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「残業規制100時間」で過労死合法化へ進む日本
河合薫の新・リーダー術 上司と部下の力学
いったい、何人の命を奪えば気が済むのか?
2017年3月14日(火)
河合 薫
全くもってワケがわからない。
意味不明。イミフだ。
これは「日本という病」?あるいは「経営者という病」というべきか。
しかも、感度が低い。なんなんでしょ。この感度の低さ。
元・電通社員、高橋まつりさんが自殺に追い込まれた際に、
「月当たり残業時間が100時間を超えたくらいで過労死するのは情けない。会社の業務をこなすというより、自分が請け負った仕事をプロとして完遂するという強い意識があれば、残業時間など関係ない」
と某大学教授がコメントし、世の中の人はいっせいに批判した(当人は、高橋さんの事件が報じられた同じ日に公表された過労死白書に対するコメントだったとしている)。
「過労自殺した女性を『情けない』と吐き捨てた」
「こういう人たちが労災被害者を生み出している」
「死者にむち打つ発言だ」と。
そのとおり。こういう人たちが「労災被害者」を生み出しているのだ。
というのにどういうわけか、“今”「好きで長時間働いてなぜ悪い」「残業を規制するのはおかしい」という意見があちらこちらに飛びかっている。なるほど。あのときは炎上を恐れて言わなかったけど、「100時間超えたくらいで……そのとおりだよ〜」と思った人たちが、かなりの数いたってことだ。
ええ、そうです。残業規制を巡る問題である。
そもそも「残業の上限を規定して罰則を設ける=働き方改革」ではない。
厚生労働省によれば、
「『働き方改革』は、一億総活躍社会の実現に向けた最大のチャレンジであり、日本の企業や暮らし方の文化を変えるもの」
とある。
長時間労働を日本の文化ととらえれば、一種の働き方改革になるのかもしれないけど、私には単なる法律上の問題としか思えない。
36協定を抜け道に残業を青天井にしてしまっている企業に、「言ってもわかんないんだったら、罰則をつけるぞ!」と言ってるだけ。
36協定はそもそも青天井ではない
だいたい、36協定はあたかも「青天井」のように言われているけど、キチンと上限はある。
「1日」「1日を超えて3カ月以内の期間」「1年」のそれぞれについて、延長することができる協定の期間により、延長可能な時間の限度が定められているのだ(労働基準法第三十六条第一項の協定で定める労働時間の延長の限度等に関する基準<労働省告示第百五十四号>)
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/200475/031000095/graph1.png
。
労働時間の延長の限度
しかしながら、この「基準」はいわゆる行政規則。法律や政令のような法的拘束力を有するものではないため、使用者の「任意の協力によって実現されるもの」(行政手続法32条)。つまり、強制できないという弱点がある。また、労使で特別条項を結んでしまえば、延長も可能。そのため、事実上青天井になってしまうというわけだ。
それがゆえに 、
「んもう〜〜!経営者、ちゃんとやってよ〜!!」
と言ってるだけのこと。
「過労死」が後を絶たず、うつ病患者も増え続けているので、「言ってもわかなんなきゃ、お仕置きするぞ!」と。本来であれば先の表で定められた時間に関して罰則規定を追加すれば済むだけの話なのだ。
いったいどこから「100時間」なんて数字が出てきたのか?
なぜ、経営者は自分の成功体験だけに頼るのか?
なぜ、労働時間と健康、労働時間と生産性に関するエビデンスを全く注視しないのか?
なぜ、痛ましい事件のときには口をつぐんでいた人が、ここぞとばかりに「残業規制はおかしい」と反撃するのか?
前置きが長くなった。というわけで、今回は「残業規制はなぜ、必要なのか?」「なぜ、いいじゃん、好きなだけ働いて〜」と言えてしまうのか? について、脳内の“突っ込み隊”と一緒に考えてみようと思う。
では、現段階で明らかになっている「時間外労働の上限をめぐる労使合意の原案」について。焦点となっているのは経団連が主張する「繁忙期月100時間案」を連合が認めるかどうかだが(3月13日夜、「上限100時間」で合意したとのニュースが流れた)、報道によれば、以下のような内容で調整が進められている。
・罰則つきの時間外労働の上限については、「月45時間、年間360時間を原則的上限とする」とする
・繁忙期など特別な事情があれば労使協定の下、年間の上限を「720時間(月平均60時間)」とし、その場合でも、「単月なら月100時間」「2カ月から6カ月間の平均80時間」までは認める
・36協定を結ぶ際には、健康確保措置や時間外労働の削減に向けた労使の自主的な努力規定を設けることを義務づける
・上限規制の在り方について、法改正から5年後に再検討することを、労働基準法の付則に明記する
・退勤から次の勤務開始までに一定の休息時間を設ける勤務間インターバル制度は、普及に向けて事業主に導入の努力義務を課すことを法律などにも明記し、労使双方を含む検討会を立ち上げる
・過労死対策については、メンタルヘルス対策などに関する新たな政府目標を検討する
・職場でのパワーハラスメント防止に向けた対策を労使を交えた場で検討する
「月100時間」が争点って……
フ〜ッ……。経団連も経団連なら、連合も連合である……。
一方で、日本労働弁護団は2月28日緊急声明を発表(「時間外労働の上限規制に関する声明」)した。以下にその内容を要約する。
使用者団体が繁忙期に『月100時間』や『2カ月平均80時間』までの時間外労働を認めるよう要求し続けることは、多発する長時間労働による過労死・過労自死への反省を欠き、使用者としての責任を放棄するものであり、厳しく批判されなければならない。
労働者の命と健康を守り、生活と仕事の調和を図ることができるような労働時間の上限規制がなされるべきである。
