)等の処罰、およびそれらへの対処措置などについて定める国際条約である。日本以外のG7諸国を含む187ヵ国が締結している条約だが、日本はこの条約を締結していない(未締結はわずか11の国・地域のみ)。
その理由は、この条約が、組織的な犯罪集団が関与する重大な犯罪の共謀行為を処罰する罪(つまり「共謀罪」)を制定していることを加入の条件にしており、国内の「リベラル派」(主にいわゆる「護憲派」)が強く反対していたからだ。
世界各地でテロが相次ぐ中で、日本は2020年の東京五輪開催などを控え、テロ対策の強化が必要なことは言うまでもない。しかし、インターネットの発達や交通手段の高速化で、国境を越えて組織犯罪が発生するケースが増えている現状で、国際組織犯罪防止条約に未加入だと、対テロ対策の国際的な法の抜け穴を日本に作ってしまうことになる。
また、テロ対策のための国際協力に十分に参加できず、テロを未然に防ぐために必要な、人身売買、密入国、不正な銃器の売買などの重要な情報を、諸外国と共有できなくなってしまう。このままでは、ビッグイベントを控えた日本は、テロリストにとって格好の標的となるリスクがある。そこで、安倍政権は条約加入の条件である国内法の整備を急いでいるのである。
そして、自民党は処罰対象となる676の「重大な犯罪」とする「テロ等準備罪新設法案」の原案を作成した。だが、殺人、放火、化学兵器使用による毒性物質等の発散、テロ資金の提供など「テロに関する罪」は167だけにとどまっていた。
一方、強盗、詐欺、犯罪収益等隠匿など「組織的犯罪集団の資金源に関する罪」が339、覚醒剤の製造・密輸など「薬物に関する罪」が49、偽証、組織的な犯罪における犯人蔵匿など司法の妨害に関する罪が27など、組織的犯罪にあたるがテロとは直接的に関連がない罪が多数並んでいた。また、「組織的犯罪集団」による犯罪の計画にはあたらないものの「懲役・禁錮4年以上の刑」にあたるために対象に数える罪(過失犯など)も41含まれていた。
安倍首相や自民党の保守派は、安保法制の立案時と同じであったといえる(2015.4.16付)。これまで3度廃案になっても諦められないのだから、「共謀罪」についても、非常に強い思い入れを持っているのだろう。対象となる重大犯罪の範囲は、「テロ等の準備」を超えて、非常に幅広いものとなっていた。
公明党との非公式協議による
処罰対象犯罪の削減という「歯止め」
自公政権では、安保法制など過去の重要法案については、国会提出前に与党による事前協議を行なってきた。しかし、この法案については、事前協議会の設置を見送った。これは、この法案が今国会に提出されることが明らかになってから、民進党など野党が衆院予算委員会で質疑を行ったことに対し、法務省が「法案審議を国会提出後にするよう配慮を求めた」文書を発表したことで、野党側が態度を硬化させて金田勝年法相の辞任を求める事態となったりしたことなどが影響したのだろう。
自民、公明の事前協議の内容が次々と明らかになるようでは、野党の追及により予算委員会が紛糾し、世論の反発が強くなり、国会提出前に法案がボロボロになる。国会審議を乗り切る力を政府与党が失ってしまうことを恐れたと考えられる。
その結果、両党の調整は水面下で行われることとなった。だが、官僚が両党の間を走り回ってまとめたとの話もあり、政治家の動きはわからず、法案修正の過程はなかなか見えてこなかった。だが、自民、公明両党がそれぞれ党内で了承を得て「閣議決定」された法案は、対象とする犯罪が676から277まで絞り込まれていた。具体的には「テロに関する罪」の対象は110まで減り、その他についても「薬物」29、「人身」28、「資金源」101、司法妨害9と大幅に減っていたのである。
「平和の党」を標榜する公明党は安保法制の協議において、様々な論点で厳しい指摘を繰り返し、「前のめり」自民党の「歯止め役」を徹底的に務めた。そして、自民党が提示した、自衛隊の活動範囲を際限なく拡大したいという思いが露骨に出て粗っぽすぎた案を、現実的な具体策に練り上げる役割を果たしていた(2015.4.16付)。
