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特別対談企画「出口さんの学び舎」
時代を憲法に合わせなければいけない
木村草太(憲法学者)×出口治明(ライフネット生命保険会長)(後編)
構成/菅 聖子
憲法は、国家が失敗しないための「貼紙」
木村草太(憲法学者)×出口治明(ライフネット生命保険会長)(前編)
2017/03/27
構成/菅 聖子
「保険って、憲法と似ていると思うんです」
出口:この対談は、僕がいろいろな先生方に教えを請うという場です。今日は木村先生から「日本国憲法」のお話をうかがうことを楽しみにしてきました。よろしくお願いします。
木村:まずは、日本国憲法というよりも、「憲法とは何か」というところからお話をしましょうか。
憲法とは、国家権力が過去にしてきた失敗を繰り返さないために、その失敗をリスト化して禁止したもの。言ってみれば貼紙のようなものなんです。
出口:なるほど。
木村:たとえば、小学校には「廊下を走らない」という貼紙がしてありますね。子どもたちが集まると廊下を走り出してしまうのは、人類普遍の原理です(笑)。それを繰り返させないために貼紙をするわけです。
どんな団体や組織にも失敗しがちなことはあります。たとえば、学校の場合は廊下を走らないですが、国家の場合は「戦争をしないようにしよう」とか「人権侵害をやめよう」とか。憲法は、そのような貼紙だと思えばいいんです。
木村草太さん(左)、出口治明さん(右)
出口:すごくわかりやすくて面白い! 実は僕、恥ずかしいんですが、大学は憲法ゼミだったんですよ。
木村:えっ、そうなんですか?
出口:でも憲法自体は全然勉強しなかった。表現の自由を勉強していたんです。
木村:なるほど、そうでしたか。
出口:僕は単純に考えれば、どんな社会でも権力は必要だと思っています。国家がなぜ作られたかといえば、権力をひとところに集めて治安を維持し、住みやすい世の中をつくるためですよね。そして、ルールを決めていった。連合王国の、マグナカルタ以降の慣習法のように、みんながルールを意識すればいいのですが、近代国家の憲法は、みんなに向けて明文化したほうがいいということですよね。
木村:その通りです。たとえば会社でも、失敗しやすいことや気を付けなければいけないことがあると思うんです。出口さんが会長を務めるライフネット生命はどうですか?
出口:あります、あります。当社の場合、マニフェストという形でパンフレットに書いています。たとえば「生命保険を、もっと、わかりやすく」とか。
木村:それは、非常にいいフレーズですね。保険というのは難しい商品なので、放っておくとどんどんわかりにくくなってしまいますから。ところで出口さんは、子どもたちに保険が大事なものだと伝えるとき、どんな説明をしますか?
出口:うちの会社にはよく小学生が遊びにくるのですが、紙芝居などを作って説明しています。「きみが交通事故に遭ってケガをしたとする。病院に行ったら、薬を塗ったり包帯を巻いてもらったりするよね。そうするとお金を払わなければいけない。入院すればもっとたくさんのお金が必要になる。不時の出費は大変だよね。でも、保険に入っていればそこでお金がもらえるから、普段の生活には変わりないんだよ」などと。
木村:なるほど。
出口:保険の本質は、ロス・ファイナンシングです。社会で生きていると、何かしらロスが起きる。たとえば火事で家が焼けたら、建て直さなきゃいけません。お金持ちなら自分でファイナンスできますが、持っていない人は建て直せません。そのときの手段が保険なんです。
木村:「本当に困ったときのことを想像してみよう」というところから教えているわけですね。
出口:ええ。困らなければ必要のないものですから。
木村:普段は気づかないけれど、いざというとき頼りにできる。そういう意味で、保険は憲法と似ているなあと思うんです。テレビなら買ったその日に見られますが、保険は買ったからといってすぐには使えません。でも、事故や病気など本当に困ったときに、救われるものです。