裁判所も、月95時間分の時間外労働を義務付ける定額時間外手当の合意の効力が争われた事件(ザ・ウィンザー・ホテルズインターナショナル事件)で、「労基法36条の規定を無意味にし、安全配慮義務に違反し、公序良俗に反するおそれさえある」としている。
また、月83時間分のみなし残業手当の効力が争われた別の事件(穂波事件)では「月83時間の残業は、36協定で定める労働時間上限の月45時間の2倍近い長時間であり、公序良俗に違反するといわざるを得ず」との判決もある。
日本医療労働組合連合会(医労連)も、
「夜勤交代制労働など業務は過重である。政府案はまさに過労死を容認するもので、断じて容認できない。月60時間が過労死ラインと主張する」
との談話を発表。
医労連は昨年の3月7日にも記者会見を開き、「(労働時間の)上限規制と、(日勤と夜勤の)インターバル規制を法制化してもらいたい」と訴えた。背景には本コラムでも以前取り上げたとおり(「灰色の“自己啓発残業”へ誘う「過剰適応」の罠)、医師や看護師の過重労働の問題がある。
残業規制の議論では一切考慮されていないが、同じ労働時間でも夜勤と日勤とでは身体にかかる負担は全く異なる。
例えば、くも膜下出血で死亡し、2008年に労災認定を受けた看護師の場合、発症前6カ月の平均時間外労働時間は「過労死ライン」と呼ばれる月80時間より短い約52時間だった。しかし、月5回ほどの夜勤の日は20時間近くの連続勤務。つまり、夜勤勤務の負担を考慮しての判決といえる。
私たちは「労働者」である前に、「人」という霊長類の動物である。1日24時間で成り立つ睡眠や心身のリズムを壊す夜勤は、身体の負担になって当たり前だ。
つい先日も、ハーバード大学などの共同研究グループが「看護師」の夜勤が心身に与える影響結果を発表した。この調査は、約7万5000人分というサンプル数の多さに加え、1988年から2010年まで22年間も縦断的に行われたもので、信頼性が極めて高い。
分析の結果、1988年から2010年の22年間に、対象者のうち約1万4000人が亡くなり、うち約3000人は心臓や血管の病気、約5400人はがんだった。
交代制夜勤のある人は、全く夜勤の無い人よりも死亡率が11%高く、中でも夜勤を6〜14年続けている女性は、心臓や血管の病気による死亡率が19%、15年以上続けている人は23%も高かったのである。
また、この調査では「肺がんによる死亡率が25%」高かったものの、がんと交代制夜勤との関連は確認されなかったと報告している(2007年にWHOの国際がん研究機関は「交代勤務は おそらく発がん性がある」と認定している)。
「そんなに簡単に人は死なないっつーの」
今回の“働き方改革”で、睡眠を確保するためのインターバル規制が、「事業者に努力義務を課すよう法律に明記する」方向で議論が進んでいることは実に残念。罰則付きの法制度にするくらい重要な案件なのに、なぜ財界の声は重んじるのに、医療の現場の声は軽視するのか。
しかも「100時間」の攻防に終始するとは。情けない限りだ。これは「私たち」の健康であり、「私たち」の医療費の増加にもつながる足下の問題だからこそ、科学的な分析結果に基づいて議論すべき。
国内外を含め多くの研究で長時間労働および深夜勤務と、脳血管疾患若しくは心臓疾患とは強く関連していることが明確に認められている(Liu Y, Tanaka H, The Fukuoka Heart Study Group (2002) ‵‵Overtime Work, Insufficient Sleep, and Risk of Non-fatal Acute Myocardial Infarction in Japanese Men" Occup Environ Med, 59, 447-451.)。
●睡眠不足は心身に直接的な影響を及ぼす。その境界線は「睡眠時間6時間未満」
「週労働60時間以上、睡眠6時間以上」群の心筋梗塞のリスクは1.4倍であるのに対し、
「週労働60時間未満、睡眠6時間未満」群では2.2倍
「週労働60時間以上、睡眠6時間未満」群では4.8倍
●1日の労働時間が11時間以上・睡眠時間6時間未満は超危険
「11時間超」労働群は「7〜10時間」群に比べ、脳・心臓疾患を発症するリスクが2.7倍
心筋梗塞の男性患者195人と健康な男性331人を比較した調査では、「11時間超」群の方が心筋梗塞になるリスクが2.9倍。
月に20日の労働に100時間の残業と仮定したら、1日5時間の残業になる。
定時勤務が9時〜17時と仮定した場合、5時間の残業だと退社は22時。通勤に片道1時間。電車の待ち合わせや着替えの時間を加味し、6時間睡眠を確保すると下記のようになる。
「自由時間」はたった1時間。そう、たった1時間だ。
人は疲れを取るために寝る。だが、寝て、食べれば疲れが取れるほど単純ではない。テレビをボーッとみたり、雑誌をパラパラめくったり、運動したり、話をしたり、心の休養も必要不可欠。おまけに「疲れは借金」と同じだ。
完全に回復しないでいると、借金のごとく利子がついて、肩凝り、頭痛、腰痛、気分の落ち込みといった症状に代表される蓄積疲労になる。蓄積疲労はうつなどのメンタル不全につながる極めてゆゆしき状態である。
それを防ぐには「休む権利」が必要であり、「休ませる法律」を整備する必要がある。
だというのに……、過労死基準を上回る「100時間」が争点になっているとは、いったいどこまで日本の経営者たちも連合も、残酷なんだ。
「エビデンスだのなんだのいうけど、所詮、確率の問題でしょ?そんなに簡単に人は死なないっつーの。だって、オレたちちゃ〜んとやってきたも〜〜ん!」
こう考えているのだ。
やっかいなことに、ハイスペックな人ほど「元気」
過労死遺族たちの「過労死をなくそう」という活動がやっと実を結び、2014年に「過労死等防止対策推進法」が制定された。同法により義務づけられた「過労死白書」が昨年初めて発行され、奇しくもその日、高橋まつりさんの事件が報じられ、先の「過労死情けない」発言が炎上した。
そしていま「100時間を認めないと企業が立ちゆかない。現実的でない規制は足かせになる」とのたまうとは。本当にわけがわからない。過労死のリスクを容認する国っていったいナニ?