「テロ等準備罪新設法案」においても、与党協議の内容は見えないものの、公明党の役割は同じだったといえるだろう。公明党は「歯止め」を自認しながら、3度も廃案になってきた「共謀罪」を、何でもかんでも処罰対象にしたがる自民党の案から、テロ対策に必要ないものをできるだけ削り、より現実的で国民の理解を少しでも得られる「組織犯罪処罰法改正案」に練り上げることに、少なくとも一定の役割は果たしたと評価すべきである。
審議入り後の公明党な何もできない
野党は安保法制と同じ戦略なら失敗する
そして、「テロ等準備罪新設法案」が衆議院で審議入りした。法案の修正により国会提出に貢献した公明党だが、党内からは、7月の東京都議選への影響を回避するため、今国会成立の見送りを求める声が出ており、会期内の早期成立を目指す自民党とは温度差がある。だが、公明党は所詮連立与党の一角である。法案の答弁を行う担当大臣は自民党だ。国会審議に入ると、公明党はよくも悪くも、何もできなくなる。むしろ問題は、野党ということになる。
学校法人「森友学園」の問題が思いのほか長期化することで、まるで全体主義国家の学校をイメージさせるような、「教育勅語」を幼児に暗唱させる映像や、その教育勅語の内容に閣僚が次々と理解を示すことに国民の多数は衝撃を受けている。安倍首相やその他の政治家と保守系団体との「不適切な関係」の有無にも高い関心が集まった(2017.3.28付)。
「テロ等準備罪新設法案」が、これら安倍政権下における一連の自民党の「右傾化」のイメージと同一線上に位置づけられるのは当然であり、国会審議では野党の激しい反対が予想される。だが、野党の国会戦略が「安保法制」と同じであるならば、野党はなにも得られず、無残な敗北を喫することになる。
日本共産党の小池晃書記局長は、安倍政権が法案名を「共謀罪」から変えたことに対して、「本質はまったく変わらない」と厳しく批判している。そして、「違憲立法の共謀罪創設に反対する闘いは日に日に広がっている」と強調し、「共謀罪は過去3回廃案となった。その時期に比べても、いまは市民と野党の共闘が大きく発展している」として、「共謀罪法案を必ず撤回させる」と表明している。
なんともいえない、既視感がある。基本政策が異なるはずの野党が共闘し、安保法制を「戦争法案」と叫び続けたように、野党は今回の法案でも「共謀罪」という名称にこだわり、叫び続けるのだろう。そして、ただひたすら廃案に向けて、一切妥協せず、反対を訴えるのだろう。既に「共謀罪反対デモ」は広がりつつあるが、また国会を取り囲むのだろうか。
国民の関心は経済に集中
五輪まで安部政権は盤石
だが、安倍政権は国政選挙で4連勝して、圧倒的多数派を形成していることを忘れてはならない。国会で野党がどんなに激しく批判を展開し、既に不安視されている金田法相の答弁が更に迷走しようとも、安倍政権は簡単に法案を可決させることができるのだ。
徹底的な「共謀罪反対」のアピールで、安倍政権の支持率を落とし、次の選挙での勝利を狙うのかもしれないが、残念ながらその戦略は安保法制の際に完全に失敗したではないか。2016年7月の参院選で、野党は「改憲勢力に衆参両院で3分の2の議席獲得を許す」という、戦後政治において野党が最低限死守すべきラインすら割ってしまう、最悪の惨敗を喫したのだ。この戦略が成功しないのは明らかである。
実際、「森友学園」の問題が長期化しても、安倍政権の支持率はほとんど低下していない。国民の関心は経済である。安倍政権による日本社会の「右傾化」を嫌だなと思っていても、日本がまた戦争をする国になるというリアリティはない。
安倍首相は、おそらく今年中に解散権を行使することはない。来年秋の自民党総裁選後になるという予測もある。現在、経済は停滞気味だが、東京五輪が次第に近づいてくると、派手派手しく景気対策が打ち出されるだろう。折しも、「将来の増税、歳出削減を国民が予想するので、結果的にデフレになる」「増税や歳出削減を一切予定せず、インフレによる財政赤字返済を前提とした追加財政を行うべき」という荒唐無稽としかいいようがない理論が米国からやってきて、安倍政権が都合よくそれに乗ろうとしている。
もちろん、まじめに財政危機や将来世代の負担の軽減を訴える人はいるだろう(例えば、山田厚史の「世界かわら版」2017.3.30付)。しかし、国を挙げて五輪を盛り上げようという「空気」が広がり、それに水を差す異論を許さなくなっていくはずだ。そんな時に、安倍首相は解散総選挙に打って出る。その結果がどうなるか、言うまでもないだろう。