出口:たしかに憲法も、争いごとなどなくて、社会がうまくいっているときは関係ないですねえ。
木村:憲法のありがたみは、人権侵害されたり、逮捕されたりして初めてわかるんですよ。出口さんが、「困ったときのことを想像してみよう」と伝えているのは、すごく参考になります。憲法も、単に条文を教えるだけではなかなか伝わらない。「憲法って、こういうときに使うんだよ」ということを合わせて教えないと、と思います。
「日本国憲法は標準装備度が高いんですよ」
出口:では、日本国憲法はどのようにとらえたらいいでしょうか。
木村:他国との一番の違いは、できた時代です。フランスの人権宣言やアメリカの憲法は、18世紀の終わりに作られたので、憲法に何を盛り込まなければいけないか、まだよくわかっていなかった時代なんですね。その後、修正や改正を繰り返してようやく、書いておかなくてはいけないものが書き込まれた感じです。
出口:連合王国の慣習法に近いやり方ですね。成文にはしていますが、ちょっとずつプラスして憲法を作っている。
木村:そうです。フランスもアメリカも、どんどん建て増しをしている。一方、日本国憲法ができたのは第二次世界大戦後です。「憲法には、こういうものが必要だ」と、だいたいわかっていた時期ですね。そのため、「軍隊をコントロールする」「人権を保障する」「権力を分立する」「人権保障のために裁判所に違憲立法審査権を付与する」といった立憲主義の基本メニューが最初から装備されています。
連合王国の憲法は、昔からの慣習法としてあった憲法を修正しながら使っているので、標準装備が整っていないところがある。たとえば、憲法裁判所や最高裁判所による人権を守るための違憲立法審査の仕組みがありません。法律でOKしたことについて、国民は基本的に文句を言えないんです。アメリカでもドイツでも日本でも、人権侵害を侵す法律があった場合、国民はダメだと言えるのに。
出口さんはロンドンに住んでいたことがあるそうですね?
出口:はい、あります。
木村:私の理解では、連合王国の人たちは「自分たちは自由の祖国である」という意識を強く持っている。非常に人権意識が高い印象ですが、どうでしょうか。
出口:その通りだと思います。
木村:なので、「私たちの議会が人権を侵害するなんて、ないんじゃないか」という考え方だったのです。
出口:議会の歴史そのものが、自由を勝ち取るための戦いだったので、そこに対する信頼感が高い。わざわざそんな仕組みを入れなくても、我々はマネージできるという考え方なんでしょうね。
木村:そうなんですよ。ただ、EU化の流れの中で、連合王国もヨーロッパ人権条約に加入することになりました。加入国の国民は、自国の人権侵害について、ヨーロッパ人権裁判所に訴えることができるんです。連合王国は、この条約に加入するとき非常に楽観的で、「自分たちは自由の祖国なのだから、国民が人権裁判所にお世話になることなどない」とプライドを持っていた。ところが実際は、人口当たりの人権裁判所に出訴した割合と、裁判所で国の側が敗訴した割合が、いずれもヨーロッパワースト1位なんですよ。
出口:ええっ、まったく知りませんでした。
木村:イギリス人としては「こんなはずじゃなかった」というところでしょう。ドイツやフランスなどには、自国内に憲法裁判所、憲法院や違憲立法審査権を持つ裁判所などがあるので、人権問題が起きたらまずそこで訴えます。しかし、連合王国の場合は議会が最高決定者なので、問題が起きたら即座にヨーロッパ人権裁判所に行くんですね。連合王国の自由の歴史はすごく大事ですし学ぶべきところがありますが、標準装備が入ってないがゆえに問題が起きるのです。
出口:そういう面で、日本国憲法は非常に標準装備度が高い、と。
木村:そうです。後からできた方がやっぱり装備が整っていると思いますね。
「憲法9条は、13条や国際法と合わせて立体的に読んでほしい」
出口:次に考えたいのは、日本国憲法の中身です。最も特色があるのは、やはり9条でしょうか?