何人の命を奪えば気が済むのか?
だいたいハイスペックな人たちが「自分」を基準に考えるから、わけがわからなくなるのだよ。ハイスペックな人が経営者になり、経営者には「自由に決められる権利」があるのでハイスペックな結論になる。
しかも、やっかいなのは、ハイスペックな人ほど「元気」なこと。
ホワイト・ホール・スタディー。
「トップは長生きする」という、興味深い結果が得たこの研究は、英ロンドン大学がストレスと死亡率の関係を解明する目的で1967年から継続して行っている疫学研究である。
このときの被験者は、ロンドンの官庁街で働く約2万8000人の公務員。官庁街がホワイト・ホールと呼ばれることから、ホワイト・ホール・スタディーと称された。
「なぜ、トップは長生きなのか?」
そのメカニズムを解明するために1985年に始まったのが、冠状動脈疾患疫学の医師でもあるロンドン大学のM.マーモット教授らの第2期ホワイト・ホール・スタディー。そこで明らかになった一つのカギが、「自分の人生・暮らしを自分でコントロールすることができるかどうか」。つまり、トップが長生きする謎は、彼らが持つ「裁量権にある」としたのである。
仕事の要求度が高くても裁量権があると、「要求度=モチベーション」となる。だが、裁量権のない状態では、要求度がそのままストレスとなり、心身の不調につながっていく。
裁量権には「休む自由」も含まれるので、休みを入れたり、集中したり、と自分の都合でギアチェンジできる。だが、その自由がない一般の社員にはムリ。だいたいトップや上司の都合で、コロコロ要求を変えられる一般の社員に、残業の自由度もなにもあったもんじゃない。
おまけに「週50時間以上働くと労働生産性が下がり、63時間以上働くとむしろ仕事の成果が減る」というエビデンスを得たディスカッションペーパーも存在する(The Productivity of Working Hours .John Pencavel)。
それでも100時間。100時間にこだわる。なぜ「100時間」にこだわるのか、そのエビデンスを示して欲しいくらいだ。
企業の生産性が低下したときの、アリバイ作りか?なんて疑念すら抱きたくなる。
ハイスペックなスーパー仕事人が、60代で心筋梗塞などで突然死すると、
「好きな仕事していたのだから……。本人は幸せだったでしょ」
と家族は悲しみに折り合いをつけようとすることがある。
私の知人もそうだった。まだ、62歳。子どもが就職し、お嬢さんが結婚し、これからというときに突然亡くなった。直前までバリバリ仕事をしていたのに、亡くなった。やはり心筋梗塞だった。
「長時間労働は命を削る悪しき働き方」「休息をとったほうが効率があがる」との常識が社会に浸透していたら、家庭人としての幸せが待っていたはずなのに。
悩める40代~50代のためのメルマガ「デキる男は尻がイイ−河合薫の『社会の窓』」(毎週水曜日配信・月額500円初月無料!)を創刊しました!どんな質問でも絶対に回答するQ&A、健康社会学のSOC概念など、知と恥の情報満載です。
このコラムについて
河合薫の新・リーダー術 上司と部下の力学
上司と部下が、職場でいい人間関係を築けるかどうか。それは、日常のコミュニケーションにかかっている。このコラムでは、上司の立場、部下の立場をふまえて、真のリーダーとは何かについて考えてみたい。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/200475/031000095/
2040年頃、今の仕事の8割くらいが消滅する
「ダサい社長」が日本をつぶす!