野党は真に「テロ準備罪」のみに
有効な法律を練り上げるべきだ
要は、「共謀罪反対」と叫び続けて、安倍政権の支持率を短期的にほんの少しだけ傷つけたとしても、政局の大きな流れの中では、ほとんど無意味なのだ。それよりも、この連載がずっと主張し続けてきたように、民進党は共産党との共闘関係を絶つべきだ。共闘は選挙で多少、議席を増やすことにつながるだろうが、日本のマジョリティである中流の人々の信頼を失い、政権交代はむしろ遠のいてしまうのだ(2016.9.17付)。
民進党は安保法制の国会攻防時に、元々対案を準備していたはずなのに、感情的になって与野党協議ができず、共産党とともに廃案を狙った徹底的な反対路線を突き進んだ(2015.6.26付)。しかし、今回の国会審議では、考え方を変えるべきではないだろうか。
繰り返すが、「テロ等準備罪新設法案」を廃案にするのは絶対に無理だ。国際情勢の不安定化で、国民の多くが、テロ対策の必要性を強く認識しているというのが現実だ。今回の勝負は、どうあがこうとも成立してしまう法律を、いかに「歯止め」の効いた、国民が安心できるものにするかであるべきだ。それには、現在277まで減っている処罰対象となる犯罪を、いくつまで減らせるかに集中することである。
本連載の著者、上久保誠人さんのの共著本が好評発売中です。『やらせの政治経済学:発見から破綻まで』(宮脇昇他編、ミネルヴァ書房刊)第3章「選挙とやらせと財政再建:英国・キャメロン政権と安倍政権の比較」を担当しています
前述の通り、現在でも、対象の罪のうち「テロに関する罪」の対象は110だけである。まだまだ削れる余地がたくさんある。与党と完全に対決して、無修正で強行採決されるのは、最悪である。与党と協議して、どれだけ削ったかを成果とすべきだ。
要するに、この法案を「共謀罪!共謀罪!」だと叫び続けて、国民の間にレッテルを貼りつけようとするような非生産的なことはやめるのだ。何度でも繰り返すが、大事なのは「テロ対策」に当てはまらない処罰対象を1つ1つ削って行って、共謀罪ではない本当の意味で「対テロ準備罪有」のみに有効に機能する法律に練り上げていくことである。
それは、政権交代の実現には直結しないが、長い目で見れば、「自民党に代わる政権交代可能な政党」としての信頼を少しずつ取り戻す、きっかけとなるはずだ。今、民進党に必要なのは、本当の意味での地道な取り組みと、国民に対する誠実さではないだろうか。
(立命館大学政策科学部教授 上久保誠人)
http://diamond.jp/articles/-/124330
森友学園問題をめぐる、
保守派とリベラルの空回り議論の本質
[橘玲の日々刻々]
当初はささいなことと思われていた森友学園問題は、理事長の国会での証人喚問で一気にヒートアップしました。密室での献金や講演料の授受は水掛け論としても、疑惑が公になったあとも首相夫人が副園長(理事長夫人)と頻繁にメールのやりとりをしていたことや、小学校を建てる国有地の借地期間の件で理事長が直接、首相夫人に電話をかけ、経産省から出向していた秘書官が財務省に照会し、回答をFAXしていたことは大きな衝撃でした。政府はこれまで首相夫人を「私人」と説明してきましたが、民間人からの依頼を官僚に処理させていたことでこの理屈は破綻しました。
この件で不思議なのは、首相官邸がメールやFAXの存在をまったく把握できていなかったらしいことです。これはようするに、国家の危機管理を担う日本国首相は、妻がなにをやっているかまったく知らないし、その行動をなんら「管理」できていないということでしょう。この驚くべき事実は、最近では永田町界隈で「アベノリスク」と呼ばれるようになったようです。
ところがこのことが、首相の責任をめぐる保守派とリベラルの議論を混乱させています。
強大な国家権力の頂点に立つ首相の職責とは、多様な利害の調整だけでなく、自らの決定に国民を従わせることです。その首相が自分の妻すら「管理」できないとすれば、国民がそのマネジメント能力に疑念を抱いたとしても当然でしょう。