木村:憲法9条はなかなか難しい条文ですが、改憲派護憲派問わず9条しか読まない人が多いのが、私は不満なんです。
出口:ほう。
木村:現在の国際法では、「武力不行使原則」が確立しています。19世紀までの国際法では、戦争は違法ではありませんでした。それが20世紀に入って、戦争自体を違法とする不戦条約が結ばれました。不戦条約の最初は1904年ですが、「国債を回収するために武力行使してはいけない」というところからスタートしています。逆に言うと、当時は金を回収するために武力行使していたことになるんですね。
そして、1919年の国際連盟規約、1928年のパリ不戦条約などが積み重なり、第二次世界大戦後に、「武力行使は一般的に違法である」という原則が確立。現在は国連憲章にも書かれています。「武力行使をやめよう」というのは、実は憲法9条に言われるまでもないわけです。
出口:グローバルスタンダードなんですね。
木村:あくまで紙の上では、アメリカ、ロシア、韓国、北朝鮮、中国、ベトナム、タイ、これらの国々全てが国連加盟国である以上、武力行使しないという原則にコミットしています。
木村:ただし、国連憲章には「武力不行使原則を破って侵略する国が現れたときだけは、武力行使をして良い」というルールが定められている。侵略国家が現れた場合には、国連の安保理決議に基づく措置として、みんなで対応するのが原則です。もっとも安保理決議が出るには時間もかかるし、場合によっては拒否権が行使されるなどして、国連が措置を取れないこともあります。そこを補うために、各国が個別または集団の自衛権を行使するというルールです。
そこで、「憲法9条がどうか」という話です。
9条1項は「侵略戦争をしない」という趣旨の規定なので、「1項がおかしい」と主張する人は、改憲派にもあまりいません。変える必要はない、むしろ守るべきだという人が多いんです。
問題は2項です。「軍と戦力を持たない」と書いてある。これを読むと、集団的自衛権はもちろん個別的自衛権も含めて、日本は武力を行使してはいけないということになります。 「9条があらゆる武力行使を禁じている」という点については、ほとんどの人が認める見解ですし、現在の安倍政権含め、日本政府もそう解釈している。
ただ、法律の条文は例外を認めることがあるんですね。9条についても例外があるのではないか、についての検討が必要になります。
出口:いわゆる、自衛隊合憲説ですね。
木村:はい。日本国憲法13条には、「国民の生命の自由、幸福追求の権利は、国政の上で最大限尊重しなくてはいけない」と書いてあります。外国からの侵略があったとき、その侵略を放置すると、国民の生命の自由や幸福を尊重しているとは言えない。したがって、「武力行使するな」という9条のルールと、「国民の生命を最大限尊重しよう」という13条のルールがぶつかってしまうのです。
どちらが優先するかは解釈で決めるしかないんですが、日本政府は「国民を守るのはどの国でも最低限の義務だから、9条に対して13条が優先する。つまり、国民を守るという範囲においては、9条の例外として武力行使は許されるし、そのための実力保持も許される」と解釈しているのです。
憲法9条は、それだけを読むと、両極端な議論で終わってしまうのですが、ぜひ国際法や憲法13条と合わせて立体的に読んでほしいんです。
「自衛隊の海外活動は国民の監視が甘くなります」
出口:憲法13条や国際法など全体の法体系の中で、自衛隊は合憲ということですが、実際に自衛隊は何をしているのでしょう?
木村:自衛隊には仕事が3つ+1くらいあるんです。ひとつは「外国の侵略から日本を守る」。これが一番重要で、13条から導かれるものです。それだけでなく、テロリストや警察の手にあまる犯罪者が出てきたときには、「治安出動」で押さえます。これも非常に大事な仕事です。最後に、「災害から国民を守る」。実際、自衛隊がこれまで出動したのは災害のときだけです。大災害が起きたときにレスキューに行ったり、がれきを除去したりします。
木村:それとは別に、自衛隊は大きな組織でさまざまな技術を持っているので、「国際貢献」を求められることがあります。PKO活動などが典型ですが、外国のインフラ整備や、場合によっては治安維持を手伝うこともあります。たとえばソマリア沖の海賊対策。相手は犯罪者なので、海賊を捕まえたら日本の刑法を適用するため日本に連れてくるのですが、ソマリ語を話せる人が少ないんですよ。
出口:弁護士、裁判官ともに立件が大変ですね。
木村:単純な効率を考えたら、ソマリア周辺国の人たちに治安活動をしてもらう方がいい。でも、「みんなでやっているので来い」と言われて派遣するわけです。