「やる仕事」はどんどんなくなる(孫 泰蔵さん 第2回)
2017年3月14日(火)
川島 蓉子
孫泰蔵さんは、東京大学在学中にYahoo! JAPANの立ち上げに参画したことを皮切りに、世の中の最先端を行くビジネスを次々に手がけてきた方。一度はお会いしたいと思ってきました。
ただ一方、最先端を行く経営トップだけに、近寄りがたいに違いないし、恐らくファッションにあまり興味がないのかもと、勝手な想像を抱いていたのです。 それがあるイベントでご一緒してびっくり。よく似合う装いをされていて、とてもおしゃれ。しかも、お話がわかりやすくて柔らかい。これは是非、お話を聞いてみたいと思ったのです。早速、お願いしたところ、快く引き受けていただきました。
聞いてみたいと思っていたのは、何といっても、AIやロボット化が進む中、日本の未来はどうなるのか、否、世界の未来はどうなるのか?大きな質問に対して、孫さんの壮大な構想をうかがうことができました。
(前回の記事「やはり、Iotでおっかないことは起こるんですよ」から読む)
2040年頃には今の仕事の8割くらいがなくなる
孫 泰蔵(そん・たいぞう)氏
Mistletoe株式会社 代表取締役社長兼CEO 1972年生まれ。佐賀県出身。東京大学在学中にYahoo! JAPANの立ち上げに参画。その後、インターネットのコンテンツ制作、サービス運営をサポートする会社を興す。2002年、ガンホー・オンライン・エンターテイメント株式会社を設立、デジタルエンターテインメントの世界で成功をおさめる。その後も、様々なベンチャーの創業や海外企業との大型JVなど、ある時は創業者、ある時は経営陣の一人として、一貫してべ ンチャービジネスに従事した後、2009年に「2030年までにアジア版シリコンバレーのベンチャー生態系をつくる」として、スタートアップのシードアクセラレーターMOVIDA JAPANを設立。2013年、単なる出資にとどまらない総合的なスタートアップ支援に加え、自らも事業創造を行うMistletoe株式会社を創業。21世紀の課題を解決し、世の中に大きなインパクトを与えるようなイノベーションを起こす活動を国内外で本格的に開始、ベンチャーの活躍が、豊かな社会創造につながることを目指している。(写真:鈴木 愛子、以下同)
孫:モノのインターネット化、IoTが進んで次の段階になると、何が起きるか。
おそらく2020年あたりを目途に、IoTのThings、つまりモノの進化が始まります。具体的にいうと、世の中のさまざまな機械が、どんどんロボット化していきます。社会を変えるキーテクノロジーは、人工知能=AIに加えて、ロボット工学=ロボティクスになるわけです。人工知能の研究と並び、ロボット工学が重要になります。しかもそれが、驚くほどの短期間で一気に進んでいくんです。
この写真をちょっと見てもらえますか?
1枚目は、1900年のニューヨーク五番街のイースターの朝の風景です。ぶわーっと馬車が並んでいて、1台だけT型フォードが走っていますよね。
2枚目は、1913年の同じ日、同じ場所の風景です。こちらはぶわーっと自動車が走っていて馬車は1台だけ。たった10年ちょっとの間に、これだけがらりと世の中は変わってしまった。そういう事実を、歴史は実証しているんです。
川島:凄い変化ですね。モータリゼーションはたった10年で進んじゃったのか。
孫:これだけの大変化はそうしょっちゅう起こることではありません。でも、今のインターネットをはじめとする先端科学を巡る状況を見ていると、産業革命が起こった19世紀末から20世紀初頭のこの写真の時代に近いくらい、いやあるいはそれ以上の転換点にあるんです。
仕事柄、私は未来のテクノロジーについてそこそこの知見を持っていると思うのですが、世の中の科学技術の発展があまりに早すぎて、もはや追いつけないほどだと実感しています。想像をはるかに超えるスピードでさまざまな科学や技術が進化しています。
川島:孫さんが、「早すぎる」と思うほどの進化のスピードなんですか?
孫:私がちょっと前まで「2030年にはこうなっているかな」と思っていた技術やサービスが、それこそ来年あたり、2018年には実現しちゃう。そのくらい加速しているんですね。
さて、そこでシンギュラリティです。
2040年くらいに針を進めると、間違いなく、今の仕事の8割くらいがなくなっているのではないかといわれています。わかりやすい例でいえば、安いものを大量に作る工場の仕事は全部機械がやっているでしょう。今でもロボットだけの無人工場は、どんどん増えています。
先日、台湾にある最新の工場を視察に行って、衝撃を受けちゃいました。まず、真っ暗なんです。そこでは24時間、モノを作り続けている。一応、機械が故障したとき、管理担当の人間のためのガイドとなる青い光だけが、ぽつりぽつりと灯っているんですが、窓はひとつもないし、全体を照らす照明もない。
つまり、ロボットだけの工場だから、照明がいらないんですね。
しかも仕事をしているのはロボットだから、24時間不眠不休で働かせてもブラック企業にはならない。今は人件費の安さを求めて、発展途上国でモノ作りをしていますが、そんな構造そのものも、工場の完全オートメーションが実現したらなくなってしまう。
川島:シンギュラリティは先進国だけの問題ではない。単純労働で、経済基盤をつくっていた途上国の人たちの仕事も奪ってしまう、というわけですね。
創造的な仕事だけが存続できる