これと同様のことが旧民主党政権時代に起きたとしたら、「日本社会の根幹はイエ制度」と信じる保守派のひとたちは、「家庭を管理できない奴に国家の管理が任せられるか」と大騒ぎしたでしょう。しかし今回は当事者が保守派の“期待の星”なので、「夫婦関係は私的なこと」として無視をきめこんでいます。民進党代表の家族がテレビで紹介されたときは、「夫をヒト扱いしない人が国民をヒト扱いするのか?」とバッシングしたことを思えば、目を覆わんばかりのダブルスタンダードです。
その一方で、首相を批判するリベラルの側にも頭の痛い問題があります。彼らの理屈では夫と妻は独立した人格ですから、妻の不始末の責任を夫がとる(あるいはその逆も)ことなどあってはならないのです。首相に妻を「管理」する責任などなく、首相夫人がどれほど“公権力”を濫用したとしても、夫である首相がそれを知らなかったのなら、「困った妻に翻弄されるかわいそうな夫」というだけのことなのです。
「真に日本国を支える人材を育てる」小学校の開校について、政府は一貫して政治的圧力はなかったと主張していますが、首相夫人が名誉校長に就任し、理事長が有力な国会議員や大阪府議会議員に働きかけているのですから、これが「政治案件」であることは誰でもわかります。副園長とのメールのやりとりを見ても、首相夫人はたんなるつき合いで名誉校長を引き受けたわけではなく、その教育理念に共感し同志的つながりを持っていたことは明らかです。
しかしこのように首相夫人の責任が前面に出てくるほど、「夫婦の連帯責任」を問わずに首相を追及するのが難しくなってきます。これが、首相の責任をめぐる議論が空回りしていうように見える理由なのでしょう。
『週刊プレイボーイ』2017年4月3日発売号に掲載
橘 玲(たちばな あきら)
作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『日本の国家破産に備える資産防衛マニュアル』『橘玲の中国私論』(ダイヤモンド社)『「言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)など。最新刊は、小説『ダブルマリッジ』(文藝春秋刊)。
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http://diamond.jp/articles/-/124370
2017年4月11日 森信茂樹 :中央大学法科大学院教授 東京財団上席研究員
小泉進次郎氏ら提言「こども保険」で考える“負担”の問題
3月29日、小泉進次郎氏を中心とする「自民党・2020年以降の経済財政構想小委員会 (2017)」が、「『こども保険』の導入〜世代間公平のための新たなフレームワーク構築〜」と題する提言(以下「提言」)を公表した。「子どもが必要な保育や教育を受けられないリスクを社会全体で支える」ための仕組みとして、年金や医療、介護に続く新しい社会保険制度として導入しようというもの。増税や教育無償化のための「教育国債」などに加えて、子育てや教育の財源をめぐって、新たな問題提起がされた形だ。
新たな保険料を徴収
児童手当に給付金上乗せ
「子ども保険」の内容は、「保険料率0.2%(事業主0.1%、勤労 者0.1%)の保険料を、事業者と勤労者から、厚生年金保険料に付加して徴収する。自営業者等の国民年金加入者には月160円の負担を求める。財源規模は約3400億円となり、小学校就学前の児童全員(約600万人)に、現行の児童手当に加え、こども保険給付金として、月5000円(年間で6万円)を上乗せ支給する」というものである。
少子化を放置すれば、経済の停滞、社会保障の持続可能性の崩壊につながる。また、十分に教育を受けられなかった人は、高所得の得られる仕事につけず、子どもにも十分な教育を受けさせられないという形で、格差の連鎖を生み出すことにつながっていく。
その意味では、こうした問題を正面から取り上げて、公的保険という制度で解決しようという「提言」は、自民党内で別途繰り広げられている、「教育国債(赤字国債)で教育無償化を」という、負担を将来世代に先送りするだけの安直な議論と比べて、貴重な問題提起として評価したい。
もっとも、子育てや幼児教育の財源を公的保険として構築するには、様々な乗り越えるべき課題もある。簡単には実現しそうにはないが、今後この議論を、建設的な国民負担の議論につなげる起爆剤とすることが「提言」の価値と評価できる。
だがさまざまな問題点があることは確かだ。