ただ、自衛隊の国外活動には、注意すべき点もあります。南スーダンのケースを見ても、国外でやっていることはメディアも取材しにくいので国民の関心が高まりにくく、監視が甘くなります。そこが非常に危ないんですね。自衛隊は侵略活動をしているわけではなく、その国の政府に協力するために活動しているのですが、自衛隊員の安全は確保できているかとか、外国政府が自国民を抑圧するのに加担してしまっていないかなど、気をつけなければいけないと思います。
出口:国際貢献をしようと思うと、それなりの装備と技術を持った集団は、自衛隊以外にないですよね。
木村:これも結構微妙なところです。たとえばPKOにもいろいろなやり方があって、文民警察官を配置する場合もある。自衛隊がこれまでやってきたことって、HPを見ると、ほとんどがインフラ整備なんですよ。
出口:道路を作った、学校を作った、橋をかけた、などですね。
木村:どちらかというと、土木事業者のHPみたいになっているんです。出口さんはいろいろな国際交流をされているのでわかると思いますが、こちらの技術をポンと出してしまうことが、その国のために本当にいいかというと微妙ですよね。むしろ重機の使い方を教えて、道路はその国の人たちで作る方が国際貢献になるのでは。
出口:パンを与えるのではなく、魚の釣り方を教えるということですね。
木村:そうです、そうです。道路を作れば誰もが喜ぶし、役立っている感じがしますが、もっとできることがあるのではないでしょうか。自衛隊の国際貢献を考えると、今やっていることが本当にいいのかという視点を持たなければいけないと思います。
*後編へ続く(3月28日公開予定)
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憲法改正、ドイツのやり方は参考になる?
出口:個別的自衛権は「外国の侵略から日本を守る」ということですっきり説明がつきますが、集団的自衛権はどう考えたらいいんでしょう?
木村:まず、これまで日本政府は、日本が集団的自衛権を行使することはできないと考えてきました。憲法13条はあくまで「国民を守れ」ということで、「外国政府を守れ」とは書かれていません。集団的自衛権は外国を守る権利なので、9条の例外を認めることは、今の憲法ではできないというわけです。
集団的自衛権については、9条以外にも深刻な問題があります。日本国憲法には、外国に自衛隊を派遣するときの基準や手続きが書かれていないのです。たいていどの国でも、自衛隊に相当する軍隊や実力組織を海外に派遣するとき、責任者や手続きの方法、どういう場合に行くか、という基準が憲法でコントロールされています。
木村草太さん
出口:つまり、他の国の憲法は貼紙になっているんですね?
木村:そうです。だって海外に軍隊を送るのは、すごく大事なことじゃないですか。
国によって「議会の承認が必要」とか「首相や大統領が責任を負う義務がある」とか、きちんと書いてあります。しかし日本国憲法は海外への派兵をしない前提で作られているので、手続きが全く書かれていないんです。今のままでは「議会の承認なんかいらないよね。現場判断でやっちゃっていいよね」と、運用されかねません。大変危険なのでやめておこう、となるわけです。
2015年の安保法制では集団的自衛権を一部容認したとされますが、条文上は、あくまで13条で説明がつく範囲にしようとしています。国民の生命の自由の権利が根底から覆されるときにそれを守る範囲でだけ使ってもいい、という条文になりました。もちろん、国民の生命を守るためであれば、集団的自衛権である必要はないという批判も非常に強くあります。
出口:なるほど。今、認められている集団的自衛権は、13条に引っかかるほんのわずかな部分だと理解していいんですね?
木村:そうです。ただ、それがどういう範囲なのか、政府の説明がはっきりしていません。ホルムズ海峡云々という話がありましたが、13条の事例を守るためのケースかと言われると、「そうかな?」と思う人が多いでしょう。条文自体の意味がよくわからないんです。9条違反だと議論する前に、「そもそも意味がわからないから憲法違反と言わざるを得ない」というのが私の立場で、国会でも話をしてきました。
出口:もし集団的自衛権を行使するのであれば、憲法を変えなければならないとお考えですか?
木村:はい。やる場合は、きちんとしなければ。単に行使できると書くだけでなく、誰の責任で、どんな手続きでやるのかを書き込まなければいけないと考えます。たとえばドイツでは、「海外派遣をするときは必ず議会が関与する」「集団的自衛権を行使する場合は、守りに行く国とドイツとの間に国際条約の基礎がないといけない」という基準が作られています。
出口:憲法改正を行う場合、ドイツのやり方が参考になるとお考えですか?