孫:しかも、こうしたフル・オートメーションで製造できるのは、安くて単純な大量生産品に限りません。すでにスマートフォンの70%以上が、ロボットで作られているといいます。逆に精密過ぎて人間が手作業では作れないものこそ、ロボットの出番、というケースも増えていきます。だから、大半のモノ作りの仕事はロボットに取って代わられ、その分野で秀でた1社、2社による寡占状態が起きる可能性が大きいんです。
川島:世の中、失業者がどっと増えるということになっちゃいますね。
孫:その可能性はあると思います。失業には2つあって、構造的な失業と摩擦的な失業とがあります。
構造的な失業とは、市場や産業そのものが消滅したりして労働者が完全に不要になって失業してしまうこと。シンギュラリティに関連して起きるのは、決して構造的失業ではないのですが、今の仕事がなくなるかわりに新しい仕事をこなせる人が求められているにもかかわらず、労働者が新しい仕事にすっと対応することができなくて再就職に時間がかかってしまう摩擦的失業と呼ばれるものです。つまり、時代が変わるときに、それに対応できない失業のことですね。
川島:産業革命のときに、馬車から自動車への移行が10年くらいの間に起こりました。あのときで言えば、ベテランの馬車の御者の多くが、馬車の需要がなくなって、失業する。その事態に際して、新しく台頭した自動車の運転手になるか、あるいはまったく別の仕事につくかなければならない。それができないと「摩擦的失業」となってしまうわけですね。
孫:はい。現実には、こうした産業の大変革というのは、あまりに変化が大きすぎて、多くの人が時代に対応できなくなります。御者に限らず馬車産業の人たちは、どうしていいかわからなかった。これから起こる大変化についても、この摩擦的失業が増える可能性は大だと思っています。
川島:今ある仕事の8割がなくなっちゃうわけだから、失業者がどっと増えちゃう。
孫:7割という人もいれば、9割という人もいますが、いずれにせよ、今の赤ちゃんたちが社会人になるころ、2030年から2040年にかけては、今ある仕事のほとんどがなくなってしまうでしょう。これから雇用がなくなり、失業した人たちが巷にあふれる。日本でも世界でも最大の問題になっていくわけです。
川島:どうなっていくのですか?
「スラム化が問題になる可能性もある」
孫:行き場を失った人たちは、とりあえず街に集まります。そこで出てくる問題がまた、いっぱいあるわけで、交通渋滞、大気汚染、水質汚濁、治安悪化、スラム化などが起きます。つまりある場所が不法占拠され、無政府状態のまま、仕事のない貧しい人たちが集まってきてしまう。スラムって一度できてしまうと、人間のがん細胞みたいなもので、失くしてしまうのが困難です。犯罪の温床にもなりえます。
川島:なぜスラム化が起きるんですか?
孫:当てもなく街に出てきたのに、そこに職がないからです。収入がないし住む場所もない。だから、何となく裏通りみたいなところに溜まっちゃう。正当な仕事がないから、非合法な仕事に手を染めるようになる。一般の人たちは怖くて近寄らなくなります。「あのあたりは危ないから行っちゃいけない」って。すると、ますますそのエリアは非合法地帯になり、スラム化が進みます。
川島:日本の都市部もスラムができる可能性大ということですか?
孫:日本の場合、スラムが顕在化するケースはそれほど多くないとは思います。ただ、すでに日本でも失業者が増えている兆候があります。1日に食べる食事が学校の給食の1回だけという小学生が10人に1人くらいになっている地域が出てきているんですね。中には、その給食費さえ払えない親もいるわけです。こうした「欠食児童」たちを救うために、無料でご飯が食べられる場所をNPOが用意し始め、どんどんその数が増えているといいます。
川島:親の失業のしわよせが子供たちに及び始めているわけですね。
孫:今後、僕らの想像を上回る勢いで技術が進化すると、AIやロボットを使いこなせる人がめちゃめちゃ金持ちになる一方で、かなり多数の人たちが仕事を失う。こうした経済格差が顕在化するおそれは十分あります。
川島:すでに貧富の差が出てきているのに、シンギュラリティが起きて、仕事の8割が失くなってしまうと、格差はもっと広がりますね。
「やる仕事」から「つくる仕事」にシフトするしかない
孫:近い将来、たいがいの仕事をAIとロボットがやるようになります。というと、前に説明した工場の無人化に代表されるようにブルーカラーの仕事がなくなるイメージが強いかと思われますが、実はホワイトカラーの、しかも今まではエリートとみなされた仕事もなくなる。
たとえば、弁護士や会計士、税理士、いわば“士業”の仕事は9割以上、AIに置き換えられるようになるかもしれません。なぜかと言うと、既存の法律に基いて判例にあたり、弁護や調停をしていく仕事って、AIのほうがはるかに向いているんです。知識不足や偏見を排除できるので、法律や制度に基づいた仕事はAI向きなんですよね。また、医者の仕事も、人間ではできないような難易度の高い手術を全部ロボットがやるようになります。
川島:そうやって仕事がなくなっちゃった人たちは、どうしていけばいいのですか?
孫:「やる仕事」から「つくる仕事」にシフトするしかなくなりますね。たとえば、法律の仕事をしたかったら、弁護士や裁判官や検事じゃなくって、リーガルデザイナーとかリーガルアーキテクトと呼ばれる、法律や規制そのものをデザインする仕事が、人間の仕事になります。
AIやロボットの台頭で、それまでにはなかった法整備が必要になりますが、これはまさに人間の仕事です。逆にいうと、法律によって裁く仕事から、法律そのものを創造する仕事にシフトしないと、人間の出る幕はなくなります。
川島:ふむふむ。「創造」そのものは、やはり人間の仕事である、と。逆にいうと、人間の仕事はクリエイティブに向かわざるを得ないということですか?