子育ての負担論議の起爆剤に
富裕高齢者も所得税で負担を
本稿では、負担論として、どのような問題があるのかを考えてみたい。
第1に少子化対策や幼児教育は、少子高齢化が急速に進む日本にとって最重要課題であるだけに、勤労世代だけに負担を負わせる社会保険制度での対応ではなく、高齢世代にも負担を求める方法をとることがあるべき姿ではないか、という問題である。
有権者のなかで高齢者の割合が大きくなる中で、高齢者への負担増を避けようとするのは、今日まで続いてきた、高齢者の利害を優先しがちなシルバー民主主義をなぞるもの、といわざるを得ないのではないか。
高齢者にも負担を求める方法としては、誰もが一律に負担する消費増税が思いつくが、所得の多い人がより多くの負担をする所得税での対応が重要である。具体的には、年金のほかにも所得がある高所得年金受給者への課税強化(公的年金等控除の縮小)、富裕高齢者に多くが帰属する金融所得に重く課税することが考えられる。これらは、高所得・富裕高齢者に集中的に負担を求めるもので、高齢者に社会保障の受益が偏りがちだという世代間・世代内の公平性を大きく向上させるというメリットがある。子育てをめぐる負担論議でもこの選択肢を放棄すべきではない。
子どもがいない世帯は
給付がないのに負担をするのか
第2に、保険制度、保険原理としての課題である。
提言を読むと、「(保険は)負担額と給付額が一致しているので、国民全体で見れば、全く負担増にならない。給付を前提に負担を求める点で、増税とは違う」と書かれているが、例えば子どもがいない世帯にも保険料の負担を負わせることが公的保険として妥当か、という問題にぶち当たる。子どものいない世帯にとっては必ずしも「受益と負担」がバランスしているとは限らない。
加えて、現在の国民年金保険料負担の実態を見ると、自営業者(非正規雇用者も含む)は定額(月1万6000円強)となっており、高所得者ほど負担が軽くなるので、消費税より逆進性(低所得者により重い負担)が高い構造となっている。
厚生年金についても、高所得サラリーマンには負担の上限があり、所得水準がそこを超えると負担は相対的に下がっていくという逆進性が見て取れる。
このことは、保険制度では、所得の再分配に対してマイナスの影響を与えかねないという問題である。低所得の非正規雇用者の負担するこども保険料で、豊かな正規雇用のサラリーマン家庭の子育てを支援する、という逆説的なことが生じうる。
もっとも、保険は本来はリスクをカバーすることが目的で、所得再分配はその機能ではない、ということかもしれない。そうであれば、所得格差の拡大が問題になっている現状では、所得再分配機能の強化(格差是正)も可能となる所得税方式の方が、メリットがあるということになる。
事業者の負担増加
非正規雇用を増やす恐れ
また現状でも、国民年金の4割が未納という保険の実態をどう認識するのか、という問題もある。「子ども保険」の保険料が上乗せされることで、低所得の人たちの未納をさらに増やすことにもなりかねない。
さらには、事業者にこれ以上の負担増を求めることは、事業コストの増加につながり、それを避けようとして低賃金の非正規雇用化への流れにつながりかねないということも留意点であろう。
これらの点については、「報告書」は以下のような比較表を掲載している。
拡大画像表示
表では、税方式としては消費税だけが掲載されているが、上述のように、所得税(公的年金等控除の縮小や金融所得への重課など)方式も考えられることを付け加えておきたい。
このように、今回の自民党若手議員の「子ども保険」の提言には、今後、議論すべき論点が数多くあるが、「提言」を議論の起爆剤として、消費増税を含めたあるべき国民負担論、つまり、どの世代でどう負担していくかという国民的な議論に、建設的につながっていければ、望ましいといえよう。
その意味で、この「提言」は、問題提起として大事にしたいものである。
なお筆者は、東京財団・税社会保障調査会でもこの議論を経済学者と行っているので参照してもらいたい。
(中央大学法科大学院教授 東京財団上席研究員 森信茂樹)
http://diamond.jp/articles/-/124332
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