木村:そこは非常に難しい部分もあります。憲法ができた時期が同じで、同じ問題意識で作られているので、日本国憲法とボン基本法は構造がよく似ている。ただ、ドイツは憲法に書いてあることが非常に多いんですよ。
出口:なるほど。
木村:憲法というのは、普通の法律よりも改正が難しいのが普通です。どれくらい難しいかは国によって違いますが、ドイツの場合は上下両院の3分の2で改正ができる。日本の場合はそれに加えて国民投票があるので、ドイツに比べてかなり改正が難しいんです。
改正が難しい国の憲法は、憲法に書いてある事柄が少なくなる傾向です。ドイツは日本と比べると改正が簡単なので、日本では公職選挙法や地方自治法に書かれていることも、憲法に書き込まれているんですよ。
出口:憲法の内容と、改正手続きはリンクしているんですね。
木村:そうです。ですから、ドイツで憲法改正されていることが、直に日本に示唆を与えるかというと、そうでないことも多いんです。
出口:日本とドイツは敗戦国で戦争犯罪を裁かれたので、海外へ派兵する場合の書き方などは参考になると思いますが、どうでしょう?
木村:おっしゃる通り、非常に参考になりますね。ドイツの場合、再軍備のために憲法改正をしましたが、非常に厳しい議会チェックを入れました。ここは日本と非常によく似ていると思います。ただ、日本とドイツの安全保障上の文脈はかなり違います。ドイツはNATO(北大西洋条約機構)の加盟国です。
出口:日本の場合は日米安保ですね。
木村:はい、二国間条約なので、集団的自衛権の必要性も違います。ドイツの場合はNATO諸国のどこかの国がやられたら、守らなければいけないという枠組の中に入っています。
出口:シンプルといえば、シンプルですね。
木村:日本の場合は、幸か不幸かそういう枠組の中に入っていませんし、同盟国とされるアメリカも遠く離れたところにあって、自衛隊基地がアメリカにあるわけでもない。たとえばアメリカが侵略を受けたとき、日本がすぐ助けられるかというと、そういう状況ではないんです。
出口:非常に微妙なところがありますよね。
憲法24条に同性婚を禁じる趣旨はない
出口:憲法はなかなか難しいことがわかったのですが、これを使いこなすためにはどうすればいいでしょう?
出口治明さん
木村:日本国憲法は70年間改正されていないので、「時代に遅れた古い憲法」だと言われることがあります。でも一方で、「70年も経っているのに実現できていないところはないのか」という考え方もあるんです。憲法に書いたからといって、その理念がすぐ実現できるわけではありません。
たとえばアメリカでは、南北戦争の後に奴隷が解放され、「白人と黒人は平等に扱う」と憲法に書き込まれたのですが、20世紀の半ばまで黒人用小学校と白人用小学校が分かれている州があったし、公衆トイレ、プール、ビーチ、あらゆるところに黒人と白人の分離がありました。この差別的制度は憲法違反だからやめよう、となったのが、憲法改正から100年後でした。
日本国憲法はまだ70年。できていないことがたくさんあると考えるのが普通です。時代に遅れた憲法ではなく、むしろ時代のほうを憲法に合わせなければいけないという意識が必要ですね。
出口:日本国憲法は原理原則をクリアに書いてあるので、インターネットの時代になっても大事なことは変わらない、と言えるわけですね。
木村:そうなんですよ。
出口:書かれていても、できていないことがたくさんありますね。たとえば子どもの6人に1人が貧困であることも、憲法が実現できていないと言えます。世界的な流れで言えば、同性婚の問題もそうですね。
木村:日本国憲法は、実は同性婚を禁じているわけではないんです。ただ「個人の尊厳に基づいた家族を作らなければいけない」と言っているので、LGBTにも配慮した家族法を作らないと憲法違反だという議論はできますね。
出口:両性の合意、というのは?