孫:人間の仕事は、ほとんどがクリエイティブワークになっていくということです。
川島:でも、それってものすごく難しくないですか? クリエイティブな仕事って、ごくごくわずかの人の才能によって支えられている気がするのですが。みんながクリエイティブになるって、できるんでしょうか?
※3月15日公開予定「社長は消える、スナックのママは生き残る」に続く
このコラムについて
「ダサい社長」が日本をつぶす!
日本製のモノが、サービスが売れない。性能はいいのに。機能も充実しているのに。壊れないのに。親切なのに。多くの日本企業が直面している、「いいモノをつくっているのに売れない」問題。
なぜ、売れない?それは、日本製品の多くが、かっこよくないから。美しくないから。カワイくないから。気持ち良くないから。つまり、デザインがなっていないから。
どうして、デザインがなっていない?それは、経営者がデザインのことをわかってないから。つまり、経営者が「ダサい」から。だから、デザインをマネジメントできない。
経営者がダサいと、日本企業はつぶれる。では、どうすれば、デザインをマネジメントできるのか? どうすれば、かっこいいを、美しいを、カワイイを、気持ちいいを、商品化できるのか? どうすれば、ダサい経営から、デザインできる経営に転換できるのか? ifs未来研究所所長の川島蓉子が、時代を切り開く現役経営者やデザイナーにずばり切り込んで、その答えを探ります。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/252773/030600034/?
【第48回】 2017年3月14日 小山 昇
25人中退職者ゼロ!新卒社員が辞めない「5つ」の理由
小池都知事が「夜8時には完全退庁を目指す」、日本電産の永守社長が「2020年までに社員の残業をゼロにする」など、行政も企業も「残業ゼロ」への動きが急加速中!
株式会社武蔵野は、数十年前、「超ブラック企業」だった。それが日本で初めて日本経営品質賞を2度受賞後、残業改革で「超ホワイト企業」に変身した。
たった2年強で平均残業時間「56.9%減」、1.5億円もの人件費を削減しながら「過去最高益」を更新。しかも、2015年度新卒採用の25人は、いまだ誰も辞めていない。
人を大切にしながら、社員の生産性を劇的に上げ、残業を一気に減らし、過去最高益を更新。なぜ、そんな魔法のようなことが可能なのか?
『残業ゼロがすべてを解決する』の著者・小山昇社長に、人材育成のヒントを語ってもらおう。
なぜ、新卒25人は辞めないのか?
小山昇(Noboru Koyama)
株式会社武蔵野代表取締役社長。1948年山梨県生まれ。日本で初めて「日本経営品質賞」を2回受賞(2000年度、2010年度)。2004年からスタートした、3日で108万円の現場研修(=1日36万円の「かばん持ち」)が年々話題となり、現在、70人・1年待ちの人気プログラムとなっている。『1日36万円のかばん持ち』 『【決定版】朝一番の掃除で、あなたの会社が儲かる!』 『朝30分の掃除から儲かる会社に変わる』 『強い会社の教科書』 (以上、ダイヤモンド社)などベスト&ロングセラー多数。
【ホームページ】http://www.m-keiei.jp/
?厚生労働省が発表した「新規大学卒業就職者の事業所規模別離職状況(2014年3月卒)」によると、2014年4月に入社した新卒社員の1年目までの離職率は「12.2%」です。
?この数字は、大企業も中小企業も含んだ平均であり、事業所規模別に見ていくと、規模の小さい会社(従業員数が少ない会社)ほど離職率は高くなっています。
【事業所規模別離職状況】
5人未満→31.3%
5〜29人→23.1%
30〜99人→15.8%
100〜499人→12.1%
500〜999人→10.3%
1000人以上→7.5%
?武蔵野の1年目社員の離職率は、他の中小企業に比べるとこれまでも低かったのですが、それでも、残業問題に取り組むまでは(2014年度以前)、例年、数人の社員が1年未満で辞めていきました。
?2013年度は、19人が入社し、3人が次めています。
?でも、残業問題に取り組み始めてからは、離職率が大幅に改善されています。
?2014年度は15人採用して、1年未満で辞めた社員はひとりだけです。
?それも、会社や仕事に不満があったわけではなく、病気によるやむをえない退職です。
?2015年度に至っては、25人採用してひとりも辞めていません(2016年10月現在)。
新卒社員の定着率を上げる
5つの秘策
?武蔵野では、新卒社員の定着率を上げるために、さまざまな取り組みを行っています。
?定着率向上に貢献しているおもな取り組みは、次の「5つ」です。
1.管理職の数を増やして、「目が行き届く」ようにする
2.課長職以上は「3年定年制」にする
3.新卒社員は、入社後1年で異動させる
4.「インストラクター」と「お世話係」に新卒をフォローさせる
5.内定者研修を実施する
管理職の数を増やして
「目が行き届く」ようにする
?わが社は、「管理職(課長職以上)」が70人を超えています。
?全社員の約3分の1です。
「石を投げたら課長に当たる。投げなくても課長に当たる」のが武蔵野です。
?この70人以上の中で、過去7年以内に辞めた人は、八木澤学、ただひとりだけです。
?でも、辞めた八木澤も今は戻ってきているので、実質ゼロです。
?管理職を多くする理由は、「2つ」あります。
?ひとつは、役職を与えることで、責任感を持つからです。
?他の会社で課長になれない人材でも、武蔵野なら「課長」の名刺を持てます。
?そうすれば、まわりの見る目が変わるから、本人のやる気も上がります。
?2つ目の理由は、部下を辞めさせないためです。
?ひとりの課長に50人の部下を持たせる会社もありますが、わが社に50人の部下を管理できる優秀な社員はいません。
?ひとりの課長が持つ部下は、「5人」が基本です。
?部下の数が少ないと、能力がそれなりでも部下を持てます。人材教育に手間がかけられますし、価値観の共有も容易です。
?コミュニケーションも取りやすい。
?その結果、新卒社員が辞めなくなります。
?多くの社長は、管理職が増えると、「人件費の総額が上がって損だ」と考えます。
?でも、そう考えるのは、会社の数字を俯瞰して見ていないからです。
?わが社は、管理職を増やしたことによって生産性が上がり、残業時間も減った結果、管理職手当を上回るだけの利益を上げることができました。
小山昇(Noboru Koyama)
株式会社武蔵野代表取締役社長。1948年山梨県生まれ。日本で初めて「日本経営品質賞」を2回受賞(2000年度、2010年度)。2004年からスタートした、3日で108万円の現場研修(=1日36万円の「かばん持ち」)が年々話題となり、現在、70人・1年待ちの人気プログラムとなっている。『1日36万円のかばん持ち』 『【決定版】朝一番の掃除で、あなたの会社が儲かる!』 『朝30分の掃除から儲かる会社に変わる』 『強い会社の教科書』 (以上、ダイヤモンド社)などベスト&ロングセラー多数。
【ホームページ】http://www.m-keiei.jp/
http://diamond.jp/articles/print/114608
銀行が大株主だと、経営経験がない社外取が増加
ニュースを斬る
経営学者が分析、日本企業における社外取締役の選ばれ方
2017年3月14日(火)
好川 透(シンガポール経営大学教授)、沈 政郁(京都産業大学准教授)、山田 仁一郎(大阪市立大学教授)
社外取締役のバックグランドに対する外部の目は徐々に厳しくなっている。(写真:PIXTA)
経営陣が自ら社外取締役を選ぶことの是非
最近は取締役の選任を担う指名委員会を設置する企業も増えてきている。だが、まだ社長・経営陣が社外取締役を実質的に選んでいる企業が日本には多い。
これには色々な意見もあろう。社外取締役に経営陣の重要な意思決定の監督を期待する観点からは、経営者自らが自分を監督する取締役を選ぶのは問題がある。自分の意思決定や方針を客観的かつ厳しく監督されるのは、一般的に言って誰も好まない。
一方、社長も含めて内部取締役がまだ過半を占めるほとんどの日本企業では社外取締役もそのような取締役会の一員であり、その取締役会の環境にうまくフィットしてくれないと機能しないという危惧もある。その場合、経営者がそのフィットを考慮して社外取締役を選ぶのは理にかなっているという意見もあるだろう。
上場企業でどのような社外取締役が選ばれているのか
前者と後者のいずれの立場をとるかによって、どういう社外取締役を選ぶかに違いが出てくるのではないだろうか。この点を検証するため、上場している大企業に絞ってどういう社外取締役が選ばれているか調べてみた。
2015年6月のコーポレートガバナンスコード(CGコード)の施行によって最低2名の独立した社外取締役の任命が求められるようになり、どのような人物を選ぶかに関する外部の目がやや厳しくなってきた。そこで、社外取締役の任命に関して、CGコードが実施されるまでの2009年から2015年3月までの7年間の期間を調べてみた。CGコードの影響を排除することで、本来企業がどのような社外取締役を採用したいのかというスタンスが明確になる。
社外取締役の人数に影響を与える要因
日経225の指標に含まれている企業に関しては、それ以外の企業に比べて独立した社外取締役の任命数は多い。その中でも特に社外取締役の数にプラスの影響を与える要因は、外国人持ち株比率、銀行持ち株比率、社長持ち株比率、企業規模、研究開発投資比率であった。
一方、マイナスの影響を与える要因は、企業業績(ROA=総資産利益率)、企業年齢、子会社の数であった。これはキャリアのバックグランドに関係なく、全ての社外取締役を合わせた結果である。この分析では、指名委員会設置会社では独立社外役員の数が多くなるため、その影響を統計的に排除して行った。
社外取締役の経営経験の有無
さらに社外取締役の経営経験の有無についても調べた。経営経験者は他の企業での現経営陣および内部取締役経験も含めて過去に経営経験がある者と定義した。経営経験のない社外取締役には弁護士、会計士、学者、元官僚などが含まれる。
このように分けて調べた理由は経営経験の有無によって、経営陣がどういう目的で社外取締役を任命したかを推測できるからである。重要な意思決定や経営全般の監視や助言を社外取締役に期待する場合は、経営経験の有無は重要な資質であろう。
一方、弁護士や学者などの専門家は狭い分野の専門知識を持つが、経営的判断に対する貢献は(もちろん個人間で違いはあるだろが)あまり期待しにくいかもしれない。また、そのような専門家は形式的に社外取締役を任命する時にも選ばれる可能性がある。この分類を使うと、どのような企業が経営経験者を社外取締役として好むか、あるいは避けるかの傾向が明らかになった。