木村:憲法24条の「婚姻は両性の合意のみに基づいて成立する」。この条文は「両性の合意」で成立する婚姻、つまり異性婚についての規定で、同性婚については何も言っていないんですよ。
出口:なるほど。
木村:ですから、憲法24条を丁寧に読んでみると、同性婚を禁止しているようには読めないんですよ。
出口:そうか、その視点が僕にはありませんでした。
木村:なぜ、憲法24条ができたかというと、昔の民法では、結婚に戸主の同意が必要だったからです。「戸主の同意はいらない。愛し合っている男女が合意をすれば結婚できます」という条文なので、同性婚を禁じる趣旨はなかったのです。
あの時代は家庭の中での女性の地位が非常に低く、男女の平等が必要だということで作られた。同性愛者から憲法24条を見ると、「かわいそうな異性愛者のために作られた条文」というふうにも言える。同性婚の場合、家庭の中に男女の不平等などないので、24条のような条文はいらないんですよ。
出口:はあ〜! その解釈は画期的ですね。
ただLGBTの方の中には「日本の憲法は他国と違って同性婚を認めにくい」という短絡的な意見が多い気がします。
木村:ええ、多いんですけれど、よく読んでみればそんなことはないんです。そういう意味でも24条はとても大事な条文です。
出口:僕もLGBTの方からそういう意見を聞いたら「木村先生のご本を読んで下さい」と言っておきますね。
木村:ぜひ。今後は生命保険の現場でも、同性パートナーの話は出てくると思います。
出口:ライフネット生命では、同性パートナーが受取人になることを認めているんですよ。
木村:それはすごく頼もしいですね。
「個人個人が幸せになる。
それが日本国憲法のもっとも大事な理念です」
出口:今日のお話は、ものすごく勉強になりました。
木村:一般に、憲法はとっつきにくいと言われますが、なくなったら困るものの一つとして考えてもらえたらいいですね。
私は憲法のことを水道管に例えています。蛇口から水が出るのは当たり前すぎて意識もしませんが、なくなって初めてありがたさがわかります。生命保険もそうですよね。日本の保険システムは非常にすぐれていて、まずは国民皆保険。それに加えて各保険会社が自由競争でいい商品を提供しています。保険システムが発達していない国では、こんなに安くていい保険には入れません。
出口:僕はいつもこう言っています。すごくカッコよくて優しい人がいました。結婚しようという話になったとき、その人が打ち明けた。「実はうちのお父さんとお母さん、健康保険にも国民年金にも入っていないんだ」と。そう言われたらびびりませんか?
木村:ハハハ。まさに皆保険があるから、そういう心配をせずにいられるわけですね。憲法に置き換えると「うちの国、理由もなく逮捕します」とか「拷問もやり放題なので、覚悟して入国してください」というようなもの。そんな国には、普通は入国しません。怖いですもん。だから、自分がその国の国民になるとか、入国するという立場で憲法を読むのがいいかもしれません。
出口:僕は、日本国憲法って割と短いし、日本語としてもそんなに難しくないので、暇なときはみんなで読んでみましょう、とお勧めしたいですね。
木村:そうですね。特に憲法第三章には権利と義務の規定があります。私たちの生活を支えてくれているものなので、そこを読んでみるのがいいと思います。暇なときにね(笑)。
出口:国のカタチですもんね。
木村:日本国憲法のもっとも大事な理念は、個人個人がそれぞれに幸せになることです。個人の尊重、尊厳といいますが、個人は全体の道具ではありません。一人ひとりが世界を持っていて、個人を尊重する。そこに尽きます。
出口:まったく同感です。そういう意味ではレベルの高い憲法ですよね。
木村:一人ひとりが幸福を追求したり、知識を追求したり、自分の宗教観を追求したりするのだ、とも書かれています。国民は「世界を知ろう」とする気持ちが大事だと思いますね。
出口:好奇心とは、世界を開くこと。外に向かっていくことですよね。自分の世界を閉じてしまっては幸せになれません。
木村:閉じてしまうと、選挙のときに「あの候補は悪口を言われているからきっとそうだ」と決めつけたり、自分にとって必要な本と出合えなかったりする。出口さんは、非常に探究心と好奇心を持っておられるので、今日はとても刺激を受けました。だからこそ、新しいものを知ったとき「なるほど!」と言えるんだなあと思います。
出口:新しいものごとを知ると嬉しいですからね。今日はいろいろ教えていただいて、こんな考え方もあるんだ、とワクワクしました。
木村:そのワクワクが大事だから、個人は尊重されなくてはならない。それが日本国憲法だと思います。
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/9172
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