表:社外取締役の数に与える要因(2009-2015)
1.全独立取締役(2と3の合計) 2.経営経験者 3.非経営経験者
外国人持ち株比率が高い 増える 増える 影響なし
銀行持ち株比率が高い 増える 減る 増える
社長持ち株比率が高い 増える 増える 増える
ROAが高い 減る 減る 影響なし
企業規模が大きい 増える 増える 増える
子会社数が多い 減る 減る 増える
売上高研究開発投資比率が大きい 増える 影響なし 増える
経営経験者を重視する外国人株主
まず株主構成で見ると、外国人持ち株比率が高いほど経営経験がある社外取締役の数も多い。一方、銀行持ち株比率が高いほど経営経験がある社外取締役の数は少なくなり、逆に経営経験がない社外取締役の数が増える傾向にあった。
つまり、外国人株主と銀行株主の社外取締役に関する好みは、全く逆ということである。おそらく外国人株主は経営全般を監督しまた助言もできる経営経験者の役割を重視し、一方、持ち株を通して銀行とつながりが強い企業は、銀行か経営者のどちらの意向かはわからないが、社外取締役の経営経験を重視していないという結果である。
社長の持ち株比率が高いほど、独立した社外取締役の数が多い
また、社長の持ち株比率が高いほど、経営経験の有無に関わらず独立した社外取締役の数が多い。経営者の持ち株比率は、社長の影響力の強さの指標であるため、この結果は社長の影響力が独立取締役の任命に重要なことを示している。
企業の特徴から結果を読み解くと、興味深いパターンがわかる。表で示したように、規模が大きい企業ほど経営経験の有無に関わらず独立社外取締役の数が多い傾向にある。このような企業は経営資源も豊富にあり、また他社とのつながりも多くあるだろうから、多くの社外取締役をリクルートすることを可能にしていると考えられる。また、様々なタイプの社外取締が多くいるということは、経営経験者や他のスキルを持った専門家のバランスを考えて選んでいるのかもしれない。
子会社が多い企業は多角化の度合いが高く、また経営管理が複雑だと考えられる。また子会社の多さは内部情報も複雑になり、ガバナンスの困難さも高い。理論的にはそのような企業ほど経営経験のある社外取締役の役割が重要であるとも考えられるが、結果は逆であった。
経営管理が複雑な企業ほど、専門家を好んで任命
この結果のひとつの解釈は、子会社が多く経営管理が複雑な企業ほど、経営経験があり適切な監督や助言ができる社外取締役の任命を避ける動機があるということである。またそのような企業ほど、経営以外の専門性のある人物(弁護士、会計士、学者など)を好んで任命している。その理由は、社外取締役には経営全般の監督よりも、狭い専門分野に基づいた助言を求めているためかもしれない。
研究開発重視型の企業も経営経験者ではなく、それ以外の専門家を社外取締役として任命している。この結果は子会社が多い会社と同様、経営経験者による監督を避ける目的か、あるいは技術の特殊性が高いため、経営経験よりも他の専門知識に基づく助言を重視しているせいであろうか。
最後に企業業績がよい企業ほど独立社外取締役の数が少なく、特に経営経験のある取締役の数が少ない傾向にある。この結果は、好業績がそのような取締役の必要性を強く感じさせないためであると推測できる。
社外取締役による経営の監督を回避か?
これらの結果から次のような重要なことが推測される。経営経験がより活かせそうな企業でむしろそれがない専門家が多いことは、社外取締役による経営の監督を避けるために経営経験がない専門家を形式的に選んでいる可能性を示唆している。実質的に経営陣が社外取締役を選んできたこと、社外取締役の市場が十分国内では発達していなかったこと、さらに企業側に自らのニーズにフィットする社外取締役を選ぶ経験があまりなかったことなどが影響していると考えられる。
過去10年ほどで、日本企業における独立した社外取締役の数は、少しずつではあるが確実に増えている。しかし、経営者がそのような取締役を任命する動機はさまざまだ。
社外取締役のバックグランドに対する外部の目は厳しくなる
2015年のCGコードの施行により、任命される社外取締役のバックグランドに対する外部の目は徐々に厳しくなっている。また、指名委員会の設置により、経営者の考えだけで社外からどのような取締役を招聘するかを決定することは今後、難しくなる可能性がある。その場合、どのような社外取締役が選ばれるようになるのか、注視すべき課題である。
我々はさらに日経225から研究対象を広げて、またコーポレートガバナンスコード施行後に任命された社外取締役のバックグラウンドを分析する予定だ。こうすることで、日本企業がより実質的な形で社外取締役を任命し始めているのか否かを検証していく。
このコラムについて
ニュースを斬る
日々、生み出される膨大なニュース。その本質と意味するところは何か。そこから何を学び取るべきなのか――。本コラムでは、日経ビジネス編集部が選んだ注目のニュースを、その道のプロフェッショナルである執筆陣が独自の視点で鋭く解説。ニュースの裏側に潜む意外な事実、一歩踏み込んだ読み筋を引き出します。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/110879/030700604
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